カップルこそ至福、独り身果てよビルシャナの横暴

作者:質種剰


 日に日に暑さが増す初夏。
「苦難犇く人生には恋人や伴侶のいることが望ましいっ!」
 打ち捨てられた風情の廃墟を根城に、ビルシャナが大放言に励んでいた。
「故にカップルで過ごす時間こそ至福であり、独り身でいることは時間の無駄に他ならない!」
「そうだそうだー!」
 他の個体同様に偏ったビルシャナの主張だが、信者達は皆一様に頷き、賛同の声を上げている。
 肩を寄せ合う制服姿の少年少女、腕を組む中年男女、手を繋いで話を聞いている老年夫婦……。
 信者達全員がカップルというのも珍しい。
「何より、恋人や伴侶のいる人間には心の余裕が生まれる! 更には恋人が体調を気遣ってくれたり、妻なら毎日食事を作って風呂を沸かしてくれる事で、身体も健康になる! 心身共に健康たれば、ストレスなく仕事に取り組め、能率が上がるのも必然であるっ!」
「おお~!」
「なればこそ、社会の為にも独り身は撲滅させ、人類全て恋人を見つけ幸せなカップルになる世の中を作るべきであるッ!!」
 やたらと壮大で遠大な計画を語るビルシャナからは、確かな覇気——幸せオーラに満ち溢れているのだった。


「カップルや夫婦生活の素晴らしさを説くビルシャナが見つかったでありますよ」
 小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)が、困惑した様子で説明を始めた。
「コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)殿が調査なさった結果、埼玉県の廃墟でビルシャナが演説していると判明したのであります」
 かのビルシャナ大菩薩が絶命する際に零れ出た光の影響で、日本各地にビルシャナが増えている。
 この度現れた『独り身果てよビルシャナ』も、大菩薩の光を知らぬ内に浴びて、後天的にビルシャナへと覚醒した元人間だ。
「皆さんには、このビルシャナや取り巻きのカップル達と戦って、ビルシャナを打ち倒して欲しいのであります」
 ビルシャナは、年々晩婚化や離婚率の増加する現状を嘆き、カップルや夫婦でいる事の幸福感を布教する事で、人類皆パートナーと幸せに暮らせる世の中を作ろうと目論んでいるらしい。
「ビルシャナの教義がどうであれ、彼らは一般人を配下へと変えてしまうので、大変恐ろしいであります。そのような事態にならないよう、どうか討伐をお願いします」
 ぺこりと頭を下げるかけら。
 事実、ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力があり、放っておくと一般人男女が配下になってしまう。
「ですが、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の方々が配下になることを防げるのであります!」
 独り身果てよビルシャナの配下となった男女達は、彼が倒されるまでの間、彼の味方をしてこちらへ襲いかかってくる為、戦闘は避けられない。
 だが、独り身果てよビルシャナさえ倒せば元の一般人に戻るので、救出は可能である。
「万一、一般人男女の配下と戦うことになった場合は、ビルシャナを先に倒すのが先決であります。一般人男女がケルベロスの皆さんに倒されてしまうと、そのまま命を落としてしまうのであります……」
 かけらはそう付け加えた。
「独り身果てよビルシャナは、敏捷性が活きた謎の経文を唱えて、遠くの相手1人に催眠効果を狙ってきたり、八寒氷輪を遠投して複数人を氷漬けにしてくるでありますよ」
 ビルシャナのポジションはキャスター。カップルの写真入り絵皿で殴りつけてくる配下も同様である。
