エスカベッシュ!

作者:藍鳶カナン

●エスカベッシュ!
 銀色に煌くオリーブの葉の合間から、南の夜空に煌く星が見えた。
 葉の裏の白さゆえ淡い銀色に光を弾くオリーブの樹、涼やかな夜風に梢を揺らすその樹の傍らには、洒落たマリンランプのあかりが燈るテラスが広がっていた。
 穏やかな波が月光と星あかりに煌き、遠く潮騒を唄う海に面したウッドデッキのテラスは美味な地中海料理を饗する店のテラス席。二人掛けや四人掛けのテーブル席が幾つも並び、グループ客が囲める大きなテーブル席も設えられたそのテラスでは、店主が唯ひとりきりでぽつんと孤独と後悔を噛みしめていた。
「ああ、海の綺麗な場所を求めるあまり田舎すぎるとこに店出したのが悪かったんだ……」
 だがそれはまだ序章。
「うう、メニューがエスカベッシュのみってのもきっと悪かったんだ……」
 香ばしく揚げた魚にたっぷりの野菜を合わせて、柑橘やビネガーで酸味を効かせたマリネソースに漬けこんできゅうっと冷やす冷製料理、それがエスカベッシュだ。
 海鮮と野菜の味わいそのものに爽やかな酸味のあるソースがじんわりと染みてとけあう、日本人には間違いなく口に合う料理なのだが。
「あうう! まさかこんなにエスカベッシュが知られてないなんて……!!」
 そう。
 問題の根幹は、この店が日本ではメジャーな料理とは言い難いエスカベッシュの専門店、かつ提供する料理はエスカベッシュのみというところにあった。
 パンとかサラダとかデザートとかも一切出てこない潔い店であった。
 過去形である。だって客足が悪すぎてもう店は潰れちゃったから。
「ドリンクは出すのに! 微発泡の白ワインとか微発泡の白葡萄スカッシュとか!!」
 だん! と乱暴にグラスをテーブルに置いて、店主はこの夏に出すつもりだった自信作のエスカベッシュ三種の自棄食いに走った。旬のスズキの柑橘エスカベッシュに、姫鯛の香味エスカベッシュに、飛魚の彩りエスカベッシュ。
 どれもこんなに美味しいのに! と、店主が咽び泣いた、そのとき。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 忽然と現れたパッチワーク第十の魔女・ゲリュオンがその手の鍵で彼の心臓を穿った。
 意識を失い倒れ伏した店主に成り替わるように生まれ落ちたのは、黒いカフェエプロンが多分似合っている、新たなドリームイーター。
 なお、『多分』なのは、顔の辺りがモザイクだからである。

●エスカベッシュ!!
 ――そんな予知の光景をひととおり語って。
「ところでさ、エスカベッシュって何それ美味しいの?」
「美味しいに決まってますなの、特に夏に食べると極上絶品、幸せ満開! なの~!!」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)がさらっとケルベロス達に訊けば、竜尻尾ぴっこーんと反応させた真白・桃花(めざめ・en0142)が熱弁を揮った。
 何それも何もさっき遥夏が予知で語ったとおりのものがエスカベッシュだが、いかんせん彼にとっては初めて名を知った未知の料理である。ちなみに桃花は食通とかではなくただの地中海料理好きだ。
 彼は知らないけど彼女は知ってる、そんな感じの知名度なエスカベッシュのみが饗される店は、魔女に奪われた『後悔』から現実化したドリームイーターが勝手に営業再開中。
「後悔を奪った魔女はとっくにいなくなってるんだけどね、この新しいドリームイーターを放っておくわけにはいかないからさ、あなた達で倒してきて欲しいんだ」
 このドリームイーターを倒せば意識不明の店主も目を覚ます。
「合点承知! なの~! ってか戦う前にここはぜひこのお店のエスカベッシュを楽しんでおきたいところなの~♪」
「そうしてもらえるとありがたいな、良かったらあなた達みんなでさ。近隣には避難勧告も出してるから貸し切り状態だよ。元から客来ないんじゃね? ってツッコミはなしで」
