●狙われたうさぎとうさぎの皮をかぶった野良猫と
月のない夜。
音のない小学校。
校庭の片隅に設けられている飼育小屋では五匹のうさぎが眠っていた。
「……」
小学一年生の少年、トーヤは金網越しにうさぎたちを見つめながら、ぎゅっと拳を握りしめていく。
「うさぎさんたち、よくねてる。でも……」
視線を落とし、呟いた。
上級生から聞いた噂話。夜な夜な、野良猫が飼育小屋の近くにやって来る。その野良猫はうさぎの皮をかぶっていて、うさぎたちが油断して近づいてきたところを食べてしまうつもりなのだ。
もちろん、邪魔するものは許さない。うさぎの皮に隠れている爪で切り裂いてしまうことだろう。
「……もしほんとにいるなら、こらしめないと。こらーって、もうこんなことしちゃいけないよって、つたえるんだ。それでともだちになれたら、もう、こんなことはしないはずさ!」
大きく頷き飼育小屋に背を向けた。
すぐ近くに、一人の女性がいた。
「えっ」
トーヤは後ずさることもできずに女性を見上げていく。
一歩、二歩と近づいてきた女性は一本の鍵を取り出し……トーヤの胸を貫いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの興味にとても興味があります」
「あ……」
女性が鍵を引き抜くと共に、トーヤが地面に倒れていく。
代わりに一匹のうさぎが出現した。
うさぎは猫のような鳴き声を漏らしながら、モザイクに覆われている瞳で周囲を見回していく。まるで肉食獣がごとく鋭い爪を輝かせながら、さっそうと街の方角へ消えていく……。
●ドリームイーター討伐作戦
「ほんとに出たんだな、そんなやつが」
「はい! ですから……」
七々美・七喜(黒炎の幼狐・e35457)と会話していた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていく。
メンバーが揃ったことを確認した上で説明を開始した。
「トーヤ君って言う小学一年生の男の子が、夜な夜な飼育小屋の近くに現れるうさぎの皮を被った野良猫……って噂に興味を持って、調査を行おうとしていたんです。でも……」
ドリームイーターに襲われ、その興味を奪われた。
「興味を奪ったドリームイーターはすでに姿を消しているみたいです。ですが、奪われた興味を元にして現実化した怪物型のドリームイーターが事件を起こそうとしているみたいなんです」
怪物型のドリームイーターによる被害が出る前に、退治してきて欲しい。それが、今回の依頼の大まかな概要となる。
このドリームイーターを倒すことができれば、興味を奪われてしまった被害者も目をさましてくれることだろう。
続いて、ねむは地図を取り出した。
「事件が起きたのはこの小学校の飼育小屋前。噂を聞いたトーヤ君は、夜八時ごろに家を抜け出してこの飼育小屋にやって来たみたいです。うさぎの皮を被った野良猫を懲らしめるために」
というのも、そのうさぎの皮を被った野良猫はその姿でうさぎを油断させ、近づいてきた所に襲いかかり食べてしまおうとしている……そんな噂だったのだ。
「邪魔をするのならば人をも襲うみたいです。それで、今の動きですが……」
怪物型ドリームイーターは、自分のことを信じていたり噂している人が居ると引き寄せられる性質がある。そのため、噂話を行いながら練り歩けば向こうからやって来るだろう。
また、出会った際には自分が何者であるかと問うような行為を行ってくる。正しく対応できれば見逃してもらえるが、間違えれば殺されてしまう。この性質も利用できるかもしれない。
「最後に戦闘能力について説明しますね!」
怪物型ドリームイーター。
姿はうさぎの皮を被っている野良猫で、爪や仕草などに猫の名残がある。また、瞳がモザイクに覆われているのが特徴。
戦いにおいては、しなやかな動きで相手を翻弄しながら的確な一撃を叩き込んでくる。
