夏の夜、きみの色

作者:ふじもりみきや


 神社の裏手、木々を進んだ少し奥。
 人気も通らぬ日のささないその場所に、人食いの朝顔が咲くという。
 巨木に絡みついたその姿はまさに化け物のようだと噂されていた。
「人食い……って、なあ。しかも朝顔」
 少年はぼやいて森の中を進んだ。お祭りの喧騒が遠くに聞こえる。
「まあでも見つけたらあいつら絶対びっくりするよな。みんな怖がって来られなかったけれど、聞いたら絶対見に来たがるって」
 想像したのか、ちょっとおかしげに笑う。今日は祭の日。テンションが上がった他愛もない子供の肝試しで、どこにでもある光景だ。彼自身もそうであると自覚していたのだろう。……だが、
「あー。やっぱないなぁ」
 すすめどもすすめども、木々が広がるばかりで朝顔の姿なんてない。やっぱりなぁ。なんて彼が肩をすくめた。その時、
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 気が付けば目の前に、人のような姿があり。
 それはまっすぐに彼の胸を手にしていた鍵で突いた。
 少年の意識が途絶える。その場に崩れ落ちるその傍らには、
 巨大な朝顔が青い花を咲かせていた。


「そろそろ朝顔の咲くころですね」
 そう言って、和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)は微笑んだ。穏やかな時候の挨拶かと思いきや、「それがこんなことになるなんて……」という言葉が続く。
「まさに日常の中の落とし穴です」
「ああ。世の中油断がならないな」
 浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)が苦笑してその話の続きを受け取った。曰く、不思議な物事に強い興味を持って、実際に調査しようとしている人間が、ドリームイーターに襲われその興味を奪われる事件が発生しているという。
「奪った本人自体はもうその場にはいないが、奪われた興味を元に怪物型のドリームイーターが具現化している。被害が出る前に、撃破してほしい」
 そうすれば、興味を奪われた被害者も目を覚ますだろう、と彼女は付け足した。
 そして、彼女は続ける。
 敵は一体で配下のようなものは存在しないということ。
 敵は、モザイクを飛ばして攻撃を行う典型的なドリームイーターであるということ。
 そして、
「彼らは、人間を見つけると自分が何者であるか問うような行為をしてくるらしい。正しく対応できなければ殺してしまうんだと」
「何者……。人食い朝顔、ですか?」
「……もうちょっと、情緒がある言い方がいいな、と思います」
 萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)が言葉を挟んだので、紫睡は非常に微妙そうな顔をする。割と当たっているというか、それしかないのであるが。でも、もうちょっと雰囲気のある名前がいいと思うらしい。
「……まあ、情緒の話は置いておいて、だ。とにかく、現場に向かってドリームイーターを探せば、すぐに見つかるだろう。可及的速やかに現場へと向かい、撃破したのち被害者を助けてあげてほしい」
 神社のほうでは、朝顔祭りとやらがあるみたいだが、寄り道は終わった後にするといい。なんて付け足して月子は笑う。お祭り、と紫睡も目を輝かせた。
「屋台は出ますか?」
「そりゃ、お祭りだからね。もともとは朝顔市が、人が多くて屋台や出店が出て祭りに発展したらしい」
「わ……。少しだけ、寄っていきましょう!」
「そうですね。折角ですから、少しくらいおいしいものを食べても罰は当たりますまい」
 紫睡の言葉に雪継は頷く。もちろん、きちんと敵を倒してからの話だが……、
「それでは、張り切っていきましょう。たこ焼きのために」
 紫睡はやる気満々なのであった。


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
夜乃崎・也太(ガンズアンドフェイク・e01418)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
フィアールカ・ツヴェターエヴァ(エトワールプティット・e15338)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)
桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)

