あれは……空駆ける人喰い鮫だーっ!

作者:雨音瑛

●とあるオフィスビルの屋上で
 眠そうな目をこすり、男性があたりを見回している。ビルの屋上から見えるのは、別のビルの側面や屋上。下を見れば、歩く人の姿がたまに見える。
「……いや、俺の目的はただひとつ。空駆ける人喰い鮫だ」
 男は拳を握りしめ、目を見開いた。
「早朝のビルの間を泳ぐようにして現れる人喰い鮫。まあ、人喰い鮫ってくらいだから命の危険もあるが……雪男やスカイフィッシュを見たいと思っていた俺にとって、千載一遇のチャンス! まさか、職場の屋上から奇怪生物を見ることができるチャンスが巡ってこようとは……ああ、なんとしても見たいっ、見たいぞっ!」
 と、声高に叫ぶ男。人喰い鮫の登場を待ち侘びる男の心臓に、第五の魔女・アウゲイアスの手にした鍵が突き入れられた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 倒れた男を見遣り、アウゲイアスが呟く。
 すると、男のそばから彼が待ち侘びたもの――人喰い鮫が、現れた。

●ヘリポートにて
「ほ、ほんとに人喰い鮫が出るんですかーっ!?」
 ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)がボクスドラゴンの「プリム」を抱きしめる。
「ああ……どうやら、ピリカが危惧していたとおりの事態になったようだ。早朝、オフィスビルの屋上に人喰い鮫が現れる――そんな噂話に『興味』を持って調査をしようとした男性が、ドリームイーターに襲われて『興味』を奪われた」
 ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が、ピリカに、そして集ったケルベロスたちに告げた。
 『興味』を奪ったドリームイーター本人は姿を消しているが、奪われた『興味』を元に現実化した人喰い鮫のドリームイーターが事件を起こそうとしている。被害が出る前に、人喰い鮫のドリームイーターを撃破するのが、今回の依頼だという。
「人喰い鮫ドリームイーターを倒せれば『興味』を奪われた男性も目を覚ますことだろう」
 さて、と、ウィズがタブレット端末に視線を落とす。
「人喰い鮫ドリームイーターは一体のみで、配下などはいない。……いや、こんなのが何体もいてたまるものか」
 付け足し、ウィズは咳払いをする。
「戦場となるのは、男性が『興味』を奪われて気を失った屋上だ。男性は屋上に倒れたままになっているので、戦闘前に運んで避難させておくと良いだろうな。男性の他は人の気配はないため、人払いは不要だ」
 人喰い鮫ドリームイーターの攻撃方法は3つ。
「ひとつ、ボディプレス。ふたつ、噛みつき。……みっつ、目からビーム。……どれも攻撃力が高いため、注意してくれ」
 ごくり、とウィズは息を呑む。何か言いたげだが、再び咳払いをして説明を続ける。
「また、人喰い鮫ドリームイーターは、人間を見つけると『自分が何者であるか』を問う。正しく対応できなければ殺し、正しく対応できれば見逃してもらえる場合もあるらしい。今回は『空駆ける人喰い鮫』が正解だろうな」
 とはいえ、この問答の結果は戦闘に影響ないそうだ。
「そうそう、この人喰い鮫ドリームイーターだが、自分のことを信じていたり噂していたりする人がいると、その人の方に引き寄せられる性質があるらしい」
 うまく誘き出せば、有利に戦えるだろう。そう言って、ウィズは説明を終えた。
「しかし、何をどうやったらそんな噂が流れんでしょう……でも、この事件を放置するわけにはいかないですよねっ!」
 ピリカはケルベロスたちを見渡し、力強くうなずいた。


参加者
難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
水無月・一華(華冽・e11665)
暁・万里(レプリカ・e15680)
モニカ・カーソン(木漏れ日に佇む天使・e17843)
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)
アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974)

■リプレイ

●迎撃! 飛翔鮫!
 早朝のオフィス街、それも屋上となれば人の気配はまるでない。ただ、人一倍好奇心の強い男が倒れているだけであった。
 ドリームイーターを引き寄せ、被害に遭った男だ。モニカ・カーソン(木漏れ日に佇む天使・e17843)は彼を抱え、安全なところまで運ぶ。
「今回は人喰い鮫ですか、ドリームイーターも様々ですね……」
 つぶやき、運ぶのは階段室。ここならば、よほどの事態にならなければ被害が及ぶこともないだろう。
(「被害が出ないように、がんばりましょう」)
 気を失った男をちらりと見て、モニカは仲間の元へと急いだ。

