ふらつく愛の顛末記

作者:飛翔優

●捨てられた女
 闇の中に、光が一つ。実験台に横たえられている女性を映し出していた。
 傍らには、仮面で素顔を隠したドラグナーが一人。
「喜びなさい、我が娘」
 ドラグナーは女性に語りかけていく。
 起き上がりきょろきょろと周囲を見回している女性に、淀みのない声音で説明していく。
「お前は、ドラゴン因子を植え付けられた事でドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、いずれ死亡するだろう」
 回避し、完全なドラグナーとなるためには、与えられた力を振るい多くの人間を殺して、グラビティ・チェインを奪い取る必要がある。
「……」
 説明を終えたドラグナーを見つめた女性は、暗く笑った。
「良いわ、殺してあげる。まずは、私を捨てたあの人から、私に愛をささやき逃げていったあいつから。何よ、一度の浮気くらいで。この私と結婚できたんだから、大概のことは大目に見るべきだったのよ。逃げていったあいつもあいつよ。あの人に捨てられた私を愛すると囁いたのに、慰謝料の話が出るや逃げて……ふふ、もうどうでもいい。思い通りにならない人達なんて、殺してしまえばいいんだわ」
 女性は実験台から飛び降り、ドラグナーに背を向け歩き出す。
 立ち去っていく背中を眺めていたドラグナーは興味を失ったかのように視線をそらし、一枚の紙をファイルに収め……。

●ドラグナー討伐作戦
 ケルベロスたちを出迎えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、メンバーが揃ったことを確認した上で説明を開始した。
「ドラグナー竜技師アウルによってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった方が、事件を起こそうとしているみたいです」
 この新たなドラグナーはまだ未完成とでも言うべき状態で、完全なドラグナーとなるために必要な大量のグラビティ・チェインを得るため、また、ドラグナー化する前に惨めな思いをさせられた復讐と称して、人々を無差別に殺戮しようとしているのだ。
「ですので、急ぎ現場へと向かい、未完成のドラグナーを撃破してきて欲しいんです」
 セリカは地図を取り出し住宅街の一角、マンションが立ち並んでいる通りに丸をつけた。
「午後二時頃、未完成のドラグナーはこの辺りにやって来ます。ですので、待機していれば迎え撃つことができるかと思います」
 時間帯的に人通りはそれなりにある。そのため、予め人払いをしておく必要もあるだろう。
「そうして戦うことになる未完成のドラグナーですが……」
 姿は三十代ほどの、目鼻立ちの整っている女性。自分の容姿に絶対の自信を持っており、その美貌で何人もの男と付き合ってきた。結婚してからもそれは変わらず、結果離婚を迫られ慰謝料を背負うことになり、浮気相手にも逃げられ……そんな彼女と新たに付き合おうとする者も現れず、行き詰まった果てに未完成のドラグナーとなる道を選んだようだ。
 戦闘においては、簒奪者の鎌を二本携え、正確な攻撃を仕掛けてくる。
 グラビティは三種。命を奪うドレインスラッシュ、防具を切り裂くデスサイズシュート、怨念を解放し亡者の群れを解き放つレギオンファントム。
「また、このドラグナーは未完成な状態であるためか、ドラゴンに変身する能力は持っていないみたいですね。話は以上となります」
 セリカは資料をまとめ、締めくくった。
「ドラグナーとなってしまった方を救うことはできません。ですからどうか、さらなる悲劇が起きてしまわない内に……事件を阻止してきてください。どうか、よろしくお願いします」


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
月見里・一太(咬殺・e02692)
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)
サラキア・カークランド(水面に揺蕩う・e30019)
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)

