螺旋忍軍大戦強襲~リトル・ディア・フェイズ

作者:宇世真

「おっ。いよっすー。次に螺旋忍軍の『彷徨えるゲート』が出現する場所が判ったぜ!」
 螺旋帝の血族・緋紗雨を智龍ゲドムガサラから守りきった成果だと、久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)は揚々と述べた。
 そして、決戦を行う上では血族のもう1人『亜紗斬』を縛した『最上忍軍』が大きな障壁になろうとしている、とも。
「正義のケルベロス忍軍から螺旋忍法帖も奪って行った奴らだ。……奴ら、今度は各勢力に潜入してた螺旋忍軍達を使ってその『ゲートの出現地点に戦力を集結』させようとしてるらしい。螺旋帝の血族・イグニスの命令でな」
 ダモクレスからは『載霊機ドレッドノートの戦い』の残党勢力。
 エインヘリアルからは、ザイフリートやイグニスの後釜を狙う王子とその私兵団。
 更に、各勢力が研究していた屍隷兵の中で、戦闘力の高い者達を集めた軍勢も用意している様だ、と彼は言う。
「そいつらはそいつらで、偽情報を掴まされ、デウスエクス同士でどんぱちやらずに牽制しあうよう仕向けられてる。やれ『魔竜王の遺産である強大なグラビティ・チェインの塊が発見された』だの、『このグラビティ・チェインを獲得できれば巨大な功績になる』だの。遺産の独占を焚き付けて、他勢力に漁夫の利を与えない立ち回りが重要だー、とかなんとか旨いこと言って、集めた戦力を『ゲートから戦力を送り込むまでの防衛戦力』にしてやろーって腹だぜ、イグニスとドラゴン勢力は」
 集結する軍勢を全て撃破するのは、ケルベロスウォーを発動しない限り不可能。
「だが、その前に、主立った指揮官を撃破できりゃあ、敵勢力の弱体化も出来る筈だぜ。行軍中の軍勢を襲撃する――危険な任務だが、皆の力を貸してくれねェかい」
 言いながら、ヘリオライダーは手書きのリストを広げた。
 そこにずらりと並んだ名前は、歴戦のエインヘリアル達のもので、第十一王子とその私兵団だと説明が続く。
「『マン・ハオウ』っつーのが、実質この軍勢のトップだな。エインヘリアルの第十一王子らしい。最上忍軍から情報を得て私兵団を引き連れ、地球にやって来た訳だ」
 その私兵団の筆頭『ペンプ・オグ』、以下10名の有力なエインヘリアル達が、数百名から成る軍勢を率いている。
 まともにぶつかれば撃破困難と思われる大所帯だが、彼らにはある特殊な性質があり、それを利用してチャンスを作る事が可能だと、そこまで言ってヘリオライダーは。
 何故か、こめかみを押さえていた。
「うん……なんつーかね」
 珍しく言い淀む。
「こいつら揃いも揃ってなんだけどね」
 念押す様に前置きを区切り、聞く者に心の準備を促しながら、彼もまた首に巻いたゼブラ柄のスカーフに指を引っ掛け、風を通して一呼吸。
「背の低い美少女を特別視していて、条件に適う存在が目の前に現れたら、軍勢を待機させて自分達だけで突撃してくるんだ。……や、侮れねェよ? 実際。計12体の有力なエインヘリアルが固まって襲ってくるんだからな」
 釣り出した『マン・ハオウ』以下有力なエインヘリアルを撃破するか、指揮官が出払ったエインヘリアルの軍勢を攻撃して数を減らすといった作戦が有効だろう、と彼は言う。
「残されたエインヘリアルの軍勢の中には最上忍軍の『最上・幻夢』の姿もあるみてーだしな。そっちの撃破を狙うのも手だろうさ」
 更に幾つかの注意点があるとして、説明が続く。
「私兵団長『ペンプ・オグ』はいざとなりゃ少女より『マン・ハオウ』の安全優先。襲ってきたケルベロス達が手強いと判れば『マン・ハオウ』と共に軍勢のトコに撤退しようとすっだろな。その他の私兵団員は各個撃破も可能みてーだが、個々の戦闘力は高ェから、確実に撃破しようと思えば1体につき2チームは連携して張り付きたい所だ」
 ここまで、OK?
 説明が長くなったと言わんばかり、首を傾げてケルベロス達を見遣ったヘリオライダーは他に説明漏れがないか自分でも虚空を眺めて思案顔。やがて、自己完結して手を打った。
「ん、OK。――とにかく、今回は進軍中の敵勢力に仕掛ける奇襲作戦だ。『マン・ハオウ』がイグニス配下にでも加わろうもんなら、イグニスの影響力がエインヘリアルにも及んだりしてややこしー事になりそうだし、潰せるモンならここで潰しておこうぜ。ただし、うかうかしてたら敵の勢力圏に取り残されっちまうから撤収は迅速にな」
 真面目くさってそう言った後、彼は暫しケルベロス達の顔を見つめる。
「……おっさん心配だよ。ンな特殊な奴らのトコにお前さんらを送り出さなきゃならんつーのはね。危険な任務にゃ変わんねーしな。気ィつけろよ。そんで、まあ、懲らしめてやんな、サックリとさ!」


