古戦場たゆたう霊や青嵐

作者:奏音秋里

 昔々、その街がずーっと向こうまで田圃だった頃の話。
 領地を賭けた、大きな戦が起こった。
 農民達も戦場へと駆り出され、その多くが命を落とす。
「武士じゃなくて農民の怨念か……」
 だからこの地域には、首のない農民の亡霊の目撃情報が語り継がれていた。
「此処が……」
 農道をあがって峠の中腹にある古戦場を訪れた、1人の青年。
 中心に立つ石製の慰霊碑が、この土地の歴史を教えてくれる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 しかし青年が会えたのは、亡霊ではなく魔女だった。
 胸を鍵に貫かれ、抗う術も持たず。
 石碑の裏側へ凭れるように、倒れてしまった。

「いつの世も、哀しい話は尽きないっすね」
 意外と涙もろい、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)の頬に一滴。
 鼻をしゅんしゅんさせながら、ドリームイーターの誕生を報告してくる。
「被害者は、観光に来ていた20代後半の男性っす。彼を助けてほしいっすよ」
 燈家・陽葉(光響射て・e02459)によると、ドリームイーターには首がない。
 所謂足軽の姿をしているが、手には鍬を持っているらしい。
「身長は、自分の肩くらいっすかね。鍬での物理攻撃と、蔓での魔法攻撃を繰り出してくるっす。あとは……負けを悟るとすぐに逃げようとするっすから、注意してほしいっす」
 出会い頭にドリームイーターは、自分の存在について問うてくるらしい。
 初撃は、答えられなかったり間違ったりした相手を狙ってくるようだ。
「古戦場で戦ってもらっていいんすけど、被害者だけは先に助けておいてほしいっす」
 ドリームイーターは、古戦場のなかで次の獲物を待っている。
 行けば戦いを挑んでくるけれども、慰霊碑の裏に倒れている被害者を巻き込みかねない。
「被害者に楽しい観光を続けてもらうためにも、よろしく頼みますっすよ!」
 峠の山道は狭く、徒歩以外の手段ではとおれない。
 たまにはそんな場所に行くのもいいっすよね~と、ダンテはケルベロス達を送り出した。


参加者
相馬・竜人(掟守・e01889)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)
唯織・雅(告死天使・e25132)
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)

■リプレイ

●壱
 対峙するケルベロス達は古戦場へと足を踏み入れて、得物に手をかける。
 待っていたと言わんばかりに、慰霊碑に腰掛けていたドリームイーターが立ち上がった。
「おらは、なんじゃろうのぅ……」
 がしゃんがしゃんと、歩くたびに鎧のこすれる音がする。
「首のない……武者かな?」
 いつもの笑顔を浮かべて、燈家・陽葉(光響射て・e02459)はとぼけてみせた。
「うかうか……現れた。ドリームイーター……ですね。此処は、通せんぼ……です」
 唯織・雅(告死天使・e25132)も、辿々しくもわざと間違えた返答をする。
「自分もドリームイーター、としか答えられません……それ以上の答えは、自身で見つけてみてはどうでしょうか」
 後半は自分に言いきかせるように、玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)も応対した。
「おらは……」
 陽葉と雅にユウマの3名が、ディフェンダーとしてドリームイーターを惹き付ける。
 なるだけ慰霊碑から引き離したいが、逃がすわけにもいかない。
 適当な距離を維持しつつ、少しずつ少しずつ、入り口側へとあとじさる。
「首無し貴族……ではありませんわね。首無し農民? 小作農でいいのかしら……」
 スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)は、なんとか正解を捻り出した。
「農民の亡霊ですか。亡霊ではなくドリームイーターなのは、なんとも皮肉な話ですわね。被害が出ないうちに、倒してしまいましょう」
 言いながら、彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)が前方を見遣る。
「古戦場に亡霊……歴史好きとしては放っておけないよ! みんな、暫くお願いね☆」
 7名の視線の先、慰霊碑の裏から、ハイテンションな声がした。
 春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)が、地を蹴り翼を羽搏かせる。
 怪力無双の能力も発揮して、安全な場所を探した。
「……」
 ただ黙って、ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)は相手を見詰める。
「農民か……首が無いのに動いている、そのビジュアルが気に食わない。よし、殺す」
 相馬・竜人(掟守・e01889)は闘争心全開に、鋭い眼差しを向けた。
「おらは……」
 気付いたときには、ケルベロス達にぐるりと囲まれていた。