グラビティは三種。爪を用いて防具ごと切り裂く。猫の牙で噛み付き加護ごと砕く。威嚇の鳴き声を響かせ敵陣を威圧する。
「以上で説明を終了します!」
資料をまとめ、ねむは締めくくった。
「正義感と好奇心を持つことは良いことだと思います。でも、今回はそれが仇になってしまった……でも、まだまだこれから色々と成長していけるはずです。ですからどうか、トーヤ君を救ってあげて下さい!」
参加者 | |
---|---|
御籠・菊狸(水鏡・e00402) |
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524) |
滝・仁志(みそら・e11759) |
野和泉・不律(ノイズキャンセラー・e17493) |
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447) |
日月・降夜(アキレス俊足・e18747) |
七々美・七喜(黒炎の幼狐・e35457) |
塚原・あかね(魂喰・e37813) |
●うさぎの皮を被った猫
月のない夜に抱かれて、人々は空の下から遠ざかる。
街灯は陰り空気も淀む。まるで、粘着くような熱が風を遮っているかのように。
小学校もまた、同じ。
昼間の喧騒を忘れたかのような静寂に身を委ねていた。
今しばらくの間起きていて貰わなければならないから、ケルベロスたちはその小学校に足を運んでいた。校舎内に残っている人がいないのを確認した上で人払いの力を用い、不測の事態が起きぬよう努めていく。
準備を整えた上で今宵の敵、うさぎの皮をかぶった猫という姿をしたドリームイーターの捜索が始まった。
二百メートルトラックを設けられそうな広さを持つ校庭へと足を向けながら、滝・仁志(みそら・e11759)が切り出していく。
「この辺に、パッと見うさぎに見える野良猫がいるんだって?」
「そうそう、あたまのいいねこがいるらしい……」
御籠・菊狸(水鏡・e00402)が頷きながら東側玄関へと視線を向けた。
何もいない事が確認されていく中、極力校舎に視線を向けないようにしている七々美・七喜(黒炎の幼狐・e35457)が口を開いていく。
「毛皮かぶって近寄るとか、なんかこう、狩人みてーだよなー。映画とかでよく見るやつ!」
「そうだね。効率的な狩りをしようとする姿勢は評価する」
同意と共に、菊狸は水飲み場の陰に顔を向け目を凝らした。
暗闇の中に何かがいる気配はない。
小さな息を吐きながら中央玄関の観察へと移っていく。
「でも仲間だとおもってだまされたらこわい」
「っ!? あ、ああ、そうだな!」
七喜が耳と尻尾をピクつかせながら、校庭を挟んで向う側にある遊具に意識を向けていく。
時々車が遠ざかっていく音色がする他に気配はない。
「……にしても、中々出てこねーな」
「そうですね。常ならぬ姿ですので見落とすことはないとも思いますが……」
体育館の方角を警戒しながら、塚原・あかね(魂喰・e37813)が小さくつぶやいた。
その言葉にも反応した風に体を震わせていく七喜を観察しながら、野和泉・不律(ノイズキャンセラー・e17493)は僅かに瞳を細めていく。
リアルに想像すると、中々グロテスクなモノになるかもしれない、とは言わないほうが良いだろうか。
そんな会話を交わし思いを巡らせながら、ケルベロスたちは校庭を練り歩いた。
トラックをおおよそ半周し正門近くへと到達した時、菊狸が小さな声を上げていく。
「あ……」
「っ!?」
七喜が尻尾を逆立てながら立ち止まる。
恐る恐る、示された方角へと視線を向けた。
道路沿いに設けられているフェンスの近く、広めの砂場が設けられている場所。輝くことのないモザイクの瞳を巡らせている一匹の白うさぎが佇んでいて……。
●皮の中に爪を、牙を隠して
目を凝らしてみてもうさぎにしか見えないのは、きっと、手がかりの一つである瞳がモザイクに覆われているから。
牙を隠し続けているからか。
いずれにせよ――。
――吾輩は何者であるか?