「しっかし空飛ぶ鮫なんて、パニック映画じゃあるまいし」
 ぼやくように言うのは、スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)。
「鮫映画ってとことん何でもアリだよな、一周回って面白いくらいだぜ。……しかし、そんな鮫が実際にいても、それを興味本位で見に来るなんて命知らずなことだぜ」
「空飛ぶ鮫かー、なんかそんな映画あったよね」
 スピノザの言葉に反応し、暁・万里(レプリカ・e15680)が空を見上げる。
「こんな所で見られるなんて楽しみだなあ」
 と、万里は隣に立つ水無月・一華(華冽・e11665)を見た。
(「鮫のはんぺんって、とっても美味しいのですわ。あれは去年の夏のこと……そう、わたくしと万里くんは鮫狩りに行ったのです」)
 どこかうっとりした表情で、一華が微笑みを浮かべている。これははんぺんの事を考えている顔だ、と万里はその様子を見守る。
(「空論の様な鮫なら、もしやふわふわに仕上がるのでは……とか思ってないですよ。えへへ大丈夫、はんぺんは後で買って帰りましょう」)
 心の中でぐっとこぶしを握りしめる一華。なんだか一段落した彼女の様子を見届けた万里が問いかける。
「……今日の晩飯当てようか、はんぺんだろ」
「そうですね、万里くんはおでんと焼きはんぺん、どっちが良いと思います?」
「冷やしおでんがいいなあ」
 答えつつ、人喰い鮫も地獄の番犬の前では形無しだと万里は小さく息を吐いた。
「ビル街に人喰い鮫が出るんですってー!! 海でもないのにっ!」
 ひときわ高いテンションで、ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)が騒ぎ立てるように言う。
「ひ、人喰いサメ!? 空飛ぶサメなんてフィクションの中だけかと思ってた……」
 ウイングキャットの「ティナ」を抱くアーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974)が、びくりと反応する。
「実は最近サメの番組や映画が気になってて、密かにマイブーム中なんです! 噂が本当なら、こんな触れ合えるチャンス人生で二度もありませんよっ!?」
「た、たしかに……でも、空飛ぶ人喰いサメってどんなんだろうねー」
「大っきいのかなぁ、怖いのかな〜!?」
 待ちきれない、というように、ピリカはその場でぐるぐると回転するようにあたりを見回す。
 やがて、ピリカの回転がぴたりと止まる。上がる右腕、指し示す指先。大きく息を吸って。
「サメだーー!!! フライングシャークだー!!!」
 好奇心と興奮からの、歓声。
 万里は、素早く被害者を避難させた場所と鮫を遮る位置を取る。
「オレの名前を言ってみろッ!」
 悠々と泳ぐ鮫が、ケルベロスたちに近づきながら問う。
「人喰い鮫なんだろ?」
 スピノザの答えに、アーニャがうなずいて同意を示す。その通り、といわんばかりに鮫が歯をむき出して笑う。
「でもな、俺達は喰われるつもりはねーぜ」
 鎖鎌『鮫』を構え、スピノザは鼻で笑った。

