マリステラの誕生日~移ろう色に添える想い

作者:朱乃天

 空一面が、暗鬱な曇に閉ざされた鈍色の世界。
 上空を覆う雲の隙間を縫うように、絹糸のような小さな雫が地上に零れ落ちていく。
 降り出した雨に濡れないよう、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)は傘を広げて差しながら、雨粒落ちる空を仰ぎ見る。
 季節は既に梅雨入りし、雨の降る日が暫く続く頃となる。
「この時期は、紫陽花が見頃になりますね。雨露に濡れる紫陽花も、風情があって良いかもしれません」
 雨に濡れる花の姿は艶やかで、青紫や桃の淡い彩りが、更なる情緒を醸し出すのだろう。
「ところでこれから紫陽花を見に行きたいと思うのですけど……良かったら皆さんも一緒にどうでしょう?」
 降り注ぐ水のヴェールに包まれて、普段と違ったロマンチックな気分に浸りつつ。綺麗に映える花を愛でながら、心安らぐひと時を共に感じたいからと。
 そしてこの日は彼女の14歳の誕生日。思い出に残る一日を、皆と一緒に過ごしたい。
 そうした想いを抱きつつ、マリステラは少し照れ臭そうに微笑んだ。

 少女が誘うその場所は、色とりどりの紫陽花が一面に咲き誇る庭園だ。
 華やかに咲き乱れる紫陽花達の競演が、雨に煙る古刹の庭を、潤い齎す優しい色に染めている。
 涼しげに薫る花の小路を眺めて歩き、小高い丘を上っていくと趣のある四阿に辿り着く。
 雨粒滴る癒しの音に耳を傾けながら、目の前で展開される幻想的な世界に想いを馳せて。
 揺蕩う時の流れの中で、花の色が移ろう様は見惚れる程に美しく。それはまるで人の心を映しているようであり。
 また死者を弔う手向けの花とされ、雨に滲んで憂いを帯びたような花の姿には、人の命の儚さを感じずにはいられない。
 だからこそ、人々はこの花の不思議な魅力に心惹かれてきたのだろう。
 静謐なる雨の調べが織り成す物語――紡ぐ想いに色を添え、心の花を咲かせに行こう。


■リプレイ

●花の小路は雨に濡れ
 空からしとしとと降る雨は、大地を濡らして薄い水面の膜を張る。
 雨粒は一定したリズムで規則的に降り注ぎ、差した番傘を弾く水の音が実に小気味よく。景臣はその音に合わせるように、旋律を小声で口遊みつつ、移ろい変わる彩路を練り歩く。
 雨露にしっとりと濡れそぼつ、四葩の艶々と照る美しさについ目を細め。綺麗ですね――そう紡いだ言葉に、ローデッドも大きく頷き返す。
 降り落ちてくる雨粒に時折揺れる花弁と、雫のヴェールが醸し出す幻想的な景色がとても新鮮で。
 空の色を忘れぬよう、目の前に咲く紫陽花は、空を映した彩りをしているのだと、景臣が微笑みながら二の句を継げば。随分ロマンチックな話だと、ローデッドは満更でもなさそうに、鮮やかな色を添える紫陽花に想いを馳せる。
「おや、肩が濡れていますよ?」
 友にふと目を向けながら、ハンカチを取り出して拭う景臣に。ローデッドはいらぬお節介だと言うものの、好意は素直に受け入れて。
「世話焼いてテメェが濡れんなよ?」
 傾き気味になった傘を指し、冗談交じりに笑みを浮かべつつ。少し四阿で雨宿りでもしていこうかと、傘を差し直して歩みを進めるのだった。

 静かな時の流れる庭園で、聴こえるのは雨の降りしきる音だけではない。
 紫陽花を黙して眺めていた織櫻だが、隣で連れ添う者には苛立ちを感じずにはいられなかった。
 当のベリザリオは鑑賞の邪魔をするつもりは勿論ないが、織櫻を溺愛し過ぎるが故、口を開かずにはおれない性分だ。
 昔の記憶も感受性も失われ、そのことを今も引き摺る織櫻の力になりたいと。ベリザリオのそうした親切心も、織櫻にとってはお節介でしかなくて。
「……ひとまず、ヴァルターの金色の髪と紫陽花の組み合わせは、悪くはないと思います」
 そう答えることが、せめてもの精一杯の反応だ。
「ああ、紫陽花も勿論大好きだ。特に、濃い青色の花がいい」
 理由は言わなくても分かるだろ? とでも言いたげに、織櫻の瞳を見つめるベリザリオ。
 その目線を合わせないよう顔を背けても、可愛いやつだとニヤついて、懲りる様子は一向に見当たらない。
 黒髪の青年は心の中で半ば呆れ果て、口からは深い溜め息しか出なかった。

