螺旋忍軍大戦強襲~悲しき行軍にて

作者:木乃

●彷徨える門
「螺旋帝の血族・緋紗雨はゲドムガサラから守り切った皆様の成果を多大に評価し、次に螺旋忍軍の『彷徨えるゲート』が出現する場所を示してくださいましたわ」
 これで螺旋忍軍との決戦を行うことが可能になるだろう、オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は日本地図を広げて向き直る。
「しかしこちらを妨害しようという動きもあります。先日の忍法帖防衛戦で忍法帖を奪い、もう一人の血族『亜紗斬』を捕縛した『最上忍軍』ですわ」
 『最上忍軍』は螺旋帝の血族・イグニスから新たな指令を受けて、各勢力に繋がっている忍軍達を利用して複数の勢力を動かそうというのだ。
「彷徨えるゲートの出現地点に対抗戦力を集める為でしょう。確認された勢力は3つ。載霊機ドレッドノートの戦いで生き残った『ダモクレス』の残党勢力、ザイフリートやイグニスの後釜を狙う『エインヘリアル』の王子とその私兵団。さらに各勢力が研究していた『屍隷兵(レブナント)』の中で、戦闘力の高い者達も仕向けるようですわね」
 どうも『魔竜王の遺産である強大なグラビティ・チェインの塊が発見された』などの偽情報を掴まされ、まんまと足を運んできたらしい。しかもケルベロスの動きを予測してある諫言も呈していた。
「魔竜王の遺産は独占が望ましい。けれど複数の勢力が参戦してくる為、漁夫の利を与えない立ち回りが重要である――つまり、敵の敵は味方。デウスエクス同士では戦わず牽制し合うように仕向けられていましてよ。共通の敵であるケルベロスに同じ対応はしないでしょうね」
 不利益にしかならない者を潰す機会を逃すはずがない。イグニスはドラゴン勢力と結託し、集結した戦力を『ゲートから戦力を送り出すまでの防衛戦力』に利用する目論見だ。
「ケルベロスウォーを発動しない限り、全ての軍勢を撃破することは不可能ですわ。しかし行軍中の軍勢を襲撃して有力種を撃破することが出来れば、敵勢力を弱体化させることができましょう」
 危険な任務には変わりないが、力を貸して欲しいとオリヴィアは改めて要請する。

 オリヴィアは地図にポインターを当てて注目を集める。
「ゲートの出現予定地は『奈良平野』ですわ。皆様は紀伊山地の三重県側、大台ケ原山を通って進軍してくる『屍隷兵』に対して山地内で有力個体を奇襲する電撃戦を行って頂きます。敵軍のど真ん中へ仕掛けることになりますわ、時間をかけ過ぎれば撤退することも不可能となりますので『いかに手早く倒すことが出来るか』が決め手となりますわよ」
 屍隷兵の情報は螺旋忍軍を通じて他勢力達に伝播し、強力な力をもつ屍隷兵を生み出そうとそれぞれ研究しているようだ。この屍隷兵の運用について螺旋忍軍を利用したため最上忍軍が目をつけたとオリヴィアは推察している。
「各勢力の忍軍を通じて、戦闘力の高い屍隷兵を選りすぐった軍団を結成したようですわよ。この屍隷兵の軍団長こそ、最上忍軍の指揮官の一人『詠み歌う燦然たる赤き社』ですわ」
 屍隷兵の軍勢は量産化が進んでいた『量産強化型屍隷兵』と『嘆きのマリア達』を主力にしつつ、戦闘力が非常に高い『合成獣兵シリーズ』をはじめ複数の動物を組み合わせた個体、民間人を素材に強化改造した『ラヴァプラーミアゴーレム』『キュクロプス』などの11体の有力個体が確認されている。
 おぞましい肉体改造の果てに死ぬことすら出来なくなった存在。生命を冒涜する所業は途絶えることなく続いていたのだ。
「量産型の屍隷兵はそれほど脅威ではありませんが、戦闘力の高い屍隷兵は通常のデウスエクスに勝るとも劣らない戦力ですわ。また、この戦闘力の高い屍隷兵をイグニスが手に入れれば、より強力な屍隷兵を生み出そうと研究に力を入れることが予想されます。屍隷兵の研究が飛躍的に進めば――」
 より残虐で凄惨な仕打ちを受ける者達が増えていく。あの恐るべき個体に作り替えられてしまう。
「ケルベロスウォーを制す為にも、さらなる研究を阻止する為にも、この任務は確実に果たすべきでしょう。過酷な任務となりますけれどケルベロスの皆様が頼りですわ」
 レブナント。辱められた生命の末路、不完全にして悲しき神造デウスエクス。
「被害を防ぐ為にも倒す意味はありますが、本来の彼らを救う為にもケルベロスの力で不死性を絶つしかありません。イグニスに利用させない為にもなんとしても撃破してくださいませ」


