大きい事はいい事だ

作者:秋月きり

 長浜・祐一は大きいものが好きだった。
 子供の頃からトレーラー等の大型車が好きだったし、怪獣映画も欠かさず見ていた。とにかく大きければいいと言う趣味趣向は二十歳を超えた今でも変わらない。
 だから、旅行中、大阪を散策していた彼がそれに魅了されたのも、やむなしだったかもしれない。
「うふふ。坊や。大きいのは嫌い?」
 木々の間から現れた全裸の女――緑色の肌をしているとかちょっと妖しかったが、些細な問題だった。
 たぷんたぷん。ぶるるん。ばるんばるん。彼女が身体を揺する度に、二つの大きな果実が蠱惑的に揺れる。
 祐一はごくりと唾を飲み込む。答えは決まっていた。
「だ、大好きです!」
 掌に余るほどの果実を揉みしだき、余す処なく堪能する。大きく、そして柔らかく。祐一を受け止めた双丘――否、バナナイーターは切なげな熱い吐息を吐き、彼の肢体に指を這わせる。
「はぅ」
「いいのよ。もっと楽しみましょう」
 女の誘惑にこくりこくりと強く頷く彼は、そのまま豊かな胸に顔を埋める。荒い鼻息と甘い吐息が交わり、次第に意識を奪っていく。

 ――グラビティ・チェインを含め、全てを搾り取られ、打ち捨てられた死体が発見されたのは、その翌日の事であった。

「と、言う予知を見た」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の言葉に、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は「由々しき事態です」と重く頷く。エインヘリアルとヴァルキュリアだけあって、攻性植物には思うところがあるのだろう。
「大阪城付近の雑木林などで、男性を魅了する『たわわに実った果実』的な攻性植物、バナナイーターが出現している事は皆も聞き及んでいると思う」
 ザイフリートの言葉は集ったケルベロス達に向けられたもの。そして彼は言葉を続ける。
「バナナイーターは、15歳以上の男性が近寄ると現れて、その果実の魅力で魅了し、殺害する事でグラビティ・チェインを奪い尽くすようだ。もしかすると、攻性植物は、こうして奪ったグラビティ・チェインを新たな作戦に使うつもりなのかもしれんな」
 故に、バナナイーターを撃破し、被害者を救って欲しい。ザイフリートの言葉にグリゼルダを始めとしたケルベロス達はコクリと頷く。
「今から現地に向かえば、被害者がバナナイーターに遭遇する前に到着する事が出来る。そこで諸君らが取れる方法は二つ。自らが囮になるか、被害者を囮にして撃破するか、だ」
 先の説明通り、バナナイーターは15歳以上の男性を狙っている。その人員が確保できなければ被害者を囮とするしかないだろう。
 逆を言えば、ケルベロス達が囮になれるのであれば、被害者を事前に避難させる事も可能だ。そこは予知と違える状況を作っても問題ない、との事だった。
「注意すべき点は二つ。バナナイーターは囮の人間に応じた数が出現する。二体目以降は戦闘力が低い為、ある程度出現させて倒すと言う手も取れる」
「了解しました。それで、二つ目はどういうものなのでしょうか?」
 グリゼルダの問いに鷹揚に頷き、ザイフリートは言葉を続けた。
「バナナイーターの出現後、3分以内に攻撃を仕掛けてしまうと、彼奴は地下茎を通り、大阪城に逃亡してしまう。つまり、囮となったものは3分間、バナナイーターと戦闘せずに接触する必要があるのだ」
 幸い、その3分間はバナナイーターも攻撃せず、対象男性を誘惑するだけなので、被害者を囮にしても死んでしまうと言う事は無い。
「囮役には辛い戦いとなりかねんが、心して戦って欲しい」
 また、誘惑に屈した風に演技する事で、バナナイーターも警戒を緩める可能性がある事は覚えていて欲しいとザイフリートは告げる。
「次にバナナイーターの攻撃だが、自身に生えているフルーツを投擲してくる。また、自身でもそれを食すようだ」
 自身にとっては薬、ケルベロス達にとっては毒として作用するらしい。
「食べちゃ駄目なんですね……」
 グリゼルダがしゅんとした様に見えたが、とりあえず無視する事にした。
「あとはサバ折りの如き抱擁もあるようだ。掴まれない事をお勧めする」
 説明は以上、とヘリオンへケルベロス達を導くザイフリートへ、グリゼルダが「そう言えば……」と問う。
「王子もやはり、大きい方が好きなのですか?」
「む」
 ぴたり。動きを止めたザイフリートは唸った後、こくりと頷く。表情が少しだけ朱色に染まっているのは、羞恥の為だろうか。
「私ももう少し身長が欲しかった」
「……あ、いえ。そう言う事ではなく」
 突然の告白だった。160に届かないグリゼルダは小柄だと自覚していたが、そんな彼女から見る2メートル近いザイフリートはしかし、確かにエインヘリアルの中では小柄な方だった。そこに彼なりの葛藤があったのだろう。
「大きな方が良いと言う気持ちも判らんでもない。皆、被害者を救って欲しい」
 どうも勘違い半分の元上司の言葉に、グリゼルダは微笑を浮かべる。王子らしいなぁ、とその表情は物語っていた。
「はい! 行ってきます」
 斯くして、ケルベロス達はヘリオンへと乗り込むのであった。


