智龍襲来～雷鳴の翠玉

■リプレイ

●翠の弾
　飫肥城に急行したケルベロスたちを出迎えたのは、無数の『宝玉封魂竜』。
「奴の真意はともかくよ、懐に入ったってーんなら守らねーとな……そうら、景気づけよ」
　比良坂・陸也（化け狸・e28489）は色とりどりの爆炎で、すでに開かれた戦端を少しでも有利にすべく、仲間たちを鼓舞する。
「為す術なく無念の内に死んだ者たちの声を、お前にも届けてやンよ……！」
「いくぜウォーレン、宝玉竜だか何だか知らねえが、きっちり止めてやる！」
　後衛で援護を受けたウォーレン・エルチェティン（砂塵の死霊術士・e03147）に峰岸・雅也（ご近所ヒーロー・e13147）が、迷わず竜に向かって渾身の一撃を放つ。
「どうも、ドラゴンさん。シマツです」
　連携で続いて、シマツ・ロクドウ（ナイトバード・e24895）は、骨に覆われた竜に向かって、奇妙なほど淡々と一礼した。
「では殺しますね」
　笑顔とともにその次に出た言葉は、これ以上無いシンプルなもの。シマツの目標はただ一つ、竜たちの殲滅だ。淡々と振り下ろされたルーンの斧が、光り輝く呪力と共に振り下ろされる。
　実のところ、それぞれが取るべき戦術に多少の齟齬があったのをスムーズにフォローできたのは、彼女をはじめとして共通項をしっかり決めてあった仲間たちの力に依るところが大きい。準備してきたグラビティに合わせて取った戦術は、ほとんど時間のロスもなく最適化された。
「絶対にゲドムガサラを倒してやる！　守って守って守り抜くぞー！」
　分身を身にまとい、ゴーグルを目に当てて気合いを入れるのは、アイシア・クロフォード（ドタバタ系ツンデレ忍者・e01053）だ。回復主体の技構成で彼女の予定通り守り手に回ることになったアイシアは、碧色に光る宝玉をたたえた竜に向け、紅の瞳を燃え上がらせる。
「……！」
　急迫する敵意とグラビティを向けられた宝玉竜が、声なき嘶きを上げた。
　そして骨と石ばかりとなった喉を反らし、宝玉に溜めた雷の光を一気に吐き出した。
「予想通り、強烈な威力だ……だが、状況に即して対応すれば、恐れることはないはずだ」
　リューディガー・ヴァルトラウテ（猛き銀狼・e18197）が、雷のブレスをがっちりと受け止め、鎖で味方を守護する魔法陣を描く。
「後ろにゃ通させねェよ、骨竜。てめぇの相手は、こっちだ」
　同じく攻撃をしっかりと受け止め。返す刀で怒りを誘う鉄塊剣を叩きつけるのは、志藤・巌（壊し屋・e10136）。リューディガーも巌も、この戦いに繋がる前の戦いで苦い思いをしているため、宝玉竜撃破への気合いはひとしおだ。
「……」
　翠の竜はギロリと空洞に埋め込まれた石の瞳を燃えたぎらせ、前に立つケルベロスたちを睨みつける。怒りをたたえた一撃は骨の尾に込められ、守りを固める３名をしたたかに打ち付けた。
「ここで引いたら女がすたるもんね！　絶対に勝ってみせるんだから！」
　そのために長谷川・わかな（笑顔花まる元気っ子・e31807）が取った行動は、回復と支援。
「ねぇ、くるり……私に力を貸して。皆を守る力を……」
　失われた時の世界で出会った相棒に願ったのは、前衛を守る味方へのさらなる守護だ。今回は回復役に徹するべく、全てのグラビティを回復で揃えてきたわかなの行動は、よどみない。どのような場面でどのような癒しを届けるか……事前にしっかりシミュレートしてきた彼女には、迷いも隙もまったくなかった。
「俺は俺の役目に徹するからよ、っと！」
　癒しが行き届いているのを見て取り、陸也はシャーマンズカードから氷の騎士を召喚する。氷の騎士はまっすぐに竜の胸元をとらえ、三つの小さな氷塊を刻みつけた。
「！！」
