智龍襲来～飫餓命骨

■リプレイ

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　空に黒点が浮かぶ。
　各々の心と体を備えながらそれを眺める人影が飫肥城の周囲に散っていた。
「……来る、ね」
　その中の一つ。不気味な静寂の中でドラゴニアンの女性は翼を一つ羽ばたかせて煌めく暗紺の槍を握る。
「デウスエクスを、守る……新鮮、かな」
「腹ン中に一物あんのが見え見えで、気に入らねぇがな」
　と空鳴・無月（宵星の蒼・e04245）の言葉に空波羅・満願（優雄たる満月は幸いへの導・e01769）が悪態を吐く。
　その印象はこの場にいる者が多かれ少なかれ抱いているものであり、緋紗雨自身自らそう述べている。言葉をどこまで信ずるべきかは分からないが、しかし来る敵に全力を尽くす事に異論は欠片もない。
　空の黒点は次第にその姿を明瞭に、鮮明に膨らませていく。こちらへと真直ぐに向かう骨の竜が一つ。白き冷気を纏い、白骨に氷の白を重ねたドラゴン。
　それは、高度を落としながらも彼ら八人の頭上を過ぎる。それが目指すはケルベロスではなく、その布陣の奥。その翼を凍結の熱線が薙いだ。
　白が煌めいて、砕破する氷の欠片にドラゴンが吠える。理性も感じさせず、宝玉を身に抱える白骨の竜へと向かって、一人、城壁を蹴り飛び上がる。妖精の祝福を乗せた矢が走り、その影、無月へと吸い込まれ、直後、渦巻く冷気の衝撃が空に爆ぜ、ドラゴンが地面へと叩き落された。
　地にその頭蓋を落とす前に、薄氷の膜を纏わせた翼を広げ風を操り四つ足で立ったドラゴンは、明確な敵意をケルベロス達へと向ける。
「ここは突破させなイ」
　私達がいる。黄金の弓から装飾と似た緑の光の残滓を散らしながら、白髪の男性が言い放った。
「やるだけの準備はやった」
　君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）に八崎・伶（放浪酒人・e06365）が赤茶けた眼に場にそぐわぬ飄々とした余裕を滲ませ、ドラゴンを見据えた。
　掌から作り出したヒールドローンを浮かばせるその佇まいに緊張の色は、見えない。
「あとは、全力を尽くすだけだ」
　言葉に隠れて。影がドラゴンを挟撃した。跳ねた小さな竜は炎を思わせる体を、光を映さぬ揺らぐ人影は縛る風を、武器とする。その攻撃を身に受け、ドラゴンはその咢に白き暴風を顕現させる。吹雪を圧縮し閉じ込めたようなそれは、宙を飛ぶドラゴンを先ず阻んだエルガー・シュルト（クルースニク・e30126）へと放たれた。
　凍てつく暴風の白砲は、しかし、銀の鎖と翼を象られた円い防壁に遮られていた。蜷局を解く様に銀の盾が泳ぐ竜の姿へと変わり、漏れた冷気に体を白く凍えさせた満願の姿をドラゴンが見るより早く、フローライト・シュミット（光乏しき蛍石・e24978）が見せた隙を逃さず回復を阻害するウイルスカプセルを打ち込む。
　次いで、佐久田・煉三（直情径行・e26915）が、刻み込んだグラビティの楔を打ち付けるように、穿った傷口を裂くように攻撃を加える。振り払うように、纏う白い霧が凝固し巨大な円刃となって竜の周囲を縦横無尽に切り裂いた。
　その一つがエルガーへと落とされるも、それはまたも他者によって弾かれる。樫木・正彦（牡羊座のシャドウチェイサー・e00916）が刃引いた剣に光を灯し、半ば叩き砕くように氷刃を切り裂いた。
「――signッ！」
　砕ける鋭利な刃が彼のふくよかな身を裂く痛みを擲ち、正彦は一つの機能を作動させた。凍骨へと舞うは、十一の剣戟。鎧装を中心に操作するそれらが、氷牙を払い骨を穿った。
「達人じゃないんでね、綺麗には切れないぞ」
