花火

作者:藍鳶カナン

●バタフライエフェクト
 ――あなた達に使命を与えます。
 深夜、人知れぬ場所で奇術師めいた風体の女が螺旋の仮面の下でそう笑めば、夏の夜闇に舞う光の蝶が爆ぜて光の花と咲いて散る。
「この界隈に花火職人がいるようです。その者と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい」
 はぁい、と応えたのは道化師と思しき少女達。
「花火花火! ぱっと咲いて華やかに散る!」
「ささっと習得してぱぱっと職人を散らしてくるんですね、ミス・バタフライ!」
 何かの忍術なのだろう、そう語った時にはもう、二人の少女はそれぞれ菊と牡丹の浴衣を纏って夜闇に姿を消していた。
 少女達がこの任務でその手に掴むのは小さな星。
 けれどその星が、めぐりめぐって地球の支配権を揺るがす大きな光の花と咲く。

●花火
 闇も艶めく夏の夜。
 天高く打ち上げられて華やかに爆ぜ、あでやかに光の花を咲かせては消えていく花火。
 鮮烈な美しさと刹那で散るその潔さは、江戸の世からひとびとの心を捕えて離さない。
「日本の夏といえばやっぱり花火さね。これが狙われる可能性は十分あると思ってたけど」
「うん、ばっちり当たってた。螺旋忍軍ミス・バタフライの配下二人がこの花火職人さんを狙うって予知が出たよ。あなた達にはこの事件の阻止と、敵の撃破をお願いしたいんだ」
 夏祭りのリーフレットで軽く己を扇ぎつつダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)が言えば、狼耳をぴんと立てた天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)がヘリポートに集ったケルベロス達へ同じリーフレットを広げてみせた。
 大きな写真は夏の夜を彩る花火。
 この川辺の夏祭りで打ち上げ花火を任う夜神・ライゾーという名前の花火職人、戸籍上は雷蔵だが片仮名で名乗りたがる五十代のドワーフ男性が、今回予知された標的だ。
 敵の狙いは彼の技術の習得と殺害だという。
 規模は小さくとも阻止せねばケルベロスに不利な状況へと繋がる可能性がある事件。無論大なり小なり一般人が殺害される事件となれば見逃すことはできないが、厄介なのは事前に標的を避難させると敵の狙いが変わって事件を防げなくなるところ。
 ――と、なれば。
「ライゾーを護りながら螺旋忍軍と戦うよりはさ、あたい達が修業に励んで花火職人に成り替わる、囮作戦でいきたいところさね」
「僕としてもその作戦を推したいところ。一応もう先方には話を通して修業の許可と協力を取り付けてあるよ。ただ、ライゾーさんからの条件が二つある」
 迷わずダンテが囮作戦を挙げれば遥夏はぱたりと尾を揺らし、次いで真摯な眼差しで皆を見つめた。
「第一に、今回はあくまで対デウスエクス作戦のための特別措置だから、今回覚えたことを活かして今後も趣味で花火作りをしよう、なんてのは無しでお願い」
 モノがモノだからねと遥夏は続け、更に言を継ぐ。
「第二に、今回現れる敵は情報を掴んでるかもしれないけど、本来、ライゾーさんの工房の場所は一般には公開されてない。火薬の盗難と悪用を防ぐためにね。地元の人もそこに花火工房があるのを知らないくらいだから、あなた達も口外しないで欲しいって話」
 厚い塀に護られた敷地内に花火工房があると知るのは公的機関と関係者のみだとか。
「ん、どっちも当然の心構えさね。それに今いるのは皆信頼できる面子ばかりのはずさね。何せケルベロスなわけだから」
 知った顔も初めて見る顔も等しく見渡し、ダンテは同じケルベロスたる皆への信を抱いて強気に笑んだ。

「かなり突貫で詰め込む修業になるから、そこは覚悟してってね」
