智龍襲来~奪うもの、守るもの

作者:伊吹武流

●発令、飫肥城迎撃戦
「ケルベロスのみなさん、螺旋忍法帖防衛戦では、本当にお疲れさまっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は集まったケルベロス達へと、その努力を労う様に深く一礼してから、入手した情報を話し始めた。
「先日の防衛戦の結果、螺旋帝の血族『緋紗雨』を保護した事はご存知っすよね?
 もう一人の『亜紗斬』の所在は不明っすけど、充分な成果は得られたと思うっす!」
 ダンテは、ケルベロス達の成果に素直に感動している様だ。
 ……が、その表情には、何時にも増して固いものが見受けられる。
 そんなダンテは当然の如く、深く息を吸い込んでから、驚くべき情報を口にした。
「ただ、螺旋帝の血族『イグニス』とドラゴン勢力とが同盟関係にあるらしくって、
 その中の一体が、螺旋帝の血族『緋紗雨』を奪還すべく動き出したみたいっす」
 そう切り出したダンテの話によれば……。
 竜十字島からの刺客の名は、智龍『ゲドムガサラ』。
 このドラゴンは、その秘術によって『緋紗雨』の居場所を特定する事が出来るらしく、配下の『宝玉封魂竜』の軍勢を率い、『緋紗雨』を目指して真っ直ぐに進撃してくるらしい。
 そして、ゲドムガサラが率いる『宝玉封魂竜』とは、定命化で死に瀕していたドラゴンを、ゲドムガサラが『宝玉封魂法』なる秘術で無理矢理に延命させたドラゴンらしい。
「この宝玉封魂竜ってドラゴンっすけど……本来ならば死亡している状態である為か、
 その姿は骸骨みたいな奴っすけど、生前時に準じる戦闘能力を持っているっす。
 更に、ゲドムガサラと共に襲撃に来る宝玉封魂竜の数は、それなりに多いみたいで、
 もしも市街地で防衛戦なんかしたら、大きな被害が出てしまうのは間違いないっす」
 そこで、とダンテは言葉を切ると。
 ゲドムガサラの軍勢を迎え撃つのに最も適した場所がの名を、ケルベロス達へ告げる。
 その場所の名は……宮崎県日南市に築城された、天下の名城『飫肥城』。
 かつてエインヘリアルによって占拠、要塞化されていたその地であれば、ゲドムガサラの軍勢をで迎撃するには最適だろう、という結露音になったらしい。
「そこでみなさんには、螺旋帝の血族『緋紗雨』さんを保護しつつ飫肥城へと向かい、
 飫肥城にて、ゲドムガサラ率いる『宝玉封魂竜』の軍勢を迎撃してもらいたいっす」
 そう告げたダンテは、集まったケルベロス達へと作戦の説明を始めていく。
「ぶっちゃけ、今回の相手、『宝玉封魂竜』は、数の暴力で押し寄せてくるっすから、
 難攻不落の飫肥城をもってしても、守り抜くのは困難だと思うっす。
 だけど、『宝玉封魂竜』には、智龍『ゲドムガサラ』自らが直接指揮しない限り、
 その戦闘力を発揮出来ない、って欠点があるので、まずは宝玉封魂竜を撃破した後、
 そのまま敵の本陣に切り込み、指揮官であるゲドムガサラを撃破する事ができれば、
 ……もしかしたら、残る戦力を駆逐する事も不可能じゃないと思うっす」
 そこで、勿論、それが簡単な事ではないのも分かっている、とダンテは気遣う様な言葉をケルベロス達に送ると、彼らが戦うべき敵についての情報を話し始めた。
「えーっと、みなさんが最初に戦う事になる、『宝玉封魂竜』についてなんっすけど、
 かつては塩素ガスの息を吐く、強大な力を持った名のある緑竜だったみたいっすね。
 でも、今の姿になってからは、自分の名を『翡翠爪』と名乗ってるみたいっす。
 ちなみに、その外見も……身体の中に翡翠があるドラゴンの骸骨、って感じっすね」
 そこまで語ると、ダンテは言葉を切り……敵の戦闘能力について語り始める。
「……で、翡翠爪の攻撃方法っすけど、それは元のドラゴンと変わらないみたいっす。
 つまり、口から吐く塩素ガスの息(ドラゴンブレス)で、遠方の敵群を攻撃したり、
 超硬化した緑色の爪と牙で、呪的防御ごと相手を超高速で貫き、噛み砕くっす。
 更には骨の尻尾を振るって、近くの敵を纏めて薙ぎ払う事が出来るみたいっすね……」
 だが、その攻撃はシンプルであるだけに、その威力も相当なものだろう。
 気を引き締めて掛からなければ、恐らく此方が敗北し兼ねない。
 文字通りの強敵を前に、ケルベロス達の表情が険しくなっていくのを、ダンテは何時にもなく真剣な眼差しで見渡し終えると。
「智龍ゲドムガサラは、定命化して死に瀕したドラゴンすら戦力化してしまうぐらい、
 恐ろしい敵っす。それに、宝玉封魂竜は、ドラゴンに準じる戦闘能力がある以上、
 必ず激しい戦いとなるっす……けど、自分はみなさんの勝利を信じてるっすよ」
 ――勝利を信じている。
 そう、はっきりと告げたダンテは……竜殺しに赴く勇士達へ、深々と頭を下げた。


