夢叶

作者:ふじもりみきや

●夢叶
 遠くでヴァイオリンの音がしていると、彼女は思った。
「喜びなさい、我が娘」
 けれどもすぐにそれは声に変わる。声が聞こえて、女はゆっくりと目を瞬かせた。
 どこか薄暗い、気味の悪い部屋。普通の女性ならば、そう思ったかもしれない。けれども彼女は違った。
 特に何の感想も持たず、ただ当たり前のように身を起こす。実験室の実験台。そんなイメージが浮かんだのか、彼女は少しだけ苦笑した。
 そんな彼女の反応を気にすることもなく、それは語った。仮面で素顔を覆ったドラグナーであった。
「娘よ。わかるか? お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、いずれ死亡するだろう」
 ドラグナーは語る。それを回避し、完全なドラグナーとなる為には、与えられたドラグナーの力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要がある。と。
「……そう」
 それでようやく、女は口を開いた。ゆっくりと目を閉じて、静かな声音で返答する。
「わかったわ」
 女には夢があった。
 叶わぬならばすべてを捨ててもいいと思っていた。
 子供のころからあこがれていたコンテストで、最高の演奏をする。……そんな、ささやかだが途方もなく遠い、そんなそんな夢だった。
 けれどもどれだけ練習し、苦悩し、努力しても、彼女の夢は叶わなかった。一番にはなれず、受け入れられなかった。そっと胸に手を当て、彼女は思う。その時の評価を。絶望を。
「壊せばいいのね。……何もかも。ええ、素敵じゃない。どんな音がするかしら」
 少女のように微笑んで、彼女は立ち上がる。
 全部全部、壊してしまおう。
 歌うように言って彼女は歩き出した。新たなる世界へと向かって……。


「夢が壊された人間に、ドラグナーの因子が根付いてしまう……」
 ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512) は己の思っていたことを口の中で反芻した。
「……為らなければいいと思っていたが、為ってしまったようだな」
 頷いて、浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)は考え込むように黙り込んだ。しばし、何から話そうか考え込むような間ののちに、
「ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった人間が事件を起こそうとしている」
 と、話を切り出した。
「幸か不幸か、このドラグナーはまだ未完成だ。完全体になるためには、大量のグラビティ・チェインが必要になるため、人々を無差別に殺戮しようとしている」
 それと、と、彼女は皮肉めいた笑みを浮かべる。見る人が見れば、珍しいことと思ったかもしれない。
「襲うのはとあるコンサートホールだ。少し前にここでヴァイオリンのコンテストが開催されていて、優勝するのが彼女の夢だったそうだ。しかしそれは叶わず、その優勝者や上位入選者たちが開くコンサートを襲って復讐という名の殺戮をしようとしている」
 彼女は言う。ドラグナーは一体のみで、それほど強くはない。まずは観客やスタッフの中に紛れ、ドラグナーが現れた後で人々を避難させておくのが無難だろうと。
 前もって人を避難させてしまうと、予知が変わってドラグナーが現れなくなる可能性があるのである。
「まあ、一度現れれば逃げはしないと思うがな……。ホールは後方に出口が多数あるから、そちらに誘導するのがいいだろうさ。後は囲んで叩いてしまえばいい」
 そう言って、ふと月子はまじめな顔になる。
「彼女は自分の髪を鞭のようにしならせて攻撃したり、精神を揺さぶる歌や声を発して攻撃している。……意外なことに、ヴァイオリンは手にしていない」
 そんなことを言う月子に、ルビークが不意に口を挟む。
「夢というものは、生きるために必要なものだと俺は思う。だが、叶わないなら死んでもいいというのは、想像はできるが理解できないな」
「夢に喰われる、とでもいうのだろうかな」
 ルビークの感想に月子は笑う。わたしも理解出来はしないさ、と頷いた後で、
「でも、そういう人種もきっと世の中にはいるんだよ。……彼女が完全なドラグナーとなってしまう前に、彼女を倒してほしい。もう、救うことはできない。だから」
 どうか気を付けて。言ってきてほしいと、そう月子は話を締めくくった。


