暮れ六つの写し鏡

作者:絲上ゆいこ

●鏡よ、鏡
 朱の名残に夜色が満たされ、染まる空。
 過去には製薬会社であったが、今となっては見る影も無く廃墟と化したビル。
 壊れかけたフェンスを乗り越えて、忍び込む少女の影。
「……ここ、ね」
 汚れた手を二度はらってから、スマートフォンを覗き込む。
 そこには彼女の行きつけサイト、噂話を纏めたウェブサイトが表示されている。
 慣れた手つきでタップを行い、彼女は今立っている場所についての情報ページを読み始めた。
「黄昏時、逢魔時」
 昼間と夜が混じり合うこの時間。
 昼は鳴りを潜めていた夜の魔が蠢きはじめ、魔と出会いやすい時間と言われているそうだ。
「この製薬会社では、魔術的な実験が日常的に行われていた。そして倒産して廃墟になった今もその魔術的な呪言や結界により、建物を壊そうとすると祟りがあるのでそのままにされている」
 少女は割れた窓を慎重に乗り越え、ヒビ割れたリノリウムの床をまっすぐに進む。
「中でも。社長室に備え付けられた鏡には特に強力な呪いが掛けられており、19時14分に覗き込むと自らの運命の相手と逢う事ができると言う」
 『社長室』のプレートが掛けられた扉の前で、足を止める少女。
「ただし。その相手の名前が答えられないと、鏡の中の運命の相手は怒って――」
 彼女は言葉を止める。
 唇を一度きゅっと結んでから、プレートを見上げて小さく喉を鳴らした。
「先輩が運命の相手じゃ無いなら、アタシに、アタシに……――生きてる価値なんて無いもの」
 呟き、足を踏み出そうとした少女の背から、鍵が生えた。
 その鍵は彼女の心臓を確かに穿っている。
 しかし。
 そこには血も、傷も、何も見当たりはしない。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 ぐるん、とそのまま鍵を半回転させた白い女は囁く。
 白い肌、白い髪。瞳だけが赤い赤い血色に彩られた女。
 パッチワーク第五の魔女・アウゲイアス。
 扉の奥で蠢きはじめたモザイクに瞳を細め、彼女は踵を返した。

●逢魔時の邂逅
 レプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)と顔を突き合わせ、資料を眺めていたウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)はケルベロス達に気がつくと、手を上げて軽く降った。
「おう、良い所に。とりあえずソコにでも腰掛けてくれますかね」
 ウィリアムは椅子を示して勧め、ケルベロスたちに手元の資料を寄越す。
 その横に腰掛けているレプスは、小さく会釈をしてから口を開いた。
「眉唾ウェブサイトの眉唾話に『興味』を持って、廃墟に忍び込んだ少女がドリームイーターに襲われる事件が起きたぞー。全く、こういう怖い話みたいなの、ホーント皆好きだよなァ」
 倒産後。土地関係のゴタゴタから放置されたままの製薬会社跡地。
 そのおどろおどろしさから勝手な噂が作り上げられ、今回の少女も信じ込む事となったようだ。
「で。黄昏時に社長室の鏡を覗き込むと運命の人が映るという『興味』を元に、現実化したドリームイーターを強く殴って倒すのが俺達のお仕事っつーワケですよ」
 ウィリアムは話しながら資料を捲る。
「今回のドリームイーターは姿見の形をしていて、社長室の壁に引っかかっているそうで。鏡を覗き込むと噂通り――運命のヒトっつー胡散臭いモンを映しだすらしいですよ」
 戦闘になると、鏡はふわふわと空中を浮いて暴れまわり。バッドステータスを多く増やす戦法を得意とするだろうと資料には書かれていた。
「そうそう」
 資料の文字上をウィリアムの指が滑り、書かれた一文を示す。
「鏡中の運命のヒトは『自分の名前を知っているか』と尋ねてくる訳ですケド、その名前を間違えると運命の相手の名前も答えられないのか、と相手を殺そうとするらしい、ですよ。いやー、過激派だなー、重いヤツだ」
「ま、眉唾の噂から生まれたドリームイーターに映し出された相手が運命の相手な訳が無いだろうけどなァ」
 レプスが人差し指を立て、軽いウィンクをしてケルベロスたちを見渡した。
「大体運命なんて、自分で掴み取るモンだろ?」
「あー……、まあ」
 彼のドヤ顔に肩を竦めたウィリアムは、脇差を撫でてから仲間たちへと視線を戻す。
「未来の事なんて解らねェですから、今を精一杯手繰り寄せる事しかできねェワケで」
 やれやれと立ち上がったウィリアムは、ケルベロス達を促し立ち上がった。
「さぁて、お仕事の時間だ。行きましょうかね」