参加者
加賀・マキナ(灰燼に帰す・e00837)
デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)
ノイアール・クロックス(魂魄千切・e15199)
劉・沙門(激情の拳・e29501)
天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)
桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)

■リプレイ

●屍軍の行進
 緑生い茂る大台ヶ原山に亡者の声が響く。
 片や、顔面を拘束具で覆われた女と不定の半身をもつ異形。片や、苦悶する少女を胸に埋めた顔の無い化物。剥き出しの『素体』は形容し難い苦痛に嗚咽を漏らす、凄惨な所業に魂まで汚辱され慟哭しているのだ。
 ケルベロス達は鬱蒼とした木々の中で様子を眺めていた。
「なんて惨たらしい……」
「ガキは嫌ぇだがよ、こう胸糞わりぃことされっと余計ムカつくぜ」
 込み上げる不快感にジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)は口を手で覆い、迷彩服に身を包むデレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)すら顔を顰める。
「女の子に、こんな、ヒデェこと……っ!」
 桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)が怒りに拳を震わせていると天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)はある変化に気付く。
「これだけの大群が統制されている、んですよね……屍隷兵の研究は予想以上に進んでいるようです」
 現状からして今まで以上に危険な存在であることは明白だ。迷彩マントを羽織るノイアール・クロックス(魂魄千切・e15199)は視線を巡らせて標的を捉える。
 トラックダウン。正面を見る狼頭の両脇でサイは鼻を引くつかせ、左のワニは牙を研ぐようガチガチ噛み合わせている。強引に継ぎ接ぎされた姿は実に醜悪だった。
「……こういうのは、やっぱダメっすよ。命は、終わるときはちゃんと終わるものっす」
 生命を弄ばれ、冒涜された容貌を目の当たりにして顔を伏せてしまう――『彼ら』を救うには倒すしかないのだと唇を噛み締める。
「では行くとしよう、気配を消すなら足音も注意せねばな」
 射程距離まで迫ろうと隠密気流を纏う劉・沙門(激情の拳・e29501)が先陣を切り、リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)も身を屈めて後に続く。
(「イグニスはあのレブナント達も利用しようというのですね……」)
 近づくほど鮮明になる苦悶の声。それを聞きながら加賀・マキナ(灰燼に帰す・e00837)も間近に迫る。
「……来たよ」
 鈍重な足音と粘っこい摩擦音を合奏させる行列に向かい――8人が一斉に飛び出す。

●壊れた獣性
「いくっすよ!」
 偽の財宝を巻き散らすミミックのミミ蔵と共にノイアールがトラックダウンに向けて垂直に蹴りこむ。気付いた量産型の注意が向く中でジャンが狙いを定める。
(「前衛は初めてだけど……全力を尽くす!」)
 乱れ撃つガトリング弾、射線上に嘆きのマリア達の一体が割り込む。耳をつんざくような悲鳴にドキリとさせられるが、動揺させるための手口に過ぎない。
 地獄の炎を帯びてマキナが斬りかかる背後から雨弓がナノナノのだいふくに視線を送る。
(「だいふく、支援して!」)
 間合いは近い。前衛型だろうとみた雨弓は勢いよく踏み切った。彗星の如く燃える回し蹴りでワニの頭を蹴り上げ、だいふくはハートのバリアを前衛に飛ばしていく。
『オ、oo、ぉuuアあアアAAaaa!!?』
「ミミック、みんなを守ってください!」
 量産強化型屍隷兵が細腕を鞭のようにしならせ沙門を何度も痛めつける。リュセフィーがミミックを援護に向かわせると重力の糸で擦り傷を縫い合わせ、楓も電光放つ防壁を展開させていく。
「GGGRRAAAA……!!」
 トラックダウンが咆哮をあげる。デレクに向かって素早く迫ると防壁ごと凶悪な咬合力で喰い破る。大腿部を食い千切ろうとするワニ頭めがけて沙門が蹴り足で引き剥がす。
「舐めたマネしやがって!」
「何、頭は1つずつ潰せばよかろう。つまり、3回顔面を殴れば勝てるはずだ!」
 迫る量産兵を熱波で押し退けると新たな量産兵がリュセフィー達に襲い掛かる。入れ食い状態には肝を冷やすが、途切れることがない敵軍に思わずデレクは悪どい笑みを作る。
「ハッ、ゾロゾロとご苦労なこった」
 大槌をフルスイングして巻き上げた礫をトラックダウンに仕向けると、獣らしい柔軟な機動性で躱す。勢いを乗せたぶちかましをマキナに仕掛けるとミミックのオウギが割って入る。追突の勢いに負けて強かに打ちつけられ、弱った獲物を狩るべく量産兵が殺到する。
「道を、開けよ!」
 トラックダウンを囲むように突き進む量産兵がジャンの攻撃を阻む。トラックダウンに向けた穂先はマリアを貫き少女の嘆きが途切れた。敵味方入り乱れる中、死骸は霧散し囚われた魂が解き放たれていく。