「まったく。猫科の風評被害も甚だしい噂だな」
答えをしるチーターのウェアライダー、日月・降夜(アキレス俊足・e18747)はため息混じりに告げていく。
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)も即座に答えた。
「うさぎさん……いえ、もしや例の噂の猫……?」
彼らに続き、ケルベロスたちは次々とうさぎの……うさぎの皮を被った猫という姿を持つドリームイーターの正体を言い当てた。
ドリームイーターが満足げに尻尾を振っていくさまを見つめながら、東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)は仁志と呼吸を合わせて言い放つ。
「ちょっと、これをなんといっていいのかわからないのです」
「うさぎではないでしょ。うさぎっぽいけど怪物だよ」
「っと」
即座に尻尾を逆立て襲いかかってきたドリームイーターを、菜々乃は前方に差し向けたオウガ粒子で受け止める。
散らさんというのか何度も何度も引っ掻いてくる光景を横目に、菜々乃は爆破スイッチを押し込んだ。
小さな爆発が巻き起こり、ドリームイーターを後方へと押しのけていく。
軽やかに体を捻り着地した瞬間、降夜が虚空に拳を振り下ろした。
「止まってろ」
闇に混じるようにして放たれたグラビティが針と化し、ドリームイーターの後ろ足を掠めていく。
けれど降夜に注意を向けた素振りは見せず、顔は菜々乃と仁志、菜々乃のウイングキャット・プリン、仁志のテレビウム・カポに向けられたままだった。
「目論見通り、注意はディフェンダーに向いてるみたいだな。もっとも……」
万が一の可能性を消すために、降夜は身構えたまま距離を取る。
姿勢を低くし仕掛ける隙を伺う中、ドリームイーターは唸り声に似た鳴き声を漏らしながら威嚇してきた。
姿はうさぎでも、中身は猫。
その事実をありありと聞かせてくれているドリームイーターを見つめたまま、菜々乃は獣化した腕にグラビティを込めていく。
「……それにしても、どこから私たちを見ているのでしょうね? 瞳はモザイクに覆われていますし……」
匂いか、触覚か、気配か、それともモザイクに覆われていても見えてはいるのか。
いずれにせよ、ドリームイーターの動きが鋭敏であることに違いはない。
自分と仁志、プリン、カポを囲むようにして走り回り始めたドリームイーターを追いかけ、菜々乃は大地を蹴る。
土煙を上げながら、つかの間の鬼ごっこが開幕する……。
うさぎの姿のまま、猫としての爪を伸ばし放ってくる爪撃。猫の牙を用いての噛み付き。喉の奥から絞り出したかのように重厚でおどろおどろしい威嚇の唸り声。
仁志が菜々乃やプリン、カポと共にオーラや刀、オウガ粒子などを用いてさばいていくさまは、何も知らぬものが見ればペットとのじゃれ合いに見えたかもしれない。
しかし、ドリームイーターは命を奪う力を持つ。
時に鮮血が溢れ、校庭を赤く汚していく。
「ごめん、ちょっと下がるね。戻るまでカポ、二人をお願い」
頷き最前線に立っていくカポを見つめながら、仁志は一歩後ろへ退いた。
猛追せんと跳躍したドリームイーターの進路にカポが立つ。
抜けても仁志の元へは行かせないと、菜々乃がオウガ粒子を盾の形にしながらカポの後ろに陣取った。
「ここは通さないのですよ。プリンも、もしもの時のカバーをお願いします」
頷き、翼をはためかせながらドリームイーターを注視していくプリン。
カポの目の前に着地したドリームイーターは顔を巡らせ――。
「させません」
――カポの横を抜けようとした小さな体を、あかねの放つ風刃が押し返した。
すかさず距離を詰めていくカポ。
ドリームイーターが抑え込まれていく中、仁志は首尾よく菊狸の治療を受けていた。
「無茶はせず、堅実に……だな!」
「ああ、そうだね……っと、ありがとう」
滞りなく治療は終わり、仁志は最前線へと舞い戻る。
カポに対して振り下ろされんとしていた爪を勢い任せの蹴りで弾き返した。
空中にて体を捻り姿勢を正そうとしたドリームイーターを、トエル操る蔓草の如き茂みが絡め取る。
「うまく捕まえました」
「そのまま捕まえていてくれ」
不律がナイフを握り、大地を蹴る。
茂みから抜け出さんともがいているドリームイーターに、縦横無尽の斬撃を刻んでいく。
低い唸り声が響いた。
蔓草からは抜け出すも、佇むその姿には元気がない。
順調に呪縛を刻むことができていると、あかねは静かな息を吐き出していく。
「動きが鈍ったのでしたら、次は……」
刀に雷を走らせながら姿を消す。