「教義を聞いている一般男女の方はビルシャナの影響を強く受けているので、理屈だけでは説得することは出来ませんでしょう。やはり何かインパクトのある演出をお考えになるのが宜しいかと」
 今回ならば、『独り身ならではの幸せ、独り身だからこそ味わえるメリット』を語って対抗するのが良いだろう。
「もしも、恋人や好きな人がいらっしゃる方は、その『恋人さんや想い人さんへの不平不満、恋人がいる事で生じるデメリット』を切々と語る……ふふふ、かなりの威力が見込めましょう」
 そう断じるかけら。
「皆さんそれぞれが抱えている、日頃のストレス、恋人へ対する恨み辛み――それこそが、きっと一般人男女の間に猜疑心を生み、ビルシャナを見限るきっかけになって彼らの目を覚まさせると信じてるでありますよ」
 何より一般人男女達が独り身果てよビルシャナの教義を完全に捨てられるように、強い意志で対抗案を推すのが肝心だ。
「例えば……奥さんが目くじら立てるせいでえっちな本や動画が見られないとか、彼女さんが嫉妬するせいで他の女性とスキンシップできないとか……? 探せばもっと色々あると思うのでありますよ。健康の為に食事制限されて辛いとか、お酒の量を減らされるとか」
 かけらはうんうんと頷いてから、
「既に完全なビルシャナと化した当人は救えませんが、これ以上一般人へ被害を拡大させないためにも、独り身果てよビルシャナの討伐、宜しくお願いします」
 皆を彼女なりに激励、深々とお辞儀した。
「……全く、このタイミングで恋人やカップルを全否定せねばならんとは」
 コクマが重い溜め息をつく。
「……ほんと、後ろめたいとは思いますが頑張ってくたさいまし……」
 最近同じデパートに行って、それぞれイイ思いをしてきたと知るかけらは、そっと目を逸らした。


参加者
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
アンドロメダ・オリュンポス(秘密結社オリュンポスの幹部・e05110)
ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)
近藤・美琴(鍵上の神子・e18027)
守部・海晴(ゼロから始めるケルベロス・e30383)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)

■リプレイ


 空気の澱んだ廃墟。
「恋人や伴侶がおらずして何が人生かーっ!」
 独り身果てよビルシャナと信者カップル達が結束を固めている最中、ケルベロス達は扉をぶち破——る必要もなく、普通に開けて乗り込んだ。
「どーもど-も、ちょっと俺の話を聞いてくれるかな、かな?」
 まずは、守部・海晴(ゼロから始めるケルベロス・e30383)が敢えて軽いノリを装って信者へ話しかける。
(「初依頼がビルシャナ討伐で、まずは珍妙な教義で洗脳された信者を助ける、かぁ……力押しだけがケルベロスの仕事って訳ではないんだな」)
 もっとも、ノリを装わずとも元々明るい海晴だけに、説得への気合は充分。
(「よしっ、俺なりに知恵を回してみるとしようか」)
 初めての依頼なのもあってか、緊張を抑えながら慎重に言葉を選んで問いかけた。
「カップル至上主義って事だけどさ、四六時中一緒にいるの?」
「勿論だ」
 信者達が事もなげに即答する。
「トイレの時も一緒だったり? それって息苦しくない?」
 海晴はすかさず茶々を入れてから、真面目な顔で続けた。
「考え事とかで一人になりたい時ってあると思うんだ俺は」
 そこで俺からの提案……一人旅、してみない?
