掃晴娘

作者:雨乃香

 ざぁざぁと雨が降っている。
 ベランダから眺める空は灰色で、滴る雨は強く、時折そこに座り込み空を眺める少女を濡らす。
 少女がじっと眺めているのは風に揺れるてるてる坊主。
 頼りなく揺れるそれに、少女はどうか、明日は晴れに、と必死に願っている。
 すると、雨が止み、空に晴れ間が覗く。
 満面の笑みを浮かべ立ち上がった少女、その足に違和感を覚え少女は視線を下げた。
 そこにあったのは、首から上がころころと転がった真っ白なぶかぶかの服を着た小さな女の子の体。
 それが、少女の足首を掴み、その体を支えにゆっくりと立ち上がり、首元に手が、

「わっ、ぁ!?」
 耳に飛び込むのは夢と同じ雨の音、微かに開いたカーテンから見えるてるてる坊主は静かに揺れている。
「夢、か……」
 少女はほっと胸を撫で下ろすと雨音を忌々しげに思いながら布団に潜り込む。
「明日はお父さんとお母さんと遊園地だし。もう寝ないと……」
 晴れる事を願い、眠りにつこうとした少女は、その身に迫る危険に気づかない。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 夢に意識が落ちる狭間、少女はそんな声を聞いた気がした。

「皆さんはてるてる坊主の由来って、知っていますか? ニアは今回初めて調べで知ったのですが、なかなか興味深いものでしたよ?」
 皆さんはどうでしょう? とニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)首を傾げながら、てるてる坊主のように被っていたフードを取り、軽く微笑んだ。
「昔から伝わるこういった風習といいますか、お呪い? 童謡とかも元を辿って行くと驚くような怖いこととかってありますよね。そんな元ネタを知ってしまったせいか、怖い夢を見て、夜中に飛び起きた少女の驚きが、ドリームイーターに奪われてしまったようです」
 相変わらず魔女は雨でも何でもお休みなく忙しいようです、とニアはかるく茶化しつつ肩を竦めた。
「目標は少女の驚きから生まれたドリームイーターで、見た目は、何でしょうね、てるてる坊主にまつわる諸説をごちゃ混ぜにしたような、そんな感じです。この目標は、被害者の少女の自宅周りの住宅街を徘徊し、驚かせる相手を探しています。土砂降りの雨の夜に外に出る人はいないでしょうが……」
 とニアはいいつつも、家屋内にいても戦闘の余波に巻き込まれる可能性があるため、あらかじめ避難誘導をすることを推奨しておきます、と、事務的に伝え、
「その習性から皆さんが街を歩いているだけで勝手に吸い寄せられてくるでしょう。遭遇直後におそらく此方を驚かせようと行動してきますが、もしおどろかなかった場合集中砲火を食らうことになるかもしれませんので、くれぐれもお気をつけて」
 それを逆手に取るのもいいかもしれませんが、首を絞められたり、得たいの知れないものを見せられるのはニアはいやですけども、と彼女は苦笑する。
「楽しみな日の晴れを願う女の子に寝坊をさせて台無しにした、なんてことはケルベロス達末代までの恥ですからね。気持ちのいい、文字通りの晴れの日をプレゼントしてあげましょう」


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
星宮・莉央(夢飼・e01286)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
リーア・マルデル(純白のダリア・e03247)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)