　竜は刻みつけられた氷の痛みを振り払うように、鋭い爪の一撃を陸也に返す。守備の戦法に護られていなかった陸也が致命傷を避けられたのは、打撃の種類にきちんと合わせた防具の力によるところも大きかっただろう。
「眠ってるトコ起こして済まねェが、生者に、俺たちに、力を貸してくれや……！」
　こちらはこちらで攻撃手の役目を果たすべく、ウォーレンが呼び出したのは、百鬼夜行の軍勢だ。外法でもある種残酷な技でもためらわずに使うのは、この場を生き延び、大切な人と子どもたちの未来を守るため……そんな思いが通じたのか、魑魅魍魎たちは勢いも鋭く骨竜の足元に痛打を浴びせた。
　竜は与えられた痛みを返すように、ウォーレンたちに向け、再び雷の吐息を放つ。庇いきれなかったダメージは手痛いものだったが、今のところ、まだ全てのケルベロスたちはしっかりと立っている。
「その調子で、急いで仕留めるぜ！」
　雅也が愛用の刀をひらめかせ、ウォーレンが与えた傷を鋭くジグザグに切り裂く。その太刀筋は残酷な援護となり、そこまで竜に与えられていた数々の状態異常を塗り重ねた。
「宝玉の光が弱ってきたか？　このまま行くぞ！」
　好戦的に普段より荒々しい口調で、アイシアは勇ましく手元の武器を構える。そして雷の力を纏わせた無数の手裏剣は、竜の持つ翠の宝玉よりも強い煌めきをまとい、鋭く竜の喉元に突き刺さった。
　苦しい相手ではあるが、あと少しで倒せそうだ……そんな確信が生まれつつあった、その時。
「信号弾確認しました、緑です」
　シマツの淡々とした声がもたらした報せは、ケルベロスたちの士気を大いに高揚させた。
「ゲドムガサラに届いたか……ならば、我々も続くまで！」
　そう、それは、目の前の宝玉封魂竜を越えた先にある目標に、誰かが届いた合図だった。リューディガーは闘志も新たに高々と飛び上がり、我々も続けとばかりに虹を纏った鋭い蹴りを浴びせかけた。
「…………！」
　竜は声なき悲鳴を上げ、胸元に抱く碧色の宝玉の中心に細い光が走る。まるで、智龍に与えられたかりそめの命の残り火が煌めくように。
「前の戦場での不名誉は、これでぶっ壊す……！」
　宝玉竜の最後を察して動いたのは、巌だった。守りに徹していた構えを解き、大地を蹴って繰り出したのは、強敵との一対一に備えてあみ出した『爆震脚・壊』だ。
　一瞬の後、土埃と煙が舞い上がる。
　残っていたのは、光を失った宝玉と、竜の形を失った骨の欠片だった。

●緑の吉報
「おう孫、走るぞ」
「おじーちゃんこそ、遅れないでね！」
　緑の信号弾から、それほどの時間は経っていない。声を掛け合い、陸也とわかなは急ぎ駆け出した。その目標はもちろん、今まさにゲドムガサラと戦っている仲間たちの場所だ。同い年の『孫』に小声でいざという時のことを頼む陸也に、わかなは黙って左腕に通した白蛇の腕章を一つ叩き、笑顔でうなずく。癒し手の誇りにかけて『いざという時』など来ないで済むように、との気持ちを込めて。
「おっと……あンがとな、恩に着るぜ！」
　ゲドムガサラに向かう彼らに襲い来る新たな宝玉封魂竜を、近くに居た別のチームが取り囲んだ。自分たちが先に行けという無言のエールを受け取ったウォーレンは、ことさらに陽気な笑顔で礼を言い、今まさに苦戦してるであろう味方たちのもとに走る。
「あれか……急げ、戦況は急を要するようだ」
　戦場に広く目を配っていたリューディガーが、ついに向かうべき最終目標を発見した。
　眼前に広がっていた光景は、闇に包まれたひときわ大きな龍と、果敢に先陣を切って戦い続けていたとおぼしき仲間たちが、強大な龍の攻撃に晒され次々に倒れかけている、というものだ。
「救援が必要ですね……手分けして、撤退を支援しましょう」