●さっそく出るか!? 出た、鮫の目からビィーム!
 アーニャはティナと並んで立ち、ライトニングロッド「Claire」を掲げる。
「受け取って、一華さん!」
 放たれた雷光は、攻め手の力を増幅するものだ。
「ありがとうございます、アーニャさん。……では」
 一華もまた、雷の力をもって。静かに鮫の動きを見極め、滑らかな所作で真下から突き上げる。
 続いてティナが翼を広げ、自身と主を含む複数人へと清らかな風を送り込んだ。
「こんな朝っぱらから泳がなくてもいいんだぜ……?」
 バナナでデコレーションしたパイルバンカーを手に、難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)が鮫の側面に回り込む。空調設備を足蹴に、鮫と同じ高さになるのを確認、パイルバンカーに凍気を纏わせ。
「これからの時期、アイスシャークってのはどうだァ!」
 ナナコの背丈よりも大きなパイルバンカーが、鮫を刺し、貫いた。
 もちろん、黙ってやられる鮫ではない。鮫は身をよじらせてナナコを引き離し、自身の目を輝かせる。
「ピリカさん、来ます!」
 モニカの警告。ピリカは余裕の笑みを浮かべ、放たれた紫色のビームを回避した。
「その程度のビーム、私が回避できないと思いましたか! 私も負けませんよっ!」
 輝く様な笑顔を浮かべ、ピリカが叫ぶ。
「わたしです!」
 問われてもいないのに自身をアピールすれば、ピリカの全身からまばゆい光が放たれた。
 ボクスドラゴンの「プリム」も口からビーム、ではなくまばゆい光、でもなくブレスを吐き出して応戦する。
 そのさなか、高く跳躍するのは霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)。昇り始めた輝く朝日を背に、もう一段跳躍する。この戦いが映画になるとしたら、このシーンは予告編に入れられること間違いなしだ。
「きっとオラトリオみたいに飛べる鮫も居るんでしょう、俺は信じますよ、ええ!」
 背には太陽を、足元には星と重力を。エアシューズ「サバトシューズ」を装着した裁一の重い蹴りが、鮫を強かに打つ。スピノザもまた、同じ攻撃を鮫の下から繰り出した。
 再び鮫は空高く打ち上げられる。が、デウスエクスがこの程度で撃破されるはずもなく。くるりと旋回した鮫が、敵意をむき出しにしてケルベロスたちに向き直る。
 そんな鮫を、スピノザはどこか呆れた表情で見遣る。
(「空を飛び、目からビームを出す……てめーのような鮫がいるか!」)
 そんなふうに叫びたくなるのを、スピノザはぐっとこらえた。
 仲間が次々と攻撃を仕掛ける中、万里とモニカは援護に回る。万里が構築するは雷壁。モニカは描く葉加護の魔法陣。
 ケルベロスたちは視線を交わし、人喰い鮫を撃破せんと決意を新たにする。

●おおっと、噛む、噛みつくぞー!
 ピリカの構えたライトニングロッドが、鮫へと向けられる。
「サメだーー!!! 人喰い鮫だーー!!」
 笑顔で叫びながら、雷撃を飛ばすピリカ。鮫より地球人の方が怖いかもしれない。
 しびれる鮫にプリムが体当たりを喰らわせ、その背後からスピノザが斬りつける。
 前線で戦う味方にオウガ粒子を与えるのは万里。合間に一華へと視線を送り。
「あのサメはドリームイーターだから食べられないからな?」
「やややですね万里くん。わたしちゃんと知ってますもん」
 その返答に苦笑し、万里は昨年のことを思い出す。とれたての鮫を調理して、はんぺんにしたことを。
「気持ちはわかるけどさ。帰って美味しいはんぺんにありつく為にも、まずはこの偽物を倒さないとな!」
「ええ、そうですとも! なんと言ったって、無事に済ませてふわふわはんぺんを買うために!」
 そう、一華噂は食べられないと知っている。だからしっかりと役目を果たそうと、鮫の身体に刻まれた傷を、容赦なく斬り広げる。見事な捌きっぷり、もとい戦いっぷりだ。
 癒やし手も奮戦している。状態異常には、的確なグラビティを。
 モニカは手を組み、祈りをささげるように目を閉じる。
「大樹よ、そのお力でこの者たちを癒したまえ」
 大樹の幻影、その木陰が前衛の仲間を包み込んだ。大樹の生命力が分け与えられ、傷だけでなく状態異常をも消し去ってゆく。
 日が昇り始めたせいか、戦闘のせいか。熱を帯び始めた体に、ティナの送る風が涼しい。回復重視で立ち回るアーニャは、月のオーラを手にする。
「ゆっくり、休んでくださいね」
 優しい光は、裁一の傷を癒す。
 傷を受けては都度癒すケルベロスたちを見て、鮫は咆吼を上げた。身体をうねらせ、突撃せんばかりにケルベロスたちへと向かってくる。
 口を開き、噛みつく相手は――ナナコ。
 ナナコは踏み止まり、鮫の体力を奪う大鎌を振り下ろす。パイルバンカーと同じく、こちらもバナナで飾り付けられている。
「……ったく……鮫が飛ぶかァ!? 鮫映画も真っ青な展開だぜ」
「って、思うじゃないですか? 最近は鮫映画の方が凄いんですよ」
 裁一に言われ、「マジか」とナナコは顔を引きつらせる。
「まあ、実際、どんな奇怪な生物とかの噂でも『デウスエクスならあり得る』で結構信じられるわけですが」
 真顔で言い、裁一は気配を消して鮫に肉薄する。
「ケルベロスはこういったものに慣れ過ぎて夢とかロマン感じ辛い悲しみですね! さ、危ないんで鎮静剤鎮静剤っと」
 言い放ち、鮫の身体にぷすりと注射。目を見開いて痺れる鮫を見て、裁一は良い笑顔を浮かべる。これがリア充ならなお良かったのに、と。

