智龍襲来～飫肥城龍撃戦

■リプレイ

●飫肥城外部、先陣迎撃
　紅い空の下、番犬たちは飫肥城を囲み、竜の軍勢を待ち構えている。
「……全く、イグニスも面倒な事をやってくれたね」
　紗神・炯介（白き獣・e09948）が振り返る。
　本丸に匿った女はヒトでなく、彼女を追い落した男はかつての仇敵。
（「政治や駆け引きに興味はないけれど……複雑な想いの人もいるだろうね」）
　その視線の先にはリリー・リーゼンフェルト（耀星爛舞・e11348）が俯いている。
（「緋紗雨は……螺旋忍軍の重要人物。仇の情報を持っているかもしれない。ならばここで恩を売るのも悪くない。そう、考えるべき……かしら」）
　その肩にリモーネ・アプリコット（銀閃・e14900）が手を置いて。
「螺旋忍軍の思惑は気になるところもあるけど、そんな事よりドラゴンの方が危険だから……今回は、思惑に乗ってあげましょう」
　時代は移ろう。人の想いを歯牙にも掛けず。
「……ええ。眼前の危機を脱するのが先決。任せて」
　ならば己が事情はかなぐり捨て、番犬の矜持を胸に抱いて進むのみだ。
「しかし、即座に軍勢をぶち込んで来るたぁな。たく、毎回毎回。ドラゴンはやる気のあるこった」
　ため息を落とし、ロア・イクリプス（エンディミオンの鷹・e22851）が立ち上がる。
「でも、考えてみれば大ピンチだよね。群れたドラゴンを迎え討つのって、今回が初めてだもん。ちょっとワクワクしてきちゃう」
　アンノ・クラウンフェイス（ちっぽけな謎・e00468）は、そう言って笑う。
　燃えるような死闘を、望む者もいるのだ。
　空を睨む、サイガ・クロガネ（唯我裁断・e04394）もその一人。
（「肌を刺すようなこの空気……吹きつける熱の籠もった風……戦場のにおい。戦火の中にあって鐵たる証明を……」）
　彼の隣で、キース・クレイノア（送り屋・e01393）が右腕に結んだ鈴が鳴る。脇に佇む精霊……魚さんの頭を撫でて。
「竜十字島の竜……いずれ闘わねばならない相手だ。やがてそこを陥とす日の予行演習だと思えばいい」
　敵の先陣は本隊に先行し、爆撃機のように迫って来る。
「うん。何が来ても、あたしは退かない。みんな、もし危機になったら、あたしが残るから……」
　そう言う比嘉・アガサ（のらねこ・e16711）の肩を、仲間たちがぽんと叩いて。
　ここは抜かせない。
　想いは、一つだ。
「さあ、来るぞ……耳を塞げ」
　高高度から迫る、骸骨と化した竜。
　キースが囁きと共に、水底のあぶくのような音に包まれ、前衛が加護を破る力を得る。
　そして、甲高い叫びと共に稲妻が降り注いだ。

