ある夏の日に奪われた嫌悪感

作者:奏音秋里

 庭で、鉢植えの花を育てている女性。
 陽のあたり具合を見て、場所を変えようと鉢を持ちあげたときだった。
「気持ち悪っ!!」
 口早に言い捨てたのは、浮かせた位置に黒い小さな点の集合が動いていたから。
 わらわらと混乱したように行動を開始する蟻は、実に気持ちが悪かった。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 声とともに現れた鍵が、女性の胸を綺麗に貫く。
 二本足で立つ巨大な蟻は、魔女の命を受けて路地へと入り込むのだった。

「蟻みたいな細かいモノが集まると、どうして鳥肌が立つのでしょうね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、首を傾げる。
 特に腕が非道いですねと、両手でさすってみた。
「今回、魔女はこの嫌悪感を奪い、ドリームイーターを現実化させています。どうか、皆さんの力で新たな犠牲を阻止してください」
 女性は自宅の庭で倒れていると、付け加えるセリカ。
 調査から戻った、西水・祥空(クロームロータス・e01423)もともに頷いた。
「相手は1体。外見は蟻ですが、全長180センチほどもあります。別の意味で、気持ち悪いかも知れませんね」
 ちょっと想像してしまったらしく、セリカは眉をひそめて苦笑いする。
「口から吐くモザイクで、皆さんを包み込もうとしてくるようです。此方の行動を阻害してくるのか、冷静さを失わせてくるのか、効果はモザイクを受けてみなければ分かりません」
 戦闘には、女性の家の隣にある空き家の庭が使えるらしい。
 膝丈まで延びている草は、踏んでも刈っても問題ない。
 だが、履き物によっては動きづらいかも知れない。
「ちなみにですが、建物自体は脆くなっていて危険です。なるべく近付かず、衝撃を与えないようにする方が無難でしょう」
 敷地に入るとまず庭があり、建物はその奥にある。
 広さは充分だし、昼間だから照明も大丈夫だと、セリカは説明した。
「皆さんが到着する頃には、ドリームイーターは彼女の家の周囲をうろうろしています」
 其処からは、蟻の習性を利用すれば簡単に誘導できるだろう。
「苦手なモノのひとつやふたつ、誰にだってありますよね。なのに、それを利用して悪事を働くなんて、許せません」
 よろしくお願いしますと、セリカは静かに頭を下げた。
 女性とケルベロス達の、どちらともの無事を祈って。


参加者
トゥーリ・アルシエル(蒼范のアリア・e00215)
立花・恵(カゼの如く・e01060)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)
暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)
詠沫・雫(海慈・e27940)
ブリッツェン・ニコラウス(なけなし・e29049)
青木・杏奈(やかましかしましお喋り大好き・e30474)

■リプレイ

●壱
 現場に到着したケルベロス達は早速、二手に別れて行動を開始する。
 ドリームイーターを誘導してくる組と、戦場とする空き家の庭の草を刈っておく組だ。
「うわぁ、確かにコレだけ荒れ放題だと戦い難いや」
 暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)は、思わず驚きの声をあげる。
 事前情報から想像していたとおり、なかなかたいへんな状況だ。
「抜いている時間はありませんし、少しでも動きやすくできればよいのですが」
 こくんと頷けば、詠沫・雫(海慈・e27940)の愛用するリボンも揺れる。
「だな。じゃあ、俺はこっちの端から始めるよ」
 両手に惨殺ナイフを構えて、守人は舞うような動作で草を刈り始めた。
「えっと、では私は、反対側から」
 雫も惨殺ナイフを握り、手前右の端から草を刈っていく。
 一所懸命な主人に代わって、ボクスドラゴンは泰然とした態度で警戒を強めた。
「アリくらいなら多少は大きくても平気だけど、うじゃうじゃしてるとちょっと、まぁ、気持ちはわかるかな……」
 立花・恵(カゼの如く・e01060)は、真っ先に庭の中央部分の草へと手をかける。
 刈った草はある程度まで溜めておいて、敷地内の隅へと捨てることを繰り返した。
「でっかい蟻……しかも二足歩行……気持ち悪いな……」
 想像にうんざりして、カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)は深い息を吐く。
「とっとと駆除してしまおう」
 脳裏の生き物を振り払うように、頭を軽く振って。
 カナメは草を刈りつつ、入り口から中央へ向かって地面を踏みならしていった。
「此処に、金平糖を置いて……」
 ひとまず円くかたちどった庭の中央へ、恵は色とりどりの餌を撒く。
 空き家の付近はわざと草だらけのままにしておいて、黙々と草を刈り続けた。
「一応、誘導用の角砂糖と一緒に殺虫剤持ってきたんですけど――え、なんですかにゃーたさん。それはアリ用じゃないから効かない? ま、マジですか! 同じ虫でも効く効かないがあるんですね! あ、すみませんすみません、誘導でしたね……こんなに甘いものが揃ってるとちょっとつまみ食いしたく……いえさすがにしませんよいまは! いやだなー任務に忠実アンナちゃんに決まってるじゃないですかーアハハハハ!」
 青木・杏奈(やかましかしましお喋り大好き・e30474)が知る、衝撃の真実。
 ウイングキャットに突っ込まれ、照れ隠しの苦笑いを浮かべる。
「……っと! わ、私は釣られない! 仕事仕事! ちゃんと集中しなきゃ!」
 甘いモノ大好きな、トゥーリ・アルシエル(蒼范のアリア・e00215)も菓子に興味津々。
 マイペースにぽけっとしていたら、齧り付いてしまいそうになる。
「なにが気に入るかわかんねぇから、甘いものいろいろもってきたぜ! 俺も食べるし、味見していいぜ。くつしたもいるか?」
 すっと差し出したのは、ブリッツェン・ニコラウス(なけなし・e29049)だ。
 既に『-Nicky-』を、テレビウムと一緒に口に入れている。
「私も多めに持ってきましたから、余ったら戦闘後に差し上げますね」
 袋のなかのカステラを、西水・祥空(クロームロータス・e01423)も示した。
 ブリッツェンと祥空の優しさに、杏奈もトゥーリも、嬉嬉としてお礼を告げる。
 そのうち。
「おーこれはこれは……なんというかローカストを想い出しますね!」
 ドリームイーターの姿を認め、杏奈達は誘導へと行動を移した。
「うお、マジででかい蟻だな。俺でも乗れそ……いや、さすがにちょっと気持ち悪いか。俺たちの初仕事だ。がんばろうな、くつした」
 ブリッツェンも、大量のお菓子を両腕いっぱいに抱えてゆっくりと歩く。
「なにかの童話が想い出されますね。あちらはパンくずの道でございましたか」
 適度な距離を保ちつつ、カステラをちぎっては地面に置いていく祥空。
「さぁ、がんばりましょうね! 殿下!」
 蒼海色の角に角砂糖の束を吊したボクスドラゴンを背負い、トゥーリも前進した。