「代理店のツアーとかじゃないよ、自分でどこ行くか計画を立てるの」
 日頃から自分の考えを解り易く伝えるのが得意な海晴のプレゼンは、まさに旅行代理店の添乗員の話術と言われたら信じてしまいそうな安心感がある。
「誰にも気兼ねする事なく好きな場所に行く、好きな事をするって最高だねー」
 それ故に、海晴の演技と思えぬ自然な述懐へ、信者達も影響を受けたのだろう。
「気兼ねなく好きな場所へか」
「良いなぁ……」
 と洩らしていた。
「これ、カップルや家族がいると出来ないね」
「うっ」
 それでいて、チラッと意味深長な目線を向けられれば、返答に詰まる。
 隣に自分の恋人がいるのに首を縦には振れまい。
「女性だと高級ホストクラブに入れない、男性なら……言わなくても察しがつくよね? 大人のお楽しみスポットへ気軽に行けないよ?」
 だが、楽しそうに煽ってくる海晴の弁舌を聞いて、我知らず生唾を飲む信者が何人もいた事から、彼らの心境たるや推して知るべし。
「家にいる時くらい、好きなタイミングで好きなように行動したいと思いませんか?」
 次いで、シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)が、毅然とした態度と声音で質問を投げかけた。
 ケルベロスに覚醒する前は、恋もプライベートも全てを捨ててスーツという鎧を纏い、日々社畜として働いていた元OLだ。
「例えば夜のビールとつまみ、休日好きなだけ休む……昼からビール。夜もビール……至福ですよね?」
 かような経歴のせいか、シデルの説く一人暮らしの気楽さはどうも仕事に疲れたサラリーマンの理想の休日のようで、信者達の共感を大いに誘う。
「わかる! 昼まで寝てられるのは幸せだよな」
「家ならいつでもビール飲めるしな!」
 彼らの反応に手応えを感じて、フッと口角を上げるシデル。
「さて、ここで配偶者や相手が居たりすると、こう言われるのです」
「えっ?」
「『休日ぐらいどこかつれてって』『そんなにビール飲んで体壊すよ?』……と」
 シデルが口調まで真似て繰り出した定番の文句に、
「ああ〜〜!!」
 男性信者達がついつい唸り声で同意してしまい、
「……」
 自分の伴侶である女性信者に睨まれた。
「……やかましわぁ!!! とか思いません?」
 それでもシデルの咆哮へは、無言でぶんぶんと頷く信者達。
 シデルの説得は簡潔だが、反面、大変威力の高いものであった。
 続いて。
「俺、女の子と同棲してたんだけど」
 かつて自分が置かれていた状況を説得し易いように虚飾して披露する栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)だったが。
「へぇ、同棲か、おめでとさん」
「いいだろ〜一緒に暮らすのって」
 信者達の妙に温かい反応が、他の非リア信者と違って異様である。
(「信者の心を折るのが目的だけど、説得してるこっちの心も折れそうだぞ……幸せオーラまき散らすなよこんちくしょう」)
 本当は独り身な理弥の癇にも障ったらしく、内心ハラワタが煮え繰り返っていた。
「それがまた俺にべったりでさ……バレンタインにはくそマズイチョコを大量に贈ってくるわけ」
 そんな胸中を隠し、実は姉達の所業をさも同棲中の彼女であるかのように言い繕う——エイティーンで少し背が伸びた理弥の姿は、健気にすら映る。
「いらないって言ってもやめないし、処分にも困るし……風呂やトイレにまでついてきたがるし、寝る時は毎回添い寝したがるし……」
 しかも行動自体は脚色すらしてないだけに嫌な現実味があって、
「トイレまでかよ」
「解るわ、マズい料理って飲み下すの辛いよな」
 男性信者の深い同情を呼んだ。
「ちょっと他の女が訪ねてきただけですごいヒステリー起こすし、もう耐えきれなくなって同棲を解消したよ」
 やれやれと肩を竦める理弥。
「今はおかげで気ままなおひとり様満喫中ってワケ。いいよな一人って束縛されないから!」
 だが、そんな自慢が何処か無理しているふうに聞こえるのは気のせいか。
「俺はまだ当分気軽なおひとり様でいるつもり!」
