ロックンロールは止まらない

作者:ハル


 28歳、無職。夢はミュージシャン。彼は、ステージ上でファンに囲まれて歌を唄っていた。……夢の中で。
「喜びなさい、我が息子」
 だがふいに、その夢が現実に引き戻される。引き戻したのは、白い仮面を被った妖しい男。何が可笑しいのか、喉を鳴らして嗤っているその男は――。
「今、お前はドラゴン因子を植え付けられ、ドラグナーの力を得た」
 そんな、とても笑えない事実を男性に突きつける。意味が理解できず、男性が問い返すと、男は揚々と説明を始める。自身の名が竜技師アウルである事。男性が選ばれた事。ドラグナーの事。そして、
「ドラグナーとして不完全な状態のお前には、遠からぬ未来に死が待っているだろう。何故なら、お前はその力を制御できないからだ」
 男性に待つのは、『死』のみである事。
「……まじかよ」
 現実離れした話題に、男性の脳はついていかない。だが、呆然としながらも、自身の内に宿る力を男性は自覚し始めていた。
「だが、一つだけ道がない事もない。それは、力を振るい、人間を殺してグラビティ・チェインを奪いとり、完全なドラグナーとなる事だ」
 前に進むも地獄、戻るも無職。なら……。
「それもいいか。どうせ俺、ミュージシャンになんてなれなさそうだしな」
 男性は、自嘲気味に笑う。
 つい先日、音楽事務所のスカウトを名乗る人物に騙され、なけなしのお金を奪われたばかりであった。デビューできる事になったと、喜び勇んで親類縁者に報告しただけに、そのダメージや恥ずかしさは計り知れない。
「どうせやる事なんてない。俺、才能ないらしいからな、そう詐欺師に言われたんだ……。だったら、最後に一花咲かせてみようじゃねぇか」
 ニヤリと、男性は頰を吊り上げた。ヤケクソになった彼を支えるのは、真っ黒な悪意一色。
 それを見つめるアウルの瞳は、まるで滑稽な喜劇に笑いを堪えているかのようであったが、男性はその視線の意図に気づけない。
「どうせ生きてたってしょうがねぇ。でも、ただ死ぬのもつまらねぇな。俺を騙した奴みたいな屑野郎がたくさんいるんだ。そいつらも道連れにしてやるよ!」
 ――目にもの見せてやる!
 男性の表情は、狂気に囚われている。倦怠感と、才能の無い現実を否定するように……。
「……ククッ、クククッ……」
 勢いよく部屋から出て行く男性の背中に、アウルの低い嗤いがいつまでも纏わり付いていた。


「……竜技師アウル……また彼が現れたようです。人の弱みに付け込む事に関しては、天下一品ですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は唇を噛み、絞り出すようにそう言った。アウルの性悪さを知れば、皮肉の一つも言いたくなるというものだ。
「ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった男性が、深い絶望に犯されて凶行に及ぼうとしています」
 セリカは一呼吸置いて、説明を始める。
「幸いドラグナーとなった男性はまだ未完成と呼べる状態で、完全な状態に至るには、大量のグラビティ・チェインが必要だと思われます」
 だが、最早一刻の猶予もない。
「男性は、自分の中にあるどうしようもない鬱屈とした感情身を任せ、復讐と称して人々を無差別に殺戮を行おうとしているのです。皆さん、現場に急行し、未完成のドラグナーを撃破してください!」
 セリカは、敵ドラグナーに関する資料を配る。
「敵は、未完成のドラグナー1体のみ。配下や、元凶である竜技師アウルの存在は確認されていません。また、未完成ゆえに、ドラゴンへの変身能力は持ち合わせていないようですね」
 装備としては、簒奪者の鎌が確認されている。
「戦闘方法としては、竜語魔法で皆さんの動きを牽制しつつ、恵まれた筋力を生かした、攻撃的な戦いをしてくると思います」
 現場は、東京駅前。
「詳しくは、地図をご確認ください」
 セリカが、地図上のある地点を指さす。
「ここです。ドラグナーとなってしまった男性は、午後9時頃に襲撃にやってきます。この場所は、男性が数年間の間、弾き語りを行っていた場所のようです」
 狙いは明白。ここで虐殺を行い、そして一旦始まってしまえば止まることはないだろう。
「場所柄を考えれば、人通りは非常に多いと思われます。しかし、ドラグナーが現れる前に避難誘導してしまうと、予知が変わってしまうので、歯がゆいですね……」
 周辺には、警察署が存在する。避難の際の協力を頼む事は可能だ。
 また、ドラグナーの弾き語りを楽しみにしていたファンも、この時間ならば少数ながらいると思われる。
「逃走の可能性はないものと考えてもらって大丈夫です。ドラグナーの男性に、虐殺後も生き続ける意思はありません……」
 文字通り、命を燃やして襲い掛かってくるだろう。周囲の人々にも、ケルベロスにも。
「ドラグナーの彼だけが悪い訳ではありません。ですが、理不尽な殺戮は、なんとしても止めなければなりません! 皆さん、よろしくお願いします!」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
織戸・来朝(爆音鳴らすフェンリル・e07912)
メルーナ・ワードレン(小さな爆炎竜・e09280)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)
レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)
佐竹・銀(魂の炎燃やし尽くして・e36293)
水越・葵(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e37931)