参加者
一式・要(狂咬突破・e01362)
ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
鈴原・葉月(魂喰魔・e29469)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
ブラッディ・マリー(鮮血竜妃・e36026)
差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)

■リプレイ


 ケルベロス達の視線の先、茜色の空の下。
 沈みゆく陽光に照らされ、その体内に宿した宝石を色鮮やかに明滅させた数十体の骨の竜達と共に、翡翠の輝きを放った巨躯が舞い降りてくる。
「どうやら、奴が『翡翠爪』らしいね……」
 一式・要(狂咬突破・e01362)が飛来する竜の群れを見やりながら、確認する様に呟くと、同じく空を見上げていた鈴原・葉月(魂喰魔・e29469)が、自身を奮い立たせる様に誰ともなしに呟く。
「無理やり延命させたドラゴンか、延命できたのは幸か不幸か分からないけれど、これ以上進ませないよ」
 無意識に何かを探す様な仕草で腰を触りながら、彼女はきっぱりと宣言する。
 そんな中、同じ様な事を考えたのは葉月だけでなく。
「あんな姿で、生きている、って言って良いのかな……まあ、同情とかできるような相手じゃないんだけど」
「如何にもでござる。それにしても、戦場が死臭で満ちておりますな……」
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)の漏らした言葉に頷いたマーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)は、その表情を微かに歪ませる。
「短期決戦を目指さねば、拙者達までもが死に呑まれてしまいそうですぞ」
 その言葉に、ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)も頷きを返し、自身の思いを告げる。
「確かに厄介ことこの上ない術ね……皆、無理や深追いはせずに、全員で生きて帰りましょう」
「ノルンさんの言う通りですね。今回の戦いは厳しいものとなるでしょう。だからこそ、最善を尽くすだけです」
 鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)もそれに同意する様に首肯する。
「どうでもいいわ、そんな事……何が相手であっても、戦い方は同じ。今はあのドラゴンを殺すのが、私にとっては大事だもの」
 そんな会話に、ブラッディ・マリー(鮮血竜妃・e36026)は、ふん、と鼻を鳴らしつつも、そう冷たく言い放つ。
 彼女にとって、殺すという事は、美味い料理を味わう事と左程変わらない。
 だから、大義や信念なんてものは、知った事じゃない。
「言ってくれるねぇ……まあ、ドラゴン退治となれば、死闘である事に変わりはねぇけどな」
 その言葉に、己が眼尻へ紅を入れ終えた差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)は、ニヤリと笑い返す。
「……さあて、どこまで立ち回れるか、試してみるかね!」