参加者
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)
難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)
川北・ハリ(風穿葛・e31689)
アシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253)
真田・結城(白銀の狼・e36342)

■リプレイ

●大きなバナナの木の下で
「そこのあなた!」
 大阪市中央区。
 地図を片手に市街を彷徨っていた青年は、突如呼び止められた声に振り向く。訝し気な彼の視線の先にいたもの。それは。
「は、はい?」
 線の細い美少女だった。小さい体に不釣り合いな一輪バイクを携え、凛とした視線を彼に向けている。その所作に何となく、騎士を連想した。
 自身を地獄の番犬ケルベロスと名乗った彼女は、ここが戦場になる事を告げる。
 デウスエクス。侵略者の脅威はこの地球に住む誰もが知る処。青年もまた、例外ではなかった。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。お気をつけて」
 青年の離脱を確認した少女――アシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253)は背後を振り返り、ふぅとため息を吐く。線の細い少女にも見える外見だが、アシュリーは歴とした男性である。14歳の年齢故、今回の囮に自身は向かないと判断し、青年の避難誘導を一手に引き受けたのだ。
 さて。仲間達の首尾はどうだろう?
 彼の青い瞳には、鬱蒼と茂る森が映し出されていた。

「おかえりなさいませ」
 急ぎ仲間と合流を、と戻った彼を迎え入れたのは、なぜかレジャーシートの上にお菓子と水筒のお茶を広げた小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)だった。その前に何故か川北・ハリ(風穿葛・e31689)とグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の姿もある。
「はい。アシュリーくんもそこに座って」
 とは、星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)からの指示に従い、二人に並ぶように腰を下ろすアシュリー。その目前に、優雨から冷たいお茶が差し出される。
 どうやら、未成年に目の毒な光景は見せられない、と言う配慮から、このような展開になったようだった。
「あの、私、ユル様より年上なのですが……」
 ちょっとだけ腑に落ちないと、グリゼルダが小首を傾げていた。

「くっ。不味いぜ」
 さて。
 そんな5人からやや離れた茂みから、その先を伺っていた難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)は苦み走った表情を浮かべていた。
 彼女の視線の先にはバナナイーターへの囮として奮闘する3人の仲間と、2人のサポーターの姿があった。
 対して出現したバナナイーターの数は本体含め、3体。残念ながら、4体全てを引き出すには至らなかったらしい。
 しかし、彼女の表情の原因はそれではない。一人を除き、恍惚な表情を浮かべる――少なくとも、彼女にはそう見えた――男性陣のだらしなさに対する苛立ちが、怒りとなって表情に浮かんでいたのだ。
「アイツらもでかいのがいいって言うんだろうな……!」
「だから志願したと思いますよ」
 バナナイーター達のたわわに実る一か所を注視しながら、ナナコは呻き声を上げ、その隣で鈴が「仕方ない」と首を振る。彼女に至っては弟が囮に志願している為、胸中は複雑だった。
「……ところで何をしているんだい?」
 デジカメを構える悠乃に疑問の声をナナコが向ける。
「調査資料用の撮影です。大丈夫です。男性にはモザイクを掛け、プライバシーは尊重します」
「いや、やめておいた方がいいと思うぞ」
 呆れ顔を浮かべたナナコは画像削除を求めた。裸の女性に見えるデウスエクスに殺到するモザイク群とか、その女性が樹液だか果汁だかよく分からない液体で濡れているだとか、怪しい画像にしか見えない。資料以前の問題だろう。
「……それもそうですね」
 素直に画像を削除した悠乃は少しだけ、つまらなさそうな表情を浮かべていた。

