新月の幽霊船

作者:あかつき

●新月の海辺
「えーっと……ここらへんかな」
 大学生の彼は、一人でスマホを片手に、海辺を歩いて居た。その日は新月。細やかな街灯はあるものの、辺りは暗い。
「にしてもほんと、あいつドタキャンなんてありえねぇよ。今日しかバイト休みの日がないってのに……みんなにも、新月の幽霊船見に行くって言っちゃったし、今更やめたら怖かったみたいじゃん」
 彼は一緒に行く予定だった友人に文句を垂れながら、砂浜を歩く。
「いやでもまじ、気になるよなぁ、幽霊船! 歩行者を海の中に引きずり込む船、いやー気になる!!」
 彼が拳を握りしめた瞬間、その胸を巨大な鍵が貫いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 崩れ落ちる大学生の後ろに立つのは、第五の魔女・アウゲイアス。そして、その横に現れたのは、人間サイズの船に手足のついたドリームイーター。
 現れたドリームイーターは、ボロボロの帆を揺らした。

●ドリームイーター、現る
「虹・藍(蒼穹の刃・e14133)の依頼で調査をしていたら、新月の夜に現る幽霊船のドリームイーターが現れる事がわかった。被害者は、肝試しにきた大学生。巷で新月の夜に幽霊船が現れるという怪談話がまことしやかに囁かれているらしく、その真相を究明しに来たらしい。彼の『興味』を奪ったドリームイーターはその場を去っているが、彼の『興味』から生まれたドリームイーターはこれから事件を起こそうとしている。被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して来てほしい」
 雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)は、集まったケルベロス達に言った。
 場所は海辺、新月の夜。ドリームイーターは一体で、配下などは居ない。ドリームイーターは人間を見つけると『自分が何者であるか問う』ような行為をして、正しく反応できなければ相手を殺してしまう。なお、ドリームイーターは自分を信じて居たり噂している人が居ると、そちらに引き寄せられる習性があるのでうまく利用すれば有利に戦闘が行える。
「ドリームイーターは、ボロボロの帆船に手足が生えた外見をしているらしい。因みに、帆の真ん中がモザイクになっているようだな。そして、手には鍵を持っているので、それをつかって攻撃してくるだろう」
 気をつけてくれ、と続け、葵は集まったケルベロス達を見渡して、言う。
「夏場だから、怪談話に興味を持つ人は多いかも知れないな。しかし、それを使って事件を起こすと言うのはいただけない。是非、早めに撃破して来てくれ」
 そう言って、葵はケルベロス達を送り出した。


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)
エルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)

■リプレイ

●新月の夜に
 新月の暗い海辺に、ケルベロス達は各々灯りを用意して降り立った。
 辺りを見回して、人気のない事を確認し、それから被害者の大学生も安全な所に倒れている事もしっかり確認してから、エルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)が口を開く。
「幽霊船が出るならやっぱりこんな暗い夜なんだろうか」
 エルムは、暗い夜空を見上げた。彼の横では、ウイングキャットのロウジーがぱたぱたと羽を羽ばたかせていた。
「新月の晩に幽霊船なんて、見えるのかな」
 船といえば海のもの。虹・藍(蒼穹の刃・e14133)はそう言いながら、海の方に目をやる。
「新月は願いを叶えるパワーを持っているそうだが、しかしこういう形で彼らの願いが叶うとはな」
 エルムと同じように夜空を見上げて呟くのはルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)。
「幽霊船と聞くとやっぱり、骸骨化した船長が舵を回している印象があるな。闇夜にゆっくりと沖を見渡しては、灯りのない幽現が揺らめいていて……ん、なかなか浪漫がある」
 そして彼はそう続けて、納得したように頷いた。
「うん……新月の幽霊船、か。如何にもね」
 義父ルビークの言葉に頷くのは、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)。
「わかるわかる! じゃあアレかな、船員はお化けなのかな? 船員もいるならお化けを燃やせるか試せたりしないかな……幽霊船出てこーい!!」
 楽しそうに海に向かって叫ぶのは小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)。
「皆もこう言う話好きなんだな」
 その様子に目を瞬いてから、ルビークは口元を綻ばせた。
「そう言えば、小早川さんとは以前一緒に戦わせて頂いた時も海賊絡みでしたね」
 そう穏やかに語りかけるルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)に、里桜は笑顔で答える。
「うん、久しぶり!」
「リューがお世話になったのもありますし、よければ記念にでも」
 そう言ってルイが差し出したものに、里桜は首を傾げながら手を伸ばす。
「へ、何何……おおっ、海賊なクッキーだー! すごい、ありがとー!」
 嬉しそうに受け取る里桜に、ルイも満足気に頷いて、それから海の方に目を向ける。
「しかし、新月の幽霊船ですか。これもある意味夏の風物詩、と言ったところですかね。月光のない闇夜、新月にのみ現れる幽霊船……先ほどアライブさんも仰っていましたが、昔読んだ物語の世界のようで、少しワクワクしてしまいますね」
「幽霊船ねぇ。ありがちと言えばそうなのでしょうけれど、私はまだ見たことが無いわ」
 そう言いながら、花道・リリ(合成の誤謬・e00200)は持ち込んだ光源を足元に転がす。
 フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)も、頷いて言う。
「私もよ。でも、新月に現れる幽霊船なんて、雰囲気は確かにあるわね……」
 フォトナがそう言って海に目をやった瞬間、ザバァァァンと大きな水飛沫の音がして、波間から現れたのは。