■リプレイ


「男は9時頃、ここに現れるはずだ。合図なんかはこっちでやるから、頼むぜ?」
「でしたら、その合図は私や葵様の声という事で。織戸様も出してくれると思われますが、私達の方がより確実だと思います」
「了解致しました。我々は現場で待機しつつ、皆さんの合図を待たせて頂きます」
 7月の午後8時。警察との打ち合わせを終えた佐竹・銀(魂の炎燃やし尽くして・e36293)とレーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)らケルベロス達は、準備に奔走していた。
「虐殺は絶対に防がないといけないけど、弱みにつけこまれた男性も可哀想ではあるよね」
 まさか初めての作戦が、こんなに腰の重くなるものだとは……。水越・葵(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e37931)の、少年とは思えぬ愛らしい相貌に、苦笑が浮かぶ。
「そりゃ、あたしだってちょっとは同情するけれど、卑屈な考え方は気に入らないわ!」
 苛立ちをなんとか抑えて、葵の隣を歩くメルーナ・ワードレン(小さな爆炎竜・e09280)の全身からは、まるで陽炎が立ち上っているよう。だが、一見「なにが『どうせ』よ!」と肩を怒らせるメルーナであるが、一番同情しているのも彼女かもしれない。何故なら、メルーナとはそういう少女なのだから。
「本心は、直接聞いてみればいいだろう。幸い、その機会があるようだからな」
 威厳と経験から来る余裕でメルーナを宥めつつ、伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)が静かに語る。ただドラグナーを倒すだけでなく、心の内に眠る本意を晒してくれる事を願って。
「そうだよね。じゃあ僕達は、ファンの人達を探さないと!」
 ファンについては、大まかな時間帯しか情報がない。葵は気合いを入れると、駅周辺にいる人々に声をかけた。