 半端な気持ちじゃ無理だと思うと念を押し、遥夏は修業の概要を語りはじめた。
 花火の知識や扱い方を徹底的に叩き込み、打ち上げ花火の花火玉を作ることになる。
 大玉ともなれば数か月や半年がかりの作成もザラだというから、今回は小さめの花火玉を作るのがやっとだろう。凝った型に咲く花火も難しいため、菊や牡丹と呼ばれる丸く花咲くおなじみの花火を作る。
「打ち上げたとき綺麗に破裂するよう作ること自体がそもそも難しいみたいだけどさ、その技量を習得するなら、自分で色とか考えた花火玉をひとつ作ってみるといいって話」
 ――たとえば。
 暗い紅から鮮やかなオレンジを咲かせ、光の花弁の先を眩い銀に輝かせて散るもの。
 芯を白光に輝かせ、明るい青から華やかな金へ変わる花を咲かせて流れ落ちるもの。
 小玉ゆえ多くを盛り込むことはできず、夜空に映える色合いでなければ意味がない。
 だが、いい出来のものなら夏祭りで実際に打ち上げてくれるという。
「あなた達も工房の一員として打ち上げに参加するかたちでね。勿論主役はライゾーさん達熟練職人が作った大玉花火だけどさ、小玉でも、自分の作った花火を打ち上げられるなんて最高じゃない?」
 川辺で催される夏祭りでの打ち上げ花火、それが修業の仕上げになるだろう。
 打ち上げ現場は観客達の安全を確保できる『保安距離』を定められているため、夏祭りの会場の対岸に設置される。つまり間近で夏祭りの賑わいを楽しむことはできないが、そこは任務のためと割り切るしかない。
 何しろ敵が接触してくると予知されたのが、この打ち上げ花火の終盤だ。
「序盤から中盤は手作業での打ち上げ、終盤は手作業とコンピューター制御の打ち上げって演出だから、手作業の打ち上げをあなた達に任せられるって判断できれば、ライゾーさんは終盤に入る前に現場から離れて遠隔操作の打ち上げに専念する」
 螺旋忍軍は打ち上げ花火の終盤に現場を訪れる。
 確り修業をこなせていれば、ケルベロスのみで敵と相対することが可能だ。
 打ち上げだけ修業しても敵は欺けないだろう。だが、花火の知識や扱い方、花火玉を作る技術まで体得した者なら、『花火職人』を名乗り他の者達を職人見習いとして、螺旋忍軍を欺ける。
 此方が花火職人だと信じ込んだなら、敵は花火職人の技術を学ぶべく素直に指示や誘導に従うはず。撤収作業の手伝いを指示し、大きな打ち上げ筒を運ばせる等で自由に動きにくくさせたところで、一斉に攻撃をしかけてやればいい。
「敵は自分達が策を巡らすのには慣れてるけど、策に嵌められるのには慣れてないからね。不意打ちで先制攻撃してやれば焦って巧く戦えなくなる」
 元々打ち上げ現場は観客など一般人の安全を確保できる場所に設置されており、警察にも厳重に立ち入りを禁じてもらうよう依頼済み。その現場にのこのこやってくるのは螺旋忍軍のみというわけだ。憂いなく存分に戦える。
 修業さえ巧くいけばお膳立ては完璧ってわけさね、と笑みを刻んで、ダンテは促すように仲間達を振り返った。
「そんじゃ、皆でばっちり咲かせてばっちり散らせてこようさね」
 花火はあでやかに咲かせ、螺旋忍軍はすみやかに散らす。
 咲いて散るのがこの星での定めだと、彼女達に身をもって知ってもらうために。


参加者
スプーキー・ドリズル(勿忘傘・e01608)
愛柳・ミライ(宇宙救済係・e02784)
ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)
葉室井・扨(湖畔・e06989)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
簾森・夜江(残月・e37211)

■リプレイ

●花火
 夏の夜空は射干玉の黒、星も輝くけれど、今宵は星空に光の花が咲く。
 ――玉の中に詰め込む火薬を初めて星と呼んだ人達も、きっと!
