あらくれ温泉旅館

作者:荒雲ニンザ

 秘境の温泉宿があったらしい。
 その道の人たちにはかなり有名であったが、過去の話だ。
 どうやら昨日で閉店らしく、今日は店の主人が後片付けに来ていた。
 彼は先ほどからずっと後悔をぶつぶつと口にしている。
「そんなにこの温泉宿、怖いんだ……」
 そういう主人の風貌は、筋肉質な大男。トゲのある兜を被り、バイキングのようなあらくれ者といった服装。
 しかも宿までもそんな主人を表したような佇まい。まるで山賊砦のようだ。
 この温泉宿はちょっと変わった温泉宿で、あらくれ主人が旅のキャラクターたちをワイルドにお出迎えしてくれるという、そんなゲームチックな趣向を凝らした楽しそうな店だった。
 しかし。
「それにしたってひどいじゃねえか、フツー警察呼ぶか? ちょっと発声練習してただけなのに……」
 実際何もしていないので捕まらなかったが、どうやら怪しい人物と思われて誰かに通報されてしまったらしい。
 そんな悲劇な話はまだまだ続くが、それらが積もり積もったあげくに『あらくれ者が住んでいる危険な場所』とレッテルを張られてしまい、周囲に意図が伝わらないまま現在に至るという訳だ。
「はあ……わかってんだよ、ちょっと受け入れにくい内容だったっていうのはさ……」
 ため息の後、背後から第十の魔女・ゲリュオンの声が聞こえた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 そのまま彼女の手に持った鍵で心臓を一突きされると、前のめりで倒れた主人は扉を押し開け、そこで意識を失ってしまう。
 そして彼の立っていた場所に、あらくれ主人風ドリームイーターが現れた!

 言之葉・万寿(高齢ヘリオライダー・en0207)が説明を始める。
「今回の依頼は、温泉宿からでございます」
 自分の店を持つというのは、その道の方達には夢だろう。しかし、せっかく夢を叶えたというに、店が潰れてしまうこともあるだろう。その成り行きを後悔している人物がドリームイーターに襲われ、その『後悔』を奪われてしまう事件が起こってしまったのが、今回の事の概要だ。
 『後悔』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだが、奪われた『後悔』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしている。
「現れたドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して頂きたいというのが、今回の依頼でございます」
 このドリームイーターを倒す事ができれば、『後悔』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるだろう。

 敵のドリームイーターは1体のみ。
 戦闘場所は、ドリームイーターの力で営業再開中の『あらくれ温泉旅館』の敷地内。
 営業再開中であるが、他の客はいないので安心して戦えるだろう。
 店に乗り込んでいきなり戦闘を仕掛ける事もできるが、客として店に入り、サービスを受け、そのサービスを心から楽しんでやると、ドリームイーターは満足して戦闘力が減少するようだ。
「このマスターは、ゲームなどでよくみかけるような、ファンタジーな作りの宿屋を経営しておるようです。宿の見た目はとてもワイルド。まあ、『あらくれ』と店の名前もついておりますし、山賊砦といった方がしっくりくるかと」
 主人自体は気の良いおじさんだ。みかけはアレだが、心はまったくあらくれてはいない。お客様のためにあらくれを演じてくれているような、そんな奉仕精神の強い主人であった。
「サービスとしては、『旅のキャラクター』達が冒険中にたどり着いた温泉宿……といったシチュエーションで、お客様のお好きなように過ごして頂くといったもののようです。一応旅の宿屋らしく、クエストなんかもあるようですぞ」
 宿は入ってすぐがフロア兼食堂。小さな個室と、露天風呂がある。
 例として、食事をしてみたり、傷を癒やしたり、クエストを引き受けてみたり、情報交換、詩を歌う、他にも旅の宿屋でできそうなことを自由に行ってくれて大丈夫だ。
「お店はつぶれてしまいましたが、このサービスの良い面を見て差し上げ、心から喜んであげることが大事です。敵を満足させてから倒した場合、意識を取り戻した被害者にも良い効果が現れるようですぞ!」
 サポートに駆けつけた日之出・吟醸(レプリカントの螺旋忍者・en0221)が資料を見て言った。
「温泉は混浴でござるぞ! 丸腰注意!」
「あ、ちなみに、ここのお宿はケルベロス様大歓迎でしたので、サーヴァントが隠れる必要はないですな」
 被害者のあらくれ主人はバックルームに倒れて意識を失っている。
「目が覚めて、新たな気持ちで次の一歩を踏み出せるよう、我々が助力してさしあげねば。どうかお気をつけていってらっしゃいませ」
 がんばろう。