参加者
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
オペレッタ・アルマ(オイド・e01617)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)
長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)

■リプレイ

●甘ロリと白ワンピ
 紀伊山地西部、伯母子岳。
 エインヘリアルの大軍勢が進軍中という件の山中、開けた場所で戯れている少女が二人。
 長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)とオペレッタ・アルマ(オイド・e01617)である。
 純白のワンピースから健康的に伸びたわかなの手足、つやぷるたまご肌が心なしかきらきらと輝いて見える。加えて白いブーツにウサギのポシェット、ホワイトレースのリボンという念の入れ様だ。一方、オペレッタも普段より一層白く、平らな靴とロリータ服とでふんわり甘くコーディネートしている。
 あからさまに場違いなリトルレディ達、だが、目を惹く事がここでは重要な意味を持つ。
 即ち、囮だ。
 標的と定めた指揮官の一人を釣り出すべく。
「ダウ・ガルおじさま、私達と一緒に遊びましょ?」
 やわらかな笑顔と明るい声音で、わかなが仕掛けた。
 その様子を、仲間達は隠れて見守っている。
(「――あれが、ダウ・ガルね。絶対、奪わせなんかしないんだから」)
 隠伏しているケルベロス達の中でもとりわけハラハラしているのがムジカ・レヴリス(花舞・e12997)だった。囮役を担う少女達の身に危険が迫ればいつでも飛び出せるよう、その位置関係を掌握し共有する様に、近くの木の陰に潜むラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)を見れば、彼も憂心を滲ませ頷いて見せる。
 最前線では役目を果たそうと恥を忍んだわかなの全力投球が続く。
「私達を捕まえてみて下さいな♪」
 窪地に立ち、少しでも低身長に見える様にとさりげなく。
 だが。
 そんな苦心の甲斐もなく、ダウ・ガルの反応は何故かいまひとつ芳しくない。
「おじさま、おじさま」
 すかさずオペレッタが畳みかける。
「『これ』と踊っていただけません、か?」
 一歩前へ、軽やかに、くるりとターン。フリルを蓄えたドレスの裾が広がり、空気が更に華やいだ。花の様な少女達に誘われてさぞかし辛抱堪らんだろうと思いきや。
 やはり、標的は微動だにしなかった。
 ――何故? なんだか妙だ。
 わかなの方が恥ずかしさに耐え難くなってくる。オペレッタは諦めずにもう一押し、上目遣いで踏み込んだ。
「……ダメです、か?」
「残念だったなァ。嬢ちゃんらが、もう少しばかり小さかったら喜んで遊んでやるんだが」
 もう少し小さかったら?
 年齢か、身長か、はたまた両方か。
(「こ、これ以上もっと……?」)
 その答えに至った瞬間、わかなは笑顔のまま凍り付いた。
 ドン引きである。無理もないが。