●仲良く戯れましょう
「うっひょほほほほほ!!」
 バナナイーターにもみくちゃにされ、悲鳴――否、歓声が沸き上がる。その主はだらしない表情を浮かべたチーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)だった。
「シンプルかつ最高のお仕事だぜ!」
 柔らかい乳房にすら力強さを感じる。おそらく自身の相対している相手がバナナイーターの本体だろう。だがそんなことは関係ない。狩猟者として、目の前の獲物は狩るだけだ。
 ――と、そんなことを思ってか否か、実る柔らかな果実を両手で堪能している。ずっしりと重く、張りがあって瑞々しい。こんな果実がこの世に存在した奇跡に思わず、感謝の言葉すら沸き上がって来る。
「うふふふ。大きいのは嫌い?」
「なわけねーだろっ!」
 加えて相手は嫌がっていないのだ。本来なら痴漢と蔑まれる行為を余す処なく行う事が出来る。これを役得と言わずして何と言うべきか。
「うぉぉぉーっ。メロン狩りだぜ!」
 猫まっしぐらとの形容が相応しく、別株のバナナイーターに芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)が食らい付く。むしろ彼自身はバナナイーターの果実を堪能すると言うよりも、今まで囮等は女性に任せざる得なかった日々を鑑み、その恩義を果たす為に我武者羅な突撃を行っていたが、それはそれでバナナイーターのお気に召したようだ。
(「それにしても……」)
 両の掌から溢れ、自在に形を変える果実を見上げながら、響は浮かび上がる感想を飲み込む。
 でかい。
 いや、バナナイーターの双丘の事ではない。その身長である。
 ジャンルとしてはおそらく『巨女』と言う奴だろう。身長は二メートルオーバー。170を超える彼の顔が胸に埋まってしまうのは、その巨大さ故だった。
 確かにヘリオライダーの予知では『大きい』と言っていた。胸とか言及していなかった。確かに身長の話になるよなーと妙に納得してしまう。
「うふふふ。もっと強くしていいのよ」
「ならばその馬鹿でっかいメロンを二つとも、もぎ取ってやるよー」
 暴力的と言うよりも猟奇的な宣言と共に、力強く握りしめ、引っ張る。その都度、掌には、ふにふに、たぷたぷと重量感ある柔らかさが伝わってくるのだ。こんな事許されていいのかと思わなくも無かった。
「すげぇ。響の奴、手慣れてやがる」
「煉、俺らも囮の役目を果たすぞ!」
 ごくりと喉を鳴らす煉と、その首根っこを掴む蒼眞は共に頷くと、残されたバナナイーターへのダイブを決行する。次の瞬間、うお、やわらけぇ、だの、もう死んでもいい、だの呻き声が聞こえたが、それを気に掛ける余力は響に残されていない。
「……うむ。その、なんだ。頑張れ、皆」
 純朴と実直さ故、バナナイーターに興味を惹かれなかった真田・結城(白銀の狼・e36342)はそんな仲間達の勇姿を少しだけ寂しげに見送る。
(「成程、誘惑されるとはああやるのか」)
 胸にむしゃぶり付きそうな勢いのチーディや蒼眞、若干の羞恥を残しながらも、それでも目の奥に幾分かの輝きを見せる響や煉の姿を見ると、確かにもう少し演技のありようがあった気がする。例えば、具体的な指針があればまた違ったのかもしれない。
(「次回は頑張るか」)
 今回は戦闘に貢献する。そう誓う事にした。

●大きい事はいい事だ
「そろそろ3分間です。……撃ち抜いて、いいんですよね?」
 ハリの紡ぐ冷たい言葉ではっとする。確かに時計の針は男性陣が囮を引き受けて3分の経過を告げていた。
「……時間だね」
「皆さんの犠牲を無駄に出来ません」
 ユルとグリゼルダは立ち上がり、お茶会の片づけが終わった優雨がそれに続く。
(「なんか残念だったようなそーでもなかったような……」)
 後学の為、否、囮の人々への心配の為、見守ろうと考えていたアシュリーだが、その足は最後までユルに止められていた。保護者か! と突っ込みたくもあったが、それは出歯亀をしたいと宣言するような気がした為、レジャーシートの上での待機を選択していた。
「やはり3分か。行くのか? 私も同行しよう」
 待ち受けるナナコはにぃと笑い、親指を立てる。なお、何故かその身体はエイティーンの恩恵で若返っていた。若干、肌に張りがある様にも思えるが、それ以外は特に普段と変わりない。
「ふ。18歳のメリハリボティを前に、言葉を失ったかい?」
「……ええっと、お変わりないようで何よりです」
 髪を掻き上げるナナコに、言葉を選びながら優雨が口にした言葉は優しかった。ナナコの後ろで悠乃と鈴の二人が乾いた笑いを浮かべていたが、幸い、ナナコには伝わっていないようだ。
 斯くして、ケルベロス達は戦場に赴く。そこは既にバナナイーターと男性陣の死闘と化している場所であった。