参加者
シェリアク・シュテルン(謎の魔法剣士・e01122)
神崎・晟(勇者のお目付け役・e02896)
ルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)
夜陣・碧人(旅するシルヴァン・e05022)
ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
ガロンド・エクシャメル(錆付きし黄金・e09925)
九十九折・かだん(坩堝・e18614)

■リプレイ

●響くガマの声
 秘境と言ったら聞こえは良いが、どことなくそれは『物騒』で、来る者を選んでしまう雰囲気が周囲にあふれていた。
 あらくれ者が集まると有名な温泉宿の前に、黒い人影が数名窺える。何やらひそひそと算段をしているようだ。
 全身白くて全く忍べていない日之出・吟醸(レプリカントの螺旋忍者・en0221)が扉の横で色々と確認に急いでいる。
「もう中で待機しているから、気をつけて続くでござる」
 軽く頷いてから、扉を開けてあらくれ宿の中に入って行くのはルイ・コルディエ(菫青石・e08642)。
 薄暗いランプがゆらゆらと揺れ、土まみれの床と質素な家具が更に影を濃くする向こう、カウンターの巨大な人影がこちらの様子を覗っているのに気がついた。
 筋肉質、トゲのある兜、バイキングのようなあらくれ者といった服装……こいつがドリームイーターに違いない。
 ルイはフンと鼻面を上げ、その威圧感に負けじと歩を進める。
「この私に相応しい依頼をよこしなさい! ドラゴン退治とか! 秘境探索とか!」
 ドヤ顔でそう言い放ったが、主人は彼女を上から下まで眺めた後、どう見ても新米だなと判断したのか、こう返してきた。
「今日は珍しく客の入りが良くてな。大食らいの旦那がさっきから店の食料、根こそぎ喰いまくって困ってんだ。食料調達も兼ねて、カエルの肉集めなんてどうだ。サービスといっちゃ何だが、給金にカエル料理をつけてやる」
「えぇ、カエルぅ……? 地味な仕事ね」
「まあ少しばかりでかいカエルだから、新米にゃ難しいわな。だったら他のヤツに……」
「誰がやらないって言ったのよ! まっ、私ならこんな依頼余裕よね、お腹も減ってるし、さっさと突撃して戻ってきてあげるわ!」
 そのルイの高らかな笑い声を制したのは、隣で様子を見ていたシェリアク・シュテルン(謎の魔法剣士・e01122)だ。
「……成程、簡単な話だ。任せておけ、直ぐに終わらせてきてやろう」
 それから付け加え。
「マスター、塩漬け肉のスープと黒麦のパンを。煮豆があればそれも付けてくれ。それと、こちらのお嬢さんにも同じものを」
 出鼻をくじかれ、ムとした表情を向けたルイにシェリアクは軽く小首をかしげて会釈し、机に荒々しく投げ出されたパンを手に取る。
「旅の冒険者でも、世を忍ぶ仮の姿であっても、先立つものが必要だ。要するに、世知辛い世の中、いつ食えるか食われるかは分からない。クエストはある時に受けろ、食える時に食っておけ、そういうことさ」
 そこそこ経験を積んだ風冒険者のレクチュアに、新米冒険者のルイがなるほどと頷いている。
 そのカウンターの下から白い小さな手がニュッとのび、背の高い椅子にようやく腰掛けた子供が一人。ルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)だ。
 場違いな子供を主人が強面でにらみつけると、フッと口元をゆがませたルルが口を開いた。
「ここで旨い北海道牛乳が飲めると聞いたんでね……。搾りたてを一つ……そうだな、ホワイトで貰おうか」
 主人が『ほう』と感心すると、何やらよく分からないかっこいいポーズで少女は続ける。
「ルルほどの通になると、ホワイト以外では満足出来なくてね……」
「フン、人は見かけによらねぇってか」
 ドンと勢いよく出されたグラスになみなみ注がれた北海道のおいしい牛乳は、パッと机を白く染めた。それを奪うかの如く彼女はゴッゴッと喉を鳴らしながら一気に飲み、プハーッと一息つく。
「こいつぁ、いい牛乳ヒゲだぜ!」
 ドワハハハ! と豪快な笑いが室内を震わし、窓の外から見ていた吟醸が『えええ……一体何がおきてるのこの状況?』とガクガク震えながら首をかしげていた。
 一通り食事を済ませたルイとシェリアクが席を立つ。
「じゃあ行ってくる。下ごしらえでもして待っててくれ……」
 扉から旅立つ2人の冒険者を見送り、主人はやるせないように首を横に振る。

