鎌倉ハロウィンパーティー~迷子の魔女

作者:真鴨子規

●コスプレイヤーのプライド
「だぁから! アレはハロウィンイベントだっつってんでしょーが! あたし、間違ってもそんな格好しないから!」
 ブツリと通話を切った女性は、周囲の目を気にもせず、苛立たしげに歩を進めた。
 彼女は、いわゆるコスプレイヤーである。主に年に2回のお祭りでコスプレをして楽しむのが趣味で、学生の頃から、それも衣装は全て手作りという凝り性のレイヤーだ。毎回それなりの人気は出ていると自負している。
 そんな彼女のコスプレ仲間から、ハロウィンパーティ参加のお誘いが来たのが先ほどの電話である。しかし前言通り、彼女はその誘いを断ったのだ。
「だって、あり得ない! ハロウィンでしょう? なんでゲームやアニメのコスプレしようなんて話になるのよ! お化けの仮装しなさいよ! それどころか、ちょっと見た目が怖いからって、何が悲しくてお笑い芸人のコスプレなんてさせられなくちゃいけないのよ!」
 彼女には、他人の理解が及ばない、深い深い拘りがあるのだ。やりたいと思ったコスプレしかしたくないし、やるにしても弁えるべき時と場合というものがある。絶対に許されない。ハロウィンには、ハロウィンに相応しい仮装がある。
「なによ、ハロウィンなんて」
 呟いてから、女性は肩を落とした。
 参加したくないわけじゃない。大好きなコスプレだし、ハロウィンだって嫌いじゃない。小さい頃に友達とお菓子を貰いに回った思い出は、今でも大切に持っている。
 ただ、プライドが許さないのだ。ハロウィンの名を騙ったコスプレパーティに出るなんて。
「そう、あなた、ハロウィンパーティに出たいのね?」
「ほへっ?」
 いつの間にか目の前に現れていた赤ずきんの女の子に、女性はびっくりして足を止める。
「なら、出られるようにしてあげましょう」
 女性の胸に、女の子の持つ鍵が突き刺さった。
 女性は崩れ落ち、そして新たなるドリームイーターが誕生した。

●祭りが始まるその前に
「鎌倉のハロウィンパーティに、ドリームイーターが現れる。藤咲・うるる(サニーガール・e00086)さんの調査によって、そんな情報が確認されました」
 憂いを帯びた表情で、ヘリオライダー、セリカ・リュミエールが話し始めた。
「皆さんには、このドリームイーターを倒していただきたいのです」
 パーティが始まる前に、とセリカは強調して言った。
「今回のドリームイーターは、全身モザイクに覆われた姿の上に、魔女の格好をしています。そして、ハロウィンパーティが始まると同時に現れます」
 しかしそれでは、パーティ進行の妨げとなってしまう。
「皆さんには、パーティが始まる時間よりも早くに仮装をして、あたかもパーティが始まったかのように振る舞っていただきます。そうすれば、パーティが始まるよりも前にドリームイーターをおびき寄せることができます」
 仮装に使う衣装は、各自で好きなものを指定してもらえれば、セリカが用意できる。
「どんな仮装をするかは自由ですが、今回のドリームイーターの性質上、ハロウィンらしからぬ仮装をしている人は、重点的に狙われる可能性があります。敵の攻撃力は非常に高いため、集中攻撃を受けないように注意してください」
 自動で怒りのバッドステータスを付与し続けるようなものだとセリカは言う。
「敵の装備はライトニングロッドの二刀流です。使ってくるグラビティもそれに準じると思われます」
 遠距離攻撃を多用するが、強力な近距離攻撃にも注意が要りそうだ。
「被害者の女性を救うためにも、ハロウィンパーティを楽しむためにも、ドリームイーターの撃破をお願い致します」


