絶望と希望とハザマ

作者:ふじもりみきや

 おぉぉぉぉ、と、獣の咆哮に似た音が周囲へ響き渡った。
 黄昏時の街角は一瞬で恐怖の底へと叩き落とされる。
 週末、ちょうど買い物帰りの人々がそろそろ家に帰ろうかと。あるいは夕飯の場所を見作ろうかと思案するような時間帯。
 買い物客でごった返すというほどではないけれど、それなりに人も多い街角は、飲食店や雑貨屋等もそれなりに立ち並んでいて、本来ならばこの時間帯は笑顔の絶えない場所のはずだった。
 ……そこに、巨大な影が差した。
 理性などは無いようにそれはただ前へと進み、手にしていた巨大な斧を振り上げる。重い一撃は道行く人々をなぎ倒した。女性、子供、お構いなく。
 ただ前を歩いているというだけで、その戦斧で叩き割り、あるいは倒れて歩けぬ老人を踏みつぶし、
 おぉぉ、と、それは獣のように吼えた。知能なく、ただ人を踏みつぶすことを喜ぶかのように、人が逃げるのを追うように、叫び、進み、そして殺戮する。
「気をつけろ、喰われるぞ!」
 赤い服を着た見目麗しい青年が、とんでもないことを口にしてさらに周囲から悲鳴が漏れる。そう思ってもおかしくない容貌で、しゃべらず獣のような唸り声を上げることが余計にその言葉を信じさせた。
 人々の表情が、絶望に染まるまでそう時間はかからなかった……。


「人を絶望に陥れてしまう事件……。起こらなければいいのに、って、思ってたんだよ」
 イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)は少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。予想が当たったことは、そう素直には喜べない。浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036) も苦笑いのような表情を浮かべる。
「相手はエインヘリアルだ。こいつは過去、アスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者……ということらしい。放置しておいてもろくなことにならないな。こいつは目に入る人間のことごとくを殺し尽くし、人間に恐怖と憎悪をもたらすだろう。……そうなるとエインヘリアルは定命化を遅らせることができて万々歳、ということだが」
「そ、そんなことはわたしたちがさせないよ!」
 すかさずイーリィが口を挟むので、月子もわずかに目元をやわらげた。
「そうだな。何も奴らの手に乗ってやることは無いだろう。……その力、存分に示し、エインヘリアルの野望を打ち破ってくれ」
 頼んだよ、と月子は笑った。それから一呼吸おいて、話し始める。
「敵は一体だ。先ほども述べたとおりこいつは犯罪人で、別にエインヘリアルとしては使い捨ての戦力らしい。不利な状態になったとしても、撤退することは無いだろう。逆に言うと、最後まで全力で来る。……気をつけろ」
 なお、武器は巨大な斧を手にしていたし、本体も相当の怪力であることが予想されると月子が言った。
「間の悪いことに周囲には一般人が複数いる。そこそこパニックを起こしているようで、救出には注意が必要だな」
「ちょうど日曜の夕方らしいから……」
 話を聞いていた萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)が珍しく難しい顔をしている。
「それなりに、人も多いでしょうね」
「見た感じだと、まず目に入ったものから片っ端に。次は弱そうな者へと襲い掛かっていたな。庇いながら避難させるなら、多少は覚悟しておいた方がいい」
「……」
 雪継とイーリィは目を合わせる。しかし。イーリィはぐ、と拳を握りしめて、
「そうだとしても、そんな危険なエインヘリアルを放っておくわけにはいかないよ。絶対に……助けてみせる!」
 だから、一緒に頑張ろう。そう言って、イーリィは強い瞳で一つうなずいた。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
連城・最中(隠逸花・e01567)
イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)
