半透明の悪夢

作者:あかつき

●夕方の浜辺で
 大学生の男性が、スポーツウェアを着てバタバタと走っていた。
「う、うわ…………はぁ、はぁ」
 彼は、100メートル程全力疾走した所で、ぜぇぜぇと膝に手をつき、息を整える。
 そこは彼の家の近くの砂浜で、彼は日課である夜のジョギングをしていた所だった。
「こ、ここまで、くれば……」
 手に持っていたスポーツドリンクを一気に飲み干しながら、彼は言う。
「確かに毎年夏になると出て来てたけど……今年ももうそんな季節に……!! あのふわふわ揺れる白いシルエット、ぶるぶるひた表面、それから打ち上げられてへたっているあの姿……うわぁっ、思い出しただけで気持ち悪いっ……クラゲなんて、滅んでしまえ!!」
 彼がそう叫んだ時、彼の横に、鍵を持った女性ー第六の魔女・ステュムパロスが現れる。
「え、何……」
 訝しげに眉間に皺を寄せる彼の心臓を、ステュムパロスは手に持った鍵で穿つ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『嫌悪』する気持ちはわからなくはないな」
 砂浜に崩れ落ちる彼。次の瞬間、その横に、体長130センチくらいで重力に負けてへなへなしているクラゲ型ドリームイーターが現れた。
「ぶ、ぶるる……」
 触手の根元がモザイクになっているドリームイーターはそう言いながら、半透明の身体を震わせた。

●クラゲにご注意
「誰にだって、苦手なものはあるだろう。今回は、マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)の危惧した通り、クラゲへの『嫌悪』から生まれたドリームイーターが事件を起こすらしい。『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、このクラゲへの『嫌悪』から生まれたクラゲ型ドリームイーターはその場に留まり、事件を起こそうとする。なので、このクラゲ型ドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して来て欲しい」
 雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)は、ヘリポートに集まったケルベロス達へ、事件の概要を説明し始める。
 ドリームイーターは一体のみで、配下などは居ない。クラゲ型ドリームイーターは、身体をぷるぷるさせながら触手を使って攻撃してきたり、粘液を飛ばしてきたりする。身体はぶるんぶるんしてはいるが、触っても特に問題はない。しかし、触手には毒があり、痺れる効果があるので注意が必要だ。
「触手の数はちょっとわからないが、100本くらいはあるようだ。だが、しっかり動いているのは数本で、鍵を持っているのもそのうちの一本だけだ」
 そう言って、葵は一度言葉を区切る。
「嫌悪の気持ちは仕方がないが、それを奪ってドリームイーターを作り出すのは頂けないな。人によっては苦手な敵だと思うが、是非撃破してきてくれ」
 そう言って、葵はケルベロス達を送り出した。


参加者
ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)
外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
水無月・一華(華冽・e11665)
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)
香河・将司(魔王を宿す者・e28567)
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)

