●剣鬼のビジョン
昼なお薄暗い竹林に囲まれた名もなき荒れ寺。
その境内の石畳にたむろしていた雀たちが一斉に飛び立った。
作務衣姿の老人が現れたのだ。
「ここだな。凶暴な鬼が住んでいるという寺は……」
不器用な手付きでスマホで操りながら、老人は小さく頷いた。スマホに表示されているのは、都市伝説や噂話を集めたサイトだ。
「平成の世に鬼が出るはずがない……などと断じるのは早計というものよ。こういうことは自分の目で確かめなくてはな。そして、本当に鬼がいるならば――」
老人はスマホを懐中にしまい、廃墟同然の寺を睨みつけて身構えた。
「――必殺の空手で退治してくれるわ!」
彼の叫びに応じるかのように怪しげな風が吹き、竹林がさざめいた。
そして、現れた。
寺の中からではなく、老人の背後から。
鬼ではなく、黒衣の女が。
女が手にしている大きな鍵のような物が閃くと、老人は声もなく倒れ伏した。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
意識を失った老人を見下ろし、女が独白した。
すると、また怪しげな風が吹き、竹林がさざめいた。
そして、今度こそ、寺の中から現れた。
諸肌を脱ぎ、野太刀を携えた鬼が。
その容貌は魁偉にして怪異だった。体長は二メートルほど。目は爛々と輝き、口の両端からは牙が覗き、額からは一本の角が伸びている。
「ここは地獄の門口だ。迷い込んできた奴ァ――」
長大な野太刀を鬼は一挙動で抜き放った。
「――一人残らず叩き斬ってやるぜ!」
●明子&ザイフリートかく語りき
ヘリポートに集まったケルベロスたちにヘリオライダーのザイフリートが静かに告げた。
「『迷い路の鬼』なるものについての噂が流れている」
噂の舞台は、京都府長岡京市某所の竹林。放置されて久しい竹林であり、林と小路を仕切る柵のそこかしこが崩れ、自然の空隙と人工の道が入り混じり、ちょっとした迷路のようになっている。
その迷路の奥の名もなき荒れ寺に鬼が現れるのだという。
「迷い路の鬼かぁ。夢とロマンが広がるわね」
と、目を輝かせて呟いたのは千手・明子(火焔の天稟・e02471)だ。
『夢とロマン』に想いを馳せる彼女の前で、ザイフリートは話を続けた。
「噂が流れ始めたのは最近のことだが、竹林の鬼に関する言い伝えは遥か以前からあったらしい」
「ふーん」
「おそらく、その辺りを根城にしていた追い剥ぎか夜盗の悪行が鬼の仕業という形で伝承されたのだろうな」
「……なんなの、その素人民俗学者みたいな薄っぺらい考察は? 夢もロマンも吹っ飛んじゃったじゃない」
一転、不満げに唇を尖らせた明子であったが、すぐに気を取り直して素人民俗学者ならぬヘリオライダーに確認した。
「でも、ロマンはともかく、夢のほうは今回の任務で満喫できそうね。ただし、ドリームイーターの夢だけど。噂がどうこうなんて話をするからには、ドリームイーターがらみの事件なのでしょう?」
「そうだ」
と、ザイフリートは頷いた。
「『迷い路の鬼』の噂の真偽を確かめようとした五味村・岩之助(ごみむら・がんのすけ)なる人物をドリームイーターが襲った。そして、岩之助の好奇心を糧にして鬼を具現化させたのだ」
具現化された鬼は元の噂を忠実に再現しているため、縄張りの外に出ることはない。竹林を抜けて荒れ寺を訪れた者のみを襲う。つまり、ケルベロスがヘリオンから荒れ寺に降下しても、鬼と相まみえることはできないということだ。
「面倒だとは思うが、竹林内の曲がりくねった小径を徒歩で行ってくれ。荒れ寺に着けば、おまえたちの前に鬼が姿を現すだろう」
「面倒だなんて言ってられないわ。剣士による鬼退治というのはね、儀式めいた段階を踏まなくてはいけないものなのよ。それが古来よりのお約束だから」