茶野・市松(ワズライ・e12278)
フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)
シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)

■リプレイ


 咆哮が轟いた。巨人と呼ぶにふさわしいエインヘリアルは手にしていた斧をでたらめに振り回す。
 建物が抉れ、コンクリートが崩れる。巨大で重いブロックが子供の上に落ちてくる。瓦礫に足を挟まれた子供の手を、母親が必死に引いていた。
 おぉぉ、と声がする。そんな親子の頭上にも巨大な戦斧がひらめき、それはまっすぐに子供の頭向かって振り下ろされ……、
「させ、ないよ……!」
 イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)が間一髪で駆けつけて、体で止めた。突き出した腕に戦斧がイーリィの腕を裂く。
「イーリィさん!」
「平気! つばつけときゃ治るよ!」
「それは、いくらなんでも無理ですよね!?」
 彼女の庇った子供を助け起こしながら思わず声をかけた萩原・雪継(まなつのゆき・en0037) にイーリィは親指を立てる。平気平気、と笑顔を向けた。
 その間にも敵の斧が再び振り上げられる。もう一度重みを付けて振り下ろそうとする。……それを、
「フェリスのお友達を……それ以上傷つけたら許さないわよ!」
 フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)が駆けた。獣化した足で獣さながらのしなやかさで飛んで、その斧を全力で蹴り飛ばした。
「そば粉!」
 任せろとばかりにボクスドラゴンのそば粉が空を飛ぶ。そこに、
「キュッキュリーン☆ ヴァルキュリ星人、レピちゃんも相手になりますよー☆」
「ふははは、そこまでじゃ、邪悪の権化め。我こそは正義の告死天使! 汝の罪を断罪するためにつかわされた愛と正義の使者じゃ! 我とて腕力には多少の自信がある。力比べがしたいのならば……ほれ、わらわが相手になってくれよう。感謝するが良いぞ!」
 レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)とアデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)が現れた。二人でポーズをばしっ! と決めて敵の前へと立ちふさがる。
 今回の作戦、一般人に混じっている仲間たちがいたが、敵から見てもどれが強そうであるか、そうでないかはある程度は判断が付いた。しかし敵の知能は高くなかったので、警戒はしないが近寄って優先的に狙うことは無かった。しかしこちら側もまたうまくいけば儲けもの、であるぐらいの意識だったので、素早く次の作戦に移動できたのである、
「弱い者イジメが好きな情けない英雄さん。私達が相手になるよっ!」
 再び斧が振るわれる前に、槍が奔った。シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)のゲシュタルトグレイブが巨体の腕を貫く。それと同時に敵もまた斧を振った。
「……っ」
 掠めただけで、右足に瑕が入り血が伝う。シルヴィアはぎゅっと己の槍を握りなおした。
「残念、アイドルはね、お仕事以外じゃ絶対泣かないんだよ!」
「……俺たちはケルベロスです。落ち着いて、安全な場所へ移動してください」
 不安そうに彼女と巨人を見守る一般人に連城・最中(隠逸花・e01567)が声をかけた。でも……、と、心配そうに言う彼に、最中は内心を押し殺す。
「大丈夫、必ず助けます」
 常と同じ淡々とした口調。けれども肌で感じる。強敵だと。
「そっちはだめだ。あちらに向かってくれ」
 日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)も割り込みヴォイスを使って、人々に声をかける。
「来る……! あいつが……!」
「だから、落ち着いてくれよ。平気さ、こんなの」
 茶野・市松(ワズライ・e12278)が落ち着かせるように声をかける。そんな彼らの上にも砕かれた瓦礫が振ってくる。
「! つゆ!」
