星追い人のカノン

作者:小鳥遊彩羽

 夜も更けた頃。
 静かに波が寄せては返す砂浜へ、懐中電灯の明かりを頼りに一人の少年が訪れた。
 しばらくその場で夜の闇に目を慣らせば、次第に見えてくる満天の星空と煌めく海。
「星がきらきらして、水面に映ってる! 今日こそ、人魚のお姫様に会えるかな……」
 少年はその場にしゃがみ込むと、鞄からノートを取り出し、懐中電灯の明かりでノートに書かれていることを確認する。
「星のきれいな夜。星がきれいで、海がキラキラしている夜。海にきらめく星を追って、人魚が現れるだろう。……か。人魚は人に見られることは禁忌で、もし出逢ってしまったら命を狙いに来るらしい、けど、本当にいるのなら……僕は、君に会いたい。例え、君に殺されるとしてもだ」
 ――その時、不意に生温かい風が吹き抜ける。そして、次の瞬間。
「……えっ、?」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 第五の魔女・アウゲイアスはそう言って、少年の胸から鍵を引き抜いた。
 鍵を引き抜く動作に引っ張られるように、少年の身体も倒れ込む。
 そして倒れた少年の傍らに、星を散りばめたような人魚が生まれたのだった。

●星追い人のカノン
「その人魚は、空から海に零れ落ちた星を拾って集めるのが仕事なんだそうだよ」
 だが、それは誰かが気紛れに紡いだ作り話なのかもしれない。けれど、この人魚が実際に現れるかもしれないという噂に強い興味を抱いた一人の少年が、実際に現れるとされた場所に赴き、そこでドリームイーターに襲われた。
 奪われたのは少年が持っていた人魚への『興味』であり、これを元に、人魚のドリームイーターが新しく生まれてしまったのだとトキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達へ説明する。
「皆にお願いしたいのは、いつも通り、この人魚のドリームイーターを倒し、少年を無事に助けてあげて欲しい、ってこと」
 人魚のドリームイーターが実際に何らかの事件を起こし、被害を出す前に倒すこと。
 何より、このドリームイーターを倒すことが出来れば『興味』を奪われた少年も目を覚ますだろう。
 人魚のドリームイーターは一体で、配下はいない。
「長い髪を真っ直ぐに伸ばした人魚で、上半身は半透明で、下半身は星空みたいな、夜空の色と星が散りばめられてる、そんな感じの姿をしてるんだ。所々に見えるモザイクは、拾いきれなかった星、とかかもしれない。……俺の想像だけど」
 そして、人魚のドリームイーターは星を降らせてきたり、魚の下半身を振り回すことで旋風を起こして攻撃してきたり、自分の歌声で自分を癒すこともあるようだとトキサは付け加えた。
「いつものように、噂話で誘き出す……んですよね?」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が確かめるように問うと、トキサはうん、と頷いた。
 ドリームイーターは、自分の存在を信じる者や、噂話をしている人の方に引き寄せられる性質がある。この性質を利用して、ドリームイーターを誘き出そうという訳である。
「さっきも言ったけど、星を拾い集める人魚の噂だね。彼女に対して思うこととか、星に思うこととか、空の星や海の星、あるいは人魚そのものにまつわる御伽噺とか、伝承とか。何でも構わないから、自由に色々と、想像を巡らせてみるのも楽しいと思うよ」
 それから、とトキサは戦闘後の話について続けた。
「夜もだんだん涼しくなってきたし、天気もいいし、七夕も近くてお星様も出てるし、あんまり騒がしくしない程度に、少しだけゆっくりしてくるのも、悪くないんじゃないかなって。あ、もちろん、泳ぐのはダメだよ。夜だからね」
 そんな感じでトキサは説明を終えると、ヘリオンの操縦席に向かった。


参加者
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)
アキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
保村・綾(真宵仔・e26916)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)