●やどろくと鬼嫁
 すれ違いざまに入ってきたのは、ボクスドラゴン『ラグナル』を従えた神崎・晟(勇者のお目付け役・e02896)だ。
 一通り室内を見回し、開いたカウンター席へ向かうと、重量のある武器と共にその場にドサリと腰を下ろした。
 注文をとりに来た主人に目をやると、低い声で静かに口を開く。
「身長160cmぐらいの、金髪の少年を見かけなかったか?」
「さあな。この宿に来るヤツらは、泥と血で薄汚れてるか、訳あり者でフードを根深く被ってるヤツばっかで、髪の色なんざ分かんねえよ」
 深くため息をつく晟に声をかけてきたのは夜陣・碧人(旅するシルヴァン・e05022)で、傍らに同じくボクスドラゴンが控えており、名を『フレア』と言った。
 手にしたグラスをカウンターに置き、晟の隣に腰掛ける。フレアが肉をむさぼる様を見つつ、温和に微笑んだ。
「貴方もサンタマリア城へ?」
 ドラゴニアンの鋭い視線でにらまれ、碧人は手を前にして制しながら会釈をする。
「ああ、失礼。私は旅するエルフの魔法使いの碧人と申します。こちらは連れのフレア。今、金髪がどうのこうのと話が流れてきたのを小耳に入れてしまいまして、それでお声をかけさせて頂いた次第で」
 碧人は緑のローブに白い杖、仔竜を連れた里抜けのエルフで、旅の魔術師に見える。いつもと同じ姿だが、ここはあらくれ温泉宿のプレイルームであるからして、それらしく対応するに心がけよう。
 晟が聞く。
「迷子になった連れの少年を探している。心当たりがあるのか?」
「ここの宿の主人に聞いたんですけどね、『サンタマリア城に巣喰う悪魔』ってのがいるらしくて。何でも……刈るらしいですよ、毛」
 その流れを聞いていた主人がブッと吹き出す。室内の目が一斉に向けられると、野太い咳払いをして後ろを向いた。
 詳しく聞かせてくれという晟に、碧人は自分で作ってきた地図を見せる。
「ここが現在いる宿。で、ここが城。鬼女マルガリータは城から出られないようですよ、ピザの食べ過ぎとかで」
 再び主人から動揺の音が。どうやら思惑と違う方向へと話が進んでいるようだ。
 おかまいなしにシリアスな雰囲気で晟が続ける。
「……割と城は目と鼻の先なのだな。なるほど……ピザでカモフラージュし、旅人を襲って毛を刈ると。まぁ私に毛はないから関係ないのだが」
 連れの毛を刈られるのは嫌だなあと軽く笑う碧人に、背後から声をかけてきたドラゴニアンの男がいた。
「行っても死ぬだけだ」
 彼はガロンド・エクシャメル(錆付きし黄金・e09925)。不機嫌な主の傍らには、ミミック『アドウィクス』が戦利品のように静かに座って様子を見守っていた。
「そもそも、なんであんな危ない場所にガキがうろうろしてるんだ。いる訳ねーだろ」
 ぶっきらぼうに吐き捨てたドラゴニアンを不思議がり、一通り聞いていた少女が話に入り込んできた。
「どうして知ってるのぉ? 何だか見てきたような言い方だねぇ~?」
 ガロンドが勢いよくそちらに顔を向けると、吸血鬼の聖職者という珍しいジョブの鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)と、その従者で悪魔の翼をした小悪魔風のウイングキャット『ぽかちゃん先生』がかわゆくのぞき込んでいた。
 すると、突然ガロンドはうるうると瞳を潤ませ、フンと顔をそらす。
「どうしても行きたいってんなら止めやしねえが、道中はピザの香りに気を付けろ! 空腹で俺の仲間は皆やられちまった……! あの鬼女、空腹の旅人をピザで釣って城におびき寄せ、無残に毛を……丸刈りに……!」
「え、ガロンドさん、その頭、毛を刈られた後……?」
「とにかく、腹一杯にしてから行け、という訳でオヤジ! 料理と酒だ! たらふくくれ!」
 大食らいは彼らしい。しかも晟もそれに便乗し。
「腹が減っては何とやらだな。とりあえず肉を大量に貰おうか」
 常人の何倍も注文してくるドラゴニアン二人に、早くカエルの肉を調達してくれと主人が悲鳴を上げそうになる。
 ガロンドのアドバイスを受け、主人から効果のありそうなアイテムを調達する面々であったが、儲かっている一方、色々な意味で主人の顔色は青くなっていた。

