雨糸を斬り裂いて

作者:つじ

●明日天気になあれ
 さ、と鳴る静かな雨音に少年は気付いた。
 降り来る細かな雨粒が、周りの地面と、頭上の黄色い傘を絶え間なく叩き続けている。
 濡れる長靴の先から視線を上げれば、そこには白く煙る夜の街並みが。見覚えはあるような、無いような。ぼんやりとした頭を振って、少年はこちらもぼんやりとした風景へと目を凝らした。
「雨、はやく止まないかな」
 そんな事を呟きながら、引き続き『迎え』を待っていると、やがて雨の向こうから白い雨合羽を着た人が近づいてくるのが目に入る。
 誰だろう、目を細めてその頭部に視線を集中させたところ。
「……えっ?」
 少年が戸惑いの声を上げる。雨合羽のフードかと思われたものは、完全に顔を覆っていた。
 それはマントでもポンチョでもない。そこで少年はようやく、それが見覚えのある形をしている事に気付いた。
「あ、え?」
 そして困惑する。てるてる坊主の格好をした大人が、こちらに全力疾走してくる。
「うわああああ!?」
 華麗なジャンプと共に体当たりを喰らったところで、少年は身体を起こした。

「ゆ、夢!?」
 ベッドの上で上体を起こした少年だったが、現実を認識するより前に、その心臓に鍵が撃ち込まれる。
「おかしな夢。私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 鍵の持ち主、第三の魔女・ケリュネイアはそう言ってまた姿を消す。
 意識を失い、残された少年の隣に、人間サイズのてるてる坊主……もとい、ドリームイーターが姿を現した。

●雨中に舞う
「敵の発生が予知されました。準備は良いですかお前達」
 集められたケルベロス達に、テーブルの上に立ったメルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)が呼び掛ける。ハンドスピーカーを手に堂々と話す姿は、街頭演説か何かに見えなくもない。
「対象はドリームイーター。第三の魔女・ケリュネイアが子供の『驚き』を基に生み出した存在だ。
 業腹だが魔女は既に逃走済み。今回は、このドリームイーターが被害者を出す前に仕留めるのが目的になります」
 また、このドリームイーターを撃破する事は、その『材料』とされた子供を眠りから解放する事にも繋がる。放っておく理由はないだろう、とメルカダンテはそう付け加えた。
 生まれと育ちによるものか、その辺りの演説は淀みのないものだったが……。
「か、返してください僕の拡声器……!」
 その足元に居るのは白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)だろうか。事前にどのようなやりとりがあったのかは不明だが、どうやら押し負けたものらしい。
「……良いだろう。ここから先は任せる。役割を果たしなさい」
 満足したのか、それとも面倒くさくなったのか、メルカダンテから慧斗へとハンドスピーカーが手渡された。

「えーっと、今回現れたドリームイーターなのですが……」
 どこまで喋ったっけ? と思い返しつつ、少年はメルカダンテの言葉を継ぐ。
 深夜の市街地に表れるのは、言うなれば『てるてる坊主』の姿をしたドリームイーターだ。白いシーツのようなものを頭からかぶり、首のところで縛った形。頭部には『顔』が描かれている。それだと全く前が見えない気がするが、その辺りはドリームイーターだからどうとでもなるのかも知れない。
「この被っているシーツっぽいものですが、裾の部分が鋭い刃になっています。回転すると裾が広がりますので、それで斬りつけるのが主な攻撃手段ですね!
 それからシーツの下はモザイクになっており、それを飛ばした攻撃もしてくるようですので、注意してください!」
 てるてる坊主を模しているとは言え、敵は基本的には人間の形をしているという。
 シーツの下に人型のモザイク。
「何故そんな変質者のような造形に」
「僕に聞かないでください」
 気まずげに、慧斗は問うメルカダンテから目を逸らした。
「と、とにかく。このドリームイーターは、誰かを驚かせたくて仕方が無いようです。皆さんが8人で歩いていれば問題なく接触できるでしょう!」
 避難、というか「外に出ないように」という呼びかけは事前にされているらしい。その辺りは深く考えなくていいだろう。
「現場には雨が降っています。敵にはもとより、風邪も引かないように注意してくださいね!」
 最後にそう付け加えて、慧斗は一同を送り出した。