　脳の拡張機たるコンピュータによって再現された極致の剣に正彦が追いすがる。重力を纏わせた一閃がその足を叩き砕く。が、その体が崩れる前に竜は、自らの体を凍りつかせ氷で形骸の肉体を補い、鎧を纏う。
　伶が胸部を開き、エネルギーの塊をドラゴンへと吐き出し、息吹を霧散させた。一面に舞う白煙を裂いて、紅の炎を纏う竜の幻影が翼を広げ、氷骨を燃やさんと突っ込み、それを避けようとした竜の踏む大地が不自然に隆起し、陥没し、動きを阻んだ。無月が突き立てた星々の明りを宿す刃から流れる地の霊力が地面を揺さぶり、エルガーの放った幻影にドラゴンが炎に包まれる。
「頑張れ、それだけお前は負けに近づく」正彦がドラゴンへと声を向けた。
　彼らが刻み込んだ氷結の呪縛は、攻撃に対処しようとする度、その身を蝕む。
　その時、戦闘を初め数分、遠くの空に緑の光が弾けた。その方角に意識を向ければ、既に轟音が響いている。
「始まってるみてぇだな」
「のようダ」
　眸のバトルオーラに体を蝕んでいた氷を除かれた満願がそれを見て言う。敵の攻撃の殆どは守備を固めるケルベロス達が請け負いそれを治癒する体勢も崩れぬまま、倒れる仲間はいない。
　だが、目の前のドラゴンを窮させるにも至っていない。優勢か劣勢か、で言えば明らかに前者だろう。満願は銀鎖で地面に守護の陣を描き出し、防御を固め、フローライトが正彦へと電磁の賦活を行い、治癒と同時に力の後押しする。
　動き出そうとするドラゴンの頭蓋の周囲が一瞬、歪みを見せた。刹那、収縮した空間が爆炎と共に弾け飛ぶ。煉三のサイコフォースに頭を揺らしたドラゴンの足元へと転がり込んだ正彦が惨殺ナイフを振るう。
　それでもドラゴンの体は、削れ、氷による補強がなければ倒れてしまうような有様だった。
　氷竜の一撃は重いが回復を重視した布陣、作戦が功を奏し脱落するものはいない。撃破は目前に迫っていた。そして、唐突にドラゴンが背を向けた。

●
　氷の翼を広げて、一足に飛び立ったドラゴンの行動を一瞬にして彼らは読み取った。
「逃げ……」
「させっかよ！」
　フローライトが呟くと同時に、伶が未だ手の届く距離のドラゴンを追おうとした瞬間に、足を止めた。
「来ルぞ！」
　眸が叫ぶ。伶もそれが見えていた。だから足を留めたのだ。巨体が地面を踏み叩く轟音と共に、氷の竜と入れ替わる様に、巨大な四足獣の骨格をした封魂宝玉竜が突っ込んできていた。
　それは、ケルベロス達の眼前に後肢で立ち上がり、前肢を地面へと振り下ろした。体重を全て乗せる様な挙動に、大地が沈み、弛み、波立ち、爆ぜ飛んだ。直後、彼らに与えられたのは衝撃と土砂のみの視界だけだった。
「第二波か」と衝撃から少し離れていた煉三が新たな個体を観察する。乱入によって、後退していったドラゴンを追う事はできない。
　鼻頭辺りに突き出た角を下げ、獣の竜はその体を猛烈に発進した。
「……っ！」
　数秒の判断で前に出た無月は、その突進に槍の腹で角を受け、弾き飛ばされるも、地面に跳ねる体を御し、速度を緩めたドラゴンへと突貫する。
　パイルバンカーが冷気の渦を纏い、がちりと機械音を響かせた直後に強烈な勢いで凍結の杭を射出した。が、その攻撃は角の振り上げに軌道を逸らされ不発に終わる。
「キリノッ！」
　眸が冷静に支持を飛ばした。即応するビハインドはその獣へと瓦礫を結んだ呪縛の縄を投げ打つがそれも躱しきり、深く再び頭を沈める。
　色彩に満ちた爆炎を浮かべ、治癒のグラビティを撒きながら伶が苦く顔を顰めた。
「そう来やがったか」
　撤退したドラゴンへと放たれたその言葉を端に聴きながら、眸が手に持つ弓から魔矢を射ち放った。空を裂き、避けんと身を屈めたドラゴンに到達し、爆ぜる瞬間に、フローライトが回復の余地のある仲間へと蟻の形をとるオウガメタルの振りまく粒子による回復を行う。
　その衝撃を振り払ったドラゴンが突進を再び行う。それはフローライトへと向かい。