「卑小なる者達よ……汝らの死は、今、眼前にある!」
 眼前へと走り込んで来たケルベロス達へ向け、翡翠爪は黄緑色の息を吐き出す。
 次の瞬間、それは猛毒の雲となって前衛達を包み込むや、彼等の呼吸を奪い、その身を内から侵食していく。
「くっ、流石はドラゴン殿……されど、その一手は読んでいたでありまするぞ!」
 咄嗟に息を止める事に成功したマーシャは、再び深く息を吸い込むと、炎を纏った白き木馬、ライドキャリバーのまちゅかぜを駆って翡翠爪へと突撃するや、胡散臭くも確かに妖力の宿った扇の羽で骨の躯を打ち据える。
「回復はまかせて下さい……その代わり、攻撃はおまかせしますよ?」
「了解よ……ディア、貴方は奏過のサポートを。紫音……行くわよ!」
「ああ、任せときな!」
 交わす言葉と共に、奏過が地へと黒き鎖で描いた魔法陣の中から、煌く流星の如く放たれたノルンの飛び蹴りと、彼女のテレビウム、ディアの応援を受けた紫音の二刀から繰り出された空間を断つ斬撃とが、ほぼ同時に翡翠爪へと炊き込まれる。
「守るよか攻める方が断然楽しい、ってね……さあ、泥臭く殴り合いましょうか」
「いいね、ボクも殴る蹴るは性に合ってるから、付き合うよ」
「そっちも生きるのに必死なのは不憫なんだろうけど……それはそれ、さ!」
 そこへ続けとばかりに、要と葉月、そしてアンセルムが一気に間合いを詰めると、次いで翡翠爪の両脚を狙い、三連続のキックを放ってみせる。
「へえ、流石は骨しかないから、硬いわね……でも、それは即ち、脆いとも言う事よ?」
 そこへ妖しげな笑みを浮かべたブラッディが雷を纏ったナイフを振るう。その刃を、翡翠爪は骨の翼で受け止めるも、その傷痕からは小さな亀裂が生まれていく。
「舐めた真似を……許さぬぞ!」
 己の身を傷付けた者達への怒りを露にし、翡翠爪の瞳が激しく輝く。
 次いで、その爪と牙が緑色の輝きを宿すと、それらは死を招く乱舞となってノルンへと襲い掛かる。
「させない!」
 そこへ要がが滑り込む……が、次の瞬間、巨大な爪と咢に引き裂かれた彼の身体は、勢い良く地面へと叩き付けられた。
「が……はっ……!」
「要さんっ!?」
「要殿、しっかりするでござる!」
 すかさず駈け寄った奏過とマーシャが要の傷を癒す。
 が、並の者ならば一撃で戦闘不能になったであろう攻撃を受けた彼の状態は、万全とは言い難い。
「流石はドラゴン……だったら、こっちも覚悟を決めないとな……」
「……だからと言って、命を粗末にしちゃ駄目よ?」
 その様子に死闘への覚悟を決めた紫音の言葉に、ノルンは全身を鋼の鬼へと変じさせながら苦言を発してから、そのまま眼前の敵へと突撃していく。
「そういう姐さんも……人の事話言えないぜ!」
 その姿に紫音は苦笑すると、足元に練り上げた星型のオーラを力の限り蹴り込んだ。

「卑小な輩の分際で、我に抗うなど……身の程を知れいッッ!」
 吐き捨てる様な言葉と共に翡翠爪が繰り出した、巨大な緑の爪牙を、マーシャは何とか躱そうとするも、竜の爪に深々とその身を抉られ、思わず膝をついてしまう。
「マーシャさん……!」
「水の一滴は、血の一滴……ってね。さあさあ……しっかりしなさい!」
 すかさず奏過が緊急手術を施す中、要の掌に妖精の零した涙にも似た小さな水の球が顕れる。
 そして、それを傷付いたマーシャに浸透させると……癒しの力を得た彼女は、力強く立ち上がった。
 その様子を見たケルベロス達は、持てる力の全てを使い果たす事を決意し、眼前の巨竜へと攻撃を仕掛けていく。
 対する翡翠爪も、その強大な力を躊躇なく振るい、眼前の敵群を一掃せんとする。
 そして、幾度目かの攻撃を交わし合った後。
「まちゅかぜ、頑張ったでござるな……あとは、拙者らに任せるでござる!」
「……これ以上、搦め手は必要なさそうだね……だったら!」
 消失していく愛機を労いつつ、マーシャが音速の拳を敵へと叩き込む。
 そこへ続けとばかりに、アンセルムの影の刃とブラッディの稲妻の刃が、敵の急所や傷跡を正確に斬り広げていく。
「棒術なんて、滅多に使わないんだけど……ねっ!」
 そこへ葉月がヌンチャク状に変形させた如意棒を渾身の力で叩き込むと、ケルベロス達の度重なる猛攻を受けた翡翠爪の身体が大きく揺らぐ。
 見れば、その身体には無数の小さな亀裂が走り、一部がボロボロと崩れ落ちている。
「ま、まだだ……同胞達の為……まだ我は死ぬ訳には行かぬ……っ!!」
 だが翡翠爪は、己が身の崩れ落ちる様に臆する事無く、その太い尾で傷付いた前衛達を打ち据える。
「まだまだぁっ!!」
 要が裂帛の叫びを上げ、その身に受けた傷の痛みを吹き飛ばそうとする。
 その叫びは彼の戦う意志の表れ……しかし、既に彼の体力は限界に近付きつつあった。
 そして、それは翡翠爪も同じであった。
 再びケルべロス達の猛攻を受け、翡翠爪の片翼が崩れ落ちる……だが、翡翠爪は最後の力を振り絞ると、両の爪を紫音へ振り下した。
「なっ……!?」
 その渾身の一撃は、紫音を捉え、その身体を引き裂く……よりも一瞬早く、両者の間へと要が飛び込んだ。
 そして要は己の身を盾として、その鉤爪を受け止めた。
「良かった……! 何とか、間に合った……」
「要さん!?」
 地へと崩れ落ちていく中、要は紫音へと力なく微笑んで見せる。
「ごめんね……あとは頼んだ、わ……」
 そして、そう言い終えると、彼の意識は闇へと飲まれていった。

