螺旋忍軍大戦強襲~屍隷呪縛

作者:柚烏

 螺旋帝の血族である緋紗雨を、智龍ゲドムガサラから守り切ったお陰で、次に螺旋忍軍の『彷徨えるゲート』が出現する場所が判明した。
「この情報があれば、螺旋忍軍との決戦を行うことが可能になるんだけど……その上で大きな障害になる勢力があるんだよ」
 激闘を制した皆を労わりつつも、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は次に待ち受ける戦いについての説明を行っていく。
「それは『最上忍軍』……。彼らは五稜郭の戦いで螺旋忍法帖を奪取し、更に螺旋帝の血族『亜紗斬』さんも捕縛したみたいなんだ」
 現在の最上忍軍は、螺旋帝の血族・イグニスから新たな命令を受け、各勢力に潜入していた螺旋忍軍たちを利用――螺旋忍軍のゲートが現れる地点に、これらの戦力を集結させようとしているらしい。
 ダモクレスからは『載霊機ドレッドノートの戦い』の残党勢力。そしてエインヘリアルからは、ザイフリートやイグニスの後釜を狙う王子とその私兵団が。更に各勢力が研究していた屍隷兵の中で、戦闘力の高い者たちを集めた軍勢も用意しているようだ。
「けれど彼らは、魔竜王の遺産が発見され、この事実を知ったケルベロスの襲撃が予測されている……という偽情報を掴まされて動いているらしくてね」
 どうやら忍軍は言葉巧みに彼らを操って『複数の勢力が参戦してくる事が予測されている為、敵に漁夫の利を与えない為の立ち回りが重要である』と説明し、デウスエクス同士では戦端を開かず牽制し合うように仕向けているらしい。
「恐らくイグニス達は、これらの戦力を『ゲートから戦力を送り込むまでの防衛戦力』として利用するんだと思う」
 何とも卑劣な策ではあるが、此方がケルベロスウォーを発動しない限り、集結する軍勢を全て撃破する事は不可能だ。しかし行軍中の軍勢を襲撃し、主だった指揮官を撃破することで、敵勢力の弱体化が図れるだろう。
「……危険な任務になるけれど、どうか皆の力を貸して欲しいんだ」

 ――そうして一呼吸おいてからエリオットが告げたのは、ゲートの出現予定地が『奈良平野』であること。そして皆には、紀伊山地の大台ケ原山を通って進軍してくる、屍隷兵の襲撃を担当して欲しいと言うことだった。
「螺旋忍軍を通じて屍隷兵の情報を得たデウスエクス達は、それぞれ強力な力を持つ屍隷兵の研究を行っていたみたいだね」
 その運用については螺旋忍軍を利用していたらしく、最上忍軍は各勢力の忍軍を通じ、戦闘力の高い屍隷兵を集めて軍団を結成したようだ。
「屍隷兵の軍団を率いるのは、最上忍軍の指揮官のひとり……『詠み謳う煌然たる朱き社』だね」
 屍隷兵の軍勢は量産型を主力にしつつ、戦闘力が非常に高い合成獣兵を始めとする、高スペックの屍隷兵が集められている。量産型はそれほどの脅威では無いようだが、戦闘力の高い個体は通常のデウスエクスに勝るとも劣らない戦力を持つ。
「そして……もし、この高い戦闘力を持つ屍隷兵をイグニスが手に入れた場合。屍隷兵の研究が飛躍的に進んで、より強力な屍隷兵が生み出される可能性もある」
 故に、それを阻止する為にも、可能な限り有力な屍隷兵を撃破する必要があるだろう。しかし今回の作戦は、進軍する敵を強襲して撤退する奇襲作戦になる。作戦終了後に素早く撤退しなければ、敵の勢力圏に取り残されることになるので注意が必要だ。
「屍隷兵は、元々冥龍によって創造された不完全な存在だけど……その肉体は、この星の生き物が基になっている」
 研究を行う過程で、一体どれ程の生命が犠牲になったのかは分からないが――それでもこのままでは、更に多くの屍隷兵が生み出され、この星に住む者同士で争う悲劇が繰り広げられることになるだろう。
「出来ればもう、そんなことは無くなって欲しい。全てを終わらせることは不可能でも、少しでもその流れを抑えることが出来るのなら――」
