智龍襲来～骸荊のラクリマ

■リプレイ

●空墜
　螺旋帝の血族である緋紗雨を狙い、彼方の島より智龍ゲドムガサラが率いる軍勢――宝玉封魂竜の群れが飛来する。対するケルベロス達が防衛拠点としたのは、難攻不落と謳われる飫肥城。不吉な色を湛えた空に広がる敵影を捉え、一行は何としてでも此処を守り切ると決意を抱いていた。
「まるで……今にも空が墜ちてくるようですわ」
　圧倒的なまでの敵が押し寄せてくる様を、シグリッド・エクレフ（虹見る小鳥・e02274）はそんな風に表現していたが――確かに彼女の愛する空は今、酷く重圧感を漂わせて、見る者の心を軋ませている。
「此処が勝負処と心得ました。……毎回ですけれど」
　それでも芥川・辰乃（終われない物語・e00816）は、押し潰される訳にはいかないと愛銃を握りしめて。その隣ではボクスドラゴンの棗も鼻息を荒くして、主と一緒にやる気満々の様子を見せていた。
「さて、ここで敗北したら物凄くまずそうね。何としても相手を倒して守り抜かないと」
　一方で植原・八千代（淫魔拳士・e05846）と言えば、普段通りの態度を崩さず振る舞っているようだったが、戦を前に高揚しているのだろう。微かに潤んだ瞳と艶やかな唇は、激しい闘いを求めて獲物を誘っているようにも見える。
（「わたしも、心をつよく、持てたら……」）
　――守る為に、騎士として振るう剣。それすらも毀壊の力であると、ハンナ・リヒテンベルク（聖寵のカタリナ・e00447）は悲嘆に暮れてしまうこともあるけれど。
（「ローカスト……相容れぬと哀しんでいた中にも、確かに歓びが生まれた」）
　種の滅亡に晒されていた彼らの、ほんの一握りでも――この星を愛し、生きることを選んでくれた者が居た。それは確かな救いとなったが、全てがそうなるとは限らないのだとハンナには分かっている。
「……でも、だからわたし、いま、出来ることをしたい」
　少女の翠緑の瞳が見据えるのは、夢などでは無く現実であり。偵察などを行わずとも十分に目視出来る脅威へ、筐・恭志郎（白鞘・e19690）も真っ直ぐに向き合っていた。
「先日まで瀕死の竜の特攻が続いてたのが、暫く無かったと思ったら……こんな姿になってたなんて」
「……死し瀕した同族を、あのような姿にしてでも戦いに挑む程、彼らは追い詰められているのですね」
　無意識に零れた恭志郎の呟きに対し、彼岸花の香りと共に漂うのはリコリス・セレスティア（凍月花・e03248）の声。淡々と紡がれるそれに滲む、微かな悲哀を感じ取りつつも――恭志郎は自身の想いを吐き出さずには居られなかった。
「彼らは、この形であっても延命を自ら望んだのでしょうか。それとも、……」
　――その先はもう、言葉に出来ない。彼らの矜持を傷つけると思ったし、向こうも憐れみなど抱いて欲しくは無いと分かっていたから。だからリコリスも恭志郎に、全ては残された同族を救う為なのでしょうと言って頷いた。
「……思う所はありますが、今は戦いに集中をしましょう」
　一行が迎撃するのは、枯れた荊を纏う宝玉封魂竜。その名の通り、体内の宝玉に魂や感情までも封じたのか――智龍に統率されたその様子は、意思を持たない骸そのものだ。
「誇り高く見えた彼らにとって、自身の意志で力を揮う事も許されない状態は……どうなんでしょう、ね」
　乾いた骨がからからと音を鳴らして迫る中、八柳・蜂（械蜂・e00563）は緩やかに瞬きをして己の腕を見遣る。ひんやりとした肉体を支える彼女の骨格は、機械仕掛けの鋼であり――自分は決して人では無いのだと、蜂に訴えかけているようだ。
（「……無理せずに」）
　そんな見知った彼女の背中が何時もより細く見えて、イェロ・カナン（赫・e00116）は心配そうに瞳を細めたけれど。己の鼓動を刻む炎をそっと確かめた後、彼は深呼吸をして空を仰いだ。