■リプレイ


 敵は巨大であり強大であった。指定された場所へと赴き、その名を問われれば答え、戦闘態勢に移行する。
 長く厳しい戦いであった。しかしあきらめずに彼らは戦い続けて巨大朝顔を追い詰めたのだ……!
 蔓が鞭のようにしなる。それをあしらうように西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)は如意棒でいなした。ちなみに彼女のこたえた朝顔の名前は「地獄への落とし穴」であった。「故にこの地獄がお相手します」と続くのだが、ちょっと後々振り返ってまじめすぎただろうかと彼女自身が首をかしげるくらい真面目であった。
「その隙、もらったぜ! 明ノ燈で闇で包んで光で穿つお祭り!」
 なんだかわけのわからないことを言いながらも、霧華が蔓を絡めた隙を狙って夜乃崎・也太(ガンズアンドフェイク・e01418)が銃を向けた。本来ならかっこいい必殺技のはずなのになんだか今日はお祭り一色である。故に詳細は割愛する。鼻歌でも歌いそうな、だが確かな一撃に朝顔の弦の一部が吹き飛んだ。
「眠り姫様、もうそろそろ眠る時間よ。これから、本物の朝顔を楽しみに行かなくちゃいけないから、長くお姫様と遊んでる訳にはいかないのよ」
 神乃・息吹(虹雪・e02070)がそっと微笑む。彼女はその朝顔を、昼も過ぎれば花を閉じる性質から眠り姫なんてたとえた。
「アナタの悪夢は、どんなに甘い味かしら」
 愛らしく。取り出すのは紫の林檎。娘が林檎を齧ったならば、それが開幕のベル代わり……。続けるように桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)が、魔力を増幅させる口紅を塗った唇で甘い言葉をささやいた。
「召しませ、Sweet Temptation♪ ねえ、mourning glory。栄光の死に嘆く。その悲嘆は一体誰のものだろうね」
 その身を縛る恋のように。萌花は歌う。最後に一つ、
「なぁんて、ね」
 片目をつむって冗談めかした。
 くぁ。と反撃するように朝顔が花を向ける。わあわあ、と、若干感心したような声を上げたのは鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)だ。
「おおきな大きな青い花。やっぱり花火みたい」
 お花だけならすごく素敵よ。とハクアは魔導書を手繰る。禁断の断章を紐解き詠唱する事で、仲間たちのサポートに回った。ボクスドラゴンのドラゴンくんもハクアに倣う。フィアールカ・ツヴェターエヴァ(エトワールプティット・e15338)もそれを視界に収めながら駆ける。守りはミミックのスームカに任せていた。
「おやすみなさい(Спокойной ночи)、ヴィユノーク」
 それは彼女の故郷の言葉で朝顔というらしかった。蔓の集まる支点へと正拳、裏拳、膝蹴りと叩き込んだ。最後にその根元を手刀で掻き切り、顔を上げる。
「ああでも、その青い色は、朝の空のようで気持ちが良いの」
 ぐらつきながらも朝顔は踏みとどまった。くぁっと広げたその花から、モザイクがビームのように飛んでくる。
「俺はよ、花の事はそこまで詳しかねえけどよ。戦いでささくれ立った気分を幾分和らげてくれたり、村の子供達の装いを素朴に引き立ててくれたり、花ってのはそういう、柔らかい気分になれるもんだと思うんだよなあ」
 それを、白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)が素手で受け止めて拳で握りつぶすようにして砕く。朝顔に名を聞かれた時のユストの答えは、そういう理由からだったらしい。
『モーニング・グローリーなんて烏滸がましいぜ。テメエの名前はクロウラーで十分だよ! 芋虫だ芋虫! くたばっちまえ、この人食い芋虫がッ!』
 あえて間違いを答えて敵の注意をこちらに向ける。その試みは成功していた。抽象的なものは置いておいて、虫ではないのは確かだから。
「さ、今のうちだ。遠慮なくやっちまえ!」
「和泉さん!」
 ユストの言葉に萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)も刀を閃かせる。蔓を切り払い抵抗を封じて隙を作る。はい、と和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)が緊張した面持ちでうなずいた。
「血よりも暗く、新雪よりも鮮やかに、相反と相克を繰り返し廻る廻る、互いに喰い合い溶け合って血よりも赤く、新雪よりも白く輝け」
 プルースタイトを触媒に、赤く鮮やかな特殊な銀の弾丸を紫睡は撃ち出す。それは朝顔の体の中央に命中し、朝顔は人食いらしい大きな悲鳴を上げて一瞬でその姿を霧散させた。
「さようなら、「袖振り合うも他生の縁」の花さん……」
 形を失い砂のように消えゆく朝顔に、紫睡は合掌して呼びかけた。朝顔の花言葉は儚い恋と固い絆。……からとったらしいのだが、
 どうしてそうなったと雪継が言いたそうな顔をしているのは、紫睡には秘密の話である……。