 ともあれ、理弥の苦労話の数々は男性信者へ強く訴えかけるものがあり、
「そうか……独り暮らしも快適そうだな」
 思案顔の彼らから、真剣で重々しい呟きを引き出させるまでに至った。
(「嘘だ……俺だってマトモな彼女は欲しいわ」)
 それでも理弥の気分はなかなか晴れない。


「私は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、アンドロメダです! 皆さんが結婚こそ至高などという茨の道に進もうとしていると聞き、説得に参りました!」
 アンドロメダ・オリュンポス(秘密結社オリュンポスの幹部・e05110)は上司譲りの長口舌を皮切りに、『結婚により生じる不利益を強調した作り話』で説得を試みる。
「昔々、あるところに世界征服を企む悪の秘密結社がありました。結社を率いる首魁は、敵組織から常に命を狙われる身。いつかは命運も尽き、大幹部へと首領の座が受け継がれるもの……誰もがそう考えていました!」
 初っ端から組織の早過ぎる世代交代という怒涛の展開を、アンドロメダは何故か嬉しそうに話す。
 彼女の下克上願望丸出しである。
「ですが、ここで想定外の事実が発覚しました。そう、独身のはずだった首魁には、内縁の妻がいたのです!」
 幹部視点の昔話へ信者達はグイグイ引き込まれ、感情移入すらしそうな真剣さで聞いている。アンドロメダの情感豊かな語りのお陰か。
「このままでは、首魁亡きあと、後継者の座にはその内縁の妻が座ってしまいます!」
 想像するのも嫌だと、切なそうに首をぶんぶん振るアンドロメダ。
「ましてや、万が一、世継ぎなど生まれようものなら内縁の妻の地位は盤石! 大幹部に勝ち目はありません!」
 上司の慶事を素直に喜べない辺り、本気で上司に成り替わり結社を牛耳りたいようだ。
「皆さんも、ご自分の親に隠れた愛人がいて相続のときに遺産を全部もっていかれる状況を考えてみてください!」
 ともあれ、子ども目線から親の恋愛事情を糾弾する論理はとても斬新な切り口で、信者の心を大きく動かした。
「あぁ……それは許せないかもな」
「というわけで、相続問題をなくすためにはそもそもカップルが生まれなければいいのです! 将来の禍根を絶つ為にも、速やかに別れてください」
「ひっ!?」
 調子づいたアンドロメダはビシッと通告して、結婚に悩み始めた信者カップル達を騒つかせるのだった。
「お互い相思相愛で結ばれてステキ、おめで……いやいやいやいやっ!」
 ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)は、素直に信者カップルを賛美しそうになって、慌ててコホンと咳払い。
(「何時かは私の主義に反する論破を行わねばならない時が来ると常々思ってましたが、よりにもよってこのタイミングでカップル推奨ビルシャナさんが……」)
 密かに落ち込む気持ちをひた隠して、無理やり自分を奮い立たせるニルス。
(「う、嘘でも何でも、信者達を救う為に意を決して立ち向かうとしましょう」)
 心に吹き荒ぶ嵐を追い風に変え、今日もビルシャナ信者を救う為全力を尽くす。
「えー、カップルやご夫婦で同じ一つ屋根の下での生活をしているとお互いの嫌な所合わない所が見えてくるでしょう」
 とはいえ、気を取り直して口を開くも、ニルスの声は酷く上擦って。
「殿方なら、洗濯の際に上着と下着を分けずいっしょに洗う、酒癖が悪い、いびきがうるさい、臭い、やたらと夜の営みを迫る……」
 声に妙なビブラートがかかるも、内容が内容だった為、夫や彼氏の横暴を心底嫌がるように聞こえて、演出上プラスに働いたのは幸いだ。
「ご婦人方なら、女子会ママ会と称して殿方の稼ぎで高級グルメを堪能、高級ブランドや宝飾品を買い漁りエステ三昧と兎角自身への投資に際限なし……」
 更には我知らず漏れる深い溜め息も、奥さん連中の勝手気儘な放蕩三昧を責めるように聞こえる。
「全くもってその通りよね、男って偶におためごかして家事を手伝うけど、余計に手間増やすだけなのよ」
「女こそ、亭主の見てない所で何に金使ってるんだが。男が物の値段に疎いのを良い事に隠れて高い服や宝石買いやがって」