●丸腰注意!
 しばらくして、カエルクエストから帰宅したルイとシェリアクが泥だらけで宿に戻ってきた。
 カウンターにどでかい食用ガエルを放り投げ、お互い先の戦いを振り返って喋っていると、宿の主人に怒鳴られる。
「ドロまみれで店の中歩きまわんじゃねえよ! とっととフロ行って、そのクソ汚ぇツラ、マシにして来やがれ!」
 窓の外で待機していた吟醸が、丸腰時に襲われたらマズイと場所を移動してきたが、すでに先約がいたらしい。
 顔にタオル乗せ、ぐったりと湯船で寝こけているのは、九十九折・かだん(坩堝・e18614)のようだ。
 慌てて草陰から声をかけるが、日頃から常に空腹で弱っているのか、彼女はうんともすんとも答えない。
 そうこうしているうち、談話しながらルイとシェリアクが煙の向こうからやってきた。
「たかが50センチあるかないかのカエルで黄色い悲鳴を聞いた時には、思わず笑いがこみあげてしまったぞ」
 煙向こうから聞こえるシェリアクの笑い声にルイがムッとする。
「2メートルの巨大カエルの腹の中から誰かさんの声が聞こえた時には、目を疑いましたけれどもね」
「死ぬかと思ったわ!」
 本当の話かどうかはさておき、こちらが今晩のおかずになるところだったと文句をたれているが、その彼の表情は煙の向こうで、需要の偏ったシーンは省く方向となりました。
 そうこうしているうち、少し先の湯船から大きな泡が吹き出し、そこから晟が現れた。
「たまにはゆっくりと湯に浸かってこいという王の命令なので仕方なくだな? 決して私が温泉に浸かりたいとかではない」
 そこにいた一同、『入りたいんだな』と思ったが、湯煙で誰がいるのかまでは見えない知らない聞こえないと目を伏せてやる。
 ルイも湯船にゆっくり沈み、大きく息を吐き出してからのびをした。
「せっかく取ったカエルだし、食事も楽しみね!」
 カエル料理がどのようなものかを想像し、楽しみなような怖いような映像を脳内で巡らしていると、シェリアクが何気なくつぶやいた一言が運命を動かし始めた。
「カエルはいた。マルガリータもいるとして、ヤドロクはどこにいるのだろう?」
「そういや、奥さん見かけてないわよね」
 ルイのセリフに晟が気づく。
「もしかして、宿の亭主の……? なるほど……鬼嫁か」
「えっ、マルガリータ、ここの主人の奥さん!?」
「とりあえず彼女の言い分も聞こうじゃないか」
 流れがそっちに向かった。完全にそうなった。
 ザッと音を立てて勢いよく立ち上がったシェリアクのタオルが湯船に落ちる。
「まさか、一連のクエストの黒幕、それは……! 親父、全て貴様の差し金だったのだな!」
 全部のクエストがくっついた。1本筋が通ってしまったのだから、もう後戻りはできない。
 その時、吟醸が必死に草むらから呼びかけて起こしていたかだんが目を覚ました。しかもここまでの流れを全く知らず、最後のヤドロククエストの真相だけを耳にして。

