「螺旋忍法帖防衛戦、お疲れ様。みんなの奮闘の結果、螺旋帝の血族『緋紗雨』を保護する事に成功したわ」
ヘリポートに集ったケルベロス達を前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は複雑な表情を浮かべる。それは労いと葛藤が入り混じったものだった。未来予知を告げる事で彼らを幾度と戦場へ送り出す事への悩みは、彼女から尽きる事が無い。
ふぅと嘆息した彼女はそれでも、次の言葉を口にする。自身の見た予知、次なる敵の動きを。
「でも、螺旋帝の血族『イグニス』と同盟関係となったドラゴン勢力が、螺旋帝の血族『緋紗雨』を奪還すべく動き出したの」
そして竜十字島からの刺客が差し向けられる事になったのだ。
リーシャの告げた名に、ケルベロス達の間にどよめきと緊張が走る。
「刺客の名は智龍『ゲドムガサラ』。聞き覚えのある人もいるかもしれないわ」
彼の竜が『宝玉封魂竜』の軍勢を率いて、日本に襲来する。それが彼女達ヘリオライダーの見た予知だ。
「『宝玉封魂竜』とは、定命化で死に瀕したドラゴンをゲドムガサラが『宝玉封魂法』によって無理矢理延命させたドラゴンね」
死した筈のドラゴンだからだろうか。『宝玉封魂竜』の容姿は、言わば骸骨のような姿であった。だが、見た目に反し、戦闘能力は万全の状態と変わらないらしい。
「このままだと市街地に多くの犠牲が出てしまうわ」
定命化に瀕したドラゴンが単独で襲撃して来た出来事は記憶に新しい。それに加え、ゲドムガサラに率いられた『宝玉封魂竜』は集団としての強さもある。ケルベロス達が集っても、犠牲は必至と思われた。
通常ならば、であったが。
「みんなには『飫肥城』でドラゴン達を迎え撃って貰うわ」
エインヘリアルによって要塞化されていた、天下の名城『飫肥城』。そこであれば、『宝玉封魂竜』の迎撃は叶うだろう。
「繰り返しになるけど、みんなにやって貰う事は、螺旋帝の血族『緋紗雨』の保護、そして、飫肥城にて、ゲドムガサラ率いる『宝玉封魂竜』の軍勢の迎撃。この二つになるわ」
しかし、如何に飫肥城で迎撃するとは言え、数の暴力である『宝玉封魂竜』に応対するのは困難。
表情を曇らせるケルベロス達に、リーシャは更なる予知を重ねる。
「さっき、『宝玉封魂竜』の能力は万全って言ったけど、一つだけ問題があるの。そこが弱点と言えば弱点ね。彼らは、ゲドムガサラが直接指揮しない限り、有している戦闘能力を発揮出来ないみたいなの」
故に、前衛の宝玉封魂竜を撃破後、敵本陣に乗り込み、ゲドムガサラを撃破する事が出来れば……。
「残敵の駆逐も不可能じゃないわ」
仮に本陣に切り込めなくとも、飫肥城に立て篭もる事で多くの『宝玉封魂竜』と渡り合う事は可能だ。前者を基準に作戦を立てた方が良いだろうけど、と言うのがリーシャの助言であった。
「まず、みんなには自分達を襲ってくる『宝玉封魂竜』を撃破して貰うわ」
骸骨の身体を持ち宝石を身体に植えたそのドラゴンは、定命化に侵される前は幾多の刀剣を飲み込んだ、いわゆる斬竜とも呼ぶべき存在だったようだ。刃と化した鱗は失われても、爪や骨と化しているとは言え大木のような尻尾は健在。また、特有の息吹も忘れてはならないだろう。
「簡単に倒せる相手ではないけど、それでもみんなには彼の竜を制して貰わないといけないわ」
ゲドムガサラの本陣を狙うなら速攻の撃破が望まれる。しかし、本陣に気取られ、迎撃が疎かになれば撃破に時間を要し、局面は不利な方向に流れていくだろう。双方の見極めが必要だった。
「智龍ゲドムガサラが直々にお出ましって事は、それだけ螺旋帝の血族を重く見ているって事なのかもしれないわね」
だから、この機を逃して欲しくないと、リーシャはケルベロス達に告げる。
そして、締めくくりはいつもの言葉だった。
「それじゃ。いってらっしゃい。武運を祈ってるわ」
参加者 | |
---|---|
天津・千薙(天地薙・e00415) |
