紫陽花の咲く庭

作者:一条もえる

 庭を覆い尽くすように、紫陽花が咲き乱れている。
 霧のような雨が街を煙らせるなか、雨具を羽織った女が、小さなスコップを手にしゃがみ込んでいた。
 このところの暑さと雨とで一斉に延びてきた雑草を、丁寧に抜いている。
「……なにも、こんな日にやらなくても」
 玄関の脇を抜けて庭にやってきた青年が、濡れるのも厭わず、女の背に声をかける。
 女は振り向いて、微笑んだ。
「シンジくん……いらっしゃい。おかえり、の方がいいかな?
 休みの日じゃないと、できないから。こんなにたくさんあるんだもん」
 そう言って、またすぐにしゃがみ込む。
「シンタくんの、好きな花だから。大事にしてあげないと」
 その言葉に、青年は渋面を作った。女は微笑みを浮かべているのだろう。憂いと寂しさの混じった、微笑みを。
「義姉さん……いや、ユカリ。兄貴は、もういないんだ」
「……わかってる」
 女は小さく呟いて、スコップを動かす。意味もなく、土をこねる。
「兄貴は、もういないんだ。親父もお袋もとっくに死んじまってるし、ユカリがこんなボロ家にしがみつくことなんてないじゃないか」
「わかってるよ!」
 女は背を向けたまま、大声で叫んだ。
「わかってるけど、私はこの家が好きなんだもん!」
 あぁ、なんで兄貴はこいつを残して死んじまったんだ!
 青年が天を仰ぎ、嘆息する。
 ひとつだけ年上の幼なじみ。いつもニコニコして、周りを明るくしてくれる。子供の頃から、そんな彼女のことが、青年は。
 しかし今はどうだ。いつも上の空で、こちらに気づいたときだけ取り繕うように微笑む。取り繕えてなんかいないのに。
 暖かだったこの家が、今は彼女を閉じこめる牢獄のようだ。
「なぁ、ユカリ……!」
 業を煮やした青年が、女の肩を掴もうとした、そのとき。
 彼らの視界の外から、花粉のようなものがふわふわと飛んできた。
 それは青く咲き乱れる紫陽花の上に舞い降りる。すると紫陽花は、茂った枝葉を大きく震わせ、巨大化していったではないか!
 瞬く間に人の背をはるかに越える大きさに育った『それ』は、周りの紫陽花を踏み倒し、枝を伸ばして女を絡め取っていく。
「ユカリ!」
 青年は手を伸ばしたが、女は諦めたようにかすかに微笑み、攻性植物に飲み込まれていく。
「ユカリッ! くそッ!」
 青年はギリギリと軋むほどに歯を噛みしめ、背を向けた。
 悔しい。悔しいが、自分では彼女を救えないのだ。

「紫陽花の花が、ですか?」
 眼鏡をつい、と持ち上げたサクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)は、話の続きを聞こうと椅子に腰を下ろす。
 そんな彼女に、崎須賀・凛(ハラヘリオライダー・en0205)は枇杷が山盛りに盛られた大皿を勧めた。
「あら、いただきます」
「もぐもぐ……。
 そうなのよ。頻発してる『謎の花粉らしきもの』による事件が、また起こったみたいなの。
 現場に居合わせた女の人がひとり、巻き込まれてるわ。
 時間がないから、急いで説明するね」
 凛は口振りに合わせたかのように爪楊枝を休みなく往復させ、事件の詳細を語り始めた。
「現れた攻性植物は、その女の人を宿主にしちゃったの。
 宿主は敵と一体化しちゃってるから、攻性植物が死ねば一緒に死んじゃうわ。
 でも……」
「相手の傷を癒しながら、少しずつ疲労を蓄積させていくんですね」
「もぐもぐ……。そういうこと!」
 ケルベロスたちにも言えることだが、グラビティで傷を癒しても回復できない疲労は残る。
 ねばり強く戦って、敵が根負けして動けなくなるように倒すことができれば。宿主を引き剥がせるかもしれない。
「敵は1体だけだから、ふつうに倒すだけなら、みんなの手に掛かれば割と簡単に済むかもしれないけど」
 そう言って表情を引き締め、一同を見渡した凛だったが。
「ありゃ、もう枇杷がない。……よし、まだ剥くか!」
 と、こんどは皮がついたままの枇杷を、先ほど以上の大盛りで取り出した。
「もぐもぐ……。枇杷は、剥いてると手が黒くなるのがねー」
 などと言いながらも、ためらう様子はまったく見えない。次々に剥いては、口に運ぶ。
「もぐもぐ……。
 現場は住宅街……といっても、小さな町で周りは休耕地なんかの空き地も多いから。隣近所を巻き込む心配はないかな。
 でも問題の家は、広い庭があるといっても個人の家だから。ある程度巻き込まれるのはしょうがないと思ってもらうしかないかなぁ」