 愛柳・ミライ(宇宙救済係・e02784)は夜空を仰いで想い馳せるけど、彼女の夢と希望はその手で作り上げた花火玉にぎゅっと詰まっている。光や彩を咲かせる球状火薬、花火玉に整然と詰められるそれを『星』と呼ぶのだ。
 修業中同様きりりと髪を纏めあげた少女のうなじを水辺の風が撫でていく。けれど、
「天候も申し分ないし、上空の風もなさそうだね。最高の夜だ」
「今朝もちゃんと花火工房の神棚に御挨拶してきたしね、御利益ばっちりさね」
 瞬くことなく光る星々を仰ぐスプーキー・ドリズル(勿忘傘・e01608)が顔を綻ばせればダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)が然もありなんと笑って、そろそろ時間さねと『神屋』と染め抜かれた揃いの法被を翻す。
 屋号たる神屋の『神』は花火工房の主、夜神・ライゾーの『神』だ。
「うむ、準備よし、奢らぬ心よし! 景気よくいくゾ!」
 号令をかけるのはこの場で最も小柄なドワーフ男性、ライゾー。遠く川の対岸からも届く観客達のカウントダウン、それがゼロになった瞬間。
 水上の仕掛け花火がアザミの花のごとき光を幾つも咲かせ、上空に打ち上げられた花火が金に紅、緑に白、青に銀と数多の牡丹花火を咲かせた。
 熱の霧めいて立ち込める煙と匂い、打ち上げ筒から噴き上がる火柱や躍る火の粉に、体と魂の芯に響く音と衝撃。打ち上げの現場ならではのそれに初めこそクマの毛並みをびくっと震わせていたベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)もすぐに高揚に呑まれていく。
 煙が満ち花火玉の塵も降るここからでは観客席ほど綺麗には見えないけれど、
「特等席っすねえ……!」
「確かに。ですが、今夜は私達がひとびとを楽しませる側にならなければ」
「僕らも今は『神屋』の一員だからね、さ、ベーゼも補助をお願いするよ」
 片や暗殺業、片や軍務で火薬に慣れた簾森・夜江(残月・e37211)やスプーキーの経験は花火作りより寧ろ打ち上げで活きた。ケルベロスとしての任務も殺すでなく火薬を使うのも夜江には初めてで、けれど花火の高揚は肩の力みも光に融かしてくれるよう。
 発射用の黒色火薬を仕込んだ筒に花火玉を下ろし、種火を投げ入れて打ち上げる単打ちはともかく、早打ちとなれば人手がいる。
「朝樹の坊はここじゃゾ、花火の打ち上げはチームワークが肝心じゃからナ!」
「はい、師が仰るなら是非もありません」
 打ち上げでは一歩引く心積りでいた斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)もライゾーにぐいぐい手を引かれ、微笑みながら早打ちの配置へ。打ち上げ筒の底に真っ赤に熱した焼金を仕込み予め発射薬を付けた花火玉を落として着火する早打ちは、次々と花火玉を空に送り出しては鮮麗な光を咲かせていく。
「成程、花火の打ち上げ現場もある意味戦場だものな」
「この忙しなさに、熱気と高揚……ほんと、戦場だね」
 連続する火柱、爆ぜる火の粉にクリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)は得心し、葉室井・扨(湖畔・e06989)も心を浮き立たせる。想い人と共に観た昨夏の花火も美しかったけれど――。
「よっしゃ、ダンテの嬢ちゃんの打ち上げじゃゾ!」
「待ってました、心して打ちあげるさね!」
 過半数の者が自分自身の手で花火玉を作り上げたが、残りの者はライゾーの手を借りての仕上げになった。花火の意匠が美しくとも、安全かつ、打ち上げた時にしっかりと高空まで昇りつめ、綺麗に破裂する花火玉に仕上げられなければ意味がない。きちんと咲く花火玉を作ること自体が熟練の業なのだ。
 真摯に全力で取り組むのは当然のこと、その上で自分なりの修業の工夫をもって臨んだか否かが分かれ目になった。
 魂の芯まで響く発射音、眩い火柱。
 誰より基本に忠実に、そして聴くだけてなく師の技を目で盗みつつダンテ自身が仕上げた花火玉が夜空に上がり、見事にまるく花開く。
 流石に配合や星掛けから自身で手掛ける時間はなかったものの、基本を徹底し、作業場の床に零れた火薬の一粒にまで気を配った彼女が、仲間達の中で唯ひとり真球を咲かせた。
 昔ながらの和火を思わす紅の芯、夏らしい金の輝きが咲く牡丹。
「咲いたさね……!」
「ひまわりみたいっすねぇ! 俺もひまわりをイメージしたっすよう!」
 見上げたそれに破顔して、ベーゼも彼自身で仕上げた花火玉を準備する。
 学ぶ意気込みは大きく貪欲に。得た知識と技術と、知れば知るほど好きになった花火への愛情も、紫のエクトプラズムの花火で応援してくれたミミックの想い(?)も詰め込んで。
 ――こんな機会はきっとおれの人生で一度きり。だから……!
