星喰ノ月

作者:朱乃天

 満天の星が遍く夜空を、一人の少女が軽やかに飛び回っていた。
 いつも地上から見上げていた星空は、とても遠くにあると感じたけれど。今は手に届きそうなくらい、すぐ近くで眩しく輝いていて。
 思わず掴んでみようと手を伸ばしかけた時、丸い何かが視界に映る――それは月だった。
 星の海を泳ぐようにゆらゆら揺蕩うまんまるな月。少女は不思議そうに思ってよく見てみると、それは月ではなくて、巨大なクラゲだ。
 夜空に浮かぶ巨大クラゲが触手を伸ばし、星をくるりと巻いて引き寄せて、何とその星を丸ごと食べてしまったのだ。
 そしてクラゲはどんどん星を平らげて、眩い銀の光に照らされていた空は、みるみるうちに闇に呑み込まれてしまい、ついには少女まで喰らおうと――。
「や……やだあぁぁぁぁっっっ!!」
 夜空に少女の悲鳴が木霊した、その刹那――彼女は現実世界に引き戻される。

「……ゆ、夢だったのね……はぁ、びっくりしたぁ」
 ベッドの上で目を覚ました少女の枕元には、星の欠片のような金平糖が詰まった小瓶が転がっていた。もしかして、あんな夢を見たのはこれのせいかなと、少女は大きく安堵の溜め息を漏らす。
 しかし次の瞬間、彼女の背後に邪悪な影が忍び寄る。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 どこからともなく聞こえたのは女性の声だった。同時に少女の胸を、何かが貫いた。すると少女の意識が遠退いて、そのままベッドの中に倒れ込む。
 横たわる少女に刺した鍵を引き抜いて、第三の魔女・ケリュネイアが薄ら笑みを浮かべると――そこには、星の煌めき灯す巨大なクラゲが虚空を漂っていた。

 子供の頃に見る夢は、すごく不思議で幻想的で。更にその世界から、様々な『驚き』が生まれたりもする。だがそうした夢を見た子供がドリームイーターに襲われて、その『驚き』を奪われる事件が起きてしまう。
 そして奪われた『驚き』は、現実化した夢喰いとなって新たな事件を起こそうとする。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はヘリポートに集まったケルベロス達に呼び掛けて、事件の解決を依頼する。
「今回生み出されたドリームイーターは、2mくらいの巨大なクラゲだよ。半透明の身体の中に、星が輝いているような姿をしているようなんだ」
 少女の夢から作られた巨大クラゲは、少女の家の近所にある高台の公園を彷徨っている。
 このドリームイーターは相手を驚かせたがる性質があり、付近を歩いていれば向こうから寄ってきて、その者を驚かせようとするそうだ。
「ただし、敵は驚かせるのが通じなかった相手を優先的に狙う傾向がある。だからそうした性質を利用して、誘き出して戦えばいいと思うよ」
 巨大クラゲの攻撃方法は、触手を伸ばして電流で痺れさせたり、直接相手に喰らい掛かってくる。他にも身体の中の星を眩しく発光させて、相手の目を眩まそうとする。
 ちなみに少女の方は自宅で眠ったままだが、巨大クラゲを倒せば目を覚ますので、何よりもまず敵の撃破に専念してほしいとシュリは言う。
「子供の夢を奪ってドリームイーターにするなんて、ひどいよね! 絶対倒して、女の子の目を覚まさせてあげようよ!」
 一通りの説明を聞き終えて、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012) が強い怒りを込めて気炎を上げる。
 綺麗な星が瞬く夜の日に、子供の夢を悪用する悪しき存在を、決して許すべきではない。
 敵を討ち倒して平和な夜を取り戻すことができたなら、暫しの間星を眺めつつ、それぞれの時間を過ごしていくのもいいだろう。
 夏の夜空を彩る満天の星に、願いを込めて。ケルベロス達は戦いの地へと赴くのだった。


参加者
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
月原・煌介(泡沫夜話・e09504)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
夢浮橋・密(シュガーリーズン・e20580)
月井・未明(彼誰時・e30287)
日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)