「……迷惑掛けちまったな。だけど……お前の頼みは、聞き届けたぜ……!」
 そう告げ、倒れた要から視線を外した紫音は、翡翠爪へと一気に駆け込んでいく。
 と同時に、ノルンが右手に形成した、高密度のグラビティ・チェインから成る弾丸を放ち、翡翠爪の左後肢を吹き飛ばすと。
「これが私の十八番、颯壊旋撃っ! 後は頼むわよ、紫音っ!」
「おうよ! 独学の喧嘩殺法だが……間合いの詰め方なら、お手の物だぜ!」
 そこへ、一気に間合いを詰めた紫音の手にした二振りの白刃が、滅茶苦茶な太刀筋で翡翠爪を切り刻んでいく。
 そして、止めとばかりに、彼が骨と化した頭部を蹴飛ばした瞬間。
 断末魔の咆哮を上げる事も叶わず、宝玉封魂竜『翡翠爪』は派手な音を立てながら、粉々に砕け散った。


 宝玉封魂竜『翡翠爪』は斃れたが……戦い自体は終わった訳ではない。
「……さて、これからどうしますか?」
 荒くなった息を整えたアンセルムが、仲間達へと問い掛ける。
 ケルベロス達は、翡翠爪との戦闘で、まちゅかぜと要と言う2枚の盾を失った。
 その状況で、次なる智龍との戦いへと赴くのか。
「私としては血肉を備えたドラゴンを殺したいところだけど……今の戦力じゃあ、厳しいかもしれないわね」
「確かにマリーさんの言う通りかも……それに要さんを置いていく訳にはいかないし」
 ブラッディの冷静な判断に葉月が同視すると、残る仲間達も頷きを返す。
「じゃあ、一旦飫肥城に戻ってから、防衛線に移行しよう。その前に……」
 ポジションの交代と傷の手当てをしよう……そう続けようとした時だった。
 ……突如として、彼らの前に新たな宝玉封魂竜が襲来したのだ。
「マジかよ……とはいえ、敵もそこまで甘くない、って事か!」
 吐き捨てた言葉と共に紫音が二刀を構え直す。
 次の瞬間、新たな宝玉封魂竜は怒りの咆哮と共に、火炎の息吹を前衛達へと見舞った。
「くっ……このままじゃ、前衛の皆様が……!」
 奏過が戦線を立て直そうと、素早く術の詠唱へと移る。
「今、瞳に映るは鏡像……皆様、私を信じて身を委ねて下さい……」
 その言葉と共に、傷付いた前衛達の視界の前に、後方に立っている筈の奏過が光のメスを握り、何故か反転した姿で現れる。次いで振るわれた斬撃が傷をを広げる事なく、傷口を塞ぎ、仲間達に活力を与えていく。
 しかし、彼は本来ならば新たな盾役へと移動する予定であった……急な襲撃を受けた事で、仲間の回復に追われ、その余裕は微塵も無い。
 そして、彼の代わりに癒し手に回る予定であったマーシャも同様に。
「ぐぬぬ、奏過どのが動けぬならば……拙者もこの身が動く限り、皆を護り続けますぞ!」
 その決意と共に、たった一人の盾となった彼女は敵を真正面に見据え、守りの構えを取る。
「矢倉の囲いは、王を護りし決意の戦法……さあ、相手になるでござるよ!」
「……ディアはマーシャを回復し続けて。その間に、私が……!」
 自身の負傷の度合いから、既に盾役の務めは果たせないと悟ったノルンは、最後の盾の支援をディアに任せると、身を焼く痛みに耐えながら、虚の力を纏いし斬撃が敵の生命力の一部を盗み取る。更にアンセルムと葉月が続け様に流星の如き飛び蹴りを放ち、紫音の裂高の叫びが戦場に響きわ渡る。
 そして、ケルベロス達は確信する。
 此処からの戦いこそが、本当の死闘なのだ、と。