「ま、同じ地で戦ってる、近くて遠い仲間たちに報いる為にも、頑張っていきましょうかね」

●荊涙
　飛来してきた宝玉封魂竜――『骸荊』と命名された個体は、予知による情報から回復に長けていると思われた。そんな中で辰乃や恭志郎は、可能であれば早期撃破を狙っているようであったが、此方は敵本陣に切り込まず最初から防衛戦を見越して戦うと決めている。
「だったら、できるだけ確実に行くべきでしょうね」
　一見、好戦的に見える八千代だが、無理して先走っても却って時間が掛かるだけと、先ずは自己強化に努めることにしたようだ。全身に禍々しい呪紋を浮かべた姿は、彼女が喰らった魂を憑依させた証――一方でハンナは薔薇の香りを纏いながら、荊の竜に向かって刃を構えた。
「ここから先へは、行かせない……」
　――白き羽根を舞わせて繰り出されたのは、稲妻を帯びた神速の突きであり。その間に皆の盾になると決めた蜂は、無骨な鉄塊剣を軽々と振り回して一撃を叩き込み、竜の注意を自分に向ける。
「……同胞を守るため、己の命を賭けるのですか。その在り方は、私達も同じです」
　更に辰乃も下唇を噛み締めつつ、皆を守ろうと決意して跳躍――妖精の靴による急降下を行い、美しき虹の尾を描く蹴りが竜の骨を砕いていった。其処でかたかたと顎を鳴らし、骸荊の纏ういばらが鋭利な槍と化して襲い掛かるが、傷口を抉るその一撃はリコリスによって直ぐに癒される。
「同時に加護を打ち砕くのが厄介ですが……幸い攻撃自体は、然程強烈でないのが幸いですね」
　御業を鎧と為して辰乃を守ったリコリスが呟く通り、一気に畳み掛けられる心配は無さそうだが――それでも癒せない傷は、徐々に積み重なっていくだろう。誰を優先して回復すべきかと彼女が思案する中で、後方からはイェロと恭志郎が、竜の足取りを鈍らせるべく次々に飛び掛かっていった。
（「死してなお、穏やかな眠りすら無いなんて」）
　流星の煌めきを宿した蹴りは重力を伴って、空を舞う竜を地上へと引きずりおろすかのよう。骨の身になっても涙するだろうかと、茫洋とした想いを巡らせるイェロの髪が黄昏の色に染まって――やがて彼は、切なげな笑みを浮かべて呟いた。
「……なんて。もう、わかんないか」
「さて、参りましょうか」
　一方で、彼方の空への憧憬を見せるのはシグリッドだ。死地へ赴こうとも快活な態度を崩さず、彼女は勿忘草の咲く金糸の髪をふわりと揺らして、迸る雷を骸荊目掛けて放つ。しかし竜も獲物を戒めようと、荊の檻を張り巡らせるが――対するリコリスが守護星座を、辰乃と棗も光の花弁を降らせて仲間たちを浄化していった。
「……中々やるじゃない。身も心も蕩けるくらいに、もっともっと戦いましょう？」
　動き易い衣装を翻し、魅惑的な肢体を惜しげもなく晒して戦う八千代だったが、熱い吐息が零れるのは戦いの激しさだけが原因ではないらしい。己に宿した魔人の力は既に散らされてしまっていたが、彼女は動きの鈍った竜へ電光石火の蹴りを喰らわせる。
『――グ、オォォォ……！』
　たまらず骸荊はいばらの鎧を纏って守りを固め、骨格を修復していくが――其処へ恭志郎が音速の拳を振り下ろし、竜の立て直しを阻止していった。
（「どれ程痛ましく見えたとして、望まぬ改造だったとして、倒すべき事に変わりはないのだけれど……」）
　彼の脳裏に過ぎったのは、屍隷兵の事だったのだろう。彼らも冥龍によって生み出された存在で、亡者のようにひとびとを襲っていた。グラビティ・チェインの枯渇さえ無ければこうして争う事は無かっただろうとリコリスも言っていたが、裏を返せば、争わねばならない程に彼らは切迫しているのだろう。