参加者
織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)
雨月・シセキ(霊幻探偵・e02989)
ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)
ヴォルフ・シュヴァルツ(影使いの黒狼・e03804)
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)
ミュシカ・サタナキア(新城さんちの娘・e11439)
ハインツ・エクハルト(光鱗の竜闘士・e12606)
御船・瑠架(剣豪ヘ至ル道行キ・e16186)

■リプレイ

●仮装行列
 耳を澄ませば、祭り囃子が聞こえてきそうな。何かが始まろうとする期待と高揚感で胸が溢れている。そんな、浮き立つ心のざわめく夕刻に。一足早く、ジャックオーランタンに火を灯す一団があった。
「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃイタズラするぞ♪」
 お決まりの台詞を歌い上げるように口にして、行列の一番前を歩くのは、黒ずくめの魔女、ミュシカ・サタナキア(新城さんちの娘・e11439)だ。鍔の広い帽子から満面の笑みを覗かせて、闇に沈みつつある通りをランタンの明かりで照らしていく。
「トリックオアトリート! 狼が来たって怖くはないんだよ!」
 続いて姿を見せたのは、段ボールで飾り付けられたミミックの『ボックスナイト』に腰掛けた、アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)だ。白いワンピースに赤い頭巾を身に纏って、もくもくとお菓子を頬張っている。ご満悦の様子である。
「トリックオアトリート! お菓子をお持ちでない方は悪戯が必要ですね♪ 」
 次に現れたのは、和風の妖怪、烏天狗。扮するは 御船・瑠架(剣豪ヘ至ル道行キ・e16186)だ。山伏装束に黒い翼をはためかせ、キャンディを1本高らかに放り投げた。
 それを軽快に跳んでキャッチして見せたのは、緑の服の妖精だ。羽根付き帽子に半袖上着、スリット入りのフレアミニスカートという装いで、 ミスラ・レンブラント(シャヘルの申し子・e03773)はキャンディをペロリとひと舐めする。
 行列はまだまだ終わらない。甲高い笑い声と共に登場するのは、 織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)だ。
「天使の声とはいかぬがね! 私はファントム・オブ・ザ・ハデス! 地獄の業火に焼かれながら、天空の土塊を光と仰ぐ醜き怪物よ!」
 気分はミュージカルの男役。黒いマントと黒いタキシードに身を包み、白のマスカレードで顔を隠した帝が諸手を挙げ、タクトを振るうようにポーズを決める。
 その後ろを、おどろおどろしいゆったりとした動作で追従するのは、雨月・シセキ(霊幻探偵・e02989)のフランケンシュタインだ。呻き声を上げ、鎖付きの足枷をじゃらじゃらと鳴らしながら歩く姿は非常に様になっている。顔も本当に改造したかのような精巧な特殊メイクが施されており、小さな子どもが見れば泣いてしまいそうだ。気合いの入り方は行列の中でも一線を画している。
 トリックオアトリートの掛け声を合い言葉に、一行は通りを練り歩く。その最後尾には、最も賑やかな2人組がいた。
「忙しい人のための絵描き歌~!」
「行くぜ~!」
 片や、煌びやかな衣装に大きな蝶ネクタイ、その上に鼻眼鏡を着用したノリノリのハインツ・エクハルト(光鱗の竜闘士・e12606)。片や、ど派手な黄色のタキシードに同じく赤の蝶ネクタイを着込んだ半ばやけくそ気味のヴォルフ・シュヴァルツ(影使いの黒狼・e03804)。さらにハインツのオルトロス『チビ助』はチョンマゲ付きのカツラを被せられている。彼らはそれ以前の者たちとは明らかに毛色の違う賑やかさでもって辺りを騒がせていた。
「机の上にかがみもちひとつ♪ バナナがいっぱいみかんが3個♪ てっぺんにもバナナが生えてきてー♪ お空に虹がかかったよー♪ なんやかんやで♪ なんやかんやで♪」
「ザイフリートのできあがりっ、ゲッチュ!」
 かの王子が気の毒になるような残念な似顔絵をハインツが掲げ、ヴォルフが両手でそれを指さす。
 行進は目一杯楽しげに続いた。明らかに、明確に、行列の前と後ろとでは空気が違うのだが、内部の誰もがそこに異常を訴えようとはせず。
「いや、おかしいでしょ、あんたたち!」
 ついに、外野から、待ちに待った、突っ込みの声が上がった。

