●半乾きのアレ
「ぜぇ、はぁ……ここまで来れば、もう……」
夜の九時頃、仕事帰りのOLは、スーツ姿に似合わず膝に手を当て、荒い息を整える。彼女はずり落ちかけた鞄を肩にかけなおし、崩れた髪型をざっと治す。
「それにしても……油断してたわ……。用水路の近くだとは知っていたけれど……まさか……まさか……」
思い出しただけでもぞぞぞ、としたらしく、彼女は鳥肌を立てながら、呟く。
「潰れて干からびかけた蛙がアスファルトに転がってるなんて……しかもそれを踏んでしまうなんてっ!!」
彼女が肩を竦めた瞬間、その心臓を巨大な鍵が貫いた。
鍵の主人は、第六の魔女・ステュムパロス。彼女は笑う。
「あはは、私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくないな」
そしてOLは崩れ落ち、その横に新たなドリームイーターが現れる。潰れて平たくなった蛙がそのまま人間大に大きくなったようなそれは、これまた潰れた手で鍵を持ち、喉を膨らませた。
●にがてなもの
「誰しも苦手なものの一つはあるだろう……。その『嫌悪』を奪って、事件を起こすドリームイーターが現れた。今回は、弓曳・天鵞絨(イミテイションオートマタ・e20370)が危惧した通り、アスファルトで潰れた蛙に対する『嫌悪』が元になったドリームイーターだ。『嫌悪』を奪ったドリームイーターはその場から姿を消しているが、潰れた蛙のような形をしたドリームイーターはその場に残り、事件を起こそうとしている。被害が出る前に、撃破してきてくれ」
雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)は、ヘリポートに集まったケルベロス達に説明を始めた。
敵のドリームイーターは一体のみで、配下などは存在しない。
この潰れた蛙型ドリームイーターは、手に持った鍵や舌などを使い攻撃してくる。また、半分潰れているので何か湿ったそれっぽいものを飛ばしてくる事もあるらしい。半分乾いているらしいが、肌や舌は少ししっとりと湿っているらしい。
「潰れている上に完全に乾いていないようなので変に気持ち悪いだろうが、是非早めに撃破してきてくれ。頼む」
そう言って、葵はケルベロス達を送り出した。
参加者 | |
---|---|
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020) |
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497) |
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313) |
弓曳・天鵞絨(イミテイションオートマタ・e20370) |
アンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379) |
妹口・琉華(お兄ちゃん属性の男の娘・e32808) |
伽藍堂・いなせ(従騎士・e35000) |
リティア・シュヴェルトライテ(灼け堕ちる黒百合・e37916) |
●夜の森にて
ケルベロス達は、夜道へ降り立つ。彼らは思い思い持ち寄った灯りを点け、目を凝らす。
「潰れた蛙……梅雨頃のアスファルトでよくみる光景でございますね」
周囲に目を向けながら、弓曳・天鵞絨(イミテイションオートマタ・e20370)がぽつりと呟く。今の所、目視できる範囲にそれらしきものは見当たらない。それから、被害者の女性が近くに倒れていないか確認きていく。
「苦手な人には悪いんですが、蛙ってある程度綺麗な淡水にしか棲めないんですよね。そうなると、ここはとても綺麗な所なんですね」
そう言うのは、真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)。梔子は、きょろきょろと辺りを警戒しながら、続ける。
「蛙って、幸運を授けるとか各国でも置物や財布なんかのデザインにもなってますよね」