明子は再び目を輝かせると、腰に差した愛刀の柄を軽く叩いてみせた。
それを見て、ザイフリートがニヤリと笑う。
「結末は剣士の勝利――それも『古来よりのお約束』なのだろうな?」
「もちろん!」
自信満々に答える明子であった。
参加者 | |
---|---|
最上・白寿(素直になれない・e01779) |
千手・明子(火焔の天稟・e02471) |
橘・楓(忠犬オラトリオ・e02979) |
樒・レン(夜鳴鶯・e05621) |
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709) |
ウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736) |
ラズリア・クレイン(天穹のラケシス・e19050) |
篠村・鈴音(焔剣・e28705) |
●夢は荒れ野をかけ廻る
県境の深い竹林を抜けると荒れ寺であった。
本堂に伸びる石畳を十数人のケルベロスが歩いていく。皆、これから始まる戦いのことを思い、一様に厳しい顔を……していなかった。
「にぎやかな道行になったわね」
「そうだね」
千手・明子(火焔の天稟・e02471)の言葉に頷いた後、オラトリオの橘・楓(忠犬オラトリオ・e02979)は小首をかしげた。
「なんだか楽しい……って言ったら、不謹慎かなー?」
「いいんじゃないか。実際、楽しいのだから」
と、レプリカントの空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)が言った。
皆の朗らかな声が、水墨画じみた周囲の幽寂な光景に明るい色彩を加えていく。
だが、そこに別の色がぶちまけられた。
「ようやく来たか! 獲物がよぉ!」
本堂の傾いだ扉を蹴破り、色/声の主が姿を現した。
額から一本の角を生やした壮漢。
鬼の姿をしたドリームイーターである。
談笑していたケルベロスたちが表情を一変させた。遠足中の子供を思わせるものから、強敵との死闘に挑む戦士のそれに。
「いいえ。わたくしたちは狩り手」
恐れ気もなく鬼を睨みつけながら、明子が日本刀の『白鷺』を抜き放った。翼を広げる鳥のように自然な所作で。
「獲物はそっちよ!」
『白鷺』の切っ先が垂直に振り下ろされたかと思うと、その動きを模するかのように竜の形をしたグラビティの塊が鬼の頭頂めがけて垂直に降下した。
ほぼ同時に水平の直線も鬼に伸びていた。狐の人派ウェアライダー、最上・白寿(素直になれない・e01779)が発射した気咬弾だ。
「いかにも鬼って感じの外見だけど――」
独白する白寿の視線の先で二本の直線が鬼にぶつかり、小さな爆発が起きた。
「――見かけ倒しでないことを祈るわ」
次の瞬間、爆発の中から新たな線が伸びた。今度は放物線。ダメージをものともせずに跳躍した鬼の軌跡。どうやら、白寿の祈りは叶えられたらしい。
「ニンゲンにしてはやるじゃねえか!」
牙を剥き出して笑いながら、鬼は着地した。強い足裏が石畳を踏み砕き、石の破片が飛び散る。
そこに第三の直線が伸びてきた。シャドウエルフの樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が召還した【氷結の槍騎兵】だ。
避ける余裕がないのか、あるいは最初から避けるつもりなどがないのか、鬼は槍騎兵の突撃を真正面から受けた。
石の破片に続いて飛び散るのは氷の破片。それらが地に落ちるよりも早く、鬼は走り出した。折れ線を描くようにしてケルベロスの前衛陣の間を駆け抜け、本来は馬上で使うべき長大な野太刀で次々と斬りつける。