「できれば……ではなく、なんとしても助けてあげたいですね。頑張りましょう。
 助けを求めてきた、男性のためにも」
 と、サクラは頷いた。


参加者
イリヤ・ファエル(欠翼独理のエクシア・e03858)
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
周防・衣絵奈(頑張り屋の小さなお姉さん・e17039)
レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
木乃枝・久遠(弁証論治のアンチノミー・e30308)
マリー・ブランシェット(蝋の翼は誰が為に・e35128)
ベレノス・タナシュ(斑蔦・e37930)

■リプレイ

●紫陽花の怪異
「大切な思い出が、人を傷つけることなどあってはいけませんから。
 必ず、助け出しましょう」
 たとえ、それが悲しみを伴う思い出だったとしても。
 サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)の呼びかけにうなづいたケルベロスたちが、出撃する。
 現場近くに降下したケルベロスたちが曲がり角を曲がると、遠くからその姿を認めたらしいひとりの青年が、
「こっちだ! 早く来てくれ!」
 と、必死の形相で手招きしているのが見えた。
「シンジさんですね? ユカリさんは必ず助けますから、ここにいてください」
 レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)が、何度も「助けてくれ」と懇願するシンジをなだめる。
「どっちかってゆーと、もっと離れててくれた方が安心なんだけどね」
 と、木乃枝・久遠(弁証論治のアンチノミー・e30308)が肩をすくめた。
 理屈ではわかっているのだが離れがたいシンジの顔を見て、けらけらと笑う。
「だいじょーぶだよ、おにーさん。ちゃんと助けるから」
 さも、救出など造作もないことであるように。
「そのとおりであります!」
 クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)が直立不動で、声を張り上げた。
「助けを求められたなら、全力で応じるのがボクたちケルベロスなのであります!
 必ず被害者の女性はお救いしますから、ご安心ください!」
「堅い堅い。でもま、そういうわけだからさ」
 と、イリヤ・ファエル(欠翼独理のエクシア・e03858)は緩い笑みを浮かべ、シンジの背を押した。
「ほら、警察の人たちも来たから。危なくないところで待っててくれるかな」
「若者よ、彼女は我々が救おう。攻性植物によって親しい者を失う辛さなど……他の誰も、知らない方がよい」
 ベレノス・タナシュ(斑蔦・e37930)が、シンジの後ろ姿を見つめて呟く。
「さて、これがケルベロスとしての初陣だ。
 諸君らの足手まといにならぬよう、努めよう」
「そんなこと。頼りにしています」
 と、マリー・ブランシェット(蝋の翼は誰が為に・e35128)が微笑んだ。
「バックアップはお任せしますね。
 敵をやっつけるのは……えっへへぇ、このイェーナお姉さんに、まっかせなさいッ!」
 周防・衣絵奈(頑張り屋の小さなお姉さん・e17039)は巨大な鎚を握りしめ、駆けた。
 件の家はすぐそこだ。玄関の脇をすり抜けて庭に入ると、そこには。
 醜悪な枝葉を四方八方に伸ばし、地面を掘り返しながらゆっくりと移動し始めた攻性植物が、毒々しい紫の花を無数に咲かせていた。
 こちらに気づき、敵が枝を伸ばしてくる。衣絵奈は大槌でそれを打ち払い、近づいていく。
「助け出しましょう……必ず!」
 サクラが弓弦を鳴らし、妖精の祝福を宿した矢を衣絵奈に放った。
「そうです……ユカリさんの思い出を、こんな形で終わらせたりなんか、させないんですから!」
 気合いとともに、衣絵奈がオーラの弾丸を放つ。
「ずっと居続けたくなるくらい……ここには大事な思い出があるのでしょうね」
 鮮やかに咲き乱れる紫陽花に視線を巡らせたレイラが、翼を広げてぬかるんだ地を蹴った。
 それに呼応して、イリヤも跳躍する。
「掠れば燃えるよ!」
 両者の流星の煌めきと重力を込めた飛び蹴りが、攻性植物の胴に命中する。それは花をへし折り、その断面から異臭をする粘液を噴出させた。
「お見事です」
 サクラの声を聞いたイリヤの頬がほころぶ。
「必ず助け出しましょう! ボクの気合いも、いつもよりすごいですよ!」
 サクラは笑顔を浮かべて頷き、その後も弓弦を幾度も鳴らして次々と矢を放ち、イリヤに、そして仲間たちに力を与えていく。
「よし、私も支援しよう」
「受け取ってほしいであります!」
 ルーンアックスを構えたベレノスが指を弾く。クリームヒルトの方はいちど大きく息を吸い込むと、失われた面影を悼む歌……『寂寞の調べ』を朗々と歌い始めた。ケルベロスたちに敵の守りを打ち砕く力が宿っていく。
 ケルベロスたちは敵を囲み、慎重に相対する。敵の戦意は、まだまったく衰える気配を見せない。
 攻性植物が枝を蠢かせて、鋸のように鋭い葉で久遠に襲いかかった。
「きゃー、ボクのスカートがー♪」
 などと大げさな悲鳴を上げて逃げた久遠だが、口振りほど楽ではない。ギリギリのところで避け得た。スカートは葉によって切り裂かれ、わずかに血もにじんでいる。
「けっこうしぶといよね?」
「えぇ。まだ大丈夫だと思います」
 敵の様子をうかがったマリーは、敵にまだ余力があると見て頷いた。

