ひっ、ひっ、ひっ、蛭っ、嫌っ!

作者:秋津透

 茨城県石岡市、郊外の水田地帯。
 そこで有機農業を営む農家に嫁いできたばかりの女性が、自宅の風呂に浸かって憂鬱げに溜息をもらす。
「明日も田植えの続きか……覚悟してたほどキツくはなかったけど……アレだけは何とかしないと……」
 梅雨の時期、稲作農家は田植え作業で忙しい。自動田植え機の普及で、昔とは比べものにならないほど楽になったとはいえ、待ったなしの集中労働を要することに変わりはない。
 しかし、彼女を悩ませている問題は、田植え作業そのものではない。水田に入るとどこからともなく現われ、寄ってくる、ぬめぬめして気持ち悪いアレ……蛭である。寸分も肌を晒さないように手袋や布でガードし、虫よけの薬も丹念に塗っているのに、一緒に作業している夫や親族らを無視して、蛭は執拗に彼女にまとわりつく。むずがゆさを感じて手袋を外したとたん、血ぶくれした蛭が何匹も現われた時には、思わず派手な悲鳴をあげてしまった。
「よっぽど、アタシの血が美味しいのかしら。ったくもう……!」
 嫌悪に身を震わせながら彼女が湯船からあがった、その瞬間。
 いきなり彼女の背後から、大きな鍵が、胸を貫いて突き出た。
「なっ……!」
 驚愕する間もなく、彼女は意識を失って崩れ倒れる。
 その背後に立つ、鍵を手にした怪しい女……結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)の宿敵、12人のドリームイーターの魔女の集団「パッチワーク」の魔女の一人、第六の魔女・ステュムパロスが乾いた笑い声をあげる。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 そして、倒れた彼女の傍らに、彼女が嫌悪する蛭……それも人間ほどの大きさがある化け蛭が出現する。身体のあちこちがモザイクに覆われた化け蛭型ドリームイーターは、傍らに浮いている鍵を飛ばし、浴室の扉をがしゃんと壊す。
「おい、どうした? 転んだのか? ……うわあっ!」
 様子を見に来た彼女の夫が、化け蛭に気付いて悲鳴をあげて逃げ出す。既に周囲には、ステュムパロスの姿はなかった。

「夜に現れてもヒルとはこれいかに……なんて言ってる場合じゃないわね」
 ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)が、にこりともせずに言い放ち、居合わせた一同は思わず顔を見合わせる。
 そしてヘリオライダーの高御倉・康が、何とも微妙な表情で告げる。
「茨城県石岡市の農家で、水田に現れる蛭を嫌悪する女性が、その『嫌悪』をドリームイーターに奪われ、新たなドリームイーターが生まれてしまう事件が起きます。というか、この事件は既に起きてしまっています。『嫌悪』を奪ったドリームイーターは、既に姿を消しており、新たに生まれた蛭型ドリームイーターに気付いた被害者の夫は、幸い逃げ出すことができました。現在、警察が出動して、家を取り巻いている状態です」
 何でこんなに予知が遅くなったんだか、これじゃ予知じゃなくて既知ですね、と唸りながら、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場は、ここです。この家の風呂場で、被害者はドリームイーターに襲われ、意識を失って倒れています。新たに生まれた蛭型ドリームイーターは、風呂場から家の中に出ているようですが、家の外には出ていません。蛭型ドリームイーターが意識不明の被害者を重ねて襲うことはないはずですが、絶対確実ではありませんし、家族の方や警察には言わない方がいいでしょう」
「お風呂で襲われたということは……もしかして、被害者の女性は裸ですか?」
 遠音鈴・ディアナ(ドラゴニアンのウィッチドクター・en0069)が訊ね、康は微妙な表情のままうなずく。
「はい……その通りです」
「……わかりました。もし他の女性の参加者がないとか、救助に手が割けないとかいう場合には、私が被害者を救助します」
 ディアナが告げ、康はほっと息をつく。