●出たっ!
「ハッハッハッハッハ!!!!」
 ボロボロの帆、そして人間サイズの船体、滴る海水、生えた手足。その手に握られているのは、大きな鍵。
「私が何者か解るかァ!!」
 その見た目と言動に、ケルベロス達の間に微妙な空気が流れる。
「早く答えろォ!!」
 鍵をぶんぶん振り回す幽霊船型ドラームイータの問いに、リリは沈黙を守る。
「まさか船に手足で来るとは!」
 驚きで一瞬フリーズしていた藍が、数秒ののち意表を突かれた表情で漏らす。
「答えろォォ!!」
 そんなケルベロス達の微妙な反応に、不機嫌になったらしいドリームイーターは舳先をルビークに向けた。その仕草を見るに、恐らくドリームイーターの目は舳先にあるのだろう。
「…………あぁ、そういえば幽霊船が出るらしいな」
 見なかった事にしようと噂話を続けるルビークに、ドリームイーターはボロボロの帆をバタバタ降って存在を主張しながら叫ぶ。
「見えていないのか!!」
「まぁ…………幽霊船に、見えはする。……想像していたイメージとは違うが」
 そう言ってからどこか諦めた顔で遠くを見るルビークに続き、エヴァンジェリンが問う。
「……幽霊船、なんでしょう? ……なのよね?」
 無人でボロボロの船を想像していたエヴァンジェリンは、何故か生えている手足に困惑気味だった。
「新月の幽霊船だよ!」
 里桜は、エヴァンジェリンと対象的に自信満々だ。
「んー、幽霊船?」
 疑問形で答えるのはフォトナ。
「でも、これだとホラーよりもコミカル寄りね。見た目もサイズも……」
 微妙な顔をして、彼女はそう続けた。
「チッ……次ィ!」
 そう言ってドリームイーターが舳先を向けたのはエルム。エルムは何も見てませんという風に目を逸らす。横のロウジーも、面倒臭そうにエルムと同じ方向へ目を向けた。
 しかし、ドリームイーターは諦め悪く舳先をエルムに向け続け、数秒後根負けしたエルムはぽつりと零す。
「えと……幽霊船」
 その回答に異を唱えるべく手を挙げたのはルイ。彼は至極真面目そうな顔で首を横に降った。
「いえ、船というには少々小さすぎます……着ぐるみか何かでしょう」
 そう答えるルイに、藍もまた反論すべく身を乗り出す。
「それより、船体に手足がついてる時点で常識的な固有名詞は無いよ。広義の意味で『スイマー』で良いんじゃない? その手足が推進力なんだろうし」
 そう言って、藍はドリームイーターの手足を指差す。
「なっ……なんだとっ……!! この優美な曲線が目に入らぬか!! このっ!! 船体がァ!!」
 ルイと藍の回答に腹を立てたらしいドリームイーターは、ボロボロの帆を振り回して叫ぶが、その攻撃は射程外で彼ら2人には届かない。
「くそォうっ!!」
 この距離では2人に対する攻撃は叶わないと悟ったドリームイーターは、船体から生えた足で地面を蹴り、駆け出す。
「そうはさせない」
 エルムの伸ばしたケルベロスチェインが、ドリームイーターの船体に絡みつく。
「船にはアンカーを打つものだろ? ……多分」
 その間に、ロウジーは仲間達の間を飛び回り、清浄の翼で援護を行なっていく。
「ところで……幽霊船には、手足が生えてるものなわけ?」
 リリは素朴な疑問を口にしつつ、前衛へライトニングウォールで援護をしていく。
「アンタらが要なんだから、ちゃっちゃとやってちょうだいよ」
 リリはつっけんどんに言うが、それは仲間への信頼の現れだ。
「それじゃ、行こうか。シルヴァーナ」
 フォトナは自身のオウガメタルに声をかけてから、仲間達を順に見やる。
「治療と回復は引き受けるわ。皆は攻撃の方を、お願いね!」
 そしてフォトナはすっと鋭く一つ、息を吸う。
「いざ、この戦場に。解放を呼ぶ風、吹き荒べ。孤高の勇猛、我らが剣へ宿らせよ!」
 フォトナのBreaking Shining Windにより、異界の騎士と彼の騎乗する翼馬の巻き起こす風がケルベロス達の闘志を賦活する。
「当たらなくて残念だったね!」
 エルムの伸ばした鎖を振り解こうとじたばた暴れるドリームイーターに、藍がスターゲイザーを叩き込む。
「ぐうぅ!! 許すまじ!!」
 鎖を振りほどいたドリームイーターは、怒ったようにブンブン鍵を振り回し、地団駄を踏んだ。
 それを静かに見ていたエヴァンジェリンが、ルビークの側に来た。
「……パパ。やりたい事が、あるのだけれど、手伝ってくれる?」
「うん? どうした?」