 強く祈る。
 夜空に開くのは紫の芯から咲いたオレンジの花弁が黄に変わり、ぱっと鮮烈に煌いて散る菊の光露、完全に理想どおりには出来なかったけれど、
「やったっすう!」
「やりましたね!」
 隣にいたミライや仲間達とハイタッチ!
 昨夏にライゾーが花火大会で使ったという曲を聴きつつ夜遅くまで勉強に励んだミライは貪欲に学ぶベーゼと教えあったことも多く、一緒に寝落ちては、皆の様子に気を配っていたダンテに毛布代わりの法被を掛けてもらったのもいい思い出。
 ――何時か私も、花火に相応しい曲を作るの!
 夢も希望も詰め込んで、ミライ自身が仕上げた花火玉が夜空に光の花を咲かせた。
 明るい黄の芯から華やかなピンクの花弁が伸びやかに咲き誇り、
「……! 何だか胸が詰まって泣きそう、昔の職人さんもこんな気持ちだったのかなって」
「僕もそう思うよ。そうか、愛柳の髪に咲いてるコスモスなんだね」
 最後に金の光が流れる様に瞳を細めたスプーキーは、瞳を潤ませて笑みを咲かせた少女に微笑んだ。慈しむよう手に包むのは彼自身で仕上げた花火玉。
 ――花開くまで気を抜かない。咲かせるのは花火と、皆の笑顔じゃゾ!
 繰返し観た資料映像とライゾーから学んだ心得、分厚くなった手記の最初に記したそれを胸に刻み、大切に星を込めた花を夜空へ送る。
 輝く芯は海の青、白い細波が縁に咲き溢れ、銀の雫が――。
「ああ、上手く煌いてくれた――」
「綺麗だね、まるで名残り雨みたいだ」
 刹那に煌き、ぱらりと消えた銀雫。ボクの銀はどう咲いてくれるだろうかと胸高鳴らせ、扨も花火玉を打ち上げた。仕上げに師の手を借りたそれは輝く尾を引いて夜空へ昇り、彼の髪に咲く蓮めく薄紅を咲かせ、銀の煌き鏤めて、
「散らばって、消えていく……」
「その方が御覧になっていたら、さぞ歓ばれたでしょうね」
 涼やかに消えた銀を愛おしげに見送る扨の様子に何かを察して、僅かに眦を緩めた夜江は慣れた手つきで種火を入れた。地上で、夜空で、爆ぜる音。
 誰かを悲しませるでなく、歓ばせる音とともに光が咲く。
 師と一緒に仕上げた花火は鮮やかな桃の芯を咲かせ、白銀の花弁が輝きながら垂れ落ちる銀冠菊。人を斬る日々には知らなかった、人を歓ばせる幸福。
「……私も、私に出来ることを見つけていけるでしょうか」
「取返しがつかないものもあるだろうが、私達は、前に歩いていけるはずだ」
 凛と空を仰いだクリスティの言葉は、夜江だけでなく自身へも向けたもの。
 菊花火に焦点を絞ってみっちり学んだ。師に助言を請い花火玉の表面に紙を貼る玉貼りに苦心しては仲間とコツを共有し。そうして彼女自身で仕上げたのは、曼珠沙華の攻性植物と共に逝ったひとへ贈る花火。
 真球には咲けなかった。
 けれど少し歪んで、薄紅の芯から外へ濃紅の光跡を引いて咲いた花火は、菊より別の花を思わせて。
 ――僕は、倖せだよ。
 彼の声が胸に響いたのはクリスティ自身が思い出したのか、それとも――。
「少しは曼珠沙華に見えただろうか。……私の手向けは、届いただろうか」
「ええ、美しい曼珠沙華です。届きましたよ、きっと」
 あの花と逝った彼の顔はとても安らかだったから。