「カズこっち! 紫陽花ー!」
 例え雨の日だろうとロアは元気いっぱい、足取り軽く明るい笑顔で小路の散策を楽しんでいた。
 そんな彼女を微笑ましく見守りながら、和真が後ろを付いて行き。雨に映える紫陽花の、風情を感じて感嘆の溜め息を吐く。
 様々な彩りを見せる花の群れの中、ロアは一つの紫陽花を見つけると、和真に知らせようと燥いで彼の袖を引く。
 ロアが指した紫陽花は、くるりと振り向く彼の瞳と同じ藍色で。この紫陽花をカズと一緒に見に行きたかったから。そう言って花に触れ、にっこり笑う主人の言葉に、従者たる少年も笑顔を携えながら頷いた。
 そうした最中、不意に出てきた闖入者。ロアが小さなアマガエルを見つけると、掌の中にこっそり隠して、連れ添う彼に近付けて。
 そして掌を開いて、跳ねるカエルに和真は思わず声を上げつつも、しっかりそれを受け止めて。ロアは悪戯っぽい笑みを覗かせながら、無邪気に彼の腰に抱き付いた。
 少年はやれやれと肩を竦めるが、笑みは絶やすことなく、抱き付く少女を愛おしそうに見つめるのだった。

 どうして自分が連れ回されるのだろうかと、輝が真顔で訪ねれば。
 水葵は言葉を濁して苦笑しながら、くるりと傘を回す仕草をしてはぐらかす。
 聞かなくても結果は既に知っていた。彼女が気紛れなのは出逢った時から感じてたから、従う以外に選択肢はないと。
 輝が諦観の境地に至ったその直後――水溜まりに足を滑らせた水葵に服の裾を掴まれて。体勢を崩した彼女の身体を、間一髪抱き止める。
 前にもこんなことがあった気がする。そんな既視感に囚われながら、二人は見つめ合い。ふと我に返ったか、水葵が小さく首を横に振り、今度は紫陽花の方へ目を向ける。
 輝も気を取り直して彼女に合わせ、雨の中に咲く花を、二人で一緒に愛でるのだった。
「……この景色を見せてくれたこと、感謝する」
 こうして外出する機会を得られたことは、輝にとっても素直に有難く。しかし誘われた意図については、結局分からないままでいた。
「それは内緒ですよ……今は、まだ」
 含みを持たせるように微笑む少女の、花を見つめる瞳に映ったものは――彼の髪に似た、藍色の紫陽花だった。

 鈍色の雲から滴る雫が、傘を差さずに佇む二人の肌を薄ら濡らす。
 呆然と花を眺めるレスターの、心に去来するのは討ち倒した宿敵達の存在だ。
 エデンは最期に何を思ったか。スパロウは最期に何を託したか。
 この手に残る感触を、思い出す度胸が苦しくて。こんな辛い思いをするのなら、自分が死ねば良かったと。
 今だけは弱音を吐かせてほしいと乞う親友に。暫く花を見つめていた朝陽菜の、目深に被ったフードの影から、僅かに見える口元が開く。
 何を感じて生きてきたなんて、当人にしか分からない。それで死にたかったと願うなら、止める理由だってない。
 だけど……生きていてくれて有難うって、言ってくれる人が一人だけでもいるのなら。
「今生きてることに、意味はあるんじゃね?」
 その言葉を聞いた瞬間、レスターの瞳から煌めく光が零れそうになり。朝陽菜はそんな彼の頭に手を添えて、金色の髪を慰撫するように優しく撫でた。
「……ありがとう、ヤク」
 負った哀しみはすぐには癒えないが、せめて冥福だけでも祈ろうと。『家族の結びつき』という花を、弔う手向けの花として。