参加者
ラビ・ジルベストリ(恩讐ここに無く・e00059)
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
成瀬・涙(死に損ない・e20411)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
ブラン・バニ(トリストラム・e33797)

■リプレイ

●雨中の待ち人
 そこは夜更けの住宅街。家々の灯は既に消え、月も星も、厚い雲の向こうに隠されていた。そんな暗闇を照らす街灯の光が、空から降り始めた糸を白く照らし出す。
「……降ってきましたか」
 空模様に目を遣って、メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)が呟く。軽く顰められた眉は、「鬱陶しい」という内心の表れだろうか。
「このまま戦わざるを得ないわけですか。ハハハ、参りましたね、これは」
 スーツについた水滴を払い、西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)もまた苦笑いを浮かべる。小雨とはいえ、降りやむ気配は見えない。このままいけば間違いなく濡鼠だろう。
「……」
 その隣、成瀬・涙(死に損ない・e20411)の腕の中で、スノーベルが不満気な鳴き声を上げる。ウイングキャットも普通の猫のように雨を嫌うのだろうか。
 何にせよ標的は未だ現れず。彼等を含めた8人のケルベロス達は、街灯のたもとで敵の登場を待っていた。
(「こうしていると、ガラの悪い集団のようだな」)
 客観的事実を鑑み、ラビ・ジルベストリ(恩讐ここに無く・e00059)がヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)に視線を向ける。
「……なんダ?」
「気にするな。大した事じゃない」
 幸い一般人の目は無い。見た目の印象はこの際放っておこう。そうラビは結論付けた。
「そういえば、相手はてるてる坊主のような姿をしているんだったかな」
「そうそう、シーツおばけ!」
 雨音をものともしない明るい声を上げたのは、ブラン・バニ(トリストラム・e33797)とミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)の二人だ。
「でも、この雨じゃぬれてぐでんぐでんになっちゃうよね。また晴れの日に……」
 残念そうにするミューシエルの言葉に、ヴェルセアが軽く首を傾げる。
「あー、そもそもテルテルボウズってのは晴れの願掛けじゃなかったカ?」
「えっ、そうなの!? ミューまた賢くなっちゃった!」
 明らかになった新事実に驚嘆した彼女の目が、やがてある一点に注がれる。
「でも、雨よけなのに……」
「そうだな、効いてナイよな」
 それを追ったヴェルセアもまた、現れたモノに目を細める。角を曲がって出てきたのは、見落としようの無い白い塊。
「……不気味と言うか、これは」
「なるほど、実際に見ると冗談みたいですねぇ」
 メルカダンテと正夫が、各々にこれを夢見た少年に思いを馳せる。
 雨風に逆らうように真っ直ぐに、白布を靡かせたそれは急速にケルベロス達へと迫る。さぞかし見事なスタートを切ったのだろう、そう思わせる美しいフォームで駆けたそれは、一同の前で濡れたアスフェルトを蹴りつける。
 捻りを加えた跳躍。遠心力で広がった布は刃と化し、そしてモザイクに覆われた長い脚がその下で露に。
「変態かよ!?」
 一同の感想を代弁するように、比良坂・陸也(化け狸・e28489)の悲鳴が夜の市街地にこだました。