●弐
 突破口を得るために、鍬をヴァーノンへと振り下ろすドリームイーター。
 しかしディフェンダーが声をかけ合って庇い、攻撃を受け止める。
「構造的弱点、確認……破壊、します」
 狙いを定めて、雅はバスターライフルの引き金を引いた。
 ウイングキャットには、まずは前衛にバッドステータスへの耐性を付与させる。
「知ってるか? この世のなかの都合の悪ぃことは、大体首が無い奴のせいだって相場が決まってるんだぜ。なにが言いたいかって? テメエを遠慮なく殺せるってことだよ」
 体勢を立て直す前に背後へと迫る竜人は、表情を愛用の『髑髏の仮面』で隠していた。
 ドリームイーターが振り向くより速く、電光石火の蹴りをお見舞いする。
「古戦場ですか……こういうところにいると、少し昔を想い出しますね……ともかく、被害者の為にも自分も全力を尽くします……!」
 更に己へ注意を向けようと、重厚無比の一撃を叩き落とすユウマ。
 片手で軽々と鉄塊剣を振るい、ドリームイーターの怒りの感情を引き出す。
「元になったお話の農民のことは哀れだと思うけれど、今回戦うのはあくまで魔女が生み出した架空の存在。なら手加減する必要はないね。きっちり倒すよ」
 陽光の瞳でドリームイーターを捉え続けて、冷静に、常に正面へとまわりこむ。
 突き出すファミリアロッドから、陽葉は大量の魔法の矢を発射した。
「えぇ。これ以上被害が出ないように、私達が抑えきりますわ!!」
 スノーが古代語を詠唱すれば、魔法の光線は一直線に飛んでいく。
 その自信に溢れた表情は、自分達の敗北などまったくもって想定していない。
「ラベンダーの芳香よ……辺りを包み込み、まどろみの世界へ誘え」
 紫の両の掌から漂う、芳しく心落ち着く香り。
 ドリームイーターの意識を混濁させて、足許もふらつかせる。
「亡霊でもいいから、もう一度姿を見たい……なんて。嬉しいって思えるのは間違いなくエゴ、なんだろうね……願いの力を俺に」
 銃に籠めるのは、折り鶴のドリームイーターの魂を封印した弾薬だ。
 過去を忘れたくないし、どんな姿であっても逢いたいと、ヴァーノンは想いを馳せる。
「たっだいま~っ♪ 被害者はばっちり、近くのお寺に預けてきたよ! さぁて、これから観光に来る人達のためにも、さっさと片付けちゃおう☆」
 着地早々、摩擦によりエアシューズに熾った炎をドリームイーターへと喰らわせる春撫。
 皆から贈られる労いの言葉に、八重歯を見せてにっこり笑った。

●参
 何度も何度も、蔓に絡まれたり、鍬で穿たれたり。
 それでも逃走だけは許すことなく、撃破まであと一歩のところへきた。
「癒しの雨よ、仲間を癒す力となってくださいませ」
 服破りも捕縛も、メディックとして可能なかぎり即座にキュアしてきた紫。
 薬液の雨を降らせて、ひとりでも多くの仲間の異常を回復させる。
「簡単に倒れるわけにはいきません!」
 グラビティ・チェインを放出し、ユウマは全身を不可視の強固な防御膜で覆った。
 次の瞬間に振り下ろされた金属を、その両腕で以て防ぎきる。
「セクメト。そちら側……お願い、します」
 ディフェンダーと相棒は庇わないと決めて、雅も自分にダメージを集めてきていた。
 ウイングキャットの輪に左半身を撃たせ、自身はエネルギー光弾で右半身を穿つ。
「舞葉、いくよ! せーのっ。コケコッコー!」
 杖を鶏の姿へと戻し、タイミングを合わせて鳴いてみせる陽葉。
 戦場に響き合う声は幾度も谺し、ドリームイーターの音を聴きとる器官を破壊する。
「えっへへ、わたしのビート、たくさん感じていってね!」
 だが春撫の打撃は身体の内側で音色を奏でるため、問題ないようだ。
 拳や足が表面を打つたびに衝撃は音階と成り、朦朧とする不思議な曲を紡ぎ出す。
「テメエを畑の肥やしにしてやるよ。いいからさっさと死んどけや、なぁッッ!! ボサっとしてると喰っちまうぜぇっ!?」
 竜人がグラビティ・チェインで強化するのは、黒竜のそれへと変化させた両腕だ。
 挟むように左右から叩きのめせば、ドリームイーターの背に鋭い爪痕が残る。
「どんな過去があったとしても、野放しには出来ないから……ここでサヨナラだね」
 哀しい物語を、息の根を、止めるために。
 ヴァーノンはドリームイーターの最期の灯を、愛用のリボルバー銃で消し去る。
 生命活動を終えた肉体はその場へと崩れ落ちて、鍬も鎧も種も、ばらばらに散らばった。
「みんな、お疲れさま! 私のために戦ってくれてありがとうね」
 スノーの満面の笑顔が共鳴し、順にディフェンダー陣をヒールしていく。
 一部ではとっても人気のある営業スマイルが、皆に振る舞われた。

