●ヘリオライダー
「金沢と函館で行われた螺旋忍法帖防衛戦に参加した皆さんの尽力で、私達は螺旋帝の血族である緋紗雨さんを保護できました」
アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)は、そこまで言って視線を伏せる。もう一人の螺旋帝の血族である亜紗斬は、未だ行方が判らなかったからだ。
「ですが、緋紗雨さんの情報通り、突如、螺旋帝の血族として現れたイグニスが、ドラゴンと同盟を結んでしまったのです」
彼女が告げた情報は、酷く重かった。スパイラルのゲートを使っての、ドラゴンの転移。その特性を考えれば、この同盟は戦況を一変させるものとなりかねないのだ。
「同盟の嚆矢として、緋紗雨さんを奪還すべく、智龍ゲドムガサラが手勢と共に攻撃を仕掛けてくるでしょう」
ゲドムガサラは、一時的に『宝玉封魂法』という定命化による死を一時的に防ぐ能力を持っている。そして、彼はその材料として、八竜に命じて恐怖と憎悪を集めようとしたのだ。
「その『宝玉封魂法』が曲者なんです。通常の竜を生き延びさせ『宝玉封魂竜』とした場合、その竜は大半の能力を失い、思考力も衰えてしまっています。ですが、ゲドムガサラが直接指示して戦闘させれば、往時の能力を取り戻すというのですから」
ゲドムガサラは緋紗雨の居場所を特定する事ができるらしく、まっすぐに緋紗雨を目指して進んで来ると考えられる。
「襲撃に来る宝玉封魂竜の数は相当に多いのです。もし市街地で防衛戦を行うことになったら、人々に大きな被害が出てしまうのは間違いありません」
ですので、エインヘリアルがかって要塞として強化し、ミッションの結果奪回する事が出来た宮崎県の飫肥城で迎撃する作戦を行う事になった、とアリスは告げる。
「どうか、飫肥城でゲドムガサラ率いる宝玉封魂竜の軍勢を迎え撃ち、緋紗雨さんを護ってあげてください」
そう、彼女は希うのだ。
●『機翼竜』ガラテマ
「多数の宝玉封魂竜は、数の暴力で押し寄せてくるでしょう。難攻不落の名城と呼ばれた飫肥城で戦ったとしても、は護り切れないかもしれません」。
しかし、ゲドムガサラの直接指揮が必須である、という事を考えれば、ゲドムガサラを撃破する事も不可能ではないのだ。
「皆さんにまず戦って頂きたいのは、宝玉封魂竜の一体、『機翼竜』ガラテマです」
ガラテマは、かつては多くの機械を喰らい、鉄の鱗を纏った翼で多くの敵を斬り裂いてきたドラゴンである。
宝玉封魂竜となったことによって、その身体はくすんだ青の大振りな宝石を取り込んだ骸骨の竜になってしまった。しかし、その実力は決して低下しているわけではない。
「ガラテマを討つ事が出来たら、その後は、ゲドムガサラを倒すべく敵本陣に向かうか、あるいは飫肥城で緋紗雨さんを護り続けるのか、どちらかを選ぶことになります」
もちろん、ガラテマとの戦いに時間をかけすぎたら、ゲドムガサラ本陣へと向かうのは難しくなってしまう。
「宝玉封魂竜は、普通のドラゴンとほぼ同じ戦闘力を持っています。配下とは言え強敵ですから、十分に気を付けてくださいね」
そう言って、アリスは一礼し、ヘリオンへと彼らを誘うのだった。
参加者 | |
---|---|
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599) |
清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264) |
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490) |
アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735) |
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343) |
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206) |
龍造寺・隆也(邪神の器・e34017) |
●