●舞うは白影
 跳躍に伴う鋭い刃で先制の一撃を見舞ったドリームイーターが、着地と共にケルベロス達に顔を向ける。白布に包まれたその顔には、子供の落書きのようなスマイルが描かれていた。
 このタイプのドリームイーターは相手を驚かせようとする傾向にある。早速ケルベロス達の反応を探っているのだろうが……。
「Wow……こいつはホラーだゼ」
「巨大テルテルさんは、いたん……だね……!」
 割と猟奇的な姿にヴェルセアが唸り、目を丸くした涙の腕の中でスノーベルがぷるぷると震える。
「まさしく『噂をすれば』だよ! 本当に遭遇するなんてね!」
「たのしそう! ミューもやりたいな!」
 少々毛色は違うが、ブランとミューシエルからも感嘆の声が上がる。それに気を良くしたか、敵はくるりとその場で一回転し、頭を下げて見せた。
「でも、雨でテルテル坊主とかありきたりじゃないですかねぇ?」
「ああ、それにこの程度の変態はいくらでも居る」
 一方で、オウガメタルの金属粒子を展開した正夫と、爆破スイッチを手にしたラビが否定的な見解を述べる。ディフェンダーを担う予定の彼等に、狙い通り敵の意識が向けられた。
「さて、それじゃ僕達も行こうか!」
 ラビのブレイブマインに合わせてブランも手元のスイッチを押す。味方を鼓舞する二つの爆発が、応戦の合図となった。
「……花の如く、……弾けろ」
 涙の広げた手元から、臙脂色の炎が雨中に咲き、スノーベルの羽ばたきとシャーマンズゴーストのノワさんの祈りが敵の攻撃への対抗策を形作る。防戦と攻勢の下準備が行われる中、仕掛けるのは攻撃手。
「まぁ、なんつーかよ、露出はよくねーと思うんだわ、俺」
 陸也が敵を捕らえるべく御業の手を伸ばし、ヴェルセアが竜の幻影を生み出す。だが白布を翻したドリームイーターは、華麗なステップでそれらの攻撃を躱してみせた。
「ヴェルセア、雨で調子が出ないなら、あの雨具でも盗んだきたらどうですか」
「要らねぇヨ、あんなもん」
 やりあいつつ、メルカダンテが走り出した敵を追う。軽口はともかく、相手の動きが素早いのは事実だ。
「起点が必要ですね。やるとするなら、私達か」
「これでいーかな?」
 足を狙った斬撃で、メルカダンテが跳躍を誘う。そして誘導のままに地を蹴ったドリームイーターの目の前には、先回りしたミューシエルの得物が砲口を向けていた。
 轟竜砲。爆風に吹き飛ばされた敵は、体勢を崩しながらも着地する。その足元の確かさは、ここから続く戦闘が簡単にはいかない事を感じさせた。