●弐
 誘導は問題なく、無事にケルベロス達は合流を果たす。
 ドリームイーターは、恐る恐る庭の中央へと進み、金平糖を口へ運んだ。
「嫌悪感なんて持ちたくないもんだとは思うけど、その気持ちだって、ヒトをつくるうえで大切なもんなんだ……返してもらうぜ!」
 皆の作戦が功を奏し、先手をとったのはケルベロス達。
 エアシューズに宿る煌めきと重力を、恵は思いきり蹴り込んだ。
「これより私の権限において、あなたを投獄します」
 空き家を背に、祥空は己のグラビティ・チェインを一定の空間に満たしていく。
 創造した小規模封鎖領域にドリームイーターを閉じ込めて、その運動機能を低下させた。
「硬い装甲を抜けないなら違う方法ってね! 力は要らない……触れるだけで充分なんだ」
 殺気を放つとともに、懐へと入り込んでドリームイーターの腹へ手をあてる守人。
 肉体を傷付けることなく最大火力を叩き込み、魂へと斬撃を喰らわせる。
「割とアリさんとかなら大丈夫なんですよねー。っていうかローカストがいたのであんまり気持ち悪い感じもしないというか。あ、すみません台所の黒いアレは勘弁してくださいにゃーたさんときどき自慢げに狩ってきたやつを見せてくるのホントトラウマなんで……」
 装甲からオウガ粒子を放出して、杏奈は自分を含む前衛陣の命中率を上昇させた。
 ウイングキャットも真っ向からドリームイーターへ挑み、鋭い爪でばりばり引っ掻く。
「さぁ、害虫駆除を始めようか。ちょっと大人しくしててくれる?」
 言い終わるや否や、カナメは高く跳躍し、流星の如く大地へと真っ直ぐ下降。
 ドリームイーターの動きを可能な限り封じるため、重ねて飛び蹴りをお見舞いする。
「メル、皆さんを守ってくださいね」
 雫のエアシューズも、同じくドリームイーターを足止めするために蹴りを決めた。
 ボクスドラゴンは前衛にて、まずはディフェンダーに、自らの属性を注ぎこむ。
 次の瞬間。
 モザイクが吐き出されるも、主人の言葉と己の気持ちに従って、反撃を受けとめた。
「私の歌、聴かせてあげるよ」
 トゥーリの紡ぐ、闘志を燃やす力強い詩が、ドリームイーターの信念を折る。
 間髪入れず、ボクスドラゴンも精一杯のブレスを吹き出した。
「くつした、今日は俺と一緒にメディックだぞ。最初に凶器攻撃……あぁ、そのうさぎさんで殴ればいいんだ」
 笑顔を画面に表示したまま、テレビウムは左手のぬいぐるみを叩き付ける。
 そのあいだにブリッツェンが、攻性植物から黄金の果実を収穫した。