■リプレイ


 深藍色の夜空に煌めく星達の海。その中を泳ぐように浮かび上がる丸い月。
 漆黒の闇を白い光で輝き照らす姿と形は、とある生き物に類似しているようでいて。
「『海の月』と書いてクラゲと読む、か。だが月の名を冠するには、ちょっとばかり華やかさや慎ましさに欠ける気がしなくもないぜ……って、何の話だよコレ!」
 優男風のダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は自分で発した言葉に対し、条件反射的につい一人ツッコミを入れてしまう。
「空に浮かぶ海の月……とても、素晴らしい夢。だから、穢れぬ様に……止めるよ」
 片や、物静かな雰囲気を漂わせる青年、月原・煌介(泡沫夜話・e09504)は五感を研ぎ澄ませながら警戒をする。
「やぁ、満天の星空が綺麗だ。そんな素敵な夜はぐっすり眠るか、天体観測に限るのに……悪夢が邪魔するなんて見過ごせないなぁ?」
 星が瞬く空を見上げる赤い瞳に闘志を灯し、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)が漲る決意を口にする。
 彼等ケルベロス達はこれから戦うべき相手、少女の夢から生まれたドリームイーターを迎え撃つべく、敵の捜索を行っていたが――やがて程なくしてソレは顕れた。
 生きとし者の気配を嗅ぎ取り、近付いてきたモノ――虚空をふわふわ浮かぶ半透明の丸い物体、夜空を詰めたようなどこかメルヘンチックな姿をした巨大クラゲが顔を出す。
「えっ、えっ、ひょえっ!? そんなのふつうにびっくりしちゃう!」
 野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が突然出てきた巨大クラゲに素で驚いて、喉の奥から素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「わわ、おっきなクラゲさん……!」
「うわーっ! クラゲにしてはちょっと大きすぎる気がするよっ!」
 人間並みの大きなクラゲを前にして、夢浮橋・密(シュガーリーズン・e20580)と猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)はびっくりしてその場に座り込んでしまう。
「な、何だこりゃ!? クラゲの化け物だーーーっ!!」
 日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)も周りに合わせるように、尻もちを突くなど大袈裟気味に驚いて見せる。
 怪異に驚く者達がいる一方で、月井・未明(彼誰時・e30287)は平然を装いながら、巨大クラゲを誘うように待ち受ける。
 ドリームイーターは驚かせるのが通じなかった相手を襲う習性がある。驚かないなら更なる恐怖を植え付けようと、努めて冷静に振る舞う未明を狙って、巨大クラゲが迫り来る。
 ゆらゆらと宙を漂いながら接近し、頭上から急降下して丸呑みしようと襲い掛かったが。未明は身体を捻って間一髪のところで攻撃を避ける。
「敵を確認。これより攻撃態勢に移ります」
 小柄な少女、ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)が身の丈近い巨大な槌を取り回し。大砲へと変形させて肩に担いで狙いを定め、竜が猛るが如き豪快な砲撃を放って巨大クラゲに撃ち当てる。
「今度はこちらの番だな。こいつはお返しだ」
 妖精の力を宿したブーツに力を溜めて、未明が脚を大きく振り上げ蹴り込むと。星のオーラが弾け飛び、鮮やかな軌跡を描いて夜空に華麗に煌めいた。
 彼女の後に続いて、ウイングキャットの梅太郎が毛を逆立てながら勢いよく飛び掛かり、鋭利な爪でクラゲの身体を掻き毟る。
「そもそも空中を漂うクラゲなんて、見たことないからな。夢の世界に帰らせてやるぜ」
 普段は軽薄な言動が目立つダレンだが、いざ戦いになれば真剣な目付きに変わって武器を振るう。空の霊力纏いし太刀が、うねりを上げて巨大クラゲに牙を剥き。正確無比の剣筋が、ゼラチン状の身体を大きく斬り裂いた。
「医と知を司る戦女神の名において、疾く命ずる……、しもべたる知性、梟の瞳よ来たれ、黄昏よりも速く、疾く、疾く、」
 煌介が瞑想するかのように深く念じると。彼の心を映したような、金色の梟が召喚されて空を飛翔する。光を描いて飛び交う梟の、羽搏く翼は羽毛の雪となり。涼と優しく、美しく舞う翅は、仲間の眠れる力を呼び醒ます。
「あんな悪夢に負けないよう、オレ達も気合を入れて行こう――千里眼の如く狙え!」
 マサムネの勇ましく力強い歌声が、仲間の闘争心を奮い立たせて集中力を上昇させる。
「驚くフリをするのもここまでね。ここからは全力でびしばしいくよ!」
 割と本気で驚いていた気もするイチカだったが。既に気持ちは戦闘モードに切り替わり、気迫を全面に出して立ち向かう。腕を激しく回転させると空気が渦を巻き、高めた火力を拳に乗せて巨大クラゲに打ち込んだ。
「お星様食べちゃうなんて、悪戯っ子さんね。でも……食いしん坊なトコは密とおんなじ」
 ――嗚呼、けれど。悪い夢なら夜のうちに終わらせよう。
 密が軽やかに身を翻して闇夜に舞い、星を纏った蹴りが炸裂すると、巨大クラゲの身体がぐにゃりと歪む。
「唸れ迅雷! 秘技、雷装天鎧!」
 朔也が空中に向けて呪符を投擲すると、赤黒い雷となって仲間の武器に降り注ぐ。
 雷光を纏った武器は、装殻の呪により更なる力を引き出して。悪夢に虚ろう禍の月を討ち祓うべく、番犬達は火力を集中させて攻勢に出る。