「葵達の方でも、数人のファンと接触できたようじゃ。協力してくれるとな」
「本当デスか!? ヤッタデス!」
 仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)の元に届いた報告に、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)は諸手を挙げて喜んだ。だが――。
「騒いですまぬな」
 二人の目の前には、戸惑っているファンの姿があり、手毬がはしゃぐシィカの頭を「落ち着け」と軽く抑える。
「シィカは見た目通りの女子じゃが、儂はこのシィカや他の友から……ロックとは、自由で楽しい生き様だと教わった。最も、シィカの演奏の巧拙については、ここで言及するつもりはないがのう」
 そう言葉にしながらも、シィカの奏でるロックを思い出しているのだろう手毬の表情には笑み。シィカは「失礼デスね!」と手毬にじゃれつきながらも、自分が特別上手い訳ではないと自覚しているのか、機嫌を損ねた様子もなく、むしろ嬉しそう。
 そして、シィカは表情を引き締めると、
「絶対、ぜーったいに! 危ない目には合わせないので! 協力してほしいデス! こんな最後、全然ロックじゃないデス!」
 そう、深くファンに頭を下げた。
「こうしてファンが集う程に、彼が良い『ろっかー』だったなら……せめて最期にその魂を思い出して欲しい。手を貸して欲しい」
 手毬も、頭を下げる。
 すると、
「……気持ちは同じだと思います。ここにはもう来ないと思いつつも、それでも今日もやってきちゃったんですから」
 事情を聞いたファンは、若干の不安を見せながらも、そう言ってくれた。
 その時!
「――盛り上がってるかい!?」
 フェスティバルオーラを発揮した織戸・来朝(爆音鳴らすフェンリル・e07912)が、100人規模の人々の前で、バイオレンスギターを掻き鳴らし始める。
(確か、信倖くんづてに聞いた話だと、ハードコア・パンク系の洋楽なんかをカバーしてたって話だったね)
 路上でやるには、なかなか勇気のいる選曲だ。来朝は感心半分、呆れ半分の気持ちで、青年が奏でていたという音楽を再現する。
「おおおおおおおおっ!」
 一時の観客達は、来朝の音楽に熱狂してくれていた。軽く事情を聞かされたり察しているだろう彼らから恐怖を取り除くため、来朝はリズムを上げる。
「……そろそろ、時間でございますね」
「これから恥ずかしい格好する羽目になるんだから、上手くいってくれないと困るぜ」
 レーヴと銀は、目を皿のようにして、周囲を警戒していた。
 ――と。
「無関係な人々へ刃を向けるならば、私は許しません。……行きましょう、プラレチ」
 レーヴが視界の先に、憎悪に身を焼かれた、哀れなドラグナーの姿を捉えると、
「解散! 死にたくなけりゃ良い子にな」
 一拍遅れて、来朝がギター音と共に発した言葉が、夜闇を切り裂くのであった。