●強襲
(「まさか、こんな事ってあるでしょうか……」)
 不動のダウ・ガルを訝りながらも、成り行きを見守っていた一同。
 奴らの特殊な性質にも定義があるというのか。こうなる事を全く想定していなかった訳ではない。だが、それが真になろうとは。大勢は待ちの構え、しかし、描いていた筋書きの大前提が崩れ去ったなら、このまま待ち続けても意味はない。
 シルク・アディエスト(巡る命・e00636)は誘引失敗を確信すると同時に動いた。
 やむを得まいとラグナシセロも続く。
 呼吸を揃える様に待機組の間で視線が交わされ、各々一斉に飛び出した。
 誘殺ではなく、強襲へ。
 大軍勢に接近している二人が最も危険に晒されている状況、故に問答無用だった。
 単騎相手は臨めず、初手から方針転換できたのは幸いと――シルクは、突撃槍よろしく腰溜めに構えたアームドフォート『適者生存』を撃ちながら間に立ち塞がるべく、特攻して行く。彼女自身が『突撃形態・穿ち討つ角』と称する形状のそれはユニコーンの如く。その弾幕に護られる様に、囮役の二人がダウ・ガルから安全に距離を取る。
(「うっかり踏み込めば、僕らの方が包囲されてしまいそうです」)
 ダウ・ガルの周囲にひしめく多数のエインヘリアル達を前にして弧を描く唇を舐め、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が放った光の粒子が、前列に位置取り攻撃を仕掛けようとしている仲間達に降り注ぐ。同様に彼らを奮い立たせるわかなの歌声が響く中、踏み込んだラグナシセロの飛び蹴りは、重力を乗せ、煌めく流星の軌跡を描いてエインヘリアル兵の一人を捉えた。ダウ・ガルにまともに攻撃を通すのは容易ではないと、早々に思い知らされるが、だからと引き下がるつもりもない。
 指揮官撃破の芽がある限りは。
「邪魔だッ!」
 間髪入れずローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)が軌道上のエインヘリアルに鉄塊剣を振り下ろし、続け様ムジカが宙を舞った。
「道を切り開くわよ! ――『If you can dream it, you can do it.』」
 鋭く発し、敵陣を割るべく躍り上がって鮮やかな蹴りを見舞う『花鳥(染川)』。
「了解。『これ』も、続きます」
 応じるオペレッタのハンマーが砲撃形態へと変じ、放たれた竜砲弾は彼らが作った隙間を縫う様にダウ・ガルめがけて一直線。後を追う星型のオーラはクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)が蹴り出したものだ。その先から、哄笑が空気を震わせた。
「はっはァ! 自棄を起こした小童共に構う事はないぞ貴様等」
 ――自棄だと?
 歯牙にもかけないダウ・ガルの科白に、周囲でさざめく不快な笑い声。
 ローデッドは純粋な殺意を宿す眼差しで、ぼそりと吐き棄てた。
「……うぜェ」
 ここで仕留める以外の選択肢は浮かばない。
「そこまで言う貴方の実力が、如何なものか楽しみですね」
 マイペースな笑顔でダウ・ガルに煽り気味に言葉を投げるのはカルナである。翡翠の瞳を細めたドラゴニアンの少年を、一瞥して彼は肩を竦めた。無骨な大剣と金属鎧が触れる音、歴戦を物語る顔の勲章を無造作に掻いてダウ・ガルは、嗤う。紛れもない戦士の顔で。
「威勢だけでこの首が獲れると思うな。無策に等しい突撃だけが、能ではないなら見せてみろ。相手をしてやらんでもないぞ」
 待機に回され暇を持て余しているのか、ダウ・ガルは降りかかる火の粉を嬉々として払いにかかった。中空を薙ぐ大剣。風を切る轟音がケルベロス達の鼓膜を震わせる。星座を象るオーラが猛然と奔り、氷楔を射込まんと前線に襲い掛かった。地表ごとめくれ上がる様な衝撃に耐えながらシルクは、敵を焼き捨てる『ドラゴンの幻影』を掌から放って対抗する。
(「己の欲望に従順ながらも、優先すべきをはき違えない。冷静に狂う相手はなかなかに厄介ですね」)

