傷痕

作者:藍鳶カナン

●バタフライエフェクト
 ――小京都。
 古き良き町並みからそう称される街のひとつで、ふわりと蝶が羽ばたいた。
 深夜の路地裏で幾つもの光るボールを器用に宙へ放っていた道化師の少女と手持無沙汰な風情でいた青年が跪けば、石畳にかつりと靴音を鳴らした奇術師風の女が紅唇を開く。
 あなた達に使命を与えます。
「この街に金継ぎ職人がいるそうです。その者と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい」
 少女はきらりと光る玉を手許でくるりと回し、
「んん? むずかしそー! けど頑張ってモノにしてくるね、ミス・バタフライ!」
「畏まりました。確り習得したのち、こいつでばっさり斬り捨てて参ります」
 ひそりと笑んだ青年は己が胸から腹を撫でおろして見せた。
 剣呑みの芸を極めた男の刃がそこにある。
 取るに足らぬささやかな任務。けれどそれこそが大いなる事象へ繋がるのだという確信を胸に、二人は夜の小京都に音なく溶けた。

●傷痕
 ――割れた器も惜しんで繕って、そうしてね、消えない傷をも愛おしんでいくの。
 古希を迎えた老婦人の手で、割れた器が甦る。
 潤むような桜色に艶めく九谷焼の湯呑では金の細木が枝を伸ばし、朝靄がかかったような青緑が美しい青磁の香炉には涼やかな銀が地図上の河のごとき流れを描く。
「綺麗だよな。この金やら銀やらの柄が意図して出来たもんじゃねえってのがまた面白い。何せこれ、割れたところを金継ぎしたもんだからな」
 鷹野・慶(業障・e08354)が先日たまたま目にしたという雑誌を開いてみせれば、ふわり舞い降りた雪色のウイングキャットが主の開いたページを押さえた。
 金継ぎ。あるいは金繕いと呼ばれる伝統技能の紹介記事。
 破損した陶磁器の割れや欠け、罅を漆で接着し、金粉や銀粉などで装飾する修復技法で、傷を隠してしまうのでなく、偶然生まれた『景色』として活かす修復技法として、古来より愛されているものだ。
「もうピンと来たひともいるよね? 慶さんが気にかけてた通りの予知が出た。この金継ぎ職人――陶山・マキエさんが螺旋忍軍ミス・バタフライの配下二人に狙われる」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はケルベロス達にそう告げて、螺旋忍軍は金継ぎの情報や技能を得た後に職人の殺害を目論んでいると語る。
 これを阻止しなければ何やらケルベロスに不利な状況に発展するというが――。
「んなことよりまず、技術を教わって殺そうって恩を仇で返す根性が気に入らねえ」
「同感。そんな訳で、あなた達には事件の阻止とこの配下二人の撃破をお願いしたいんだ」
 金の双眸に剣呑な光を宿らせた慶の言葉に、遥夏はぱたりと尾を揺らした。

 事前にマキエを避難させると敵の標的が変わって事件を阻止できなくなる。
 ゆえに作戦は、彼女を護りながら戦うか、あらかじめケルベロス達が金継ぎの修業をして職人に成り替わり、囮となるかの二択。
 だが慶にとっては迷うまでもない一択だ。
「俺らで護衛するにしろ、七十すぎの年寄りに切った張ったはあんま見せたくねえしな……皆が良ければここはいっちょ金継ぎ修業に励んで、俺らが囮になる作戦でいきたいとこだ」
「それだと彼女をより確実に護れるしね。僕からも囮作戦を推したいところ。先方にはもう話を通してあるから、すぐにでも修業に入れるよ」
 幸い、全力で修業に打ち込めば見習い程度の腕前にはなれる程度の日数の余裕がある。
 但し、
「天然の本漆を使えるほどの余裕はなくてね。本漆だと割れたのを接着したとこがきちんと硬化するのだけでも一週間とか一か月とかかかるらしいから。だから今回はもっと短期間で行ける新素材の代用漆を使うことになるよ」
 天然素材でないと不安という向きもあるだろうが、この代用漆は食器にも使用できる安心素材だというし、本漆では難しい磁器や硝子も問題なく接着できる。
「マキエさんの話だと、知識を学びながら破損した器を実際に金継ぎする修業になるから、割れたけどどうしても捨てられない――って感じの自分が愛着を持ってる器を持ってって、それを金継ぎするのがいいと思うってさ」
 たとえば、友人に贈られたマグカップ。
 たとえば、祖父が大切にしていた骨董の壺。
 たとえば、アンティークショップでひとめぼれした飾り皿。
 割れたり欠けたりしてしまった愛着のある器を漆で繕い修復し、金粉や銀粉で彩って。
 全身全霊で打ち込むなら、藍色の漆に銀粉を散らして星空のような彩りに仕上げるとか、そんな風変わりな金継ぎもできるかもしれない。