 どうかお願い、と俯くエリオットの瞳が微かに揺れる中、彼は踵を返してヘリオンの準備へと取り掛かる。皆を無事に戦場へ送り届けること――きっとそれが、彼に出来る戦いなのだ。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)
月隠・三日月(希望の担い手・e03347)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
高辻・玲(狂咲・e13363)
アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)

■リプレイ

●夏山の彷徨
 彷徨えるゲートが現れる奈良平野を目指し、デウスエクスの軍勢が続々と集結しようとしている。その裏で手を引く螺旋忍軍の存在を感じながらも、ケルベロス達は紀伊山地にある大台ケ原山へと降り立った。
(「彷徨えるゲートの向こうには、慈愛龍もいるのか……?」)
 夏風に揺れる藍色の髪をかき上げて、ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)はゆっくりと辺りの様子を窺う。その名を聞けば何故だか、彼の心はざわめいたのだが――いずれにせよ、この地が戦場となるのは確実なのだ。
(「ならば、その時の為に少しでも、敵の数を減らしておかなくては」)
 勇者を目指す為、厳しい修行に明け暮れていたギルボークは、ひとりの少女との出会いで剣を振るう理由を見つけた。彼女の姿を思い浮かべ、気合を入れる彼の向こう――緑の中で微かに蠢く屍隷兵の群れを捉えたのは、イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)で。いのちを護り継ぐことを己が使命とする彼女の瞳には、神により捻じ曲げられたいのちの結晶の、眠りにつけぬ死人の如く彷徨う様子がはっきりと映っていた。
「いのちは流れ、天と地を巡りゆくもの……それなのに」
 愛らしい紅玉の瞳に揺らめくのは、悲哀か憤りか――輪廻を澱ませるデウスエクスの所業に、握りしめたイルヴァの拳が微かに震える。
(「……絶対に、許してはおけません」)
 ――嘗て、彼の男を取り逃した為に生まれてしまったものと、高辻・玲(狂咲・e13363)の胸中も複雑なようだった。屍隷兵研究を進めていた螺旋忍軍――禍つ月の残光は、今もこうして地上に影を落としている。
「せめて、これ以上悲劇が続かぬ様に、止めなければ」
 普段の紳士然とした姿で、優美な笑みを浮かべる玲であったが、その瞳の奥には過去を清算する為の確かな決意が宿っていた。
「ええ、条件はよろしくないですが、目標を確実に倒して敵勢力を削りたいですね」
 穏やかな物腰のヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)が告げる通り、戦いは山中でのゲリラ戦となる。進軍する敵を強襲した後、素早く撤退を行う――敵陣の真っ只中に飛び込まなくてはならない作戦だが、ヒスイのふわりとした笑みは揺らがなかった。
 ――それでは行きましょう、と囁く彼の身体が気流を纏い、瞬く間にその存在を周囲に溶け込ませていく。そうして気配を断ったヒスイに続き、ギルボークや玲、そしてイルヴァも隠密気流を纏い先行――その後ろから他の仲間たちが続き、目的地へと近づいていった。
(「慎重になりすぎて、機を逃さぬよう……」)
 鮮やかな緑たちをかき分け、時にその中に紛れるようにして、ギルボーク達は夏の山を往く。金属の照り返しを防ぐ外套を羽織り、武具に布を噛ませ極力消音に努めるなど、イルヴァが見せる手際の良さは諜報と暗殺で培ったものだろうか。