参加者
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
朔望・月(欠けた月・e03199)
山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
リリス・セイレーン(ちょっとこ鴨太郎・e16609)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
フィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)

■リプレイ


 罅割れた窓から差し込む朱色は、影を槍のように長く尖らせる。
「何で19時14分か、知ってる?」
 ふ、と足を止めたノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)は振り向き首を傾げた。
「人・喰・い・よ」
 ノーザンライトの懐中電灯が下から顔を照らし、変化に乏しい表情を不気味にライトアップする。
「!?」
 ぴゃっと肩を跳ねたのはビハインドの櫻だ。
 朔望・月(欠けた月・e03199)のコートに抱きついた櫻を、月は苦笑しながら宥める。
「たしかにうまい語呂合わせですね」
「しかし鏡に運命の人が映るなんてロマンチックなのかホラーなのか判断に迷う噂ですね」
 黒縁眼鏡の奥で伏せられた瞳に、影を落とす長い前髪。
 八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)が、愛嬌のある形をした水色のテレビウム小金井の後ろを歩きながらポツリと呟いた。
「運命、ね」
 唇を一度舐め。ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)はその意味を噛みしめる様に復唱する。
「自分の運命なんて、考えたことも無いですがね」
「たしかにね。運命の相手ってよく聞いたことはある気がするけど、自分に居るのかなーっていうのは考えたこと無かったかもなぁ」
 山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)が安閑と頷き微笑む。
「お伽噺みたいな噂で現場は怪談でも出来そうだけど、噂にはロマンあるよねぇ」
 桜散る爪先、甘い薔薇色の紅。瀟洒に着飾ったリリス・セイレーン(ちょっとこ鴨太郎・e16609)が赤い髪を揺らして瞳を細める。
「そうね、噂だって分かっていても運命の相手が見える、なんて言われたら気になるわよね」
 戯れる事はあれどまだ見ぬ恋。まだ見ぬ運命。それが――。
 憧れに揺れる胸内。装いに少しばかり心が篭ってしまうのも仕方が無い事だろう。
「うんうん。運試しっていうのは好きな方だし、折角だから楽しく覗きたいねぇ」
「そりゃね、こんなもの覗きたくない訳ないじゃない? 僕も覗いてみたいな。王様はどう?」
 変わらず笑みを浮かべ相槌を打つ紅旗。
 頭上に王冠を戴く翼猫、キアラを肩に載せたフィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)は首を傾げるが、尋ねられたキアラはふてぶてしく大きなあくびを一つ。
「ま、取り敢えずJKを助けて、サッと鏡を割って夕飯としましょうや」
 肩を竦めたウィリアムの視線の先には、意識を失い倒れた少女。
 駆け寄った木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)は、ホナミをお姫様のように抱き上げる。
「恋に恋するお年頃ってか。……一つ違いだけどさ」
 少し離れた部屋へと歩を進めたウタは、まだ使えそうなソファを見つけると彼女を横たえ毛布を掛けてやった。
「しかし、こんな場所に夜に忍び込むとは余程思い入れてんだな」
 眠り姫が応える事は無い。彼も十分にそれは知っている、彼女の眠りを覚ます事ができる方法は一つだけだ。
「すぐ済むからな。ちょいと待っててくれ」
 ぱしん、と自らの拳を合わせたウタは彼女に笑いかけた。