 桃花が尾の先をぴこぴこ弾ませれば、頷いた遥夏もケルベロス達に笑みを向けた。
 勿論エスカベッシュを食べず即座に戦いを挑むことは可能だが、客として入店し、心からエスカベッシュを楽しんでやれば、ドリームイーターは満足して戦闘力が落ちるという話。満足させてからドリームイーターを倒したなら、目覚めた店主の後悔も薄れ前向きな気持ちになれるのだとか。
 この場合、会計を済ませた後ドリームイーターも店の外に出てお見送りしてくれるので、広い屋外で戦えるという利点もある。
 肝心なのは『心から』楽しむこと。
 楽しむふりでは通用しないから、ここはエスカベッシュが大好きなケルベロス、あるいは初めて食べるけどきっと自分はエスカベッシュを楽しめるはず! と自負するケルベロスが向かうのが望ましいだろう。
「ああん、絶対美味しいもの、みんなでめいっぱい楽しめたら嬉しいの~♪」
 期待に瞳を輝かせ、桃花は仲間達を見回した。
 夏の夜に美味なエスカベッシュを楽しんで、敵を倒して奪われた興味を取り戻して。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
シェリアク・シュテルン(エターナル主夫・e01122)
楚・思江(楽都在爾生中・e01131)
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)

■リプレイ

●エスカベッシュ!
 満天に煌く星々は今にも銀の雫になって滴り落ちてきそう。涼やかな夜風流れるテラスで一望する海も穏やかな波を月と星あかりに煌かせ、熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)の心を躍らせた。海無し県住まいには潮の香りひとつ取っても新鮮で、有名グルメサイトにも載っていない店ともなれば、
「隠れ家っぽいお店発見! って気分だよー」
「気持ちいい風に素敵な景色と音、そして料理……! 五感で楽しめちゃうところね」
 ――そこで待っててね、お婿さん……!
 遠く近く聴こえる潮騒、夜風が奏でるオリーブの葉擦れの音。
 銀色に葉を煌かすテラス脇のオリーブの木、その木陰に隠れ涙目でこちらを見ている婿なテレビウムへと目配せしつつ、ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)も幸福の予感に胸を高鳴らせた。燈るマリンランプも異国情緒を呼ぶ。
 星空のもとのテラスに満ちるそのあかりがアズライトの髪飾りを煌かせ、ひときわ義妹を愛らしく見せる様に、月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)は蕩けるような微笑みひとつ。
「さあ、席へどうぞ。私のレディ」
「ありがとう、兄様」
 七宝・瑪璃瑠(ラビットソウルライオンハート・e15685)の手を取りエスコートすれば、黒いカフェエプロンを着けた偽の店主が小さなレディのために椅子を引く。
 慣れた様子で振舞う偽の店主の顔はモザイク模様、だが鈴代・瞳李(司獅子・e01586)はその姿を気にするより頬を撫でる夜風を楽しみながら席に着き、
「私はスズキの柑橘エスカベッシュと白ワインをもらおうかな」
「こっちには飛魚の彩りエスカベッシュを。ワインはボトルで」
 味を引きたてるワインを楽しむのも大事だろう? と瞳を煌かす彼女に吐息で笑み返し、アッシュ・ホールデン(無音・e03495)も鬣めいた髪が風と遊ぶ感触に眦を緩めた。
 今宵は微発泡の白ワインを御用意しておりますが――と語る店主にそれぞれ頷き、二人は眼差しだけで意を交わす。もっと強い酒精は、すべてが終わってからのお楽しみ。
 大人達の語らいを横目にシェリアク・シュテルン(エターナル主夫・e01122)が頼むのは予知にあった夏のエスカベッシュ全種、そして。
「あ、我未成年なんでスカッシュで」
「そうだ。シェリアクさんはカエルお疲れ様でしたなの~♪」
