泉から歌声の届きし月夜

作者:奏音秋里

 ずっとずっと、ずーっと昔の話。
 泉で水浴びをしていた女性が、水草に足をとられて亡くなってしまった。
 すると、女性の命日に泉の方角から歌声が聞こえてくるようになったのだという。
 独りでは淋しいから、一緒に泉の底へと沈んでくれるヒトを求めて。
「それはルサルカですね。似たような話をやっと見付けました」
 やってきたのは、ロシア国籍の大学教授。
 母国と日本の伝承のかかわりについて、研究しているらしい。
「ありがとうございます。行ってきます」
 村民達に話を聴いてから、女性は山へと出かけていった。
 月明かりの先にいる、水の精霊に出逢うために。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 件の泉へ辿り着いたところで、妖しげな女性の声に、期待をして振り返る。
 しかし鍵を刺されてしまい、それ以上、意識を保っておくことができなかった。

「神話って、国によってまったく違うんっすね」
 図書館で借りてきたという神話の本を手に、一言。
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)の言葉に、皆が相槌を打つ。
「ってことで今回は、若い女性のドリームイーターが誕生したんっすよ。ほかのヒトが襲われる前に倒してくださいっすよ」
 隣の、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)も頷いた。
「身長160センチくらいの、痩身の女性っすね。歌声で眠らせてきたり、踊って足止めをしてきたり……水をかけてきたりするっす」
 ドリームイーターは、出会い頭に自分が何者かを問うてくるらしい。
 初撃は、答えられなかったり間違ったりした相手を狙ってくるようだ。
「泉の周りは木も少なめなんで、戦闘には適しているっすよ」
 ただ、厄介なことにその存在を信じていたり噂していたりする人に惹かれる性質がある。
 そのため早くから話題にのぼらせていると、向こうから寄ってきてしまうかも知れない。
 泉周辺に隠れているので、噂話をするタイミングに気を付けるよう、付け加えた。
「被害者は、泉の畔に倒れているっす。皆さんを頼りにしているっすよ!」
 にっこり笑んで、ダンテはケルベロス達を送り出す。
 ルサルカっていうのはあくまでもロシアでの呼び名っすからね~と、手を振るのだった。


参加者
アマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
ユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)
シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)
猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454)
マリー・ビクトワール(ちみっこ・e36162)

■リプレイ

●壱
 件の泉へと到着したケルベロス達は、なによりもまず被害者の存在を確認した。
 辿り着いたその先で、垂れた片手が泉に浮いている。
「被害者さん、シンシアが運ぶよっ! シンシアたちの戦いに巻き込まれないように、あっちでお休みしててねっ」
「待って、僕も手伝うよ」
 シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)のうさみみが、ぴょこぴょこ反応。
 布で手を拭いてあげるあたり、面倒見のよさが伺える。
 抱えようとしたところで、ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)からの申し出。
 皆にも誘導してもらって、戦闘予定地から離れた木陰に避難させた。
「さて今回は、神話生物みたいな奴との戦いじゃな。どうなるか楽しみじゃ」
 ふふっと笑い、マリー・ビクトワール(ちみっこ・e36162)は準備万端。
 自分のペースを崩すことなく、索敵を始める。
「ルサルカ……たしかロシアの水妖だね。本で読んだことあるよ。泉の畔で唄う、美しい女性の挿絵に惹かれたんだ。泉で溺れ死んだ女性の霊なら、人恋しくて歌ってるのかな」
 レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)の興味対象は、歌。
 好きな読書から得たセイレーンの伝承の知識とも共通項があり、気になっていた。
「水の精霊って、物語でもお約束的な存在ですよね。大体は綺麗な女のヒトだったり、水の塊がヒトのかたちだったり……って感じな気がします」
 猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454)も、過去に見聞きしたものを想像してみる。
 ドリームイーターもきっと綺麗なんだろうなぁとか、想ったり呟いたり。
「水のお話は、少し怖いところがありますね。死亡事故が多いからでしょうか……ドリームイーターは倒さないとダメですけど、水の精霊さんは少し気になりますよね」
 該当する物語を、ユイ・オルテンシア(紫陽花の歌姫・e08163)は指折り数える。
 白銀の髪に咲く紫陽花は満開で、今日の気分もよさそうだ。
「水の精霊といっても、ヒトを巻き込む性質だなんて悪霊もいいところね。幽霊とかそういうのは、信じてないんだけど。こんなふうに、デウスエクスとかが伝わっただけでしょうし。どんな感じなのか、気にはなるわね……」
 アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)も、静かに頷いた。
 あくまでも冷静沈着に、眼光鋭く木々のあいだを覗きこんでいる。
 すると、視界の端でなにかが動いた。
 ケルベロス達は、ディフェンダーを残して即座に身を隠す。
「うふふふ……さぁて、私はなんでしょう?」
 楽しそうに歌い踊りながら現れたのは、お待ちかねのドリームイーターだ。
 愛楽礼のオルトロスが、怯まず向かわず、その眼に捉え続けている。
「……」
 心中で、そんなこと私が訊きたいぐらいだ、と返答して。
 アマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)も只管、無言を貫いた。
 肩に控えるボクスドラゴンも、主人に従い、やはり黙っている。
 そのうちにキッと顔つきが変わり、ドリームイーターの背後に細い水柱が立った。
「まともには当たってやらんよ。それにルサルカ……ここは日本だぞ。幾らドリームイーターとはいえ、少しは節操を持て」
 相棒とともにぎりぎりの位置で水を躱し、アマルティアは言い捨てる。
 そのときには既に、こっそりと動いていたケルベロス達に囲まれていた。