　彼女がそれを避ける事もかなわず、その体は空へと打ち上げられる。
　満願が全身にオウガメタルを纏わせ、鯨を象ったウェポンエンジンを作動させる。
「呑み尽くせ――！」
　銀の蛍火と墨を撫でたような黒炎が混ざり合い、蒼炎となり一条の波濤の如き奔流として顕現した。その白く、黒き潮の如き炎は過たずその獣の竜へと叩き込まれ、その巨体を打ち砕く。
　その傷は決して浅いものでは無い。当の獣の竜は数撃をケルベロス達に与えただけであるにも拘らず、一転敗走を始め。
「……、くっそが！」
　満願が叫ぶ。フローライトは地面へと衝突しながらも、再び体制を整えつつある。
　だが、次なる個体が彼らを襲う。数条の熱線が地面を焼き焦がしながらその命をも焦がさんと降り注いだ。
「……っ！」
　見れば、空に赤き炎を纏う二対の翼を持つ竜が羽ばたいていた。
　傷ついたものは下げ、新たな個体を万全の状態で挑ませる。数にものを言わせた力任せともいえる策。
　それは智龍ゲドムガサラの、戦域全体へと放たれる指示によるものだろう。
　間髪、間隙を生む事を許されない戦闘に煉三がその個体へとフロストレーザーを発射する。一条の凍結の刃を回転し、躱したドラゴンは炎の羽をばら撒いて地上を炎で埋めていく。
　正彦がヒールドローンを放つ。回復に集中する伶のボクスドラゴンの焔が吐き出したブレスがその体を貫くも、その体は堕ちず。
　眸も自らを灼熱に苛まれながらも、先の熱線に焼かれたエルガーへとオーラの治癒を施していた。
「すま――」
「後ダ」
　短く、エルガーの言葉を遮った眸の声には焦りが生まれている。
「届け……っ！」
　無月が魔力を注ぎ込み、大地を爆発させ流星の如く瓦礫を打ち上げる。体を穿つ瓦礫の弾丸を受けるドラゴンへとエルガーがエネルギー弾を発射して、その動きを鈍らせた。
　満願の暴流の炎波が、その翼を打ち砕くも残りの三枚が宙を掴み堕す事は無く、降り注ぐ炎の網にフローライトがそれに焼かれた仲間へとオウガメタル、エルピスから放たれる癒しの粒子を振りまいて、その傷を緩和させていく。
「連絡は使えない……か」
　焼かれた両腕を光に治療されながら、煉三はふと連絡が取れない他の班に意識を裂き、振り払う。
　同様に連絡すら取れない状況に至っているならば、今しようとした行動自体が妨げとなる。信号は上がっていない。ならば信ずるべきだ。
　凍結の光線を空へと打ち上げるが、かのドラゴンへと届く攻撃手段は限られ、同系統の攻撃しかできない煉三の攻撃はいとも容易く躱された。
　正彦がフローライトへと治癒を行うも、その効果は薄い。それは彼女に限った話ではない。誰も彼もが続く戦闘に疲弊している。
　炎の羽が地面を舐め、地上から放たれる光線が舞う。
「――集い来りて」
　エルガーが突き出した腕に宿るは精霊の意思。召喚した風の精霊に自らの言葉で意思を伝達し、現象を引き起こす。
「切り刻め――」
　言に従い、荒れ狂う暴風の嵐刃が炎の竜の体を切り裂いた。
　後少し。その白骨の炎を打ち砕かんとした時、熱した空気が白く濁る。
　吹雪を封じ込めたような強烈な暴風が、仕掛けようとしたケルベロス達を薙いだ。
　白骨に青白い宝玉を抱え、その表皮に霜を下ろし白い霧を纏う、氷の竜が舞い戻る。

●
「回復、してる」
　無月が言う。その通りに、その竜の姿は背を向けた時よりも明らかに回復していた。氷の継ぎ接ぎであった体には白い骨が通る。
「――！」
　降り立つと同時に、嘶き、出現した円刃が周囲を舞い、切り裂いた。それは煉三とエルガーへと吸い込まれ、一つは無月がその射線へと身を躍らせるが、エルガーへと向かったそれは彼の胴を深々と過ぎ去っていった。
　蓄積していた疲労、損傷も加わり、意識を遠ざける寸前に身を抉る衝撃に身を任せ宙を舞った。