「こいつは俺に任せろ! お前たちは配下から頼む!」
「そんな、チーディ様!」
 身を挺したチーディの言葉に、グリゼルダが悲痛な声を上げる。既にバナナイーターが手を出さない時間は終わりを告げたのだ。彼の攻性植物はこれから、グラビティを奪い取る為にケルベロス達に牙を剥くだろう。それを看過する事など出来る筈も無い。
「ふ。無駄だ。グリゼルダ。あいつは覚悟を決めちまったのさ」
 その肩を叩き、ナナコが目を伏せる。その表情が、そして触れた手が震えているのは、感情を押し殺しているからだろうか。
 グリゼルダは知らない。ナナコの震えが笑いに起因する事を。
「なんと言うか、欲望に正直だよね、チーディ君……」
「ある意味、羨ましい」
 ユルと優雨の感想も、何処か白々しく呟かれる。
「ちょっと心配ですが、チーディさんも歴戦のケルベロス。無茶はしないと信じましょう」
 アシュリーの言葉と共に、一同はバナナイーターにグラビティの矛先を向ける。
「響様、今、援護します!」
 グリゼルダの声と、埋めていた柔肉から響が顔を上げるのは同時。そして。
「右手にバナナ! 左手にもバナナ! 2本のバナナを合わせれば! 100倍以上の威力を生み出すぜぇ!」
 ナナコによる理屈の判らない爆発がバナナイーターを襲う。視線を向ければトロピカルな香気を撒き散らすナナコと視線が合う。ああ、愛とは恐ろしい。
「――うーん。ちょっと前衛過多かな?」
 紙兵を散布するユルは形の良い眉を顰め、むむと唸る。3人と3体のサーヴァントからなる前衛は、減衰を引き起こし、彼女の付与する守護の力が数人にしか届いていない。
「響さん、ファイト」
 声援と共に、優雨の蹴りがバナナイーターを強襲する。サーヴァントのイチイと共に攻撃を繰り出しながら、しかし彼女はこの場の主役は囮役となった響だと告げる様に、ふっと笑みを浮かべていた。
「いや、ちょっと待てっ。そんなんじゃ……」
 誤解だ、と首を振る響。だが、抗議の暇は彼に与えられなかった。ラムレイと共に飛び込んだアシュリーが自身の得物である砲槍を振るったからだ。響く轟音に、抗議の声は掻き消えていく。
「撃たれたいなら、仕方ありませんね」
 瞬く間の後、バナナイーターの胸に空洞が穿たれる。ハリの魔力弾に撃たれたバナナイーターから絹を裂かんばかりの悲鳴が木霊した。
「まずは一体目」
 結城の九尾扇が舞う。冷気を孕む多節鞭の一撃はバナナイーターの表皮を切り裂き。
「【氷結の槍騎兵】と【悪戯猫の召喚】を除外し召喚! ぶった斬れ! 『蒼氷の猫武者』ッ!!」
 響の召喚した猫武者と黒彪が追い打ちとその身体に刃と息吹を叩き込む。
「あああああっ」
「イチイ!」
 応戦するバナナイーターの投擲はしかし、優雨の命の下、イチイに叩き落されていた。
「さぁて。小ぶりの方が身が詰まって美味しいって事を証明してやんぜ! でかいバナナを駆逐する!」
 死刑宣告の如く、ナナコの宣言が辺りに響く。