 敵がやって来るのは皆が金継ぎを仕上げた翌日の夜になる。
「あなた達の誰かが囮になれたら、この街の地下駐車場に敵を誘い込むのがおすすめ。最近完成したばかりでまだオープン前だから夜は誰もいないし、戦闘で荒れたらヒールするって条件で使用許可ももらってる」
 照明もあるし、囮以外の者が柱の陰に潜んでおいて奇襲を仕掛けるのにはうってつけ。
 敵も屋外より逃走しにくいはずだ。
「まともに戦えばかなり強くて厄介な相手だけどね、不意打ちで奇襲すれば向こうの態勢が整わないうちに畳みかけることもできると思う」
「有利に戦えるってわけか。ならなおさら修業しない理由はねえよな、皆?」
 偶にはこういうのに打ち込むのもいいもんだろ、と笑って慶が仲間を見渡せば、真っ先に翼猫がみゃあと鳴く。
 雪色の翼猫の前足が押さえる雑誌のページには、こんなマキエの言葉が綴られていた。

 心の傷とおんなじね。
 消えない傷を光で埋められたなら、その傷痕さえも愛おしいものへと変わるの。


参加者
閑谷・レンカ(アバランチリリー・e00856)
片白・芙蓉(兎頂天・e02798)
アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)
エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)
鷹野・慶(業障・e08354)
ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)
プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)
ヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598)