 祭囃子の音が聞こえる。
「せっかくのお祭りなんだしさ、ちょっとだけみんなで遊んでいこうよ。なんてゆーか、打ち上げみたいな。なんかの縁だと思うし」
 萌花の言葉に、皆がめいめいにうなずいた。倒れていた少年を助け、後を片付ければ待ちに待った自由時間である。
「お祭りといえば! 疲れた時のとーぶん補給ー!」
 びしっ。とハクアがかっこよく決めながらリンゴ飴にかじりつく。
「ね、雪継くんも飴食べよー?」
「……ハーフサイズはありますか?」
 財布に目を落として思わずつぶやく雪継。ハクアはうむむと思案してのち、
「じゃ、じゃあ割ろう。半分こ」
「すみません、林檎飴を二つ」
 切ない会話に霧華が割り込む。お姉さんの貫録で一つを雪継に渡した。
「わ、ありがとうございます」
「いえ、私も、こういうところはどうやって楽しめばいいかわからなかったので……」
 ちょうどいい。なんていう霧華に、ハクアは笑顔で林檎飴を掲げた。
「じゃあじゃあ、かんぱーい」
「? か、かんぱーい?」
「あはっ。なにそれかわいーい。あたしもするー」
「!? なんですか何か楽しいことですか私も入れてください!」
 えーい。と萌花が片手をあげて屋台から戻ってくると、紫睡も話に入ってきた。
「林檎飴かー。おいしそー。じゃ、あたしからも焼きそば差し入れね♪ ……って紫睡ちゃん、何してんの?」
「はい、まずは雪継さんに美味しい屋台料理を奉納しませんと! あそこのお好み焼きは……」
 串焼きがたこ焼きがわらび餅がねじねじパンが。山と抱えた食べ物類を一つずつ紹介していく紫睡。
「あと霧華さんにはとっておきの五平餅です!」
「はい!?」
 びしっ。と鼻先に五平餅を突き付けられて霧華は思わず瞬きをした。美味しい、といただくと、紫睡も嬉しそうに頷いた。
「牛串、うめえな……。りんご飴、うめえな……。雪の字ー、これ何? うめえの?」
「ねじねじがいい感じにねじくれててわさびが効いてます。いけますな」
 一口、口にして。美味しいというと、紫睡も嬉しそうにそうでしょうと頷いた。
「ふふーん。まだまだありますよ」
「お。これも気になるな……。雪の字、半分こだ」
「はい。じゃあこれは守っていただいたお礼に僕が……」
「なにやら仲良しさんの気配……」
「男同士の内緒の会話だ」
「内緒でもなんでもないですね!」
 紫睡の突っ込みが冴えわたる。
「はいはいー。それでは麗しい女性の方々! 欲しい景品言ってくださいね。この超絶イケメンが、皆様の為に射的で腕を披露しましょう!」
 也太がびしっと片手を上げて主張する。射的の屋台もにぎやかで、どれもより取りみどりだ。おぉ、と、
「也太さんの、かっこいいとこ見てみたーい!」
 拳を握りしめるハクアに萌花も、
「也太くんちょーかっこいいー! やばーい! ね、ね、あのぬいぐるみとって? もっふもふのおっきいやつ」
「よしきた、おまかせあれ!」
 大きなぬいぐるみも也太にかかればなんのその。
「さっすが!ありがと。大事にするね♪」
 ふっかと抱きしめて笑う萌花。それに息吹がちょい、と也太の服の袖を引いた。
「イブ、猫ぐるみが欲しいわ。あっちのもう少し、小さいの」
「あぁ……。あの可愛い缶に入ったお菓子取れないかな」
 ハクアも指をさす。よしよし。と上機嫌で也太は頷いた。
「おおお任せあれ! 何でもちょちょいっと取っちゃいますよ! あ、でも俺が欲しいってのは無しですよ。今日は予約が入ってるんで!」
 最期の言葉は冗談めかして。紫睡もじゃあ、なんて声を上げた。
「その隣のドラゴンの……」
 段々射的のおじさんがいやそげな顔をし始めて、一同はほどほどに退散する。
「……危うく、出入り禁止になるところ、だったかしら。危なかったわ」
 戦利品のぬいぐるみを抱きしめつつ、こくりこくりと息吹は頷いた。
「そういえばフィアールカちゃんは……あれ?」
 あぁ、楽しかったなんて笑いながら言っていた萌花だけれど、ふと気が付いて顔を上げた。何やらカラオケ大会のステージに人だかりができている。
「まだ鍛練の道の中だけど、本場ロシアのバレエを少しでも楽しんでもらえればいいな!」
 ステージの上でフィアールカが踊りを披露していた。浴衣代わりにロシアの民族衣装めいたワンピースを着て、古典バレエのような、ふわふわと舞う動き。見ている人たちからも歓声が上がる。
「おぉぉすごいです! かわいいです!」
「うん、素敵だね」
 紫睡が拳を握りしめて応援している。萌花も惜しみない拍手を送った。
 お祭り客からの賛辞の声に、起こるはずだった悲劇が防がれたことを。その報酬が、この笑顔なのだということを思いながらフィアールカは踊った。どんな拍手よりも、歓声よりも、それが大事なのだと、胸にしまいながら……。