「夢は夢のまま、みえぬものこそ――」
 未明が魔術を用いて精製した秘薬。数珠石鳴らして、金銀二本の水引花を添え。木犀の甘い香りが風に乗り、夜空に送り火焚べて、零れ滴る露時雨は癒しの雨となり。
 観るなら瞼へ、触れるなら指先へ。架空の要素は、架空の存在たる力に宿り、番犬達に破邪の力を施していく。
「――目標捕捉」
 ピンクのライフル銃を構えたティの、深紅の瞳が敵を捉える。重力を篭めた弾丸が射出され、超加速で撃ち込まれた弾丸がクラゲの体内で爆発を起こす。
 直撃を受けた巨大クラゲから煙が雲のように立ち上る。クラゲは怒ったように身を震わせて、触手を伸ばしてティを狙って巻き付けようとする。
 それは月から降りる天蓋のようであり。夢の世界に誘うように束縛しようとするが。ウイングキャットの九曜が咄嗟に割り込みティを庇い、電流纏う敵の触手を受け止める。
「月に聖別されし雷光、敵を滅せ……」
 煌介が杖に魔力を注ぐと、雷を帯びて光が弾け、迸る雷霆の矢が異形の月を貫き穿つ。
「偶にはマジメに振ってみますか……ねっ!」
 飄々とした身のこなしと口振りで、ダレンが太刀を握って斬りかかる。剣を持つ手に力を込めると、刃が電撃を纏って蒼く煌めいて。振り抜く一閃は、紫電の如き疾さで敵を断つ。
 そこへウイングキャットのネコキャットも加勢に入り、魔法の輪を飛ばして狙い撃つ。
「戦いはオレ達の方が優勢だ。このまま手を緩めず攻め続けよう」
 仲間を鼓舞するように、マサムネが奏でる調べは戦士に捧ぐ英雄譚。強い思いを込めた情熱的な旋律が、仲間の活力となって戦う力を維持させる。
 更には朔也も紙兵を周囲に展開させて壁を築いて護りを固める。二人の癒し手達の盤石の支えによって、ケルベロス達は戦いの流れを引き寄せていく。
「わたしの仕掛けをおしえてあげる――」
 感情を殺したようにイチカが囁くと、燻る心が炎となって燃え上がる。心電図の波形のように揺れる炎は、彼女がいつか見た火とおなじいろ。心を縢る残り火は煉獄の檻となり、紛い物の月を閉じ込め炉に焚べる。
 巨大クラゲが怯んだ隙を見て、今度は密が魔力で練り上げた漆黒の弾丸を放つ。命中した弾丸は、昏い闇の中に引き摺り込むように、星喰む月を内側から蝕んでいく。
 手数で勝るケルベロス達の猛攻に巨大クラゲは押され気味になり、生命力を削がれて次第に追い詰められていく。
 燃え尽きようとする命にそれでも火を灯そうと、巨大クラゲは半透明の身体の中に浮かぶ星を眩しく発光させて、番犬達の目を眩ませて視覚を奪おうとする。
「そうは、させない」
 しかしここも未明が立ちはだかって光を防ぎ、被害を最小限に食い止める。
「敵は随分弱ってるみたいだな。一気に畳み掛けて決めようぜ!」
 この好機を逃しはしないと、ダレンが迷わず勝負に打って出る。持てる全ての力を刃に注ぎ込み、繰り出される渾身の一太刀が、巨大クラゲの触手を斬り落とす。
「……これで、仕留める」
 ティが魔力を集束させた銃を構え、照準を合わせてトリガーを引く。すると魔力の奔流が一条の光となって発射され、巨大クラゲを射抜いて追い討ちを掛ける。
「さて、そろそろ決着を付けようか」
 回復役に専念していたマサムネも、ここが勝負所と判断して攻め手に回る。
 氷のように輝くオーラを身に纏い、翼で風を受けて高く跳躍し、重力を乗せた蹴撃をクラゲの頭に叩き込む。
「オレだって、やればできるんだからな!」
 朔也が護符を広げて御業を召喚し、半透明の巨大な腕が敵を掴んで動きを抑え込む。
 そこに続けて投じられたのは、瑠璃色の錘を連ねた鎖であった。煌介が金とも銀ともつかぬ鎖を自在に操り、眼光鋭く狙い澄まして巨大クラゲを捕縛する。
「こんな悪夢はもう、お終いにさせてもらうよ」
 動きを封じ込まれてもがく巨大クラゲにイチカが歩み寄り、掌を翳して気を集中させる。昂ぶる鼓動を闘気に宿し、放たれた気の塊が敵の身体を抉るように食い千切る。
 もはや手負いの巨大クラゲを前にして、密が薄紅を砂糖で塗したような瞳を輝かせながら、薄ら笑みを浮かべて両手を伸ばす。
「――ねえ、星喰いクラゲさんってどんなお味がするのかしら?」
 精神に直接語りかけてくるような、甘美で誘惑的な声。密が創る幻想世界の中で、巨大クラゲは微睡むように夢を視る。そこは空を埋め尽くさんばかりの星の海。夜を彩る数多の星が星喰いクラゲに群がって、血を啜り肉を啄むように貪り喰らう。
 永遠に醒めることなき無限の悪夢。囚われた精神は肉体までも侵食されて、星喰む月は眠るように闇夜の中へと儚く消えて行く――。


