ミッション破壊作戦～曇天を切り裂いて

■リプレイ

●曇天を切り裂いて
　頬を撫でる風は冷たく、額が受ける氷雨は更に冷たかった。季節は春を過ぎ、初夏の装いを纏い始めている。にも関わらず、この黒部峡谷が未だに冬の様相を纏っているのは、この地を支配する侵略者達によるものだろうか。
　降下ハッチに仁王立ちするステイン・カツオ（剛拳・e04948）は輝く光剣を携え、不機嫌そうに表情を歪める。普段の丁寧な装いは何処ぞ吹く風。怒気をすら纏った彼女は自身の視線の先にびしりと光剣を突き付ける。
　そこに口開くはこの地を支配するドラゴン――フロストワイバーン達の巣。そして、ドラゴン達の魔空回廊だった。
「今回で6度目」
　呟きは、宣言の様に響く。それは5度、ケルベロス達がこの地の制覇を目指し、そして辛酸を舐めた事を意味していた。
「……ボク 自身は、4度目であります」
　携えたサーヴァント、甲竜タングステンを制しながら、口惜しげにクリームヒルト・フィムブルヴェト（輝盾の空中要塞騎士・e24545）が言葉を口にする。
　その一つ一つを憶えている。悔しさが無いと言えば噓だった。だが、それを飲み込み彼女は光剣を手に取る。諦めなければどんな巨大な敵であろうと討つ事が出来る。それを証明する為に。
「その想い全てを持っていく」
　相棒の髪を結い、降下に備えるレーグル・ノルベルト（ダーヴィド・e00079）の言葉は頼もしく。
「好き放題はさせねぇよ。……ぶっ潰す」
　後ろ髪を縛られる藤波・雨祈（雲遊萍寄・e01612）もまた、相棒に負けじと不敵な笑みを浮かべる。
「ここまで我が物顔で占拠されると不愉快です」
　地球は自分達の物だ、と言う自負がある。侵略者達の蹂躙など、許しておけない。ティオ・ウエインシュート（静かに暮らしたい村娘・e03129）の怒りは、フロストワイバーンの巣へと静かに注がれていた。
（「冬兄、お姉ちゃん、リム、フィー、アジサイ、エルス……」）
　己が拳を見下ろし、親しき者の名を想起するのは鉄・千（空明・e03694）だった。誰かの為に戦う。強い想いは必ず力になると信じていた。
　そして、ケルベロス達は凍える空へとその身を投げ出す。
　全ては魔空回廊破壊の為、グラディウスの力を振るう為に。