■リプレイ

●夕方の浜辺
「この季節にクラゲは早い気もするが……」
 海の方へ目をやりながら、ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)がぽつりと呟く。確かに、少し早い。少し早いが、少し早いと油断していたからこそ、被害者男性も必要以上に気色悪がったのかもしれない。
「クラゲというのは、やはり水槽での鑑賞が一番かと存じます」
 そう言う水無月・一華(華冽・e11665)は、レインコートを着込んだ完全防水装備。彼女はクラゲの姿を探してきょろきょろと視線を巡らせる。
「海水浴をする時などには刺されないように注意しないといけないのが困りものですね……」
 香河・将司(魔王を宿す者・e28567)が呟きながら一華と同じように辺り見回すと、その視線の先に、倒れた男子大学生、それから。
「あれだな。あのサイズだとさすがにエグイな」
 心底嫌そうな顔をしているマルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)だが、その足はもうすでにクラゲ型ドリームイーターにむけて駆け出している。そして、走りながら海に向けてフロストレーザーを発射し、海面を凍らせた。
「海には逃さない」
 それを見たドリームイーターは、身体をプルプル揺すりながら触手を蠢かせた。
「歯ごたえがあっておいしいとも聞きますけどもね、クラゲ。まぁ、あれが食用とも限りませんが」
 マルレーネの横を走るマリオン・オウィディウス(響拳・e15881)は、ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)に目配せする。
「ヴェスパー、私は右から。抜かりなくお願いしますよ」
 ヴェスパーは頷きながら、斬霊刀を抜き放つ。
「この見た目と大きさでは、苦手な人もいるでありましょうな。人々に害為す存在は、早めに駆除するに限るであります!」
 マリオンは宣言通り右側から、炎弾を放ち、ヴェスパーは逆側から抜き身の斬霊刀に雷の霊力を帯びさせ、神速の突きを食らわせる。
「ぶ、ぶぶるる……」
 ドリームイーターは、幾多の触手を伸縮させるが、ヴェスパーはそれを片っ端から切り飛ばしていく。
 しかし。
「ひゃっ……!! っ、どこ触ってるのですか?!」
 ヴェスパーの攻撃を掻い潜った触手が、マリオンの服の隙間に忍び込む。思わずマリオンは飛び上がり、痺れる身体を叱責し、なんとか触手から逃れようと武器を振り回す。
「取り敢えず、周りに人はいないし……よし、行くか」
 周囲を確認してから、村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)は駆け出す。そして、被害者が倒れている場所から離すように、重力を帯びた飛び蹴りをドリームイーターの頭部分に叩き込んだ。その拍子に、マリオンの身体に伸びていた触手がぽろりと外れる。
「妙な感触だな……」
 蹴っ飛ばされて被害者から離れた場所に転がったドリームイーターを見て、柚月はぽつりと呟く。
「今のうちだな」
 タイミングを見計らい、ユーディットが走って行って、被害者を抱え上げた。
「アインクラート、防御は頼む」
 ユーディットは、彼女のサーヴァントであるアインクラートに声をかけ、被害者をドリームイーターから遠ざけ、安全な場所へと運んで行く。途中、ユーディットの背後から忍び寄る触手に、マリオンが気付いた。
「田吾作!! 出番です!!」
 マリオンの叫びに、彼女のサーヴァントであるミミックの田吾作がばくばくと口を開閉しながらその身体を攻撃の射線上に割り込ませる。
「ったく、めんどくせえ……お前の相手はこっちだぜ」
 やる気無さげにドリームイーターを挑発するのは、外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)。しかし、武器を構えるその仕草には気だるさは見当たらない。
「面倒だが、より面倒なことになる前に片付けてやるぜ」
 咒八はドリームイーターの気を引き、その場に足止めをする為に重力と流星の煌めきを宿した飛び蹴りで、今より更に被害者と距離が開くように蹴り飛ばそうとする。
「ぶぶるっ!!」
 その攻撃は惜しくも避けられたが、気を引くことには成功した。ドリームイーターは、安定感のない身体を大きく震わせながら、触手をぶんぶんと縦横無尽に振り回す。
「あちらには行かせませんよ」
 ぶるぶるするドリームイーターに、将司が構えたドラゴニックハンマーの砲撃形態から撃ち出された竜砲弾は、ドリームイーターの頭のあたりをぷるんと貫いた。
「あの方が安全なところに行くまでは……!!」
 一華の御業は、ドリームイーターの触手を鷲掴みにし、その動きを制限する。
「この辺りで、大丈夫か」
 仲間達が攻撃で気を引いている隙にユーディットはドリームイーターから十分距離を取る事が出来、無事被害者を安全なところまで運ぶことが出来た。ふぅ、と一息ついて振り返るユーディットの視線の先で、ドリームイーターはまだまだ元気にぷるぷると震えていた。
 サーヴァント達が庇ってくれたおかげで、無傷とは言わないまでも殆ど攻撃は受けずに済んだ彼女は、日本刀を構えながら仲間達と合流する為に走る。
「ジリジリと弱らせる。……霧に焼かれて踊れ」
 丁度その時、マルレーネの焼霧嵐舞陣により発生した強酸性の桃色の霧が、ドリームイーターを包み込む。
「ぶ、ぶぶぶ……」
 酸に侵されたドリームイーターは、細かく震えて、地面にへたり込む。
「…………あれ?」
 呆気なさすぎじゃないか? と目を瞬くマルレーネだが、次の瞬間ドリームイーターはばっと起き上がり、触手をぐるぐる振り回し始める。
「切り飛ばす、であります!」
 可能であれば触りたくはないけれど、致し方ないであります。ヴェスパーは心の中で呟きながら、駆け、そして動き回る触手を切る為に斬霊斬を放つ。その一閃がドリームイーターを斬り裂いた、その瞬間。
「ぶるるるるるー!!!」
 触手から、粘液が放出された。