参加者
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
君影・リリィ(すずらんの君・e00891)
巽・清士朗(町長・e22683)
六連・コノエ(黄昏・e36779)

■リプレイ

●第一幕
 瓦礫が振ってくる。天井には穴が開いていた。女はそこから現れる。
 驚愕の声。かすかな悲鳴。周囲に紛れていた仲間たちが一般人を避難させようとする。……その、空白のような一瞬。
 ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)は彼女を見た。彼女もまたルビークを見た。
 視線が交錯したのは一瞬。彼女は確かに、笑っていた。

「出口は後方に。指示に従い避難しましょうね」
 アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)が大きな声で、そしてゆっくりと語りかけるように言った。さっと指をさすのは後方の入り口だ。
「後ろは安全だ。逃げるなら、そっちだ!」
 ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)も続けるように声を上げる。道を示されると人々は声をあげながらそちらのほうへ殺到した。
「私たちはケルベロスです。ドラグナーなど、恐れる必要はありません」
 冷静なエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)の声。押し合い転んだ人を助け起こしていた。
「ここは危険だが、冷静に動けば必ず助かる」
 状況を把握しながら、ルビークも拡声器や割り込みヴォイスを駆使して声をかける。右往左往する人には道筋を。とにかく安全で近い出口をアナウンスしていった。
 しかし女も黙ってはいない。上空から黒髪が伸びる。観客へと雨のように降り注ぐ。君影・リリィ(すずらんの君・e00891)はそれを見上げて、ウイングキャットのレオナールとともに駆けた。観客の背を押し庇い、ブラックスライムでその雨を打ち落とす。
「……!」
 しかし、追いきれない。青年が足を撃たれてたたらを踏む。そこに、
「大丈夫。……大丈夫。立って。ね?」
 アザリア・スノゥホワイト(凍雪・e29759)が即座にその傷を癒して、こっち。と誘導した。
「ありがとうございます。後は、まかせてね」
 ほっとしたようにリリィは笑って声をかける。アザリアは少しためらうように彼女を見た。敵の一撃は鋭い。そのしんがりを務めるとなればリリィの傷を負うことだろうが人々の非難を優先し先に行っていいのかと、ほんの少しその優しい心がとがめたのだ。
「大丈夫、私達はディフェンダーですもの!」
 そんな彼女にリリィは謎のポーズで主張する。レオナールもそれに倣った。
「わかったよ。じゃあ、少しだけ待っててね」
 駆け出すアザリア。観客に紛れていたケルベロスたちは彼女が現れると同時に一斉に観客や演奏者たちの避難を開始する。
 その姿に、女は目を眇める。状況の把握は早かった。
「……こんなところでも、私はうまくいかないのね」
 するすると髪の毛が変形する。刃物のようなそれが動き出すその前に、
「世の中のだいたいは、うまくいかないものだよ。……こんな風に」
 六連・コノエ(黄昏・e36779)が動いた。彼女の足へと己の蹴りをたたきつけ足止めをする。続くように現れたのはミミックの ラグランジュだ。女は軽く舌打ちをした。その時……、
「ようこそ。最初で最後の君のコンサートへ。……と、言えたらよかったのだが」
 言うや否や、巽・清士朗(町長・e22683)が蹴技を放った。その技に全くためらいはなかったが少しだけ残念そうであった。彼は、女が最初に人を襲わぬならやりたいことがあったのだ。
 だが彼女の最初の目的は復讐であり、ドラグナーであることを自覚している。つまりはケルベロスが敵となることも理解している。
 だから、戦闘中や戦闘後死ぬ間際なら余地があったが、戦いが始まる前にケルベロスの言うことに耳を傾けることは無いだろう。誤解の無いように言うと、様々な人、物に対していろんな考えを持ち、色々やってみるその心は好ましく思うのだが、今回は状況を考え贔屓目に見ても難しい。
 それは清士朗もある程度は予想していた。武器を取り彼もまた戦闘態勢に入る。
 女は執拗に観客への攻撃を繰り返したが、ケルベロスたちの身を挺した働きによって阻まれる。そうこうしている間に避難は完了し、ケルベロスたちもまた集まった。
 互いに口上は不要である。そのまま流れるように戦闘へと移動した。