●恋の花咲く傘の中
 一つの傘の花が咲き、その中に二つの人影が寄り添い合って小路を歩く。
 モノクロームの空間に覆われた雨の庭園に、様々な色の紫陽花が彩を添え、幻想的な世界を描き出す。
 まるで一枚の絵画のような風景に、エルトベーレとドミニクは思わず言葉を呑み込んだ。
 そしてこの素敵な景色を写真に撮ろうと、エルトベーレがスマートフォンを取り出して。彼女の撮影中、ドミニクは大切な恋人が雨に濡れないように傘を差して雨避けをする。
「じゃーん! 見てください! えへへ、中々上手に……って、ニコラスさん、肩が濡れちゃってます!」
 写真を撮るのに夢中になって、彼が雨から庇ってくれていたのも気付かずに。そんな自分が情けなく、エルトベーレが落ち込む傍らで。ドミニクは彼女の写真を覗き込み、綺麗に撮れたと子供のように燥いで喜んだ。
「良ェて、良ェて。それに……ワシも撮りてェもん、撮れたしのォ?」
 そう言ってポケットに、自分のスマートフォンを仕舞って誤魔化すように目線を逸らし。四阿に着いたら紅茶を飲んで温まろうと、二人は顔を合わせて微笑んだ。

 青地の着物に差した和傘が、小雨に濡れる紫陽花小路の風情によく似合う。
「初夏の折、先日はお誘いありがとうございました」
 共に出掛けた日のお礼を述べる静葉は、そのお返しとばかりにレオンハルトを紫陽花咲く庭園に誘ってみたが。
 夏なら水着や浴衣で遊べる場所が良かっただろうか。おまけに生憎の雨模様に申し訳なく思い、浮かない顔になってしまう。
「出掛ける機会はこれから幾らでもあろう。しかし紫陽花は今だけしか見れぬ。なら紫陽花の方が我はよい」
 励ましの言葉を添えるレオンハルトの一言に、静葉の顔が嬉しそうに綻んで。はにかみながらそっと手を差し出すと、自然と二人の掌が重なった。
「紫陽花や きのふの誠 けふの嘘……よく言ったものじゃな」
 人の心は移ろい易く、こうして繋いだ手もいつか離れてしまうかもしれない。でもだからこそ、今この時を大事にしたいという彼の想いを、静葉は確かに汲み取って。
 掌から伝わる心地良い温もりを感じつつ、この縁を繋いでくれた運命に心から感謝した。

 色とりどりの花に囲まれた小路を歩いていると、見知らぬ世界に迷い込んだように思えてしまう程。雨に煙る庭園は、幻想的な美しさを醸し出している。
 レッドレークが大きめの傘をクローネの頭上に差すと、少女は中へと入り身体を寄せて、二人の肌が触れ合った。
 雨の匂いと、艶やかに濡れた花の香りに包まれて。雨粒が傘の上を跳ね、水溜まりを踏む音が波紋と共に広がって。日常とは異なる趣をそこに感じつつ、二人は未知の世界の散策を楽しんでいた。
 生きる場所によって花の色が移ろい変わるのは、人の心にも似ているようで。
「俺様も今の穏やかな時間があるのは、良い人の隣に根を下ろせたおかげだな」
 寄り添う少女の顔を覗き込みながら、レッドレークが感慨に耽る。
 これからも二人で想い出重ねて深め合い、共に色を染めて行こう。そう約束を交わして、同じならどんな色でもいいと。笑う彼の明るい声が、クローネにはどこかくすぐったくて。
 気付けば頬が赤く染まって熱を帯び。胸の内から込み上げてくる、燃えるような熱い想いを、彼女は静かに噛み締めた。

 雨雫を纏いし四葩の、表情豊かな彩りに。ラウルは眦緩めて想いを馳せる。
 紫陽花が人の心を映し出すというのなら、シズネはどんな花を咲かせるのだろう。
 柔らかい笑みを携えながら問う金髪の青年に、黒髪の青年は、気ままだからいろんな色を咲かせる花だと笑い飛ばして。
 返された答えにラウルは顔を綻ばせ、俺は好きだよ、と。さりげなく告げたその一言に、シズネの頬が仄かに赤く色付いた。
 二人の空気が一瞬静まり、雨音だけが聴こえる空間に、沈黙を打ち消す声が入り混じる。
 今度はシズネが聞き返し、ラウルは少し考えた後、独り言ちるように語り出す。
 日本に来た頃の自分なら真っ白な花だったかもしれない。でも、あの日一緒に見た朝の色……夜闇を拭い去る暁光は、命の色に似て。
 今も胸に息衝く想い、シズネと出逢って心が色付いた。想いを吐露する彼の言葉がこの上なく嬉しくて。雨に濡れてしまうからと、シズネは照れ臭そうにラウルの身体を抱き寄せた。
 色付く彼の花をもっと隣で感じたい……傘の中の小さな世界で、二人だけの特別な時間が流れ過ぎて行く。