　シマツは冷静に状況を確認し、戦闘不能者が多数出ている２つのチームが離れていること、その両方が支援を必要としていることを確認した。誰に指示されるでもなく、ケルベロスたちは二手に分かれ、ゲドムガサラ相手に必死の健闘を繰り広げていた仲間たちに駆け寄った。その傍らで、同じくこの場に追いついてきた十数名のケルベロスたちが、恐るべき龍に向けて勇ましく駆け抜けてゆく。
「ここまで持ちこたてくれて、サンキューな！」
　全力を出し尽くしたグレッグらのもとに歩を進めた雅也はニィとトレードマークの明るい笑みを浮かべ、元気よく声をかけた。
「全員で帰るためにも、後は俺たちに任せてくれ！」
　今は、無理をして命をチップの賭けをするより、まだ力を残した自分たちに託してもらいたい……雅也のまっすぐな視線に、声をかけられたケルベロスたちは悔しさをにじませつつも信頼を寄せた目で彼を見返し、うなずいた。
「ボクも連れて行って。盾くらいにはなってみせるわ」
　その中で一人、ヒメは赤い瞳に強い意志を宿し、きっぱりと宣言した。
「盾『ぐらい』なんかじゃないよ、ありがとう。心強いよ」
　無傷ではなくともまだ動けると身を託す少女に、アイシアはうなずき返し、笑みとともに共闘を歓迎する。実際、宝玉竜相手に盾役をつとめたアイシアたちも無傷ではない以上、心強い援軍に他ならなかった。
「大丈夫、今度は私たちの番、しっかりやるよ。背中は任せて！」
　そしてわかなは、もう一方のチーム側でガロンドの前に立ち、力強い笑みを浮かべて、バトンを引き継ぐことを約束する。
「助かるよ、共に戦おうって言いたいところだけどねぇ……見ての通りだよ」
　半数が戦闘不能、動ける者もさらに半数がギリギリの状態。彼らがその全力を尽くし、ここまでよく戦ったのは疑いようもなかった。今自分たちができる一番の貢献は、足手纏いにならないこと……悔しくも正しい結論を受け入れ、彼らは防具で高めた力で負傷者を担ぎ、撤退に備える。
「俺は残って戦うぜ」
「俺もだ、まだ戦う力なら残っているからな」
　そんな中、泰地とコロッサスが援軍に名乗りを上げた。泰地は戦術の妙で無傷とあれば当然とばかりに軽いステップで戦意を示し、コロッサスも受けた傷はあれどまだまだ意気軒昂と、それぞれ戦列に加わる。
「気を……付けて……」
　さらなる戦いに臨む仲間を気遣い薄れた意識の中つぶやいたのは、ルチアナだった。絞り出した声に込められた想いを受け取ってか、泰地は振り向かぬまま拳を突き上げ、ケルベロスたちの最終目標へと突き進む。
　智龍ゲドムガサラ。『畏れ』そのものに包まれたような暗黒の龍は、今まさに目の前だった。

●黒の死闘
「荒れさせていただきます」
　シマツはひるむことなく、智龍に『破天攻』の螺旋を籠めた武器を後方より叩きつける。
「その足元、崩させてもらうぜ！」
　彼女に呼応して、初戦に引き続き後方からの攻撃手に回った雅也が放ったのは、『埋火』の一撃だ。さすがに強大な相手と言うべきか、攻撃は確かに当たっているのに、ゲドムガサラが怯んだ様子は感じられない。それでも雅也は、何度も戦いを共にした巌やウォーレンたち、そして今この場で全力の協力体制を敷いているケルベロスたちを信じ、いっそふてぶてしく微笑んで、次の一撃に備える。
「……ッ！　こんなところで、止まってってられっかよォ！」
　智龍の返礼は、苛烈を極めるものだった。ゲドムガサラの持つ巻物が蠢き、それは毒の牙持つ闇の獣となって、後ろに立つケルベロスたちを容赦なく貪り食う。皆必死に身を守るも、消耗の残るウォーレンは苦しげに膝をつき、早くも立つ力を奪われた。
「……まだ、終わらせない！」
　自らも深い傷と毒を受けながら、わかなが立ち上がる。苦しいのはどのチームも一緒なら、自分は旅団に所属する証の腕章に誓って、倒れるまで癒し続けるのみ……わかなは愛用の杖『秋桜』を懸命に振り、毒を和らげる優しい雨を生じさせる。