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526) |
イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513) |
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652) |
水無月・実里(希う者・e16191) |
響命・司(霞蒼火・e23363) |
シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869) |
フェルナ・トワイライト(黄昏の殲竜術師・e29888) |
●刃響鳴らす
響く鬨の声はドラゴンの咆哮。そして負けじと上げられる番犬達の応戦の声だった。
空を覆う宝玉封魂竜の群れに、見上げた蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)を始めとした8人と1体は感嘆の溜め息を零す。
「なんて数だ……」
一糸乱れぬ軍隊を彷彿させる整然とした動きに、智龍ゲドムガサラの指揮能力の高さを思い知らされた気がした。
「それでも、やるしかないわ」
削ぎ殺す決意を以って、友人に水無月・実里(希う者・e16191)が応える。統率された集団の力は、個の力を遥かに凌駕する。それをケルベロス達は知っていた。個としても強力な力を持つドラゴン達がそれを行使するとしても、黙って受け入れるつもりは無い。
「負けられない戦いです。希望を繋ぐため……死力を尽くしましょう」
イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)の言葉に、ケルベロス達は首肯し、自身の得物を構える。目指すは智龍ゲドムガサラの首級、それを成せば、この無数の竜たちは統率を失う筈だった。
「何処を見ても竜しかいないとか、最高の戦場ね」
不遜とも言うべきフェルナ・トワイライト(黄昏の殲竜術師・e29888)の言葉は、本心からか、それとも自身らを奮い立たせる為の物か。
そんなケルベロス達の前に剣気を孕む風が吹き荒ぶ。
「やれやれ。そう簡単に事を済ますつもりは無いようだな」
ウイングキャットのゆずにゃんを携えた響命・司(霞蒼火・e23363)の台詞は、彼らの前に現れた宝玉封魂竜の前に紡がれる。剣を思わせる鋭利な骨翼、そして爪。巨大な太刀を思わせる角を生やした容姿は、ヘリオライダーの予知した斬竜そのもの。
(「宝玉封魂竜と化しても、その脅威は薄れず、ですか」)
生きる屍の如き姿になったドラゴンは、何を思うのだろか。
シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869)の独白に、しかし、応える声はない。
宝玉封魂竜から零れた唸り声は、むしろ淡々と響く。宝玉を思わせる眼球が彼ら8人と1匹を捉えているのは、ケルベロス達を目標と定めた為か。にも関わらず、そこに感情の色を伺わせない。統率された群体の一員として、彼自身の個性は奪われているのか、それとも押し殺しているのか、ケルベロス達には判断つかなかった。
「同族の命を駒の様に使い潰すとはな」
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)の表情が嫌悪に歪むのと、事の起こりは同時だった。
「……来ます!」
警告はイピナを背に庇う天津・千薙(天地薙・e00415)から発せられる。同時に飛び出す司とゆずにゃんもまた、共に前衛を務める結衣と実里をその背に庇った。
吹き荒れる嵐は宝玉封魂竜から迸る斬撃の息吹。斬撃特化のドラゴンたらしめる攻撃を一身に受けたディフェンダー三者から苦痛混じりの悲鳴が零れた。
「文字通り、戦場だな」
怒号と剣戟、悲鳴の交差する場所をどう表すべきか。それ以外の語彙を知らないと、真琴は星雲を思わせる紐で魔法陣を描く。浮かび上がる守護の力は、盾の如き強度を仲間に付与する――筈だった。