「貴様、(報告書を)見ているなッ!」
 くわっと振り返れば真白・桃花(めざめ・en0142)が、
「おう桃花、一緒に乾杯でもするか?」
 楚・思江(楽都在爾生中・e01131)に呼ばれたのに乗じてきゃーと其方へ逃げていった。
 先日も第十の魔女絡みの事件に挑んできたシェリアクは、今回の事件も無事に解決すべくまずはエスカベッシュを賞味する構えだ。熱々のマリネソースを揚げたての魚とたっぷりの野菜にかけて馴染ませ、一晩冷やして寝かせておくエスカベッシュは、注文次第さほど待ち時間なく出て来るのがいいところ。
 たちまちテーブルに並ぶのは、香ばしい狐色に揚げられた魚を色とりどりの野菜が彩り、柑橘とビネガーがひんやりまろやかに香り立つ夏らしい皿の数々だ。
「壮観だー! メインでがっつりエスカベッシュ食べるの初めてだよー」
 お手頃価格の素敵な店を探してランチを楽しむのが趣味なまりるは前菜盛り合わせなどで食べた経験があるが、勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)にとっては完全に初体験。
「南蛮漬けの仲間だろうか……と言ってしまうのはちょっと悪いのかな?」
「ね。日本の南蛮漬けはやっぱり違うのかしら?」
 香り立つ中に感じるビネガーにそう呟く彩子と、まだ和食に馴染みが浅いゼルダが何処か不思議そうに言い交わせば、シェリアクが意外だとばかりに瞳を瞬かせた。
「――と言うか、エスカベッシュが源流で、そこから派生したのが南蛮漬けなのだが」
「そっか、南蛮貿易の『南蛮』なわけだ」
「成程、そういうことか!」
 現役女子高生(通信制)のまりるの口から零れた言葉に彩子も納得顔。エスカベッシュの本場はスペインやポルトガル、そのエスカベッシュをルーツに持つがゆえに『南蛮』漬けだという説だ。
 だが豆知識を披露したシェリアクも予想と異なる料理に瞳を瞠る。
「香味エスカベッシュは香草づくしかと思いきや、主体は香味野菜か……!」
 狐色に揚げられた姫鯛のエスカベッシュは、素揚げローズマリーの鮮緑も目を惹いたが、宝石粒のごとく煌くセロリや玉葱の微塵切りと極細の千切り人参が姫鯛を彩る様がとりわけ美しい。
 口に運べば軽やかに弾ける野菜の香味と食感、続いてひんやり甘酸っぱいマリネソースと香味野菜の味わいが渾然となったところへ仄かに甘い姫鯛の白身が弾け――。
「大蒜と鷹の爪が利いてくるってわけか、確かに酒が進む味だぜぇ」
 賑やかに乾杯した気泡踊るワインを一層楽しげに呷り、呵々と笑った思江は、お前さんも地中海生まれの舌で吟味してくれや、とジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)の背をひとたたき。
 気怠げに杯を傾けていた男はやれやれと言いたげに料理を口に運んだ。が、
「地中海と言っても東の端と西の端で大違いだなんだが……、……――」
「ふふふ~。地中海料理って括られてるのは伊達じゃないの~♪」
「カカカッ! そら見ろ、俺の目に狂いはなかったぜぇ!」
 軽く瞳を瞠った男の様子に桃花は尾の先を弾ませ、思江は杯を掲げて豪快に笑う。
 香るオリーブオイルで揚げられた魚、冷えて染みたマリネソースは爽やかにレモン果汁の香りと酸味が利いて、奥からじわりと溢れる大蒜の旨味が魚の旨味と絡んで後を引く。
 それはキプロス生まれのジョージも知らない風味ではなくて。
 世界無形文化遺産の『地中海料理』が、ギリシャ、イタリア、スペイン、モロッコの東西四ヶ国の共同提案であるように、古代より交流が盛んで、共に地中海性気候に育まれてきた地中海沿岸の料理はそれなりに共通点が多い。
 碧い海と葡萄畑。
 瞼の裏に映る、今はもうない小さな漁村の姿。
「ボクはバナナを使ったのがいいな」
「――残念。ここのエスカベッシュはどれも海鮮のようだね、リル」
 中南米などでは料理用バナナで作られることもあるが、この店で饗されるのは予知の通り海鮮と野菜のエスカベッシュだ。