「緑豊かな自然が溢れる山にボコボコと穴を開けておいて居眠りとは、随分と良い御身分なんですね」
　シルフィディア・サザンクロス（ピースフルキーパー・e01257）の叫びは静かに紡がれる。
（「当時のオラトリオは封印しか出来なかったみたいですが、今は違う。自然を破壊し人々を傷つけた貴様らの罪、その命で支払わせてやりますよ」）
　それは侵略行為そのものへの怒りだった。彼奴等が奏でた破壊の悲鳴は、どれだけ人々を傷つけただろうか。
「地獄に堕ちろ、このクソトカゲ……！」
　悪態と共にグラディウスを構える。それが口火だった。
「ドラゴンの力をここで少しでも削ぐ！　その為に此処の魔空回廊を破壊させてもらうよ！」
　空中にも関わらず、自身のサーヴァント、ディートに跨るヴィットリオ・ファルコニエーリ（残り火の戦場進行・e02033）は咆哮する。彼の言葉に応える様、ライドキャリバーは唸り声の如く、駆動音を響かせた。
「我が故郷もドラゴンによって滅びた」
　故に、同じ境遇のこの地を――黒部峡谷を見捨てる事は出来ないと、レーグルは己が想いを叩き付ける。これ以上の悲劇、そして哀しみは二度と起こさせないとの掲げた誓いは、巨大な光をグラディウスに纏わせた。
「ほら……届くぜ、相棒」
　その彼を支える手は、雨祈の物だった。死者を弄ぶドラゴンを許せないとの彼の叫びもまた、切り裂く刃へと化していく。
「還してもらいます！　この場所に貴方達が居ていい場所ではありません！」
　フロストワイバーン達を否定するのはティオだ。彼らによって蹂躙された命を、想いを思えば、彼らの存在を許すわけにはいかない。
「今こそ氷雪の絶望よりこの地を開放し、憎悪と拒絶を払拭する時であります！」
　クリームヒルトの叫びは鬨の声として、仲間達の背を押す。御旗の如くグラディウスを振りかぶる彼女の姿は、人々の先頭に立ち、勇気を振り撒く聖女の様にも思えた。
「ていうかもう夏なのに吹雪いてる場合じゃねえんだよクソボケが！！　氷竜がいるってだけで秘境が台無しだよ！！」
　戦乙女の叫びに重なる様、ステインの叫びもまた、周囲を震わせる。フロストワイバーンの魔力だかなんだか知らないが、季節感台無しの彼らに底なしの怒りが沸き上がっていた。
「魔空回廊はぶっ壊す！　てめえの季節はとっくの昔に過ぎてるし、もう二度と来ることはねえ。ケルベロスがさせねえ！　去ねや！！」
　小柄な体躯から沸き起こる熱き想いはふぶく空を切り裂くのに充分だった。
　そして。
「これ以上ドラゴンの好きにはさせない。立ちはだかると言うなら何度でも立ち向かう。幾千の命・意思を継いで繋げて、未来を切り開くんだ！」
　響くは竜人の咆哮。角と翼、尻尾を露わにした千は両の手で支えたグラディウスを己が頭上へ掲げる。
　去来する表情は誰も彼もが曇らせていた。そんな表情が是だと認める訳に行かなかった。
「弾けて消えろ魔空回廊！　これが私達の――ケルベロスの力だ！！」
　そして8人はグラディウスを振り下ろす。光刃は集い、そして走り抜ける。彼らの想いをドラゴンの巣穴へ叩き付ける為、其処を破壊する為に。
　響く爆音と雷鳴は、6度紡がれた物。
　その光景を彼らの目は捉える。蹂躙し、侵略されたこの地を切り裂く光は縦横無尽に駆け巡り、巣穴を、魔空回廊を駆逐していく。
　そして。
「……やったよ、みんな」
　大地に降り立った千は小さな拳と、光を失ったグラディウスを掲げる。兄達、そして姉達がこの光景を見たら、なんと言ってくれるだろうか。
　ああ、そうだ。これから幾度と戦いがあるだろう。数多くのデウスエクスを倒すだろう。
　だが、この光景は忘れない。この目が映した物は忘れない。
　反撃の狼煙はなった。
　爆音と爆炎が立ち込めるその場所に、魔空回廊の姿はすでになく。
　轟音吹きすさぶ廃墟を、8つの番犬の目は確かに捉えていた。

「魔空回廊、破壊であります。後は――」
　喜色に沸く仲間達を制し、クリームヒルトが声を上げる。皆が上げる喜びは彼女も同じ。喝采を上げ、喜びを分かち合いたかったが、4度この地を訪れた彼女は、その暇が無い事も承知していた。
「……はん。来やがったな。蜥蜴野郎が」
　目の前に現れた巨大なフロストワイバーンを前に、ステインが唾棄する。
　同時に耳朶を、否、身体そのものを震えさせる咆哮、ドラゴンの嘶きが辺りに響いた。