■リプレイ

 空も海も、星の光で煌めく世界。砂浜に降り立ったケルベロス達は、まず件の、『興味』を奪われた少年の捜索に当たることにした。
 とは言え、こちらは九名のケルベロスと五体のサーヴァントという、それこそ煌めく星にも負けぬ勢いの大所帯であり、手分けをして探せばすぐに見つかった。
「では、当初の予定通りに。すぐに、戻りますね」
「ああ、頼んだぞ。フィエルテ」
 ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)の言葉に頷き、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)は少年を抱き上げて、戦いの余波を受けることのないような場所へと少年を連れて行く。
 ケルベロス達が戦いの場所として、広い砂浜の真ん中へと移動を終えた頃には、フィエルテも難なく合流を果たしていた。
 そして、各々の噂話が始まる。
「水面に煌めく光を掬うお嬢さんがいるという話があるみたいだね。しかもその子は人魚だとか」
 そして出会えば星にさせられる、と。アキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)が語るのは、まさしくこの海岸に現れるという『人魚』の噂だ。
「美しくも少し怖い話だね、でも興味深くはあるね」
 そう紡ぐアキトの顔には、ほんの少し楽しげな微笑が浮かんでいて。
「人魚姫なら絵本で読んだことがあるし、見た目についても聞いては来た。……きっと、美しい人魚なのだろうな」
 ルチルが零したのは、噂の一つのようでありながら、紛れもなく彼女の本心だった。
「んー、この話の人魚……きれいな星を追ってきた……まではいいんだけどさー」
 ローテンションな声で続けたのは六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)だ。
「見たら殺されるってのはちょっと……ならわざわざ人がいるようなところで追うな、って思わない……? 海こんなに広いんだからさー……何も砂浜まで来なくてもさー……」
 深々見が吐露するのは、彼女自身の素直な想い。そして、
「あたしたちの仕事増えるじゃん……やめてよホント……」
 ぼそぼそと小さな声で。勢いのままに零れてしまった想いも、また。
「星を拾い集めるのが仕事の人魚のお姫様、ね。沢山集めれば、星の川じゃなくて星の海でもできるのかしら?」
「星を集める人魚って、素敵だって思うよ!」
 セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)の言葉に、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)が瞳を輝かせながら続く。
「星を集められたら宝物になりそうなんだけどな。ヒトデも五角形だし海の星みたい。……拾う?」
 そう言ってマイヤが振り返ると、偶然にも箱竜のラーシュが砂の中から乾いたヒトデを発掘しており、そこに保村・綾(真宵仔・e26916)のウイングキャット、文が近づいてきた。
「かかさまもお星さま、気になるのかのう?」
 綾は楽しげな様子で、文がヒトデに鼻を寄せるのを見守りつつ、自身もまた星の人魚についての話を披露する。
 星も海も人魚も、綾にとってはとても心が惹かれるもの。そうして、綾は夢を見たことがあるの、と小さく呟いた。
「人魚とクジラが星の海を泳いでいる夢。綾はそれを見てみたい、出来るなら一緒に泳いでみたい」
 それは夢想。ひとりで夜の海を彷徨っている人魚を舞台へと呼び寄せるための夢物語。
 その夢物語の新たな一頁が、マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)によって紡がれる。
「海底で星を孵すと虹色の魚が生まれて空への架橋を紡ぐから、何時か空へ還るとき夢見て星を集める、なんて御話なら素敵ね」
 ――ケルベロス達の噂話が一段落したその時、海から吹く風がほんの一瞬、刺すような冷たさを帯びたように感じた。
「……お出ましね」
 セレスの研ぎ澄まされた聴覚が拾い上げたのは微かな揺らぎ。微笑を浮かべたマールの持つ得物が、誘うように乾いた音を立てて風を斬る。
 そして、『彼女』は現れた。
 真っ直ぐに伸ばした長い髪。半透明の上半身に、星空の色に染まった魚の下半身を持つ――ドリームイーターの人魚。
「ル、ルル……」
 人魚は歌うような、音とも旋律ともつかぬ声を発するだけで、ケルベロス達に語りかけてくることはなく。
「星が綺麗な夜に人魚は現れる、な。なんだ、人魚だと思ったら『お化け』じゃねぇか」
 けれど、トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)がドリームイーターの存在を否定した瞬間、人魚の全身から明確な敵意が放たれたのをケルベロス達は感じ取る。
「――さぁ、存分に愉しみましょう」
 マールはたおやかな微笑みを浮かべたまま、星を宿して揺れる夢の残滓に迷いなく刃を向けた。