「恋はした事も無いし、縁も無いと思っていたけれど……この鏡で見えた相手なら希望あるかしら?」
 リリスは瞳を見開いた。
 鏡の中に写り込んでいたのは、金髪のがっしりとした青年だ。
 おそらくは自らより年上だろうか。
 彼の瞳の空色と自らの紫水晶の視線が重なったような気がして、リリスはそっと目を反らして鏡の前を離れる。
「知らない人だったけれど、本当に運命の相手なのかしら?」
 両頬を掌で包み込み。ほう、とリリスは息を吐く。
 あれが運命の相手だとすれば、私はいつか彼と恋に落ちて。……本当にそんな事、あるのかしら。
「僕は、っと……?」
 フィオナは絶句する。鏡に写っていたのはとても見覚えのある友達のように見えたのだから。
 何となく名前を言うのが憚られて、フィオナは仲間たちに視線を送ると掌と首を横に降る。
「さて、……次は誰かな?」
 本当の運命の相手では無いだろうがなんとなく落ち着かない気持ちで胸を押さえて。
 鏡の前を離れたフィオナとぱちりと視線が合ったのは、火のついていない煙草を揺らすウィリアムだ。
「俺は……、あー、やっぱ、やめとく。いやぁー、誰だよって即ツッコミ入れそうですし?」
 二本差しの柄に手を重ねて、へらへらと笑うウィリアム。
「いやだなァ~、どうせドリームイーターの罠なんでしょ? 運命の人なんて嘘っぱちなんでしょう? ハハ、わかってるんですよそういうドッキリオチだって」
 ウィリアムの言葉に重ねるように、食い気味で眼鏡の奥の瞳を鈍く光らせる東西南北。
「下心なんてある訳……あるにッ! きまってるだろうッ!」
 とても優しい表情になるウィリアム。
「運命の人がいるならば! 元いじめられっ子ガチヒキコモゴミニートのボクにも彼女ときゃっきゃっうふふでリア充な未来が待ってるッ!? その鏡覗かせてくださいッ!」
 ケルベロスの脚力。バネの様に全身を撓らせた東西南北が鏡の前にビッタリと張り付いた。
 瞳を瞑ったまま肺一杯に空気を吸い込む。
「ヒキコモゴミニート童貞21歳のボクに将来的に彼女ができるかどうかむっちゃ気になるッ! 女の子と手をすら繋げない人生はイヤだ! ぼっちはイヤだ! 寂しい老後はイヤだッ! アアーッ! 鏡よ鏡さんボクのお嫁さんはだーれだッ!?」
 そして今。
「ミラーイズミラクル!」
 早口で一息に言い切った東西南北が、その桃色の瞳を開眼する!
 一瞬でスンッてなる東西南北。鏡の中に写り込んでいたのは32型のテレビだった。
 ラベルの所に32型って書いてあったから間違い無い。静かになった東西南北を小金井がまた今日もヒキコモゴミニートの尻拭いかーみたいな表情で釘バットで慰めてあげる。
「……何が映ったかしら?」
「32型テレビ」
 困惑するリリスに、食い気味に回答する東西南北。
「えっ」
 思わずハモって顔を見合わせたリリスと月。
「ど、ドリームイーターの言う事なんて真に受けちゃ駄目よね」
「えっと……元気出してください」
 生物以外も出てくる事が判明した事で、俄然緊張感の増してきた現場。
「俺、ほんと運命の相手ーって想像もできないから本気で運試しって感じかも。よぉし、おじさん頑張って当てちゃうぞー」
 場の空気を変えるように紅旗が肩を回す。
「んんー……美人に会えますようにー」
 たしかにそれはとても美人であった。白く滑やかで、艶やかな姿。
「……月下美人?」
 それは一輪の――花だ。
「いやー、確かに俺は美人をお願いしたけどね。こう来ちゃったかぁ」
 肩を竦めて笑う。
 自らの運命の相手が一晩だけ咲く花だなんて、なんて儚い話だろうか。
 表情を変える事なく、紅旗は柔和に笑んだまま手をひらひらと振る。
「人以外が続いちゃってるけど、次は月ちゃんが覗いてみるかい?」
「あっ、はいっ」
 声を掛けられた月が顔を上げると、座り心地の良い社長椅子に座ってずっと回っていたノーザンライトが立ち上がった。
「待って、同時に覗いたら、どうリアクションするの?」
「じゃあ櫻も一緒に」
「悩んでないで、早く見せて。早く。はりーあっぷぞなぞな」
 ぎゅうとくっついて一緒に鏡を覗き込む3人。
「!」
 息を飲むノーザンライトと月。首を傾げる櫻。
 上手に言葉を紡ぐ事が出来ず、月が隣を見ると無表情でノーザンライトがエクスカリバールを持ち上げていた。
「なーんでオークなの?」
「ドリームイーターの言う事なんて真に受けちゃ駄目よ!」
「よーしよし、ステイ、ステイ。ノーザンライトステイ。はーい、いい子だな、もう少し待とうな」
「ウタが来るまで待って、待って」
「駄目、もう待てない。私の運命の相手は既にいるもの」
 その私の意に反するモノが認められる訳があろうか。
 慌てて止めに入ったリリスとウィリアムとフィオナに、羽交い締めにされるノーザンライト。遅れて月も抑えようと――。
「んにゃ、もう良いみたいだねぇ」
 今にも得物を振りかざしそうなノーザンライトを抑える皆に、くつくつと喉を鳴らした紅旗が言った。
「お待たせ、もう準備は万端みたいだな?」
 駆け込んできたウタを、鏡が照り返す。
「――」
 瞳をただ細めるウタ。見知らぬ少女が写り込んだ鏡が、チリと地獄の炎が照り返す。
 その炎の色は、運命を弄ぶ彼らに対する怒りの色に似ているだろうか。
「嘘つき鏡は、破壊する」
 皆から手を離された瞬間下段から振り抜かれたノーザンライトのエクスカリバールを避けて、鏡が跳ねた。
「おっと、危ない危ない」
 鏡と彼女の間に滑り込んだ紅旗が、上段に構えた朗唱と鏡がぶつかり合う鋭い音が響く。
「さて、戦闘開始といこうか! 見せてもらったその運命ごと消し炭に変えてやるぜ!」
 地獄の炎が一際大きく燃え、ウタは地を踏み込んだ。