 雨は徐々に強くなり、本降りの様相を呈していた。
「いやぁ、ずぶ濡れで遊んでいた子供の頃を思い出すなぁ。帰ったら母親に叱られましたっけ」
 流体金属を盾に攻撃を受け止めつつ、正夫が微笑む。もはや水滴を払うどころではない状況に、諦めに似た表情が垣間見えた。
「まぁまぁひとつ元気を出して、良い感じの演奏も付けるから!」
 ブランとノワさんが味方を鼓舞するべく楽器を爪弾く。揺れる弦が雨粒を弾き、戦闘っぽいBGMが高らかに仲間の背を押した。
「アップテンポ過ぎません? おじさんにはちょっと辛いなぁ」
「注文が多いね!」
 ブランの笑みから視線を移し、正夫が一歩、深く踏み込む。
「どっこいしょ、っと……!」
 ゆっくりと、だが重いそれと共に、放たれるのはシンプルな一撃。
 磨崖撃。飾り気のない拳の一閃が敵を打つ。それは白布の下の肉体を捉え、対象を大きく吹き飛ばした。
 空中できりもみ回転、だが地面に叩き付けられる前に体勢を整えた敵は、足から着地し、水溜りの上を滑って止まる。途中白布が鼻先を掠めたメルカダンテから、「きゃあ」という悲鳴が上がったが。
 立ち止まり、白布の頭の位置を直した敵の『視線』がじっとそちらに注がれる。
 この戦いでは、というか今回のケルベロス達の取った策では、このリアクションが重要となる。防御を固めた盾役に攻撃を集中させるため、それ以外のメンバーは極力驚いて見せるべきなのだ。
「……」
 無言の圧力に焦れるようにメルカダンテが口を開く。
「……何ですか。というか、顔が……?」
 スマイルの描かれていた敵の顔だが、いつの間にか口がへの字に描き変わっていた。
「芝居がヘタクソ過ぎたのだろう」
 はん、と前衛のラビが鼻を鳴らす。
「まぁ今のはねーな」
「そ、そんなことないよー」
 陸也やミューシエルが賛同したりフォローに回ったりする中、ラビは明確に嘲笑いに走る。
「棒読みにも程がある。もう一度やり直しても良——うぐおっ!?」
 が、そんな彼の横っ面に飛んできたモザイクが直撃した。立ち位置が良くなかったのだろう。メルカダンテが事前に一歩下がっていたのは多分気のせいだ。
「——っ!」
 歯噛みしつつ立ち上がったラビが敵を睨む。揺らめく魔力が形を変え、角砂糖の弾丸が飛び出す瞬間を待ち受けるように宙を舞う。
「素晴らしい悲鳴でしたね、ラビ。迫真の演技だ」
「ノーカン! さっきのはノーカンだ!」
「何を遊んでんダ、お前等……?」
 訝し気に眉根を寄せつつ、ヴェルセアが彼等の頭上を跳び越えていく。進路上の街灯で一度ステップ、その間に放たれた陸也の符が、敵の眼前に落ちる。
「爆」
 その一言を合図に符が弾け、爆煙が急速に広がっていく。威力は見たままだが命中はしていない、しかしその陽動に紛れて、ヴェルセアが敵の頭上に着地した。
「hm……ようやく目が慣れてきたナ」
 闇色の靴が白布の上に轍を刻む。
 たかが一撃。しかしこの一手が示す意味の大きさは、戦い慣れた彼等には明らかと言えるだろう。

●雨糸を捕まえて
 刻まれた傷は反撃の狼煙。だが、敵も大人しくされるがままになっているわけではない。
 至近距離での回転攻撃。それを受け止める正夫の手で、斧が鈍い悲鳴を上げる。
「いつも助かります、正夫」
「いえいえ。その代わり、あっちは任せますよ。私では捕まえるのも一苦労ですからね」
 一撃離脱。素早く後退していく敵を指差す正夫に、メルカダンテが頷いて返す。
「承知しています。ラビ」
「ああ。征くが良い、お前様」
 メルカダンテの背後で、ラビの放った角砂糖が爆ぜる。爆風を翼で捕まえ、急加速した彼女が雨中に踊る。
「ラビのおにーさん、今のミューもやってみたい!」
「遊びではないのだが」
「わかってるよー」
 自分だってちゃんとケルベロスなんだから、と訴えるミューシエルに押され、再度のブレイブマインが火の花を咲かせた。
 捕縛に足止め、攻撃を当てるための布石は順当に打たれている。ここからはさらに踏み込んでいく場面だ。
「濡れているようですし、ちょうどよかろう」
 急速に敵に迫る中、街灯に触れたメルカダンテの靴裏が火花を散らし、炎を伴う蹴撃を成す。そこに続くミューシエルが、上方からハンマーを振り下ろした。
「氷漬けにしてごりごり削っちゃおう!」
 アイスエイジインパクト。炎と氷を纏う激しい衝撃に押され、ドリームイーターが吹き飛ぶ。
 何度か地面を跳ねた敵は、最終的にはためく白布の裾を押さえながら着地した。いつの間にやら、その顔には困ったような八の字眉が書き足されている。
「……何か腹立つな」
「俺モ何か、生理的に無理ダ」
 陸也とヴェルセアが同じような感想を抱く中、敵はまた反撃のために動き出した。
 大きく後ろに振り上げられた長い脚が、サッカーボールを蹴り飛ばす様に振るわれる。それに伴い、鋭い軌道でモザイクが飛んだ。
「うわ、バッチィ!」
 思わず、といった調子のヴェルセアの一言に、彼を庇って攻撃を受けた涙が振り返る。
 その目が語るのは驚きと問い掛け、あとついでにちょっと目が潤んで見えるのは、雨粒のせいだろうか。
「いや……バッチくはナイよな、ウン」
「大丈夫かな、成瀬さん?」
 微妙に気まずい空気の中、ブランの『白い鳥』が涙の頭上で囀り、その傷を癒していった。
「……大、丈夫」
 涙が頷いて返す間に、ヴェルセアが敵の隙を突いて仕掛ける。
「湿気と一緒に蒸発しちまいナ」
 繰られ、踊る竜の幻が敵の後ろから炎を吐きかける。行く手の水を蒸発させ、対象を焼きながら追い立てれば、そこには。
「そら、やっちまエ」
 ヴェルセアの視線に促され、待ち受けていた涙が炎を纏った得物を振り下ろした。
 続けざまの炎に巻かれ、慌てるような素振りを見せた敵に、また重く踏み込む影が一つ。
「さぁ、捕まえましたよ」
 距離を詰め、正夫が両手に持った斧で十字を描く。傷口を大きく広げる一撃により、逆巻く炎が激しさを増していく。