 暫くすると解散の流れになる。それぞれに別れながらお祭りを見回って、各々帰っていくだろう。
 お疲れさま。今日はありがとう、素敵だった。そんな言葉をかけられながら、フィアールカは舞台を降りる。催し物はまだ続いていて、なんとなくステージから離れがたかった。
 やっぱり、バレリーナは舞台に立ってこそだからね。そんなことを思いながらも、フィアールカは催し物に拍手を送る。
 不意に、町内会の人がやってきて彼女に尋ねた。カラオケ大会が終わったら、また続けて踊ってくれないかと。
 フィアールカは頷く。喜んでと笑った。どうやら今夜はなかなか帰れそうにない……。

「シンザくん! こっちこっちー」
 ハクアが手を振ると、シンザは駆けよる。見慣れぬ浴衣がなんだか新鮮に感じられた。甚平可愛いねなんて言いながらも、ハクアはその手を取って人ごみの中をかき分け進む。手がしっかり握られていた。
「秘密基地に飾ろうと思うんだ。 シンザくんは気に入ったの、見つけた?」
 屋台に並ぶ朝顔を覗き込んでいたシンザにハクアが目をやる。
「この子早く寝ちゃったのかなあって」
 もう夕方。閉じてしまった二人して覗き込む。
「秘密基地に持って帰ったらお顔を見せてくれるかなあ」
「お空を見すぎて疲れちゃったのかも」
 顔を見合わせて、二人は笑う。ハクアが軽く指先で朝顔の花を揺らすと、応えるように朝顔はその花を震わせた。
「ハクアさん。ハクアさん。この子でも良いですか……? 白い色も入っているから、きっと綺麗だろうなあってそう思うんです」
「……ん、この子にしよ」
 青い空と白い雲を閉じ込めたような朝顔と、その傍らで揺れる風鈴も二人の手に。
 そして彼らは歩き出した。もうちょっと見て回ろうか。なんて声を掛け合いながら……。

「虎のぬいぐるみっすよ、実に可愛い。まるで俺のようだ。そして嵐さんも可愛い。まるで天使のようだ」
 也太と合流した嵐はどでかい虎のぬいぐるみをいただき何とも言えない顔をしていた。
「そ……そうか。似合っていたなら、何よりだ」
「似合わないわけがないじゃないですか、何着たって嵐さんは絶対に似合う、かわいい!」
「わかった。わかったから……」
 ちょっと静かにしてほしい。と、言いたいような言いたくないような。也太と並んで歩きながらお祭りを見回る。朝顔市までくると、
「嵐さんに似合うのはこの色かな? それともこの色かな? いや……これだ!」
  赤紫色の朝顔の髪飾りを選んで、也太は嵐の髪つける。
「まるで……いや、まさしく天使じゃないか!」
「……せっかくだから朝顔も購入していこう」
 同じ色にしよう、と、嵐は照れたように横を向く。それから少しためらうように手を伸ばして、そっとその手を握った。
 也太もぎゅっとその手を握り返す。嵐が顔を向けると笑顔が返ってきて。そして二人で歩きだした……。

「ねえ、イブお仕事頑張ったのよ」
 ベルノルトと合流した息吹はそう言ってじ、とベルノルトを見つめた。
「……ええと」
 ベルノルトはちょっと躊躇う。それからそ、と、彼女の頭の上に手を置いた。
「お仕事、お疲れ様でした」
「はい」
 そんなささやかなことで息吹はとても幸せそうな笑顔を浮かべた。耳が揺れて手を伸ばす。ぎゅっとつないで、朝顔市へと歩き出した。
「ね。朝顔のグリーンカーテン、なんて華やかで素敵じゃない? ベルさんの診療所でやりましょうよ」
「朝顔のグリーンカーテン、ですか。素敵な涼の取り方ですね。ですが――」
 息吹の言葉に考え込むベルノルトだったが……。
「お世話はイブがするから……駄目?」
 かわいく見上げられればそれ以上は言えなかった。
「世話は、一緒にしましょう」
「ふふ。それじゃ一緒に、ね。そうそう。恋しぐれって言う品種がね、可愛いみたいで。探してみましょう?」
「恋しぐれ、とは名もまた可愛らしく。ええ、探して……」
「あ。見て、縞々。すごい」
「……縞々。縞々ですね」
「ベルさんは何色がお好きかしら」
「好みですか? ……イブさんが選んでくださったものを。僕もきっと、その色を好きになりましょう」
「 え。イブが選んで良いの? それなら……」
 いろいろな話をしながら二人は祭りの中をいく。……薄桃色の恋しぐれに、二人が運命的な出会いを果たすまで、あと少し……。