「撲滅」
 表情は変わってはいない。しかし、彼女は怒っているのであろう。
 ノーザンライトは重力を纏った流星の蹴りを鏡に叩きつけ、ついでに肘も叩き込んだ。
 ボールの様に柔軟に跳ね逃げようとする鏡。しかし、その動きは抑え込まれる。
 跳ねるように、飛ぶように。軽やかな足取りは舞いのように。
「Bloom Shi rose. Espoir sentiments, a la hauteur de cette danse」
 リリスの舞う足取りには蕾が芽吹き、花が咲き乱れる。萌える蔦は鏡に絡みつき、幻の甘い香りを纏って跳ねる動きを押さえ込む。
「陽が沈めば月が昇る。さ、綺麗な月はいかがかな?」
 のんびりと微笑む紅旗は先程とは雰囲気はこそ変わらぬが、敵に向けたリボルバー銃の一撃の殺意は本物だ。
 吐き出された一撃は蔦に絡め取られた鏡を貫き、ヒビ割れからモザイクがばらばらとこぼれ落ちる。
「王様、合わせて!」
 キアラがリングを跳ねさせ、フィオナが魔力の紫電をはらんだDian Cechtを鏡に向かって振り抜いた。
 攻撃を重ねられて弾かれた鏡は、激しく火花とモザイクを散らす。
 そのまま地へと吐き出されたモザイクは巨大な牙と化し、月へとその大口を開けた。
「くっ、純情な童貞ボーイの心を弄ばれた挙句に、後ろまで攻撃を通させてたまりますか!」
 ルーンアックスに両手を添え、突進するかのようにモザイクの牙へと刃を薙いだ東西南北。
 刃に裂かれたモザイクがバチバチと礫のようにぶつかり彼を傷つけるが彼は更に踏み込み。背影より一気に間合いを詰めた小金井がバッドを叩きつけて彼は吠える。
「鏡像はまやかしだ、――ボクの未来はボクが切り開く! きたれ臨界/破れ限界!」
 鏡に映った32型テレビに向かって放たれる高圧電流。
「はい。運命は、自分で掴み取るもの、です!」
 彼の言葉に頷きながら杖に魔力を籠める月の脳裏に過ったのは、ヘリオライダーにかけられた言葉だ。
 櫻がぐっと腕を引き絞るような動きをすると、一瞬だけ跳ねる鏡の動きが止まった。
 瞬間。
 降り注ぎ殺到する電流と魔力の矢。
「大喰らいじゃ負けないぜ。喰らい尽せっ!」
 地すらも穿つ地獄の炎がウタより放たれ、仲間の攻撃ごと敵を焼き尽くさんと激しく爆ぜ燃える。
 低く構えたウィリアムが、ウタの放った炎を掻い潜り斬霊刀を煌めかせる。
「もう終わりってェトコですかね。さくっとかち割られてくださいよ、…っと! ――Truth, the daughter of Time」
 光。
 それは真実。それは心理。――光の前には、全ての欺瞞を、虚偽を、盲目は無力だ。
 光は、全てを明らかにする。ウィリアムの振り抜いた光に裂かれた鏡は、ぱつんと音を立てて地に落ちる。
「あばよ。……地球の重力の元で安らかにな」
 ウタの言葉と同時に崩れ落ちたモザイクは空に溶け。鏡としての体を成さなくなったソレを、ウィリアムは初めてまっすぐに見る事ができた。
「……」
 柄を撫でる。ウィリアムは鏡を覗かなかったのではなく、覗けなかったのだ。
 何故か。それはわかっている。怖かったからだ。
 自らの人生を、世界を、全部変えた彼女を。例え眉唾物でも否定されるのが嫌だったのだ。
「……バカバカしい話だな」
 完全に溶け消えた、モザイクのあった場所を踏み。ウィリアムは自嘲するかのように呟く。
「運命なんか信じてねェのに」