 星色の尾びれを翻しながら人魚が降らせた星が、挑発めいた言葉を向けたトライリゥトのいる前衛ではなく後衛目掛けて降り注ぐ。
 だが、どこに攻撃の手が向けられようとも、盾としてなすべきことに変わりはない。トライリゥト、そして同じ盾役を担うマールが身を挺して星の雨を受け止めた直後、綾が軽やかに白砂を駆けて夢喰いへと迫った。
「綾はネコだもん、かってみせるのじゃ!」
 ――『魚』には負けないと、想いを込めた星のオーラが力強く蹴り込まれ、文が翼を羽ばたかせて澄んだ風を生む。
 そこに深々見がもう一つ、重力を乗せた流星の煌めきを叩き込んだ。
「あー……、だっるい」
 深々見の口から漏れる、倦怠感を帯びた声。けれど攻撃の手は緩むことはない。
 姉のように慕うセレスと共に戦いに臨めることが心強く、また何よりも嬉しくて、マイヤの表情は綻ぶばかり。
「一緒に頑張ろうね、セレス。ラーシュも頼んだよ!」
 了解と応えるように片手を挙げる箱竜のラーシュに、マイヤは笑顔のまま頷いてみせる。
「ふふ、ラーシュは相変わらず頼もしいわね。勿論、マイヤもだけれど。……でも、怪我したら心配かけちゃうし、気をつけてね」
 そんなマイヤと彼女の『相棒』を微笑ましく見やり、自分も気をつけると続けてから、セレスは眼前の夢喰いへと視線を定め、渾身の力を込めて竜槌を振り抜いた。
 生命の進化の可能性を奪うことで凍結させる超重の一撃が叩きつけられると同時に、マイヤが仲間達の士気を高める色鮮やかな風を起こし、ラーシュが激しいブレスを吹き付ける。
「大丈夫だよ、わたしたちが支えてみせるから!」
 ね、とマイヤが振り向けば、フィエルテが微笑んで頷き、守りの雷壁を張り巡らせた。
 ――風の囁き、細波の聲、踵鳴らせば砂も歌う。
「星影の舞踏場に舞うは稀なる人魚だなんて、まるで御伽噺の一幕の様ね」
 零れ落ちるのは、蕩ける蜜の様な甘い声。ナノナノのネウに回復に専念するよう伝え、マールは喪服のような黒いゴシックドレスの裾を優雅に翻し、鎖鋸の刃で人魚の傷口を抉る。一方、ネウもマールとお揃いのドレスを纏い、懸命に愛らしいハート型のバリアを展開させる。
「生憎と、人魚のお姫様なんてロマンチックさとは無縁でね!」
 ゆらり、虚空の海を泳ぐように揺れる人魚へ、トライリゥトが放ったのはは鮮やかな炎を纏う蹴りの一撃。
 箱竜のセイから与えられた確かな守りの力に力強く頷いて、人魚へと向き直るトライリゥト。その視線の先で、黄金色がきらりと閃いた。
「星を拾ってくれたお前には感謝する。だが殺しはだめだ。それは許さん」
 しなやかに舞う姿は、まるでバレリーナのよう。けれど細く痩せた身体には不釣り合いな黄金の具足は確かな重量と質量を伴って、瞬時にして演算を終えたルチルの定めた狙いのままに痛烈な蹴撃を叩き込む。同時に、反対側から機敏に躍り出たミミック――ルービィも、ルチルから与えられたシンプルな命令に従い、立方体のパズルのような箱の『面』をかしゃかしゃと動かして創り上げたエクトプラズムの剣で人魚へと斬り掛かった。
 星が踊り、星が舞う。人魚の奏でる歌声が、波音と混ざり合って溶けてゆく。
 紫色に染む暁の空。そこに灯る仄かな星の輝きを思い浮かべながら、アキトは真っ直ぐに人魚を指し示した。
「星追い人……なんとも親近感が沸くね。でも、水面の星は救えないし掬えない」
 どんなに焦がれても、その手を伸ばしても、決して届くことはない。
「――星の光を操るとはこういうことだよ」
 アキトが静かに告げた刹那、虚空から現れた剣が降る星のように真っ赤な尾を引いて、モザイクで作られた人魚を切り裂いた。

