みずかがみ

作者:藍鳶カナン

●みずかがみ
 瑞々しい朝の風にこころもからだも潤されていく。
 輝く朝陽はふたつ。東の空にひとつ、水田に広がるみずかがみにひとつ。
 綺麗な水の張られた水田には明るい黄緑色の小さな苗が整然と植えられて、澄んだ水面に青空も苗も映すみずかがみの光景が彼方の山裾まで続く。春草と夏草の緑、そして白茶けた土の色に彩られた、畦道に縫われていきながら。
「いいなぁ……こういうの」
 朝の風と水と緑の匂いを胸に満たし、畦道をのんびり歩む青年の眦も頬も緩んだ。
 朝陽が昇る東の空は光を孕んで白むけど、天頂の空はもう爽やかに青く白い雲がくっきり映える。水田のみずかがみにも空はくっきり映り、目を凝らせば水の青空をおたまじゃくし達が泳ぐ姿が見えた。
 涼やかに水田に流れ込む水の音。朝風に苗が揺れればみずかがみの空も小さく波立って、大きな白鷺――たぶんダイサギ――が舞い降りれば柔らかな波紋が広がって。
 暫し佇んでいた白鷺がふと水の青空泳ぐおたまじゃくしを啄めば、再びやわやわと波紋が踊ってみずかがみにとけていった。
「この辺りじゃ『みずかがみ』は水の鏡とは書かないんだよな」
 いずれ瑞穂が実る田の水鏡、つまり瑞穂の水鏡を略してみずかがみと呼ぶのがこの辺りの言い伝え。漢字で書くなら『瑞鏡』が正しいのだろう。言い伝えはこう続く。
 ――みずかがみの水田の風景を心から愛しむ者が山裾の社に辿りついたなら、
「そこの神社に祀られている瑞穂の鏡媛(かがみひめ)が現れて、そいつの命を供物として受け取り、奪っていく、か。……ま、媛さんに逢って即逃げりゃ何とかなるかな」
 一目くらいはぜひ見たいしな、と呟き、彼はそのまま歩みを進めた。
 今の時季ならではの水田の光景を愛しみつつ、やがて青年は彼方の山裾の小さな神社へと辿りつく。だけど彼は瑞穂の鏡媛には逢えずじまい。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 忽然と現れ大きな鍵で青年の心臓を穿ったパッチワーク第五の魔女・アウゲイアスが鍵を引き抜けば、彼の意識はそこでぷっつり途切れて闇の中。
 そのあとにようやく、天女めいた姿の瑞穂の鏡媛が舞い降りた。
 けれどもそのかんばせは、不可思議に揺らめく、モザイクの彩。

●瑞穂の鏡媛
 ――みずかがみの水田の風景を心から愛しむ者が山裾の社に辿りついたなら、
「瑞穂の鏡媛が現れるみたいだね。但し、本物じゃなくて第五の魔女がこの青年から奪った『興味』から生まれたドリームイーターだけど」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は狼耳をぴんと立て、ケルベロス達へそう告げた。第五の魔女は既に姿を消しているが、鏡媛のドリームイーターをこのままにはしておけず、また、奪われた『興味』を元に現実化した鏡媛を倒さねば青年の意識も戻らない。
 だからあなた達にこの鏡媛の討伐をお願いしたいんだけど、と遥夏は続け、
「言い伝えがそのまま敵の出現条件になってるみたいだから、『みずかがみの水田の光景を心から愛しむ』ひとに向かって欲しいんだ」
 楽しげに尾を揺らしてケルベロス達を見回した。
 敵が現れるのは初夏の緑に覆われた山裾の神社の境内で、辺り一帯には避難勧告済み。
 けれど今回はヘリオンで直接神社へ向かうのではなく、美しく広がり山裾まで続く水田の風景を眺めつつ畦道を歩いて山裾まで向かう。
 瑞々しい命の息吹に満ちた、朝の水田風景。
 綺麗に水を張られた水田にはまるでこども達が整列するかのように小さな苗が植えられ、朝の青空をくっきりと映すみずかがみには苗達も映って揺れて、目を凝らせば水の青空にはおたまじゃくし達が泳ぐ。