　闘いが始まり、数分……。
　外郭のそこかしこで土煙が舞い上がり、壁や石垣が崩れていく。
（「飫肥城……要塞化なんてされる前から知っていたけど、こんな形で訪れることになるなんて、ね」）
　跳躍したリモーネが空を絶ち、舞い降りる竜の喉笛を打つ。竜は悲鳴をあげ、リモーネが着地すると同時に雷を落とした。
　まるで地面が爆発したかのようにめくれ上がる。サイガがリモーネを庇い、稲妻を弾いて。
（「強いな……だが、嘗て殺し合った傷竜と比べれば、褪せた魂の彩。この程度で……！」）
　放たれる影刃が足を裂く中、頭上に跳ぶのはロアと炯介。片や星の如く、片や虹の軌跡を描いて、落ちる二重の下段蹴り。
「抜かせやしないぜ……一歩足りともな。これでも喰らって、地に堕ちな！」
　だが頭蓋を打ち付けられながらも、雷鳴竜はロアの叫びに抗って鎌首を持ちあげる。
　雷電が瞬き、しなる鞭のように炯介の体を跳ね飛ばした。
（「っ……この重さ。耐えれても数発。その上、これは先陣に過ぎない……でも何故だろう。闘いの高揚に、心に血が巡る……」）
　敵が身を癒そうと距離を取る隙に、リリーのオーラが炯介を包む。
「無茶は駄目よ……！　作戦は上々。確実に削りに行くわ！」
「わかってる。背中は任せたよ」
　咆哮にて癒しを試みる雷鳴竜。その脇から、悪しき風がその身を捉え、潰すように地に落とす。
　アガサのあだのかぜ。身の癒しを呪いに封じられ、竜は舌打つように後ろを振り返る。
「いまさら悪あがき？　どこに行こうって言うの？　どこにも行かせないよ」
　敵の視線を追えば、飫肥城を押し包む包囲網に一匹の竜が逃げ帰るのが見えた。共にそれに気付いたアンノが、火炎を放ちながら。
「あはっ、キミたちは確かに強いけど……後ろを気にしすぎじゃない？　竜の癖に随分、及び腰なんだね？」
　更にキースが炎の蹴りで顎を打ち、硝子の如く敵の加護が割れる。雷鳴竜は怒気と共に、雷撃を周囲に巻き散らした。
（「確かに強いが、逃げ腰すぎる。何か、企みがある……のか？」）
　身を叩きつけられながらも受け身を取りつつ。
　ふと、隣で祈りを捧げて自分を癒す魚さんが目に映る。
　ハッと気付いて、キースの目は後方を向いた。
　先ほどの竜が後方で仲間に癒され、別な個体が入れ替わりで前線に向かっていく。
　敵の狙いは戦場外の後方に癒し手を配し、前線交代を繰り返す波状攻撃にあったのだ。
　そう気付いた時には、雷鳴竜は羽を広げていた。
「逃げる気だ、行かせるな……！」
　キースが跳躍してその胸の宝石にしがみつくと同時に、雷鳴竜は空へと飛びあがった。

　ロア、サイガ、炯介が一斉に轟竜砲の構えを取る。だが急上昇する雷鳴竜を前に、狙いは定まらない。
「……っ！」
　激しい耳鳴りの中、キースの視線が周辺の状況を捉える。
　すでに先陣を撃破した仲間たちは、この一瞬の機に乗じ、陣から飛びだすように出撃している。
（「あの時も確か先に行く者の背を見送ったな……俺は、今回も見送る側だ……今度こそ犠牲なく、全てを終わらせる……ここは、皆がいるから大丈夫だ」）
　思い浮かぶのは、竜十字島へと繋がる魔空回廊。
「だから、お前は俺が始末する」
　キースは最後の力で、剣を宝玉に突き立てた。耳を裂く悲鳴と共に上昇が止まり、キースの胸倉を稲妻が貫く。
　瞬間、追い付いた轟竜砲の群れが、雷鳴竜を粉砕した……。