鉤爪に代わって埋め込まれた歯車が、鈍い音を立ててアベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)の大鎌を弾き飛ばし、その肉を抉った。
骨だけになったとはいえ、その攻撃は依然として重い。しかし、彼は苦痛に顔を歪めることすらせず、身体で歯車を受け止めたまま得物を振り上げる。
「私が相手になろう、ガラテマよ」
胸で燃え盛るは地獄の炎。それに劣らぬ紅の瞳が、宝石と同じ色の虚ろな目をぴたりと見据えて。
「数の違いはあるが――正々堂々、真っ向勝負だ」
ぶんと振り下ろされた双刃の大鎌。その傷から奪い去られる、残り僅かな竜の生命力。
「――ハ。生ける屍になっても、戦い、喰らいたいか」
高揚と嘲笑、二つの笑みをないまぜにして、レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は雄敵へと躍りかかる。護り手としての役割を一時戦友に任せ、竜骨の剣を手に。
「一息に仕留めるぞ」
竜骨をもって竜骨を断つ。その皮肉に気づいたか否か、彼の右腕に宿る地獄の炎は愛剣を覆い隠す程に荒々しく猛った。
「骨は灰に還る物だろう?」
銀炎渦巻く剛剣を、大振りに叩きつける。その単純な一撃が、傀儡の如きガラテマの身体を打ち砕くのだ。
「前哨戦だ。ここで時間をかけてはいられないぞ」
禍々しき手甲を打ち鳴らし、そう発破をかける龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)。
宝玉封魂竜を操っているのがゲドムガサラである以上、ガラテマは単なる邪魔者に過ぎないということに、彼らは気づいている。
「ただ勝つだけでは足りないからな」
故に、この戦いは、一刻も早く智龍へ挑むためのタイムトライアルだ。ぐい、と巨体の下に踏み込んで、隆也は太い骨を狙い、漆黒の拳を突き入れる。
ずん、と衝撃。気を練り込んだ一撃は気脈と魔力との循環を掻き乱して。
「だが、侮れない相手でもある。油断なくいくぞ」
「ここで勝つのは最低条件やからね」
負けたら洒落にならへんし、と応じたのは清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)だ。たおやかに佇む彼女を風が弄る度、炎を灯した毛先が舞い踊る。
「長い戦いや。目の前のことから片付けていこか」
愛剣に込めるは迸る闘気。その爆発的な破壊力をもって敵を捻じ伏せる――それが、この場で彼女が選んだ、最もシンプルで強力なやり方だった。
飫肥城を巡る戦いは続く。
「痛いの飛んでけ――これで大丈夫です」
引鉄を引く代わりに軽やかなるステップ。シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)が生み出した花弁のような可憐なるオーラは、竜のブレスに呑まれた前衛達を縛る瘴気を掻き消していく。
前のめりに過ぎるこのパーティである。拳銃と共に戦場を征く銃騎士は、あえて一歩を退き、癒し手としての役割に徹していた。
――そして、望まれれば、そうあろうとしてしまうのが彼女である。
「皆さんを支えます。どうぞ、ご心配なく」
「助かるよ。一人じゃないって思えるのは、悪くない」
片目でウィンクを贈れば、モノクルの琥珀が世界を染める。良質の蒸留酒にも似たその風景に、気障が過ぎたかとゼレフ・スティガル(雲・e00179)は口角を上げた。
レンズの向こうには、激戦数合を経て朽ち果てんとしていく骨竜の姿。
「……そんなモノに成り果ててまで、永らえたいかねぇ」
それは、記憶の奥底に沈む瘴気の腐竜にも似て――幾許かの自己嫌悪と共に、ゼレフは吐き捨てる。
得物の柄を握り直し、一足に迫った。異形の大刃。迎え撃つ歯車。だが、その斬撃はブラフだ。彼が左手に隠し持つ本命、鋸歯も鋭き銀の短剣が、鱗の隙間へと吸い込まれていく。
「畳みかけるよ、ロゼ」
ぴゅい、と一声鳴いて、援護に徹していた花の小竜が鋭い葉を吹きかける。それを命じた花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)もまた、攻勢に転じるべく携えていた斧を両手で構えた。