「さて、如月ちゃん、おまたせ。あは。浴衣だー。かわいい♪」
「そう? そう言ってもらえるとうれしいかな♪」
 萌花の言葉に如月は笑う。うん、似合う似合う。なんていいながら差し出された萌花の手に、ちょっとだけ止まる。二人の指にはペアリング。それを認めて、ちょっとだけ如月は照れからか動揺して、けれどもあえて何も言わずに、その手を握った。
「さーて、何か行きたいところある?」
 そんな如月に萌花もあえて何も言わずにその手を引く。
「ねえねえ、あのお店……朝顔の髪飾りとか売ってるんだけど……」
「え、髪飾り? それやばいじゃん。見に行こう!」
 勢いよく二人は店の前へ。色とりどりの髪飾りが露店には並んでいて覗き込む。
「おぉ、かーわーいーい!」
「はわ、似合うかな……もなちゃんにも似合いそうだと思うけど……そうだ♪」
 薄紫とピンクの髪飾りを二つ、如月は買った。同じものより色違いのほうがいいだろうと、薄紫のほうを萌花の髪に飾る。
「ありがと。お揃いだね?」
「うん♪」
 へへ。て顔を見合わせる。そして次はどこへ行こうかと、歩き出した……。

「萩原さんはお祭りはお好きなんですか?  私はこう言った雰囲気の楽しみ方が判らないので……、お勧めな楽しみ方があったら教えて欲しいなって思います」
 歩きながら霧華が問うと、雪継は少し考え込んだ。
「実は僕も、あまりこういう場所に縁がなくて。あっても、弟妹や友人の後をついていくばかりでしたから。……あぁでも」
 楽しそうに走り回る子供。屋台を覗き込む高校生くらいのカップル。手をつないで歩く家族連れ……。
「……なんだか、これだけで充分ですね」
 思わずつぶやいた霧華に、雪継は頷いた。ふと雪継は屋台に目を止めた。赤い風車を二つ購入して、一つを霧華に渡す。
「ささやかですが、どうぞ。……もう少し歩きましょうか」
 受け取って、霧華も微笑んだ。いつもの自分ならすぐに帰るのだろうけれど、今は少しだけ……。そういうのもいいかと、思ったから。

 紫睡とイスクヴァとエメリローネ。三人おそろいの浴衣と色違いのサイリウム。
「ふぉ、ふぉぉぉぉぉ! タネ? あさがお! そだてる、そだてる、いすくば!」
「わかった。わかった。何でも買うから、少し落ち着け」
 はしゃぐエメリローネに、イスクヴァは苦笑する。後ろから紫睡も見守る母親のような目であった。さらにそれを見守るように荒哉が怪しく隠れながらいるのだがそれはまた別の話だ。
「そうですね。夏の間だけですが、大切に育てましょうか。ユストさんもそんな後ろで見てないで、どんな花が良いか選んでください」
「おう? おう、って、俺もか」
「何言ってるんですか、当たり前じゃないですか!」
 といっても花はわからない。軽く決まり悪そうに頭を掻きながら、着流し姿のユストも花を覗き込む。
「折角だからいろんな色にすればいいだろ」
「! いろ、とりどり! きらきらいっぱい!?」
「ふむふむ。では、青に紫に白い色……」
「じゃ、見つけたらもう一回り屋台巡るか」
 イスクヴァの言葉におー、とエメリローネが拳を掲げる。それを妙に納得した様子でユストがうなずいたので、紫睡は吹きだした。
「なんですか? それ」
「やー」
 ユストは口に出さない。紫睡もなんだかそれがわかる気がして、はしゃぐ二人に目をやった。
「……まあ、行きましょう? ほら」
 そんな様子に少しだけ、笑って紫睡は手を差し出す。ユストも払うことなくその手を取った……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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