ぬめぬめぬるぬる

作者:古賀伊万里

 ある髪の長い女性会社員は、最近とみに忙しかった。
 部屋も片づけられていない。食事はコンビニか外食だ。
 家に帰り、風呂に入る。
 ふと、長い髪の毛が排水溝に絡みついていることに、気付いた。気付いてしまった。
 このままいけば、腐敗は免れない。
 ぬめりや悪臭を想像して、女性社員はぞっとした。
 ──その瞬間。
 心臓を穿った鍵は、命も奪わず怪我ひとつさせなかったが、それは確かにドリームイーターの一突きだった。
「あはは、私のモザイクは晴れないけれど、貴方の『嫌悪』する気持ちも分からなくはないな」
 嫌悪を奪われた被害者は、浴槽の中で意識を失い崩れ落ちる。その傍らに、新たなドリームイーターが誕生した。
 どろどろとした長髪の、おおむねの者が想像するような、妖怪のようないでたちそのもので。

「君たちには、苦手なものはあるかね?」
 高取・重御(シャドウエルフのヘリオライダー・en0218) は困ったような顔で尋ねる。
「この、苦手なものへの『嫌悪』を奪って、事件を起こすドリームイーターがいるようなのです。『嫌悪』を奪ったドリームイーターは、既に姿を消しているようだけれど、奪われた『嫌悪』を元にして現物化した怪物型のドリームイーターにより、事件を起こそうとしているようなのです。怪物型による被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して欲しい」
 苦手なものにとりつくとは、何とも趣味が悪い、と重御はひとりごちる。
「このドリームイーターを倒すことが出来れば、『嫌悪』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるでしょう」

 さて、と重御は向き直る。
「敵のドリームイーターは一体のみ、配下などはいないよ。ただ、『粘膜食らい』『ぬめりホールド』『抜け毛増殖』の三つの技を使う。一度くらいは覚えがあるだろう? 掃除を迂闊にもさぼってしまってひどい有様になった排水溝の様子を見たことが。それが攻撃をしてくるんだ、悪臭と厭な感触に耐え続けながら戦うことになる。精神的に厳しい戦いになると思うけれど──やれるね?」
 想像しただけでげんなりした重御は、それでも発破をかける。
「何事も清潔第一。きれいに徹底的に、掃除をお願いするよ。何よりも、被害者のためにね」


参加者
シルフィリアス・セレナーデ(ごはんはポテチの魔王少女・e00583)
ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)
樋廻・朔(淫蕩なる観測者・e11609)
神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)
鬼島・大介(最終鬼畜喧嘩屋・e22433)
エージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)
ウィルフラ・グレイシャー(絡みつく獄炎・e36730)
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)

■リプレイ

●汚物の化物
(……いや、確かにその嫌悪感は理解出来るんだけどね。そんな簡単にドリームイーターが作れるものなの……?)
 一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)は首をひねりながら、アパートの屋上に立っていた。
 時間になったら外に出ないように、とアパートの他の住人に事前連絡を済ませた鬼島・大介(最終鬼畜喧嘩屋・e22433)がそこに戻ってきた。
「この時期にぬめりと悪臭だと……? 冗談じゃねえ、カビが生える前にさっさと始末するぞ」
 掃除洗濯好きの大介は、嫌悪感も露わに咥えタバコのフィルターを嚙み潰す。
「今回の敵って、排水溝のヘドロの塊みたいなやつなんだっけ……あんまり触らないように出来ないかにゃあ?」
 エージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)はのほほんとした調子で口にした。
「無傷ってわけにはいかないだろうし、お風呂の用意しといた方がいいかも~」
「梅雨の時期はのう……どうしても気持ちが重くなってしまうからな! 掃除が億劫になってしまう気持ちも分かるのじゃ」
 ……帰ったらわしも掃除しよ。神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)はぼそっと付け足した。
 ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)は百円で買った上下セットの雨合羽を持ち込んでいた。念のために着替えも。密閉袋と防水リュックの二重防衛で。
「排水溝のアレが攻撃してくるわけですか……まぁ、弱体化はしないでしょうが、ぬめりが減れば儲けものです」
 死んだ目で手にしているのは塩素系の分解液。
「排水溝にアルミホイルを入れておくとぬめり防止になるらしいっすよ」
 シルフィリアス・セレナーデ(ごはんはポテチの魔王少女・e00583)は湿気を吹き飛ばすように軽やかに知識を披露する。
 少し離れた場所で、ウィルフラ・グレイシャー(絡みつく獄炎・e36730)と樋廻・朔(淫蕩なる観測者・e11609)は皆の様子を見ていた。
「さてさて。今回はドリームイーターが相手、ですか。それにしても……いわゆる長時間労働の副産物、といった感じの敵のようですねぇ」
「醜く汚いのに相手をして欲しいんだからちゃんと相手をして遊んであげないと失礼よねぇ?」
「何にせよ、面白そうな相手ではあります。どんな姿でどんな悪臭を放っているのか……興味は尽きませんねぇ」
 ウィルフラがそいつに汚されてく様が見れるから凄く楽しみでもあるんだけど。朔は誰にも聞こえないほどの声でひとりごちた。
 にちゃ、ぬち、といかにも汚物めいた音が階段の方から聞こえたのは、その瞬間である。