「……力任せはあまり得意ではないけどね」
シィラと共に回復援護を請け負いながら、敵を翻弄し足止めする。その役割を踏み越えてみせた彼は、自分が猛っていることに気付いているだろうか。
(「醜い、ね」)
暴虐を誇る竜の生き汚なさ。憐憫すら覚えながら振り下ろした斧が、光り輝くルーンの魔力を開放し、ガラテマの胴を強かに折り割って。
「アイツと同じか。宝玉封魂竜なんてふざけたモノだったとはな……ガラテマッ!」
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)の全身を包む漆黒のオーラ。かつて戦った敵と酷似したその姿に、彼もまた竜への殺意を倍に滾らせる。
「俺の全てを賭けて、貴様を討つッ……!」
この手甲も、この刀も。それを操る、もはや他に知る者すらいない流派すらも。
――全ては、ドラゴンを滅ぼすために在るのだから。
「終わりにしてやるぞ!」
それは古武術でいう縮地。這うようにして瞬きの間に距離を詰め、そのまま黒き翼を広げ飛び上がる。全身のオーラは、いつしか右腕に集まって。
黒き龍と化して牙を剥く。
「打ち貫け! 魔龍の双牙ッ!」
あばらの内に抱いた青く大きな宝石に突き刺さる、セイヤの拳。開放されたオーラが竜の顎のように口を広げ、呑み込んでいく。
やがて。
ぴしり、という音と共に、宝玉封魂竜の核となる巨大な宝石にひびが入り――砕け散ると同時に、ガラテマはその動きを止めた。
●
速攻が効を奏したか、大きな消耗もなくガラテマを撃破したケルベロス達。宝玉封魂竜同様、城址の東より進軍してくるであろうゲドムガサラを迎え撃つべく、彼らは飫肥城を出て市街地を駆けた。
途中、川の手前で新たなる骨竜の襲撃を受けるも、彼らはそれを振り切って進む。敵は、『数で押す』という、ドラゴンらしからぬ戦術を採っているのだ。第一波の攻撃を凌いだならば、その後は防御部隊に任せ、討って出て大本を断たねばならないと判っていた。
やがて。
「居たぞ。あれがゲドムガサラだな」
斥候がてら飛行していたアベルの警告。先行していた班が誘導したのだろうか、グランド等が整備された公園に、彼らが戦った骨竜を超える巨大なドラゴンの姿があった。
浮遊する巻物を従え、双の宝珠を両の手に、単眼で戦場を睥睨するドラゴン――智龍ゲドムガサラ。
「交戦中か……いや、まずいな。急ぐぞ!」
上空からアベルが見たのは、既に半数近くまで討ち減らされた先行二班のケルベロス達。だがそれ以上に彼を驚かせたのは、仲間の状況に比べ、智龍にはさしたる傷も与えられていない、ということだ。
「大物だ。この戦、奴の予行演習にゃ丁度良い」
一人ごち、翼を広げて後を追うレスター。あの濃緑の鱗は、かつて見た色彩無き純白とは似ても似つかないが、その実力はひけを取るまい。
「仕掛けるぞ!」
二人を先頭に、ケルベロス達は戦場へと突入する。この時、先行二班に代わってゲドムガサラへと攻撃を仕掛けたのは、彼らを含み三班。うち一班が救護に向かったのを確認し、レスターはその大剣を智龍へと向けた。
なれど、智龍もまた、新手の到来に気付いている。視線一つ、うぞり、と蠢く巻物の文字。
次の瞬間、『立ち上がった』それは、巻物より踊り出て無数の獣の姿を為し、宙を疾る。
闇が象るは鋭き牙と引き裂く爪。紛うことなき悪意の塊を前に、前に出たケルベロス達は身構える。
だが。
「……っ、まずい!」
レスターが身を翻し、次いでその意図に気付いたアベルがそれに倣う。そして、迎え撃たんとしたケルベロス達の間をすり抜けていく闇色の獣。
「こっちか……!」
狙われていると理解し、装束の裾で頭を護る颯音。退かないと知って、相棒には逃げろ、と叫んだ。ぎゅっと目を閉じる。
――そして、予期された衝撃は、来ない。
「間に合ったか……」
目の前には黄金の鎧と青き鱗。ほとんど身体で受け止めるようにして、アベルが颯音への攻撃を防いでいた。同じように、シィラはレスターが護っている。
「申し訳ない……後衛を狙う、なんて」