 ニルスの嘆きに触発されて、ぎゃーぎゃーと啀み合う信者カップル達。
 本当は、内心説得どころじゃない彼女なのだが、この日に限ってはその傷心による痛々しさが尽く説得の後押しになったのも、何という皮肉だろうか。
「男は体、女はお金……そんな下心を隠してるつもりでも、お相手は既にお気づきになっている事でしょうね……考え直すなら今のうちですよ?」
 ニルスは、信者カップルの痴話喧嘩を前に、沈みがちな声を懸命に張って、説得を締め括った。
「俺は結婚したことないからよくわかんないんだけど、洗脳されて不本意な結婚をしてしまうカップルは可哀そうだから、早く止めないとね」
 瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)は、見た目に違わぬ穏やかな声音で決意するも、そのカップルクラッシャーみたいな内容との落差が不穏だ。
「……決してリア充を爆破したいわけじゃないからね」
 本人もそうと気づいてか、誰にともなく念押しする右院。
 表面上はかつてと同じ騎士道精神溢れる紳士として振舞うも、その本性は怖がりなヘタレの青年ヴァルキュリア。
 趣味はMMOでずっとPCへ向かい合っている右院だから、独り身のメリットも嫌という程知り尽くしていて、演説にも力が入る。
「そもそも独身というのは、『独身貴族』という言葉があるぐらい良いもので、おはようからおやすみまで生活が自由だよ」
「ふむ……」
 自由という単語に反応する信者。彼女との同棲生活で自由を失ったに違いない。
「食事だって好きな内容に出来るしタイミングの連絡もしなくていい!」
 家具や食器、バストイレ用品も好きに選んでいい、相談しなくていい——歌うように独身の素晴らしさを並べ立てる右院は楽しそうだ。
「これが結婚しちゃったら、趣味の模型部屋やグッズ祭壇の処遇を話し合う時がやがて来るし、やっぱり違う内装が良かったな~とか思った時のことを考えたら憂鬱だね」
「あぁ〜」
 右院の論理は、男性なら、否、女性でもコレクター趣味ならば頷けるもので、まさに鉄壁の構え。
「短い人生、マイホームは大事だよ」
 と、スマホを掲げて自分の部屋の画像をアピールするのも頼もしい。
 そこに映っていたのは、ゲーミングPCやマルチモニタ、デスクチェアと、格好良さと快適さを兼ね備えた、素晴らしいゲーム環境であった。


「パートナーなんていない方が良いに決まってるじゃん……恋人なんてロクなもんじゃないよ」
 キリッとした表情でそう断言するのは、近藤・美琴(鍵上の神子・e18027)。
「時間が経てば経つほど、関係は家族に近くなっていくし、前みたいにドキドキ、ときめくこともなくなる」
 何と言っても、美琴自身が現在絶賛恋愛中、かの恋する電流マシン事件以降も変わらず円満で、本人曰くラブラブな彼氏と幸せな日々を送っている。
「遠慮もなくなって、テキトーにぞんざいに扱われるようになるよ。あれしといて、これしといてって頼み事が増えて、そのうち家政婦と変わらなくなる」
 なればこそ、美琴の語る長く付き合った恋人同士の関係性や心持ちの変遷は、リアリティーがあって説得力抜群。
「そう言われると確かに……」
 信者達がうんうんと同調する。
「女性陣! 覚えはないの? 『仕方ないなあ』とか言って部屋片付けたり、ご飯作ってあげたり、宿題やってあげたり、都合良く扱われた覚えは無いの!?」
 美琴はますます勢いに乗り、強い調子で詰問する。
「ある!!!」
 すると、彼女に負けない力強い同意が女性信者達から返ってきた。
「男性陣! 毎日の献立考えるのがどんだけ大変か分かってんのか!! 少ないお金でやりくりする辛さが分かるか!! タバコ吸うな酒飲むな臭い!!」
「……」
 反対に、男性信者達はボソボソと聞こえづらい小声で文句を零しつつ目を逸らすしかできない。
「……この中に一回でも『別れたい』『離婚したい』と思ったことがある人がいるのなら、即刻立ち去れ」
 情けない男性信者を威圧すべく、ドスの利いた低い声で恫喝する美琴。
「結婚生活なんて妥協の連続だ修行と変わらん!」