●外郭の闘い
　雷鳴竜を道連れに、キースも彼方へと滑落していく。
「……！」
　思わず探しに出ようとするリモーネの手を、リリーが掴んで。
「駄目……！　今は助けに行けない。己を殺してでも周りを活かし、何があろうと絶対に作戦を成功させる……それが任務よ。戦闘開始からもう１０分。下がらないと」
　一瞬の沈黙の後、二人は頷き合って。
「……わかりました。回復して態勢を整えたら城壁の奥へ退きましょう。まず、サイガさんとアンノさんが役割交代して……」
「大丈夫、キースはきっと生きてるさ。魚さんがまだいるからな。俺も守りに入ろう。回復してくれ」
　ロアが振り返れば、心細い中で魚さんは必死に頷き、癒しの祈りを始める。
　すでに周囲では、番犬たちは薄くなった防衛線を縮めている。こちらも遅れるわけにはいかない。
　走り出した七人の頭上では、骨竜たちが飛び抜け前線を交代していく。
「ちっ……突出してきた第一陣は始末出来たが、急がないと俺たちも同じ轍を踏むことに……」
　サイガの言葉の途中で、目の前の城壁が突如として破砕した。
「……！」
　覗いた壁の向こうでは、紅い宝石の骨竜と激しく争う味方の姿。負傷者も二、三人いるようだ。
「あれは……多分、出撃班。第二波に捕まって押し返されてるんだわ。このままじゃあの人たち孤立しちゃう」
　アガサが飛び出し破壊の閃光を乱射しながら走り出す。思案の間は、ない。
「あれれ、すっかり乱戦。ボク、前に出るのは得意じゃないんだけど……ま、仕方ないよね」
　雪崩れ込む七人。閃光に頬を打たれ、アンノの蹴りが脇腹へめり込み、紅宝竜は態勢を崩す。
「っ……誰！」
　火炎の揺らめく向こうから、疲れ果てた悲壮な声が響く。
「こちらは紗神・炯介。まだ闘えるかい？　僕らが援護する。敵を挟み込むよ」
「こちら、シトラス・エイルノート。助かります……！」
　炯介が虹の蹴りで紅宝竜の顎を蹴り上げれば、リモーネにサイガも加わり、こちらの一方的な奇襲は続く。リリーと魚さんは癒しで前線を支え、出撃班も僅かに勢いを取り戻した。
　だが、敵の統制に緩みはない。予想外の奇襲にもたじろぎはせず、その強靭な爪を振り下ろす。血飛沫が飛び、一人が倒れて……。
「出撃班、戦闘不能……四名！　向こうはもう限界よ！」
　鎖結界を飛ばし、リリーが叫ぶ。魚さんも必死に祈りを重ねているが、明らかに彼らはもう闘えない。
「負傷者を連れて城へ逃げて。急いで」
　リモーネはそう言うなり跳躍し、毒刃で竜の足を裂く。
「だが……！」
　迷いを見せる黒い長髪の青年。サイガは爆炎から彼らを庇って着地しつつ。
「こいつはこっちに任せろ。そっちのおかげで、俺たちだけでもどうにか出来そうだ」
「……すまない」
　出撃班は、戦闘不能の者たちを抱えて城へと走り去っていく。
　アガサが幾度も引き金を落としながら、息を切らして。
「どうにかって……本気で言ってる？　こっちも連戦で、しかも守りの陣形……相当な無茶だよ」
　その脇から進み出るのは、ロア。
「あの状態じゃ、こうするしかねーだろ。ここは守備が本気を出すところだ……ついて来な。特別に昔の闘い方を、見せてやる……！」
　言うなり、突撃。その拳は紅宝竜の頬を穿ち、巨体を大地に押し倒した。
「やれる限り……やってやるぜ！」
　燃える飫肥城を背負い、友の装備に想いを乗せて、青年は咆哮する……。

　そして時計は、進む。無慈悲に。そして冷酷に。
　立ち向かってくる番犬たちを掃い、紅宝竜はその翼を広げた。
「戦術はもう割れてんだぜ……逃がすかよ！」
『……！』
　血みどろの姿で、その後ろに現れたのは、ロア。無理矢理に飛び立とうとした紅宝竜と、渾身の力で振り下ろされた竜槌……フランベルジュが激突する。火花散る激突の後、竜は地に堕ち、ロアの体は中空へ投げ出された。
（「ちっ、逃げは防いだものの……いい的だな。すまん。後は、頼む」）
　ロアと炯介の視線が交錯した刹那、炎のブレスが噴火の如く立ち登り、ロアを吹き飛ばした。紅宝竜はそのまま火炎で前衛を薙ぎ払い、番犬の包囲を走り抜ける。
「残念だったね」
『……！』
　その首に、いつの間にか炯介がまたがっていた。
「君を、逃すわけにはいかない。おめおめと交代させたら、キース君やロア君に笑われるからね」
　火傷から血を流し、燻る火炎もそのままに、竜槌をひたりとその首に押し当てる。零距離で炸裂した竜砲弾が巨体を押し倒し、紅宝竜は瓦礫へと突っ込んだ。
「……っ」
　振り落とされた炯介の体を憤怒の爪牙が瓦礫の中へ押し潰す。
　紅宝竜は身を翻して逃げようとし、そして……。
「誰の犠牲も、無駄にはしない」
『！』
　アガサの光線に、足が凍り付いていることを悟った。
「これで二匹目……散りなさい」
　絶叫と共に凍りついていく火竜は、リモーネの一閃に首を落とされ、砕け散った。

●内郭の闘い
　飫肥城は赤々と火に包まれ、黒煙が空を焦がす。
　大筒に囲まれ、圧倒的な物量の前に滅びていった、この国の城の歴史をなぞるように。
　すでに、全員が膝をついている。
　キースとロアは行方不明。炯介を瓦礫の中から救出する時間もない。継戦は不可能だ。
「戦闘開始から……２２分。本丸へ……退かなきゃ」
　よろよろと立ち上がるリリーに続き、仲間たちが起き上がる。
　魚さんが崩れた城壁の向こうで、こっちだよ、と手を振っている。
　その時だった。巨大な爪牙が城壁ごとその姿を押し潰したのは。
「っ……！」
　光と消える魚さんを気にも留めず、土煙から青い宝石の宝玉封魂竜が現れる。
　三匹目だ。
　勝ち目は、ない……。