桃色の霧を漂わせ、二人や傷ついたロゼを癒しながら、礼を言う颯音。だが、その声にはまだ余裕があった。
無論、獣の牙が齎した傷は依然として深く残っている。しかし一度だけならば、壊滅に至るほどではない。
彼だけではなく多くが、そう思っていたのだ。
しかし、その楽観は手酷く裏切られることになる。
ケルベロス達の猛攻に怯むことなく、射手や癒し手を襲い続ける悪意の具現。精神をひっかくような笑い声を上げる人影が彼らの集中をかき乱し、再び現れた闇の獣が毒を播き散らす。
そして。
「ロゼ……!」
拳を握り締める颯音。ついに耐え切れず、ボクスドラゴンがその姿を消したのだ。同時に、何かに気付いたように周囲を見回していたシィラが、小さく悲鳴を上げた。
彼女が目にしたのは、地に倒れ伏した何人ものケルベロスの姿。おそらくは、皆、射手や癒し手だろう。
「今日は、この子に出番はないかもしれませんね」
手の中の拳銃を撫で、呟く。その背に流れる冷たいもの。回復特化の癒し手は、もう自分ひとりしか残っていないかもしれない、という不安。
けれど、そんな感情を打ち砕く者達もまた、この戦場に集っていた。
「侮るな、しかし、恐れるな」
黄金のオーラを全身より迸らせ、踏み出す隆也。禍々しき両拳とは裏腹に、その輝きは神々しさすら感じさせていた。
「俺達はケルベロスだ。そして、ケルベロスとは人々に希望を与えるものだろう?」
するり、と動き続けながらも繰り出される彼の拳。魂を奪い己の力としてきた拳士の手甲は、今もまた血を啜り、敵を喰らいつくさんと欲していた。
「さあ、味方には希望を。敵には絶望を与えよう」
自ら編み出した戦闘術を見せつけるように、隆也はドラゴンへと立ち向かう。ああ、決して恐れぬその姿は、どれほどに仲間達を鼓舞し、戦線の瓦解を防いだだろうか。
実のところ、それは彼にとっては、ごく当然の振る舞いに過ぎなかったのだが――。
「骨になってまで働くのも大変だけど、鉄砲玉みたいに送り込まれて戦うなんてねぇ」
宮仕えってのは辛いね、と茶化しながらも、ゼレフの攻め手に躊躇はない。今は両手で握った得物に、地獄の炎を纏わせて。
「もう休みなよ、逃げ切れやしないってのにさ」
我を憎めよ、と人影の式に囁かせるその醜悪。そうまでして生きたいかと嘲えば、雷にも似た大剣が、灼熱の溶岩を流したかのようにほの赤く輝いた。
「地球に惚れられても、お断りだけどね」
右手にだけ嵌めた軽甲が、ぎり、と鳴った。握る手はけして剣を離さない、と言祝いでくれた灰色の少女に、生きていて、と想う。
この智龍に倒され、後送されていった彼女へと。
「――さあ、熄えてしまえ」
刀身より迸る炎。もはや白く灼けるゼレフの剣が、鱗ごと智龍の肉を焼き切って。
「ほな、ぼちぼちと」
次いで、身体ごと飛び込んだ光が大剣を振り回し、空間を薙ぎ払う。本来は陣を崩すために用いる加速突撃だが、相手が相手だけに、一体の足止めに徹することも厭わない。
「永遠なんてあらへん。ここで終わらせようか」
「ああ、そうだ。奴らに未来などない」
普段の冷静な振る舞いをかなぐり捨て、セイヤもまたゲドムガサラへと挑みかかる。
それは宝玉封魂竜たるガラテマを討ったからだけではない。ドラゴンを滅ぼすことを宿願としているからだけでもない。
何人もの仲間を、この単眼の竜が屠ったからだ。
「この地球で、朽ち果てて死ねっ!」
全身より放出されるは流派が伝えし龍の力。降魔の刀をその手にセイヤは疾く宙を駆け、弧を描く一閃を見舞った。
猛攻に次ぐ猛攻。さしもの智龍も無視できぬダメージを負い、いくつかの攻撃は深い傷を刻むに至っている。
「……ですが、これは……」
しかし、その中でシィラは、事態が徐々に悪化していることを感じ取っていた。ゲドムガサラの反撃はごく散発的だったのだ――彼女らにとっては。
代わりに攻撃を受けているのは、智龍に迫るもう片方の班。背中の毛が逆立ち、東洋を思わせる角から光を呑み込む黒い雷撃が放たれる度、それに撃たれたケルベロスが倒れていく。
そして、ついに別班が壊滅し、まだ戦える二人を残して撤収していく。救護班の攻撃もまた苛烈にして果敢ではあったが、距離を取り、積極的に接近戦は挑んでいない。