　自らを障害とせぬよう攻撃を受け入れる様に吹飛んだエルガーに焦げ付くような頭痛を微かに覚えながら眸は、目の前の敵へと視線を向ける。
　それに先んじる様に、煉三が声を上げる。敵の戦闘から得た情報だった。
「それと、完全回復しているわけではないようだ」
　と、示す。治癒が行われているが、それでも深い傷は残っているように見受けられた。
「癒せ」
　風に希うのは癒しの力。伶は、起こした治癒の風を無月へと纏わせる。満身創痍といった状態の彼女は、それでも、槍刃に空の魔力を滾らせて駆けた。
　眼前には口内に零度の暴風を見せる竜。自分はそう長く意識を保てない。それを自覚していた彼女は、それでも淡々と、攻勢を固持した。
　吐き出されるのは、絶望にも似た白。
　瞬間。
　薄れ。
　仄かに。
　見えた、凍てつく白霧を裂く夜空の剣閃。直後、無月の体を強烈な突撃が襲い、その軽い体を吹き飛ばしていた。

●
　白の竜が崩れ落ちる。無月の剣に凍結の吐息を裂かれ、宝玉を砕かれた氷の竜はその形を保てずに霧散していった。その傍らには興奮した様子で地を鳴らす獣の竜。それを追うように炎の砲撃が地面を薙いで炎の竜が浮かぶ空の下、見知らぬ竜が降り立った。
　それらはまるで統制を失ったように、狂ったように、ケルベロス達へと襲い来る。
「……っ」
　遠くに転がって気を失った無月に、しかし、戦闘の余波が届きそうにない事を確信した満願が気付く。
　そのどれもが動きが鈍っている。
「これは」伶がその原因を察した。数十分、その戦闘の中で劇的な変化を齎すとすれば。
　焔の放つ息吹が、新しい個体へと吸い込まれ、緩慢な動きでは躱す事も適わずその攻撃を身に受け、直後、ヒールの光を瞬かせる。
「回復役、カ」
　眸が納得したと、言う。退避したドラゴンの回復をあの竜が行っていたのだろう。キリノが金縛りをかけた瞬間に眸が引き絞った弓から一矢を打ち放つ。元々戦闘向きではなかったのだろう。ヒールの光すら緩慢なそのドラゴンの頸骨へと吸い込まれた光の弓はそのまま、竜の背骨を砕き割って霧散させた。
「苦労かけさせやがって」
　砲腕が空を定める。大海を宿すような光を零す銀の腕を顕現させた満願は、黒の残滓を散らせる青で火を纏う竜を撃ち抜いた。
「――！！」
　一撃で、その下半身を完全に吹き飛ばした竜は最期のあがき、と満願へと全身を爆薬と化し突撃。
「……」
　だが、その途中、中空にて巻き起こった爆発がその竜の体を包み込み、大輪の爆炎が弾けた。その目に感情を映す事無く、煉三は自らの手で塵になった個体を見届け、残る一体へと目を向けた。
「死してもなお戦うか」
　正彦が自らへと向かいくる獣の竜へと、言外に敬意を零した。不器用にも、口下手にも、言葉は握る剣に込めた。
　舞う十一の星剣がその突進を阻み、角の一撃を正彦の手に持つ剣が正面から受け止め、拮抗する。
「乗ってきな」と伶がフローライトへとドラゴニックハンマーを振りかぶった。彼女は一瞬の空白の後、その面へと飛び乗った。
「……葉っさん」
　打ち出された彼女の体に肩に取りついていた攻性植物が硬化し、前面に展開する。猛烈な勢いのまま、動きを正彦が抑える獣の竜へと激突した。
　衝突。もはや、甲高い音すら響かせたそれによって、獣の竜はその体をばらばらに舞わせて、二度と動く事は無い。
　異様な沈黙が辺りを漂った。
　戦闘の轟音に慣れた耳に遠くの音が、見方達の歓声が微かに聞こえ始めていた。

作者：雨屋鳥	重傷：空鳴・無月（宵星の蒼・e04245）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年7月6日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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