 二人の少女は一つの傘で寄り添うように、紫陽花の咲く小路を漫ろ歩きする。
 誘いを受けたアンゼリカは、愛しき姫に仕えるように傘を差し。彼女の好意に甘えるように、天紅は幸福感に満たされていた。
 小路を彩る紫陽花は、死者に手向ける花だと云う。しかし見方を変えれば、『生きている貴方を大切に』と言ってくれているのだと。
 もしもアンゼリカに出逢わなかったら、そんな想像すらしなかっただろう。
「誰より大切な、貴方が居るから……」
 一つの命が、過ぎ行く今の一瞬が、全てが掛け替えのない宝物。最愛の少女を護り慈しむように抱擁をする、その温もりをもっと感じ合いたいと、アンゼリカが愛を込めて抱き締め返す。
「――君を、愛している――」
 命も時も、全ては儚いものかもしれないが。愛の言葉を告げるアンゼリカの唇が、天紅の口を塞ぐように接吻をする。
 君と生きることが、私の幸せの全てなのだから――例え短い命でも、今を生きる幸せだけはいつまでも変わらない。
 二人は互いの髪を頬を撫で、時を忘れるままに愛を確かめ合っていた。

 繋いだ手から彼の温もりが伝わってきて、早苗は少し恥じらいながら想い人の顔を見る。その様子は普段の活発な姿とは違い、二人きりの時だけの、恋する乙女としての表情だ。
 そんな彼女にルルドは気さくに振る舞って。花は心を落ち着かせてくれると視線を移す。
 俺は青い花が好きだとルルドが言えば、早苗はピンクの花が可愛くていいと答え。中には色が分かれてハートの形をしているのもあると聞き、近くにないかと思わず見回した。
 紫陽花の花言葉には、元気な女性とか、辛抱強い愛情だとか。家族の結び付きというのもあるのだと、早苗が思い浮かぶ言葉を並べ立てながら振り向いて。
「ね、ルルド。ボクたち……いつか家族になれる?」
 不意に少女の口から告げられたのは、将来の契りを結ぶ誓いの句。決意を込めた彼女の告白に、青年は暫し思案した後、片付け事を終えてからでも遅くはないと、諭すように語ったその直後。
「……その時は改めて、俺から伝えさせてくれるか?」
 早苗は嬉しそうに大きく頷いて、握り締めた掌に、微かな火照りを感じるのだった。

●雨の調べに想いを乗せて
 雨の日に出掛けてまで花を見るのは、一風変わっていると興味を抱いて。
 購入したばかりの真新しい傘を差し、ルチルが小雨の道を一人練り歩く。
 期待と不安を覗かせながら、花に誘われるように進んで行くと。そこで目にしたものは、ハートの形のような紫色の紫陽花だ。
 これは自然が生んだ偶然だろうか、好奇心の赴くままに写真を撮った時、ふとしたことにルチルは気付く。
 薄暗い曇の下でも鮮やかに映える紫陽花は、だからこそ綺麗に見えるのかもしれない。きっとこれこそが風流なのだろう。

 紺地に白い蛇の目の和傘を片手に歩きつつ、十郎が小路に咲く紫陽花へと目を向ける。
 紫陽花が手向けの花だということを知ってから、妙に惹かれるようになっていた。
 人を浮かれさせる花よりも、静かに寄り添う花の方が好きだから。雨のリズムに合わせるように、ゆるりと傘を回して、誰かに聴かせるでもなく歌を口遊む。
 大切な人が心穏やかに、微笑んでいられるようにと願いを込めて。十郎の優しく切ない歌声が、雨音に溶け込むように消えて行く。