●焼けども凍らせども
「誘導するまでもなかったか」
 大介は武器を構え、ぬちゃり……ぐちゃ……と厭な音を立てながらこちらに近寄ってくる敵――ドリームイーターを威嚇する。
「においの元を掃除するとするっすか」
 シルフィリアスは杖を振るう。光の奔流の中、ひらひらの愛らしいミニスカドレスの魔法少女衣装に変身!
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす!」
 決めポーズでぱっちんとかわいくウインクを。
「うわ……わかめでイメージ書き換えれば、死神として見えたりしませんかね?」
 一方で敵のあまりの醜悪な姿に、ミリアはげんなりと現実逃避をしたがった。排水溝の生ゴミが腐って巨大化したような外見であるから、さもありなん。
「おや、素敵な腐れ具合ですねぇ。臭いも中々」
「醜いものには悪臭がつきものって言うでしょう?」
 ウィルフラと朔はくすくすと言い合う。
「こんなこともあろうかと用意しておいたっす!」
 シルフィリアスは持ち込んでいた消臭スプレーをまき散らす。すこしだけ呼吸がしやすくなったが、敵が弱体化するわけではない。そんなことは分かっている! とばかりに空き缶を放り捨て、自分で自分に電気ショックを飛ばし、戦闘能力を上乗せした。
「パッパッと片づけてキレイにしよ~! エージュあたーっく!」
 その隣からエージュはヴァルキリアブラストを炸裂させる。ヘドロの塊のようなもの、は光の粒子の攻撃で少しだけ、乾いた。
「こんなのと長いことちゃんちゃんバラバラするのはさすがにだいぶ嫌カナ~」
 着地を決めて、ほえほえっと本音を漏らす。
「湿り気には……火で乾かしちゃる!」
 早苗の『御業』が放った炎弾は、相手を焦がし、ぶすぶすと煙を上げさせた。腐臭に焦げ臭さが混じり合い、ケルベロス一同は思わず口と鼻を覆う。
「いやぁ……ほら、わしってば美少女じゃから、ぬめりとか無煙じゃから……」
 仕方あるまい、今回はそういうものとの戦いだ。
 まだ回復の必要はない。ミリアはほとばしる雷を敵にぶち当てた。元々不定形だった塊が、べしゃりと歪む。
「……クソが。視界の暴力かよ。正気度がガリガリ削れていく気がしてならねぇぜ」
 見たくもないものを常に見張っていなければならない大介は、徐々にげんなりしてきたが――攻撃は強く。鉄パイプに装填した炎で敵を焼き払う。
 生ゴミを焼いたときの臭いの五十倍ほどの汚臭だろうか。攻撃すればするほどひどくなる臭いに、大介でなくとも正気が削られていく気分だった。
「さて、あんまり触りたくないし、準備は念入りにしとこうかな」
 アヤメはさりげなくちゃっかりと自分への被害を抑えるため、分身の術を発動させる。
 ウィルフラは黄金の果実を、まずは前衛へ。朔はアイスエイジで敵を凍らせようと試みるが、ぬるりと避けられてしまった。
 ぶすぶすと黒煙を上げながら、ドリームイーターは、ウィルフラに向かってパラライズ付きの攻撃を飛ばしてきた。飛ばされたのはモザイクだが、それに纏わりついてきた悪臭に塗れて、ウィルフラはしかし笑う。
「朔以外にこの体を汚されるのもまた一興」
 朔もその様子をじっと、観察していた。