「意外と素早いな……」
前衛陣の一人であるレンが呻くように呟いた。斜めに断ち割られた胸部から血が流れ落ちていく。斬撃耐性を有した防具を纏っていなければ、もっと大きなダメージを受けていただろう。
「体格は武蔵坊なのにスピードは牛若丸ですか。ちょっと反則ですね」
と、同じく前衛の篠村・鈴音(焔剣・e28705)が言った。彼女も斬撃耐性の防具を着込んでいるのだが、ダメージはレンのそれよりも大きい。自分の身を盾にして、明子を庇ったからだ。
しかし、彼女たちの傷はすぐに癒された(全快とまではいかなかったが)。
楓が歌声とともに生み出したライトニングウォールによって。
その防壁の電光を七色の虹が照り返した。
モカのファナティックレインボウだ。
蹴りによる攻撃はそれだけでは終わらない。竜派ドラゴニアンのウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736)とオラトリオのラズリア・クレイン(天穹のラケシス・e19050)が鬼のスピードを封じるべく、スターゲイザーを打ち込んだ。
「鬼ごっこをしましょうか。鬼は永遠に貴方ですけれどもね」
ラズリアは鬼の胸板を蹴って後転し、華麗に着地すると、エアシューズの『星翔の銀靴』で石畳を削るようにして後退した。
彼女が横を通り過ぎた瞬間――、
「火の護り……これで!」
――鈴音が叫んだ。
その声が無数の火の粉に変じて、前衛陣の周囲を舞う。防御力を上昇させる『流纏』というグラビティ。
「晟ちゃんさんから黍団子を託された上にこうやって皆に守られているからかしら? なんだか――」
火の粉の中で明子が胸を張り、不敵な笑みを見せた。
「――ぜっんぜん、負ける気がしないわ!」
そして、付け加えた。
「まあ、いつものことだけど」
●はかなき夢を夏の竹
「確かにいつものことだな」
アジサイ・フォルドレイズが明子の前に立ち、ライトニングロッドを振った。
雷光が迸り、二枚目のライトニングウォールが築かれる。
その金色の壁越しに神崎・晟が悠然と鬼を見据えていた。明子に黍団子を渡した『晟ちゃんさん』とは彼のことだ。
「鬼退治といえば、桃太郎だが……」
ふと横に目をやる。そこにいるのはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)とオルトロスのイヌマル。
「犬役はイヌマル。猿役はヴァオ大先生に任せるとするか」
「ウッキー! ……って、誰が猿じゃい! つーか、雉はどうしたよ、雉は!?」
「美味しくいただきました」
「いや、いただいちゃダメだから! ダメだーかーらー!」
ヴァオが喚き立てたが、晟はそれ以上相手にせず、『砲戟龍の共働』を発動させた。ジャマー能力を上昇させるグラビティだ。
その恩恵を受けたラズリアが『星導の黙示録(テンペストエンド・アポカリプス)』の呪文を詠唱した。
「終焉の刻は来たり。星よ、導け。あまねく戦禍を消し去り、安らぎを。我は再生を願う者なり!」
彼女の体から魔力が解き放たれ、幾千もの微細な氷の結晶に変わり、鬼に襲いかかった。
その氷晶の波を追って走るのは、アジサイのライトニングウォールで新たな異常耐性を得た明子。
彼女の後方で弘前・仁王が叫んだ。
「援護します!」
仁王の手から伸びた攻性植物が蔓触手形態に変わり、鬼の右腕に絡みつく。その蔓の間を縫うようにして、明子が『白鷺』の刃を走らせた。月光斬が腱を断ち、血飛沫が上がる。
攻性植物はすぐに解け、明子も離脱した。
だが、連続攻撃が止むことはない。入れ替わるようにして鈴音が肉薄した。
「たぁーっ!」
裂帛の気合いとともに斬霊刀『緋焔』を突き出し、雷刃突で鬼の体を刺し貫く。