●重い、これは重い、鮫のボディプレスだー!
 ふかひれも美味だが、一華ははんぺんの方が好きだ。
 時折はんぺんに思いを馳せつつ、戦闘の経過時間と鮫の様子を確認。一華は迷うことなく刃を閃かせた。
「其は、ひらく」
 刃の鮮やかな青は、そのまま軌跡に。
 万里が裁一に賦活の電撃を送れば、既に回復は十分。モニカが武器から弾丸を精製し、鮫へと撃ち出す。
 アーニャもまた、攻撃へと転じる。愛用の杖から飛ばした電光が鮫の全身を覆った直後、仲良しの友人に声をかけた。
「ピリカちゃん、お願い!」
「アーニャちゃんに任されました!」
 拳を掲げ、ピリカは光を放つ。ケルベロスを援護するティナの羽ばたきに対し、プリムは状態異常の効果を増加させようとブレスを吐き出す。
「お前が誰かって? バナナサメだ!」
 と、気まぐれな返答ひとつして「御業」を放つナナコ。勝利は目前とあらば、余裕も出てくるもの。
 鮫は諦めることなく、自らの身体で後衛のケルベロスたちの上から落下する。
「食うか食われるか! デストロイ!」
 拘束される鮫に向けて裁一が弾丸を放てば、鮫のヒレが氷で覆われた。
「あいつほど上手く使えるかわかんねーけど……鮫には鮫で対抗だ」
 スピノザは鎖鎌『鮫』をちらりと見る。
「母なる海より出でよ! 大鮫! ……ってな」
 人喰い鮫の眼前に、巨大な鮫の幻影が出現する。巨大な鮫の顎が開き、人喰い鮫へと迫ってゆく。
「空飛ぶ鮫だろうが、全部飲みこんでやるよ!」
 スピノザが声高に叫ぶと同時に、巨大鮫の顎が閉じられる。
 数秒ののち、巨大鮫が消滅する。が、捕らえられた人喰い鮫の姿はなく。
「……ということは! ケルベロスVS人喰い鮫の勝者は私たちですね!」
 朝日を受け、ピリカが高らかに宣言した。
 ケルベロスや鮫の攻撃で破損した屋上をヒールし終えれば、被害者の様子も気になるところだ。
 モニカが避難させていた被害者の元を訪れれば、ちょうど男は目を覚ましたばかりだった。目をこすり、目の前のケルベロスたちを不思議そうに眺めている。
 スピノザがドリームイーターが絡んでいたことを被害者に告げると、何やら男は少しばかり残念そうな顔でため息をついた。
「妙な鮫は映画の中で我慢することを勧めるぜ。そうだな、俺のお勧めは――」
「ほう! それは何としても借りてみなければ! 忘れないうちにメモメモ……」
 スピノザに鮫映画を紹介され、男は生真面目にメモするのだった。
 人喰い鮫――のドリームイーターは、ケルベロスたちに撃破された。ならば、ナナコのすることはひとつ。
「朝バナナにすっか!」
 そう宣言し、どこからともなく取り出したバナナを食しながら歩き始めた。
 各々がビルを後にする中、万里は一華をしきりに気に掛ける。
「大丈夫か? 痛めたところは?」
「ふふ、万里くんが治してくれてましたから全然平気です!」
「……そっか。それじゃ、美味しいはんぺんを買って帰ろうか」
「はい! 白くてふわふわのが良いですっ」
 笑顔でうなずき合い、二人も帰路に就く。
「アーニャちゃん! サメ映画を観ましょう! 私が買っておいたとっておきのZ級サメ映画なんです!」
「うん、いいよ。一緒に観よう」
 いまだ興奮冷めやらぬピリカの誘いを受け、アーニャはピリカと共に歩き出す。
「でも、サメ映画ってどういうのなんだろう……?」
 と、首を傾げながら。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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