花菖蒲剣鬼伝

作者:柚烏

 闇夜の中しとしとと、涙のように雨は降り注ぐ。細かな雨雫が滑り落ちるのは、淡い美しさを宿した泥沼の花たち――それは儚き白から澄んだ青、そして艶やかな紫の濃淡を描く、花菖蒲の群れだった。
「雨夜の水辺……其処に現れる花菖蒲の剣姫、か」
 ――と、ひとの気配も無いと思われた其処に、不意に響いたのは男性の声。風流な和傘を差した声の主は、沼地に足を取られぬよう気をつけながら、手にした行燈を頼りに夜道を歩く。
「剣に憑かれた娘は、やがて鬼と化した。剣姫が転じて剣鬼……夜な夜な彷徨う彼女はひたすらに剣の道を極めるべく、出会ったもの全てを斬ろうとする」
 面白いねえと、この地に伝わる伝承を諳んじた男の唇が、笑みを刻んで――彼は、花菖蒲の剣姫をひと目見られたらとばかりに溜息を吐いた。
「一途でひたむきで、鬼と化してまで求め続けた剣とは、さぞ美しいものなのだろう。命を賭けてそれを見る覚悟なら、僕は出来ているよ」
 ああ――やはりそれは、花菖蒲の葉の如く真っ直ぐな鋭い剣筋なのだろうか。それを確かめる為に此処まで、危険を冒してやってきた自分を見たら、呆れる者も居るだろうと思いながら男は呟く。
「……これは恋焦がれる想いと、似たものなのかも知れないなあ」
 ――確か、昔の文人が詠んだ歌にもあったか。自分の恋は、底なしの沼に入るかの如き恋であると。其処に出てくるのが花菖蒲で、彼は剣姫の在り様を重ねて想いに耽っているようだった。しかし――。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 男の前に現れたのは花菖蒲の剣姫などでは無く、黒衣の魔女。彼女――第五の魔女・アウゲイアスは、彼の心臓を貫いた鍵をゆっくりと引き抜くと、意識を失った男は花菖蒲に抱き留められるようにして崩れ落ちる。
 やがてその傍には、彼の『興味』を具現化したような剣鬼のドリームイーターが、鋭い刀を手に佇んでいた。

 和傘が弾く雨音に耳を澄ませながら、御船・瑠架(紫雨・e16186)は予知の内容を確認しようと、柔和な笑みを浮かべて佇まいを正す。そんな彼に促されるようにして、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)がゆっくりと唇を開いた。
「瑠架さんが懸念していた、第五の魔女絡みの事件が予知されたよ。今回狙われたのは、雨夜の水辺に現れる花菖蒲の剣姫の噂……だね」
 これは、不思議な物事に強い『興味』を持つひとが、調査中にドリームイーターに襲われて、その『興味』を奪われてしまうと言うものだ。興味を奪った、第五の魔女・アウゲイアスは既に姿を消してしまっているが、現場には『興味』を元にして生まれたドリームイーターが残されている。
「だから、これによる被害を阻止する為、皆に撃破をお願いしたいんだ。ドリームイーターを倒せば、被害者も目を覚ましてくれるからね」
 今回生まれたのは、花菖蒲の剣姫と言う伝承が元になったドリームイーターらしい。花菖蒲が群生する沼地――其処へ雨に誘われるようにして、夜な夜な美しい剣姫が現れるのだそうだ。
 彼女は生涯を剣に捧げた末に鬼と化し、今もなお剣を極めるべく、出会った者を斬ろうと襲い掛かって来る。その刃は鋭く、魅入られたが最後――花菖蒲に触れようとして、泥沼に引きずり込まれるかの如く命を絶たれてしまうのだ。
「元の噂通り、剣姫は卓越した剣術を操ってくるよ。その前に、人間を見つけると『自分が何者であるかを問う』みたいだね」
 これに正しく対応出来なければ、問答無用で殺してしまうようだが、撃破が目的なのでどう答えても大丈夫だろう。『花菖蒲の剣姫』と言うのが正しいだろうが、剣姫転じて『剣鬼』と答えたりすると、鬼のような形相で向かってくる筈だ。
「それと相手は、自分のことを信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質もあるみたい。今回は更に、己と同じ剣を極めようとしているひとにも、強く惹きつけられるかな」
 この性質を利用すれば、上手く誘き出すことも可能だ。現場は雨の降りしきる夜で、花菖蒲の咲き誇る沼地は足場も悪い。その為、有利に戦える場所へ誘うのも必要になってくるだろう。
「……剣姫、否、剣鬼相手の戦とは因果を感じさせますね」
 ほんの僅か――瑠架の瞳に翳りが差したのは、戦に狂う己を剣鬼と称する故のことか。しかし相手の正体が何であろうと、鬼を名乗るなら斬るまでだ。
「鬼と化してまで求め続けた剣、花菖蒲の姫君のそれを見せて頂きましょうか」
 ――そうして、全てが終わったのであれば。雨に濡れる夜の花菖蒲を、行燈片手に眺めてみるのも良いかも知れない。
 泥沼の花に焦がれる行き場の無い想いを、雨が優しく鎮めてくれることを願って――瑠架はただ、前へ進もうと決意をした。


