山で囲まれたその地区には、未ださまざまな言い伝えが残っている。
なかでも梅雨は、しとしとと降る雨に不気味な音が混ざるのだという。
「村人を護るがしゃどくろか……」
がしゃんがしゃんとぶつかり合うそれは、巨体の動きを示す音色。
この時季に村々へ入ろうとする者を許さず、握り潰して食べてしまうらしい。
「私も、侵入者と見做なされるのだろうか」
険しいが故に、舗装道路が整備されるまでは多くのヒトが生命を落としたのだろう。
それを妖怪の仕業と考え始めたのは、もう少し新しい時代になってからのことだが。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
不安を抱いていた胸は、しかし魔女の鍵に貫かれてしまう。
彼女の想い描いていた巨大な骨の集合体が、音を立てて身を起こした。
「ふぅん。がしゃどくろ、ってヒトが創り出した妖怪なのですね!」
笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、本を開いたまま差し出す。
その見開きには、イメージとして歌川国芳の浮世絵が紹介されていた。
「今回のドリームイーターは、この絵みたいにとってもとーっても大きいのです!」
卒業論文に向けて日本各地の妖怪情報を集めていた大学生が、今回の被害者である。
力を貸して欲しいと、柊・乙女(春泥・e03350)も説明側に加わっていた。
「峠を越えて、山道から村へ入ろうとするヒトを狙っています! 1人ずつ捕まえて握り潰したり、まとめて薙ぎ払ったりと、両腕を使って攻撃を仕掛けてくるようです!」
物理的なダメージは勿論、バッドステータスを喰らう可能性もあるようだ。
「峠を越えた場所には、古くは関所が設けられていたようです! 関所跡地の隣に整備されているゲートボール場なら、問題なく戦えると思います!」
但し。
関所跡地は、村人達が地域を物語る大切な場所として保存している。
衝撃などで破壊しないように気を付けてくださいと、ねむは注意を促した。
「あと、ドリームイーターは自分のことを信じていたり噂していたりする人に引き寄せられる性質があるのです! きっと峠付近にいるので、上手く誘き出してください!」
更に出会い頭には、自分が何者かを問うてくるらしい。
答えられなかったり間違ったりした相手を、優先的に狙ってくるのだとか。
「集落と往き来できなくなってしまったらたいへんなのです! みんな、お願いします!」
えいえいおーと、ねむは元気に勝ち鬨をあげる。
眼前のケルベロス達なら大丈夫だと確信しているから、笑顔で皆を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
珠弥・久繁(病葉・e00614) |
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734) |
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803) |
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070) |
柊・乙女(春泥・e03350) |
百丸・千助(刃己合研・e05330) |
尽影・ユズリハ(ロストブレイズ・e22895) |
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485) |
●壱
ケルベロス達は、ゲートボール場から峠へ向かって出発する。
誘導経路を下見して、メンバー間での認識の齟齬をなくすためだ。
「私達ケルベロスです! これからちょっと危ないので離れてください!」
途中で会った村民には、稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)が退去をお願いする。
隣人力の効力に加えてプロレスラーとしての人気もあり、温かい応援も受けながら。
「そういや、この時分ここら辺にはでかい妖怪が出るだなんて噂があるらしいぜ。出会えりゃいい話の種になるかもな」
誘き出しは、事前情報を参考に、峠を少し越えた山道から開始。
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)が、何気なく噂話を切り出した。
「正体は、関所へたどり着けずに死んでしまったヒトたちの怨念の集合体って聞いたよ」
乗っかって、珠弥・久繁(病葉・e00614)も話を拡げていく。
「ろくな死に方をしなかった者達の成れの果てか」
柊・乙女(春泥・e03350)も努めて冷淡に、その死に際を想像してみた。
「キヒヒ♪ アタイ、そういうよく分からないモノ、すっごい興味あるんだよねぇ」
面白そうに、葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が口端を吊り上げる。