●魔女、激怒
 黒い外套に身を包み、大きな黒の帽子を目深に被った、顔も手足もモザイクだらけの異様な仮装者、ドリームイーターは、その表情こそ読み取れないが、どうやら怒っているらしかった。
「言いたいことは色々あるわよ! 細々とあるわよ! 全体的に! でもそんなのこの際どうでもいいわよ! 一番ありえない後ろの2人さえいなければね!」
 ぷりぷりと怒声を上げながら、ドリームイーターは両手に持ったライトニングロッドをぶんぶんと振り回した。
「何よそれ! どこの売れないお笑い芸人よ! ハロウィンよハロウィン、ハロウィンなのよ今夜は! お化けの格好かせめてそれに近い仮装をなぜ選ばなかったの! テンションの上げ方盛大に間違えるんじゃないわよ!」
 ぜえぜえと、肩で息をしながら、ドリームイーターの主張はひとまず区切れたようだった。圧倒されていたケルベロスたちも、ようやく調子を取り戻して顔を合わせた。
「全身モザイク……なるほどね、自分の思うコスプレと、ハロウィンでの思い出との不一致あたりが由来かね」
 ドリームイーターを帝が観察して感想を漏らす。
「どんな姿であれ、楽しいハロウィンを、ケルベロスも一般人も皆で楽しむために、夢を取られた人を救うためにも、負けられないですぅ」
 言いながら、ミュシカが2本のチェーンソー剣を構える。そうしてケルベロスたちが臨戦態勢に入るのを見て、ドリームイーターも居直る。
「なに、パーティーはもうおしまい?」
 疑問の表情を浮かべた気配がした。ドリームイーターは、パーティーは既に始まったものと思い込んでいるのだ。
「いいえ、これから始まるんですよ。そのために、無粋な輩には早急に立ち去っていただきましょう」
 瑠架がにこりと笑った。それが合図だったかのように、戦いは唐突に始まった。
「アームドフォートヤタガラス、セイフティ、アンリミテッドリリース! さぁ、全部持っていけ! 釣りは六文銭の代わりだ、取っときなァ!」
 帝の『連鎖性鎧装展開撃(オーバークロック)』が放たれる。近接してからの火花散る連続攻撃がドリームイーターに直撃する。
 だが浅い。同時に展開された敵のライトニングウォールが、ダメージを相殺していたのだ。
「弾幕薄いよ! 何やってんの!」
 開戦と共に後方へと跳んだアストラの『バラージストリーム(ダンマクノアラシ)』による無数の『trick or treat』コメントが一斉送信される。電波は力に置換され、純粋に祭りを楽しみたいという活力となる。額面以上の効果が生じた気分だ。
「なら追加だ!」
「続けぇチビ助!」
 シセキの放った鎖が敵を捕らえ、ハインツの縛霊手が殴りつける。さらにチビ助の真剣が追撃を加えた。
「知と戦の女神アテナよ、我に仲間を守るための加護を与えん!」
 その最中、ヴォルフが『Scutum Aegis(アイギスノタテ)』で自身を強化し、同じく、ミュシカが魔人降臨、ミスラがインフェルノファクターで戦闘準備を整える。多対一の優位性を活かしきる戦術だ。
「さて、さっさと片付けてしまいましょう」
 瑠架が絶空斬を繰り出す。風の魔力が蛇のごとくうねり、敵の傷を広げていく。
「鬱陶しいわね、この! ふざけた格好してるくせに!」
 ドリームイーターのライトニングボルトがヴォルフを狙うも、割って入ったボックスナイトが代わりに受け、仮装の段ボールが焼け散る。
 がたんと崩れる自身のミミックを見て、アストラは一抹の不安を覚える。見た目にはほとんど分からないが、あの敵は恐らく、能力の大半を攻撃力の向上に注ぎ込んでいるのだ。間合いの取り方からしてもクラッシャーに違いない。敵の攻撃が重なれば、ディフェンダーと言えども安心はできないだろう。
「攻撃を続けさせてはいけない! 集中攻撃で、できる限り短期決戦を挑もう!」
 危機感から、ミスラが声を張り上げる。
 全員が頷いて返すのを見て、ドリームイーターは不満げに鼻を鳴らした。
「上等じゃない。やれるものならやってみなさいよ!」