参加者
楡金・澄華(氷刃・e01056)
斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
王生・雪(天花・e15842)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)

■リプレイ

●雨夜の花菖蒲
 花菖蒲が咲き誇る沼地にて、ひとびとに囁かれる剣姫の噂。こんな霧雨の降る夜に彼女は現れて、剣の道を極めんが為に刃を振るうのだと言う。
 ――描く軌跡は、花菖蒲の鋭い葉の如く。妖しの鬼と化した彼の姫に魅入られれば、その先に待つのは死だ。それはさながら底無しの沼に咲く花菖蒲へ、惹かれた挙句に溺れてゆくかのように。
「……花菖蒲の姫君ですか。鬼と称されるその姿、他人とは思えないですね」
 優雅に和傘を廻しながら、御船・瑠架(紫雨・e16186)は雨夜に咲く花菖蒲を見渡して――其処に佇む剣姫の姿を想像する。斯様に幽玄な噂が広まったのは、美しき花に誘われると沼に捕らわれる、との戒めも含んでいたのかも知れないが。斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823)にとってそれは、些細な障害でしか無いようだ。
「うん、剣士としては、その剣の腕には興味あるけどね。でも見目麗しいらしいし、僕としてはお茶にでも誘いたい所だねぇ♪」
 はははと爽やかに笑うその姿こそ、愛を求め愛に生きる霧夜たる証。溢れんばかりの彼の愛は種族や年齢、時に性別すらも越えてしまうらしく――今回も噂を元に生まれたドリームイーターを、お茶に誘いたいと言い出した所で、瑠架は露骨に顔をしかめて『変態』と呟いていた。
「あ、僕は誰でもナンパしたいって思うけどさ、心の奥では瑠架くん一筋だよ?」
「その人の神経をソフトタッチで撫でまわすような、怪しい言動を今すぐ止めて頂けませんか」
 だからあなたは変態なんです、との容赦無い瑠架の突っ込みにも、霧夜は然程堪えた様子を見せておらず。小気味よい会話の応酬を続けるふたりへ、バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)は『仲が良いのねぇ』と大人びたまなざしを向けた。
「けれど、極めた技の美しさか……確かに興味深いわね」
 暗殺を司る妖精族のひとりであるバジルだが、彼女が扱うのは毒であり、剣に関しては然程詳しい訳では無い。しかし、武も突き詰めれば芸術の域にまで達するであろうことは、妙なる舞い手のようなシャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)の姿を見れば納得することが出来た。
「どれ程の鍛錬を積めば、剣術を極めたと言えるのか……それは私にも、分からないが」
 絹糸の如き艶を帯びた彼女の銀髪が、雨粒を受けてきらきらと煌めく中――涼やかな微笑を浮かべつつも、魅惑的な銀の瞳は三日月のように細められる。それは分厚い雲に隠れた月に代わって、シャイン自身が冴え冴えと地上を照らしているかのようだった。
「しかしそれも、姫が転じて鬼に……ね。私としても興味はあるが」
 一方で、闇夜に溶けるかのような、忍そのものの出で立ちで呟くのは楡金・澄華(氷刃・e01056)。光を吸い込む射干玉の髪や瞳は、シャインとは対照的であり――やるべきことは変わらないと続ける澄華の佇まいは、黒塗りの刃を思わせるものだ。
「さて、それじゃあ花の美しさに見惚れて、泥濘に足を取られないようにしないとな」
 そうして腰に灯りを固定し、雨具やブーツで確りと防備を固めたグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)が、戦闘を想定した場所を選んでいく。やはり雨の降る夜は視界も悪く、其々が準備してきた照明が助けになってくれた。
「泥濘や障害が少なく、動き易い場所があれば良いのですが」
 地面の泥濘にうっかり足を取られないよう、滑り止めがついた履物で歩く王生・雪(天花・e15842)の隣では、ウイングキャットの絹が濡れた毛並みを張りつけてしょんぼりした様子を見せている。そんな絹の姿に、思わず手を差し伸べそうになる月霜・いづな(まっしぐら・e10015)だったが、出来る限り安定した地面を見つけて敵を誘き出さなければと、今回の目的を思い出しぎゅっと拳を握りしめた。
 ――そんなこんなで一見して気づきにくい沼地の位置も把握しつつ、一行は漸く足場の良い、開けた場所に辿り着く。やがて深呼吸の後、シャインは殺界を張り巡らせて人払いを行い――しとしとと大地を潤す霧雨に紛れて、花菖蒲の剣姫を誘う噂話が囁かれることとなった。
(「……何処か切なくも、壮絶な伝承ですね」)
 人知れず吐息を零す雪は、故にひとびとの興味を惹き、夢が生まれるのかも知れないと――自身の帯びる刀にそっと手を伸ばした。