●あらくれよ永遠に
 風呂場からタオル一枚で勢いよく走り込んで来たのは、脳筋かだんだ。
 カウンターの向こうであっけにとられている強面の主人を見つけると、人差し指の指紋をがっつり向けた。
「成る程、お前がヤドロク亭主か」
「ええええええ何でそういう話になってるの!?」
 ここにきて、限界を迎えた主人が思わず悲鳴をあげる。
 牛乳を飲んでカウンター席に腰掛けていたルルが高い声で笑った。
 その辺りでみつけたただの棒を『伝説の剣』と名付け、それにカエルクエストで捕ってきた巨大食用カエルを結んだものを振り回し、働かないお父ちゃんとレッテルを張られたあらくれ主人のおでこにピタピタと当ててやる。
「オイちゃんと働けよ」
 風呂場から駆けつけた面々も集まり、場は何が何やら分からない状態となってきた。
 フロアでカウンターごしに変な汗を流す宿屋の主人と、タオル1枚でヤドロクを雄々しくにらみつけるかだんの火花が炸裂する。
「話は全て聞いた。お前が働かないのは、筋力が足りないからだ」
 声には出していないが、あからさまに口は『えええ……』と動いた主人。今働いている真っ最中にヤドロク宣言をされているのだ、それはえええと言いたくもなろう。だがここはあらくれ温泉宿。敵であろうが客であろうが、何だろうがお客様を満足させるのがこのテのドリームイーターの性分。どんな無茶ぶりをされても対応しきってみせる!
「ほう、ただの用心棒風情かと思って見ていたが、この俺様をコキ使おうたあ、ちったあ腕に覚えがあんだろなぁ?」
 なった、ヤドロクになった。働いてるのにヤドロクになった。
 パァンと力強い上腕二頭筋を平手で叩くかだん。
「筋力が足りないから動く気力がないんだ。一つ私が鍛えてやろう。私と腕相撲をしろ。腕力を使え。男なら、受けて立てるよな?」
 いいな? と念を押され、イヤとか困るとかお構いなしに勝負が始まった。
 カウンターで唐突に腕相撲が始まった所に走り込んできた吟醸は、その光景に脳が追いつかずに『ええええ何がおこったの今度はー!?』と震え始める。
 この宿は本当はサンタマリア城という名の散髪屋で? ピザの食べ過ぎて太ったマルガリータという名の奥さんが経営してて? 客を呼び込まないといけないのに夫はカエルの肉を冒険者にとってこいと抜かすような働かないロクデナシで? ……という筋書きになったようだ。
 かだんと拳で語り合っているうち、ドリームイーターが本性を現し始めた。元々怪物じみている主人のようであったが、巨体が更に膨張を始めている。
「どうなのこれ!? 敵は満足したでござるか!?」
 吟醸の悲鳴に晟が答えた。
「私にいい考えがある」
 突撃! の一声で戦闘が始まった。完全に面倒くさくなって筋肉と怪力無双で解決しようとしているだけだった。
 もう始まってしまっては仕方がない。
 滑るように盾となって構える晟の横から、ラグナルがボクスブレスを放射。続いたフレアのブレスと共に回転しながら敵めがけて吸い込まれていくと、先までノリノリで演技していた碧人が物静かに淡々とドラゴニックミラージュをそれに被せた。
 渦を巻いて敵に吸い込まれる炎の中心めがけ、ホーミングアローを放つ蓮華。
「この名弓膝砕きで膝に矢を直撃させれば……!」
「新しいフラグ増やそうとすんじゃねぇぇーー!!!!」
 蓮華に襲いかかろうとする敵の前にぽかちゃん先生が飛び込み、猫ひっかきをお見舞いする。
「マルガリータを大事にしてやれよ!」
 見事にヒザに1本を喰らった敵に、そう叫ぶガロンド。しかしやってることと裏腹に、二つの口を持つ黄金の支配者をドリームイーターの口にねじ込んでから、アドウィクスにガブリングを命じる。
 床に転がる敵がそのまま体勢を整え、壁際から勢いよく雄叫びをあげてきた。
「ぬがー!!!」
 先ほど腕相撲を中断させられたかだんが目の前に滑り込む。
「雄叫び、だ? 私の吠え声と、張り合わせて貰おうか」
 巨木が空洞の中に息を吹き込んだが如く、深い振動が咆哮となって腹の底から空気を伝った。
「ーーーヴゥルルォおオオアアァ!!!!!!」
 足を取られた敵がその場で崩れ落ちたのを確認し、ルイはウィッチオペレーションをかだんに施す。
 攻撃のもろさから察するに、敵は弱体化している。確かに、これだけ散々やって楽しんでいれば、嫌でも相手に伝わるだろう。
「フ、我らが勝利のようだ、楽しませてもらった礼をさせて頂こう」
 死の芳香がカエルを調理し、逆におもてなしをしたことによって、敵はダメージで悲鳴を上げた。
 そこに間髪入れず、ルルがカタストロフィ・スコアを喰らわせる。
「こっちこっち~! これでも喰らうんだよ!」
 店の評価が採点された用紙が現実を突きつける。
「敵も味方も吹っ飛ばすと恐れられた伝説の牙狩人とは、ルルのことよ……」
 ドリームイーターは心身共に朽ち果てると、彼女の皮肉なほほえみで湯煙のように消えてなくなった。