●多勢に無勢
 ダウ・ガルを囲む多数のエインヘリアル達がどう在っても厄介だった。
 この全てが彼らを本気で潰そうとすれば一瞬であろう。だが、「犬死は許さん」というダウ・ガルの号令に遵じる動きは、瞬間瞬間、落ち着いて処せば捌ききれないものではない。ただ数が多すぎる。その間隙を縫ってダウ・ガルの撃破を狙うのだが、掃っても掃ってもキリがない。
「ラグナシセロさん、如何見ますか?」
 シルクが布石の首尾を問えば、後方から返事が届く。
「残念ながらかなり分散してます――が、見る限り相手も回復した様子はありません。まだ手は打てる筈です。積み重ねましょう」
「しかし、均等に、って訳にも行きませんね……この数だと」
 笑みを湛えて戦場を舞いながらカルナがあっけらかんと宣い、
「ま、やるしかねェってこったな」
 ローデッドがやや乱暴に纏めた。
 あくまで指揮官狙いの彼ら。確かに兵隊の数が多くて手間取ってはいるが、大軍勢に切り込む事を決めた瞬間から長期戦の覚悟はとうに完了しているのである。
 他の指揮官の介入がないのは幸いだとムジカは、周囲を折々窺いながら思う。尤も、それは単にダウ・ガルが優勢であるという事実を示しているに過ぎないのかもしれないが。
(「だとしても、残戦力が全てこちらに向かって来るよりは遥かにマシね」)
 エインヘリアル達とてこんな所で戦力を使い潰す気はないだろう。
(「利用したりされたり、お互い様なんだろうけど。アタシは信頼で繋がる縁の方が好き」)
 実情はどうあれ。
 事前に叩ける数少ない機会を得た今、ここでダウ・ガルを撃破したいと思うのだが――。

「つまらんな。暇潰しにもならんぞ!」
 ――!
 重い斬撃があらゆる加護を無効化する。ムジカの代わりにそれを受け止め、ローデッドはダウ・ガルを睨め付けた。純戦力だけを見ても決して易い相手ではない。衝撃の余波に煽られたクローネが気遣わし気に視線を向ける。
「だ、大丈――」
「どってこたねェ。あんたも気ィ付けな、こいつはかなりヘヴィな喰いモンだ」
 即座に返される言葉はぶっきらぼうだが同じ役目を担う彼女への忠言混じり。
 ローデッドは平然としていたが、それを自分が喰らえば恐らくその程度では収まるまい。はっとした様に表情を引き締め、クローネは向き直る。ダウ・ガルは、まるで意に介さず嘆く様に深々と吐息した。
「こんな事なら俺も幼女狩りに出向くべきだった」
 空気が冷える。
 ドン引き事案、再来。思わずムジカが呻く。
「本当、良い趣味してるとは言い難いわね……」
「……エラー。『これ』には、よくわかりません。ロリコンという語句に該当しますか?」
 誰もが口にする事を憚るそれを、オペレッタがついに言ってしまった。
 小首を傾げ、エラーを吐き出すついでにさらりと。
 世間には未だ、彼女の理解が及ばぬ事柄も多い。純粋無垢なる疑問であった。が、何分、それについては深く掘り下げる気のない仲間達。ココロを求めるレプリカントの少女にそんな疑問を抱かせる原因の一つを、逸早く葬り去るべく一同は攻撃を差し向ける。
「『穿て、幻魔の剣よ』」
 マイペースを貫くカルナの閃穿魔剣(アルター・エッジ)――高密度の魔力の塊に等しい一撃、不可視の魔剣がダウ・ガルが翳した大剣を抉ってその腕に傷跡を刻んだ。
「幼い少女を狙うというのは、卑劣です……っ」
 許すまじ、と気炎を吐きつつラグナシセロが放つフロストレーザー。ウイングキャットの『ロキ』は一生懸命羽ばたいて、前列に浄化の風を届ける。
「本気でほんっきで恥ずかしかったのに! もっと小さい子が良いなんて女の子の敵!」
 我に返ったわかなもこの時ばかりは、雷杖『秋桜』を思いっ切りダウ・ガルの脳天に振り下ろした。堪えた風もなく鼻で笑い、打たれた箇所を撫でさすって、彼は言う。
「悪くないなァ嬢ちゃん。だが、如何せん年恰好、背格好が――」
「――……、……っ!」
 ドン引き、三度。
「テメェらの趣味なんざどうでも良い。奪い侵す側である限り潰す、それだけだ」
 ローデッド唾棄する様に言い捨て、同意するムジカと共に地を蹴ってダウ・ガルに攻撃を重ねて行く。喰らい付く炎弾と降魔真拳。
 可愛いモノは可愛い。
 それ自体はムジカも否定しないが、奴らの歪んだ執着心が向かう先の闇深さは許容の度を越えている。
「『お嬢ちゃん』が可愛らしいのは同感だけど、アナタにはあげられない」
 ムジカにも譲れない一線があるのだ。目の前で失う事を、自らを失う以上に忌避する彼女の、危うさを孕んだ強さが動作を流麗に磨き上げる。発露の手段こそ違えど、ローデッドの裡にも似た様な熾炎が在った。
「『あれ』は敵。『これ』がたおすべきエネミー」
 それはオペレッタにもよく判る。
 仲間に道を作る為に、差し伸べる手はダンスに誘う様に。――『どうぞ、お手を』とドレスを揺らす、人形めいた彼女の指先で、不可視の障壁が砕けた。砕けた瞬間、硝子の如き破片が近くのエインヘリアル兵へと襲い掛かる――8va(オクターヴ)。そして。
「何かを『好ましい』というココロ。『これ』は少し……わかるきがします」
 ――?
 聞き違いだろうか、と一瞬クローネは、彼女の方を見た。
 目の前の敵の変態的特異性など疑いもしない少女の曇りなき紫の瞳は、そこはかとなくピュア。そこはかとなく無垢。囮作戦こそ巧く行かなかったが……もしこの中の誰かが集中的に狙われていたらと思うと、そしてもしも自分が相手の好みの範囲に入っていたならと、想像するだに末恐ろしい。
(「兎に角、大きな被害が出る前に、ここで成敗しておかないと、ね」)
「いくよ、お師匠」
 大事な帽子をかぶり直して、クローネもオルトロスの『お師匠』と共に後に続いた。
 構えるドラゴニックハンマー、砲撃形態――人海の狭間に『竜』が轟く。