●剣姫、或いは剣鬼
 さて、と先ずはグレインが、剣への拘りも織り交ぜつつ、花菖蒲の剣姫への興味を言葉にしていく。
「剣に憑かれた娘か……。最初は力を求めたのか魅せられたのか、どっちだろうな」
 ああ、こいつは昔から使ってるなと――グレインの指が指し示したのは、彼が愛用しているゾディアックソード。星々の重力を宿した長剣は、刀とはまた違った造りをしているようだと、雪は興味深く皆の武器を眺めていた。
「私も未熟ながら、剣の道を志す身。彼女が未だ彷徨っているならば――その直向きな想いと刃を受け止められるよう、覚悟を以てお相手致しましょう」
 確りとした意志を抱きつつも、雪の儚げな美貌は浮世離れした雰囲気を感じさせて。花を纏うその姿は、鬼と化す前の姫君のようだと、彼女を目にした者は思ったのかも知れない。
「それにしても、皆の中には剣士が多いな。良かったら話を聞いてみたいものだ」
「そうね、求め続けた剣の技と言うものを、私も一度見てみたいわ」
 剣技も磨いているものの、本業が忍者である澄華は仲間たちの拘りを知りたいと話を振り――バジルもまた、これ程までにひとの心を捉えて離さない剣と言うものへ、興味を覚えて身を乗り出した。
「けんの、ひめぎみ……まるで、けんそのもののような、かたですね」
 そんな中、花菖蒲の剣姫について、ぽつりと言葉を紡いだのはいづなであり。天真爛漫な笑顔を浮かべる彼女は、かつて祖母から教わったこと――恐ろしきものと美しきものはよく似ている、と言う話を思い出す。
「ゆえに、おに。はなのように、いっしんにさく、うつくしさ」
 おめにかかりとう、ございますね――そう言って、にこやかに笑いかけるいづなが余りに眩しくて、瑠架は普段通りに振る舞えているかと、自問せずにはいられなかった。
(「鬼が……美しい、ですか」)
 ――呪詛に塗れ、激情の果てに鬼と化す。けれど、人の業を否でも感じさせるその姿を、美しいと言ってくれる者が居るのであれば。とめどなく溢れる想いに惑う瑠架へ、その時ふと霧夜の声が聞こえてくる。
「――僕にとって剣は、振るわずに済むなら一番良いモノ、かな」
「剣の道とは……でしたか」
 そう言えば問答の途中だったと、瑠架はかぶりを振ってから、自分にとってそれは生きることと同義である、とはっきり告げた。
「切っ先を研ぎ澄まし、ひたすらに高みを目指す一振りの刃たること。……鈍らなど、死んでいるのと同じだ」
 ふぅんと頷く霧夜は、瑠架らしいとでも思ったのだろうか――霧夜も剣は嫌いではないし、鍛錬を積んで来た自負も少しはある。それでも、彼の出した結論は瑠架とは違うものだった。
「でも、僕はね。頼らずに済むならそれが一番だと思うんだよ。……ホント、それで済むならいいんだけどねぇ。剣姫ちゃん?」
 ――と、見透かしたような相槌を打つ霧夜の背後には、何時しか誘き寄せられたドリームイーターが、幽鬼のように佇んでいて。花菖蒲の髪飾りが哀しげな音を立てる中、剣姫の姿をした存在は『己は何者か』と静かに問いかけてきた。
(「剣を極めようとした姫が鬼に……どっかで聞いたような……あぁ」)
 固唾を呑んで仲間たちのやり取りを見守る澄華は、其処で握りしめた己の愛刀へ、そっと語りかける。夜叉と化した姫が使っていた妖刀――そんな謂れを持つ漆黒の刀は、月の無い夜でも冷ややかな刃の輝きを伝えてくるようだった。
(「お前みたいな話だな、黒夜叉姫……」)
 その間にも一歩前に出たグレインと雪が、真っ直ぐに剣姫を見据えて――彼女の殺意を受け止めるべく、敢えて望まぬ答えを口にする。
「こんな夜中に物騒なもん持って、一人で歩いてるのは剣の鬼くらいのもんだ」
「ええ、心飲まれた剣鬼様……お相手願えますか」
 ――限界まで張り詰めた糸が、ふつりと切れるような感覚が辺りを満たした後。見る間に鬼の形相になった剣姫は刀を構え、先ずは己を鬼と呼んだ者を斬り捨てようと襲い掛かって来た。
(「鬼よ、私とどちらが『剣姫』か真剣勝負だ」)
 そしてシャインもまた、波打つ白銀のドレスを靡かせて、花菖蒲の咲く地を剣と共に舞うのだ。