つまり。
この時彼らは、ゲドムガサラに肉薄し渡り合う、唯一の盾となっていたのだ。
●
「天穹渡る生者嘆く慟哭。北の端より至るは氷霧の主――」
合流してきたドラーオ・ワシカナ(栄枯盛衰歌龍エレジー・e19926)が、扇子を開き仁王立ちになって声を張り上げる。
その喉から響かせるのは、氷雪の彼方へと捧げる龍歌。巨大なる氷鳳が彼の上に影を落とし、高く鳴いて合の手を入れる。
「――禊の風よ、その翼下に吹雪かん。凍結せし墓標を穿て!」
詠唱にも似た歌声が喚んだ霜の鳳、その翼より零れ落ちる氷塊がゲドムガサラへと降り注ぎ、強かに打ち据えた。
「ジジイの死に花、咲かせてみせるのじゃ!」
「これっぽっちも死にそうにあらへんけどな」
光が思わず零した台詞は、決死の戦場に在ってなお周囲の苦笑を誘ったが。
「いや、その意気や良し」
アベルは深く頷いてみせる。ただ老体を慮ったというわけではないだろう。如何なる時も全力を尽くす、誇り高きドラゴニアンの戦士なれば。
「我々は己が使命に命を賭けている。それは、敵も同じだ」
双刃を頭上で振り回し、遠心力を破壊力へと換える。
智龍は狡知に寄り過ぎ、正々堂々の敵とは言えないかもしれない。しかし、強者への敬意は、彼の胸に燦然としてあった。
だからこそ、真っ向から挑むのみ。
「それでも、我々は負けるわけにはいかない!」
戦士の経験と高速演算が、鱗の薄い脚を狙わせる。一声叫び、飛び込んだアベルの鎌が、ざくりと抉り取るように龍の腹を裂いた。
「ああ。この戦い、負けられないぞ」
応じるのは隆也。勇者なりや魔神なりや――彼がそう在らんとするために鍛えてきた全て。それを出し尽くさねばこの強敵には及ばないと知って、負けられない、と言った。
「彷徨えるゲートは、絶対にドラゴンの手には渡さない!」
攻める。攻める。攻める。降魔の力を宿した拳で殴りつけるそのさまは、本当に恐怖を知らぬかのよう。
「緋紗雨の真意がどうであれ、俺達は逃げてはならない!」
いや。
恐ろしくないわけがないのだ。ただ、隆也はそれ以上の責務と、弱い者を護る矜持を持って戦っている――それだけだった。
「そうだ。多くの人が殺されてきた。多くの死体が積まれてきた」
レスターもまた、護るべき後衛を気にしながらも攻めにかかる。骨剣が纏う炎は、もはや牙を剥き出しにした竜の如く噴き上がっていた。
その色は灼熱の銀。彼の瞳にも似た超高温の業火。
「――その分だけ、お前らの同胞を葬ってやる」
重く、吐き捨てた。周囲を押し潰す程の殺意。それと共に、炎を纏った大剣が迷いなく振り下ろされる。
衝撃。遅れて、肉の灼ける臭い。
「ここでくたばってる訳にはいかねえ。仕留めてみせる」
それは、レスターだけでなく、誰もが胸に抱く決意であったに違いない。
戦いは続く。けれど、戦況は決して芳しくはなかった。
黄金のオーラを纏い、一歩も退かずに攻め続けた隆也が、黒雷を受け遂に倒れる。その合間にもケルベロス達を襲う、呪詛の嘲笑と獣の牙。シィラが、颯音が懸命に支えようとも、もはや天秤の傾きは戻らない。
「奴も限界は近い! 根競べだ!」
声を張り上げるセイヤの中で荒れ狂う二つの感情。憎むべきドラゴンを前にして猛る、憎悪と狂乱。そして、このまま戦いを続ければ誰かが犠牲になりかねないという、冷静と恐怖。
ああ、だが。
「だからこそ、だ……!」
龍を屠る。仲間を助ける。その両方を貫くために、技を磨いてきたのではなかったか。
「俺は諦めない……! 決して……!」
セイヤの右腕に宿る黒龍が、ゲドムガサラに食らいつく。その様子に、ゼレフはぴゅう、と下手な口笛を吹いた。
「いいよ。暑苦しいのは嫌いじゃない」
風の如く駆け抜けるのが信条。一旦取っていた距離を再び縮めるべく、軽やかに走り出す。しかし、次の瞬間、ゼレフを強烈な『圧』が襲った。
竦む足。下がる温度。見上げれば、単眼が自分を睨んでいた。
その背には、稲妻を散らす鬣が逆立って。
(「参ったね、これは」)
自己主張する首飾りの感触。ごめん、と呟いた。
視界を染める、黒。
そして。
「……あんたに、返したかった」
ゼレフが目を開ければ、そこには白髪の青年の背。レスターが、身を挺して彼を護ったのだ。