 数の暴力を利点とする屍隷の軍勢に対し、同じく手数の多さが利点の沙門達ではやや相性が悪い。数の勝負において物量こそ力だ。倍以上の数で押し迫る量産兵をオウギとミミックだけでは抑えきれなかった。
「ミミ蔵、何とか持ちこたえるっす!!」
 猛烈な勢いで迫るマリアの拳に吹き飛ぶ相棒にノイアールが声を張る。同士討ちさせようと愛槍を上空に擲てば、反射するように槍の雨が降り注ぐ。
 量産型の数を減らそうとリュセフィーも相手どるが、潰した分だけ屍隷兵は増えていく。
「雑魚を潰すより支援を優先したほうが良さそうですね」
 キリキリと鳴く雷球を敵軍に放り込みリュセフィーは快癒の雷光を齎す。肉体が活性したデレクはドラゴニックハンマーを手にトラックダウンを追い回し、空を切った鎚が大地を穿つ。
「GGGYYYYYAAAAA!!」
「なんつーすばしっこさ、がはっ!?」
 返す刀で突き上げるサイの角、内臓を抉られる衝撃にデレクは血を吐きだす。
「あーくそ!手が足りねぇってば!」
 悪態を吐きながら楓もグラビティ手術を絶え間なく続け、視界の端でミミックとオウギが巨大な拳を前に潰える。それは防衛する盾の喪失を意味し、トラックダウンの雄叫びに呼応して量産兵達が押し寄せた。
 攻撃の隙間をギリギリ通り抜ける雨弓が有力種へ一息に詰めていく。
「この斬撃、あなたに見切ることができますか?」
 鉄塊剣とオウガメタルの長剣を振り抜く。軽やかに飛び越える剣舞は手応えを残すものの、薄い皮膚に対して致命傷に至らない。続けて沙門がスライディングキックを叩きこむが弾き返される感覚が強い。
「当たっちゃいるんだがな、っと!」
 息つく暇もないと竦める肩を伸びる爪が掠め、群がり始めた屍隷兵が包囲し始める。退路は次第に細まり閉ざされようとしていた。
「全ての力をひとつに……!」
 旋風を巻き起こしながら自らのグラビティをマキナが放ち、乱入してきた強化屍隷兵を捻り殺す。防衛役が途絶えた一瞬を狙いジャンがトラックダウンの眼前に躍り出る。
「高貴に、公明正大に、そしてきらびやかに!」
 目が眩むほどの閃光を放つ彼の首の傷跡が嫌に疼いていた。ドクン、ドクンと胸の奥底で突き上げる衝動に荒い息を吐く。
(「今度こそ任務を全うしてみせる、強くならなければ……!!」)
 突出しすぎてはいけないと飛び退くジャンにトラックダウンは牙を剥く。ディフェンダーを欠いた今、遮るものはない。食いちぎられた脇腹から滴る血が白い礼服を赤に染める。