■リプレイ


 大粒の雨は住宅街の橙色の街灯に照らされて、暗い闇の中きらきらと浮かび上がりながら、水溜まりに跳ねて音を立てる。
「はい、それではよろしくお願いします」
「お任せください、我々の仕事も同じ市民を守ることですから」
 透明なビニール傘に付着した水滴もまた同じように橙色に光を反射し、傘をの下、言葉とともに敬礼をする警察官の姿をぼうと浮かび上がらせている。その敬礼に、穏やかな微笑をもって返す西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)は、泥水が跳ねるのも構わず駆け足でその場を去っていく警官の後ろ姿が闇に紛れ、見えなくなるまでじっと見つめていた。
「思ったより早く終わったな」
 雨が傘を打つ音に混じり聞こえてきた、後ろに控えていたシヲン・コナー(清月蓮・e02018)の呟きに霧華が振り向けば、ここまで来た時と同じように彼はボクスドラゴンのポラリスが雨に濡れないよう、その胸元にポラリスを抱えながら傘をさしている。
「出掛けていて不在といったお家がなかったお陰でしょうか、もちろん警察の方々の協力もあってですが」
「この雨で出掛けようという物好きもそういないだろうしな、不幸中の幸い、か」
 傘を傾け睨む空は真っ暗で、降り続ける雨の輪郭すらも不確かだ。しばらくして視線を下げた二人は、携帯端末の時刻と地図に目をやるとどちらともなく雨の中を歩き出す。
 大方の避難を終わらせた住宅街は暗く、似たような作りの建て売り住宅が並ぶ様はやや不気味に映る。念のために逃げ遅れた人々はいないかと、視線を振る二人と一匹はふと、通りの向こうに、人影を一つ、見つけた。
 傘をささず明かりを手に土砂降りの住宅街を歩くその姿に、二人は一瞬驚きながらも、住民かも知れないと思い、駆け寄るその途中で、その姿に見覚えがあることに気づく。
「ああ、そっちも終わったてたんだね」
 二人がよってくる足音に気づいたのか、明かりを軽くあげ振り向いた星宮・莉央(夢飼・e01286)の姿は傘だけをさす二人に比べるとなかなか重装備だ。
 ボーカルということで喉を大事にしているのか、それとも単に濡れるのが嫌いなのか、しっかりとした長靴とレインコートに身を包んでいる。
「お互いご苦労様ねぇ」
 対して莉央の隣からひょっこりと顔を出した小柄なペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)の服装はこの雨の中、露出の多い服に裸足という、なかなかに挑戦的な服装をしていた。
 彼女が歩く度にぴちゃぴちゃとどこか恐怖心を煽る湿った足跡が響く。
「ここのところ大きな事が続いてるせいか、警察、消防に限らず民間の人達もいつも以上に協力的で助かるわぁ」
「そうですね、こちらの警察官の方もーー」
 霧華がそれとなくペトラを傘にいれ、話を返しつつ歩き出すのに会わせて、男二人はしずしずとその後について歩いていく。
 とはいえ、目指す場所はそう遠いわけでもない。数分と歩かないうちに、空き地や、入居者のない家々の多い視界の開けた通りへと出る。
 その突き当たりのやや寂れた公園に目を向ければ、雨の中煌々と燃え盛る赤い人魂が一つ。それを目印四人はまっすぐに進んでいく。
「こう雨に降られると、お互い大変ですね」
 言葉とともに人魂、ではなくラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)の頭部に燃え盛る地獄が揺れ、炎がチロりとその兜の隙間から漏れ出でる。
「そうだね、風邪をひかない内に終わらせたいね」
 同意し頷く、ティユ・キューブ(虹星・e21021)とラーヴァの視線の先は主にペトラへと向けられていたが、当人は無関心、というよりもそれを楽しんでいるような節がある。
「下手に上等なもの来てくるよりはましだったかもな」
「ダルちゃんもあんまり濡れないようにねぇ」
 裸足で歩き回るペトラをどこか羨ましげに見つめながら、既に跳ねた雨水に冷たさを感じる足元をきにするスピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)、その横のリーア・マルデル(純白のダリア・e03247)はふかふかの毛並みを持つ相棒たるウイングキャット、ダールを気遣っているのだが、彼は平気と言わんばかりにそのふくよかな体でふわりと浮き上がりつつ、いつの間にやら集まっている、ティユのボクスドラゴン、ベルルとポラリスの元へと寄っていく。
 サーヴァントにはサーヴァントの世界がなにかしらあるのだろうか。
 ケルベロス達がその光景にふと、視線をとられていると、どこからともなく、ぴちゃ、ぴちゃ、と湿った足音が響いてくる。
「言っておくけど、アタシじゃないわぁ」
 すぐさま事態を把握したペトラの言葉に、ケルベロス達はその表情を引き締めると、公園内、その周囲に視線を走らせ、敵の姿を探す。
 しかし、その姿はどこにも見当たらない、だというのに水溜まりを蹴る素足の音だけが確かにはっきりと、近づいてくるのだ。激しく振る雨の音のなか、その音だけがはっきりと確実に耳へと届くその異様さ、否が応にもケルベロス達の警戒心は増していく。
 そうして周囲を警戒するケルベロス達の丁度中心、そこで、水溜まりに何かが跳ねる音がする。神経を研ぎ澄ませ気を張っていたケルベロス達は、すぐにそちらへと視線を向けて、それに気づいてしまう。
 向けられた人工の明かりを受けた水溜まりの中、転がるのはサッカーボール程の大きさを持つ何か。どす黒い染みの目立つ、真っ白な布に包まれたそれは、転がる内に泥水を吸い、じわりじわりと濡れていき、水分を吸った布は中の何かへと徐々に貼り付いてその輪郭を露にしていく。
「うわっ……」
 それがいわゆるオカルト的なものでなく、デウスエクスの行いだとわかっていても、自然と莉央の口からはそんな声が漏れ出ていた。作り物とわかっていても人は恐怖を感じてしまうものだ、お化け屋敷やホラー映画、そして悪夢。どれも現実でなく、空想の産物であったとしても、それに恐怖を感じる物は一定数いるものだ。
「あらあら~」
 驚いたような声を出しつつも、のんびりとした様子のリーアの背中ではいつの間に戻ってきてたいのか、ダールが尻尾を膨らませ、全身の毛を逆立て、その感情を露にしている。
 様々な反応を見せつつも、ケルベロス達の視線は自然と、その何かに集まっていた。警戒していたからこその反応。
 足音は、止まっていた。
 それは、もうとっくにその場についていたのだ。
「――っ!」
 言葉にもならない短い呼気の漏れる音。
「後ろかっ」
 シヲンの首に絡み付くボロボロの縄が延びるその方向に目を向けスピノザが叫び、
「コナーさん――」
 眼鏡を外し、武器を構えようとした霧華よりも早く、
「そこねぇ」
 ペトラが動いていた。