 水の青空は鏡のごとく薙ぐばかりではなくて、時には風に、時には流れ込む水に、時にはそこに生きる命の息吹に揺れてさざめいて。
 そんな水田の風景を『心から愛しむ者』が『山裾の社に辿りついた』なら、瑞穂の鏡媛が姿を現すというわけだ。
「ただ空が水面に映るのが見たいってひとや、南米のウユニ塩湖っぽいのを期待してるひとだと鏡媛の出現条件は満たせないからね。今の時季ならではの水田風景、そこに息づくもの全部まるっと愛しめるってひとに向かって欲しいんだけど」
「ああん、お任せなのそーゆーのまるっと大好きなの、合点承知! なの~!!」
 遥夏の言葉に真白・桃花(めざめ・en0142)の竜しっぽがぴこんと立った。
 ひとの手の及ばぬ原生の大自然には畏怖も憧れも抱くけれど、この娘は幾らかひとの手が入った自然や里山の風景にも惹かれてやまない。
 だからみんなと一緒させてもらえると嬉しいの~、と桃花は尾の先をぴこぴこ弾ませつつ仲間達を振り返る。
 今の時季ならでは水田風景を愛しみながら、瑞穂の鏡媛に逢いにいこう。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
保村・綾(真宵仔・e26916)

■リプレイ

●瑞鏡
 綺麗に水を張られた水田を渡る朝の風は清らな水流にも似て、たっぷり深呼吸すれば胸の奥から指先までも潤していく。光に白む東の空に輝く朝陽の柔いぬくもりで、水田の水が、緑が、土が鮮やかに匂いたったならキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)はみずかがみの息吹で再び胸をいっぱいにして、真白・桃花(めざめ・en0142)達に満面の笑みを向けた。
「とーか! みんなも一緒に!!」
「合点承知! 空気も光もとっても美味しそうなの、だから一緒に!」
 ――いただきます!
 瑞々しい朝はまるですべてが生まれ変わったよう。
 朝の青空にも苗の水面にも朝陽は輝いて、彼方の山まで続く水田を草緑と白茶けた土色で縫う畦道へ踏みだしたなら、保村・綾(真宵仔・e26916)の足元できらきらの朝露が冷たく跳ねて煌いて。何もかもぴかぴかなのじゃ、と仔猫の少女は足取り軽く振り返り、
「リラあねさま、桃花あねさま、手を繋いでもいい?」
「はい、綾様がまんなか、ですね。――ふふ、にくきゅう、ふにふに」
「ああん、今ふにっとしたの幸せなの~!」
 願えばリラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)と桃花が綾の両手の肉球をふにっ。
 愛らしい柔らかさとぬくもりにリラは笑み零し、いきま、しょう、とウイングキャットを見れば、彼女の夜色翼猫にじゃれつかれた夜色テレビウムが畦道の端でおぶおぶしていた。
 田んぼに落ちる――と、見えた瞬間。
「ふふ、間一髪ネ。みずかがみに落ちるのも気持ちよさそうだケド」
 咄嗟に手を伸ばしたムジカ・レヴリス(花舞・e12997)がテレビウムの手を掴んで、その頭から零れた学生帽を綾のウイングキャットが面倒見よくキャッチ。
「ムジカあねさまもかかさまもナイスキャッチ! なのじゃ!」
「もうっ。ベガ、ムジカ様に、だっこしてもらい、なさい、ね」
 窘められた夜色翼猫が彼女の片腕に収まれば白き翼猫は彼女の頭へと舞い降りて、空いた片手をきゅっとテレビウムが握れば、
「すごいね、モテモテだね……!」
「うちのスゥとかもやんちゃ盛りやしね、遊んでくれるひとが好きなんよー」
 陽光の瞳を瞬いた燈家・陽葉(光響射て・e02459)が破顔して、弟みたいなテレビウムに学生帽を被せてやりつつキアラも笑った。歩むたびに跳ねる朝露、朝の風が渡るたびに苗も揺れて水面がさざめき煌いて、弾ける光に心も弾ませ、後方の男性陣を振り返る。