 市松のウイングキャット、つゆが任せろとばかりに体当たりでその瓦礫を弾き飛ばした。破片が飛び散る。倒れた男性を助け起こそうとして、市松は息をのんだ。足をやられていた。
「……っ、大丈夫」
 努めて何でもないことのように市松は自分より大きな人を抱える。
「終わりだ。俺たちみんな、喰われるんだ……!」
「終わってなんかない!!」
 思わずイーリィと市松の声がかぶさった。二人は顔を見合わせながらもヒールをかける。……まだ終わってない。そのために、自分たちがいる。
「そうだな。絶望と希望はコインの裏表。 絶望を覆せば希望の灯が燈るもんなんだぜ……」
 蒼眞もさあ、行こうと。くじけそうになる人々を励ました。
「ほらほら、こっちだよ。急いで」
 手伝いに来ていた大樹もラブフェロモンを使用しながら人を誘導していく。
「……」
 時間はかかるが、何とかなりそうであった。避難誘導を行いながら、雪継は少しだけ心配そうに後ろを振り返った。最中が気付く。
「萩原さん」
 察して、雪継も小さくうなずいた。
 咆哮がすぐ後ろから聞こえてきていたが、ひとまず彼らは振り返らないと誓いながら……。

 斧が真下に振ってきて、フェリシティは全力で受け止める。
「……っ、見境のないヤツね、乱暴者は嫌いよ。 それと、自分の事しか考えてないようなヤツもねっ!」
 圧力で縛霊手がきしんだ。衝撃が脳まで届く。痛みに顔をしかめる。それでもフェリシティは全力でそれを押し返した。
「負けないよ……! みんなが戻るまで、頑張ろう、そば粉!」
「きゅー!」
 そば粉も声を上げる。戦闘に加わりながら周囲を警戒する。徐々に人々は周囲から遠ざかっていた。
 レピーダが走る。ジャージをひるがえし(?)素早く敵の背後に回り込んだ。
「エインヘリアル……全くろくなことをしませんね。古巣のよしみでお相手仕りましょうか!」
 ヴァルキュリアとしては思うことがある。やや冷淡ともとれる節回しでレピーダは傘をぶん、と振り回した。
「剣気解放……限定昇華!  可能性の光、ご覧にいれましょう!」
 傘が唸り、その光を巨体の脇腹に叩きつけた。飛び散る返り血をぱっと傘を広げて受け止める。やりましたか、とぽつりとレピーダが呟いた。……しかし、
 それは声を上げる。むしろ攻撃が効いているのだろう。ひるむことなく重さを増す斧の一撃にアデレードも羽を光の粒子に変えた。
「おのれ、エインヘリアルどもめ……我らが故郷で好き勝手したのに飽き足らず、我らが第二の故郷であるチキュウでも好き放題するとは……。許しておけぬ連中じゃのぅ!」
 暴走した粒子が巨体へ飛ぶ。砂ぼこりを上げその身を穿つ。その向こうから尚立つ姿が見える。アデレードは口の端をわずかに上げた。
「ふん……。堅苦しいデカブツじゃ。だが、相手にとって不足なし! 最後に勝つのは、正義の告死天使じゃ!」
 咆哮にも負けないくらいアデレードは高々と声を張り上げる。まっすぐ前に前を見るその姿にもう一度斧が振り上げられた。
「私の歌を聴けーっ! ってね♪」
 シルヴィアが声を上げる。立ち止まらず戦い続ける仲間を奮い立たせる。厳しい状況だ。けれどもシルヴィアの声はそれを感じさせない力強さに満ちていた。だってそれは、アイドルとして当然のことだから。
 歌が気力を奮い立たせる。それでも敵の攻撃に危険だ、とだれもが思った。重い一撃が来る。けれども誰も退かなかった。
「たとえ危険でも……」
 フェリシティが駆けた。心の底が、危険だと言っている。けれど……、
「ここで……倒れるわけにはいかないよ!」
 彼女たちには、背負っているものがある!
 そんな少女の身を裂く戦斧はしかし……、
「大丈夫か!?」
「お待たせ!」
 空中で止まっていた。市松が己の剣でそれを押し返す。イーリィもぐ、と親指を立てて即座に敵の背面へと体を走らせた。
「……遅いよ」
 思わずフェリシティが安心しきったような声で冗談交じりに言う。蒼眞も駆けつけ、
「起動(イグニッション)!」
 と叫んでケルベロスコートを脱ぎ捨てた。その下は額には真紅のバンダナを巻き、背中に『風の団』の紋章を入れたジャケットを着用している。
「間に合ったようでよかった。みなさんまだ……大丈夫ですね」
 最中が冷静に周囲を確認して眼鏡を外す。精神を集中させることにより敵の斧に軋轢を生じさせて武器を封じていく。