 夢喰い魔女が産み堕とした異形の月は消え去った。静寂が訪れた夜の展望公園で、ケルベロス達は暫しの憩いの時を過ごすのだった。
 星空を仰ぎ見ながら感慨に耽るダレン。そういえばもう七夕の季節だったかと、何気なく呟いたその一言に。纏はロマンチックな空気を感じて、仄かに顔を赤らめる。
 織姫と彦星が1年に1度のみ逢うことを許されるというその日。しかし星の寿命に換算すれば、3秒に1度逢っていることになるのだと。纏が得意気な顔で説明すれば。驚愕の事実を知ったダレンは、気分が萎えたように脱力してしまう。
「……3秒に1回顔合わせるとか、付き合い始めのバカップル以上なんですケドー」
 七夕に抱いていた幻想が脆くも崩れて、ダレンは肩を落として項垂れる。そんな彼にも纏は笑みを崩さず、灰色の瞳で愛しき人の顔を見て。
「うん、ラブラブって事になるかしら! わたし達の様に!」
 面と向かって堂々と宣言されると、気恥ずかしさが増してしまうがその反面、彼女に元気を分けてもらったような気になって。
 はにかみながらも笑顔を取り戻し、だったら天の川に見せつけてやろうと。互いに手を取り合って見つめ合い、熱い想いを交わして二人だけの時間が過ぎて行く。

 シャルフィンが着用してきたシャツは、『クラゲ』と書かれただけの簡素なデザインだ。
 彼のファッションセンスにマサムネは苦笑いを浮かべつつ。でもそんなところも含めて愛していると、語る言葉に愛情込めて微笑み返す。
 今日みたいに星がよく見える日は、寝そべりながら見るのが一番だ。だから頑張ったご褒美に、特別膝枕をしてやろう。などと促して踞むシャルフィンに、じゃあお言葉に甘えようかと、マサムネは芝生の上で横になる。
 愛しい彼の膝枕に身を委ね、間近に聴こえる鼓動に耳を傾ける。マサムネの頬に伝わる感触は決して柔らかくはないものの、それ以上に心安らぐ温もりを感じ取っていた。
「オレにとっては……最高の膝枕だよ」
 緑の髪が風に揺れ、膝に直接感じる彼の吐息が、シャルフィンにはやけに擽ったくて。
 緩やかに流れる時間の中で、二人は刹那の幸福感に包まれていた。

 天空に遍く星を描いた星座盤を手に、煌介はベラドンナと星空観賞を堪能していた。
 金箔の装飾に、古めかしくも趣のある星座盤を指でなぞりつつ、天の川の近くの赤く輝く星を指し示す。そして二人の口から紡がれるのは、『蠍座』に纏わる神話の物語。
 星図の中で向き合うように位置する蠍とオリオンは、決して夜空で巡り逢うことはない。故に『絶対出会うことのない運命』にあるものが、出会うことは奇跡であると。
「少女が星喰む海月の夢を見たことも、君とこうして星を眺めていることも……。それくらいの、奇跡の連続で……成り立っているような、気もするね……」
 静かな口調で話しかける煌介の、優しさ感じるその声に、ベラドンナは心和ませながら安堵の溜め息を漏らす。
「こうして星空の中で、思い返すと賑やかな毎日が夢のようです」
 何気なく過ごしている日常も、星が煌めくように眩しくて。
 月明かりを宿したような銀色の瞳で見つめる煌介に、少女は淡い憧れ抱く眼差しを向けながら、自然と頬を緩ませる。