●氷の飛竜を打ち砕いて
「やっぱり怒ってるね」
　怒り心頭の様子のフロストワイバーンを前に、ヴィットリオが不遜に笑う。相棒のディートの排気音が、今は頼もしかった。
　魔空回廊の破壊は成した。だが、それを為した賊をそう易々と返すつもりは無いようだ。ギラギラと輝く瞳は、彼らの帰還を容認するつもりはなさそうだった。
　だが、それはケルベロス達も心得たもの。
「とは言え、撤退は迅速に。魔空回廊を破壊したとは言え、残ったフロストワイバーンが一斉に襲ってくれば、撤退は不可能、です……」
　消え入りそうなシルフィディアの言葉は正鵠を得ていた。彼らとて幾多の戦いを勝ち抜いてきたケルベロスである。故に、無謀と勇敢を履き違える事もない。今、望まれているのは速攻の帰着だ。
「――行くでありますよ」
「おう」
　臨戦態勢を取る仲間達を後押しするよう、クリームヒルトが失われた面影を悼む歌を口ずさみ、ヴィットリオが守護の力を持つ紙の兵士を散布する。
　そして、二人のサーヴァントもまた、主と共に駆け抜ける。タングステンは自身が収まる箱と共に、ディートは炎を纏った体当たりを敢行。フロストワイバーンに怒号混じりの悲鳴を零れさせる。
「掬え！」
　二人に続くのは小柄な黒い影――ステインだった。指先から放つ悪意の弾丸はフロストワイバーンの鱗を穢し、貫き、凍体に於いても生暖かい血を撒き散らす。
「――戦慄け、炎よ」
「オウガメタル！　みんなを守って」
　続くレーグル、そして千は仲間へのエンチャントを選択する。破邪の炎とオウガ粒子を纏う彼らの一撃は必ずドラゴンを打ち砕く力となる筈だった。
「起動！　クロノスハート！　粉砕レベル金剛石！　砕け散ってください！」
　そして、フロストワイバーンにティオが取りつく。千によって増幅された超感覚は、あわやと言うところで彼女をドラゴンへの騎乗を許していた。馬乗り姿勢のまま両手の岩盤粉砕機を蒼氷の如き鱗に叩き付け、内部を爆発する。弾け飛ぶ血肉に、フロストワイバーンの悲鳴が重なった。
「絡め取れ、影法師」
　追撃は雨祈によって紡がれる。己の血を媒介として呼び出した影の鎖はフロストワイバーンをぎちぎちと締め上げ、その機動力を奪っていく。
「貴様には死にたくなる程の痛みと永遠に醒めない眠りをプレゼントですよ。……覚悟しろデウスエクス！」
　轟音と共にシルフィディアが咆哮した。彼女の放つ竜砲弾はフロストワイバーンの皮翼を削ぎ、その機動力を奪っていく。
　だが、対するフロストワイバーンもまた、尋常ならざる存在であった。
　雨祈の拘束を力づくで逃れたそれは、黒煙に覆われた虚空に舞うと、すうっと息を吸う。その予備動作は誰しもが知っていた。
「息吹――！」
　叫びは誰のものだったか。氷点下も生ぬるい竜のブレスに、前衛から苦痛の悲鳴が零れた。
「――この個体、流石に強い、であります」
　盾を壁の如く立て、氷礫から自身と仲間を守りながら、クリームヒルトが言葉を紡ぐ。魔空回廊を破壊した今、最大級の個体が出張ってきても不思議ではない。その一員ではないかと言う彼女の推測はしかし、証明する手立てはない。
「その意味も無い」
「だな」
　レーグルと雨祈の言葉が重なる。目の前の敵を打ち砕き、脱出する。それが今、ケルベロス達に課せられた使命である以上、それがどのような存在であろうと関係なかった。
「か、必ず、この場から脱出しましょう！」
　ティオの言葉に、一同は頷く。無事に帰還する事は任務の内だと、ヘリオライダーが言っていた。ならば、それを成就するのが、番犬の役目だった。

　蒼氷の爪が煌く。まるで重なった日本刀を思わせる爪撃はケルベロス達を切り裂き、凍れる大地に血痕を散らした。
　重力の楔が鱗に穿たれる。番犬の爪と牙はドラゴンの心臓を梳り、そこに死を刻印していく。
　刹那とも思える時間が過ぎた。
　永劫とも思える時間が過ぎた。
　ドラゴンは、そして番犬は空気を求め喘ぎ、そして両者の咆哮は他方を排除せんと響き合う。
　それは狩るモノと狩られるモノとの鬩ぎ合いだった。番犬と竜はまるで円舞曲の如く、己の立ち位置をくるくると入れ替え、互いの生命をぶつけ合う。屈せず、屈させる。その戦いはしかし、やがて終わりの時を迎えていく。