　――イェロの放つ漆黒の魔力弾を受けて、悪夢を見る竜が悶えた。彼が何に追い詰められ、苦しんでいるのかは分からなかったけれど、畳みかけるようにシグリッドは釘を生やしたバールで殴りつける。
「ふふ、はしたなかったですわね」
　華麗なフルスイングを決めた彼女は優雅に微笑み、異常が蓄積された骸荊はと言えば、回復さえもままならないようだった。麻痺により硬直した骨の竜をきりりと見据え、ハンナは一族に伝わる聖技を行使しようと動く。
「善も、悪も、今はただ、総てを還し……時よ凍れ」
　祈りを紡いで一歩足を踏み出すたび、雪の華が大地に咲いていって――舞い上がる結晶が織り成す幻想は、時すらも微睡ませて剣先を導いていった。
「わたしは……護る」
　ハンナの刃が真っ直ぐに竜の宝玉を貫いた刹那、六華の死化粧を施された骸荊ははらはらと砕け散っていき、其処へ蜂の冷たい指先がそっと差し出される。
（「せめて、安らかに逝けるよう――」）
　――微かに触れた欠片は、その瞬間にかたちを失っていくけれど。仮初の肉体から魂が解放されたことを、シグリッドは願わずには居られなかった。
「……お休みなさい。誇り高き魂」

●天啼
　宝玉封魂竜を無事に仕留めた後、一行は引き続き飫肥城の防衛へと当たる。先程の戦いで負傷の積み重なった辰乃と棗は後方へ下がり、代わりにイェロと恭志郎がその穴を埋めるように前へと移動した。
「連戦となると、やはり厳しいですね……」
　盾となり敵を引きつけていた辰乃だったが、やはりサーヴァントを従えている以上耐久力は落ちる。同じ戦い方で竜の軍勢を相手にするには、押し切られる可能性もある――先程の迎撃戦と同じ戦法が通用すると言う保証もなく、此処は防衛戦を見越して動く仲間たちの力を借りた方が良いだろう。
「……特に負傷者は居ない、と」
　簡単に回復を済ませたイェロらは周辺の様子を窺うが、傷ついて動けなくなっている者は居ないようだ。いざとなったら怪力を発揮して、安全な場所まで運ぼうと思っていたがその心配は無く――一方で城の造りに気を配っていたシグリッドは、損壊の恐れが無いことを知って安堵している様子だった。
「緊急時の避難路など、目につくものもないみたいですわね」
　更に予想外の敵の出現にも備えていたのだが、それも杞憂に終わりそうだ。螺旋帝の血族である緋紗雨を護っている以上、螺旋忍軍が動く可能性もあるとハンナ達は考えていたのだが――周囲を確認する八千代も、特に不審な影は無いようだと結論づけた。
「それよりも何よりも、この竜の軍勢をどうにかしないとね」
　――偵察を行うまでも無く、宝玉封魂竜たちの姿はあちこちに見受けられ、こうしている今も此方目掛けて襲い掛かって来ようとしている。智龍の居る本陣へどれ程の仲間が辿り着けたかは分からないが、城の防衛を担うと決意した以上、彼らの勝利を信じて守り切る他ない。
「……あくまで、重視するのは防衛線突破の阻止です。それを越えて突出はしません」
　咆哮をあげて業火を吐き出す竜――その咢目掛けて恭志郎が踏み込み、握りしめた刃の切先は烙華の印を刻む。それは何方かが倒れるまで戦うと言う意思の顕れであり、彼だけに背負わせまいとばかりに、蜂の大剣が唸りをあげて振り下ろされていった。
「ええ、突破はさせません。私が――皆を守ります」
　――何よりも、仲間が傷つくのが恐いのだと、蜂は思う。それに比べたら、自分が傷つくことなど些細なことだ。しかし、そんな彼女の危うさを憂うイェロは、負担を掛けさせまいと竜の撃破に努めるが――智龍の統率下にある彼らの動きは巧みだった。
　一体を追い詰めたと思えば、直ぐに別の竜が割り込んで盾となる。その間に傷ついた竜は一旦後退し、回復を受けてから戦線へと復帰してくるのだ。更に回復に長けると思われる竜は後方で守られ、決してその身を危険に晒したりはしない――。