 ――草木に紛れるよう迷彩を施した外套と、音を立てぬような足運び。先行した者に続く藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)たちも、其々に工夫を凝らしたお陰もあって、一行は妨害に遭うことも無く敵の近くまで接近することが出来た。
「あれは……!」
 と、その中で一際存在感のある屍隷兵を認め、アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)の精悍な面差しが険しさを帯びる。
 それは以前、月喰島から上陸してきたヘカトンケイレスの面影がある、多数の死体を接ぎ合わせた屍隷兵だった。顔にぽっかりと空いた虚ろな眼窩からは、不気味な青白い光が漏れていて――その姿はまるで、神話に登場する一つ目の巨人を思わせる。
「やってくれたな……螺旋忍軍!」
 水面下で行われていた屍隷兵の研究成果を目の当たりにして、アスカロンは怒りを隠せずに震える声を絞り出した。更に隻眼の屍隷兵――キュクロプスの周囲にひしめく、おびただしい数の量産型もまた、如何に実験が非道なものであったのかを無言で訴えているようだ。
「シュミット殿……あれも元は地球の生き物であったのだろうが、今は敵だ。同情はしていられない」
 しかし其処で、陽気な表情を引っ込めた月隠・三日月(希望の担い手・e03347)が、敢えて冷静な声音で馴染みの団員を諫めた。量産型の中には、年若い女性が埋め込まれた怪物も居た――恐らくアスカロンは、それに大切な妹たちの姿を重ねてしまったのかも知れない。
「さて、一気に奇襲と行きたい所だけど……そうも行かないか」
 落ち着きを取り戻したアスカロンに頷き、機を窺っていた玲であったが、隠密気流は非戦闘時にしか効果を発揮しないことに思い至り、そっと溜息を吐いていた。此方が戦闘に突入した段階で、隠密は解ける――しかし、此処まで気付かれずに辿り着けたのなら僥倖だ。
 ――流石に死角を探り当てるまではいかず、キュクロプスの周囲に散らばる量産型も無視は出来ない。それでも自分たちの倒す宿敵目掛け、景臣はたなびく気流を振り切りつつ、一気に斬り込んでいった。
(「……どうか、怪我のなきよう」)
 その直前、微かに触れたゼレフ・スティガル(雲・e00179)に、彼は声なき言葉を伝え――頼もしい友人はそっと、閉じた片目と笑みを以て応えてくれたようだ。
 こんな風に穏やかなぬくもりを抱きながら、ゼレフも景臣も、戦で傷つくことを厭わずに剣を抜く。ふと景臣が眼鏡を外すと、彼の瞳で揺れる紅炎が虹彩と入り混じり、淡い藤色の灯をともし――その視界には雲のように飄々とし、刻々と色彩を変えていくゼレフの後ろ姿が鮮やかに映り込んでいた。
「後顧の憂いを断つ為にも……さあ、そろそろお休みの時間ですよ」

●歪な生命の行く先
 ――山地のあちこちから、怒号や剣戟の音が響いてくる。他の屍隷兵襲撃班も戦闘を開始したようだと確認しつつ、一行はキュクロプスの退路を塞ぐように包囲を敷いて、屍隷兵の軍勢と対峙した。
(「何よりも先ず、奴が逃走しないようにしなければ」)
 強力な屍隷兵がイグニスの手に渡り、研究が加速することだけは避けなくてはならない――しかし屍隷兵の軍勢は如何せん数が多く、その一角に攻め入った状態ではキュクロプスの退路を防ぐとまでは行かないかと、三日月は歯噛みする。
「それでも、相手の知能がそう高そうでないのが幸い……でしょうか」
 陣の後方、戦場を見渡し易い位置に立つヒスイの言葉通り、周囲の量産型は漠然と此方を迎え撃つようであり、その動きは統制が取れているとは言い難い。但しキュクロプスは武器を扱う知能があるらしく、その立ち位置から判断するに、強烈な一撃を見舞ってくる筈だ。
「彼らも元々は……否、これ以上は何も言いません。犠牲になった魂の安寧の為にも、ここで終わりにしましょう」
 これ以上データを与えない為にも――と自分に言い聞かせるギルボークは、量産型の狙いを此方に引き付けようと、雷の息吹を吐き出し一帯を感電させる。続く景臣も配下の牽制を行い、まぼろしの桜花が舞う中で敵群を一気に斬り伏せていった。