 唸る風のように振り回された尾びれが前衛を薙ぐ。
 高い精度を持つ人魚の攻撃も、五名と一体のサーヴァントがついた前衛にとっては、然程脅威とはならず。代わりにこちらが手向ける癒しの力も削がれてしまっていたけれど、手厚く配されたメディックの力がそれを補い支えていた。
 マイヤが視線で合図を送ると、フィエルテもその意図を察し頷いて。前衛の仲間達を、重ねられた淡く柔らかなオーロラの光が包み込んだ。
 響く剣戟の隙間を縫うように澄ました耳に届く人魚の声は、戦いが始まった時よりも力を失くしているように感じられて。これまでの攻撃により重ねられた縛めを更に増やすべく、セレスはそっと喉に手を触れさせた。
「嫌なもの程気に掛かる。気に掛かるから縛られる。 ――さぁ、貴方が厭うものを教えて頂戴?」
 言霊使いたるセレスが紡ぐ言の葉に宿る確かな力が、強固な楔となって人魚を穿つ。
「さあ、海にかえって、星をながめよう!」
 軽やかに刻むステップで編み上げた星を人魚へと放つ綾に合わせ羽ばたいた文が飛ばすのは、綾とお揃いの星抱く月の環。
 続いて動いたトライリゥトも、人魚との距離を詰めながら傍らの相棒に呼び掛ける。
「俺達も見せてやろうぜセイ! こいつが俺達の、コンビネーション……ってな!」
 抵抗するような人魚の動きを鍛え抜かれた技で受け流し、トライリゥトが達人の一撃を放つと、すかさずセイが自らの箱ごと果敢に人魚の元へ飛び込んだ。
「さぁ、ネウも行ってらっしゃい」
 マールは優しくネウを送り出し、自らも鎖鋸を手に翔けた。広げられた大理石のような質感の翼が風を孕んで舞い踊り、ネウがちっくんと尖った尻尾から慈愛の心を注ぎ込むのに合わせて、連なる刃の無慈悲な斬撃を刻み込む。
 ぱかりと口を開け、夢喰いにがぶり、喰らいつくルービィ。勇ましく見えるその姿から、ルチルは夜の空に似た藍の瞳を人魚へと向け、軽やかに地を蹴った。
「いつまでそこに立っている。邪魔だ」
 くるり、ふわり、花のように舞うが如く繰り出される爪先が生むのは、万象を呑む激流の渦。仮初の命を得た人魚の身体をこの世界に留めていたモザイクが、澄んだ音を立てながら零れ落ちてゆく。
「そろそろ、海に還る時間だよ」
 静かに告げたアキトの指先から、影の弾丸が放たれた。モザイクを散らし、貫いた箇所からじわりと侵食してゆく禍々しい毒の色。
 ゆらり、空を泳いでいた人魚が、その力を失くしたかのように地面に落ちる。
「ル、ル――……」
 それでも尚、人魚は抗うことを止めはせず。再び浮かび上がろうとするかのように地面を跳ねる。
 けれど、終わりの時が近いのは、誰の目にも明らかで。
 そんな人魚を見ながら、深々見は小さな欠伸を噛み殺した。
「――このまま全部、なくなればいいのに」
 零れたのは、深々見の中で圧縮された憂鬱の欠片。人魚へと伸ばされた右手に込められているのは、明日を望まぬ意識。
 触れられ、掴まれ、急速に広がってゆく『感染』の中、ドリームイーターの身体は緩やかに、けれど着実に崩壊していく。
「それじゃ、おやすみー……」
 くあ、と、今度は噛み殺すことなく欠伸を漏らして。
 深々見がそう告げると同時、人魚の姿はモザイクの煌めきの中に消えていった。