■リプレイ

●愛に溺れ、愛に捨てられ
 強い日差しとは裏腹に、休息を終えた人々が再び営みを始めていく昼下がり。普段は穏やかな静寂に抱かれていただろう住宅街の一角は、久しくない喧騒に抱かれていた。
「ケルベロスだ。悪いが近くでデウスエクスの襲撃が予想されている、避難してくれ」
 黒狼のウェアライダー、月見里・一太(咬殺・e02692)らケルベロスたちの誘導に従って、人々は近場の施設へと避難していく。
 最後まで残って協力してくれた警察官を見送った後、一太は仲間たちへと向き直った。
「二時までおおよそ十分。後は待つだけ……だな」
 ケルベロスたちは頷き合い、ドラグナーの出現予定地点である通りへと移動した。
 それきり、誰も口を開くことのない時間が訪れる。
 風に吹かれ街路樹の群れが震えていく。遠くを車が駆け抜けていく音も響いた。力の影響を受けたらしい人々の喧騒が遠ざかっていくさまも感じられて――。
 ――そうして、時刻は二時を示す。
 ケルベロスたちが身構える中、長針は一つ、二つと時を刻み……。
「……っ!」
 道の先にあるはずのない人影を見つけた時、葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)が焼けた地面を蹴る。
 一度街路樹の影に隠れ、一呼吸分だけ間を置き……飛び出した。
「なっ!?」
 人影が……三十代ほどと思しき目鼻立ちの整った女性が小さな声を上げながら立ち止まる。
 構わず影二は淡い白色に輝く刀に雷を走らせ、突き出した!
「……覚悟召されよ」
「っ!」
 刃が強引に体を逸した女性の……ドラグナーの肩を掠めた時、一太が砲弾をぶっ放す。
 後を蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)が蒼き刃を持つ薙刀に雷を走らせながら追いかけて……。
「まずは一撃……」
「く、この……!」
 砲弾を両腕で受けたドラグナーは、突き出された薙刀をわざと尻もちをつくことで回避した。
 続く打撃を、斬撃を地面を転がることで強引に回避していくドラグナーを見つめながら、一太は言い放つ。
 強く、激しく、高らかに。
「番犬様が出迎えてやるよ、出来損ない! 腹ん中と同じ面ァしてりゃ幸せだったろうになぁ!」
「……」
 ドラグナーはふらつく様子を見せながらも立ち上がり、叫んだ。
「なんだか知らないけど、私の邪魔をするなら容赦はしない! あんたらを殺して、壊して……私を捨てたあいつらに、復讐してやるのよ!」
「……」
 一点の曇りもない笑みを、凶器にギラつく光を前に、影二は心の中で嘆息した。
 色恋沙汰はまだわからぬが、想いを弄ぶなど悪趣味極まる。さらなる悲劇が訪れぬように、闇に裁いて仕置致す……と。

●女は世界を呪い続けた
 愛を重ね、婚姻をしてなお恋をし、溺れるがままに破滅したというドラグナー。それなりの時間が経ったであろう今でさえ、激情はかつては愛していただろう相手に向けられている。
 激情に抱かれるがまま、ドラグナーに変わる道を選んだ。
「……なるほど、ドラグナーに付け入られるだけの素質はお持ちの様子」
 聞いていた情報を、先程の叫びを咀嚼し、ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)は力を注ぐ。
 ドラグナーの足元に伸びる、影に。
 異変に気づいたらしいドラグナーが飛び退ろうと膝を畳む。
 逃さぬとばかりに一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)の螺旋がドラグナーの足に纏わりつき、靴と地面を凍てつかせ縫い合わせた。
 ドラグナーが焦る暇もなく、影は分離し実態のごとく浮かび上がる。細い両肩にのしかかり、耳元に何かをささやき始めていく。
 表情が歪んでいくさまを見つめながら、ヒルメルは告げた。
「どのような存在にでも、必ず不安と恐怖は存在するものです。……生命を持つのであれば、確実に」
「っ!」
 キッとヒルメルを睨みつけながら、ドラグナーは影を振り払った。
「こんなの、私が受けた屈辱に比べたら……!」
 いずこかより二本の簒奪者の鎌を抜き放ち、大地を蹴る。
 進路上にはセフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)が割り込んだ。
「っ!」
 仕方ないとばかりに振り下ろされた二本の鎌を、セフィは横に構えた刀で受け止める。
 至近距離でにらみ合いながら、告げていく。
「傲慢過ぎるのも大概にするべきだった」
 弾き、切っ先を下に向けた。
「貴女が振り撒くのは愛じゃない、悪意だ」
 三日月を描くかのような軌跡を描き、ドラグナーの右腕を斜めに斬る。
 表情を歪めながら退いていくドラグナーをボクスドラゴンのシルトが猛追した。
 シルトが放つ体当たりが弾かれた時、ドラグナーの体を喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)が操る黒き太陽が照らし出す。
「息をつく暇なんてあげないよ」
「っ!」
 反応する暇も与えぬと、影二が逆光になる場所から風刃を浴びせかける。
 前へ、後ろへとはねながらもなんとか距離を取っていくドラグナーを眺めながら、サラキア・カークランド(水面に揺蕩う・e30019)はセフィを白い霧で包み込んだ。
「……」
 歌声に導かれた白い霧はセフィを癒やし、再びドラグナーと相対するための力を与えていく。
 万全の状態を取り戻して前線へと戻ってくるセフィを、ドラグナーは憎々しげな表情で見つめていた……。