(「戦闘が始まれば、皆自分の対応すべき敵に集中せざるを得ない」)
 ならば支援を行う自分が、少しでも敵の動向を把握できれば――そう願うヒスイの黒鎖が屍隷兵を次々に刺し貫き、仕込まれた神殺しの毒が彼らの肉体を汚染する。
「アアアア、アァァ……!」
 助けてと叫ぶように嘆きのマリア達がもがき苦しみ、怪物の剛腕が力任せに辺りを薙ぎ払った。その背後では、ひとの形を保てない量産強化型屍隷兵が、細長い手を伸ばして侵食の弾丸を撃ち出してくる。
「できれば、苦しまないよう首を落としてやりたいが……」
 歪んだ生を受けた異形を一瞥した三日月は、その手に握りしめた黒鎖へぎゅっと力をこめ――この武器では難しいか、と自嘲した。悪いなと零した彼女が狙いを定めるのはキュクロプスで、投げ縄の要領で振り回した鎖は獲物を狙う猟犬の如く、青ざめた巨躯を締め上げていく。
「せめて、早いトコ終わらせよう。……私たちのためにもな」
「来いよ『一つ目』、お前はこっちを見てろ!」
 鎚を叩きつけ、地割れを起こして暴れるキュクロプス目掛けて、アスカロンは竜の翼を羽ばたかせながら跳躍した。そのまま空中で一回転を決めると、その勢いを乗せた踵落としを叩き込む。
「それじゃあ、僕たちも行くとしようか」
 流星の煌めきが尾を引いて巨躯に吸い込まれる一方で、周囲の量産型を相手にするのはゼレフ達だ。攻撃の要である彼らは、盾となる景臣たちが敵を引き付けている内に、数で押す屍隷兵を蹴散らそうと刃を閃かせた。
「彼方此方に飛火する火種は、君達の道は、絶たせて貰う」
 玲の黒髪を彩る深紅の薔薇が、甘い芳香を漂わせて花弁をひとつ舞わせた刹那――空の霊力を帯びた刀が屍肉を抉り、継ぎ接ぎされた肉体を祓おうと一気に傷口を斬り広げていく。
「終わりが避けられないのなら、せめて愉しもうか」
 ――涼しげな美貌に優雅な笑みを浮かべた彼は、剣戟こそが生き甲斐だと嘯いて。同意するかのように愉しげな表情で刃を振るうゼレフは、その刀身に惨劇の鏡像を映し出し、嘆く屍隷兵が死を迎えた瞬間を鮮烈に蘇らせていった。
「この調子で行けば、量産型は倒せそうですが――」
 ひとり、またひとりと生の呪縛から解放されていく屍隷兵たちを見届けながら、イルヴァが叢を突っ切って残る配下に止めを刺そうとするが――彼女たちが倒した分だけすぐさま、辺りの量産型が増援として補充されていく。山地を行軍する彼らの数がどれ程かは分からないが、量産型の相手をしていたら何時まで経ってもキュクロプスを倒すことは出来ないと、直ぐに一行は目標を切り替えた。
「……わたし達の成すべきことは、キュクロプスの撃破です。これ以上、彼のような存在が生み出されてしまわないように」
 ――ぽつりと呟いたイルヴァはそのまま反転し、樹の幹を蹴って隻眼の屍隷兵の元へと向かう。深い森に隅々まで満ちる生命豊かなみどりの息吹は、妖精族である彼女にとって馴染み深いもの。蘇るいのりとまじないの歌を口ずさみながら、貴石があしらわれたイルヴァのミュールが、蒼空に流星の軌跡を描いた。
 グッ――と、頭部へめり込んだ踵によろめくキュクロプスであったが、彼は左腕に装着した金床を盾のように振り回して、邪魔な存在を肉塊に変えようと暴れ回る。
「クッ……パワーも動きも、ヘカトンケイレスと比べると何もかもが段違いだ!」
 荒ぶる屍隷兵を何とか抑えようと、アスカロンの降ろした御業が禁縛の呪を施す中――回復に奔走するヒスイが降らせる薬液の雨が、傷ついた仲間たちを優しく癒していった。
(「火力重視……短期決戦で動いた分、序盤の量産型に気を取られてしまったのが痛いですね」)
 盾となる者たちも、攻守を上手く切り替えて戦っているとは言え、皆の命を預かっているのは自分なのだ。かつて命じられるままに命を奪う側に居たヒスイであるが、今は主の元、人の中で生きると決めた――その肩に背負った命の重みを噛みしめながら、彼は己の役割を果たすことを誓う。