「――随分と楽しそうであるな」
「ま、楽しむのも仕事のうち、ってな。それにしても世界の目覚めも早くなったもんだ」
 大きく手を振る妹に頷き返し、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)はゆったり竜の尾を揺らした。真冬ならようやく日の出が拝める時間なのにな、と眩しげに瞳を細めるパーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)に、確かに、と笑み返す。
 輝く朝陽は東の空にひとつ、水田のみずかがみにひとつ。
 明けた世界は既に光に満ちて、天頂には青空と輝くような白い雲。明るい黄緑色した稲の苗がすっくと伸びる水田のみずかがみにも、青い空と白い雲がくっきりと映る。
 深呼吸すれば瑞々しい風だけでなく、水面に躍る煌きや緑と水のさざめきすらも己が裡に取り込めた気がして、欠けた心が満ちゆく心地でレーグルも瞳を細めた。
 ――この胸の奥に漂うもやもやも消えてしまえば良いのにな。
 涼やかな水音は畦道に沿う小さな水路からのもの、澄んだ流れを視線で遡れば彼方の山に行き着いて、美味い水と美味い米で美味い酒も生まれるだろうなぁとパーカーは天の美禄へ思いを馳せる。
 水田の苗も畦道の草花も確かに瑞々しくて、
「みずかがみ、ね。巧いこと言うもんだ」
「ん。いずれ瑞穂が実る田の水鏡――か」
 知らず呟けば返った声音は八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)のもの。
 潤う水の香り、青々とした緑の匂い、あたたかに立ち昇る土の匂い、都会に馴染んだ身にそれらを満たせば、己の芯に新鮮ないのちの息吹を感じて真介の眦も微かに緩んだ。
 黄金に色づく秋の景色も綺麗だろうなと見渡したなら、水の青空に白い影が映り込む。
「……あ、白鷺」
 振り仰げば悠然と空を舞う大きな水鳥が、畦道から離れた水面に降り立った。
 思わず目を奪われた綾もぴょこんと足をとめれば、
「あれは白鳥じゃなくって、シラサギっていうの?」
「白鷲のダイサギだねー。白鷲って、チュウサギとかコサギとか色々いるんだよ」
「大中小なんやね? 真っ白な羽が眩し……って、あ! 今おたま獲ったんよ!」
 水辺だと結構大きな鳥も見られるのがいいよね、と陽葉がいきいきと語りだし、長い嘴が小さな獲物を捕える様にキアラの声が弾む。
 こっちにもいないかな、と陽葉が畦道の傍らを覗けば、苗の合間、水の青空を元気に泳ぐおたまじゃくし達の姿。丸っこい体から伸びる尾がぴるぴる揺れて、
「可愛い! ほんとに可愛いなぁ。持って帰ったらダメかな、ダメだよねぇ……?」
「ふふふ~。お仕事終わったらこの田んぼの持ち主さんに訊いてみるといいの~♪」
「……だな。別に飼ってるわけじゃないだろうし、了解とればいいんじゃないか?」
 溜息をつけば桃花もぴるぴる尾を揺らし、足をとめた女性陣に追いついた真介も水の青空泳ぐ小さな子らを興味深げに覗き込む。苗の陰からちょろりと泳ぎでた一匹の姿に、お、と声を洩らせば、やはり尾をぴるぴるしていた綾の猫耳がぴんと立った。
「わ、この子あし生えてる……! ほんとにカエルの子供なのじゃね」
「この子が、カエルになるなんて、何だか、不思議な感じ、です、ね」
「不思議だけどなるのよネ。頑張って成長してるのネ、たまちゃん達」
 水の青空に生まれる、優しい波紋。綾達と一緒に覗き込んで見つけたいのちにリラの心も跳ね、ムジカの尾も跳ねる。彼女の腕から飛びだそうとした夜色翼猫の頭に、ぽふ、と白い翼猫が前足を置く様を見れば、レーグルの尾もぱたり。