だが、その代償は大きい。少々の治癒ではどうにもならないのは、一目で明らかだった。ぐらり、膝を突く。
「頼んだぜ……奴を、狩ってやれ……」
思わずその身体を抱えようとして、しかし、彼は思い直す。友が望んでいるのは、友が自分に託したのは、ただ狼狽えて泣き叫ぶことじゃない。
大小二刀を握りしめ、再び斬りかかるゼレフ。その姿を、シィラは唇を噛みながら見つめていた。
「――支えると、決めました」
常の人形めいた微笑はとうに消えている。胸を灼く無力感。それでも、立ち止まることだけは、許されないと知っていた。
「これ以上は、誰も欠けさせません――回復手の矜持にかけて」
せめて舞の優雅さだけは忘れるまい。そう心に決めてステップを踏み、癒しの花弁を齎すシィラ。そんな彼女に、頼んだよ、と颯音は告げる。
「僕は、仇を討ってみせるから」
その言葉の意味を、彼女はほぼ正確に察していた。颯音は前に出るつもりだ。傷つくことを恐れず、むしろ、その身に傷を受けるため。
それは、今も護り続けるアベルのように。護り抜いたレスターのように。
けれど。
「そら、一匹ずつ擦り潰してやろう」
無数の影に呑まれ、光が倒れたその時、ケドムガサラが上げた哄笑が。
諦めよ、受け入れよとケルベロス達を打ちのめす。
「くっ……」
天を仰ぐ颯音。届かない、と判ってしまう。
荒れ狂う感情の中、彼の中で目覚めようとする『何か』。
だが、『何か』に意識を明け渡す直前、彼は見た。
遠く、空を斬り裂き近づいてくる、翼ある者達を。
声を上げ、地を疾走してくる、頼もしき仲間達を。
●
剣が。拳が。足が。魔法が。火砲が。
宝玉封魂竜を突破した仲間達の、そして援護をし続けてくれていた救助班の攻撃が、一斉に竜へと叩き込まれる。
咆哮。
それは智龍の上げる苦悶の声だ。
多くのケルベロス達が命を懸け、智龍に積み上げた傷。その上に重ねられた数十もの一斉攻撃が、ゲドムガサラの命数を削り取っていく音だ。
「諦めないで。こんなにも心強い仲間達がいるんですから!」
自班の撤退後もこの場に留まり、大槌を振るっていた弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)が、自らを奮い立たせるように叫ぶ。
視線はゲドムガサラから逸らさない。ようやく追い詰めた、憎き単眼を。
共に戦ってきた赤き小竜が、既に力尽きて姿を消したことだけは、残念ではあったが――。
「いえ――共に征きましょう、相棒。私達の因縁、そのフィナーレを飾りに」
眼鏡越しの視線に力を込める。注ぎ込まれるは降魔の力。敵の中に敵を生み、見えざる手に傷つけさせる――それは、仁王が磨き上げた幻術の極みだ。
「使える相手が限られる技ですが――ゲドムガサラ、『思慮深い』あなたには通じる筈です」
懐には、連理の片割れが託した無事の祈り。必ず帰ります、と呟いて、また仁王は降魔の力を練り上げるのだ。
「返したかった、じゃないよね。しっかり恩を売っちゃってさ」
そう呟くゼレフは、もはや何があっても退くつもりはない。ごめん、なんて台詞は、要は諦めてしまったという証拠だと気付かされたからだ。
「僕が呑み込んできた炎は、まだ冷えていないだろう?」
小手先抜きの突撃。逃げ道など考えずに突っ込んで、力任せに得物を振り抜いた。肉を断つ手応え。遅れて、地獄の炎が吹きあがる。
「逃れえぬ運命を刻み給え――」
颯音の詠唱に応じて現れたのは、闇をも払う美しき聖剣。その剣を手に取って彼が宙に刻むのは、流麗なる聖者の紋様だ。
「――慈恵たるか、災禍たるか。審判下すは貴き汝が御剣!」
眩い輝きが視界を白に染める。それは救うべき者と滅ぼすべき者とを峻別する聖断。颯音が異界の剣を向ける先、荒れ狂う竜に破滅の光が降り注ぐ。
「これ以上、簡単に奪わせてなるものか……!」
「させんよ、私達が居る限りは」
そう応えたアベルの体内で荒れ狂う二つの熱――すなわち、竜の息吹と地獄の炎。二つのエネルギーは混ざり合い、溶けあい、そして無比なる真の炎へと変わっていく。
「さあ、灰燼と化せ!」