 全てが終わり、一応壊れた宿をヒールして回る面々。
 嘆くシェリアクが、目を覚ましたあらくれ主人を介抱しながら言った。
「惜しい、惜しいぞ親父。このコンセプトホテルで人が取れないなど勿体無い。きちんとネット広告を打ち、説明するためのHPを作れば必ず物好きな客がつくに違いないと言うのに。我のポケットマネーから出資してやろうぞ」
 ケルベロスカードを兜の隙間に差し込む横で、晟がポツリと言う。
「残念だが、貴殿は国家反逆罪で城へ連行する」
「何の話です!?」
 驚く主人に慌てて『冗談です!』とフォローを入れる吟醸。
 シェリアクに同感なルルも、カエルを主人に乗せている。
「こんな面白い宿なのに、潰れちゃうなんてよくわかんない。ゲームメーカーとタイアップしたりすれば、めちゃくちゃ話題になったと思うんだよ。良いメーカーさん、紹介しようか? 北海道の会社とか超おすすめだよ」
 そのテのマーケティングに疎いだろう主人が話を真剣に聞いている。店はつぶれても温泉は湧いているのだ、このままにしておくのは確かにもったいない。
 知らなかった分野の情報を得て、何となくではあるが新しい人生に希望がわいているのだろう。相変わらず顔は怖いが、キラキラとした瞳が気持ち悪くもかわいらしい。
 ルルが捕まえたカエルを野に逃がしながら、言った。
「お疲れさま!」
 せっかくだから温泉に入ってから帰ろうという話もあり、みながそれぞれ違う場所へと移動していき、ここで旅は終わる。
 秘境のどこかに、今日も白い湯煙が見える。
 冒険者達は、旅の傷を癒やそうと、またこの煙を追ってくるのだろう。
 そこにはきっと、旅の宿が見えるはずだ。

作者:荒雲ニンザ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 2
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