(「減衰?!」)
ちっと舌打ちする。6人――正確には、5人と1匹に膨れ上がった前衛は、真琴の思惑を飛び越え、エンチャントによる能力の向上を許してくれなかった。
「落ち着いて、迅速に処理して行きましょう」
流星の煌きを孕む飛び蹴りを敢行しながら、シトラスが激励する。続く千薙の飛び蹴りもまた、骨と化した翼を切り裂き、竜の機動力を削いでいった。
「行くぜ相棒。俺達の役目は誰も倒れないように壁となり、迅速に倒す事だ」
惨殺ナイフによる斬撃は司から。通髄するゆずにゃんは羽ばたきを行い、清浄な風を後衛に施していく。
「前座は手短に……。ですが、油断せずに行きますよ!」
イピナの光剣が空の霊力を纏い、ドラゴンの身体に叩き付けられる。
「切り刻む」
追撃は野性を纏う一撃だった。全身のバネを使用し、矢の如く放たれた実里の爪撃はしかし。
金属音にも似た不快音が響き渡る。それは、彼女の爪が、宝玉封魂竜の爪によって阻まれた証だった。
「――っ?!」
続く結衣の刺突と雷撃は竜の骨身を貫く。焦げた臭いが辺りに立ち込めるが、意に介さずドラゴンは咆哮を上げた。
「やはり、ドラゴン、ですね……」
司に治癒を施しながらのフェルナの台詞に、一同の表情に焦燥が宿った。対峙する敵は一体とは言え、最強の戦闘種族と謳われたドラゴンの一員。一連の攻防はその撃破が容易ではないと悟らせるのに充分であった。
●斬竜の終わり
その禍々しき爪は太刀。剣豪の一撃に勝るとも劣らない斬撃は、ケルベロスの防具を削っていく。
そして、太き尾は言うならば、戦槌だった。おそらく肉と鱗を纏った頃は肉を摩り下ろす鑢の如き凶器だったのだろう。宝玉封魂竜と化した為、ただの鈍器と化したそれはしかし、恐るべき兵器である事は変わりなかった。
尾槌の一撃が横殴りの暴風と化しケルベロス達を襲う。生まれた犠牲者はゆずにゃんだった。
「――っ!」
消し飛ぶ自身の半身を目の当たりにして、司が目を伏せる。
サーヴァントを回復する程、ケルベロス達に余裕はなく、故にその犠牲は覚悟の上だった。
「司さん」
「気にするな。奴を倒すぞ!」
千薙の小さな問いに、否と応える。だが、悼みと共に浮かぶ焦りが、自身を焦がす事を感じる。
(「宜しくない、ですね」)
焦燥を憶えるのは、シトラスも同じだった。速攻撃破を選択した。それはゲドムガサラを撃破するのに、そして戦場を制するのに必要な事だった。その為に仲間達は攻撃寄りの編成を選択していた。それもまた過ちではない。
だが、攻撃が重くとも、当たらなければ意味がなかった。その意味では、ケルベロス達のグラビティは火力を優先し過ぎていた。
宝玉封魂竜を梳り、だが、追撃に繋がらない。まるで一撃は重くとも、連射の出来ない大砲の如き暴力は、彼の竜を沈めるのに不十分であった。
(「それでも……」)
ゆずにゃんが消失し、減衰の発生が無くなった今、フェルナの補助はその後押しになる筈だった。
だが、その補助は飛ばない。
「間に合いません!」
悲痛な叫びはその証。余力が無いのだ。
列回復は単体回復に比べ、治癒力に劣る。真琴による魔法陣の補助があるとは言え、治癒を一手に引き受ける彼女が攻撃の補助に回れば、誰かが倒れてしまう懸念があった。それでなくとも、ドラゴンの攻撃はブレスを始め、複数の対象への攻撃に長けている。傷の回復を優先する事は当然だった。
(「ここに来て、速攻選択が裏目に出た?」)
実里による炎を纏った蹴撃はしかし、爪によって阻まれる。速攻選択――犠牲を厭わない戦いは一種の賭けだった。そして、良い結果のみが約束されていない。それが博打と言うものだった。
ドラゴンの爪が煌く。その一撃は、獣如き跳躍で彼の竜を翻弄し続けた実里の肢体を切り裂いていた。
「――っ?!」
悲鳴は上がらなかった。千薙や司による防衛も間に合わない。魔導装甲が切り裂かれ、零れ落ちる白い肌と真紅の鮮血が彼らの視界に広がっていた。
次の瞬間に響く、どさりとした崩壊の音だけがやけにはっきりと聞こえた。
「実里!」