そう言う梔子に、伽藍堂・いなせ(従騎士・e35000)が眉間に皺を寄せた。
「普通の蛙なら好きでも嫌いでもねェんだが、デカくて潰れてんだろ?」
いなせが言った瞬間だった。
「げろげろ」
草陰から、蛙の鳴き声。しかも、やたらと音量がデカい。
ケルベロス達が何かを言うより早く、それは草陰から飛び出した。
「げろげろげろ」
潰れた蛙への『嫌悪』が元になったドリームイーターは、ぺったんこになり、目が若干飛び出て、口がだらしなく開いて舌がびろんと力なくはみ出ていた。そして、ぺったんこになった手には、どういう仕組みかわからないがしっかりと鍵が握られている。
「わっ!」
驚いた渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)は思わず声を上げるが、しっかりとドリームイーターに向き合い、身構える。
俺は大丈夫だけど、確かに女性にはキツイ外見かもなぁ、と内心苦笑しながらも、その構えに隙はない。
「?! ……まあ、美しくはねーがよ、言うほどのもんか?」
数汰同様驚くものの、気持ち悪さと言う点では然程で無かったらしく、アンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)は平気な顔をして拳を握りしめた。
「うわあ……やっぱりちょっと気持ち悪いね……」
若干顔を顰めて、妹口・琉華(お兄ちゃん属性の男の娘・e32808)が言う。話を聞いた時から色々と考えてはいたのだけれど、考えただけで気持ち悪かったのに実物はもう少し気持ち悪かった。
「でも、敵なんだししょうがないよね」
琉華はぐっと気合を入れ、ボクスドラゴンのぴぃを見て頷く。
「頑張ろう!」
ぴぃも頷いたのをみて、琉華は味方を援護する為の光を放つ。
「蛙…………そう言えば地球に来てから初めて見ました……」
少し感動したように呟くのは、リティア・シュヴェルトライテ(灼け堕ちる黒百合・e37916)。潰れてなお動くのだし、本物ではないのはよくよく解ってはいるが、それでも彼女にとって真新しいものであるのは間違いない。
「サーシャ、防御をお願いします」
リティアは青白い炎をその身に纏いながら、ビハインドのサーシャに声をかける。サーシャは大きく頷き、ドリームイーターに向き合った。
「まぁ、言ってしまえば死体だからなぁ。蛙が苦手な女性は多いだろうが、潰れていては尚更だろうね」
その姿を眺めながら、ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)はしみじみと言う。そして、納得したように頷きながら、バトルガントレットを装備した両手を構えた。その動きに、腰につけたランプの青い光が大きく揺れる。
「燃えてしまえばただの灰よな」
地獄の炎を纏わせた一撃は、ドリームイーターの顔面にめり込んだ。
「げごっ」
もともと歪なのに更に歪な形になるドリームイーターに、数汰が走る。
「叩き潰してやる! ……ってもう潰れてるか」
そして数汰は自らの拳を、全力でドリームイーターに叩き込む。
「げごぶっ!!」
べこっ、とひらべったいドリームイーターの身体が先ほどと逆側に膨らむ。
「どうにもやりづらい外観だな……」
数汰は顔を顰めつつ、武器を愛用の鎌、DEATHーXIIIに持ち替える。調子を確かめるように数汰が弧を描く軌道で鎌を振るえば、その刃は大きく空を薙いだ。
「潰れた蛙といえばその根性を讃えたいですが、これは生きてるとは言わないでしょうね。早めに倒しましょう」
梔子はそう言いながら、身体に纏ったオウガメタルからオウガ粒子を放出、味方の超感覚を覚醒させる。
「潰れたものがそのまま起き上がったようで……実にペラいでございますね」
被害者女性が戦闘に巻き込まれない場所に倒れているのを確認し終えた天鵞絨は、まじまじとドリームイーターを見つめながら漏らす。
「とは言え、それが人間大になると気持ち悪いでございます」