　絶望が、目の前に立ち塞がる。
　サイガが、腰の信号弾に指を這わせた。だが。
（「本陣が……あの状態じゃな」）
　戦火はすでに本丸を押し包んでいる。
「状況は、どこも似たりよったり……なら、逃げる？　本陣を見捨てて逃げ出せば、あれも無駄な追撃はしないよ？」
　アンノが囁く。口の端を笑みに歪めながら。
　それはつまり、暴走も出来ないということ。力への鍵は、己か仲間の『逃れ得ぬ』窮地のみ。
　闘えば、ものの数分で、この場に立つ者は誰もいなくなるだろう。
　……それでも。
　無言のまま、五人は跳躍した。

　リモーネの刀が固い骨を叩き割る。だが、青宝竜は腕に突き刺さった刀を物ともせずに、その爪で彼女を弾き飛ばした。
「……っ！」
　吹き飛んだ肢体を、サイガが庇おうとするも、もう間に合わない。火砕流のような冷気のブレスが二人を呑み込む。辛うじて立ち上がったのは、サイガのみ。だが。
（「くそ……膝が。ここまでか……」）
　煩わしい虫けらを捻り潰しておこうとばかりに、青宝竜が爪を持ち上げた時。その頬を、雷撃が打ち据えた。
「外なる螺旋と内なる神歌に導かれ、その威光を以て破壊と焦燥を与えん……どうしたのよ、アタシはまだ闘えるわ」
　それはリリー。回復などもはや間に合わぬ戦場で、擦り傷だらけのメディック一人。
　咆哮と共に青宝竜が走り出す。
「終焉の刻、彼の地に満つるは破滅の歌声、綴るは真理、望むは廻天、万象の涯にて開闢を射す……反転世界・【極壊】」
『……！』
　その足を、白黒に反転した空間が押し包み、青宝竜は無様にその場にこける。
　息を切らしながらも、アンノは笑う。
「あはっ！　ゴメンね、青い竜くん。煩わしいかもしれないけど、最後まで粘らせてもらうよ」
　怒りと憎悪に歪んだ瞳を、今度は輝く閃光が打ち据えた。
「変な人たち……あたしにつき合うことないのに、誰も退かないなんて……」
　アガサのライフルは、すでに煙を吹き上げている。
　サイガも、震える膝を無理矢理に立ち上がらせて。
　すでに仲間も、もう半分。作戦など意味を成さない。一秒でも長く、ここで無様に粘るだけだ。
　激怒の咆哮と共にブレスが収束する。
「来るぞ……！」
　その時だった。
　突如として竜が悲鳴を上げ、ブレスをあらぬ方向へ噴き出したのは。
「……！？」
　竜は金切り声を上げながら、助けを求めるように西へ向けて咆哮する。
「外し、た？」
「違う！　これは……」
　飫肥城の周辺から同じように竜の悲鳴が立ち上がり、一拍遅れて仲間たちの雄叫びが聞こえてくる。
　意味するところは、ただ一つ。
　討たれたのだ。ゲドムガサラが。
　青宝竜は逆転した戦場の勢いに呑まれるように、じりと後ずさる。
　四人の視線が、絡んだ。
　背後から、仲間たちの歓声が近づいてくる。
　自分たちがここに倒れたとしても、飫肥城から再出撃してきた仲間たちが、青宝竜を薙ぐだろう。奴を見逃しさえしなければ。
　ならば、倒れた仲間と同じ道を行くだけだ。
　そして四人は突撃し、紅い空には竜の悲鳴がこだまする。

●解放
　やがて、反撃の大波は包囲網を打ち崩す。
　夜の帳が落ち、彼らが戦場に倒れた仲間を全て救いだしたころ。
　竜の軍勢の姿は、消えていた……。

作者：白石小梅	重傷：キース・クレイノア（澄徹・e01393） 紗神・炯介（白き獣・e09948） リモーネ・アプリコット（銀閃・e14900） ロア・イクリプス（エンディミオンの鷹・e22851）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年7月6日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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