音もなく、ドリームイーターを狙い刃を突き出した。
強引に体を捻り、喉元に掠めさせるのみに留めていくドリームイーター。
一瞥した後、あかねは向こう側へと駆け抜ける。
「おっと、後を負わせるわけにはいかないな」
「追うつもりもなかったかもしれないけどな!」
降夜が轟音響く砲弾をぶっ放し、七喜が光の剣片手に後を追う。
砲弾を避けたドリームイーターの背中に光の刃が撃ち込まれていく中、あかねは振り向き刀を横に構え直した。
「……」
言葉はなく、ただただドリームイーターを見つめたまま。
仁志が牙を受け止めていく光景を待った後、虚空を斜めに切り裂いて――。
●白の中の黒
不律のナイフが、ドリームイーターの背中をずたずたになるまで切り裂いた。
血は流れない。
「中身は黒猫。皮は白うさぎ」
歌うかのようにドリームイーターの姿を語りながら、背後に気配を感じて横に跳ぶ。
一瞬の後、雷を纏いし刃を握るあかねが黒き毛並みを焼き焦がした。
苦しんでいるかのような鳴き声が響く中、ケルベロスたちは仕掛けるタイミングをうかがっていく。
ドリームイーターとは対象的に万全の状態を保てたのは、菊狸の尽力があったからだろう。
今も、唸り声の影響を受けただろう前衛陣を鎖を用いて作り出した魔法陣の輝きで抱きながら、菊狸は告げる。
「もう少し、もう少しで狩れるぞ。だから頑張れ! まあ、たぬきは狩りをしないのだが!」
冗談じみた言葉も戦場を駆け巡る中、見えない呪縛を振りほどく仕草を見せたドリームイーターが牙を光らせながら仁志に飛びついてきた。
仁志はオーラでコーティングした左腕で牙を受け止めていく。
「……これも、随分と弱いものになったね。でも、手心を加えるわけにはいかないよ」
噛みつかせたまま抱え込む姿勢を取る。
虚空に、ガラスを砕いたような氷の粒を生み出していく。
「きれいでしょ、あげるよ」
放物線を描く形で放たれた氷の粒は、ドリームイーターの首筋に埋め込まれた。
体を硬直させた後、ドリームイーターは強引に仁志から飛び退いていく。
着地とともにバランスを崩し、地に伏せた。
トエルが跳ぶ。
得物に炎を走らせながら、全身を震わせ立ち上がろうとしているドリームイーターの懐へと入り込む。
「畳みかけましょう」
得物を振り下ろし、再び地面に伏せさせ炎を立ち上らせた。
赤々とした輝きに斬撃が、打撃が集う中、不律もまた間合いの内側へと歩み寄る。
「皮はつくりもの。そこまでグロテスクなモノ……というわけではなかったな。良かった、と言うべきか」
黒猫としての背中を見つめながら、エクスカリバールを振り下ろした。
背中を強かに打ち据えられ、再び地に伏せていくドリームイーター。
その体を、抱くかのように包み込んだのは真紅の炎で作られた巨大な妖狐。
担い手たる七喜は、両手で印を結んだまま口の端を持ち上げていく。
「抑え込んだ、後はよろしく!」
「ええ」
落ち着いた調子で、トエルが自らの髪を数本切る。
「鍵はここに。時の円環を砕いて、厄災よ……集え」
手の中で茨を召喚し、ガントレットのように腕を覆い隠した。
炎の中心を見つめながら、感情の光を浮かべることなく茨の拳を振り下ろす。
地面に押し付けられたドリームイーターはそのまま動きを止め……炎が消えると共に光の粒子となっていずこかへと飛んでいった。
それはきっと……。
手早く各々の治療や戦場の修復を終えたケルベロスたちは、校庭の片隅……裏門側にある飼育小屋を目指して歩き始めた。
気がつけば世界を巡っていた風を感じながら、菊狸がぼそりとつぶやいていく。
「うさぎ……なべ……おいしいかなー。おいしかったらいいなー、たべないけどさー」
視線の先には飼育小屋。
うさぎたちが飼われている飼育小屋。
少しだけ空気に緊張が混じる中、ケルベロスたちは飼育小屋に到達した。
飼育小屋と校庭を隔てる金網に背を預け眠っているトーヤを発見し、不律はしゃがみ込む。
「……寝息は規則正しく、脈も正常……問題は特にないみたいだな」
「それでは、トーヤを送り届けて帰還しよう」
降夜が歩み寄り、眠っているトーヤを抱きかかえた。
念のため周囲の確認を行った後、ケルベロスたちは帰還を開始する。
裏門を通る際、どことなく安心した様子で眠りこけているトーヤを見つめていた菜々乃は、頬を緩めて呟いた。
起きたら、またうさぎさん見れるようになったと伝えよう、と……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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