 お揃いにしようかと動じず提案したイサギが頼むのはスズキの柑橘エスカベッシュ。太陽みたいなオレンジスライスが彩る料理に瑪璃瑠のライオンラビットの耳がぴょこり揺れ、
「まずは兄様にくれるかい?」
「淑女っぽくないかな……でもいいよね。はい、あーん」
 はにかみながら最初の一口が差し出されれば、イサギも笑み崩れずにはいられない。
「あ! オレンジとスズキの下は南瓜とトマトに玉葱だー!」
「柑橘エスカベッシュも美味そうだな……私の香味エスカベッシュと少し交換してくれ」
 鮮やかなオレンジと狐色に揚げられた白身魚を切り分けたなら、まりるの瞳に跳び込んで来たのは適度な厚みにスライスされた南瓜とトマトに極薄切りのたっぷり玉葱。興味津々な彩子にも取り分けて、柑橘もスズキも野菜も合わせて頬張れば、
「お酢だけじゃない酸味が新鮮……!」
 瑞々しく弾けるオレンジ果汁が冷たいマリネソースの味わいを引き立て、トマトの酸味と焼き南瓜の甘味に玉葱を絡ませて、揚げたスズキと油の旨味に馴染む様が堪らない。
「美味しそう……! 瞳李さんも柑橘よね、交換こお願い! ローズマリーつけちゃう!」
「嬉しいな。それならゼルダにはオレンジを増量しておこう」
 素揚げローズマリーを齧れば広がる芳香とほろ苦さが香味エスカベッシュの味わいを更に豊かにし、これはいいなと破顔して瞳李が杯を傾ければ、オレンジと南瓜やトマト、そして小麦粉とコリアンダーシードをまぶして揚げられたスズキの絶妙の相性にゼルダのほっぺが落ちてしまいそう。
「幸せ……! ね、桃花さんも交換こしない? はい、あーん」
「ああん、お婿さんのいない間にあーんとかきゅんきゅんしてしまうの~!」
 片手で頬押さえもう片手で姫鯛を差し出せば、竜の娘からは飛魚の彩りエスカベッシュをはい、あーん。他よりも鮮やかな金色の揚げ色は飛魚が衣の小麦粉に淡くカレー粉を重ねて揚げられたため。更に鮮やかな彩りは赤や黄のパプリカと緑のズッキーニ、小さな角切りの夏野菜は熱いマリネソースをかけることで軽く火が通り、きゅっと冷やされて濃厚な旨味を醸しだす。
 蜂蜜酒が入っているためかひときわビネガーの酸味もまろやか、トッピングされた極小の飛魚の卵が火の粉みたいに煌く彩りエスカベッシュはアッシュも随分と気に入って、
「ほらトーリ、こっちのも美味いぞ」
「……! 顔が赤いのはワインの所為であって、恥ずかしいからじゃないからな!!」
 仲間を真似て瞳李の口許へと飛魚を差し出せば、小さく肩の跳ねた彼女の髪を飾る司獅子――春牡丹の色がその頬から耳まで差した。
 アッシュからの飛魚を拒むのは負けだと言わんばかりに食べる様も見ていて楽しく、
「お前も楽しんでるのか?」
「心配しなくても十分楽しんでるさ。料理も美味いし酒にも合う」
 訊かれた答えに、お前の反応も面白いしな、と揶揄い交じりに付け足せば、そういうこと言うなと思ったとおりの声音が返り、アッシュは愉しげに肩を揺らして酒杯を重ねた。
 偽の店主にレシピの教授は断られたから、後は己の味覚が頼り。
 蜂蜜酒と白ワインにワインビネガーとレモン果汁、少量の砂糖とコンソメ、おろし大蒜と鷹の爪、軽く塩胡椒。それらを煮立たせて完全にアルコールを飛ばすのが基本――と一通りマリネソースに当たりをつけ、シェリアクと思江は更に細かな部分を突き合わせていく。
「仄かなカレー粉の風味で飛魚独特の旨味を引き立てるとは……やるな、店主」
「同感だぜぇ。あと柑橘エスカベッシュにゃバルサミコ入ってんじゃねぇか?」
 二人とも頑張ってと声援を送りつつ、ゼルダは仲間達と何度目かの乾杯を。
 幾つも幾つも気泡弾けるワインを傾ければ体の芯に星を注ぐ心地。呑みすぎないようにと思うのに、ここにあるすべての幸いが杯を重ねさせるばかり。
 白葡萄スカッシュで乾杯に付き合いながら彩子も一通りのエスカベッシュに舌鼓。
「ああ、本当に美味かった」
 頃合を見て彼女が手を合わせれば、皆もそれに倣って。
 ――ごちそうさま!