●その身は一振りの剣
 ドリームイーターを逃がさぬよう――もっとも向こうも、此方を逃がすつもりなど無いだろうが――一行は相手を囲むようにして布陣。最初は仲間たちに耐性を与えるべく、グレインといづなが動いた。
「あんたのそれが全てを斬る剣なら、こいつは守る為の剣だ」
 手に馴染んだ星辰の剣を操って、グレインが大地に描くのは煌めく守護星座。守る――そのためにこの力を使ってきたのだと告げる彼へ、頷くいづなは腕に展開した祭壇から、霊力を帯びた紙兵を舞わせて加護をもたらしていく。
(「わたくしには、剣の心得はありません――」)
 それでも彼女が思うのは、咲き乱れる花と姫と呼ばれるひとと、そして姫を想う一途な男性。それはどれも等しく焦がれる、愛しいものだ。
「私も剣鬼を名乗る身、後れを取るつもりはありませんよ」
 そんな中、禁呪を操る瑠架の刀を憑代に霊魂が集い――それらは忽ち、白銀の刃をどす黒く染めていく。これは己が斬り殺してきた者達の怨念であり、己へ向けられた恨み辛みすらも力をして利用するのだと。微笑を湛えたまま囁く瑠架は、魂纏による伝承の再現――鬼切りの刃を一気に振り下ろした。
「私の技……見切ってみせろ!」
 其処で間髪入れずシャインが氷結の螺旋を放って、相手の注意を引きつけようとするが――氷の欠片を散らしながらも剣姫は雪目掛けて、冴えわたる太刀を真っ直ぐに振るう。
「速い、それでも……」
 ――弾ける雨粒さえも鮮やかに断つであろう、剣姫の刃。それは剣のように鋭いとも謳われる、花菖蒲の葉を思わせた。しかし雪は斬り裂かれつつも尚、ひらりと胡蝶の如く花々を渡り、夢と現のあわいで白刃を煌めかせる。
「流石の技量、と言う訳か……。しかし忍者相手に正攻法だと、裏をかかれるぞ?」
 そうして剣姫の太刀に迷いが生じた隙を突いて、澄華が躍り出た。愛刀の封印を解き、重力の鎖と共に絡み付く二重鎖――鎖惨禍に戒められた剣姫の元へ、蛇のように忍び寄るバジルが一転、重力を乗せた痛烈な蹴りを叩き込む。
「これで少しは、足取りも鈍るでしょう」
 ありがとうねと微笑む霧夜は、お陰で攻撃が当たると実感を得つつ、雷の霊力を帯びた刀で神速の突きを放った。瞬く間に着物が引き裂かれ、剣姫の表情が一瞬歪むも――彼女は花弁を舞わせながら、辺りを一気に薙ぎ払っていく。
「ただ只管に真っ直ぐ、も魅力的だけれど……寄り道って、思った以上に大切だよ」
 鬼と化した姫君に霧夜が思わずぼやくが、その剣技は苛烈そのもので、盾となり凌ぐ者たちの負担は大きかった。いづなのミミック――つづらも時に仲間を庇い、具現化した武器で立ち向かうも、攻撃を一手に引き受ける仲間の負担を軽減出来ていればと思わずにはいられない。
「けんは、あつかえずとも――わたくしは、ひとがための、ひとふりのやいばでありとうございます!」
 祈りをこめた祝詞と共に、いづなが捧げるのは神楽舞。花に水、葉に光――いのちを寿ぐ詞に乗せて、涼やかな風が雪の受けた傷を癒していく。彼女と一緒に絹も羽ばたきで邪気を祓う一方、グレインは剣姫の魂を――その狂気を喰らうように、降魔の力を宿した長剣を叩きつけた。
「私と共に剣舞を……踊れ!」
 深いスリットから覗く美脚を惜しげもなく晒し、軽やかなステップでシャインは舞う。その繊手に握られた刀が幾度となく閃き、生まれる銀光は夢喰らうものとの攻防を、幻想的に浮かび上がらせていった。
「……貴女もこの歌のように、危うき剣の道に恋し囚われてしまったのでしょうか」
 人とる沼の、花菖蒲――口ずさむ歌に乗せて、瑠架の刃からきらきらと、六花の欠片が零れ落ちていく中。彼ら剣士たちの競演に見惚れるバジルは、影の如き刃を繰り出しつつ、少しでも花を添えられただろうかと自問する。
(「最後の最後まで、その姿と太刀筋を目に心に焼き付けて挑みましょう」)
 そして、凛とした仕草で剣姫と対峙する雪の刀が、空の霊力に包まれて――花菖蒲と、剣に囚われた夢に終焉をもたらした。
「うつくしき、けんのおにひめさま。こよい、はなとちって、おゆきなさいませ」
 鈴の音のように響くいづなの声に送られて、夢はあるべき場所――無へと還る。その輪郭が曖昧になっていき、やがて幻の花弁と混ざり合い、夜に溶けていくかのように消えていく。
「ああ、なれど、なれど。あなたさまの、まうすがたは、とてもとても、こころをうばうのですね」