 ラブラブな筈の彼女だが、何故だか魂の籠った咆哮には含蓄があり、信者達をガタガタと震え上がらせるのだった。
「結婚前に約束とか取り決めとかあるな? 信じるな、そんな物はすぐに捻じ伏せられる」
 そして、恐れ慄く彼らへ追い討ちをかけるのが、コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)。
「家事が分担? 三日で全ての家事を押し付けられるだろうよ」
 などと、2連続で男性信者の立場が危うくなる真理をぶちまける舌鋒は流石の一言につきる。
(「カップル……だと。ええい忌々しい!」)
 それだけ鋭い視点でカップルの闇へ切り込み、彼らの心を抉れるのも、コクマの胸の内が嫉妬の炎に焼け爛れ、血の涙を流しているからに他ならない。
「おい貴様ら……カップルならお互いの事は判っているのだろう?」
 地を這う低さの声で、信者カップルへ問いかけるコクマ。
「なら……其々の『悪い所』を徹底的に上げてみよ」
「なっ!?」
 互いに顔を見合わすも、絶句してしまうカップル達。
「い、いや、そんなわざわざ喧嘩の種になるよーな事言わんでも」
「なぁ?」
「ちょっと喧嘩になるような事言うつもりなの!?」
「アタシの何が悪いってのよ!」
 かと思えば、そこここでプチ喧嘩勃発という始末だ。
「カップルならそんなの問題なく受け止められるよなぁ? そして自分の欠点も全て上げてみよ」
 コクマが更に揺さぶりをかければ、今度こそ完全に黙り込んでしまう。
 その訳は、『自分しか知らない己の欠点』が、自ずと『隠し事』に繋がるからである。
 相手が知っている事ならまだしも、暴露する事で関係性が崩れかねない爆弾を抱えているならば、言いづらいのも道理だろう。
 性格の問題ならまだマシな方で、健康上の秘密や相手に隠れての借金なども、この手の隠し事ではよくある話だ。
「所詮他人よ! そしてカップルとは結婚とは人生の墓場である!」
 信者カップル達の動揺する様を眺めて、ケラケラと高笑いするコクマ。
「因みに……ワシの友人だが……結婚した後……何もしない妻の為に只管働き……子育てもしたというのに……」
 最後は、駄目押しとばかりにとある熟年離婚の顛末をつらつらと語った。
「子どもが自立した後……離婚調停で色々と攻め抜かれ……財産の大半を慰謝料として奪われたそうだ……」
「うわぁ……」
 信者達は盛大に声を上げて呆れたが、
「お前達はそんなことが絶対にないと言い切れるか?」
 コクマに問われるや、やはり不安に駆られてサッと顔色を失った。
「……暫く独りになりたいわ、別々に帰りましょう」
「解った、俺喫茶店寄るから」
 次第にそんな冷めた協定があちこちで結ばれていく。
 信者カップル達が教義を完全に捨て去って、パートナーと今すぐ距離を置きたくなった為だ。
「御衣櫃は男性陣を送っていけ。俺は女性陣を誘導する」
 草臥・衣(神棚・en0234)が、元信者の気持ちを汲んで、男女別々に避難を促す。
「貴様ぁ!! 独り身に果てよだとぉ!? その暴虐……絶対に許さぬ!」
「な、何だと……!」
 後は独り身果てよビルシャナを倒せば済むのだが、ここでもコクマが嫉妬魂の荒ぶるままに大喝。
「その教義こそが大罪であるわぁぁぁああ!!!」
 巨大化させたスルードゲルミルの一撃によって、ビルシャナの腹部をバッサリ斬り裂く。
「まったく、大幹部が跡を継げないのでは、私のこれまでの苦労はどうなるのですか! この理不尽、ビルシャナにぶつけさせて頂きます!」
 最後はこちらも怒りに燃えるアンドロメダがバスタービームで見事トドメを刺したのだった。
「……なんだろう……ワシ……何だかとても悲しい気持ちになったわ」
 コクマが遠い目をする傍ら、
「こんな調子だと、私ほんとにお一人様になっちゃう……」
 嫌な脂汗が止まらない様子のニルスは、ガックリと四つん這いに突っ伏した。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 10
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