「私の怒りをその身に刻め……。いい加減しつこいんですよ。……死ねクズが！」
　シルフィディアが羽ばたきと共に宙を舞う。狙うはフロストワイバーンの首。地獄の刃と化した己が両腕を叩き付け、即離脱。禍々しい刃が無慈悲に鱗を、血肉を切り裂く姿に自身の昏い喜びを沸き上がらせてしまう。
「もみもみにゃんこ団、出陣！」
　その暇を縫って、千が猫のマッサージ団の幻影を召喚する。仲間に施されるヒールは、防御役を担ったヴィットリオの傷を癒していく。
　だが。
（「厳しいなぁ」）
　その身体に治癒不可能ダメージが蓄積している事は目に見えて判る。彼だけではない。ここに集ったケルベロスの誰もが無傷ではなく、誰が倒れても不思議ではない状況なのは、間違いなかった。
　だが、それはフロストワイバーンも同じこと。
「任せた。相棒！」
「応」
　空の霊力を帯びた雨祈の残光がフロストワイバーンの皮翼を切り裂き、そこに地獄の炎を纏ったハンマーの一撃が叩き付けられる。それらを受け、フロストワイバーンもまた、氷を纏って傷を癒そうとするが、その断裂は塞がる気配を見せなかった。
「どうやら、互いに終わりが近いようでありますな」
　爪の攻撃をヌンチャクで防ぎながら、クリームヒルトが宣言する。それはフロストワイバーンにとっても、ケルベロス達にとっても終焉の宣告であった。
　そして、地獄の番犬の牙がその喉元を食い破らんと飛び掛かる。
　それは、小さな弾丸の形をしていた。
「「『こんな時もある』って割り切ってくれ。今から死ぬお前に言っても無駄だろうけどな」
　飛び上がったステインのつま先が、フロストワイバーンの脳天に突き刺さる。響く轟音は、大地すら立ち割らんばかりの衝撃がその頭蓋を叩き割った音だった。
「それじゃ、あばよ。クーラーの代わりにゃなったんじゃねーかな」
　地面へ崩れ、ぴくぴくと痙攣するドラゴンに、メイドはふっと笑みを零す。
　その終わりに、仲間達の歓声が響いていた。

●黒部峡谷は人の手に
　遠目に爆炎と遠雷が晴れていく様子が確認できる。無論、その中心にあった筈の魔空回廊が失われた様も、見て取る事が出来た。
「……やった、であります」
　小さくガッツポーズをとる戦乙女に、仲間達の笑顔が重なる。
「ま、こんなものか」
「皆の想いをしかとぶつける事が出来た」
　人と竜人のコンビは眩い物を見るかのように目を細め。
「これでこの地も侵略者から取り戻す事が出来た……で、ございますわね」
　ドワーフのメイドの言葉に、同じドワーフの村娘はコクリト頷く。幾度となくケルベロス達が挑み、そして成し得なかった偉業を自分達が達したと言う実感が、遅まきながら沸き上がってきて、思わず手足が震えてしまう。
「無事帰れそうで、よかったです……」
　ともすれば、ぺたりと倒れ込んでしまいそうなのは、オラトリオの少女も同じだった。そうすると一歩も動けなくなりそうな為、震える足を騙し騙し、動かしている。
　その肩を支えるドラゴニアンの少女は何を考えているか判らない無表情で、だが、金色の瞳の行く末は、幾多の人々の想いを捉えてか、空に向けられていた。
　魔空回廊の破壊を成した。これによりドラゴンの勢力を僅かに削る事が出来るだろう。それは小さな瑕疵かもしれない。だが、ケルベロス達にとっては大きな前進だった。
「……そろそろ、ヘリオンが到着する時間だね」
　ライドキャリバーに身体を預ける少年の呟きを受けたかのように、ばらばらとヘリオンのローター音が黒部峡谷に木霊する。
　それはまるで「おかえりなさい」と彼らを迎え入れるようにも聞こえた。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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