そして、『緋焔』を引き抜きざまに体を屈めると――、
「風の刃を受けなさい!」
――背後に控えていた白寿が二本の刀を振った。刃の切れ味を有した旋風が巻き起こり、屈み込んだ鈴音の頭上を越え、鬼の上体を斬り裂く。
またもや血飛沫が上がったが、今度のそれは青白い氷片が混じっていた。レンの槍騎兵とラズリアの『星導の黙示録』による凍結が副次的なダメージをもたらしたのだ。
「ええい! うざってえ搦め手じみた攻撃ばっかりしやがって!」
鬼が怒声とともに反撃に転じた。石畳を蹴り、一気に踏み込む。野太刀を振り下ろした相手はモカ。ファナティックレインボウで怒りを植え付けられたからかもしれない。
周囲に舞う『流纏』の火の粉が斬撃に反応して爆発し、野太刀の威力を削いだ。とはいえ、当然のことながら、完全に封殺されることはなかった。
「くっ……」
拝み打ちを肩に浴びて、モカが苦鳴を漏らした。それでも痛みに耐えて、グラビティを放とうとした……が、体が動かない。今の一太刀でパラライズを付与されたのだ。
しかし、動けぬ彼女と追撃を繰り出さんとする鬼との間に――、
「搦め手は嫌いか?」
――別の鬼が割り込んだ。
オウガメタルの『火廣金』を纏った鋼の鬼。
ウォリアだ。
「ダッタラ、オレ、真正面カラ、ブチノメス」
ウォリアは口調と声音を変えて(彼の体の左右にはそれぞれ別の人格が宿っているらしい)、鬼の顔面に戦術超鋼拳を炸裂させた。
折れた牙が鮮血とともに舞い散り、鬼の体勢が崩れる。そのまま転倒するかと思われたが、彼は片足立ちになりながらも野太刀を振り回すようにしてバランスを取り、なんとか持ち堪えた。
「――!」
後退りして間合いを広げつつ、鬼がウォリアに向かって吠えた。
だが、なにを言ったのかは判らない。
彼の咆哮に重なったからだ。決して大きくはない、それでいて力強い歌声が。
「さあ、歌おう。この想い、伝えるために。さあ、奏でよう。大切なモノのために」
歌っているのは楓。歌の名は『Edelweiss(エーデルワイス)』。
「ここに来るまでの道行きはとても楽しかったですが――」
ラズリアが鬼に迫った。楓の歌声に合わせて、踊るような足取りで。
「――貴方との戦いもしっかり楽しませてもらいますよ」
オウガメタルの『アイギス』を纏い、ウォリアと同様に戦術超鋼拳を叩き込む。
鋼の鬼の一撃によって、夢の鬼の体勢はまたもや崩れた。
その周囲に砂煙が舞い上がった。モカが高速で移動しているのだ。『Edelweiss』のキュアによって、パラライズは消えている。
楓に目顔で感謝を伝えた後(動きが速すぎるため、楓の目には止まらなかったが)、モカは手刀の連打を繰り出して鬼を斬り刻んだ。先程は失敗に終わったグラビティ『剃刃龍巻(カミソリトルネード)』である。
手刀の嵐が収まる寸前、『白鷺』を手にした明子と『緋焔』を手にした鈴音が鬼の懐に飛び込んだ。白銀の刃と真紅の刃が対称の軌跡を描いて閃き、鬼の傷口を抉っていく。ジグザグ効果を有した絶空斬。
自らの攻撃の手応えを感じつつ、明子とモカと鈴音はステップバックして距離を取ろうとしたが――、
「ちきしょう! 痛えじゃねえかよぉ!」
――バネで弾かれたように鬼が飛び出し、三人に野太刀を振るった。いや、三人だけでなく、レンにも。
しかし、レンは表情を変えなかった。身を沈めるようにしてパイルバンカーを構えるその姿は、調子の悪いテレビの映像のようにちらついている。分身の術を用いたからだ。
「他人の興味をなぞったところで己のモザイクが晴れることなどないと知れ」
沈めいていた体をパイルバンカーごと打ち上げて、イガルカストライクを見舞う。
「いや……そういう存在として生み出されたおまえに、なにを言っても詮なきことか」