「よろしくお願いします。で、蛭型ドリームイーターですが、身体の傍らに鍵を浮かせていて、それを飛ばして攻撃してくるようです。また、確認はされていませんが、おそらく吸血をしてくるでしょう。効果はドレインが予想されます。ポジションはわかりません」
 蛭型ドリームイーターに該当するかどうかは不明ですが、蛭という生物は、見かけによらず動きが早く、しかも身体を真っ二つに切断されてもそれぞれ再生するといわれるぐらいしぶといですから、と、康は告げる。
「どうか、くれぐれも用心してくださいね」


参加者
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)
ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)
アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)
天乃原・周(出来損ないの魔法使い・e35675)
ルカ・エルステラ(優雅なる破壊者・e38371)

■リプレイ

●突入~救出
「あそこか」
 ヘリオンから飛行降下しながら地上を見やり、アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)が呟いた。
「パトカーと、救急車も来てるな。奥さんを救出したら、病院に運んでもらえばいいか」
 そう言いながら、アビスはボクスドラゴンの『コキュートス』とともに、救急車のそばに着地する。
「待たせた。ケルベロスだ。僕は、中にいる奥さんを救出する係だ」
 ミニドラゴンを従え、光の翼を出して降下してきた少女に告げられ、警官や救急隊員が、どっとどよめく。
「よろしくお願いします! で、蛭の怪物は……」
「そいつを斃す係も、すぐ降りてくる」
 そう言って、アビスは上を見上げる。自力飛行能力のないチェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)樒・レン(夜鳴鶯・e05621)天乃原・周(出来損ないの魔法使い・e35675)ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)ルカ・エルステラ(優雅なる破壊者・e38371)の七人が、それぞれのやり方で降りてくる。
 自由落下から優雅に着地する者、勢い余って空き地にめりこむ者、小型のパラシュートを使う者……しかし、高空から降りてきて、傷一つ負わないところは共通だ。
 そして、アビスと同様に自力飛行できる遠音鈴・ディアナ(ドラゴニアンのウィッチドクター・en0069)とウイングキャットの『ロコ』が最後に降りてくる。
 その間に、おそらく被害者の夫と思われるジャージ姿の男性が、すがるとも詰め寄るともつかない勢いで、アビスに訊ねる。
「救出する係、と言いましたね。妻は……無事なんですか?」
「無事だ。僕にはわかる。奥さんは、死んでもいないし死にそうでもない」
 淡々とアビスが応じ、ぎょっとする夫にユーシスがすかさずフォローする。
「この子は、妖精ヴァルキュリアなの。この子がこう言ってる以上、奥さんは無事よ。すぐに助け出すから、救急車のところで待ってて」
「私たちが玄関から入って怪物を引き寄せ、その間に彼女たちが勝手口から入って奥さんを救出します」
 きびきびとした口調で、ミレイが説明する。
「確認ですが、奥さんがいるのは、おそらく風呂場ですね?」
「は、はい、そうです……」
 うなずく夫に、ミレイは重ねて訊ねる。
「玄関と勝手口は、施錠されていますか? できれば壊さずに入りたいんですが.鍵はありますか?」
「玄関は……錠がかかってます。鍵は中なので、壊して入ってください。勝手口は開いてます。……私が飛び出してきて、そのままですから」
 そう言うと、夫はつらそうに続ける。
「妻を無事に助けだして、怪物を倒してくださるなら……家や家財はいくら壊れてもかまいません。皆さんがやりやすいように、やってください」
「わかりました。もし壊してしまったら、後で魔法修繕します」
 そう言って、ミレイは救出係……アビスとディアナの方を見やって続ける。
「奥さんの着替えや靴は……」
「たぶん気を失ってるだろうから、毛布でくるんで運び出して、そのまま救急車に乗せてもらう」