「がしゃーんがしゃーん……って音がするのだろうか。それにしても、この擬音だとダモクレスみたいだね」
尽影・ユズリハ(ロストブレイズ・e22895)は、横髪をくるくるしつつ。
「巨大な骨の妖怪か。つまりは妖怪退治……へへっ、御伽話みたいでワクワクすんな!」
両腰の愛刀に手をかけながら、百丸・千助(刃己合研・e05330)は破顔する。
「おう。デカ物がどれくらいなのか見てみてぇもんだな」
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)も、準備万端と周囲を見まわした。
こんな感じで話しながら、頂上でひとやすみして、下り始めたところで。
背後で、なにかのぶつかり合う乾いた音がした。
「うひゃあ、がしゃどくろおっきぃ! 実家の絵巻で見たのよりおっきいんじゃないかなぁ? うぅ、さすがに怖いねぇ」
真っ先に振り返って咲耶は、己の気持ちに正直な感想を述べる。
問われるよりも早かったのだが、間違ってはいなかったため標的から外れたようだ。
「我は何者か……識っておるか……」
「勿論だぜ、クソ野郎。がしゃどくろって妖怪だってんだろ、お前」
「こいつががしゃどくろか。予想以上のデカさだが、たいしたこともない」
「大人しくオレ達に倒されてくれよな、がしゃどくろ!」
「プロレスラー・稲垣晴香対がしゃどくろ。世紀の一戦の予感しかしないわっ!」
ドリームイーターの問いに、次々と答えるケルベロス達。
アルヴァも弘幸も千助も晴香も、しっかりと正解を発する。
「さあてなんだろうか……こんなところで話しかけてくるとは……寂しがり屋のうさぎさんかな? もふもふならともかく……そんな骨ばってて大きな身体でじゃれられるのは、残念だけどお断りだな」
「自分が何者か、だって。柊さん。柊さんはね、清廉で純情で隙のない大和撫子を体現した人だと思うよ」
「珠弥か? そうだな……逞しくて男らしい。このうえなく魅力的に思えるよ」
ディフェンダーを務める3名は、わざと間違えたり巫山戯たり。
ユズリハはフツウだが、久繁は恥ずかしそうだし、乙女は渋い顔をしている。
ドリームイーターを伴って、ケルベロス達はゲートボール場へと移動した。
●弐
全員が関所跡地から最大限に離れて、ドリームイーターを隅へと追いやる。
特にディフェンダー達は、関所跡地とは反対側に位置どった。
早速、右手がユズリハを狙って迫ってくる。
「おっとぉっ! さすがの巨体、攻撃は重いが……狙いが甘い」
鉄塊剣で受け止めて、からの重厚無比で豪快な一撃。
ボクスドラゴンは、相棒の無事に安心して、自身の属性を注ぎこんだ。
「ぐぁっ……なかなかの力だな……」
「もぅ、痛いなぁ。けどまさに、噂をすればなんとやら、という奴だね」
しかし流れのままに伸びてくる右手が、乙女と久繁を薙ぎ払う。
初撃だから致命傷なんて大袈裟な話にはならないが、早々の治療に徹することにした。
拡げる縛霊手から紙兵を撒き、乙女は前衛陣の更に前へと防衛線を張る。
久繁も、メディックを補助するために準備していた、薬液の雨を降らせた。
「妖怪ねぇ。怪談の季節にはちと早いだろうに」
両手の斬霊刀を同時に振り下ろせば、猛烈な衝撃波が戦場を駆け抜ける。
顎を直撃して、アルヴァとドリームイーターのあいだの空気を強烈に振動させた。
「地方の古い建物や習わしは、その価値を認めて積極的に守らなくちゃね。とはいえ、ヒトに危害を加える妖怪は……ご遠慮願いたいかな」
グラビティ・チェインをバトルガントレットに乗せて、思い切りぶん殴る晴香。
愛用の真っ赤なリングコスチューム姿で、果敢にドリームイーターへと挑んでいく。
「成程、そう動くのか。ってかあいつ身軽だな。いい勉強になるぜ」
前衛気質の弘幸は、普段以上に眉間に皺を寄せて、仲間達の動きや攻撃方法を観察中。
タイミングを見計らって爆破スイッチを押せば、カラフルな爆発が発生した。
「まあ本物の妖怪ってわけじゃねえけど、相手にとって不足無しだ!」
流星の煌めきと重力を宿したエアシューズで、千助は飛び蹴りを喰らわせる。
間髪入れず骨に跳び乗るミミックが、エクトプラズムで創りだした刀を突き立てた。
「アタイは葛之葉・咲耶! 葛之葉流陰陽道の咲耶だよぉ!」
怖さを吹き飛ばさんと、めいっぱいの大声で名乗りをあげる咲耶。
皆の積極性にも勇気をもらって、ゾディアックソードから重い斬撃を放った。
●参
左右の視界の端から繰り出される攻撃も、十数回も観ればその癖が掴めてくる。
それにドリームイーターにもダメージが蓄積されて、動きが鈍くなってきた。
「これは何時かで誰かの話」
久繁が語るのは、眠り姫と呼ばれる病に伏した、誰かの物語。
話が進むとともに感染も拡がり、ドリームイーターをその場へと縛り付ける。
「鮮血をその身に纏って舞え……百丸流、奥義の三・朱裂!」
己の霊力を放出し、千助は長大で極薄、且つ高密度の刃を形成した。