■リプレイ

●瑕痕
 ――マキエおばあちゃん、私の大事なカップ、直るかなあ?
 ――いいえ、直らないわ。だからこそ丁寧に継いで、彩って、消えない傷を愛おしむの。

 古都の風情を忍ばす街も今は梅雨のさなか。
 濡れた石畳を歩み、紅殻格子が美しい町家二軒を繋げて改装された陶山・マキエの工房を訪れた初日に、プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)は抱いていた印象をすこし改めた。
「私がお医者さん見習いなら金継ぎ職人さんは器のお医者さん、って思ったんだけど……」
「少し違うわよね。医者なら叶う限り傷が残らないよう手を尽くすものだと思うもの」
 初日には割れたり欠けたりしていた皆の器も漆で継がれ、固めや接着や埋めの漆を重ねて確り硬化、下地の漆も終え、いよいよ金で彩るための漆塗り。
 閑谷・レンカ(アバランチリリー・e00856)は少女に応えつつ、朝靄のかかる森を思わす青磁色の茶碗を手に包んで、丁寧に埋めて繕った欠けの上へ慎重に漆の筆を乗せる。
 修繕した器と似た彩の色漆で仕上げ傷を目立たない様にする技もあるが、彼女達がここで学んだのは敢えて金粉や銀粉で装飾し、傷を『景色』として活かす技だ。
 傷をなかったことにはできない。
 だからこそ、傷痕を隠すのでなく、愛おしむためのすべを。
「傷まで愛して、大切なものはずっと一緒――」
 割れはきちんと修復したけれど、義兄に贈られた桜色のマグカップはあの日の姿にはもう戻れない。けれどティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)は器の傷にそうっと優しく漆を塗っていく。マキエの教えを書き留めたメモに『1秒1ミリ』と記した通り、決して焦らずゆっくりと。
 だが、器を継ぐ手はただ優しいばかりではない。
「代用漆で接着と聴いた時は単純な作業に思えたが、まさかあんなことになるとは」
「『この罅、割っちゃいましょ』だもの。マキエ殿ってば意外に潔いのだわ……!」
 罅の入っていたエフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)の茶碗はマキエの手でパキッと割られた。日頃から自信も度胸も満点の片白・芙蓉(兎頂天・e02798)もあれには度肝を抜かれたが、
「罅ってそのまま継ぐのは意外と厄介らしいぜ。罅の奥に継ぎ残しができたりとかな」
「うん。割っちゃったほうが継ぎやすい、って話。安心した」
 鷹野・慶(業障・e08354)が言うように、彼のマグカップにあった軽い傷程度なら大丈夫だが、罅の場合は奥まで漆が入ったか確認できず、漆が入りきらなかった罅が進行して後々割れてしまうことがあるという。
 慶のカップで一番問題だった壊れた持ち手は、断面の隅々まで研いで薄く均一に隙間なく漆を塗り、接着後は持ち手を上にしてカップを固定し硬化を待ったのだ。
 罅より割れのほうが細部まで目も心も行き届くのよ――という修繕の際のマキエの話は、アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)の胸に光を燈してくれた。
 お守りみたいな香水瓶。
 罅が入っても大事に持っていて、終に割れてしまった時には胸に穴が空いたような心地になったけれど、割れてしまったからこそ、今こうして一分の狂いもなく継ぎ合わせることが叶った。うれしい、と笑みを咲かせ、傷をなぞって藍色の漆で流れを描く。
 金や銀の出番は、漆が少しだけ硬化しはじめるのを待ってから。
「嬢ちゃん姐さん達に旦那達、そろそろ頃合じゃねぇか? 金粉と銀粉持ってきたぜぃ」
「ヴィルトありがとー! 銀粉! 銀粉ほしい!」
 金継ぎする器を持ち込まなかったヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598)は、材料や道具の準備などを引き受け、皆が修業に打ち込める環境を調えることに専念していた。
 早速アウィスは銀粉の紙包みや粉筒と呼ばれる道具を受け取り、ティスキィとレンカも各々が取ったメモを見てマキエの教え通りに金粉や粉筒を選ぶ。