 炎の渦を刃が斬り裂き、爪牙を拳が受け止める。
 互いに何かを守る為、互いを傷付け、奪い合う。
 ケルベロスと宝玉封魂竜の戦いは、より激しいものへと変化していた。
 そんな幾度目かの攻防を繰り返した後。
「む、無念……拙者、此処まで……でござ、る……」
「が、はっ……! こんな……ところで……!」
 強烈な尾の一撃を受け、遂にマーシャが膝を突き、そのま前のめりに倒れ込む……そして同時に、既に幾度も肉体の限界を超えていたノルンが、地へと崩れ落ちていく。
 だが、それでもケルベロス達は攻撃の手を緩めはしなかった。
「まだだ……まだ終わらねぇ! こんな所で、終わらせれねぇんでな!」
 奏過とアンセルムからの回復を受けながら、唯一の前衛となった紫音が決意の叫びを響かせながら、攻撃の構えを取る。
「あら、殺したくなる程、いい男じゃない……でも、先にこっちを殺すべきよね!」
 その叫びに応えるかの様に、ブラッディの刃がさしものドラゴンも、その巨躯をぐらりと揺らがせる。
 ――このまま、一気に押し切れば。
 誰かが、そう直感した……その時だった。
 超硬質化した爪の一撃が、葉月へと迫る。
「だったら、こっちも取って置きをくれてやる! 喰らって……弾けろ!!」
 葉月が腰の後ろの隠しホルスターから素早くリボルバー銃を引き抜くと、零距離から降魔の力を宿した弾丸を放つ。 そしてその弾丸は、命中するや敵の魔力を喰らって膨張、炸裂して敵の身体の一部を吹き飛ばした。
 だが同時に、巨大な爪の一撃を浴び葉月も意識を失い、地へと倒れ伏していく。
「……さあ、殺しの時間よ」
 葉月の戦い様を見届けたブラッディは、静かな呟と共に敵の胸部へと雷を帯びたナイフを振るう。
 次の瞬間、急激な硬化により弾性を失った肋骨が折れる音と共に、敵の心臓部たる巨大な宝石が露わになる。
「さあ、受け取るがいい……この氷の楔こそが、キミの恐れた『死』、そのものだよ」
 そう告げると、アンセルムは大気より形成した無数の氷槍を、宝玉封魂竜目掛けて突き入れる。
 次の瞬間、宝石を貫いた氷の楔から発した薄氷が、骨だらけとなったドラゴンの表面を覆い始める。
 そして、その薄氷がドラゴンの全身を覆いつくした瞬間。
 その瞳から制の光を失った宝玉封魂竜は……一体の巨大な氷のオブジェとなり果てた。

 それから暫くして。
 斃れた宝玉封魂竜の陰に身を潜めながら、ケルベロス達は互いの傷を確認しつつ、これからの行動について話し合っていた。
「……みなさん、大丈夫ですか……?」
「ああ、俺の方は何とかね……マリー、君はどうなんだい?」
「残念だけど……私もこれ以上は、殺せそうに無いわ」
 そう発したアンセルムの言葉に、紫音とブラッディはそれだけ答えると、その傍らで意識を失ったままの者達へと視線を飛ばす。
 最愛にも命を失った者はいない……だが、それでも並々ならぬ深手を負った者も居る。
 そして、既に半数もの戦力を失った状態で、更なる宝玉封魂竜との戦いに臨む事は……ただの無謀でしかないだろう。
 その事実を、素直に受け止めたたケルベロス達は、言葉を交わす事も無く撤退の準備を始めていく。
「大丈夫、私達は最善を尽くしました。さあ、最後の仕事を……必ず全員揃って帰還しましょう」
 そして、奏過の言葉に促される様にして、ケルベロス達は傷付いた仲間達と抱え上げると、飫肥城への帰還を目指し始める。
 ……いまだ乱戦の音が響く戦場の、僅かな間隔を潜り抜けながら。

作者:伊吹武流 重傷:一式・要(狂咬突破・e01362) ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080) マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659) 鈴原・葉月(魂喰魔・e29469) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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