光剣を繰り出すイピナの悲痛な叫びが響いた。倒れた友人へ駆け寄りたい衝動が込み上げて来る。だが、目の前の竜はそれを許す程、甘い相手ではない。
そして竜の息吹が迸った。斬撃を孕むブレスは、ケルベロス達に矢の雨の如く降り注ぐ。
「――やらせるか! 全て壊れろデウスエクス。これがテメェ等の送り火だ」
竜の前に立ち塞がる影があった。全身の切り傷から血を流しながら仁王立ちする司は、右腕に蒼炎と烈風を宿らせる。
ゆずにゃんは消え、実里も倒れた。そして自身もまたその時が近いと予見していた。だが、ただで倒れるつもりは無いと、裂帛の気合を拳に込める。
振り下ろす拳と共に炎が弾ける。その様子は鳳凰の如き幻影をケルベロス達の目に映していた。
同時に。
竜の咆哮が響く。応戦する爪は司の身体を貫き、地に伏せさせる。
「其は虚空を穿つ業火の刃、凄惨にして罪を贖う浄化の炎――これで何もかも終わりだ。ただ眠り、滅びの声を聞け」
死の宣告は結衣から発せられた。灼熱の魔剣に宿った煉獄の炎は竜を切り裂き、熱い抱擁で包み込む。火柱と化したそれは宝玉封魂竜の身体を飲み尽くすと、出現と同じくらい唐突にその身を消失させる。
灰すら残らない最期は、煉獄の主が彼の身体を持ち去ったようにも思えた。
●追撃の刃
宝玉封魂竜を屠った彼らはしかし、それでも動きを止めない。怪力無双を発動させた真琴が司を、そしてシトラスが実里を背負い、戦場を駆け抜ける。
ゲドムガサラを撃破するのは、8人全員が無事であったなら、と決めていた。二人倒れた今、防衛戦の補助に回る。それは彼らが事前に取り決めをしていた事だ。
「――っ!」
シトラスが息を飲む。此度の戦いは個対集団ではなく、集団対集団である事を思い知らされた。
飫肥城へ向かう彼らの道を塞ぐように更なる宝玉封魂竜が降り立つ。全身に赤い宝玉を纏い、黒煙を口から零す彼の竜はまるで手負いの獲物を見つけた狩猟者の如く、咆哮を辺りに響かせた。
「そうですね。ここは戦場でした」
炎を纏った爪の一撃をチェーンソー剣で受け止めた千薙は表情を歪める。自分達の屠った斬竜は宝玉封魂竜の群れの一体に過ぎない。傷ついたケルベロス達への追い打ちは戦術的に正しく、故に必定だった。
炎のブレスは破壊の力となって彼らを追い詰めていく。爆炎が視界を覆い、暴力的な高熱が体力を奪っていった。
「退きなさい! 二人がっ!」
イピナの繰り出す斬撃は宝玉封魂竜――紅宝竜の身体に傷を与える。だが、ドラゴンがその程度で墜ちる筈も無い。その爪は彼女の身体を吹き飛ばし、尾の一撃は共に剣戟を繰り出す結衣の身体を虚空へと叩き上げる。
「響け、壮麗の調べ。生命の息吹、来たれっ!」
「回復します」
真琴の蒼き光の調べが、フェルナの紡ぐ断章の一節が、仲間達を癒していく。
だが、蓄積されたダメージを全て癒す事は出来ない。治癒不可能ダメージは着実に、仲間達を蝕んでいた。
真琴の御業による砲撃が、結衣による雷撃の刺突が、シトラスの回し蹴りが紅宝竜に叩き付けられるものの、手数が足りないのは明らかだった。おそらくその身が纏う恩恵はキャスター。素早い動きは火力重視の自身らと相性が悪い事は目に見えて判った。
せめて、ダメージの蓄積が無ければ。
せめて、二人が倒れていなければ。
戦いそのものに悔悟がある筈がない。だが、暗い思考が鎌首をもたげる事を防ぐ事は出来なかった。
そしてブレスが迸る。それが薙いだ先には、治癒を一手に引き受けたフェルナ達の姿があった。
「――?!」
彼女が受けた衝撃は熱量を伴っていなかった。
「千薙?!」
焦げる臭いが立ち込める。彼女の纏う衣服が、髪が、皮膚が焼け爛れる臭いは、フェルナの鼻孔を侵していく。
「逃げる、ですよ」
フェルナを突き飛ばした千薙はふっと微笑み、意識を手放す。ディフェンダーとしての矜持を全うした。自身の行動を誇るような笑顔でもあった。
「逃げろ、か」
結衣が反芻の如く、彼女の言葉を舌先でなぞる。