 前衛のマキナ達より中後衛のノイアール達の攻撃が主軸となっている現状、どれだけ直撃させられるかが勝負となっていた。トラックダウンも確実にダメージを受けているものの、押し切るだけの決定打を与えられていない。圧倒的な数の暴力にノイアール達の体力は限界を迎えようとしていた。
「uuuううううrrrrいいyyYィィYY!!?」
 暴れ狂うマリア達と強化屍隷兵の攻撃にミミ蔵は固定化が維持しきれず、トラックダウンの猛攻にだいふくも消失する。
「っ、絶対……ここで、とめるっす!」
 全身に裂傷を負いながらノイアールが突貫する。紫電を放つ一撃はトラックダウンの尾を斬り飛ばし、転げ落ちた百足の尾がビチビチと地面でのたうつ。
「こんだけモテるんならもっと早くに会いたかったぜ!」
 軽口を叩く楓の形相は額に汗が滲み必死そのもの、翼を広げて極光のカーテンを展開させるとマキナ達の負傷を僅かに和らげる。塞いだばかりの傷口を強化屍隷兵が鋭利な爪で強引に抉りだす。
「文字通り尻に火をつけてやろう」
「黒焦げに、しちゃいますよ……!」
 ボタボタとドス黒い粘液を垂らすトラックダウンの上空めがけて沙門と雨弓が跳ぶ。火の粉を散らしながら急降下する雨弓、精確に蹴りつける沙門の一撃が薄い毛皮を爛れさせる。
 火傷を負いながら猛追するトラックダウンを雨弓は機動力で凌いでいたものの、一撃の重さに焦りを感じていた。
「くそ……もう少し、だっつうのに……!!」
「逃がさないよ!」
 翻弄されているうちに消耗していたデレクは強化屍隷兵から体力を奪う。トラックダウンは飛びかかるマキナの片腕に噛みつく勢いで押し倒すと食い尽くそうとさらに牙を突き立てた。痛む体で抵抗するマキナをさらに痛めつけようと大口を開いた刹那。
「もっと……く、つよく……つよくつよくつよく――――!!」
 塞ぎきらない咬傷をいくつも抱えたジャンの動きが一変した。道を塞ぐ屍の兵達を一撃の元に刺し穿ち、鬼神のごとき猛威を奮ってトラックダウンに肉薄する。
 異変に気づいたのはリュセフィーだった。グラビティの奔流に呑まれて屍隷兵が消失する光景に息を呑む。
「ジャンさん!?……ジャンさん!!」
「どうしたんだ!?」
 驚愕する楓をよそにトラックダウンを捕捉したジャンは雷電を放ちながら突撃する。電光石火の一撃は負傷したトラックダウンを容易く四散させる。肉片はビチャビチャと音を立てて飛び散り、返り血を浴びながら残る屍隷兵も次々と薙ぎ倒し始めた。
 幸か不幸か、屍隷兵の注目は鬼気迫る殺気を放つジャンに集まり、退路も確保しやすい状況となっている。
「もういいんです、これ以上は危険です!一緒に戻りましょう!!」
 必死に呼びかける雨弓の声は騒乱の中にかき消されていく。

●花は堕ちる
 死角から拳を振り上げたマリアを沙門が豪快に殴り倒す。その間にノイアールもマキナとデレクを強引に担ぎ上げた。
「俺達こそ引き上げない訳にいくまい。俺が先陣を切る」
「……姉さん、行こうぜ」
 退路を開くべく沙門とリュセフィーが電撃を浴びせながら切り開き、負傷者を両肩に担ぐノイアールが後を追う。後ろ髪引かれる思いの従姉に楓は視線を送り促した。彼とて何も思わない訳ではないと雨弓が一番よく知っている。
「…………わかり、ました」
 雨弓も意を決して走りだす。屍隷の波を掻き分けて楓達はまっすぐ、ただひたすら森の中を駆け抜けた。枝葉に頬が傷つけられようと戦いでの消耗に比べれば些細なものでしかない。
 脅威に大小あるなら対処すべきは大きな脅威だろう、屍隷兵が追ってくる様子はない。遠くに聞こえた爆音も無くなり、ジャンも離脱したことを確信して来た道を振り返る。
「追っ手は大丈夫みたい、っすけど……」
「……見つけたら力づくで連れ帰んねぇとな」
 山の頂を一瞥してデレク達は再び走りだす。最後に見た青薔薇は血肉で赤黒く濡れ、穢れた色をしていたと記憶している。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340) 
種類:
公開:2017年7月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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