憐憫の情を含む呟き。しかし、それは風を切る音に邪魔され、鬼の耳には届かなかった。
音の発生源である白寿の気咬弾が鬼に命中した。
その様を見るレンたちの前面に楓が三枚目のライトニングウォールを展開させ、異常耐性を重ね掛けした。
前衛ばかりではない。気咬弾を発射した白寿にも異常耐性が施された。天見・氷翠の『浄化舞雪』によって。
「ここに来るまでの間、ずっときょろきょろしてたの。光る竹とかがないかなぁって……」
ライトニングウォールの光をぼんやりと見ながら、氷翠は誰にともなく言った。
「でも、見つからなかった。かぐや姫さんに会いたかったなぁ」
「かぐや姫はいないが、化け猫ならいるかもしれんぞ」
『紅瞳覚醒』を演奏しつつ、ヴァオが口を開いた。
「竹林に入った時から、怪しげな黒猫の影があちらこちらに見え隠れしてるんだ。いや、ホントに! ホントだって!」
すると、その言葉を証明するかのように竹林の中から『怪しげな黒猫の影』が飛び出した。もちろん、本物の黒猫ではなく、猫科の獣人型ウェアライダーだが。
影は乱戦の混乱に紛れて鬼に近づき、凍結をもたらすグラビティを急所に撃ち込むと、すぐにまた姿を消した。煙草の残り香を置き土産にして。
「ずいぶんとヤニ臭い化け猫さんですね」
遠之城・鞠緒が苦笑する。彼女を含む大半の者が気付いていた。影の正体が玉榮・陣内であることを。
『大半の者』に属さない(ギネス級に鈍い頭の持ち主なのだ)ヴァオが半泣きになって叫んだ。
「見た? ねえ、今の見た!? やっぱり、いたよー! 化け猫、猫又、キャットピープル! 怪奇、猫男ぉーっ!」
「……オマエ、ウルサイ」
と、ヴァオを黙らせたのは猫男ならぬ竜男のウォリア……の左側の人格。
そして、右側の人格が呪文を詠唱した。
「来たれ、星の思念、我が意、異界より呼び寄せられし竜の影法師よ!」
ウォリアの足下から火柱が噴き上がったかと思うと、七人の戦士が姿を現した。得物こそ違うが、全員がウォリアと同じ容姿をしている。そう、彼の分身だ。
「神魔霊獣、聖邪主眷! すべてまとめて、いざことごとく絶滅するがいい!」
右側のウォリアの命に従い、分身兵団は鬼に向かって疾風の如く突進し、それぞれの武器で怒濤の如く攻め立てた。
●鬼武者どもが夢の跡
そして、戦いは続き――、
「神話伝承の類に出てくる強大な敵は、小さき者たちの知恵と連携に敗れる……と、相場が決まっているのですよ」
――仁王が攻性植物を用いて、鬼の動きをまた鈍らせた。
ジャマーのポジション効果を以て、ケルベロスたちの命中率を低下させ、あるいはパラライズを付与した鬼であったが、自身もまた多くの異常耐性(特に氷)に苦しめられていた。
もっとも、戦意は失っていない。
「じゃあ、その相場を俺が変えてやるぜぇ!」
攻性植物を力任せに振り解き、鬼は蹴りを放った。背後に回り込もうとしていた鈴音に向かって。
しかし、丸太の太さと巌の硬さを持つ足はしなかやな細い足に止められた。鈴音が絶妙な角度とタイミングで旋刃脚を繰り出して相殺したのだ。
「お約束っていうのはそう簡単に変えられませんよ!」
足を引くと同時に『緋焔』を振るう鈴音。
更にモカが『剃刃龍巻』で、ウォリアがブレイズクラッシュで、イヌマルがソードスラッシュで畳みかけた。斬霊刀と手刀と鉄塊剣と神器の剣、四種類の刃が鬼の体に幾条もの傷を刻み、それに反応して凍結の状態異常が新たなダメージを与えていく。
「そうよ! 変わらない!」
と、明子が叫んだ。
「とくに『力押しの馬鹿と華麗な美女剣士が戦えば、後者が必ず勝つ』というお約束はね!」
「自分で『美女剣士』とか言ってしまう時点でいろいろと台無しなんだか……」