 無事に目を覚ました少年を見送り、一行は星を映す海と星の灯る空を振り返る。
 見上げれば、満天の星。
 離れていても同じものが見えるから、星空は好きだとセレスは思う。同じ空の下、繋がっていると思えれば、寂しくはなかったから。
(「……なんて、寂しい思いをさせてた側が思うのはおかしな話かもしれないけれど」)
 空の彼方に馳せていた思考を引き戻したのは、傍らを歩むマイヤが思わず綺麗、と零した声。
 どこまでも広がる海。一面に煌めく星の光。
「これなら本当に星が拾えそうだよね」
 そう言って振り向いたマイヤに、セレスも凄く綺麗ね、と頷いて。
「星を拾って、人魚は何をしようとしてたのかしらね。星に願いを託すのか、見せたい人でもいたのか……マイヤは、どう思う?」
 そっと首を傾げるセレスに、マイヤも想いを巡らせる。
「願いを託すのも素敵だけど、わたしなら誰かに宝物を見せたり、あげたりしたいな」
 その時は真っ先に持っていくから――そう言って満面の笑みを咲かせるマイヤに、セレスも待ってる、と笑って頷いた。
「……、綾、ちゃん」
 今までと違う初めての呼び方に、綾の耳がぴんっと上がる。
 はにかむような笑顔を覗かせたリラの手を握り、綾は喜び一杯の笑顔で頷いてみせた。
 穹も海も、きらきらと煌めく世界の狭間。
「綾ね、あねさまがね、空を泳ぐ人魚姫みたいに思うことがあるのじゃ!」
 優しくて、きらきらの人魚姫――綾の紡ぐ眩しい言の葉達が、リラの心を包み込む。
 リラはそっと、海に揺蕩う煌めきを砂ごと掬い上げた。
 きらきら落ちる雫達。最後に掌に残った小さな星の砂を、そっと幼い少女の掌へ。
「はい、綾ちゃん」
 ――貴女に、星の加護がありますよう。
 託された祝福の星。綾は大事にするねと満面の笑みを浮かべ、愛おしむように抱き締めた。
 夜の海を眺めながら、ルチルは静かに思考する。
 溢れんばかりの星空と、それを映す星の海。落ちてしまった星達もきっとあの人魚に拾われて、寂しい思いをせずに済んだのだろう。
 ――きっと、喜んでいただろう。
 人魚の消えた海。零れたままの星は、拾われなければ海に沈んでしまうのだろうか。
 そうして沈んだ星は、どうなるのだろうか。
 空から落ちた星達に微かに己を重ね、ルチルは目の前に広がる光景をただ記録する。
 あの星達のどれかが、きっと、自分でもあったのだと。
 ネウを抱えながら、マールは静かに海へと視線を巡らせる。
「ねぇ、ネウ」
 ――私達の大切なひとも、夜空の何処かに居るかしら。
 想うのは、もうこの世界の何処にも居ない愛しいひと。そっと瞼を伏せれば、自然と浮かぶ、在りし日の笑顔。
 ネウの案じるような眼差しに柔らかく微笑み、マールは再び煌めく星を映す夜の海へと目をやった。
 空を見上げてしまったら、きっと――傍へと望まずにはいられないから。
 手袋に咲くナズナの花を、想いごと少女に預けるように手を繋ぎ。
「俺も、会ったことがあるんだ」
 堕ちた星を拾い集める人魚に――そう呟いた陣内が見つめるのは、海ではなく、あかりが持つカンテラの銀色の光だった。
 その時傍らにいた人は攫われて、今は自分だけが此処に居る。
「……なんで、俺達だったんだろう」
 煌めく海へと吸い込まれていった、吐き出された想いを追うように、あかりは遠い海へと視線を巡らせる。
(「僕の目にもそう見えるように。南の海を見つめるあなたたちの瞳が、」)
 きっとどの星より美しく、尊く見えたんだろう。
 ふと浮かんだ答えは口にせず、代わりに、あかりはそっと繋いだ手に力を込めた。
「――じゃあ、僕たちも星を追う人になろう、……陣」
 いつかその人魚から――あなたの星を取り返せるように。
 満天の星空と、それを映す波を眺めるアキト。
 空と星、天の川の名を持つ自身がこの事件と巡り会えたのも、素敵な偶然であり縁だろうと考えながら。
(「今年、二人は出逢えただろうか」)
 何とはなしにアキトが想うのは、空の恋人を遮る天上の星。
 折しも今日は七夕で、年に一度、二人が逢瀬を交わすことの出来る日だから。
 そして、アキトは空へと手を伸ばし、静かに胸の内で問い掛けた。
(「……キミも、そこにいるの?」)
 もう二度と届くことのない、星になってしまった『キミ』も――。
「海の底から見る星はどんな景色なんだろうな……そのうち見てみたいぜ」
 波音を聴きながら、楽しげに想像を巡らせるトライリゥトに、傍らを歩くセイはきらきらと瞳を輝かせながら啼いて応える。
「そういや、七夕が誕生日の人もいるんだろ? ここで軽くお祝いしねぇか?」
 トライリゥトがそう呼び掛ければ、皆が戻ってくる。
 ルチルとリラ、そして一日違いのフィエルテへ、向けられるあたたかな祝いの言葉に、綻ぶ笑顔の花。
「せっかくだし、何かお祝いになりそうなものでも……何があったかなー……」
 深々見がアイテムポケットをごそごそと探れば、スナック菓子やチョコレート、シュークリームにペットボトルのジュースやお茶などなど――が次から次へと飛び出して。
「うわ何か色々出てきた……みんな好きなの取ってー。あ、ゴミはもっかい詰めるから渡してねー」
 そうして、ささやかなお祝いのパーティーが始まった。

 歓談の声が響く中、ふと、ルチルは遠い海の彼方を振り返る。
(「あ……」)
 瞬いたルチルの瞳が捉えたのは、地上へ――彼方の海へと落ちていく一つの星。
 刹那、波間を何かが跳ねたような気がしたけれど、それはほんの一瞬のこと。
 海は先程までと変わらず、揺蕩う星の光と共にさざ波の音を響かせていた。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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