「わ、芙蓉さんのメモ可愛い……!」
「あらほんと。一足早くキラキラね」
「フフフ、このペンで大事な所に印をつけたら覚えるのも捗ってしまったのだわ……!」
 お気に入りのラメペンで『真綿で優しく!』の一文に丸をつけたメモを確かめて、芙蓉は粉筒ではなく真綿を手に取った。
 粉筒は葦や竹の筒先に紗を張ったもの。
 金粉や銀粉を入れた筒を摘まむように持ち、そうっと弾いて、
「――『蒔く』のよね」
「はいっ。どきどきしますよね……!」
 眦を緩めたレンカのゆびさき、粉筒の先から、限りなく優しい金の粉雪が降り、傷を光の素で埋めていく。心のなかにも光の素を蒔くかのよう。
 独自に練習を重ねてきたティスキィだが、純金粉は練習で使うにはあまりにも高価すぎ、比較的安価な錫粉や真鍮粉での練習になったから、本物の純金粉を手に取ればぴんと背筋が伸びた。
 彼女達の金やアウィスの銀が降る様を横目に見ながら、芙蓉は慶の傍で麗しの澄まし顔な雪色ウイングキャットを見て姿勢を正す。
「ユキ様の前で失敗はできない、そうよね慶……!」
「おうともさ。……てか、梓紗が『自分の前ならいいのか』みたいな顔で見てんぞ」
「梓紗が見てるのは私が可愛すぎるからよっ!」
 断言すれば相棒テレビウムが軽く頭突きしてきたが、動じず芙蓉は金粉を含ませた真綿でそっと傷を押さえるよう金を蒔く。輝きが柔く穏やかに仕上がる消粉と呼ばれる金粉で傷を埋めるのは、兄が陶芸教室で作って父に贈った、世界で唯ひとつの湯呑み。
 兎の獣人の手に合うようと兄が愛情をこめた青灰色のそれを、今度は芙蓉が愛情をこめて優しい光で彩って。
 蒔いた金粉を漆に寄せるのは軸先の馬毛がふわり広がる毛棒と呼ばれる筆、その筆加減を色々変えてみながら、慶は傷を活かし、たおやかな柳の枝葉を描きだそうと試みる。
 蒔く――という言葉が示すように、金継ぎは漆器に金や銀の模様を描く蒔絵から派生した技法だ。金や銀を蒔いたなら定着させるために透漆(すきうるし)を塗って硬化させるのを数度繰り返し、時が至れば研ぎに入る。
 砥の粉はゆびさきに取って、金粉を蒔いた傷を撫でるように研いで。
 指で幾度も傷をなぞることそのものが傷を愛おしむ心地にさせてくれるよう。プラハから来日して最初に買ったレンカの茶碗、箸使いに苦心していた時もずっと見守ってくれたその子を、欠けてもどうしても捨てられなくて。
「レンカの金、まぁるいお月様みたい」
「ふふ、そう見えたら嬉しいわ。アウィスのは夜空の星の河ね」
 円い金を燈す彼女の茶碗を覗いたアウィスは、返った言葉に擽ったい心地で笑み返した。
 藍色の漆に星を鏤めるように蒔いた銀。銀は金より強めに研いで、けれど藍漆まで研いで削ってしまわないでね、とのマキエの教えはなかなか難しかったけど、ひとつひとつ工程を重ねるたび、確かに愛おしさが募っていく。
 最後に取りかかるのは、仕上げの磨き。
「はいよ、エフイーの旦那。鯛牙の磨き棒だぜぃ」
「ありがとう、クノッヘン。しかしタイキとは不思議な名だな」
「その棒の先っちょのやつが鯛の牙なんだとさ。それがタイキ」
「ほう。地球人の……日本人の文化は興味深いものだな」
 ヴィルトから受け取ったそれを矯めつ眇めつし、レプリカントの青年は鯛牙で己の茶碗の金継ぎを磨きはじめた。継いでみればエフイーの茶碗の傷は蟹座に良く似た形、金を蒔いたそれを磨き上げれば、星座の輝きが宿るはず。
「鯛の牙で磨くなんてびっくりなのよ。ね、いちまる?」
 ぱちりと瞬きをしたプルトーネが語りかければ、凛々しき乙女テレビウムは磨き棒の先の鯛牙をちょんとつつき、こく、と重々しく頷いた。小さな牙を当てるのは、誕生日に両親が買ってくれた、愛らしい金魚が泳ぐマグカップ。
 丸粉と呼ばれる金粉や銀粉はただ蒔くだけでは然して光らない。けれど鯛牙で磨けば、
「わ、あ……! 魔法みたい!」
「ほんと、こんなに綺麗に光が咲くなんて……!」
 プルトーネが金魚の周りの傷に蒔いた金が輝きだす。
 桜色マグカップの傷に重ねた金の枝や金の桜花に鮮麗な輝きが燈れば、ティスキィの瞳の奥に知らず熱が込みあげた。
 ――ああ、やっと。
 大事なカップが壊れて泣いたあの日の私を、抱きしめてあげられる。