（「連携は此方の強みだと思っていましたが、相手にそれをやられると……厳しいものがありますね」）
　治療に奔走しつつ、敵の様子を観察していたリコリスが見ても、彼らの連携は鮮やかだった。圧倒的な力で此方を蹂躙しようとするデウスエクスへ、自分たちは連携をすることで立ち向かって来た――しかし向こうに同じことをやられてしまうと、後は個々の能力がものを言う。
「それでも、負けられません。体躯や力で及ばずとも、この決意だけは……！」
　虚空に放たれた弾丸が光の雨と化す中響くのは、辰乃の叫びだった。不安を祓う彼女の信念は、彼女が願う物語を紡ぐ力に変わり――大丈夫、と頷く蜂も蜂蜜色の光雨を降らせ、同胞を護ろうと甘い香りを漂わせる。
「……絶対に」
　一進一退の攻防はじりじりと続き、終わりの見えない戦いに心が悲鳴をあげそうになっても、ハンナは立ち続けていた。けれどもし、このまま勝機が無く撤退すら困難になったのなら――最後の手段を取る他ない。
（「アレキサンドライトの眸、と言った、かしら」）
　感情が昂り、自我を失った自分の姿はきっと変わり果ててしまうのだろう。それでもどうか、叶うのであれば翡翠の瞳をしたあの人に、自分を見つけて欲しい。
「全くもう。……戦う相手には、事欠きませんわね」
　そんな悲壮な覚悟を抱いたのはハンナだけでは無く、シグリッドもまた零れそうになる涙を拭って、煌めく光を舞わせていく。
　――そうして戦い続けたある瞬間にふと、戦の流れが変わったのだ。

●弔火
「……これは？」
　拳を振るう八千代の目の前で、宝玉封魂竜たちの動きが明らかに精彩を欠いていく。先程までは連携を取って攻め寄せていた筈が、今の竜たちは単調な攻撃をするのみで、標的も特に定めずばらばらだ。
　己の身が危機に晒されても撤退しないばかりか、回復を行う竜も自らを護ることしかせず、彼らは軍勢とは名ばかりの烏合の衆と化した。
「きっと、智龍……ゲドムガサラが撃破されたのでしょうね」
　彼が直接指揮をしないと、竜たちは能力を発揮出来ない――その現実をまざまざと見せつけられた辰乃は、ようやく一呼吸吐けたようだ。しかし今が攻め時と判断した一行は、統制を失った竜たちを次々に押し返していく。
「さあ、最後まで熱くイキましょう！」
　光と闇の剛腕を叩きつける八千代の歓声が、高らかに辺りへ響く中――他の班も盛り返してきたらしく、あちこちで竜が屠られていくのが目に入って来た。
「棘だらけの身体に、手向けの花をとも思っていたんだけど。……ねえ、君は元居た場所でゆっくりおやすみ」
　イェロの見つめるその先で、骨の竜は最期のときを迎えようとしている。虚ろな胸に燃える炎は、眩いばかりにいのちの鼓動を刻み――乾いた風と細かな砂が入り混じる、異国の風景を瞼の裏に蘇らせた。
「送り火を焚いて、空へと還すから。……ここで、さよならだ」
　――別れの言葉と共に炎が爆ぜて、後に残るのは微かな灰。せめて竜の冥福を祈ろうとリコリスやハンナがそっと膝をつく中で、シグリッドは空を仰いで眩しそうに目を細めた。
「歯車一つ違えば、貴方がたとこの空を、並んで飛べることも在ったのでしょうか」
　そうして彼女は祈る。彼らの流せぬ涙が雨となり、いつか地上へ降り注いでくれますように、と。

作者：柚烏	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年7月6日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 4
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