●第二幕
「宜しければ貴女の名前をお聞かせ願えるか。破壊を奏でるソリスト」
 刀を構えたまま、ナディアが尋ねる。襲い掛かる髪の毛を炎纏うた剣で受け、そしてそのまま切り返す。女は笑う。口を開いて堂々とその名を宣言した。
 ナディアは笑う。女らしさを切り捨てた、戦場を行くリアリストは嘲るでもなくただ感想を口にする。
「は……。それは何とも皮肉な話だな」
「あぁ。わたしもそう思う」
 それに女はおかしげに、首肯するように肺に空気を吸い込んだ。
「……っ、レオ!」
 リリィが即座に声を上げる。音は衝撃となって立ちふさがる彼女たちの身を打った。庇いきれずアリッサがその衝撃を見に受ける。
「……登壇叶わなかった晴れの舞台。焦がれた場所すら壊してしまいたい程に、その夢は貴女の全てだったのね」
 痛みをこらえ地に踏みしめて、リリィはつぶやく。
「認められなくって、悔しくて……。自棄になる気持ちは解らなくもないわ。 でもね、会場の皆さんは関係ない。寧ろ出演者は同じ夢を目指したもうひとりの貴女」
 わかっているだろうと、リリィの髪が揺れる。女をまっすぐに見据える。
「傷付けないで……八つ当たりなら私達が請けるから!」
「ランジュ」
 コノエが素早く呼ぶ。ラグランジュは即座に様々な武器を作り出し、女へと襲い掛かった。同時にコノエもまた地獄の炎弾を浮き上がらせる。
「音楽の道を目指すヒトの気持ちは僕には分からないけれど……。夢は何時かは目が覚めるもの。君の夢にも、続きがあったら良かったのに」
 地獄の炎は女に走る。防ごうと髪の毛を展開するも、防ぎきれず何発か喰らった。女は笑う。
「あぁ、そうね。こんなのはただの八つ当たりよ……!」
 声と同時に再びその音が衝撃となってたたきつけられた。
「……、大丈夫よリトヴァ。心配いらないわ」
 ビハインドのリトヴァに守られながらアリッサはふっと微笑む。どこか魔女のような微笑みで、
「Vir lu chasset, Hen le ariet rezaret la Ullr--咲き誇れ、ユーダリルに咲く花の威よ」
 青い蔓薔薇の咲き誇る世界を顕現させた。それは幻。けれども彼らの力となる幻であった。
 アリッサは前を向く。
 全てを壊したところで壊れてしまった夢を取り戻すことはできず、何故を問うても戻れもしない。
 何を言ってももう手遅れで。……あきらめなければ叶ったかもしれないなんてきれいごとをいうのはただ残酷だと彼女は理解していた。
 わかっていた。わかっている。
 だからそれが、ひどく悔しくて悲しい。
「……せめて終わらせましょう。その魂が、穢れる前に」
 青薔薇の中彼女はそっと呟いた。その光景に、アザリアはそっと胸の前で手を組む。
 明るく無邪気で、絶望などには程遠いかのように見えるアザリア。けれどその実は繊細で初めて以来として戦場に立つ彼女には、少し、重い。
 みなさんは凄い。自分もそんな風に戦えるだろうかと思う。同じ場所に届くだろうかと思う。……あぁ。
「夢に命を捧げる……リアは、ちょっと理解できるの。それ程の強い願い、破れた時の絶望感……」
 頑張れば、届くかもしれないなんて、そんなのは無責任な嘘だ。いつか叶うかもしれないものに向かって苦しみ続けることを、他人に求めるのは違う気がする。……でも、