ならば早めに倒すが吉とばかりに、言うや否や地を蹴り駆ける。ドリームイーターの手前で天鵞絨は飛び上がり、全力でドリームイーターの腹部を蹴飛ばした。
「げ……げろぉっ」
その一撃に、ドリームイーターが歪んだ顔を顰める。
「嫌な予感がするでございますっ!!」
そのただならぬ様子に、天鵞絨はすごい速さで飛び退る。
「…………何か来るぞ、多分だが」
ドリームイーターの逃亡を警戒していたヒルダガルデが、その怪しい動きを見て仲間たちに声をかけた、その瞬間。
●飛び散った諸々
「げごっっっ!!」
口やら何やら、ドリームイーターの身体のそこら中から、何か湿ったものを飛び散らせた。
「当たりたくないでございます!!」
地を蹴り、木を蹴り、そしてバク転し。大袈裟なまでに全力で、天鵞絨は飛び散るものを避ける。が、残念なことに少しついてしまった。
「きっ……気持ち悪いでございます……」
真顔の天鵞絨は、服をひっぱたいてくっついたものを落とした。
「サーシャ!!」
リティアが叫ぶと同時、サーシャはすっと飛び散るものの射線に入り、身体を張って仲間を守る。
「みなさん、大丈夫ですか?」
声をかけながらリティアはスターサンクチュアリを使い、仲間に守護を与えていく。
「そんなに嫌か?」
顔を歪める天鵞絨を見ながら、アンナは走る。地面に散っている何かは完全に無視だ。アンナは拳を握り、振りかぶると同時にサーヴァントの名もなき面影に合図をする。
「いくぜ」
拘束されたアンナのような外見の名もなき面影は、金縛りを使いドリームイーターの動きを封じるよう動く。そしてアンナは、生じた隙を突くため、動く。
「……このくらいなら、食えそうだけどな」
耳を疑うような事を言いながら、降魔真拳でドリームイーターを殴り飛ばした。
「……でも、この感触は確かに……気持ち悪いな……」
しかし、殴った時の感触が不快だったらしい。アンナは顔を歪め、感触を忘れようと殴った方の手をぶんぶん振った。
「うっわ……いやなモン見ちまった……っ!!」
地面に落ちた飛び散ったものの残骸を見つめつつ、いなせが顔を顰める。そもそもの外見も潰れてるからあんまり見たく無いというのに、加えて色々飛び散るときている。はっきり言って、戦いたい相手ではない。
「……仕事だから仕方ねェんだが」
自分に言い聞かせるように呟いて、爆破スイッチを押し込むと、彼らの背後で色とりどりの爆発が発生した。
「ビタも行くぜ!」
ウイングキャットのビタは、いなせの声に返事をし、清浄の翼を使いながら味方の間を飛び回る。
「そろそろお暇願いたいでございます!」
ぺらぺらと揺れていたドリームイーターに、天鵞絨がパイルバンカーを向け、パイルを撃ち出す。凍気を帯びたパイルはドリームイーターに真っ直ぐ飛んでいき、突き刺さる。
「……早くお風呂に入りたいです」
飛び散ったものが掠めていった腕をなんとなしに擦りつつ、梔子は言う。
「蛙には蛇と言いますが、世の中蛙を食べる蜘蛛もいますよ」
言い終わる前に、梔子の背中から脚の様なものが現れる。
「先祖返り 土蜘蛛」
現れた脚は、ドリームイーターに伸び、何度も攻撃を加える。
「げごっ」
梔子の脚に飛ばされたドリームイーターへ、ヒルダガルデが走り込んで降魔真拳を叩き込もうとするが、ドリームイーターはその薄さからは想像もつかないような素早い動きでそれを避け、口からはみ出していた舌を伸ばした。
「くっ……!!」
少し湿ったドリームイーターの舌は、ヒルダガルデのバトルガントレットを絡めるように動く。
「わっ。本当に舌を出すんだね……回復するから、待ってて」
その動きに琉華は声を上げるが、直ぐに気を取り直し、マインドシールドで回復を施して行く。主人が回復に専念している間、ぴぃは援護するようにドリームイーターにボクスタックルで気をひくよう攻撃を加えて行く。
バトルガントレットから外れた舌は、距離を詰める数汰へ向かう。ぬるぬる動く舌を大鎌で受け流しつつ、僅かな隙を突いて数汰が正面から一気に斬り込んだ。
「せめて最後は水の中で眠らせてやるよーー、湧き上がれ、俺のグラビティ!」