 玩具代わりにこれを、と畦道で緑の穂を揺らすエノコログサを摘んだなら、葉の合間から同じ色のアマガエルが顔を覗かせた。思わず見つめ合う一人と一匹。レーグルの視線の先を覗いたパーカーが戯けた調子でカエルに声をかけた。
「おっと、跳ねないでくれよ」
「ううむ。それはガンスリンガーの方に銃を撃つなというようなものではないだろうか」
「ハハッ、そりゃそうか」
 竜の戦士の指先にぴょこりと跳び乗って、そこから大きく跳ねたアマガエルが水の青空に煌く水飛沫と波紋を生む。揺らめく水面をすいと横切る細い影。顔を上げればまるでそれを待つかのようにホバリングしていたギンヤンマが、パーカーの視線の高さで飛び去った。
 綺麗な緑と水色の体、光を透かして煌く翅。
 この光景そのものみたいな蜻蛉に先導されるように、再び畦道を歩きだす。
 あの蜻蛉もヤゴの頃は水の中にいたのネ、と水田で育まれるいのちの多様さに深緑の瞳を細めれば、ムジカの視界でひときわ柔らかに水面の光が煌いた。
 苗もおたまもヤゴも、ひよっこがいっぱいやねとキアラがみずかがみを見霽かす。
「なんやろね、前まで日本に来たことあらへんのに、懐かしって心地になるん」
「不思議よネ。見慣れた景色じゃないのに、どこか慕わしくて」
「そう言ってもらえると嬉しいな。こういうのって日本の原風景だと思うから」
 海外で生まれ育ったという彼女達の愛おしげな眼差しに、擽ったい心地で笑みつつ陽葉も彼方まで眺めやる。朝の青空でも水の青空でも、白い雲がぐんぐん流れて遥か先へ向かう。苗が育って青々と茂れば見えなくなるみずかがみ。
 今だけのとっておきネとムジカが紡ぐから、リラも今だけの瑞々しい煌きを享受した。
 みずかがみから育ち、豊かに実って、わたし達にいのちをくれるもの。
 ――だけど。
「水田で、育まれる、いのちは、作物だけでは、ないの、ですね」
「これはひとが作ったものだけど、もうひとだけのものじゃないからな」
 綺麗な円が水面に生まれたと思えば、みずかがみをアメンボが滑りゆく。小さな苗の森をすり抜ける姿をリラが瞳で追えば、真介も苗の彼方に見えなくなるまでそれを追う。
 四季がめぐるたび水を張り、水を抜き。
 きっとこの地で数百年、あるいはもっと古くから続いて来たのだろうひとの営みは、もうとうに数多の生き物のいのちの環にとけこんでいる。
「……うん、どれも好き。とても」
「ぎゅっとした言葉なら『まるっと大好き』やね!」
 ここにあるすべてを心へ仕舞い込むような真介の呟き。
 彼の言葉を継いだキアラは、こんな感じ~? と背中から桃花にぎゅむっとされる感覚に笑う。兄の様子は気にかかるけど、今はただ優しい愛おしさが胸に満ちる。
 ――みずかがみに逢えて、よかった。

●鏡媛
 緑豊かな山裾に神社はあった。
 石造りの鳥居を潜った途端、冷たい湧き水に触れたように空気が変わる。けれどもそれは神域に入ったからでは勿論なくて、
「――おいで、鏡媛」
 挑むようにそう紡いだリラ達の眼前に天女めいた古代装束を纏う女が顕現したから。
 彼女が降り立つと同時に大地や敷石を割って芽吹いたのは緑の細刃を思わす稲葉、
「景色は楽しませて貰ったけど、生憎お前にくれてやれるような命じゃないんだ!」
「ほんま、興味本位でかみさまに触れたらあかんってのは万国共通やね!」
 瞬く間に青々と茂って絡みつき、斬り裂くそれらを仲間の分も引き受けた陽葉とキアラが前後衛に敷く星の聖域と紙兵の護り、星の光が噴き上がった刹那、白銀の一閃が前触れなく鏡媛の胸を貫いた。水面に耀う光みたいなモザイクのかんばせを持つ鏡媛。
 神への信仰など抱きはしないが、美しいものなら心に刻む。
「本物はもっと美しいのだろうが、お前も悪くない。せめてそのままで散っていけ」
「ごめんなさいネ、お姫さまへの贄には誰もあげられないノ!」