 独り言めいてそう続けた彼女に、朝樹は柔い声音と笑みで穏やかに応えた。
 時に眩く輝き、時に切なく煌き。
 幾つも夜空へ昇って咲いた花と想いを興味深く心に留めた彼は、曙光の瞳で空を仰ぎ見て夜色の片割れを思う。打ち上げた玉が咲かせるのは四季の彩。
 春の山吹、夏の百日紅、秋海棠の薄紅、冬の白梅。
 師の手を借りたとはいえ、初めて作る花火玉に込めるのはこれが限界だった。けれど。
「まだ終わりじゃないゾ!」
 師の声とともに仲間達が打ち上げた花火が、朝樹の望んだ淡紫を咲かせた。
 咲き零れる藤、新たな春。
 花は散れども、命は廻る。

●散華
 電子制御のスターマインが虹色の細波描き、手作業の早打ちであがる小玉の花々を連れ、遠隔操作で打ち上げられた大玉が千輪牡丹の乱れ咲きを見せる。
 この終盤に入る前にライゾーは『この場は頼んだゾ!』と告げて現場を離れた。己自身で花火玉を仕上げた面々が花火職人、他の者は見習いを装い敵を待ち受ける。
 箱入りボクスドラゴンと酒樽風ミミックが隠れた後、浴衣姿の少女二人が弟子入り志願と現場に押しかけて来た。
 花は散る。花火は終わる。
 ――美しく片付けるまでが僕らの仕事でね。
 撤収作業を指示したスプーキーの言葉。奇しくもそれに二重の意味があることに彼女らが気づいたのは、大きな打ち上げ筒を運ぼうとしたところで不意打ちの一斉砲火を浴びた瞬間のこと。
 菊と牡丹、其々の柄の浴衣の少女達――螺旋忍軍を纏めて薙ぎ倒した竜の尾を皮切りに、地上で咲く花火のごとく苛烈な攻撃が菊の少女へと襲いかかる。打ち上げ筒もろともに地に転がった二人は即応できず、このまま畳みかけられるかに思えた。けれど予想は僅か数分で覆される。
 敵を策に嵌めても此方に綻びがあれば、有利な状況にも欠けが生まれてしまうもの。
「あんたの剣筋はぱっと見切っちゃったよ、蓮のケルベロスさん!」
「……! ボクの気構えが甘かったみたいだね」
 扨の刃を躱した菊の少女が跳び退る。
 攻撃も自己回復も全て敏捷グラビティである扨の技は早々に見切られ、不意打ちの動揺で本来の実力を発揮できない状態の敵をも捉えづらくなっていた。隙をついて分身を纏う菊、彼女を分身ごと竜爪で貫いたスプーキーが咄嗟に竜翼を開いた刹那、ミライを狙った牡丹の蹴撃が銃創だらけの翼を炎で裂く。焦りゆえ精度は甘いが敵は攻撃手、技が当たれば、
「――不意打ちを詫びる必要はなさそうだね」
 盾として立ち、纏うネイビースーツの耐性をもってしてもそれなりに響く。
「みんな! ポンちゃん! スプーキーさんをお願いするのです!」
「ああ、引き受けた!」
「わかったっす! ……もう、大丈夫っすよう」
 間髪容れずのミライの声に応じたクリスティが癒しの気を贈り、ベーゼのクマの掌が傷を撫でて痛みを和らげ、白きボクスドラゴンも属性を注いだ瞬間、
「メタリックバースト……いえ、今日はクッキーちゃんスターマインなのです!!」
 渾身の想いをぎゅっと凝らせ、弾けさせるように、ミライは流体金属なクッキーちゃんの輝きを前衛に解き放った。咲いて散る定めは誰もが同じだから。
 ――今、咲かなければ。今、飛ばなければ!