胸を張る。黄金の鎧に開いた穴、そこから砲門の如く漏れ出でる紅蓮。
その姓の如く、アベルは高らかに叫ぶ。号砲を。雄叫びを。
「ドラゴニック・ギガブラスター!」
轟音。解き放たれたエネルギーが、一直線のビームとなってゲドムガサラを穿つ。
「ゲドムガサラ――貴様には一つ感謝することがある」
魔を降す刃を幾度も突き立てながら、セイヤはそう告げる。脳裏に浮かぶのは、一年前に討った白竜――八竜が一・イルシオンの姿。
「貴様が八竜を差し向けたお陰で、俺は怨敵を討つことができた」
拳術と刀術。二つの得物を自在に振るう古流武術。その力は何のためか。その努力は何のためか――。
「後は――ここで貴様を滅ぼすのみ!」
「……っ、つぅ……」
呻くような声を耳にし、振り向いたシィラ。その視界に飛び込んできたのは、大剣に寄りかかるようにして起き上がる光の姿だった。
「ご無事でしたか」
「倒れてられんやろ。緋紗雨はんを護らんとな」
その姿を満身創痍と呼ばずして、どのように表すことが出来ようか。大小様々に傷を負い、肩を荒く上下させ――されど、額に貼り付いた髪の下、光の目はまだ負けてはいない。
その心はまだ折れてはいない。
「うちら二人、あの人とは縁もあるさかいに」
そして心が折れなければ、ケルベロスは何度でも立ち上がるのだ。
「行こか。今度こそ、ここで終わらせるんよ」
「――ええ、心ゆくまで」
前に向かうその背に、シィラはそっと手を伸べた。細い指に嵌められた指輪から放たれる、眩い輝き。
切り離すように手首を振れば、輝きは円盤の形を取り、盾のように光の周囲を舞った。護って、と呟く。あの黒い雷撃には無力かもしれないけれど。どうか。どうか。
「どうぞ、ご存分に。……背中は、わたしが支えます」
そして、祈りは言葉となり、決意へと変わる。自分自身で意外だ、と感じたのは、思わず口をついて出た声に込めた、込めてしまった熱ゆえか。
それでいい、と思う。色彩ある世界は、決して不快ではないのだから。
「ご武運を」
僚友の祈りに頷いて、光は走り出す。深く傷ついても、走り出しさえすれば身体の方がついてきた。手には胴体ほどもある大剣。ケルベロスコートの裾が風に舞う。
「この道を修羅道と知り、推して参る――」
視線の先には攻撃に身を捩る単眼の龍。そして彼女が狙うのは、ケルベロスを喰らわんとばかりに低く下ろされた、その首だ。
痛みに耐え、駆ける。懐に滑り込む。
大きく跳んだ。ふわり、と花弁が風に舞うように。
瞬間、周囲の音が消える。剣戟と咆哮、爆発と哄笑、それら戦場音楽の全てが。
しんと、塗り潰されて。
「――散り乱れ、緋色の花を咲かせ」
横一文字。大きく振り抜いた。そしてもう一度。続けざまに叩き付けた得物が、鱗のない喉をざくりと斬り裂いて――紅い華を咲かせる。
ごぷり、という音がした。ゲドムガサラの口から流れ落ちる、どす黒い血。
「……ああ」
それは、智龍の詠嘆。絶対の強者がついに得た、諦めという名の敗北。ひゅう、と斬られた喉を鳴らし、天を仰いで龍は一人ごちる。
「螺旋帝の血族を手に入れることはできなかったか。……だが、竜十字島のドラゴンの誠意は示した」
一片の無念。なれど、悲壮感はない。むしろ、その声は満足げですらあった。
「後は、慈愛龍達がうまく事を運んでくれるだろう。全ては、定命化に苦しむ我が同胞のために――」
声が途切れ、単眼から光が消え――そして、智龍ゲドムガサラは地に堕ちる。
ずん、と響く地響き。だが、沸き上がる勝利の歓声が、それすらも掻き消したのだった。
作者:弓月可染 |
重傷:レスター・ヴェルナッザ(銀濤・e11206) 龍造寺・隆也(邪神の器・e34017) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年7月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 13/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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