 アビスが応じ、ディアナが続ける。
「毛布は、救急隊のものを使わせてもらいます。担架は小回り効かないので……大丈夫です、こう見えても私たちケルベロス、力ありますから」
 後半は、いかにも華奢なアビスとディアナを気遣った救急隊員の男性に向けた言葉のようだ。
 私も頼りなく見えるのかな、と、実年齢十一歳エルフ美少女ミレイは内心呟いたが、実は降下してきた時に凄い身のこなしを見せているので、誰も彼女を侮ったりはしない。
「では、作戦開始」

「玄関組は、派手に始めたようだね」
「では、行きましょうか」
 まず『コキュートス』と『ロコ』を先行させ、蛭型ドリームイーターの姿が台所にないことを確認すると、アビスとディアナは素早く風呂場へと進む。
 被害者の女性は、風呂場の洗い場に倒れていた。パッチワークの魔女の被害者の常で、どこにも傷はないが、意識を失っている。
「では、毛布に包んで……」
「あ、運び出すのは私がやります」
 ディアナに言われ、アビスはきょとんとした表情になる。
「どうして?」
「アビスさん、ディフェンダーですから。不意打ち攻撃とかされたら、自分の意志関係なく盾になることがあるわけで、一般人抱えてたら危ないです」
 言われて、アビスはぽんと手を打つ。
「なるほど。気が付かなかった」
「あと、たぶんないとは思いますが、玄関組が押し込みすぎて、蛭型ドリームイーターが台所に下がってくると危ないので」
 毛布に包んだ被害者を抱え上げ、ディアナが提案する。
「このまま、お風呂場の窓から出ちゃいませんか?」
「あ、そうだね」
 というか、入る時も窓を破って入ればよかったのかな、と、アビスは首をかしげたが、それはガラスの破片が風呂場側に飛び散るので危ない。
「よし、いくよ」
 グラビティは使わないが、動作としてはヴァルキュリアブラストと同じ飛行体当たりで窓を破り、アビスは風呂場から飛び出す。ディアナも竜翼を出し、毛布に包んだ被害者を両腕で抱え、アビスが破った窓を注意深く通り抜ける。
 そのまま二人は、翼飛行というか低空滑空して、救急車が待機しているところに向かう。警官や救急隊員たちが拍手と歓声で迎え、被害者の夫は地面に両手をついて泣き声を出す。
「ありがとうございます……ありがとうございます……もしものことがあったら、私は妻を見捨てて自分だけ逃げたと……一生後悔するところでした……」
「大丈夫、奥さんは無事、あなたも無事。それでオーケーだよ。あなたが無茶して、もしものことがあったら、奥さんが目を覚ました後、泣いちゃうもの」
 さあ、奥さんに付き添って救急車に乗って、と、アビスは夫を助け起こす。
 一方ディアナは、被害者を救急車に乗せた後、救急隊の隊長と思われる年配の男性に、そっと耳打ちをした。
「奥さんが深く眠っているのは、怪物の魔法のせいらしいです。私たちが怪物を倒せば目が覚めるはずなので、それまでは無理に起こそうとしないよう、お願いします」
「……わかりました」
 救急隊長は、真剣な表情でうなずいた。

●突入~戦闘
「とっつげっき、いっちば~ん!」
 時間は少し戻って。チェリーが、玄関扉を真正面から蹴り破って真っ先に現場へ飛び込む。
「出てこい、ドリームイーター! ボクらケルベロスが相手……うわぁ、ホントに出てきた!」
 ぬめっ、ぬめっと台所から玄関に至る廊下を意外に素早く進んでくる化け蛭型ドリームイーターを目の当たりにして、元気がとりえのチェリーも、さすがに辟易した表情になる。
「気持ち悪る~、できれば触りたくないけど……そうも言ってられない!」
 とりあえず、蹴る! 蹴るベロス、なんちゃって、と軽口で気持ち悪さを紛らわせようと真摯に努力しながら、チェリーは刃のような回し蹴りを化け蛭の鼻先、モザイクがかかったあたりに叩き込む。
 ぶしゅ、と、柔らかいものが裂ける感覚とともに、ドリームイーターの体表から半透明の粘液があふれる。
「こなくそ!」
 普通サイズでも充分気持ち悪いってのに、巨大な蛭なんぞ見たくもねえ、と毒づきながら、飛び込んできた咒八が蹴りを打ち込む。おー、咒八さんも蹴るベロス、とチェリーが感心する。
 そしてミレイが、ぶるぶると身体を震わせるドリームイーター相手に鋭く告げる。