「すまない、ありがとう……!」
 輝く粒子に超感覚を覚醒されて、扨は自陣唯一の矛たる役割を果たすべく再び刃を揮う。だが、綻びはひとつではなく。
 最優先で菊を倒すための集中砲火の中、後衛から戦況を見極めていた朝樹が声を張った。
「皆様、牡丹が逃走を!!」
「ああっ! ささっと逃げたかったのにぱぱっとバレた!?」
 夜風を声が貫くと同時に朝樹の御業が牡丹を鷲掴みにする。心繋ぎ合わせた仲間が瞬時に反応できたのが幸いだった。
「ダンテさん、ぶちかましてくださいっ!」
「合点! ここで逃がすわけにゃいかないさね!」
 銀に煌くクッキーちゃんスターマインを受けたダンテが轟かすのは水平の打ち上げ花火を思わす砲撃、叩き込まれた三重の痺れが牡丹の動きをいっそう鈍らせた隙、
「少数でも牡丹の抑えに回るべきでしたか」
「間一髪、斑鳩が気づかなければ危なかったね。――もう、逃がしはしないよ」
 確実に狙いを研ぎ澄ませた夜江が真っ向から距離を殺し、空をも絶つ斬撃で牡丹の痺れを深めれば、次の瞬間には唸りをあげて風を裂いたスプーキーの尾が敵二人を纏めて地に叩き伏せた。少女達と思えば胸が痛むが、容赦する気もその余裕もない。
 ここまで牡丹への攻撃はスプーキー初手のテイルスイングと朝樹次手の催眠魔眼、そしてミミックが時折撒いた愚者の黄金、数度の列攻撃のみ。
 相手は螺旋忍軍、夜の川に飛び込まれていたら確実に見失っていたはずだ。
 だが、牡丹の抑えも絶えず意識しつつ菊を優先攻撃することで綻びを繕えば、戦場の風は容易く掴み取れた。命綱たる分身の癒し、それを纏う手数さえ数多の縛めで削り取られて、追い詰められた菊にクリスティが迫る。
 ――花よ、乱れ咲け。
 氷花が一斉に咲き溢れ、蒼に銀に煌き舞い散りながら菊の少女を斬り裂けば、
「この世の見納めが今夜の花火ってのは過ぎた餞さね、菊ちゃん」
 胸元の地獄から溢れた黒の光、先までそれを伝わせた鉄塊剣を天薙ぐばかりに振り上げたダンテが少女を斬り捨てた。
 散り際だけは潔く、少女は光になって霧散する。
「あんたがぱぱっと散ってどうすんのー!」
「お手軽に技術を得てお手軽に殺そうなんて考えるからっすよう!」
 菊の消滅に牡丹は涙声、何とか突破せんと繰り出された流星の蹴りをベーゼが仲間の盾となり引き受けた。反撃に揮うは錆びついた斧、けれどこの一瞬はルーンの力に輝いて。
 唯ひとたび鮮烈に咲いて散る、そのために時間も手間も存分にかけて。
 ――おれも、そんな風に。
『そう! 誰よりも高く飛ぶのよ 期待を籠めて 背負うのは明日だけでいい』
 心ごと背を押すよう翔けるミライの歌声、彼を癒す応援歌に重ねて牡丹へ向かうのは一気呵成の集中攻撃。クリスティの幻影竜の炎が眩く夜を染めればダンテが流星となって落ち、炎と流星の輝きの外から瞬時に夜江が滑り込む。己が未熟を自覚するがゆえに狙撃で精度を高め、確実に敵を捉えて刃を揮う。
 影から突如閃かせたような斬撃が、牡丹の脇腹から肩を深く鋭く斬り裂いた。
 最早覆らぬ優勢、最後の機を朝樹が掴み取る。
 夜空に咲き誇った花火。
 螺旋忍軍たる少女にも美しいと感じられたろうか。だが、いずれにせよ。
「貴方の命も、その想いと相応の最期で散華となりなさい」
 微笑みひとつ。朝樹が手を伸べれば薄紅の霧が溢れ幻想の紅花が舞い吹雪き、意識に紗を掛けるような痺れを齎して――須臾の夢と儚く消える紅花と共に、牡丹の少女の命も綺麗に散らした。
 戦いの終わりに呼気ひとつ。
 眼を閉じれば目蓋の裏には鮮やかに、今宵心に留めた花火が甦る。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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