「ここは私達が請け負います! 皆様は一刻も早くこの場から離れてくださいませ!」
「僕達が来たから、もう大丈夫だよっ!」
 レーヴと葵の割り込みヴォイスが、待機していた警官に合図を送る。
「邪魔すんじゃねぇッ!」
 手筈通り動き出す警官と一般人達に、現れたドラグナーは激昂を露わにしつつ、周囲を纏めて焼き払おうと、漆黒の炎を放つ。
「そうはさせないデース! キミ達、安心して避難してくだサイ!」
「とっとと逃げな!」
 その炎の前に身を躍らせるのは、シィカ、銀といった前衛の仕事。シィカは、次いでドラグナーへと挑発するようにギターを鳴らすと、
「ラストライブの時間デス! キミも! この声が聞こえるならロックを見せてみろデス!!」
 終盤の布石のため、ウイスルカプセルを投射する。
「リヤちゃんも頼むよ!」
「私と織戸様は、一先ず皆様の避難に専念させて頂きます!」
 後衛である来朝とレーヴは、炎へ立ち向かう前衛へ、洋楽風にアレンジした『立ち止まらず戦い続ける者達の歌』を置き土産に、避難の補佐に。
「アンタの状況には、ちょっとは同情するわ! だけど――」
 メルーナは、戦闘を間近で見て怯えを隠せない数人のファンを振り向くと、ギリッと歯を噛みしめ、紅蓮を纏わせた鉄塊剣でドラグナーに斬り掛かる。
「あたし達も、アンタをこんな形でしか止められないのよっ! 正直、火を吐きそうなくらいムカつくけど!」
 すべては初めから手遅れ。だからこそ!
「期待してねぇよ。救いなんて求めてもいねぇ! そもそも、どうせお前達に俺を救うなんて事は無理だったよ! どうせ、俺なんかな!」
 彼の口にする、『どうせ』という負け犬の言葉をメルーナは止めさせたい。
「騙されて、全てを失ってやけっぱちになる気は分かる。だからってそれを他に向けて……人を殺したっていいという言い訳にはならない! 確かにアンタを騙した奴は、人の夢に付け込む様な最低の屑だよ。でもさ、それと同様にアンタの事を想ってくれている人だっているんだよ!!」
 この場には、銀の言葉を証明するファンがいる。彼の歌を純粋に愛し、彼が来なくなろうとも、ここへ通い詰めてくれたファンが!
「あ゛あ゛!? そんな奴が、どこに――」
 と、そこでドラグナーは、初めてDfに守られるファンの存在に気付く。
「なんだ、そんな所にも獲物がいやがったか!」
 しかし、ドラグナーはファンの心情など何処吹く風と、一切の躊躇なくファンに襲い掛かろうと鎌を振り上げた。
「そうはさせん! 我が槍、果たして見切れるかな!」
「御芝居様、頼んだのじゃ!」
 だが、信倖の蒼炎を噴きあげる、龍の腕に握られた天銘。その槍先が、踏み込みと同時に雨の如くドラグナーへ襲い掛かる。ドラグナーは鎌で信倖の攻撃を裁き、隙を見て信倖の首筋を浅く抉るが、御芝居様の閃光にも意識を散らされ、ファンへの狙いは確実に逸れた。
「あの人達は君のファンなんだよ!? だから、絶対に傷つけさせたりしないからね!」
 葵がファンを振り返り、「大丈夫」と頬笑む。ファンを怖がらせないよう、葵は電光石火の蹴りを放ち、なんとかドラグナーの動きを阻害しようと試みる。
「そんな嘘は通用しねぇなぁ! どうせ、俺にファンなんて!!」
 だが、そうそう上手くはいかない。
「戯けめ。お主の音を愛する者が、これほどおったというのに……!」
 歯嚙みする手毬達に向かって、再びドラグナーの絶望を映し出したかのような炎が吹き荒れる。
「この分からず屋が!」
 銀が、爆風に浮き上がる純白のミニスカドレスの裾を抑えながら、ヒールドローンを展開。その援護もさることながら、前衛に人員を固めたケルベロス達には、ドラグナーの列攻撃は効果が薄く、ドラグナーは舌打ちで苛立ちを示す。
(約束したのじゃ。巻き込んだファン達は、この身に変えても守らねば!)
 扇を手に、絶えず嫋やかな動作で舞う手毬の和装は、ドラグナーの攻撃で少なからず焼け焦げている。だが、協力してくれたファンが感じている恐怖に比べれば、そんな痛みは無視できる程度のもの。手毬は舞の回転する動作に加え、緩急さえ利用して、超硬化した爪でドラグナーの肌を突き刺した。
「ちっ! このままじゃ獲物共に逃げられちまう!」
 ドラグナーの眼前で、着々と進行する避難。となれば、依然として標的となるのはファン達である。ケルベロス達を出し抜こうと、ドラグナーが鎌を握る手に力を込めた時!
「皆さん達の言う通りです! 私達は貴方のファンでした! いえ、今でもファンです!」
「……は?」
 ディフェンダーの背後から、彼のために命を張ったファン達の、必至の主張がドラグナーの胸を打つ。
「そ、そんな嘘に!」
「嘘じゃありません! 毎晩9時に、ここで演奏していましたよね!」
「馬鹿な……ぁ……」
 ドラグナーは、完全に硬直していた。何故なら、ファンの顔に、見覚えがあったからだ。いつか、ドラグナーの演奏に足を止めてくれた人の顔と、眼前のファンの顔が合致する。
『貴方の演奏が好きでした』口々に語られる涙ながらの言葉が、ドラグナーの心に染み渡り、
「もう……遅ぇんだよ!」
 二度としまいと誓っていた、後悔となって押し寄せる。
「たとえそれが数人だったとしても、人を魅了した貴方の奏でる音楽は、素晴らしいモノだと思います」
「待ってたデース!!」
 夢もなく、憎しみもなく、座して死ぬか、人を捨てて抗うかしか道がないドラグナーに、避難を終えたレーヴの振るうバールの先端が突き刺さり、プラレチの爪が抉る。シィカの顔に浮かぶのは、安堵の表情。
 ならば、せめて慈悲を。来朝は、同じ道を往くはずだった先達として、
「ああ、みっともねえ! テメーもロッカーの端くれなら、モヤモヤは楽器(コレ)で語れや!」
 己が分身であるギターを掲げる。
「芸能界は化かし合いだ。テメーは確かに不幸だが、化かされたのは夢ばかり見てオツムを鍛えなかったからだ! そこを甘やかすつもりはねえぜ! ……でもな、アンタの音楽に響いた人は確かに『いた』んだよ。今のテメーになら、分かんだろうが!」
「…………知らねぇな」
 ドラグナーの表情は分からない。泣きそうにも、無関心そうにも見えた。ただ一つ、殺戮する対象がケルベロス達のみとなった彼の表情は、どこかホッとしているように見えたのだ。
 戦場に、ドラグナーの奏でる悲しいメロディーと、来朝の『生きる事の罪を肯定するメッセージ』が鳴り響いた。