●その奥に
「あぁもう、世話の焼ける! めんどくさい敵なんだから!」
 投げやりな声を上げて放った久遠の矢だが、それは敵を追尾して、枝のひとつを打ち落とした。
「ここで回復させます! みなさん、いちど下がってください!」
 マリーが懐から、魔法薬の詰められた小瓶を取り出した。
「背に腹は……変えられません。たとえ大赤字だろうと……!」
 苦渋の表情を浮かべるマリーだが、戦いに赴くたびに迫られる決断であるような気もする。飛行艇を開発中だというが、その資金繰りは大丈夫なのだろうか?
「うううぅ、それでも……人の命には代えられませんからッ!」
 下唇を軽く噛み、魔法薬を投げつける。
「はは、素敵な心がけだね。あとで、キミの店で何か買っていくよ」
「少しだけですけれど、売り上げに貢献しますね」
「ううう、なにか気に入っていただける物があれば……嬉しいです」
 苦笑したイリヤとレイラとが、身を躍らせる。
 日本刀を構えたイリヤが間合いを詰めた。その切っ先は緩やかな弧を描き、露出した蠢く根を切り裂く。
 それは敵の神経か何かを切り裂いたのか、敵の動きが鈍る。そこを狙って、
「ユカリさんを、返していただきますッ!」
 レイラが杖を向けると、その先から凄まじい雷がほとばしり、攻性植物に襲いかかった。
「やりましたね、敵は怯んでいます!」
 マリーの叫びは、横合いから聞こえた。いつの間にか右手に回ったマリーの手には、チェーンソー剣が握られている。その刃は、ケルベロスたちが付けた傷を正確になぞって、より深々とした傷を負わせた。
「よーし、こんどはわたしがいきますよ~!」
 衣絵奈が嵩にかかって大槌を構え、踏み込んだ。
 しかし敵の身体が、大きく震えた。無数に咲く花の固まりが次々と切り離されて落下したかと思うと、地面に突き刺さり光を放ったのだ。
 すると、あれだけ負わせた傷が瞬く間に癒えてしまったではないか!
 さらには、伸びてくる枝も蠢く根ももとの素早さを取り戻し、衣絵奈の大槌をひらりと避けた。
 咲き乱れる花が、眩く妖しい光を放ち始める。
「危険でありますッ!」
 とっさにクリームヒルトが割って入り、その光線を受け止める。
「ぐぬぬぬぬ……! へこたれない! ケルベロスは決してへこたれないぃぃぃぃぃッ、のであります!」
 光線を浴びつつも倒れず、一歩一歩と間合いを詰めて放った、強烈な一撃。生い茂る枝葉が打ち砕かれ、パッと散る。
 その奥にのぞいたのは。
「あッは! そこにいたね、おねーさん!」
 久遠が歓声を上げる。
 無数の枝に絡みつかれ、目を閉じたユカリが頭を垂れていたのだ。よく目を凝らすと、その背中に紫陽花の枝が突き刺さっている。いや、両者は融合しているのだ。
「待っててよね、ちょっと気長にやらないといけないからねー」
 と、外科手術で敵の傷をふさぐ。
 敵は接近を嫌うように、クリームヒルトを枝で突き飛ばした。たまらず、仰向けに倒れる。
 それで傷を負ったわけではなく、先ほどの光線の傷が深いのだ。収束された光線は彼女の盾も鎧も貫き、その肌を焼いたのだ。ひどいところは黒く焼け焦げ、あたりに不快な臭いを充満させていた。
「無茶をする」
「皆様を守るのが、ボクの務め。被害者の女性を救出するためでありますから!」
「……そのとおりだな。『これ以上』の、被害者は出すまい」
 ベレノスが攻性植物に怒りのこもった視線を向ける。
 仲間たちに破壊のルーンを与えていたベレノスは、今度はマインドリングから光の盾を生み出し、クリームヒルトの傷をふさいでやった。
 それでもまだ、傷は深い。ボクスドラゴン『甲竜タングステン』が駆け寄って属性を注入し、やっと立てるようになった。
 さらなる敵の攻撃を、サクラのボクスドラゴン『エクレール』が受け止めた。全身を刃のような葉で切り裂かれ、ウウウ、と唸る。
 続く攻撃には耐えきれそうにないが。今度はサクラが前に立ち、従者を庇った。紫色の毒々しい汁が傷口の血と混じり、胃の不快さに顔がゆがむ。
 それでも踏みとどまって、地獄の炎弾を打ち出す。それは攻性植物の枝をへし折って、おびただしい量の樹液を滴らせた。それを浴び、サクラは再び闘志を蘇らせる。