●花のようにあれ
 ――こうしてドリームイーターは消滅し、花菖蒲の沼は静寂を取り戻す。お疲れ様、とバジルが雨に濡れたいづなの獣耳をタオルで拭いた後で、一行は夜の花菖蒲を灯り片手に眺めていくことにした。
(「噂が本当だったとしたら……相当な稽古をしたのだろうな」)
 お茶を淹れて一息つく澄華は、先程の鬼気迫る剣姫の戦いを思い返していて。一方のシャインは、兄との特訓の思い出に感傷を覚えているのだろう。
「一途でひたむきな美しさか……羨んでばかりもいられないわね」
 花菖蒲を見つめるバジルは、そっと吐息を零して己を見つめ直し――グレインも凛と真っ直ぐ咲く花の様子に、自身もそうあるようにと誓っていた。
(「力を得ても、それに振り回されないように……いや、それよりも、ただありのままを感じよう」)
「ねぇ、つづら。はなのうつくしさは、ひとのためでなく、うつくしくありたいがゆえ、なのかしらね」
 あかい番傘を差したいづなは屈みこみ、そのまま刃のような葉に輝く水滴を、ちょんと指で突いて落とす。ぽつりぽつりと雫が歌をうたう合間に、囁かれるのは瑠架の語る昔話だった。
「私が花菖蒲を愛する理由……ご存知ですか?」
 ――自分の名乗る名が真では無い、と告げた瑠架に霧夜はいつも通りに笑って、今はこの風景を楽しもうと誘う。過去に色々あっただろうとは分かるから、自分は責めるも悲しむもしない――ただ微笑んでいようと、霧夜は誓った。
(「鬼と化してまで貫いた、直向きな想いには畏れと、憧憬も少し――」)
 そして絹と共に花を眺める雪は、せめて私は――と密かに想う。飲まれぬよう、大切な同志達の背を見失わぬように居続けたい。
(「……そう。真直ぐに自分の道を、切り開いて行きたいものです」)

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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