「そう……でしょうか。みなさん、痛そうです。少し待っていてください」
 雪継がささやかですが、と言いながらもオーラを溜めて回復を始める。イーリィのテレビウムのシュルスが、一緒にするぜとでもいうようにピカピカ動画を流し始めた。これは頼もしい。
 巨人が吼えたが、もうみんなが平気な顔をしていた。
「さぁ! ここからがわたし達のステージだよっ! 派手に……いっけぇぇーっ!!!」
 シルヴィアの歌声が風に乗る。天まで届けというように。

 打ち合いは続いた。敵の力強さは変わらなかったが、それでも徐々にケルベロスたちのほうが優勢になってくる。
 巨人が斧を振り回した。今度は的確に、傷を負っているものを狙ってくる。
「よっしゃつゆ、気張ってこうぜ!」
 フェリシティに向かったそれを、市松が体を張って受け止めた。
「市松! ……もう、フェリスだって、負けてられないよ……!」
「でも無理はだめですよ。わたしの歌で、元気になってください……♪」
 シルヴィアが微笑んで、そしてすぅ、と真面目な顔になる。
「守護者に祝福を……!」
 戦乙女の祝福は、状況から聖なる即興化は頼もしい仲間へとささげられた。体内のグラビティを活性化し、傷を癒していく。フェリシティは力強くうなずいて、また走り出す。
「まだ……頑張れるわ!」
「あぁ……。待ってくれ。ほら」
 蒼眞が半透明の御業を鎧に変形させて展開させる。(なお、ポジションの設定がクラッシャーになっており、プレイングの内容にそぐわなかったので、クラッシャーからメディックにポジション移動したものとした)
「萩原、そっちを頼む!」
「はい!」
「二人とも、備えてください。次はこっちに飛んできます」
 蒼眞の言葉に雪継は答える。注意深く様子を探っていた最中が声を上げる。
「礼を言うぞ! 正義の味方には頼もしい仲間が付いておる!」
 正義、を強調しながらもアデレードは駆けた。答えるように巨体が斧を振りかぶる。その得物がアデレードの頭に食い込む前に、
「そら……、たっぷりと喰らうがいい!」
 炎纏った鎌がその腕に食い込んだ。
「くそ、切り落としたつもりが……。あれだな、さては丸太じゃな!」
「丸太? 丸太ってもっと柔くないですか?」
「知らぬ! なんか硬そうだったから!」
 レピーダが反射的にそんなことを突っ込みながら半分ほど鎌の食い込んだ敵の腕にパイルバンカーを押し当てた。
「まあでも丸太で充分ですよ。なんたって……今それは、ヴァルキュリ星人のレピちゃん☆ によって砕かれるんですから!」
 雪さえも退く凍気を纏わせ、レピーダはそれを打ち込む。
「重罪人に、レピちゃんは輝きが強すぎるかもしれません」
 斧を持つその手が落ちて、レピーダはかっこいいポーズをとった。それにしてもほかにもっといいステージ衣装はなかったのだろうか。
「貴方を、看取りましょう。おやすみなさい……」
 腕を切り落とされ、敵もまた吼える。しかし次の瞬間には、即座に己のちぎれた腕を拾い上げて振り回した。
「っ、その根性、嫌いじゃないぜ……!」
 蒼眞が思わずつぶやく。仲間たちに御業の鎧を繰り出し続ける手を休めることは無かった。最中はふっと首を巡らす。敵の巨体と目が合った。
 敵が吼えた。
「それはもう、聞き飽きました」
 まさに獣だ。理性があるのか、それともないのか。
 事情は知らない。同情する気もない。どうでもいい。けれど、
「……用件は簡潔にどうぞ」
 ただ、口に出すならばそれを聞こうと最中は言った。
 しかし答えは同じ咆哮であった。
「影無き刃――捕らえられるものならば」
 そこに苦しみを聞いた気がして、ため息を一つ。その合間に刀が閃いた。雷力を帯びた神速の斬撃は一瞬で敵の腹を切り裂き、膝をつかせる。
 巨人がもう一度腕を振り上げる。これが最後の一撃だと分かった。巨人はそれと分かるように全ての力を込めた。
「よっしゃ、全部、受け止めてやる!」
 何を思ったのか。何も考えてなかったのか。市松がこたえるように拳を固めて天へと突き出し吼えた。
「あ、もう! カランコロン 落ちるは水の音……!」
 フェリシティが追いかけるように魔女のポケットから様々なものを出す。敵のバランスを崩させようと、足元に様々なものをまく。たとえヒールで傷を癒しても、痛いものは痛いだろうに!