●エスカベッシュ!!
 眠りを誘うように穏やかな波の音。
 人里の賑わいから離れたこの地で聴こえるのはそれと葉擦れの音くらい。月や星あかりも仄かな輝きで――だけども偽の店主が見送りに出て来た店の前は来店時と同様に、扉両脇の壁掛け型マリンランプで照らし出されていた。夜間戦闘なら照明が必要、と思っていたが。
「そりゃ真っ暗闇で客のお見送りする店主っていないよね……!」
『勿論ですとも! ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております!』
 輝く笑顔(※モザイク)で見送る偽の店主に御馳走様でしたーとにこやかに返し、
「だけどまたは無いんだドリームイーター、ここで我々がお前を潰すから!」
 ――駆けろ羽撃け 展望を想起せよ 中枢を志せ!
 準備不要とばかりに地を蹴ったまりるが一気に戦端を開いた。
 敵へ叩きつけられたのは示された可能性に己を奮い立たせる破壊の力、間髪容れず瞳李が連射する銃撃が着弾に続く激しい音の驟雨で偽の店主の足を止める。
 店へ当たらぬようとは思うが、敵が店を背にしている以上それも困難な話。
「作戦の詰めが甘かったか……仕方ない、出来る限り速攻で終わらせよう!」
『――……!!』
 だが彼女の声を掻き消す勢いで前衛陣へぶちまけられるモザイクビネガー、
「これは我の領分だ。回復は任せろ、その代わり攻撃は頼んだぞ!」
 攻守ともに秀でているはずの敵の動きは想定より鈍く、弱体化の成功は一目瞭然。けれど此方の攻勢を緩める力は侮れぬと見たシェリアクが二重の浄化を乗せた天使の極光を放ってモザイクの輝きを押し返せば、思江とアッシュが視線を交わす。
「俺ぁ十分だと思うが……」
「多分な。けど念のためこっちで撒いとくから、思江の旦那は全力でぶちかましてくれ」
 おうよ、と応えた竜派の男が流体金属纏った拳を敵の腹へ打ち込むのに続いてアッシュが解き放ったのは流体金属の粒子。彼ら精鋭はともかく、他の者は些か命中に不安があるとの判断だ。弱体化したとはいえ個体の能力ではやはり敵が勝る。
「店から離れたところで戦いたかったが……!」
「事情が事情だもの、万一荒れちゃった時はヒールの修復で許してもらえないかしら」
 理想はあってもそれを実現する具体的な手段がなければ事態は動かない。
 皆に相談して引き離しの策を練るべきだったかと思いながら、超感覚を覚醒された彩子が揮うのは地獄の炎を噴き上げた鉄塊剣。ゼルダの許から翔けた白銀の矢も夜闇に紛れ火影に紛れ敵を逃さず貫いたが、背に冷たい汗が伝う。
 力を高めてくれるアクセサリがランプひとつきりであるためか普段の力が発揮できない。八割の命中率を確保できているのは狙撃手の恩恵と、敵の弱体化に成功したがゆえだ。
「店内やテラスで戦うよりはよっぽどいいはずだよ。きっと許してくれるさ」
 大丈夫、と二重の意味で彼女に笑んだイサギが同じく狙撃で敵を獲る。
 今宵の食事を序奏とするなら雪華の刃で正確無比な斬撃を刻む今このときこそが主楽章、迎えるフィナーレではきっと――。
 思い描いた瞬間イサギの足元からモザイクオイルが噴き上がったが、
「伝えたいんだよね。音楽に序奏と終奏があるように、料理にも――って」
「ふむ、我としては真空パックとかで通販を推したいところだ」
「そいつぁいいかもな、客に『来てもらう』ってのは結構難しいんだぜぇ!」
 余裕の笑みが崩れないのは、思江がそれを防ぎ、すぐさまシェリアクが真に自由なる光の癒しを注いだから。中華料理店の主の反撃は偉大なる斧の一撃、敵の脳天から落ちたそれに続いて瞳李の気咬弾が喰らいつけば、夜風を貫く流星と化したアッシュの蹴撃が星の重力を打ち込んだ。
 対するドリームイーターは地に叩きつけられても即座に跳ね起き攻撃体勢を崩さない。
 星空のもと幾度も飛沫を振りまくモザイクの輝き、浴びるのやだなぁとまりるは何時でも躱せるよう意識していたが、幸か不幸か一度も彼女に攻撃はなかった。
 唯ひとりの中衛、なおかつ眼力で視える命中率でキャスターと推測できる彼女を狙うのは非効率だと敵も判断しているのだろう。しかも前衛にはテレビフラッシュで敵を惹きつける柚子色テレビウムが!