呆れ顔を見せるアジサイ。
すると、明子の傍にいた鞠緒が――、
「他者が『美女剣士』と謳う分には問題ないということですね」
――『昇華の書』を用いて一巻の絵巻物を具現化し、そこに描かれている明子の美しくも猛々しい雄姿を自らの歌声で表現した。
「ありがとう、鞠緒さん。やっぱり、負ける気がしないわ!」
『昇華の書』で傷を癒された明子が『白鷺』を頭上に掲げた。
「どっかーん!」
と、鉄・千が自前の爆発音とブレイブマインの爆発音を同時に響かせた。攻撃力の上昇やヒールではなく、演出のための行動である。
「どうにも派手だな、おい」
呆れ顔のまま、アジサイがライトニングロッドを振り下ろした。その動きに合わせ、竜型のグラビティが鬼めがけて一直線に降下する。この『飛竜ノ鉄槌』なるグラビティは明子も最初に使ったが、本来はアジサイの技なのだ。
そして、本家に負けじとばかりに明子もまた『白鷺』を振り下ろし、『飛竜ノ鉄槌』を放った。
アジサイの竜が鬼に命中して小さな爆発が起きたところに明子の竜が追撃し、大きな爆発に変わった。
(「そろそろ、私も攻撃に回っていいよね?」)
心中で自分自身に問いかけて、楓が時空凍結弾を爆発の中に撃ち込んだ。その後に氷晶の波が続く。ラズリアが再び『星導の黙示録』を使ったのだ。
そして、爆煙が収まり、鬼がまた姿を現した。鮮血の赤と凍結の白で体が斑に染まり、象徴とも言える額の角は半ばから折れている。息絶えてはいないが、目は死んでいた。
「今、涅槃へ送り届けてやる」
レンが突進して螺旋氷縛波を見舞った。
その途端、鬼が豁然と双眸を見開いた。今の一撃で目が覚めたかのように。
「ぜっんぜん、負ける気がしねえーっ!」
自称『美女剣士』と同じ言葉を発して、鬼はレンを突き飛ばすようにして走り出した。
誰かを攻撃するつもりなのだろうが、それが誰なのかは判らない。
白寿が行く手を塞いだからだ。
彼女は二刀を背中と腰の鞘に納めると――、
「とどめっ!」
――すぐさま、腰のほうの刀を抜き放った。
鈍色の光線が鬼の胴を薙ぎ、その光線を朱線が塗り潰す。
白寿の横を通り過ぎて数メートル進んだところで鬼は倒れた。ただし、下半身だけ。上半身は白寿の足下に転がっている。
「お見事」
と、白寿を拍手で讃えた後、ラザリアが戦いの感想を述べた。
「京都での鬼退治……なかなかの趣向でしたね」
「必要ないとは思いますが、念のため……」
境内の端に倒れていた老人――今回の一件の元凶(?)である五味村・岩之助に楓がヒールを施した。
「おじいちゃん、だいじょうぶかー?」
目を覚ました岩之助の顔を千が覗き込む。
「頑張るのもいいけど、無茶はダメだぞ」
「そうですよ。皆、心配しますから」
「無茶? 心配? なんのことだ?」
千と楓の言葉が理解できず、きょろきょろと辺りを見回す岩之助。その間の抜けた視線が鬼の亡骸を捉えるまでに時間はかからなかった。
「むっ!? 鬼が死んでいる? ……そうか! 私が無意識のうちに必殺の空手で倒したのだな!」
頭の鈍さという点ではヴァオと良い勝負のようだ。
そんな愚かな老人だけでなく、氷翠もまた二つに分かれた鬼の死体を見ていた。
(「鬼さん、安らかに……」)
祈りを捧げる氷翠。
その横でレンが片合掌をして、今は亡き強者に語りかけた。
「良き戦いぶりだった」
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年7月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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