 星を眺めつつ、密が口の中へと含んだものは、星の欠片のような金平糖だ。
 冥からご褒美だと手渡され、高台の柵に凭れ掛かって、一つまた一つと頬張って。
 次は空の星を掴もうと、手を伸ばしてみるものの。虚しく空を掠めるだけだった。
 自分もあんな風に輝けたらと願う少女の想い。だが冥にとって彼女は既に眩しい存在で、そこに星を見出すように、視線を空に泳がせて。咥えた煙草を指で一抓み、焦れる想いを吐き出すように紫煙を燻らせる。
 彼は嘗て、わたしを『星』だと喩えてくれた。タロットでは『希望』を意味するカード、そのことが密には勿体ないと思えるくらい嬉しくて。
「わたしはちゃんと、大きな幸せを掴むから」
 その暁には彼を巻き込むくらいの幸せを。心に決意を秘めながら、柵から離れようとした次の瞬間。足許がよろけて前のめりに倒れかかるが、すぐさま冥が抱き止める。
 少女は恥ずかしそうに顔を赤く染めつつも、間近で感じる彼の温もりに、小さな幸せを噛み締めていた。
「全く危なっかしいねぇ。もし良かったら……お手をどうぞ、レディ?」
 今度は転ばぬようにと差し出された彼の手に、密は俯きながら無言で自身の手を添える。
 ――願わくば、ずっとこうして隣で寄り添えられたら、と。

 茫洋とした空はどこまでも限りなく広がっていて。ただ漠然と眺めていると、まるで空に吸い込まれるように落ちそうになる。
 でも彼女が一緒にいるのなら、もし落ちたとしても拾ってくれるだろう。
 遥か彼方の世界に思いを馳せる未明の呟きに、クラレットは少し考えながら微笑んで。
 甘えん坊の子をひとり拾うくらいならわけはない、と。自身の背中にふと意識を向ける。
 彼女の態度に未明は照れ臭そうに苦笑しながら、空に在る一点へと視線を移す。
「……すこしだけ、そんなふうに甘えたいきもちだったんだ」
 少女の陽色の瞳に映るのは、煌々と夜を照らす大きな丸い月。
 その月を恋しく思うのと同じくらい、人恋しく思う夜だってある。
 そうした想いは未明だけでなく、クラレットもまた同じであった。
 星を眺めると、見送った命のことを思い出す。でも今日はそこまで恋しく思わないのは、君が傍にいるから――。
「ああ、そうだ。ここからすこし、いっしょに夜空へ旅してみるかい」
 少女を導くように、クラレットが手を差し出せば。未明も想いに応えるように手を伸ばし――心を繋いで一緒に見る星空は、この夜だけの二人きりの宝物。

 空に鏤められた無数の星を、イチカが数えるように手を伸ばす。
 自身が生まれた星を想像し、遠くに見える一つの星を捕らえてみるが。
 地球とその星は、とても届かないほど遠い距離にあり。それはまるで、彼女と人の心を持つ人達との『差』のようだ。
 この世界には好きな人達がいて。しかしその感情は、本当に人としての心だろうかと。
 ただ人の真似をしているだけなら、ここにいること自体に何の意味がある?
 人間らしく生きるとは何なのか。イチカは自分の心に問うように、一人静かに遠くの星を見続けた。

 ボクスドラゴンのプリンケプスを抱きかかえ、夜空を見上げるウェアライダーの少女。
 幼い頃から戦場で生きてきたティにとって、今の生活は考えられないくらい、毎日が幸せに満ちていて。でもそうした日常に甘えていることに、自省しながら深い溜め息を吐く。
「ケルベロスになったとき、何があっても戦い抜くと決めたのにね……」
 空も自分も、あの頃とはもう変わってしまったと。どれだけ悔いても、過去は二度とは戻らない。己の弱さを素直に受け入れながら、ティは改めて、自分自身を見つめ直した。
 ――再び戦士としての強さを取り戻す為に。

 今宵の月は眩しいくらいに明るく輝いていて。
 その美しさに朔也は思わず見惚れ、惹き込まれるように手を伸ばす。
 いつしか立派な巫術士になるという夢を、闇夜を照らす光の中に見て。されど今はまだ、遠くにありて届くことはない。
 けれどもずっと願い続ければ……その手で夢を掴む為、朔也はこの日見た月に向かって誓いを立てる。
 そして彼の隣で一緒に月見をしていたルーチェも、大きく頷きながら振り向いて。
 絶対叶えられるよと、にっこり笑顔で応えるのだった。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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