叫びながら、数汰は絶対零度を下回る冷気を纏わせ、大鎌を華麗に一閃。ケルベロス達の持ち込んだ灯りを反射して、その刃がきらりと光る。
「ぐ、ぐげげぇっ!!!!」
一瞬氷漬けになったドリームイーターは、そのまま粉々に砕け散り、跡形もなく消え去った。
●さよなら、蛙
ケルベロス達は、その場の凹んだところや削れた木々をヒールで治してから、天鵞絨が安全を確認しておいた被害者女性の元に急ぐ。
「大丈夫でございますか?」
ううん、と唸りながら起き上がろうとする女性に、天鵞絨は手を貸しながら尋ねる。
「…………私、何が……?」
いまいち記憶が定かで無いのか、若しくは状況が飲み込めていないのか、女性は首を傾げ、集まったケルベロス達の顔を順番に見つめる。
「あっ、私……蛙を……?」
肩をびくつかせながら尋ねる女性を、安心させるように琉華が優しく微笑みかけた。
「きっと、怖かったよね。でもボク達が退治したから、もう大丈夫だよ」
その言葉に、彼女はホッとしたように一つ息を吐きながら、笑顔を浮かべる。
「田んぼで見る分には自然豊かでいいですけど、両生類爬虫類昆虫類は苦手な人多いですから、気持ち悪いと思ってしまうのも仕方ありませんよ」
励ますように梔子が声をかけた。
「気分は、悪く無さそうで良かった。でもせっかくだ。家まで送らせてもらおうかと思うんだが、どうかね?」
そう提案するヒルダガルデに、彼女は目を丸くして、ぱたぱたと手を横に振った。
「えっ、でも……悪いですっ」
そう言う彼女に、落ちたままだった手荷物を拾って手渡し、ヒルダガルデは笑顔を向ける。
「か弱い女性に、一人で夜道を歩かせる訳にはいかないだろう? あと、聞いて安心するのであれば、貴女が倒れた理由も少しお話しよう。我々の仕事関係の話なんだがな」
この夜道だ。ドリームイーターは倒したが、まだ蛙が潰れているかもしれず、他にも何かあるかもしれない。そう思い、提案するヒルダガルデに続いて、数汰も声をかける。
「まぁ気にすんなって。大した距離でもないだろうしさ、な?」
優しく声をかけてくれる彼らに、彼女はホッとしたように頷いた。
「じゃあ……すいません、お願いしていいですか? 実は、また何かあるんじゃないかって、少し不安だったんです」
「こう言う時は、遠慮しないで良いですよ」
そう声をかけるリティア。
「じゃあ、行こっか」
まだ少し申し訳なさそうにしている女性を、琉華が帰路へと促す。
「それにしても、早く大元を叩かなければなりませんね」
彼女のような被害者を出さないようにするために。歩きながら、リティアはぽつりと呟いた。
歩いて行く一同を見送る影が二つ。彼女の安否が確認できたのなら問題ないとばかりに、持参したペットボトルの水で手を洗うのはいなせ。
「ほんとは頭から洗いたいトコだが、ここで洗うよりとっとと風呂行った方が良いな」
そう言ういなせに、同じくその場に残ったアンナが目を瞬く。
「そうか? まぁ、気持ち良くはないけどな」
濡れた手を適当に拭ういなせを見ながら、そんなもんかと思うアンナは、ドリームイーターを倒して安心したせいかお腹が空いてきた事に気がついた。
そして、ぐぅと鳴る腹を押さえ、その場にいるもう一人に目を向ける。
「……なんか、腹空いてきた。飯でもいかねーか?」
この場に他に誘う奴もいないし丁度良い、と平然と言ってのけるアンナに、いなせは渋い顔で一言。
「いや、流石にあの後じゃ何か食う気にはなれねェよ。特に肉類は」
それよりも風呂かシャワーに行きたいぜ、といなせは独りごちた。
こうして潰れた蛙のドリームイーターは無事撃破され、用水路から少し離れた森にも、平和が訪れたのだった。
作者:あかつき |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年6月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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