 大地を潤す雨の旋律に、誘われるように四阿へと向かう二人の男女。
 小さな小屋でひと息ついた後、宿利が語り出すのは子供の頃の話であった。
 雨の日は燥いでしまって長靴で水溜まりに入ったり、紫陽花に蝸牛や蛙がいないか一生懸命探したり。
 思い出話は跳ねる雨滴のように軽やかで。夜は耳を傾けながら、幼い頃から元気で明るい子なんだねと、想像しながら自然と頬を緩ませる。
 雨に煙る景色は、日常を異なる世界に塗り替えて。窓の外を眺めては、雨上がりの虹を探していたりした。そんな昔の頃を思い出し、夜は傍らに寄り添う少女と視線を交わす。
 紫陽花に纏わる花言葉、その中から宿利がいくつか例に挙げ、最後にぽつりと呟いた一言に、夜が笑みを返して想いを巡らせる。
 彼が思い浮かべているものは、きっと『家族』のような幼馴染なのだろう。だから確りと伝えたく、宿利が続けて紡いだ言の葉は。
「……君も、私達にとって大切な『家族』だからね」
 紫陽花が、心を結んでくれるようにと祈る少女に。青年は愛おしむように願いを込める。
 この柔き慈雨が、心を優しく潤すように――。

 互いに選び合った傘を手に、着物姿で雨降る庭の風情を楽しむ二人。
 ヴィの和傘は、雨に濡れた若葉のように澄んだ緑で。雪斗の瞳と同じ色だと考えながら、彼の方へと目を遣れば。紫陽花のように深い青色の和傘を手にした、雪斗と目が合って。
 二人は顔を見合わせ微笑みながら、四阿に腰を下ろして傘を閉じ。丘の上から見下ろすのは紫陽花の庭の幽玄たる景色。
 雨に濡れる紫陽花は、憂いを帯びて美しさがより映えて。色とりどりに咲き誇る花の中から、傘と同じ色の花が目に留まり。雪斗が自分の傘と見比べて、嬉しそうに燥ぐ姿も束の間で。少しの間物思いに耽りつつ、紫陽花色の傘を開いて外に出る。
「……ね、相合傘して帰ろっか?」
 幸せな今の気持ちを、大切な人と一緒に感じていたいから。そう言って雪斗が招き入れるように手を差し出せば、ヴィも応えるように手を添えて、二人の想いが重なり合う。
「手も、繋いでいく……? あ、ああ、うん……いいよ」
 花の色は移ろい変わっても、この幸せだけは、いつまでも確かなものであるように。

 小雨程度であればと傘を持たずに来てみれば、四阿に着いた頃には随分濡れてしまったが。彼等にとっては頭が冷えて程良い頃合いだ。
 静かな場所で過ごしたかったと言うグレッグに。自分みたいなやかましいのがいたら意味がないだろう、等と鷹斗が皮肉を返す。
 しかしグレッグは、敢えて聞かない振りをして、誤魔化すように意識を景色に向け直す。ところが瞳に映る全てのものが、どこか遠い情景に見えてしまうのは、心が晴れないせいなのだろうか。
 一面に咲き乱れる紫陽花を見て、この景色を肴に酒を呑めれば良かったと。鷹斗は雨で湿気た煙草を咥えて肩を竦めつつ、心ここに在らずといった相方の顔に目を移す。
「ホント、グレちゃんは『昔から』水臭いねえ。忙しさに感けて構ってくれないって、レムちゃんもご立腹だぜ」
 まるでこの雨空よりも泣き出しそうだと。相方の濡れた頬を指で突いて茶化す鷹斗に、グレッグは困惑気味に表情を曇らせながら、顔を背けて呟いた。
「……多少賑やかであったとしても、昔からあんたと過ごす時間は、嫌いじゃなかった……だから良いんだ」

 降りしきる雨が四阿の屋根を伝い、滴り落ちる雨粒が地上に弾ける。
 雨音が奏でる調べに、静かに耳を澄ませるグノーシスとマリステラ。
 この日は彼女の誕生日。この一年が充実したものとなるよう願いを込めて、グノーシスが祝いの言葉を口にする。
 ささやかな言葉であっても、彼女にとっては大切な宝物。マリステラは感謝の礼を述べながら、想いを歌に乗せ、紡ぐ世界に色を添えていく。

 ――雨のヴェールに包まれて、移ろい色付く心に花が咲き、新たな季節がまた巡り来る。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月4日
難度:易しい
参加:31人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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