 守りは甘く、けれど攻めの精度は高いドラグナー。
 ならば精度をそぎ落とせば良いとケルベロスたちは立ち回った。
 徐々にドラグナーの動きには無駄が増え、セフィ、一太を中心とした前衛陣は難なく反撃を受け止めることができるようになっている。
 今も、回転しながら飛んできた簒奪者の鎌をセフィの刀が弾き返した。
 くるくると回転しながら手元に戻ってきた簒奪者の鎌を掴んでいくドラグナーを見つめながら、波琉那は長柄のハンマーを地面に突き立てていく。
 轟音響く砲弾を解き放ち、ドラグナーの頬に掠めさせた。
 反射的に向けられていく視線を感じながら、感情を押さえ込んでいるかのように揺れている声音で告げていく。
「弱い相手に八つ当たりするから異性から酷い形で見捨てられちゃうんだよ……お姉さん」
「あなたに……」
 反論半ばで一太が飛び込む。
 強引に踏み込んだドラグナーが簒奪者の鎌を投げてきた。
 進路上にセフィが立ちふさがり、簒奪者の鎌を弾き返していく。
「あなたの相手は、私達です」
「っ……」
 表情を歪ませながらも、簒奪者の鎌を掴み取っていくドラグナー。
 すかさずシルトが体当たりをかまし後ろへ退かせていくさまを見つめ、波琉那は改めて言葉を重ねていく。
「あなたの言ってる愛は甘えさせてくれる人への依存で本当の愛し愛され方じゃないのだと私は思う」
 反論はない。
 サラキアの凍てつく弾丸が、ドラグナーの左肩を貫いたから。
 ドラグナーが左肩を抑えていく中、サラキアは嘲るような視線を向けていく。
「自分に自信があるのは結構なことですが、だからと言って何をしても良い等と思い上がるのはいただけませんねー?」
「……ちっ」
 舌打ちと共に、簒奪者の鎌を再び投げてきた。
 サラキアへと辿り着く前に、一太の大槌が叩き落とした。
「だから言ってんだろ、俺たちが相手になるってなァ!」
 バウンドしながら、簒奪者の鎌はドラグナーのもとへと戻っていく。
 得物を取り戻してなお、ドラグナーの表情が晴れることはない。
 優位は保ち続けている。この調子ならば問題ないと、サラキアは爆破スイッチを握り込んだ。
 カラフルな爆発を巻き起こし、前衛陣に力を与えていく。
 この戦いの優位が、最後まで揺らぐことのないように。