「我、神魂気魄の閃撃を以て獣心を断つ……」
「……くらえ！」
「化け狸の悪あがき、見せてやろーってもんよ」
　ロードスの大きな体から繰り出される炎の神剣が、泰地の空の霊力を帯びた斬撃が、陸也の流星を宿した蹴りが、ゲドムガサラに殺到する。
「悪あがきと知ってもなお抗うか、弱き者ども。せいぜい憎んで見せることだ」
　黒き龍の単眼が、鬱陶しい虫を払うかのようにケルベロスたちを睥睨した。そして憎悪を誘う耳障りな笑い声と共に、黒く蠢く人影が、再び後に立つケルベロスたちに襲いかかる。
「……憎みません。私が倒れても、誰かがゲドムガサラさんを殺すんですから」
「みんなごめん、限界かも……」
　立て続けの後衛攻めに、今度はシマツとわかなが限界を迎えた。雅也とロードスは何とか持ちこたえているが、その二人にしても倒れる寸前なのは、その苦しげな表情から明らかだった。
「苦しいのなど、百も承知だ！　貴様の好きにはさせない！」
「ボクだって。最後まで『盾』の役目、果たして見せるわ」
　さらに闇の獣でたたみかけるゲドムガサラに、アイシアとヒメは懸命に味方を守りつつ、オーラの弾丸と『藍薙ぎ』で抗った。守り重視で威力こそ低くとも、一撃を積み重ねなければ勝利もない、と信じて。
「もう十分過ぎるほどやって貰ったぜ、後は任せな」
　巌は、別チームのケルベロスたちが戦闘を継続し難い状況にあるのを見て取り、その撤退をフォローする。ここまで来たら、他のチームごとまとめて守り切ってやろう……前の戦いのように後悔などするものか、とばかりに、巌は勇敢に龍の前に立ちはだかっていた。
「このままでは、いずれ……いや、諦めるものか」
　戦況を俯瞰的に見渡すリューディガーにとって、状況が非常に苦しいのは、考えるまでもないほど明確に見えていた。
　それでも当然退くわけにはいかないと、守りを固める手に力を込めた……その時！
「……！？」
　リューディガーの視界に飛び込んできたのは、一目では数え切れないほどのケルベロスたちの大軍だった。
「ほっ、ちっとばかり遅くなったが、抜けてきやがったってーわけか……！」
　陸也が皮肉っぽく、それでいてどこかこうなることを信じていたとも思える口調で、新たな援軍に向かってつぶやいた。
　そう、一気に辿り着いたのは、防衛戦を突破して駆けつけたケルベロスたち。その数、およそ五、六十といったところだろうか。
「…………！！」
　うねる大波のように上がったのは、鬨の声か、戦いへの思いを込めた叫びか。
　ゲドムガサラに向かっていったのは、駆けつけたケルベロスたちの、グラビティの奔流。
「そう来たか……この流れ、当然、乗るぜッ！」
「無論。決めてきた『覚悟』、この一撃に……！」
　雅也が、リューディガーが、満身創痍の身体を奮い立たせ、全力でグラビティを放つ。
　それは数多のケルベロスたちのグラビティと一つになり、ゲドムガサラの身体を大きく揺るがした。
　時間が止まったように感じられる、しかし実際には短い一瞬の後。
　ゲドムガサラの元に肉薄したのは、桃色の髪をたなびかせた女性のケルベロスだった。
　そして、その喉が切り裂かれる瞬間、再び時の流れが、止まった。
　それこそが、ゲドムガサラの最期……この作戦に参加したケルベロス全員で勝ち取った、最高の瞬間だった。

作者：桜井薫	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年7月6日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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