「綺麗事かもしれない、でも……奏でる為の手をどうか、罪で汚さないで欲しい」
 アザリアは思う。それとこれとは話が別で、それくらいは願ってもいいはずだと。
 たとえ努力して届かなくてあきらめて、それでも自分を貶めるようなことだけはしてほしくないと。
「Guten morgen. meine Rosenrot...」
 だから精いっぱい向き合おう。彼女が真剣である分、自分も真剣に。両掌に集めた光が薔薇の蕾を形作る。やさしくキスを落とすとそれはふわりとほころんで、深紅の深利の花吹雪となり周囲に満ちた。そっと姫林檎が揺れる髪飾りに手をやる。勇気をもらえる気がする。
「アザリア」
 不意に前に立つルビークが声をかけてアザリアは顔を上げた。ルビークが肩越しに、大丈夫と軽く手を挙げる。
「……はい」
 アザリアも微笑む。言葉はそれ以上必要ない。みんなを守り、そして無事に帰ることを改めて誓う。
 傷をつけるたびに、治されていく。女はわずかに目を眇める。……と、
「因子を移植されたのは不幸だったけど、人を殺すのを選んだ時点にもうあの一族」
 半透明の御業がその体を鷲掴みにした。
「すぐに壊してやる……お前の、全部。 素敵じゃない? きっといい音が出るわ。お前もそう思ってるんでしょう?」
 心底から悦んでいる天使の笑顔でエルスはそう言ってぎりぎりと女の身を締め上げた。竜十字島の一件以来、ドラゴン勢力に復讐するために積極に戦う彼女に慈悲も容赦もない。
 女は答えないが少し笑ったようだった。エルスはさらに強くその身を締め上げる。
「……は!」
 鋭い気合を入れるような声とともに、清士朗の拳が炸裂した。女の体が軽く浮き、それとともに御業を振り払い後退する。
 清士朗とエルスは一度視線を交わす。清士朗はそのまま女のほうへと向き直った。
「……ひとつ、聞かせてほしい」
「何? 手短にね」
 清士朗の拳がうなる。魂を食らう一撃を女は髪の毛で受け止める。受けきれず打たれ徐々に傷を増やしていく。女も負けじとその髪で反撃した。
「夢がかなわないなら死んでもいいのだと聞いた。故に問う。……」
 清士朗は彼女の名を呼ぶ。そして、
「人であった己も、捨ててしまったのか?」
 清士朗はそれがわからなかった。だから色々なことを試そうとした。その反応を知りたかった。
「死体が人ではないのなら、わたしももう人ではないのでしょう」
「死体は動かない。人を襲わない。そこにそうしてあるのは、そして今ここにヴァイオリンがないのは、その心が……」
「……そんなの、もうわたしにもわからないわ」
 どん、と衝撃を受けて清士朗は軽く後退した。女の声なき衝撃であった。しかしそれは一瞬の隙を作る。
「血で染めたくないよな。君にとって大事なヴァイオリンだもの」
 太陽の影。銀の柄。稲妻纏うた一撃が、彼女の腹を貫いていた。
 そうだ。囲まれて戦っていたはずだと、彼女が思い出す前にルビークは槍を引き抜いた。
「……ははっ」
 女は笑ってルビークを見た。ルビークも淡々と彼女を見返した。名を呼び、名を名乗る。それで女は何となく理解する。……この男が、自分の新しい夢をつぶすものなのだと。
「夢。生きる事とは別の糧。その糧を失くしたなら意味を見失う。……分かる気もする」
 受け入れはられない。でも理解はできる、女は彼の目を見る。