「あなたの相手はわたし達。『風姫』ミレイ・シュバルツ、任務を開始する」
「……言葉理解できるだけのアタマあんのか? こいつ?」
 咒八が突っ込みを入れたが、ミレイは構わず、いきなりオリジナルグラビティ『彼岸花(ヒガンバナ)』を発動させる。
「容赦はしない。全力で行く……裂け、彼岸花」
 ミレイはドリームイーターの身体を無数の鋼糸で拘束し、螺旋の力を流して切り刻む。傷口からは半透明な粘液が溢れるが、その粘液に糊のような効果があるらしく、身体を刻んでもばらばらにすることができない。
「……む」
 この身体構造、切断には強いか、と、ミレイはわずかに眉を寄せる。
 そこへ飛び込んできたレンが、オリジナルグラビティ『森螺旋掌(シンラセンショウ)』をドリームイーターに叩き込む。
「我が身既に鉄也。我が心既に空也。……シン! 螺旋掌!」
 さっと軽く触れるだけで敵から螺旋の力を奪う、レンが螺旋掌に独自の工夫を加え編み出した忍術を受け、ドリームイーターは大きくのたうつ。
 そして、続く周は重力蹴りを打ち込んだが、次の瞬間、ドリームイーターは体表の一部をぐわと開き、いつどうやって形成したのか、びっしりと並んだ牙を周に突き立てようとする。
「うわ!」
 咬まれる、蛭に血を吸われる、と、周の顔から血の気がひいたが、間一髪、彼女のサーヴァント、シャーマンズゴーストの『シラユキ』が割り込み、ドリームイーターの牙を受ける。シャーマンズゴーストに生物学的な『血』があるかどうかはよくわからないが、ドリームイーターの半透明な身体の中に、紫色のもやっとした何かが流れ込む。
 そして『シラユキ』は化け蛭型ドリームイーターを振り払い、祈りを捧げて自分の傷を癒す。
「切断に強いっぽくて、血を吸う、ねぇ……けっこう蛭を再現してるみたいだけど、タバコの火には弱いのかしら?」
 本物の蛭に吸い付かれたら、強引に剥さず、タバコの火を押し付けると落ちるっていうじゃない、と、ユーシスが淡々と呟く。
「とはいえ、火で攻撃すると家を焼いちゃいそうだし……これは大丈夫かしらね?」
 見た目は派手だけど、半分幻影術だから、と呟きながら、ユーシスはオリジナルグラビティ『ドラゴニックスパーク』を発動させる。
「理に背く者、夜に出てくるヒルよ……大地より飛び立つ雷竜に穿たれるがよい!」
 気合一閃、一般家屋玄関の床から雷を纏った「ドラゴンの幻影」が飛び出し、ドリームイーターを貫いて天上、いや、天井に抜ける。
 ドリームイーターは全身を雷電で灼かれ、焦げた粘液が火花を発するが、床や天井その他に、目に見えるダメージはない。
「よし、この技は屋内でも使えるわ」
「……今まで試してなかったのか? 天井ぶち抜いてたらどうするつもりだったんだ?」
 呆れ気味に咒八が突っ込むと、ユーシスは平然と答える。
「壊してしまったら後で直すまでのこと。人命かかってないから、試すチャンスではあるわ」
「人命と言えば、救出班は巧くやっているかな?」
 ルカが廊下の向こうを窺ったが、特に何か起きている様子はない。とにかく、敵をこちらに足止めすることだ、と、彼はオリジナルグラビティ『ドルセ デ ブラッド』を放つ。
「痛みは甘く鮮烈に」
 高速の回し蹴りが大気との摩擦で炎を帯び、蹴りを受けた敵の体内に深く埋め込まれる。半透明な敵の身体が内部からの炎で焦げ、体表が粘度を失いひび割れる。
「これなら、火事にならないだろう?」
 日本の家は燃えやすいから、気を付けないとね、と、ルカは真面目に呟く。一方、ボクスドラゴン『シエラ』は、ダメージを受けた『シラユキ』の治癒に努める。
「よーし、いくぞ!」
 気合を入れ直し、チェリーがオリジナルグラビティ『雷鳴拳聖の発勁(ライメイケンセイノマジカルブラスト)』を発動させる。
「勇往邁進!……避けられるかなっ!」
 チェリーはグラビティチェインで一時的に身体能力を著しく強化し、雷の如き速さで敵に勁を打ち込む。その一撃をドリームイーターはまともに受け、体表の傷口が一斉に裂けて黒煙や粘液、火花が噴き出す。
「ふん、つらそうだな……安息に堕ちるか?」
 あまり無茶苦茶に暴れられても家が壊れて始末がめんどくせえ、と、嘯きながら、咒八がオリジナルグラビティ『菫(ウルフズベイン)』を使う。