●小さい事も悪くない
 2体目のバナナイーターもまた、ケルベロス達の猛攻を前に崩れ落ちる運命から逃れる事は出来なかった。
 囮役を務めた蒼眞と煉は、自身の犠牲が皆の益になったことを喜ぶかの如く、とてもいい笑顔をしていた。
「最低」
「サイテーだね」
「男の人って……」
 樹液だからなんだか良く分からない液体まみれの二人に掛けられた言葉はちょっと切なかった。抗議をしようとした煉はその言葉を飲み込む。冷たい視線の中で唯一、怒気を孕んでいた姉の視線が怖かった。
「そんな事より、チーディ様は?!」
 配下とは言え、デウスエクス2体の撃破は多少の時間を有している。その間、彼の被害はどのくらいか。いくらディフェンダーの恩恵があるとは言え、バナナイーターの攻撃に晒され続けた彼がどのような運命を辿ったか――。
 焦燥を浮かべるグリゼルダの視線に映された彼の姿はもはや。
「おうふ……」
 なんだか満足げなぼろ雑巾がそこにあった。狩猟豹の敷物の如く、四肢を投げ出しピクリとも動かないそれはまさしく、全てを終えた漢の表情を浮かべていた。
「……くっ。早、じゃない。遅かった」
 地面を殴り、ナナコが悔し気な声を上げる。
「15分ぐらい粘れよ、チーディ!!」
「……いや、ネコ科は結構早いって聞くぞ」
「速いのは足だけじゃなくて……」
 冷静な声は結城から。そこにわなわなと震えるユルの言葉が重なり、優雨は「まぁ」と頬を染める。
「ともあれ、まだ終わったわけではありません。チーディ様の仇を!」
「まだ、死んでないと思うけど……」
 グリゼルダの言葉に何とか突っ込むアシュリーも、彼の死闘の意味は理解したのだろう。犠牲を無駄に出来ないと、左右の砲槍を構え、ラムレイと共に吶喊する。
 だが、反応はバナナイーターの方が早かった。
 死を孕む抱擁は彼の脚を支えるラムレイを捉え、ぎちぎちと嫌な音を撒き散らす。ぐしゃりと潰れる音は、その装甲がひしゃげた証か。
「リミッター、オールカット――聖剣、抜刀ッ!」
 消え行く従者を足場に、アシュリーが咆哮する。抜刀された光輝の刃はバナナイーターの無防備な胸元を切り裂き、血の如く樹液を噴出させた。
「我が魔力、深森に遊ぶ夢幻泡影の、小さき妖精に捧げ、其の妖翼の後光で、愚者を惑わさん!」
 追い打ちはユルからだった。召喚した森緑のエネルギー体はアシュリーのつけた傷を広げるよう、弾丸と化してデウスエクスの胸を貫く。
「この力は……守る者の為に……守るべき者の為にある力!」
 結城もまた、騎士と魔術師に続く。彼が放つ楽園の幻影は、まだ戦う力を仲間達に宿していく。
「――とにかく大きければよい、と言う訳ではないでしょう?」
 吹き荒れる暴風は小柄な少女の形をしていた。ハリによる銃弾はバナナイーターを貫き、その傍から打ち砕いていく。
「雨は優しく、そして冷たい」
 それは憂いだった。そして決別だった。
 優雨から投げられた試験官は、バナナイーターに対して毒と作用する。じゅっと上がった音は彼女の表皮が灼ける音。そして、その中を侵食する毒による歓喜の声だった。
 そして、実芭蕉の少女――今は18歳の外見の為、少女と呼称する――が動く。その手に握られたバナナは、彼女の指し示す、愛情。
「アタイが、アタイが本当のバナナ! 真に美味いバナナはアタイだ!」
 意味不明な言葉は、彼女なりの勝利宣言だった。
 柔らかい芳香が鼻孔をくすぐり、突き刺さる無数のバナナは連鎖的に爆発を起こし、バナナイーターの身体を消し飛ばしていく。
 これぞ、クロス・クラッシャー・バナナ・スペシャル。ナナコのバナナに対する愛が具現化した姿であった。
 光と消えていくバナナイーターを前に、ナナコはふっと虚無の微笑を浮かべた。
「でかいだけでスカスカだったな。バナナイーター……」
「いや、結構ずっしりとして」
 響、蒼眞、煉の三者の言葉はしかし、女性陣の視線の前に、消え行く事となったのだった。

「……ところで、攻性植物はどっちなんだろう……」
 薄れゆく意識の中、チーディは仲間に問いかける。
 意味は図りかねたが、それが彼にとってとても大切な問答なのだろう、とケルベロス達は頭を抱える。
 やがて、その回答は無情な宣告として突き付けられたのだった。
「……道具」
 侵略者である攻性植物は同時に、ケルベロス達にとって武器である。それ以上でもそれ以下でもない。
 仲間の言葉を聞いたチーディはがくりとうなだれ、意識を手放す。
 どうも、先程の言葉が止めになったようだった。

作者:秋月きり 重傷:チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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