●さよならクラゲ
「危ないっ!!」
 仲間達を庇うようにドリームイーターと仲間達との間に身体をねじ込むユーディットとアインクラートだが、広範囲に撒き散らされる粘液を全て防ぎ切るのは無理だった。
「うわっ!!」
 諸に被ったマルレーネは、髪をかきあげながら自分の格好を一応確認する。びしゃびしゃに濡れて、へばりつく服は、ある意味お色気倍増、サキュバス的にはまぁ悪くは無い展開かな、と前向きに、だがしかし。
「気持ち悪いのに変わりはないけどな」
 へばりついた服に一言文句を言いながら、マルレーネは垂れてきた粘液を雑に拭う。
「普通のクラゲはこんな事しない!」
 一番被害を被ったユーディットが、ぽたぽたと粘液を滴らせながら叫んだ。彼女の身体を包むフィルムスーツが、更に肌に密着する。
「びしゃびしゃであります……」
 ヴェスパーは自分の下に出来た水たまりを見て呟いた。
「ったく、めんどくせぇ……!!」
 飛び散った粘液が当たった咒八が、心底嫌そうに舌打ちする。
「その不快感、今すぐ拭いましょう」
 仲間達の不快そうなその様子に、無事だった一華は簒奪者の鎌を持ったまま、美しくも嫋やかに舞う。
「皆々全て、祓い清めて癒しましょう」
 一華の祓魔癒術は、仲間達を癒していく。
「動けなくなったら、元も子もないからな」
 仲間達の様子を伺い、少し回復の手が足らないかもしれない、と判断したマルレーネは、サキュバスミストを使い回復のサポートに回る。
 ドリームイーターは、勢いそのままにひゅんひゅんと触手を振り回す。それを見た柚月が銀色に光るカードを取り出し、叫ぶ。
「銀髪の小悪魔召喚! リリィ・ミラリード!! 海の藻屑にでもしてやりな!!」
 柚月に喚び出された銀髪ツインテールの少女は飛び出すや否や、勢いよく一直線にクラゲ型ドリームイーターの頭に手刀をお見舞いする。
 ぶるんとした感触に、小悪魔リリィ・ミラリードは大変気色悪そうに顔を歪めた。
「あれだな?!」
 いくらか濡れたもののあまり被害の無い咒八は、鍵を持ってる触手を見つけ、回復もそこそこに駆け出す。
「切り落としてやるぜ!」
 そして、その触手目掛け、旋刃脚を叩き込む。
「ぶるるるるるぅぅ!!」
 ぽろり、と落ちた触手と鍵。触手を切り落とされたドリームイーターは、怒ったように叫びながら残った触手をすごい勢いで蠢かせる。
「かれこれ潮時ですよ」
 もうかなり弱っているように見えるドリームイーターにそう言って、将司は自らの内に眠るデウスエクスの力を、やり過ぎないよう慎重に少しずつ増幅していく。そして、ドリームイーターに向けて、手を伸ばす。
「その不調、増幅させていただきます」
 将司の魔王のオーラにより負荷の増大されたドリームイーターは、ぷるぷる小刻みに震えながら、地面にへたり込んでいく。
「さっきはよくも、やってくれたな……っ!!」
 ユーディットは思いっきり濡らされた恨みを刀に乗せて、大きく振り被り、緩やかな弧を描く斬撃で触手を切り取る。それに連携し、アインクラートもガトリング掃射でダメージを与えていく。
「筆みたいに生やして!! クラゲそうめんにしてやる!!」
 ざくざくと景気良く切り取られていく触手は、確かにそうめんに見える。
「田吾作、この触手は頼みました」
 触手を相手取るマリオンは、田吾作に声をかけ、そして。
「Nine-times Accelerter」
 カチリ、と奥歯の横を押し込む仕草をしたあと、マリオンの姿は残像すら残さず、その場から消え失せた。僅かに立ち上る砂煙の後、ドリームイーターは打ち砕かれ、爆発四散する。
 その更にコンマ数秒後、ドリームイーターの向こう側に現れたマリオンの髪が、爆風に揺れた。

●これにて、一件落着
「…………あれ、俺?」
 そこらに空いた穴や凹みをヒールで直した後、ケルベロス達は避難させていた大学生の元に急ぐ。
「大丈夫か?」
 マルレーネの問いに、彼は頷いた。
「え、はい……俺……あれ……ここは……? それよりクラゲは?!」
 慌て始める彼に、咒八が肩を竦めて答える。
「あぁ、もう居ないぜ」
「あ、そうなんですか? すいません、なんか……助けてもらったみたいで……ありがとうございます」
 立ち上がり、彼は頭を下げる。
「気にするな。しかし、砂浜は潮の満ち引きや流木・ゴミもあるので、走るなら道路の方が良いと思うぞ」
 そうアドバイスするユーディットに、彼は素直に頷いた。
「そう、ですね。クラゲも、居ますしね」
「これから海水浴の季節ですから……クラゲがもう出なければ良いですね」
 励ますように声をかける将司に、彼はへらっと笑う。
「そうだと良いんですけどねぇ」
 そう言う彼に、マリオンがふと気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、なんでそんなにクラゲが嫌いなんですか?」
 その問いに、彼は情けなさそうに眉を下げ、答えた。
「実は……小さい頃、刺されたことがあって。それに、渇いたのがそこらへんに転がってて、ひっくり返したら触手がいっぱいあって、ってビジュアル、気持ち悪くないですか? 元々俺、足がいっぱいあるのダメなんです。ダンゴムシとか、ゲジゲジとか」
 そして、再度頭を下げて自宅の方へと去っていく大学生の背を見送ってから、ケルベロス達はほっと息を吐いた。
「無事終わり、なによりです」
 にっこり笑う一華。
「この浜辺、夏にまた来たいですね。今度は遊びで」
 海水浴に想いを馳せながら言う将司に、ヴェスパーが頷く。
「ぜひ海水浴シーズンに来たいですな。水着も用意しなければならないであります」
 もうすぐ来る夏に想いを馳せながら、ケルベロス達は海の方に目をやる。
「夕日の浜辺、絶景だもんな。今度は、もう少し落ち着ける時に眺めたいね」
 夕日を見つめる柚月の言葉に、ケルベロス達はそれぞれ頷く。こうして、浜辺に現れたドリームイーターは、これからシーズンを迎える海水浴に影響をきたす事なく無事撃破された。この夏、被害者の彼がこれ以上クラゲに出会うか否かは、神のみぞ知る。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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