 何もない闇の先に延びる縄を辿り、その終着点に向けて放つ蹴りの一撃。手応えと共に響く水の音と飛沫をあげる水溜まり。
「平気ですかぁ? シヲンさん」
 声をかけられたシヲンは咳き込みながらも平気だと身振りで伝えつつ、その姿を見据える。
 暗闇の中浮かび上がる、薄汚れた白い簡素な布に覆われた体、頭の存在しない首にかけられた縄が力なく垂れ下がり、いつの間に回収されたのか、布に包まれた丸い何かを手に佇むその姿は、不気味としか形容できない。
「わーおばけ」
 両手を上げ、そんな小馬鹿にするような反応を見せるラーヴァに、
「こうしてみると、一層雰囲気があるというか」
 冷静にそんな批評をするティユ。そんな彼らの反応に対し、その首のないてるてる坊主、少女の驚きから生まれたドリームイーターは、なんの反応を見せるでもなく、ただ黙し、その場でゆらゆらと揺れる。
「愉快に言葉が通じる相手でもないだろう」
 喉元を押さえながら、ようやく喋れるようになったシヲンはそう言いながら仲間を守るように雷の障壁を展開、いつ動き出すともわからぬ敵に対しての備え、それを受けてか、ドリームイーターが動きを見せた。
 正確にいうのであれば彼女は動いていない。その場に佇みながら、その姿が闇へと溶け込もうとしていた。
「おっと、そうはさせねーぜ」
 文字通り釘をさすかのようにスピノザの放った銃撃が消え行く敵の体を貫き、その足元で炸裂すると同時、重力に縛られた敵をその場へと捕らえる。
 例えその姿が消えようともその場から動けないのであれば、その空間事攻撃してしまえばいい。
 既に踏み込み的との距離を詰めている霧華、丁度その反対からせまるラーヴァ、迫り来る二人を迎撃すべく、ドリームイーターは箒で足元をさっと、掃いた。
 それと同時に発生する見えざる不可視の力、それが二人を凪ぎ払う直前、ティユの展開した紙兵がその攻撃の威力を削ぎ、飛び込んだリーアが攻撃を受け止める。
「今がチャンス、かしら~?」
 抜き放つ霧華の一閃、それに重ねるように振るわれるラーヴァの一刀、ドリームイーターの体から散るのはモザイクの欠片。作り物である彼女に流す血などはありはしない。
「――叶わぬ夢の後始末を」
 莉央の放つ赤い光は雨の中乱反射し、ドリームイーターの体からさらに落ちたモザイクとともにはらはらと舞い、花弁のように散る。
 つけられた傷が闇の中浮かび上がり、体を透過させる意味などもはやなく。
 姿を表した彼女は反撃をすべく、縄を放つ。
「ペルル!」
 それが仲間達の首に絡むよりも早く、ティユの指示をうけたペルルの吐いたブレスがそれを焼き切り、
「僕らも続こうか」
 シヲンの放る手榴弾が青白い閃光が弾け、周囲に電撃を振り撒き、すかさずポラリスのタックルが電撃に痺れる手の体を吹き飛ばす。それだけの時間があれば十分だった。古代語の詠唱を完了したペトラは既に敵の眼前。
「我、全てに破滅を与える者なり。――全部持って行きなさぁいッ!」
 指先が軽く触れただけ。それだけのことなのに、次の瞬間、桃色の大きな魔方陣が展開し多量の魔力が敵の体へと流しこまれ、その体内を内側から破壊し、爆破する。
 怒濤の連撃を受けてなお、倒れることなく不気味にゆらゆらと揺れるその姿は強風に揺られるてるてる坊主そのもので、
「だってのに土砂降りじゃねーか、風邪引きたいなら一人で冷えてろ」
 殆ど八つ当たり気味に溢しながらスピノザが精製し、放った弾丸はそれを受けた敵の動きがまるで時間が止まるかのように、一瞬制止し、星一つない空のした、流れ星の如く星々の煌めきを宿したティユの蹴りがその体を直撃し、ついにドリームイーターのからだが地につき、転がり動かなくなる。
 それは吊るす糸の切れたてるてる坊主のように、水溜まりに沈み、ピクリとも動かない。
「終わったかしら~?」
 横たわるその体に一歩近づいたリーア、コツンと足元にぶつかる衝撃。
 先程まで確かにドリームイーターの傍らにあったはずの小さな丸い包みが、いつの間にか彼女の足元に。
 軽く爪先が触れたそれは、転がりながら布が開き、その中身を彼女の前に、
「和が名は光源。さあ、此方をご覧なさい」
 闇の中歌ようにそう節をつけ呟くラーヴァの放った矢は眩しく輝き、周囲の仲間達の視線すらも惹き付けながら、加速。それは包みに二本、三本と突き立ち、それを公園の外まで弾き出す。
 そしてびくりと跳ねた倒れ伏す体の後ろ、一瞬で距離を縮めた霧華。
 言葉もなく無表情に振り上げられる拳は流体金属を纏い、強固な鋼鉄の拳を形成。
 降り下ろす一撃は、地を穿ち、ドリームイーターの体は擂り潰されるかの如く、モザイクとなって雨の中溶けて消えていった。