 手元が狂ったか、ドラグナーが一本の簒奪者の鎌を取り落とす。
 ヒルメルが音もなく踏み込み赤色の鉄鎖を袈裟に振り下ろした。
「く……」
 くぐもった悲鳴が響く。
 斜めに刻まれた傷跡から鮮血がにじみ、地面を汚し始めていく。
 それでもなお簒奪者の鎌を拾い上げて距離を取っていくドラグナーを、ヒルメルは静かな瞳で見つめていた。
「人の感情とは度し難いもの。本能より生まれる愛憎なればなおのことでしょう」
 口元に浮かぶのは、皮肉げな笑み。
 ドラグナーがそれを見つけたかどうかはわからない。
 反応を返す暇など与えずに、アヤメの螺旋が傷だらけの体を抱いたから。
 血が、皮膚が凍てついていく。
 右へ、左へとふらつくことで、ドラグナーは己の姿勢を保っていく。
 焦りの浮かぶその顔を前に、アヤメは……。
「他人を騙した事をどうこう言うつもりはないけど」
 静かなため息と共に、翼を広げた。
「失敗まで含めて自己責任。それを受け止められないなら慎ましく暮らすべきだったね」
 一回、二回と翼をはためかせる中、一太がドラグナーの懐に踏み込んだ。
「出来損ない! もうすぐ終わる命、せいぜい祈っているんだな」
 ゼロ距離からグラビティを注ぎ込み、中和。
 重力に乏しき状態に陥ったドラグナーが支えを求めて街路樹のもとへとよろめいた時、影二が正面に回り込む。
 進路を変えようと体をひねるドラグナーの前で、姿を消した。
 勢いあまり、尻餅をついていくドラグナー。即座に立ち上がろうともがいているけれど、地面を掴んだ右手を凍てつく弾丸に撃ち抜かれ縫いとめられた。
「もう、おしまいですねー」
 担い手たるサラキアが嘲るように笑う中、ドラグナーの背後に出現した影二が鍔無き刀で斜めに裂く。
 うめき声を上げながらも殺気は衰えぬドラグナーの正面には真琴が立っていた。
「……」
 真琴は己の血を媒体に操る符を周囲に浮かばせ、風を操り大地を揺るがす。
 姿勢を保つこともままならないドラグナーを見下ろしながら、落ち着いた声音で語りかけていく。
「何かを与えたら、その見返りをやらなきゃいけないだろう。自分がやりたい放題していれば、その分しっぺ返しが来るのが当たり前だ。甘ったれているんじゃねえぞ」
 返事はない。
 けれど、敵意を向けられたことはわかった。
 今一度真琴がため息を吐き出す中、太陽を背にしたアヤメが滑空を開始。
「白雪に残る足跡、月を隠す叢雲。私の手は、花を散らす氷雨。残る桜もまた散る桜なれば……いざ!」
 右へ、左へと残像を残す軌道を描きながら、ドラグナーの背中を掌で打ち据え螺旋の力を叩き込む。
 彼女が勢いのまま離脱すると共に、血しぶきが舞う。
 燐光とともに散りゆく花は、数多の追撃を誘う道を作り出した。
 それでもなお、ドラグナーはもがいた。
 人差し指ごと氷を砕き、骨の折れる音を響かせながら、息を切らしながらも膝立ちになり――。
「来世があるなら、もっと人との関わり方を学んでおけ……安らかにな」
 ――その体を、真琴の刃が居合一閃。
「あ……」
 二つに分かたれたドラグナーは、ゆっくりと地面に倒れ伏し……。

●愛のカタチ
 憎らしいほどに輝く太陽の下、アヤメは戦場の修復を行いながらため息を吐き出した。
「直しても元には戻らないんだよね……。ホント、世の中色々と開き直れたほうが生きやすいのかもね」
 一拍置き、少しだけ傾いていた街路樹を直していた真琴がひとりごちていく。
「愛であらぬ方向に行くのは、誰にでもありそうなことだな……」
「愛は自分から与えるから相手からも受ける権利があるんだよ……そんなこともわかってないなんて……なんか悲しいね」
 波琉那もまた瞳を伏せ、作業の手を止める。
 すぐに気を取り直して再開していくさまを眺めながら、セフィはそっと自分の胸に手を当てた。
 サキュバスとしての種を否定してしまった様に感じられる、この戦い。それでも、侵攻から人々を守れたのなら……。
 ……程なくして戦場の修復も完了する。
 最終確認を終えたヒルメルは帰還を促し、一人心のなかで振り返った。
 喪失の中、死の間際、彼女は恐怖を感じたのだろうか。
 愛憎以上に強く、人を愛するためにも必要な、その感情を……。

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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