「とくと見るが良い――」
 急造ドラグナーといえど、リミッターは外れているに等しいゆえに、ポジション効果も上乗せされた攻撃力は無視できるものでもない。扇を手に、一心に竜神へと舞を捧げる手毬の祈りが電波し、銀に力を与える。
「助かったぜ!」
 銀が、手毬に感謝を。そのまま、両手に添えた柄のない攻防一体の片刃斧を、卓越した技量で操り、ドラグナーに一撃を加える!
(ったく! なかなかどうして、こいつもやりやがるぜ。今回は命中したからいいが、全体的には五割ってとこか)
 ただ、壁役としての役割は十分すぎる程果たせている。銀は攻撃の反動で下がりながら、瞳の中の炎に悔しさを滲ませた。
「こんな俺の歌が……でも、もしかしたら……いや、どうせ俺なんかの歌なんて……」
 ドラグナーの胸中は、未だ嵐の中。無理もない、今更信じた所で……という話だ。
「全ての者が善人でもなければ、悪人という訳でもない」
 そんなドラグナーと、信倖は剣戟で会話する。男同士、これが一番分かりやすい。
「……何が言いたい!?」
「何、『どうせ』最後ならば、信じたいものを信じればよいという話だ。多少の我が儘なら、私達で受け止めてやることもできるだろう」
「はっ!」
 信倖を中心にして、前衛を亡霊の群れが襲う。信倖は亡霊に対し、躱す素振りすら見せず、稲妻を帯びさせたゲシュタルトグレイブでの真っ向勝負を選択した。
「そこです!」
 さらに、隙を伺っていたレーヴの電光石火の蹴りが直撃する。
「ギッ!」
 その一撃は痛打となってドラグナーを襲い、たまらず回避行動に走らせる。
「そう来るだろうって思ってたよ! でも、シィカさんのウイルスで、思ったように回復はできてないみたいだね!」
 回復は、それだけの意味のみならず、逆転への火力アップの意も含まれていた。だが、運良く命中した葵の音速の拳により、その目論見は脆くも崩れ去る。
「信倖くん、大丈夫か!? リヤちゃんはありがとね!」
「すまん、来朝。おかげで問題はない」
 後衛に至る炎の前には、地獄の瘴気で目眩ましをしつつ、リヤが間に入ってくれている。その間に来朝はオーラを溜め、前衛の戦線維持に努めた。
「ロックな拳を喰らうデス!」
 シィカの背中に鋼の鬼が浮かぶ。全身に纏わせたオウガメタルに力を借りて放たれるシィカの拳は、パラライズの影響を受けるドラグナーの腹部を穿つ。
「アンタの音楽に魅せられたヤツだってちゃんと居たのよ! その声を聴いてから逝きなさいよね!」
 聞こえるのは、啜り泣くファンの声。だが、時折……もう一度自分の歌を聴きたい。そんな囁きが混じっていて――。
「っ!」
 思わず、ドラグナーの瞳に涙が浮かぶ。理不尽に狂わされたのは、ドラグナー……いや、彼も同じ。メルーナは無念を噛みしめながら、紅蓮に包まれ全身全霊の一撃を。
「……ドラグナー、か。救えぬ物だの……せめて、心だけは」
「……ぁぁ、もう一度、幸せな歌を唄いたかったぜ……」
 手毬の脳裏に、因縁の相手が浮かぶ。手毬は、その感傷と、ドラグナーの最後の声を振り切るように鋼の拳を振るい、すべての幕を下ろした……。

「……後味、悪ぃぜ」
 黙祷を捧げるレーヴの横で呟かれた銀の言葉は、その場の誰もの心を代弁していただろう。
「おつかれさまー!」
 だからこそ、葵はあえて明るく仲間に声をかけた。
「彼のために歌うデス! 平凡だって、楽しく歌うことはできるのデスから!」
 それに応じたシィカは、人のまま終われた男性のために、一際大きく声を出す。
「少しは声が届いた……わよね?」
 彼の涙を、きっとメルーナは忘れられない。この灼熱を、次の熱意にメルーナは変えて、功労者であるファン達に、感謝を告げるのであった。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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