それは、誰しも無事でいて欲しい、と言う千薙の願いだろう。そして、それを叶えるのであれば目の前のドラゴンを排除する必要がある。それを成就する選択肢は限られていた。
「仕方ないですね」
イピナもまた微笑を刻む。第一に考える事は倒れた3人の、そしてまだ健在な仲間達の安否。それ以上は騎士として問う事ではない。覚悟は既に完了していた。
(「暴走――?!」)
二人の覚悟にシトラスが息を飲む。それを止める方法は、今の彼に残されていなかった。
●命の価値は
二人が潜在意識にその身を委ねようとした瞬間だった。
突如飛来した破壊の光が紅宝竜を貫く。悲鳴にも似た竜の咆哮が、辺りに響いた。
「っ……誰!」
真琴の誰何の声は、歓喜混じりに紡がれる。
そう。ドラゴンが集団戦を挑むのであれば、ケルベロスもまた、集団戦で彼の軍勢と対峙しているのだ。故に、断言する。この場に立つケルベロス達は真琴達だけではない、と。
「こちらは紗神・炯介。まだ闘えるかい? 僕らが援護する。敵を挟み込むよ」
紅宝竜のブレスが巻き上げる爆炎と土煙の為、視界は危うい。だが、天啓の如く響く青年の声は、彼らを起死回生へと導くのに、充分だった。
「こちら、シトラス・エイルノート。助かります……!」
その声はどれだけの歓喜に溢れていただろう。震える彼の声に返答はなく、しかし、目の前で繰り広げられる奇襲がその代わりを果たしていた。
「――私達も」
イピナを始めとした残された面々もまた、奇襲に続く。まだ敗北したわけではない。仲間達が繋いだ希望の糸は残されているとの想いは、彼女達が死力を尽くすのに充分な糧だった。
だが、それでも相手は最強の戦闘種族、ドラゴン。その矜持を以って、骨と化した爪を振るう。
「――っ?!」
ディフェンダーを全て失った彼女らに、その一撃を耐える術は無かった。イピナの身体に食い込んだそれは血飛沫を撒き散らし、小柄な体躯を血に伏せさせる。
「出撃班、戦闘不能……四名! 向こうはもう限界よ!」
鎖による結界の中、悲痛な叫びが響く。8人中4人が倒れた現実は、彼らの戦線の崩壊を意味していた。
「負傷者を連れて城へ逃げて。急いで」
銀髪の女性による毒刃が紅宝竜の足を切り裂く。彼女の向けた静かな進言に、魔剣を構える結衣は躊躇を覚えていた。
「だが……」
逡巡はしかし、次に紡がれた青年の言葉によって掻き消される。
「こいつはこっちに任せろ。そっちのおかげで、俺たちだけでもどうにか出来そうだ」
(「……ああ」)
にやりと向ける笑みの意図は看過出来た。彼らは自分達を逃がそうとしているのだ。
結衣達による攻撃、そして先の挟撃の結果、少なくない手傷を紅宝竜に刻んでいる。だから後事を託されても問題ないと告げる彼らの意図を痛い程、理解してしまった。
「すまない……」
地に伏せる仲間の身体を抱き上げ、短い礼を口にする。彼の言葉に全てを察したのだろう。残された3人もまた、倒れる仲間の身体を抱き上げ、戦場を後にする。
その背後で紅宝竜の咆哮と、迎え撃つ番犬の咆哮が響いていた。
「どうか、無事で……」
「大丈夫だと、信じる」
フェルナと真琴の祈りは届いたかどうか。
自身らを助けてくれた皆に必ず礼を告げたい。それは今や、4人の共通の想いでもあった。
そして。
「――撤退、完了」
崩れた塀を乗り越え、シトラスの疲労と安堵が混じった声が響く。
それは、4人――否、8人が死地から脱した証であった。
作者:秋月きり |
重傷:天津・千薙(天地薙・e00415) イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513) 水無月・実里(ストレイドック・e16191) 響命・司(霞蒼火・e23363) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年7月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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