 叶わぬ夢があった。
 叶わぬならば死んでもいいと思っていた。
 宿命は唐突で、けれどもそれを拒むことはできない。
 ああでも彼は(彼女は)、
 手を伸ばした先に希望の光が(それが、たとえ偽りの光だとしても)……。

●第三幕
「今度、こそ……!」
 エルスが古代語の詠唱と共に魔法の光線を放つ。女の身を石化させていく。
 まだ足りない。もっと強くとエルスは心の内に呟く。一瞬、隣に立つ清士朗のことが頭をかすめたがそれを振り切った。後悔も迷いもしない。
「今のあなたが奏でる音では、誰も幸せにはならないだろう。あなた自身でさえも……でも」
 続いてナディアが地を蹴る。流体金属の鉄靴足に纏い、強堅な、強圧な、強靭な、強暴な。足取りを叩きつける。
「絃の切れたヴァイオリンでは何も響かせられない。誰の心にも響かない。それでもその覚悟があったのなら、私はただその名を覚えていよう。……泥黎に沈め」
 まるでナディアの生きざまのようなその技。二人の攻撃を受けて女の体がゆがむ。それを耐えて女は再び髪を振るう。
 リリィが前に出る。抱きしめるようにその髪を受け止める。痛みに思わず息が詰まる。けれども彼女はそれをこらえた。
「大丈夫、わたしに……ううん、わたしたちに任せて!」
「ええ……」
 アザリアの赤薔薇とアリッサの青薔薇が同時に舞う。精いっぱい頑張るアザリアをアリッサは優しい目で見つめる。そしてそのままアリッサは女へと視線を向ける。
「ああでも、願うことは残酷かしら。祈りは負担になるのかしら。ねえ、リトヴァ……」
 アリッサは天を仰ぐ。
「でも、それでも、 命ある限り、心ある限り、諦めさえしなければ夢は叶ったかもしれないのに……」
 どうしても言わずにはおれなかったと、薔薇の中彼女はそういった。運命は変わらない。でも……。
「極意とは 別にきはまる事もなし たえぬ心の たしなみとぞ知る」
 清士朗がただ一筋に敵の真芯を突く、天真正伝鞍御守神道流槍術の基本にして奥義である。
「わからぬのなら、是非もない。ここから先の道しるべは任されよ」
 一撃を受けて、女は膝をついた。それでも立ち上がろうとする女に、ルビークは一歩前に踏み出す。
「灼けるか」
 彼はそう問うた。女は顔を上げた。声はない。ルビークは頷いた。
「では、終着を。せめて俺達に出来る弔いを。……さようなら、ゆめか」
 女の名を呼び、ルビークはその手を取った。彼の左腕の弔ゐ灯はその両手に纏わせていた。燃え盛る紅蓮。すべてを焼き尽くす熱。しょうがないわね、とでも言いたげな顔を女はした。
 ……ルビークは、女が灰になるまでずっと、その手を握り続けていた。
「ねえ、教えてくれてもいいだろう?」
 その隙間のような時間に、コノエがそっと声をかけた。戦闘態勢を解き、どことなく貴族のような所作で。まるで物語の続きをねだるように尋ねる。
「うん、なに、簡単なことなんだよ。君は、自分の奏でる音色を誰かに認められたかったのか、聴くヒトの喜ぶ顔を見たかったのか。どっちを求めていたんだろうかと、って」
 せめて始まりを知ってから、終わりにしようかとコノエは言った。女は瞠目する。ひどく意外なことを聞かれたような顔で、
「あぁ。そうだな。そうか。わたしは……」
 明確な答えはなかった。コノエは瞬きをする。そしてあぁ、と頷いた。きっと答えは重要ではないのだろう。彼女のその顔さえ、見られたなら。
「人も降魔も死ねば神――…寿ぎ申し上げる」
 彼女が灰になったとき、清士朗が二礼二拍一礼した。それが、終わりの合図であった。

●カーテンコール
 灰は空気に混ざり消えていく。依頼は完了した。後は建物をヒールして帰投する。……いつもの日常。いつもの、ルビークが生きる世界だった。けれど、
「……悲しい音がする」
 何かが聞こえた気がしてルビークは振り返る。
 もちろんそこには何もない。誰もいない。何も聞こえない。けれど、
 拍手もないただ空っぽの箱に、 そんな音が聞えた気がした。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 0
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