●白か黒か
 覆す事の出来ない圧倒的な物量が、単純に、ダウ・ガルの撃破を阻む障壁となっている。
 押し切れない。いや、まだだ。今この時点では敵の攻撃を一身に集めたローデッドが最も深手を追ってはいたものの充分カヴァー圏内。皆まだ戦える。しかし、このままでは――。 ケルベロス達の脳裏に、『撤退』の2文字がちらつき始めた、その時だった。
 ――力強い笛の音が一度。
 確かに聴こえた。
 エインヘリアル達の中にも聴こえた者が居た様で、「何の音だ?」とどよめきが徐々に広がって行く。無論、ケルベロス達はその音が何を意味するのか知っているが、正直に教えてやる理由もない。成り行きに任せておけば、音の正体を不審がる声に、やがて、私兵団長ペンプ・オグが単身戻って来たとの報せまで入り乱れる。
「まさか王子が」
 錯綜する情報の最中、軍勢のどこかでそんな不安の声が上がった。
 混乱する兵達を鎮めるべく大喝したダウ・ガルが残る指揮官と共に采配を揮い始めた隙を逃さず、ケルベロス達は後退を始めた。
「もう少し遊んでいたかったのですが、残念、時間切れです」
 よもやこの状況で言う事になろうとは。
 不本意ながらカルナはそれでも笑みを浮かべていた。彼らの動きに気付いた若干名が反射的に行く手を遮ろうとしたのを、ムジカとローデッドが双方向に牽制しつつ、一塊となって一気に駆け抜ける。今にも崩れ落ちそうになるオペレッタと互いに支え合いながらクローネが駆け、シルクが追撃を捌くべく殿に就いて、戦線を離脱する――。

 幸い、それ以上の追撃はなかった。
 エインヘリアル達もそれどころではないのだろう。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば――」
 隠された森の小路を使い、先頭をひた走っていたラグナシセロが肩で息をしながら仲間達を振り返った。充分な安全を確保できるその場所で、歩みを止めれば安堵と共に、悔しさが込み上げて来る。標的に選んだ指揮官を撃破できなかったのは、無念という他ない。
「ですが、あの笛の音。王子は討取りました。おそらく他の指揮官も何人かは……」
 総括すれば作戦は成功であろう。
「彼らにとっては大打撃の筈……戦力は大きく削がれた筈です」
「そう、ね。それにこうして皆揃って帰還できるんだもの、上々よね」
 訥々と間を繋ぐラグナシセロの言葉に、ムジカも気持ちを切り替える様に明るく返した。
 幾人か後に続いて頷く気配。
 ――今はその幸運を噛み締めるとしよう。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月21日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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