●あなたと、進む
「くっそー、また回復した? いいんだよ、回復はボクたちに任せてくれてもさぁ!」
 久遠が舌打ちする。敵は再び折った花を地面に突き立て、その株が放つ光で傷を癒したのだ。
 久遠のシャーマンズゴースト『万業老師』が与えた傷も、完全にふさがってしまった。
 敵の回復力は非常に強く、ケルベロスたちが与えた傷も瞬く間にかき消えてしまう。
 まぁ、それでも回復不能な傷が積み重なっていくのは同じだが、
「その都度、体勢を立て直されるのは面倒だな」
 と、ベレノスは呟いた。襲い来る葉を、大斧を片手で軽々と振り回して打ち払う。最後は大上段から叩きつけるように弾き、その勢いで自身も転がった。かろうじて、傷を受けずに逃れる。
 ベレノスの口調にも表情にも変化はないが、内心では相当に苦々しく思っている。相手は攻性植物、彼の大切な家族を奪った、憎き敵。
 今すぐにでも大斧を叩きつけ、両断してやりたいが。
「……和を乱さないことが、肝要か」
 気を取り直し、仲間たちの傷を癒すことに専心する。
「めんどくさいけど、よろしくねー」
「任せろ」
 久遠に向けて小さく頷いくベレノス。攻性植物の毒も、熱線によって燃え上がる炎も、ベレノスの生み出したルーンによって打ち払われていく。
 一方で、敵への回復がこれ以上は不要と見たマリーは、
「これ以上、赤字が増えないにこしたことはありません」
 小さく笑うと、巨大なアームドフォートを構えて敵に向ける。
「えぇいッ!」
 轟音とともに放たれた砲弾が、攻性植物の身体で弾けた。敵は自らの前に葉を大きく広げて受け止めたが、その威力を殺しきることはできずによろめく。
「今度こそ、ユカリさんを返していただきます!」
 レイラのオウガメタルが蠢動し、鋼の鬼となって敵に打ちかかる。幾本もの太い枝がへし折れ、その奥に、ふたたびユカリの姿が見えた。
 敵は『弱点』を露わにされたことに怒ったのか、レイラに向けて熱線を放射した。
 しかし、翼をわずかに焦がされたが、飛翔してかろうじて避ける。
「苛烈な攻撃ですね……ですが!」
 反撃に石化の光線を放ち、敵の動きを封じる。
「頃合いだね。最後の回復、いくよ!」
 久遠の魔術切開がうなりをあげる。
 敵にも「そうはさせじ」という意志はあるものか、残った葉を一斉に伸ばして、斬りかかってきた。
「く……ここは、任せてください!
 ……イェーナさん!」
 サクラは盾となって、襲い来る葉を切り払っていく。しかし葉の数はその限界を超え、全身に無数の傷を負った。白い翼までが朱に染まり、耐えきれずに膝をついてしまう。
「それ以上、やらせてたまるかぁ!」
 イリヤが、その圧力から救わんと突進した。バトルオーラが燃え上がり、音速を超える拳が攻性植物を打つ。
「翼よ、治癒の光を纏うのです!」
 クリームヒルトの翼が、光を帯びて仲間たちを癒していく。
「後ろのことは任せてほしいのであります!」
 サクラの献身によって道を拓かれた衣絵奈が、敵に懐に飛び込んでいく。
 しかし、だ。敵はその眼前に装飾花を突きつけ……!
「敵は、ここにもいるのだぞ」
 敵の目を盗み、ベレノスは攻性植物の背後に回っていた。ロックオンされた無数のレーザーが、紫陽花の花を貫く。
「爺だと思って、侮ったか?」
「衣絵奈さんッ!」
 ほぼ同時に、マリーの棍も唸りを上げた。
 攻性植物の装飾花が眩い光を放ち、あらゆる物を焼き尽くす光線を放ったが……へし折られ、力なくぶら下がる花では、狙いなど定まるはずもない。
「これで、終わりですッ!」
 衣絵奈の大槌が渾身の力で振り下ろされ、攻性植物の花も、枝も、葉も、すべてを大地に押しつぶした。