●弐
 続けて放たれた泉の水は、真っ直ぐオルトロスへ向かう。
 ケルベロス達に被害が及ばぬよう、その身で甘んじて受け止めた。
「おぬしはドリームイーターじゃ。それいがいになにがあるのかえ? いちいちそんな質問をするなんて何様のつもりじゃ。ヒトさまに迷惑をかけるなんぞ許せんのじゃ!」
 スビシィと音が鳴りそうな勢いで、ドリームイーターを指差すマリー。
 高々と跳びあがり、己よりも長大な愛用のルーンアックスを振り落とした。
「無関係な人間をひきずりこむのは感心しないけど、ひとりぼっちで死ぬのが寂しい気持ちはわかる……彼女と心中してもいいというヒトが現れたら浮かばれるのかな」
 憐憫の情は抱くけれども、決して容赦はしてやらない。
 攻撃対象外のうちに、レスターはバスターライフルからエネルギー光弾を発射する。
「出自を想えば多少気は引けるが、害悪はただ斬るのみだ。生まれ変わって出直してこい」
 フェアリーブーツで天空へと飛び上がり、美しい虹とともにアマルティアが急降下。
 隙を与えぬように、ボクスドラゴンも体当たりを喰らわせた。
「神話や伝承モチーフのドリームイーターなんて、研究者にとっては厄介だね。まだ根絶はできないけれど、きっちり倒して被害を防がなきゃ」
 愛用のガンナーズハットを押さえつつ、利き手でドラゴニックハンマーを振るう。
 素早く砲撃形態へと変形させて、ファルケは竜砲弾を撃ち出した。
「がんばりましょう~♪」
 歌姫と呼ばれるだけあり、ユイは戦いのあいだも歌うことを忘れない。
 足許に描いた守護星座から浮かぶ温かい光が、前衛陣を包み込む。
 だから対抗して紡がれる歌声は、前衛を飛び越えて、中衛メンバーに牙を剥いた。
「油断は禁物ね。さ、水草じゃないけど、同じように草に絡めとられてみるのは如何?」
 攻性植物が地を這い、ドリームイーターのもとへと届く。
 アイオーニオンの意志を受けて、絡みつくときつく縛りあげた。
「ドリームイーターさん、やっつけるね! シンシアの黒ヤギさんをくらえ!」
 妖精弓から射るのは、自身の魔力で創造した攻性寄生因子活性弾だ。
 左腕に命中した弾丸は黒山羊のカタチを成し、傷口を更に抉り喰らう。
 続くシャーマンズゴーストは中衛に、物言わぬ祈りを捧げた。
「水のお話には悲しいお話もつきものですけど……少なくとも、まがい物のお話には悲劇なんて要りません! 悲劇の底に願うものがあってこその物語なんです! 正々堂々、正面からいきますよ!」
 エアシューズに流星の煌めきと重力を宿して、大地を蹴る愛楽礼。
 オルトロスの退魔神器と同時に、背後から蹴りつけた。