 噴き上がる熱々モザイクオイルを浴びたテレビウムは、『女の子にケガはさせないゼ!』的なドヤ顔で振り返った後、猛然とドリームイーターを殴りにいく。
「お婿さんたらそんな『自分にもエスカベッシュ食べさせろー!』みたいな勢いで……!」
「ああん、お婿さんのためならわたしが頑張って作りますなの~!」
 お婿さんのためにきゅっと冷やしておくわ! と真顔で宣言しつつゼルダが撃ち込むのは時をも凍らす弾丸、きゅっと冷える凍気を桃花の早撃ちが追う。
「涙目だったもんねー。存分にぶつけるといいよ、自分も蝶の様に舞い、蜂の様に刺す!」
 猫だけど!
 と追加しつつまりるは三毛猫パンチ(獣撃拳ともいう)で氷ごと敵を抉った。
 一分の隙もない戦術――とは言いきれずとも、本来なら攻守ともに秀でているはずの敵を弱体化させた意義は当然大きく、戦いの天秤は急速に此方側へ傾いていく。
 深手を負ったドリームイーターがぶちまけたのはモザイクのマリネソース、やけに食欲をそそる香りのそれは瞳李へ浴びせられたが、
「むむ、マリネソース掛け返してぶん殴るつもりだったのに」
「俺がディフェンダーの時くらい大人しく護られてろっての」
 彼女に喰らいつかんとした敵の一撃を刀で受け、防具の耐性で更に威を殺したアッシュが面白がるように口の端を擡げてみせた。そのまま刃で描きだす水平の月弧、彼の斬撃が敵の首元を斬り裂いた次の瞬間、瞳李が揮った竜の槌が絶大な加速を得て敵を叩き潰す。
 酒精よりも彼女の心を浮き立たせる、戦いの高揚。
 ――けれどそれも、もうすぐ仕舞いだ。
「素晴らしい料理を教えてくれてありがとう、とはこいつに言うべきなのかな?」
「本物の方に言ってあげるといいよ。けど……」
 極端に命中率が落ちる技よりも確実性を採り、彩子が流星となって翔ければイサギが存在そのものを透かした刃で敵の霊体を斬る。楽しませてくれた御礼に、速やかな終焉を。
 大きく体勢を崩した敵へ迷わず思江が駆けた。
 小さな漁村が滅ぼされた日を忘れていないのだろうキプロス生まれの男を気遣い、笑みで言の葉を紡ぐ。人ってのは過去を振り切って、糧にして生きてけるもんだ。
「お前さんは、そんな人生にはちと、邪魔でな!!」
 吼えるような声音と同時に叩きつけたのは鋼の鬼を重ねた拳。
 胸を穿たれた偽の店主は光の粒に変わり、潮騒とオリーブの葉擦れが穏やかに唄う世界へ音もなく還っていった。
 奪われた『後悔』も還り、やがて本物の店主も目覚めるはず。
 きっと彼は新たに歩み始めるだろうとの確信を胸に、イサギは再び店の扉を開く。だって何が問題だったのか、彼はもう学んだはずだから。
 ――さあ、フィナーレを迎え、新たな開幕を目指そうか。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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