●迷子の魔女
「いい加減に、倒れなさいよ!」
「敵より先に倒れられるか!」
 ドリームイーターのライトニングコレダーがヴォルフにクリーンヒットした。深まった闇に、稲光が迸る。ヴォルフが攻撃を受けるのはこれで2度目になる。
「ヴォルフ!」
「大丈夫ですか、ヴォルフさん!」
 焦った顔のハインツとシセキが同時に回復に走り、マインドシールドと『霊幻・凝気光』がヴォルフを支える。ヴォルフは、言葉でこそ強気を見せたが、先ほどの一撃はかなり際どかったと言える。重ねていた防御力の向上効果が命綱となる形だったのだ。
「もう。あなたの相手は私ぃでしょお?」
 苛立ちを募らせたミュシカが敵に肉薄する。戦闘狂の様相を露わにしたミュシカの『狂月芳香(ルナティックパヒューム)』を受け、ドリームイーターは絶叫する。
「負けない! 負けられないのよ! 認められない! 認めない! 私の夢を穢すなッ、ばかぁ!」
 さながらスラッガーのフルスイングだ。強烈な殴打を、それでもハインツは受け止める。
「へっ。楽しくなけりゃハロウィンじゃないってな!」
「仮装する楽しみ、貴方もわかってるでしょ」
 後ろに控えるアストラが優しい世界でハインツを守る。ただ楽しみを追いかけるだけで幸せだった、子どもの頃の記憶が蘇る。誰もが幸福で、誰もが笑顔だった。制限もなければ掛け値もない、純粋な色をした想いを思い出す。
「よし! 根性だせ! 気合入れろオレ!」
 ハインツが持ち直すと、ケルベロスたちは安心して駆ける。彼らの連携は、強固な守りと堅実な回復が物を言った。そのために余裕が生まれた他のメンバーで、一斉に攻撃することができる。
「お祭りは、雰囲気だけでもわくわくするものですから!」
 瑠架の斬霊刀に乗せたグラビティブレイクがドリームイーターを弾く。
「せっかくの祭りを、気がかりはなくして楽しみたいんだ!」
 帝のチェーンソーが哮り立ち、敵を削り降ろす。
「だから選べドリームイーター! お前も、お前の好きな方を!」 
 ミスラの『斬り裂くもの』の意を冠した斬撃が、ドリームイーターを縦断した。
「わ、……わた、し、は……」
 よろめいて、両方のロッドを地面に落とし、ドリームイーターは後退する。
 モザイクに覆われたドリームイーターは、けれど、想いは皆と同じだったから。
 ほんの僅かな、ボタンの掛け違いが悲劇を生みかけた。それも今、止められたから。
「わたしも、いっしょに……」
 淡い光に包まれてから、ぼんっ、と煙が吹き出した。
 煙が晴れたそこには、魔女のドリームイーターの姿はなく、格好そのままの案山子が立っていた。
 ケルベロスたちは、最初と同じように顔を見合わせた。互いの衣装は、戦闘のせいでところどころがすす汚れ、或いは破れていたりした。
 ぷっと誰かが吹き出し、そして笑い合った。

 待ちに待ったお祭りは、もうすぐ始まるだろう。
 トリックオアトリートの掛け声と共に。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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