 古代装束の胸元から真介の銀槍が抜かれるより速く紙兵の紙吹雪の裡からムジカが舞う。咲き誇る太陽と黄金の花、雲間から射す陽光のごとくまっすぐな蹴撃で穿てば、
「誰の命もやれはせぬ。――だが存分に死合おうぞ、鏡媛!!」
 瑞穂の鏡媛に真っ向から挑むレーグルが竜の槌から砲撃を轟かせた。
 本来なら森閑たる朝の静けさに満ちているだろう小さな神社の境内がたちまち戦いの熱に染まる。朝靄めく紗のショール、領巾が宙に踊れば鏡媛のもとから溢れて押し寄せる水面の煌き、心を眩ますだけでなく癒し手の破魔をも孕むその光を、此方も癒し手たるリラが解き放つ天使の極光と、中衛から三重の加護を贈る翼猫達の羽ばたきが押し返す。
「護りは、わたしとベガや文様、スペラ様で、大丈夫、そうですっ。皆様は、攻撃、を!」
 相手への状態異常も自陣への加護も然して頼りにならぬのがメディックとの戦いだ。
 普段の定石通りに戦うだけ、まして此方が護りに入れば互いにヒールで癒えぬ痛手を積み重ねて削り合う、長期戦になるばかり。
「せやね、陽葉は攻撃したって! うちも次から打って出るんよ!」
「うん、回復は任せるね! ――光よ!!」
 九尾扇を翻すキアラが敷いた破魔の陣、彼女のテレビウムが流すおたまじゃくしの動画を背に陽葉が馳せる。指に煌く二つの指輪に力を得て、両手の星剣と薙刀に宿すは光の意志と希望、輝く剣閃が鏡媛を逃さず捉えて斜め十字の裂傷を刻む。
 続け様に放たれたレーグルの蹴撃は羽衣のごとき領巾に絡めとられたが、
「今のうちにお願い致す!」
「お任せなのじゃよ! そのキモノ、やぶらせてもらうのじゃ、おヒメさま!」
「上等な絹に見えるがな、悪いが石に変えさせてもらうとするか」
 長躯を誇る彼の陰から仔猫さながらに跳び込んだ綾が星散る流体金属を纏った拳で鏡媛の裳裾を深々と突き破り、媛の横合いに狙撃点を獲ったパーカーがその手の銃から石化の魔法光線を撃ち込んだ。
 一対一なら間違いなく敵わぬ相手。
 けれど、皆と共に挑むなら互角以上に押していける――誰もがそう感じたが、それも僅か数分ばかりの攻防の間だけのこと。幾多の攻撃を浴びた鏡媛の足元から茂る瑞穂がたちまち黄金に色づき、豊かな癒しと浄化、そして加護を彼女に与える様にリラが瞳を瞠る。
 ――いのちの、みのり。
「流石に、強力な、ヒール、です、ねっ……!」
 冬にまみえた星鯨ほどではないが、鏡媛の癒しも大きく豊か。
 殺神ウイルスを撃ち込んでいればまた違ったかもしれないが、理力の癒しを揮いつづける今の己ではウイルスカプセルを投射しても見切られるだけと瞬時に意識を切り替え、彼女は星虹の爆風で攻勢を続ける仲間の背を押した。
 鏡媛の強大な癒しや浄化は勿論、耐性の加護も厄介なもの。対する自陣の破剣はほぼ打ち消されているが、地球人やドラゴニアンならその身ひとつで破魔を揮える。
「だが俺だと微妙だな……頼めるか?」
「ええ、ばっちり決めてみせるワ!!」
 攻撃の確実さを追求する真介は素で命中率四割のグラビティブレイク使用を躊躇ったが、後方から狙いを研ぎ澄ませたムジカが迷わず鏡媛の懐へ躍り込んだ。瞬時に硬化する白金の竜の爪で加護を打ち砕けば、
「出来れば神社に傷とかつけたかないんだが――お、ちょっといいか桃花」
「合点承知! いつでもどうぞ、なのー!」
 素早く視線を奔らせたパーカーに応えた竜の娘が翻すガトリングガン、それに跳弾させた彼の銃撃が完全な死角から鏡媛の胸を二度貫いた。しかし大きな癒しを得たばかりの鏡媛は小ゆるぎもしない。
 青々と茂り刃の囲いとなる稲葉、水面に舞う光の幻惑。
 次々襲い来るそれらは個々で見れば大きな脅威ではないが、此方の攻勢に揺らぎもしない相手が破魔を乗せて揮ってくるとなれば話は違う。攻撃が効かないわけではないが、稲穂が実るたび大幅に傷が消え縛めの幾つかも霧散する様を目の当たりにすれば、胸の奥に焦燥も生まれ来る。