●参
 攻撃と支援のバランスもよく、徐々にケルベロス達が優勢となる。
 モザイクはディフェンダー陣がくい止めるうえ、こまめな回復も心がけていた。
「小さなアリの群れへの嫌悪から出たのが巨大アリとは、シャレが効いているような気もいたします」
 心のなかだけで笑んで、祥空はフェアリーブーツを履いた足で庭土を蹴る。
 地獄化した記憶の炎も混ざる橙色のオーラを、ドリームイーターへと蹴り飛ばした。
「それは生命の連鎖、蒼茫の音色。生まれ出づる勇気に星光の祝福を。さあ……星々の煌きとともに、君の物語を綴ろう」
 胸の前に開いた両の掌から、仲間達へと帯のように流れゆく濃紺。
 星の竜の民に伝わる祈りの唄を、トゥーリのクリスタルボイスが唄いあげた。
「いやー現実のアリさんなら爆破して終わりなんですけどねー」
 残念ですねーと爆破スイッチを押せば、ちょこちょこっと貼り付けておいた爆弾が爆発。
 杏奈の攻撃に巻き込まれぬよう離れておいて、ウイングキャットもリングを命中させた。
「くつした。応援動画でバッドステータスのついている味方を癒してくれ」
 『OK』の2文字から、テレビウムの画面が賑やかな応援動画へと切り替わる。
 ブリッツェンも別のディフェンダーへと、緊急手術を施した。
「一撃をッ! ぶっ放す!!」
 全身の闘気を奮い立たせて、刹那のうちにドリームイーターへと肉薄する恵。
 急所へ押し付けた銃の引き金をひけば、銃弾は体内で炸裂して強烈な衝撃を与えた。
「水を起こす、詠」
 雫が奏でる祈りの歌声は、仇なす者を縛る大蛇の如き水流を喚び覚ます。
 ドリームイーターを下から上までぐるりと締めあげて、ぎゅっと離さない。
「お前いま、隙だらけだな」
 死角へと潜り込んだ守人が、惨殺ナイフで密やかに急所を掻き斬った。
 敵も味方も、皆の動きをよく観察して、一瞬の隙も逃さず節を刻む。
「そろそろ終わりにしようか……ヒトってなんで、叶わないってわかってるのに、手を伸ばすんだろうね? 本当に愛らしくて、愚かだよね」
 青の瞳を細めて、カナメがドリームイーターの顔のすぐ横で囁いた。
 さすれば何時の間にやら糸は黒き全身を絡め捕り、腕をすら動かすこと叶わず。
 ダメージが限界値を超えるのに、そう長い時間はかからなかった。

●肆
 喧騒は去り、ケルベロス達もゆるりと息を落ち着かせる。
 敷地内の空き家は、皆がしっかりとモザイクを受け止めていたおかげで無事だった。
「応援、高揚、興奮、がんばれー!」
 杏奈とウイングキャットも、仲間達のダメージの回復に努める。
 エールを送り終えた手に乗せられたお菓子に、漆黒の眼を輝かせて。
「みんな、お疲れさまだぜ。甘いモノでも食べて、暫し身体を休めてくれよ」
 メディックとして、そして医者の端くれとして、戦闘中から皆の様子を気にしていた。
 ブリッツェンは、ヒールを唱えつつ『-Gracias-』や『-Prometido-』を振る舞う。
「ありがとうございます、ブリッツェンさん。では、私は庭を戻しましょうか」
 地獄の炎でかたちづくった戦乙女の手をとり、庭いっぱいに美しく舞い踊る祥空。
 純白の乙女の周囲に、やはり純白の蓮の花弁が降り落ちた。
「だな。本物が湧いちまって、また嫌悪感が生まれないようにしねーとな!」
 恵は点検を終えたリボルバー銃を、くるりとまわしてホルスターへと納める。
 蟻が大量発生しないように、砕けた金平糖を拾い集めた。
「あとは被害者だね。怪我とかしてないといいけど……」
 片付けを終えたケルベロス達は、カナメに言葉を返しながら隣の敷地へと移動する。
 慣れた手つきで抱きあげ、いつもの笑顔で戻った意識を迎えた。
 女性に事情を説明して、守人ももう大丈夫だよと笑いかける。
 カナメが心配していた怪我も、倒れたときに膝を擦ったくらいで済んでいた。
「いやしかしさ、なんとかなったね」
 手当てをして別れてから、守人はちょっとだけ背伸びをする。
 依頼を遂行し、女性を助けられたことに、達成感と安堵を感じていた。
「祥空くん、カステラ食べてもいいですか?」
 勿論ですと差し出された甘味を、満面の笑みで受けとる雫。
 ほどよい甘さに、疲れた身体と頭がほんのりと癒されていく。
 抱えるボクスドラゴンにも餌付け……分けながら、ヘリオンへと歩くのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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