●肆
 被害者をつれ戻してきて、もとの場所へと優しく寝かせてやる。
「春花さん、燈家さん、お疲れさまでした。おふたりとも格好よかったです」
「ありがとう、ユウマ。はるはる、今日も可愛かったよー」
「ちょっ、苦しい、です……」
 ユウマはふたりと同じ師団に所属しており、事前に面識もあったのだ。
 今回はいろいろと話もできて、より親しくなれた気がする。
 ちなみに。
 陽葉と春撫は夫婦であり、当然ながらお互いのことが大好き。
 力いっぱいぎゅーっと抱き付かれて、春撫はちょっとだけ抵抗する。
 苦しかったり、恥ずかしかったり、アイドルってことを気にしたり。
 けれども今日は、陽葉がたくさん庇ってくれたから、ぎゅってされてもいいかなって。
 そんな感じでいちゃらぶしているうちに、青年の意識が戻った。
「無事でよかったですわ。お加減は如何でしょう。怪我などはありませんの?」
 素速く駆け寄ると、紫は手や足をとり、状態を確認する。
 柔和な表情とウェーブヘアに咲くラベンダーの香りが、青年の気持ちを安心させた。
「災難、でしたが……デウスエクスは、私達が……討伐しました。引き続き、観光……楽しんで、くださいね。願うは此の詩届く者に、月と夜との祝福を……」
 冷茶を手渡してから、願いと力を秘めた一編の詩を歌いあげる雅。
 夜を照らす静かで暖かな月光のように、傷も不調も癒し尽くす。
「遊びでこのようなところへいらしていては、大変なことになりますわよ? 供養するつもりで花などお持ちになるならまだしも……これからも、大変なことに遭遇するかもしれませんわ。あと、おひとりでいらっしゃるのも危ないですわよ。ワクワクする気持ちは私にも経験がありますから、古戦場へいらっしゃるのがいけないとは言いませんのよ。それでも、この土地で亡くなった方々を敬う気持ちは必要ですわ。今回は、ドリームイーターに利用されただけで済みましたけれども……次は、悪霊にとりつかれる可能性も有り得ますわ。そうよ! お化けは怖いのよ! ひとりで夜にトイレに行けなくなるくらい怖いのよ!!」
 スノーは青年に、遊びで危険なことをしないように伝えたかった。
 だが大のお化け嫌い故、感情が溢れ出して独り言になってしまう。
「戦国時代とか、農民は出稼ぎ感覚で戦に出てたっつー話も聞くがね……剛毅だよなぁ」
 義に厚い竜人にとって、護るモノのために消えた生命の末路は、気になるトコロ。
 だから立ち上がる青年とともに、古戦場の石碑の裏面を覗き込んだ。
 ところどころ欠けていたり漢字ばかりが並んでいたりで、読めない部分もあったのだが。
 青年の解説によると。
  周囲の村々から駆り出された農民達の殆どが、戦国の世の戦で命を落とした。
  名前も顔も伝えられてはいないが、過ちを繰り返さないために、この碑を建てる。
 ということだった。
「力のないモノまで戦に駆り出される、なんてことがあったんだね。きっと、したくもないことをやらされて……散っていったんだろうね。なにを思い、行動したのだろう……」
 識らないことが未だ未だたくさんあるのだということに、改めて気付かされる。
 慰霊碑に手を合わせて、ヴァーノンは、冥福を祈った。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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