 親娘2人で何やら相談しているのを尻目に、里桜がドリームイーターの懐に飛び込み、そして握った拳をぐっと引く。
「……お前もなかなか酷い事を考える」
 その後ろでルビークはエヴァンジェリンにそう言いながらも、とてもいい笑顔で頷き、武器を手にドリームイーターの後ろ側へこっそり回り込む。
「幽霊船と戦えるの、楽しみにしてたんだ! 船員がいないのは残念だけど!」
 酷く楽しそうな里桜が達人の一撃を撃ち込み、その後一度バックステップでドリームイーターから距離を取る。そこへ、ルイの美しい虹をまとう急降下蹴りが炸裂し、船体を浅く抉る。
「ぐっ……あぁっ! 私の船体がァっ!!」
 削れた船体に慌て、ばたばた手を振り回すドリームイーターの膝の裏が、何かとても硬いもので強く殴られる。
「何をォォォォ?!?!」
 すっこーんと思い切りよく膝が折れたドリームイーターは、そのままがくりと膝をつく。所謂、膝かっくんの状態だ。
 犯人は、ドリームイーターの背後でゲシュタルトブレイブ片手に軽くタッチをしているエヴァンジェリンとルビークだ。
「…………あぁ、うん」
 ぷるぷる震えるドリームイーターと偶々ばっちり目が、というか舳先が合ってしまったエルムは、若干気まずそうな、且つ憐れむような目を向けてしまい、小さく頷く。その横では、ロウジーがドリームイーターの船体の板でとても爪とぎしたそうに目を輝かせていた。
「態々陸に上がってくれて、アリガト」
 どことなく嬉しそうに言うエヴァンジェリンに、これまた嬉しそうにドリームイーターを窺うルビーク。
「俺もなかなか酷いな。……すまない、幽霊船。……怒ったか?」
 その問いに、ドリームイーターはわなわなと手を震わせ、がばっと立ち上がり、振り向く。
「言うまでも無い、だろうがァァ!!」
 ぶるぶると小刻みに帆を震わせるドリームイーターに、ルビークは優しく微笑む。
「……そうか。それじゃあ時間がないので」
 そう言って、ルビークは左腕の弔ゐ灯をゲシュタルトブレイブに纏わせ、振るう。
「終着を」
 ルビークの暁の焔は、ドリームイーターを灼ける程の熱で燃やす。
「んぐぉォォォ!!」
 叫ぶドリームイーターに、ルビークは目を細める。
「幽霊船が、なんだか可愛くてな」
 ふふ、と微笑みながら、呟いた。
「ねぇ、その手足で、何をするつもりだったの?」
 問いながら、エヴァンジェリンはゲシュタルトブレイブを大きく振りかぶり、稲妻を帯びた超高速の突きでドリームイーターを貫く。
「っく……このぉおお!!」
 その一撃に、ドリームイーターは大きくふらつきながらも、帆を大きくはためかせる。帆の揺れは瞬く間に大きくなり、そして近くにいたケルベロス達に向けて突風を巻き起こす。
「っ、危ない!」
 その様子にエルムとロウジーは帆と仲間達の間に身体を割り込ませる。
 しかし、その攻撃は広範囲に渡り、ルビークやエヴァンジェリン、里桜を巻き込んでいく。
「今回復するわ!」
 そう声をかけ、フォトナはメディカルレインで回復を施して行く。
「早く片付けるわよ」
 その様子を横目に見つつ、リリがぽつりと零し、そして。
「キャン! キャン! キャン!」
 喚び出されたのは、砂糖まみれのポメラニアン。ケルベロス達の持ち込んだ光源からの灯りを反射して、キラキラ光るそれに、傷の回復したルビークが何やらほっこりとした顔をしていた。
「ふざけているのか?」
 ハンっと鼻を鳴らしたらしいドリームイーター。
「犬っころだけど、立派な御業よ。私は遊んでいるわけではない」
 ぽつりと応えるリリの喚び出したポメラニアンは、嬉しそうにぽふほふキラキラと走り、そして、ドリームイーターの胸元へ。しかし、その勢いたるや、予想だにしない凄まじいものだった。
「ギャァァァァ!!」
 吹き飛ぶドリームイーターの前に、里桜が仁王立ちする。
「新武器お披露目ーってね!」
 身の丈程の巨大扇子を手に、楽しそうに叫ぶ。
「招風鋭刃、疾く刻めッ!」
 ドリームイーターの懐に素早く潜り込んだ里桜は、桜花焔舞を媒体に、暴風を巻き起こす。同時に生み出された風の刃はドリームイーターを追いかけ、帆や船体を切り刻み、そして。
「…………さらばァ!」
 ドリームイーターは木片とボロ切れになり、吹き飛ぶ。そのドリームイーターの欠けら達に、エヴァンジェリンがぽつりと呟く。
「オルヴォワール、惑う幽霊船。なかなか新鮮だったわ」