●汚臭の中で
「な、なんか大丈夫そうっす?」
 少々困惑しながらも、シルフィリアスは攻撃の手を休めない。かわいらしくポーズをつけて、杖からほとばしる雷をドリームイーターに直撃させる。ヘドロに満ちた沼のような空気にぱりっと電流がはしる。
「回復はミリアさんに任せるよ~! エージュちょーっぷ!」
 冥府深層の冷気を帯びた手刀が、敵を抉り凍り付かせた。そこに早苗の斬霊斬が放たれる。
「出来れば、わしの刀を触れさせたくはないんじゃが……致し方あるまい」
 魔術切開。ショック打撃。ミリアは急いでウィルフラの傷を癒しにかかる。
「俺の心の平穏の為に、さっさと潰れろ化物。汚物は……消毒だ!」
 全てを焼き尽くす螺旋の一撃。炎の螺旋がドリームイーターに襲い掛かる。ぬめりの塊は形を失いだした。――が、なおも蠢こうとする。
「白雪に残る足跡、月を隠す叢雲。私の手は、花を散らす氷雨。残る桜もまた散る桜なれば……いざ!」
 アヤメの我流攻撃忍術。敵を惑わせ、飛翔し、死角から、螺旋の力を叩き込む! 散ったのは花ではなく泥のようなぬめつきだったが。
 ウィルフラの黄金の果実は、今度は中衛へ。何もかもを楽しむように、朔と笑い合う。朔は表情を変えぬまま、掌からドラゴンの幻影を放ち、敵を愉快そうに焼く。
 ドリームイーターが、回復を試みた。回復といっても本来の姿がそもそも醜悪なので、見た目は大して変わらないのだが。
 一同、武器を構え直す。
 吹雪の形をした氷河期の精霊をシルフィリアスは召喚する。かきかきと夏の空気が凍り付く。
「エージュさん!」
 ほぼ連携に近いタイミングで放たれるエ―ジュのヴァルキュリアブラスト、早苗の熾炎業炎砲。
「患者さんの苦しみを、貴方も味わいなさい……」
 今は回復は要らない、ミリアも病魔の弾丸を撃ち込む。更に大介が弾丸と同じほどの速さで紅蓮大車輪をぶちかます。
「正直触りたくないんだけど、放置する訳にもねぇ……」
 忍者服をはためかせ、アヤメは加速させた武器で悪臭の根源を叩き潰した。飛沫はひらりとよけて去る。
「ふふ、一通りは観察しました、が……余りの悪臭は頭痛と吐気を引き起こすのですね」
 もう飽きました、と呟いて、ウィルフラは凶禍地獄玉の巨大な暗黒球を生み出し、敵へ投げつけた。執拗に追われ喰らいつかれ、汚物の権化は悲鳴にも似た音を立てる。
 あと一撃、かしら。
「イイ玩具になってくれることを祈っていたのだけれど」
 朔は脳髄の賦活をシルフィリアスに向けた。
 と同時に、ドリームイーターもシルフィリアスにモザイクを飛ばす。
「いったーい! けど、大したことはないっすよー!」
 援護を受けていたシルフィリアスは、傷をものともせず――全身全霊のライトニングボルトを杖からほとばしらせ、瀕死の敵に撃ち込んだ。
 終わりは呆気なかった。
 汚物への強い嫌悪から生まれたドリームイーターは、どろりと屋上のシミになり、そして消えていった。

●元から断つ!
「屋上ちょっと壊しちゃったにゃあ……うぇぇ、でも早くお風呂入りた~い!」
「着替えを持ってきてよかったです……まずはヒールをかけましょう」
 エージュとミリアが、戦闘で傷んだ屋上を修復していく。
 そこから離れた給水塔の上で、戦闘中と変わらぬ様子で観察結果を笑い合うのはウィルフラと朔。狂ったように、しかし果てしなく愉し気に。
 アヤメは被害者の安全を確認しに向かった。倒れてはいたが、怪我などはないようだった。
 さて、と。
「……誰か、クリーニング持ってきとらん? クリーニングがないなら、仕方がない……掃除でもして帰るか……」
 早苗はおおもとの元凶である排水溝を覗き込む。長い髪の毛が絡みつき詰まりかけてはいたが、まあ掃除して掃除出来ないこともなさそうだ。
「ヒールじゃなくて掃除ですね」
 ミリアが割り箸と使い捨て手袋を装備する。
 いつの間にか新しいタバコに火をつけていた大介は、実は日に三度は掃除をするマメなアウトローで。
「前座は終わったな。さて、此処からが俺のケルベロス・ウォーだ」
 掃除道具一式を携えて、本気のクリーニングをおっ始めた。
 髪の毛を除去し、ぬめりを拭い、パイプの詰まりを取り去って。
「すっかりキレイになったね~」
 手伝っていたエージュが言う。
 戦闘中よりも気合いが入っていたかもしれない大介は、家主に許可を得られれば部屋を丸ごと掃除したいくらいの気でいた。
 敵は倒したが、夏場の悪夢はまだうっすらと続いている。

作者:古賀伊万里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。