「……残念、詐欺だったね」
 先程まで、傷ついた友人へ軽口を叩いていたゼレフは一転――退いたと見せかけたその陰には、いつの間にか身を潜めていた景臣が居た。フェイントを織り交ぜて斬り込む彼の姿には、洗練された舞を思わせる中に手段を選ばない容赦の無さが在る。
「生憎――火加減は苦手でして」
 幽けき紅蓮の炎を操る景臣の瞳が、僅かに細められた後。見る間に、灯に蝕まれたキュクロプスの肉体は焼け焦げていき、その指先がぼろぼろと儚く崩れていった。

●解放の狼煙
 事前にきっちりと、どう戦闘を進めていくのか皆で方針を定めていた――そのお陰で一行は、戦況の変化にも素早く対応し、齟齬を生まずに連携を行うことが出来ている。
 どうやらキュクロプスに逃亡する意思は無く、目の前の獲物を殲滅することしか頭に無いようだ。一方の量産型も、ひたすら攻撃を行うのみで――彼らの動きは次第に、牽制を続けていたギルボークと景臣によって阻まれていった。
「まだまだ、です……。目標討伐まで、僕達が敵の攻撃を引き受けますよ」
 麻痺により硬直した屍隷兵の隙を突いて、ギルボークが素早く心眼に目醒め、活力を得ると共に霊的防護を断ち切る力を宿す。更に、催眠にかかって同士討ちを始める屍隷兵を横目に、景臣は光の粒子を解き放って仲間たちの攻撃精度を高めていった。
「オ、ウオオ、ォォ……!」
 しかしキュクロプスは尚もしぶとく、手にした鎚に雷を集束させて一気に放ってくる。まともに受けたアスカロンの呼吸が、一瞬止まりそうになるが――彼を救ったのは、ヒスイの操る賦活の雷だった。
「すまない……元居た奈落に、ちゃんと送り返してやるからな」
 そっと仲間に礼を述べた後、アスカロンは形見の呪具を展開――ふわりと舞う紙兵に宿った死者の無念が、黒き光の矢と化してキュクロプスを撃ち抜く。行き場を失った想いが内より膨れ上がる中、返り血に染まってなお鮮やかなゼレフの刃が、瞬く間に屍隷兵を斬り刻んでいった。
「さあ、決めよう」
「はいっ」
 其処でゼレフの身体を足場にして、イルヴァが軽やかな身のこなしで宙を舞う。旧き魔術を紡ぎ、辺りに満ちる氷の魔力は細かな氷粒を生んで――彼女の指示の元それは、木洩れ日を乱反射しながらキュクロプスを射抜いていった。
 ガァッ――と赤黒い血を吐き出し苦しむ標的を見て、一行は敏捷性を活かした攻撃が有効だと確信を得る。三日月の放った氷結の螺旋が、キュクロプスを見る間に凍らせていく中、刹那の瞬きの間に間合いを詰めた玲の刀が一閃した。
「……どうか安らかに、お休み」
 ――全てを賭して、全てを断つ。紫電の如き太刀筋は、彼に宿る意志と本質の表れか。
 音もなく振るわれた刃が鞘に納められたその時、キュクロプスは己に起こった異変を解する間もなく、どうと大地に崩れ落ちていた。

 キュクロプスを撃破した直後、一行は素早く撤退を開始した。追い縋ろうとする量産型を景臣が牽制しつつ、アスカロンによってかたちを変えた植物が、安全に移動する為の小路を作り出していく。
「……お前たちもきっと、一矢報いたいと思っているのだろうな」
 実験の犠牲となったもの達を想い、護りの懐刀を握りしめるアスカロンは、これから戦力として投入されるであろう屍隷兵の存在を憂えた。
「彼の悪い夢は、これで終わったのかな」
 そっと呟くゼレフに玲が頷き、必ず全てを終わらせようと誓う中――イルヴァは屍隷として囚われてしまった人々が解放され、また世界へと還れるように祈る。
「この勝利を、囚われた魂を解き放つ狼煙に代えて……戦い続けましょう」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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