巨大で透明な二刀流を以て、ドリームイーターを分子レベルで斬り裂いていく。
「屍を真似るなら屍らしく、土の下に沈んでいろ……沈め」
ずるりと、乙女の四肢に浮かびあがる百足の痣。
と同時に影から喚び出された御業が、ドリームイーターに絡みついて放さない。
「柊、そのまま押さえておいて。いくよ、咲耶。骸骨らしく、さっさと地獄へ戻ってもらおうか! 君に、導きを」
「全て全て、時すら凍る冷気の中で鎮まり給え!」
ユズリハと咲耶は、同じ旅団の仲間であり、背中を預け合える仲でもある。
地獄と化した五感でユズリハが捕らえたのは、ドリームイーターの魂だ。
咲耶が御札から解き放った極低温の冷気に包まれ、器も凍っていく。
輪廻を断たれ、且つ下半身から徐々に固まる恐怖が、ドリームイーターに襲いかかった。
「テメーの命、俺にくれよな」
加えて、弘幸の黒き双眸がドリームイーターの窪んだ眼を捉える。
牙を立てられるような、喰らいつかれるような……そんな錯覚が生命を奪いとった。
「プロレスではでかい方が強いのは定番だけど、ときどき小さい方が勝つから盛り上がるのよ! どんな巨体でも、非実体でも知ったことじゃないわ! 私の投げから逃げられると思ったら、大間違いよ!」
おそらくや最後の力を振り絞って薙いだ左手も、難なく晴香が受け止める。
そのまま抱え込み、足腰と背中の筋肉で後方へ大きく反り投げ、地面へと叩き墜とした。
「そろそろ終わりにしようや。なに、一太刀あれば事足りるってね」
意識を集中させて、目にも止まらぬ速さで斬霊刀を抜くアルヴァ。
素速く魂を斬り伏せれば、下から端から、骨がばらばらと崩れていく。
白き塊と成ったドリームイーターは、ぼろぼろの粉になり、大地へと消えた。
●肆
終わってみれば、皆が身体を張って護った甲斐もあり、関所跡地は無傷。
夕焼けに照らされて、なんとも美しい情景をケルベロス達の瞳に映していた。
「どうなることやらと思ったが、まぁなんとかなるもんだな。まぁ、やれることをやるまでってのはどのポジションも変わりねぇか」
初メディックの緊張感から解放されて、弘幸はひとつ息を吐く。
「うん、助かった。弘幸、ありがとう」
ユズリハを始め全員に礼など言われると、ちょっと恥ずかしくてくせ毛頭をぽりぽり。
「柊の御業は、今日もかっこよかったな。柊を護って、偉いやつだ」
「ん。御業も喜んでいる」
此方では千助に褒められて、乙女の影からかたかたと骨の音が鳴った。
「それにしても、関所に被害がなくてよかったよ。ゲートボール場はそれなりに損傷もあるけど、みんなで直せば大丈夫よね」
「そうだねぇ。ゲートボール場は元通りになるように片付けようねぇ。ファンタジーにしないように、できるだけヒールは使わずにねぇ」
抉れた地面を平らにして、抜けたり曲がったりしたゲートもボールがとおるように。
晴香と咲耶が中心となって、戦場の原状回復に努めた。
「いやぁそれにしても、世界的に注目される美人プロレスラーってのはやっぱりすごいね」
「え、いやそんな照れるよ。でもありがとう」
拍手とともにその戦いっぷりを褒め称えると、チャンピオンベルトを眺めるアルヴァ。
実はストイックなところでも気が合い、晴香となにやら盛り上がる。
「柊さん、これでこのあいだ助けてもらった恩に報えたかな」
「そんなこともあったな。気にしなくていいのに……」
乙女が持ち込んだ依頼だから、受けた恩を返すために久繁は張り切っていたのだ。
冗談でからかって楽しんでもいるが、同僚で友人として大切に想っている。
「そうだ、柊さん。今日の成功をつまみに、お酒を飲みにいこうよ」
「楽しそうだね。私も行きたい!」
「そういうことなら俺の店に来いよ。同じ依頼をこなした仲だ。サービスするぜ?」
「いいねぇ。みんなで美味しい酒を呑みにいこうじゃねぇの」
久繁の提案に、ユズリハがはーいと手を挙げた。
すると弘幸から、とっても嬉しい申し出が。
アルヴァもほかの皆も大賛成して、全員で打ち上げをすることになった。
「あぁけど、千助ちゃんは未だ呑めないねぇ」
「っ……そっ、その分、たくさんご飯を食べてやるんだぜっ!」
想い出したようにぽんっと手を叩いて、咲耶が怪しい笑みを零す。
未成年の千助は、残念だが現実を受け入れるしかなかった。
「百丸。飯の前に、関所について教えてやろう。丁度いい機会だしな」
「ほんとか!? どういうものなのか、ちょっと気になってたんだ。頼むぜ、柊」
乙女は、千助が学校へ編入できるように普段から勉強を教えている。
食べ物にも釣られて、関所の歴史や役割について、真面目に学ぶのだった。
作者:奏音秋里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年7月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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