 強烈な一撃が落ちた。すさまじい音と同時に煙が上がる。……そんな中を、
 イーリィが機械の羽で、軽々と跳んだ。
「……絶望って、なんだろう」
 高く、高く高く。そんな中イーリィは思わずつぶやく。敵の咆哮はどこか、絶望というものを感じさせた。
「凶悪犯罪者かぁ……ずっと悪夢を見ているみたいに見えるよ」
 解放してあげないと。と、彼女は思った。
 彼女の翼は機械の羽。飛んだあとは墜落するのみだ。落ちる。落ちる落ちる落ちる。その重みとともに全身全霊を込めた達人級の蹴りは、
 巨体の胸を穿ち、それがトドメとなり大きな音を轟かせてエインヘリアルは地上に伏せたのであった。


 戦闘が終わると、がれきの街と人々の嘆きが残された。
 そんな中、イーリィは一人の男を見つけた。赤い服を着た見目麗しい青年。以前彼女が出会ったアマダという名の。他人の絶望を好む最低の男。
「やあ、今回もご活躍だったね。もうちょっとでいい感じのパニック映画になるところだったのに君たちとき……んが!?」
 言う前にその顔面を思いきりぶん殴る。
「見てて。私達が君が望む絶望を壊すから。何度でも」
 言い切るイーリィに男はおかしげに笑っていた。
「なるほど。じゃあ僕はそんな君が泣きべそかきながら後悔する日を待とうかな」
「し、しないから!」
「あぁもう! アマダさんはまたこんな所で悪さをして人を誑かして!」
 手伝いに来ていた紫睡が首根っこをひっつかむ。救助して病院に連れて行く途中で脱走されたらしい。
「いやあ、僕が悪いのは性根だから病院ではどうにもならないかな!」
 引きずられていくアマダをイーリィは見送る。それでなんとなく彼女は思った。……彼は人間を愛しているのかな。なんて。
「あ、よかった、こんなところにいた。ほら……」
 少しそこで考え込んでいると、雪継が様子を見に来たので、イーリィは頷く。ふと、
「ねぇ雪継はどうやったら絶望しちゃう?」
「……僕、ですか」
 はて、と雪継は瞬きをした。
「イーリィさんが死んでも、悲しくても絶望はしませんよ。……きっとあなたは、自分の意思で走って行ったのだと、思いますから」
「えー」
 そうかもとイーリィは笑った。いつもの雪継なら、それ以上は何も言わなかっただろう。……でも、今日は、
「僕には記憶がありません。でも、弟妹がいて親戚がいて友人がいる。彼らが僕を萩原雪継というから僕はそれなんです。……うまく言えないけれど。だから、それが違うと言われた時。本当は僕が萩原雪継じゃなかったとき。もしくは、周囲が思う萩原雪継は嘘の姿で、本当は悪人だったと知ったとき。そんなときは……。って、自分のことばかりですね」
 ここは弟妹達が皆いなくなった時と、雪継ならいうでしょうね。なんて雪継は言った。イーリィがそれに何か答えようとした……とき、
「おーい、そっちのヒール終わったか!?」
 市松が大きな声を上げて手を振っていた。
「あ、うん、終わったよー!」
「よかった。ねえ、帰りにケーキでも食べて帰りましょう! もちろんあっちのヒールが終わってから!」
 フェリシティがテンション高く提案する。行く行くー。なんて気軽にイーリィも応じた一方、
「こらこら、 家に帰るまでがケルベロス活動! あとは一般人の方々の心のケアをしてから帰りましょうか! あ、レピちゃんケーキはいいところを知っているのです! 帰りはそこにいくです!」
 びしぃ、とレピーダが人差し指を立てて主張した。シルヴィアがふわりと微笑む。
「じゃあ、ケーキの為にも歌を歌おうか♪ 大丈夫。歌は、世界を救うんだよ」
 そういいながらもシルヴィアはそっと唇を開く。そしていつか自分の歌で、世界を変えていきたい。そんな願いのこもった歌声は風に届く。エインヘリアルが破壊したその爪痕を見るだけで、くじけそうになっていた人の心を癒すように……。
 その癒しの歌に涙を流す人がいる。反面、こんなものが現れるなんてと恐れて泣く子供もいる。絶望の爪痕は色濃く、簡単に癒えるものではない。……それでも、
「くっ。このまま放っておけぬのはわかる。わかるが……!」
 難しいのは苦手だと、難しい顔をするアデレード。それで大きな声で宣言した。
「妾は戦うことしかできぬ! 故に約束しよう。デウスエクスがこの国に現れたなら、何度でも、何度でも、妾たちは必ず助けに来る! 悪に終焉をもたらす正義の告死天使の名に懸けて!」
 おぉ、と声が上がる。その声に蒼眞は頷いた。簡単なこと。簡単に表にも裏にもなってしまうもの。
「あぁ……。コインの表裏、だな」
 蒼眞の言葉に、最中も顔を上げる。
「……全てが元通りとはいかない」
 そのくせ爪痕だけは、長く心に残り続ける。
「……」
 それでもどうか、彼等の日常が戻ってきますようにと最中は願った。
 そのためにも自分たちは努力し続けるしかない。人々が、常に希望を抱けるように。
 自分たちが、彼らの希望というのは、少々も中には面はゆい気がした。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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