 少女が目覚めると、一番に目に入ったモノは懐中電灯で顔を照らすノーザンライトであった。
「ひっ!」
「ハローハロー、お嬢さん元気? 風邪ひいてねェ? こんなとこに一人で来ちゃ危ないぜ」
 ひらひらと手を振るウィリアム。毛布をウタが掛け直し、首を傾ぐ。
「大丈夫か? 俺達はケルベロスだ」
 なんとなく事情が読み込めたのか、どうなのだろうか。呆けた様子の少女にリリスが癒やしを施す。
「ねぇ、運命を信じる気持ちもわかるけれど……命がなくなっては意味がないわ」
 柔らかく手を握りしめ、少女と視線を合わせてリリスは言葉を紡ぐ。
「運命の相手がどうかは別としても貴方が死んで悲しむ人がいるでしょう?」
「それに、先輩が運命の人じゃないなら生きる価値ないって?」
 前髪の間から覗く東西南北の瞳の色は真剣な色。
「価値は自分で作るんですよ! 先輩が振り向くイイ女になる努力をして初めて運命が微笑むんです」
 目線は合わせられないが、東西南北はやや早口で言葉を次ぐ。
「だーいじょうぶです。アナタがアグレッシブでアクティブな恋ガールな事実はボクたち全員が保証します」
 懐中電灯に照らされたまま、コクコクと頷くノーザンライト。
「運命の相手は、時が来るまで本当に分からないもの」
 それにな、とウタが真剣な表情で少女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「運命を切り拓くのは自分自身の手で、だろ。夜にこんなトコに忍び込む根性があんならサッカー部のエースに告るなんて朝飯前だろ?」
 ぐっと拳を握り、少女の掌にコツンと当てたウタ。
「応援してるぜ。これからもガンガン青春しまくってくれよな」
「さてと、立てますか? 立てなくても番犬のオニーサンたちが送っていきますがね。ワンワン」
 戯けてウィリアムは少女を掲げるように抱き上げ、そこで初めて少女の視線に気がついてしまった。
「王子様が二人も……!」
「は?」「二人?」
 ウィリアムとウタが間抜けな声を零す。
 女の子は優しくされた上にお姫様抱っこをされるとときめいちゃうモノなんです。
「命短し恋せよ乙女、だねぇ」
 紅旗は笑い。ふ、と気がついて鏡を拾い上げる。
「えっ、ボクは?」
「あー……俺彼女いますからね……」
 リリスはくすくすと笑い、独りごちるように呟く。
「運命、ねぇ」
 苦笑を浮かべた月。
 今は自分は運命に流されてるだけなのかもしれない。過去の自らは好きになる事はできない。
 それでも、今。前を向けば望み願えば掴み取る事ができるというのなら。
「……今度こそ僕は自分の力で、運命を掴み取りたいと思います」
 月は、呟いた。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。