「青白き月煌、遷ろう月。惑いの導きに、絶対なる零へと至れ——!!」
 陸也の詠唱に伴い、符からの光が青白い月を描いた。
「往生際が悪い」
 そこにラビの放った爆ぜる角砂糖が流星の如く飛来し、連続で爆発を起こす。
 度重なる攻撃に追い詰められ、逃げ場を探す様に惑うドリームイーターだったが……。
「最後はボクも乗らせてもらおう!」
 白いサキュバスがふわりと飛んで、フェアリーブーツの靴底を、敵の頭部に叩き込んだ。

 白布の上に無念そうな顔を描き、ドリームイーターが崩れていく。

●明日の空模様
 白布が落ちるのに合わせ、ブランが弦を一撫でし、戦いの終わりを告げる。
 これにて終幕。一礼する彼に拍手を送る観客は居ないが、代わりに少しだけ、雨音が和らいだ。
「さて、その辺ヒールしてけーるか」
 陸也が踵を返す傍ら、ヴェルセアは鬱陶し気に空を睨み、分厚い黒雲に舌打ちを一つ。
「こりゃしばらく止みそうにねーナ」
 生理的にアレな敵を倒した点は良いものの、そこは少しすっきりしないまま。一方で、正夫もまた身体にへばりつくシャツを引っ張っている。
「いや〜いい歳してここまでずぶ濡れになるとは思いませんでしたよ。風邪とか大丈夫かなコレ……」
 年を食ってからの風邪はつらいものである。その辺りをしみじみと漂わせる彼と同様の心配をしている者が一人。
「そうだな。雨曝しは体に障る」
 傘を取り出し、ラビがそれを『主』の上で広げて見せた。
「……ラビ、おまえ、傘を持ち歩いているなんて」
 差し向けられたそれの下で、メルカダンテが目を丸くする。
 驚くべきところはそこか。しかしそれには言及せぬまま、ラビの浮かべた角砂糖がいくつか爆ぜる。甘い香りの温風が、彼女の濡れた髪を揺らした。
 自らが濡れるのにも頓着せず、『従者』が差し出す傘を見遣り、メルカダンテが口を開く。
「戻ったら、てるてる坊主でも作りましょうか」
「ミューも作ってみようかな。ちょうど新しいシーツも欲しかったんだよね!」
「……通常は手のひらサイズですよ」
「そうなの!?」
「うん。小さくても、きっと十分」
 驚くミューシエルに、涙が頷く。おまじないにモノの大小は関係しない……とも言い切れないが、そちらに思いを馳せるのは間違っていないだろう。ケルベロス達の活躍により、無事に夜は明けるのだから。
「……明日、天気に、なぁれ」
 鼻の頭に水滴を受けて、スノーベルが一度体を大きく揺らした。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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