●新月の夜に
「う、ううん……」
「あ、起きたか?」
 現場のヒールを終えた後、駆け寄ったエルムは、大学生に尋ねる。
「はい……えーっと、俺……?」
 不思議そうに彼は周りのケルベロス達を見回して、目を瞬く。
「怪我とかも無さそうだね」
 一応彼の身体をざっと確認して、里桜が言う。
「あっ! 幽霊船! おねーさんと……えと、お兄さん? 幽霊船見ました?」
 そう問われ、ケルベロス達は互いに顔を見合わせ、ややあって藍が口を開く。
「幽霊船は……うん、まぁ……、多分想像より斬新は代物だったと思うよ」
「斬新な、幽霊船?」
 藍の答えに、大学生は不思議そうな顔で首を傾げた。
 元気そうな大学生にほっと息を吐き、フォトナが声をかける。
「噂に惹かれて確認したくなる気持ちも分かるけど……最近は今回の様に、デウスエクスが関わってる事も多いの。好奇心も程々にね」
 そのアドバイスに、大学生は素直に頷き、頭を下げる。
「そう、ですよね。今日は、ありがとうございました」
 そう言って、踵を返そうとする彼に、ルビークが言う。
「気を付けてお帰り」
 その一言に、大学生は笑顔で頷き、去っていく。
「じゃあね」
 大学生の無事を確認するや否や、リリは翼を広げ、新月の夜空に飛び立った。
「折角夜の海に来たんですから、少しの間散歩でもして帰りましょうか。夜の海に来る機会はあまりありませんしね」
 リリの後ろ姿を見送ったルイの提案に、ケルベロス達が頷いた。
 ざざぁん、と打ち寄せては引いていく波と、新月の夜空の下、ケルベロス達は海辺を歩く。
「月がないと、星が綺麗ね」
 呟くエヴァンジェリンは、少し目を閉じて、波の音に耳を澄ます。
 海の上からその様子を遠目に眺めるリリは、仲間達の幸福そうな時間に小さく微笑み、満足そうにその場を後にした。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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