 崩れ落ちる攻性植物から引き剥がすようにして、ユカリは助け出された。
 不思議なことに、攻性植物と繋がっていたはずの背中にも傷跡はなかった。ただ衰弱はしていて、ケルベロスたちは彼女を和室に寝かせ、目覚めるのを待った。
「どれ、庭も修復しておこうか。少し様変わりしたかもしれないが……」
 そう言って、ベレノスは立ち上がった。
 幸いに家屋に大きな被害はなかったが、攻性植物の根が這い回った紫陽花の花壇は、滅茶苦茶に荒らされている。
「ユカリ……!」
 目覚めるなり絶句するユカリの手を、シンジが握りしめた。
「ねぇ、おねーさん。このおにーさん、すっごい心配してくれてたよ。幸せ者ダネ?」
 久遠が茶化すと、ユカリはわかっているというように、少し困って、でも不快ではなくて、頷いた。
 シンジの背を、イリヤが軽く叩く。
「ボクが言うのも変ですけど……あなたの気持ちは、ユカリさんもちゃんとわかってると思いますよ。
 頑張って!」
「お、おう……。
 ユカリ! また、新しく植え直そう! 兄貴の好きだった紫陽花だ。またたくさん植えよう! いや、前よりももっとたくさん、綺麗に咲くように!
 俺もこの街に帰ってきて、手伝うから! 一緒に!」
「それがいい。変わらないモノなどないのだ」
 ベレノスは言い残し、庭に出た。クリームヒルトも、
「亡くなった方の思いを継ぐのは大事でありますが、過度に囚われるのはよくないでありますよ」
 と、笑顔を残す。
「彼女……大丈夫でしょうか?」
 レイラは案じていたが、
「紫陽花の花言葉といえば、『辛抱強い愛情』……」
「他に、『家族の結びつき』というのもあるらしいですね」
 などと思案していた衣絵奈とマリーとは。
「……あぁ。『そっちの側』からの見方も」
「ありえるわけですね」
 ふたりは頷いて、ユカリの手を握るシンジを見つめた。
「なるほど」
 腑に落ちたレイラも、微笑んだ。
 ユカリはきっと、前に進める。

作者:一条もえる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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