 紫の花から作られる薬を用いて、甘やかな匂いと共にドリームイーターを安息へと誘い動きを鈍らせるが、誘われたのは本当に安息か、この場合は誘われた本人もわかってないのではなかろうか。
「暴れないでいてくれれば攻撃しやすい……穿て、大蛇」
 ミレイが、螺旋を纏わせた貫通蹴りを叩き込む。通常は斬り裂いてダメージを与えることの多い回し蹴りだが、打ち込む角度を工夫し、相手の体内深くへと螺旋を届かせ内側から砕く。
「光盾よ金剛力士を映せ」
 レンは『シラユキ』にマインドシールドを施し、回復可能な分の体力を全快させる。
 するとドリームイーターは、体表のモザイクを動かして集中させ、黒煙や火花の出ている傷口を抑える。
「しぶといね。でも、それは苦痛を長引かせるだけだよ」
 冷静に告げると、周はエアシューズにグラビティを乗せ、敵が修復した傷口を狙って蹴りつける。煙や火花は出ないものの、モザイクが崩れ、深い傷口が露わになる。
 続いて『シラユキ』が、さっきのお返しとばかりに鋭い爪で一撃する。
 そしてユーシスがケルベロスチェインを飛ばし、開いた傷口を打ち据え、締め上げる。
「まったくもう、嫌になるほどタフね」
「本当に……そもそも、この姿だけで充分に嫌になるけど」
 早く潰れてくれないかな、と吐息をつきながら、ルカが刃のような回し蹴りを打ち込み、『シエラ』がブレスを放つ。
 すると、台所側から走りこんできたアビスが、痛烈な一撃をドリームイーターの後背部に見舞う。
「お待たせ……かなりタフな相手みたいだね」
「助かるわ。救出は上手くいった?」
 ユーシスの問いに、アビスは軽くうなずく。
「もちろん」
「奥さんは眠ったままですけど、救急車で病院に搬送されました。旦那さんがついてます」
 続いて飛んできたディアナが、アビスの背後から口を添える。
 そして『コキュートス』がブレスを放ち、前後に敵を受けたドリームイーターは、向きを変えようかどうしようか、迷うような感じで身を伸縮させる。
「そんな、どっちが前だかよくわからない体型してるくせに、どっち向くか迷うんじゃなーい!」
 チェリーが一喝し、刃のような回し蹴りを見舞う。咒八は簒奪者の鎌を振るい、鮮烈な一撃で傷口を凍らせる。
 続くミレイは、蛇の如く纏わせた螺旋力を拳から放つ。
「呑め、大蛇」
 そしてレンが、再び『森螺旋掌(シンラセンショウ)』を叩き込む。
「我が身既に鉄也。我が心既に空也。……シン! 螺旋掌!」
 すると、繰り返し叩き込まれた螺旋の力が、ドリームイーターの体内で極限に達したのだろうか。レンの一撃で、その半透明の体が、いきなり飴色に、そして真紅に変化したかと思うと、爆発的に四散する。
「うわっ!」
「やったか?」
 四散する粘液から反射的に顔面を庇いながら、ミレイが目を凝らす。ドリームイーターの身体は文字通り跡形もなく、残されてた鍵と多少のモザイクも、シュウシュウと煙をあげて蒸発する。
「……しぶとい相手だったな」
「まあ、奴とてパッチワークの魔女の戯れで生を受けてしまった哀れなる存在。己の夢を持たず、只々他人の心をなぞる存在として生み出された者の、魂の安らぎと重力の祝福を願う。安らかにな」
 呟いて、レンが瞑目し片合掌する。ちょっと厳粛になりかかった空気を、チェリーの嘆きが木っ端みじんに破壊する。
「いやー! もー! この粘液臭いー! ねばねばするー! 気持ち悪いー! シャワー浴びたーい!」
「そうだね。家のヒールもしなきゃいけないけど……」
 顔を顰めてルカが唸り、レンとミレイも顔を見合わせる。
「あ、そういえば、お風呂場の窓、直さなくちゃいけないんですよね」
 自分はアビスの背後にいたため、粘液爆発を免れたディアナが、ぽんと手をうつ。
「窓をヒールするついでに、お風呂使わせてもらったらどうでしょう?」
「……それ、いいかも」
 自分もけっこうな量の粘液を浴びてしまったアビスが、情けないともほっとしたともつかない表情でうなずいた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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