 勿論いずれヒールで癒えぬ傷による限界が鏡媛にも訪れるはずだが、
「これは長引くかもね……!」
「ああ、祀られた神を騙るだけはあるってことか」
 あんまり待たせたくないんだけど、と大切な相手を想いつつ陽葉が揮う星剣と薙刀、その軌跡に重ねるよう真介が銀の穂先を閃かせれば、冴ゆる技量が凍気を招く。
 陽葉が豊かなグラビティ・チェインを純然たる破壊力として叩きつける様、そして真介が磨き抜いた技で揮った斬撃、瞬きもせずそれらに目を凝らしていた綾が戦いの流れを一気に変えた。
「みんな! おヒメさまはハカイコウゲキがニガテっぽいのじゃよ!!」
 声を張った次の瞬間に思いきり押す義父の姿のぬいぐるみ。
 そのおなかがぷきゅっと鳴った途端、鏡媛は盛大な爆発に呑み込まれた。
「承知した! 汝に手加減など無礼なことはせぬ、弱点を突かせてもらうぞ、鏡媛!!」
 爆煙が孕む三重の威に圧された鏡媛が放った水面の光は勢いを減じ、地獄の炎弾でそれを相殺したレーグルは、心からの愛しさを渾身の力に乗せて竜の槌を揮う。
「破壊やね、がっつり叩きこんでくんよー!」
「遠慮無用ネ、どうぞお還りになってくださいナ、お姫さま!」
 鏡媛を直撃する竜砲弾を追うように跳躍したのはキアラとムジカ、暁天に染まるレースと南国の花めく緋を閃かせ、それぞれの爪先に降魔の力を宿した娘達が鏡媛の命も魂も大きく喰らえば、間髪を容れずパーカーが竜の槌から砲撃を撃ち放つ。
「ハッ! 流石にこれだけ連発されれば辛そうだな!」
 連なる破壊の猛攻勢にはさしもの鏡媛も堪らず膝が崩れた。
 破壊のグラビティを主軸とした戦術に切り替えれば戦場の追い風は此方のもの、加速する勢いの攻勢が鏡媛を追い詰めていく。茂る稲葉、耀う光、実る稲穂。猛攻に押されながらも彼女が揮う力にリラの瞳が僅かに曇った。
 本来なら恐らくは、いのちを宿すみずかがみを護る存在なのだろう鏡媛。
 言い伝えが示すのは、彼女が命を奪う存在に変質したということか、それとも――何かを贄に、糧にしなければ、みずかがみを護るに足る力を保てないということか。
 何もかも護り抜くことは、きっと本当に難しくて。
 けれど。
「貴方に、終わりを」
「おヒメさまは悪くないのかもしれないけど、どうかこのまま、かえって、ねっ!」
 すべてを救う決意を抱いてリラが解き放つ星屑迷路、瞬く星達の夢に囚われた鏡媛めがけ真っ向から綾が駆ける。握り込んだ仔猫の拳を包む流体金属の星の煌き。思いの丈を乗せて打ち込めば、奪われた興味から生まれた偽の鏡媛は、それでも本物そのもののみずかがみの光にすべてを変えて、世界に還った。

 瑠璃の煌きひとすじ唇に敷いて、キアラが唄えば星食みの仔が癒しに駆ける。
 腕に揺れる地獄の炎で割れた敷石に癒しを注ぐ兄を見遣れば、想いを汲んだテレビウムが彼の許へ駆けた。
「――己の心を見直す良き機会になった気がするのだ」
「抱えたままもいいけど、偶には心をぼーんって世界に預けてみるのもいいと思うの~」
 脚に抱きつく小さな子を撫でつつレーグルがそう語れば、踏み込むことはせぬまま同族の娘が尾を揺らす。短いやりとりの間に戦いの痕が癒えてゆく様に安堵の息をつき、ムジカはその場から、鳥居越しにみずかがみを見霽かした。
 数多のいのちの息吹を映す、みずかがみ。
 きらきら踊る煌きは金よりも銀よりも眩い光の箔のようで。
 ――神が在るって思うのも、わかる気がするわネ。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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