「雨の中の戦いってのも楽じゃねーな」
 被害の少ない公園の修復作業にあたりながら、すっかり濡れた自分のスーツの重さを感じながらスピノザは嘆く。
「今度からアタシをみならって裸足で来たらどうかしら?」
「考えとくわ」
 雨を気にしたそぶりもないペトラのその気楽に歩き回る様に目をやりながらスピノザは肩を落とす。
「濡れて被害があるわけでもないですが、気分的にはやはり濡れたくはないものですねえ」
「ま、あれだけてんこ盛りだったんだ、嫌でも明日には晴れるんじゃないかな」
 ラーヴァのさしなおした傘に一時的に間借りするティユ、その後方でポラリスにご褒美を与えているシヲンも傘をさしており、レプリカントである彼らにしても濡れるのを嫌うというのは、どうにも雨の好き嫌いに種族というのはあまり関係がないらしい。
「そういえば」
 ティユの話にふと思い出したように、莉央は呟く。
「あの布の中身、やっぱりあれだった?」
 ドリームイーターの抱えていた謎の包み、その中身が開かれたときもっとも近くにいたリーアに莉央がそう聞くと、彼女は濡れたダールの体をタオルで拭きながら、んーと悩み。
「秘密、ということで~」
 と、はぐらかす。
 誰もがその意味深な言葉に、内心その中身を気にしつつ、真実が明かされるのも怖い気がして、聞くに聞けない。
「さて、大方作業も終わりましたし、被害者の少女の安否確認でもいかかでしょうか?」
「私もご一緒します」
 ラーヴァの言葉に、霧華がそう答えると、他のケルベロス達も同意しながら、そうして公園を去っていく。
 雨足はいまだ強く、地を叩く雨の音は耳に心地いい。
 少女が楽しみにする朝まではまだ十分な時間がある、通りが刈る家の軒先に吊るされたてるてる坊主にささやかに願いを込め、彼らは連れたって歩いていく。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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