●参
 ドリームイーターの歌声が谺して、眠りとキュアを繰り返すケルベロス達。
 ずぶ濡れになった者は肌寒さを感じながらも、攻撃の手を緩めることはない。
「これといった弱点はないみたいだねぇ。けどそろそろ決着がつくんじゃないかなぁ」
 複数回グラビティを使い分けてみた結果、そんな結論を導き出したファルケ。
 バトルオーラを集めた拳で、ドリームイーターを吹き飛ばす。
「みんながんばるんよー! っ……が、がんばってください、なんよ。マー君もね」
 薬液の雨を降らせていたら、ついポロっと口調が崩れてしまった。
 どうにかこうにか誤魔化して、祈りを捧げ続けるサーヴァントにエールを贈る。
「泣いている少女は慰めてやるのが礼儀というものだが――まあ、いくら私でも例外はあるということだ。な、パフ」
 炎のように真っ赤なポニーテールを揺らして、達人の一撃を叩き込むアマルティア。
 ブレスを吐き終えたボクスドラゴンが、主人の言葉にこくんと首を縦に振る。
「いきましょう、火無。ここは断頭台。その首、頂きます!」
 瞬く間にドリームイーターとの距離を縮め、愛楽礼は脚を大きく振り上げた。
 全身の気を踵へと一点に集中させて、全霊を籠めた踵落としを決める。
「ひややかに 凍える息吹 つらら舞う♪」
 よくとおる澄んだ歌声は、冷たく響いてドリームイーターに恐怖を喚起させる。
 ユイの起こした吹雪のなかで、心に氷の楔を穿たれたように。
「炎よ! あやつを打ち貫くのじゃ!」
 ぱんっと勢いよく両の掌を合わせて、手のなかで地獄の炎を凝縮。
 放出すれば1本の線となり、マリーとドリームイーターのあいだを奔り抜けた。
「余り動かないでね。余計なところまで斬っちゃうから。歌も遊びも、もう終わりよ」
 眼鏡の定位置を指で押さえて、氷のメスを創造するアイオーニオン。
 ドリームイーターの急所を断ち斬ると同時に、神経をも凍結させていく。
「噂話が生んだドリームイーターでも、元になった悲劇はあったのかもしれない。なら手向けの涙で弔おう。この涙は罪を穿つ、地に堕つ蝶を断つ!」
 地獄化した涙を固めて封入した弾丸をバスターライフルへ装填し、接吻るレスター。
 命中した弾丸は体内を駆け巡った末に胸を喰い破り、蝶の群れの幻影が飛散する。
 怒濤の如き攻撃に損傷も限界を超え、ドリームイーターは絶命した。

●肆
 泉に倒れた骸は、そのままずぶずぶと水底へ沈んでいく。
 荒れた息を整えながら、ケルベロス達はその様子を注視していた。
「お疲れさまでした~♪ 女性の皆さんからキュアしますね~♪」
 ずぶ濡れた自分も含めて、ユイの発するオーロラのような光が包みこむ。
 服が透けてはたいへんだからと、歌いながら状態異常を回復させた。
「ならば、男性は私が。地獄の炎よ、絶望を照らせ――」
 己の心臓に燃える地獄の炎を、アマルティアは解き放つ。
 傷に触れ、心に触れて、傷やバッドステータスを癒した。
「無事でよかった~! っ……よかったです。アマルティアさん」
 アマルティアは、シンシアの勤めるカジノのオーナーである。
 思わずタメ口になってしまったのを焦って言い直すと、頭を撫で撫でしてくれた。
「ん? 愛楽礼、なにつくってんの?」
 愛用のリボルバー銃に異常がないことを確認して、上げた視線の先。
 ひとり泉の畔にうずくまる愛楽礼に、ファルケはのんびり柔和な表情で訊ねる。
「此処に、水の精霊……の元になったお話のために、お墓をつくっておきたいのです」
 拾った少し大きめの石に、精霊の墓、と書いて。
 サーヴァントと並んで、もう二度と悪用されないようにと、冥福を祈った。
「ま、どうにかなるじゃろうとは思っておったが、どうにかなったのぅ」
 んーっと伸びをして、マリーは武器を片付ける。
 乱れたお団子頭をささっと整え直して、皆と一緒に被害者をお迎えに。
 意識をとり戻した女性に事情を説明すると、丁寧な礼を述べられた。
「今回のフィールドワークは残念なかたちで中断されたけど、貴女の研究が実るように祈るよ。本を出したら教えてくれ、読んでみたい。この世界には、俺の知らない不思議がまだたくさんある……そうだ。ロシアの伝承には興味があるんだ。よければ話を聴かせてくれ」
 レスターは、関心のままにいろいろな話を訊ねる。
 伝承の数々に想いを馳せながら、月の映る泉を覗きこんだ。
(「それにしても、随分長いこと魔女達は暗躍してるわね。いまはどこに……」)
 一緒に話を聴きながらも、アイオーニオンの気持ちは魔女へと向かう。
 必ずや野望を止めてみせると、強く心に誓うのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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