 修業と呼ぶには熱意や工夫、努力が及ばなかったエフイーとプルトーネは囮を担う技量に届かなかった。レンカとアウィス、芙蓉なら技量は十分。そして蒔いた金の仕上がりが最も美しかったのはティスキィだが、一番『金継ぎ職人』らしく振舞える技量を習得したのは、漆で継ぐ段階から細心の注意を払って『金継ぎ』を成した慶。
 それがマキエの見立てだった。
 ――残しといてよかった。
 吐息で呟き、慶は壊れた取っ手を金継ぎし、傷を活かして柳の枝葉を描いたマグカップの出来栄えに眦を緩めた。胸に浮かぶ面影は、遠い日の――。
「貴方達はとても強いのでしょうけど、どうか、気をつけてね」
「ん、大丈夫だぜ。心強い仲間達もいるし、それに……」
 案じるようそっと片手杖に触れたマキエに笑み返す。
 ――今の俺なら、この左足の傷を隠さなくても、負けやしない。

●傷痕
 ――本当に、傷って厄介。
 梅雨の合間の夜空が美しい月を覗かせてくれた夜、己が胸にそっと手を触れたレンカは、静けさに満ちた真新しい地下駐車場の柱の陰で、仲間達とともに敵の到来を待った。
 古き良き町並みの地下に広がる空間に、やがて響く三つの足音。
 夜に工房を訪れた二人組は疑うことなく慶を金継ぎ職人と信じ、その技術を習うべく彼の指示や誘導に素直に従って、
「……それでお前らの思う通りになると思ったら、大間違いだぜ?」
「な――!?」
 不意に笑みとネイルガンを閃かせた『金継ぎ職人』にカラフルな釘を撃ち込まれた途端、少女と青年、二人の螺旋忍軍は予想だしていなかった戦闘に呑み込まれた。新品の白色灯に照らされる地下駐車場に鮮烈な稲妻と灼熱の炎が迸る。
 傷も、哀しみも、切なささえも愛しくなる、あの魔法を。
「あなた達には渡さないから!」
「ん。恩を仇で返すつもりの子は、おしおき」
 蔦纏う槍に神速の稲妻を乗せてティスキィが馳せて、舞うよう踊らせたアウィスの手から顕現した幻影竜が炎を生めば、螺旋忍軍達に爆ぜた輝きを小さな光が貫いた。
「エフイーお兄ちゃんも道化師を狙って! いちまるも!」
「少女のほうだな。問題ない――既に私の間合いだ!」
 狙い澄ましたプルトーネが少女へ撃ち込んだ極小の光は神をも弑するウイルスカプセル、間髪いれず乙女テレビウムが金色フォークをぶっ刺せば、標的を見定めたエフイーが瞬時にフォトンエネルギーを射突槍に凝縮させ、紅に輝く一撃で道化の少女を撃ち抜いた。
 刹那、回復の機を計っていた娘の脳裏をヘリオライダーの言葉がよぎる。
「私としたことが……絶好の先制チャンスを逃すとこだったわ!」
 理詰めで考えてぶん殴るのが本来のレンカの性、奇襲された動揺でいまだ反撃の態勢すら敵が整えられぬならその懐へ跳び込み己が魔力を叩きつけ、道化の少女の鮮血で曼珠沙華を咲き誇らせた。
「護りは固めておくぜぃ、鷹野の旦那!」
「助かるぜ、ヴィルト!」
 囮となった慶を含む前衛陣の盾となるよう舞うのは護りの蓮花、己が身の裡から剣を取り出さんとする敵をその攻撃の勢いを殺す慶の遠隔爆破が襲い、更に翼猫のキャットリングとティスキィのサイコフォースが威力をも削ぎにかかる。
 剣呑みの青年を少数で抑え道化の少女から撃破する策。敵もそれには気づいたようだが、
「むむむ、まさか金継ぎ職人がケルベロスだったなんてー!」
「面倒なことになりましたね……!」
 彼が替え玉だとは露程も気づかぬ模様。
「その素直さ嫌いじゃないのだわ、だけど長々とお付き合いする気はないの!」
 何度か取り落としながらもやっとまともに道化の少女が投げたボールが爆ぜるも、前衛を呑んだ爆発の音を芙蓉の祝詞が切り裂いた。
『諸々禍事罪穢を有らむをば――痛いの痛いのスポーンするがいいわ……!』
 舞うのは癒しと浄化で穢れを祓う純白の帯、ふわり翻る白の下からは彼女のテレビウムに護られたアウィスの時空凍結弾が放たれ、氷に彩られた少女をめがけ、竜の力で加速を得た破砕槌を揮ったエフイーが強大な一撃を叩き込む。
 七色に爆ぜるボールでの回復も先の殺神ウイルスがその威を削ぎ、
「あんまり治らなかったみたいだね、強化のほうもすぐ潰しちゃうの!」
 機を掴んだプルトーネが迷わず馳せた。
 新緑色の裾が翻るワンピースに重なるのは初手で芙蓉が贈った御業の加護、御業の破剣も乗せ、パイルバンカー揮う天使の少女が道化の少女へ破魔の杭を打ち込めば会心の手応えが小さな手に伝わって来た。更に続く攻勢に畳みかけられた道化は、
「んん、くやしー! せめてあんたが一矢報いて!」
 剣呑みの青年に七色の爆風を贈ったが、それが彼女の最後の足掻き。
 ――ねえ、逃げないで、そこにいて。
 地下の空間に何処までも透明な歌声を響かせアウィスが唄う追躡のリート、相手を逃さず捉える歌声が道化の少女を霧散させる。次の瞬間に閃いたのは月光を思わす斬撃。
 だが、
「……大したこっちゃねえな」
「残念ね。私の仲間はそう簡単に倒れやしないわ」
 残る敵、剣呑みの青年の刃を護り手としての立ち位置と防具の耐性で凌いだ慶に、即座に禁断の断章を紐解いたレンカが鮮烈な賦活の魔力を注ぎ込んだ。反撃のネイルガン、そして妖精の翅めく光を凝らせたティスキィの超音速の拳が道化の置き土産たる強化を打ち砕き、
「長い戦いではなかったが、そろそろ観念してもらおうか」
 深紅のアーマードジャケットを翻し、一瞬で彼我の距離を殺したエフイーが唸りをあげて回転する機械腕で敵とその護りを深々と穿てば、もはや完全に勝敗は決した。
「私の分までお願いするのだわ、アウィス!」
「わかった、芙蓉の分までぶったぎる」
 皆が集中砲火を浴びせる中、攻め手を持たぬ芙蓉が力を託すのは心から信頼する友。
 満月の光球に高められた力でアウィスがナイフで描く死の舞踏、敵の血潮が派手な飛沫を咲かせれば、ティスキィが最期を希う詠唱を紡いだ。
 お願い――。
 魔力により顕現した魔物が彼女を片腕に護り、重くも鋭い斬撃が青年へと向かう。
 敵が斬り裂かれて霧散していく様をあますところなく見届ける紅緋の瞳によぎったのは、拒絶の言葉とともに斬られた、痛みの記憶。

 静けさを取り戻した地下駐車場に、小さな声が落ちた。
「……誰にでもあるんだろうな。傷痕」
「そうね。何ひとつ傷つかずに生きていくことなんて、きっと誰にも出来ないもの」
 左足のみならず心にも傷を抱く慶がぽつり呟けば、己が胸に再び手をやっていたレンカが応え、どちらからともなく笑み交わす。
 痛みや疼きを堪え、仕方ないと苦笑するような、今はそんな笑みだけれど。
 ――いつかこの傷も光で埋めて、愛おしいと微笑むことが叶う日を、希う。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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