ぬいぐるみのお医者さん

作者:遠藤にんし


「ぬいぐるみの修繕を生業とする者がいるようです」
 ミス・バタフライは告げる。
「その者の仕事内容を確認・可能ならば習得し、殺しなさい」
 命令を受けたのは二名の螺旋忍軍――血染め風の白いロリータ服の彼女たちは、ミス・バタフライの言葉に手元の螺旋手裏剣を輝かせ。
「承知いたしましたわ、ミス・バタフライ」
「必ずや、その者の技術と命を奪ってみせますわ」
 返答に、ミス・バタフライは満足げに笑み、付け加える。
「グラビティ・チェインは奪っても奪わなくても構いません」
 その言葉を最後に、ミス・バタフライと螺旋忍軍は散開した。


「螺旋忍軍……ミス・バタフライが動き出したようだ」
 ぬいぐるみの修繕職人を狙う事件は、決して大規模ではない――だが、と高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は続ける。
「この事件を阻止しなければ、何らかの不利な状況が発生する可能性が高い」
 やるべきことは二つ。
 職人の保護と、螺旋忍軍二体の撃破だ。

「職人を事前に避難させてしまうと、敵の狙いがそもそも別の者になり、被害を防げなくなる」
「Verlassen……修行、だよね……?」
「その通り。螺旋忍軍が来る三日くらい前から職人の下で修業して、見習い程度の技術を身に着けて欲しい」
 ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)の言葉にうなずきつつ、冴は続ける。
「工房そのものは街中にあるが、少し歩けば広場に出ることもできる。広場で戦うなら人払いはいらないはずだよ」
 ケルベロスたちが囮となることに成功すれば、螺旋忍軍の分断や先制攻撃など、有利に戦いを進めることができるだろう。
「ぬいぐるみを直すというのは、子供達の夢を守るような素敵な仕事だ。絶対に、螺旋忍軍の思い通りにさせてはいけないね」


参加者
ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
コスモス・ブラックレイン(レプリカントの鎧装騎兵・e04701)
エフイー・ロスト(もふもふを抱いて唄歌う機人・e16281)
ヤン・ユー(アンバー・e28706)
ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468)
天月・由佳(黎明のカロン・e37295)

■リプレイ


 ヘリオライダーの予知によって、ミス・バタフライから使命を与えられた螺旋忍軍の狙いは分かっている。
 ぬいぐるみ職人の技術と命――それらを死守すべく、ケルベロスたちは職人の元へと弟子入りを申し出た。
「創作は苦手でありますが……」
 言いつつ、コスモス・ブラックレイン(レプリカントの鎧装騎兵・e04701)は針に糸を通す。
 とはいえ、これは創作ではなく修繕。復元であるなら出来るだろう……思って、コスモスは作業を進める。
(「いくら私がぬいぐるみ師とはいえ……直すのは苦手なのよねぇ……」)
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は、目の前の抜け毛が激しいワンコのぬいぐるみを見て思案顔。
 修繕の腕に自信はないが、今回の仕事には仕事という以上の意義がある。植毛のための生地を、ぬいぐるみに当てながら確認していくことにした。
 ずらりと並ぶ生地に指を這わせるのはエフイー・ロスト(もふもふを抱いて唄歌う機人・e16281)も同じ。
 ふわふわ、もふもふ、ざらざら……色とりどりの生地とぬいぐるみの材質を照合するエフイーの表情は、心なしか緩んでいて。
「やっぱり人形を触っていると落ち着くわね……っと、手触りを楽しんでいる場合じゃないわね」
 気持ちを切り替えたエフイーの作業はとても丁寧。
 そんなエフイーの様子を見ていたミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)は、テディベアを見て首を傾げる。
「やっぱり最初は診断から……?」
 ケガした場所を見て、治療法を決める――それは、人間の怪我と同じこと。
 胸に抱いたチョコラータがケガをしても自分の手で直してあげたいからと、職人の話を聞くミケは真剣そのものだ。
 天月・由佳(黎明のカロン・e37295)も、腕に大切な恐竜のぬいぐるみを抱いている。
「この子達も大切な家族よ。早く、お家に帰れるといいの」
 両親の亡い由佳にとって、遺された恐竜のぬいぐるみは思い出であり家族。
 記憶が色あせたとしても、思い出の詰まったぬいぐるみは形として残る……優しく語りかける由佳の表情は、穏やかなものだった。
 職人の手元を眺めるヤン・ユー(アンバー・e28706)は非常に興味深そう。やり方に自分との差異があるのが面白く、シャーマンゴーストのカネットと共に見入っていた。
「君達はとても、幸せモノだな」
 言葉はぬいぐるみたちへ。
 傷付いても、職人へと預けてくれる持ち主がいて、職人は真心を込めて仕事をしていて――大切に扱うとはこういうことだ、と思いながら、ヤンもまた針を手にする。
 本職でもあるヤンの仕事ぶりを横目に、ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468)も自分なりの方法で作業を続ける。
 独学であるヨルは、職人から手ほどきを受けるのは初めてのこと。
 勉強になることがたくさんあって没頭するヨルを眺めて、ウイングキャットのケリドウェンは金の瞳をゆっくりと瞬かせた。
 シュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293)はその様子を眺め、息を吐く。
 ある者は苦戦しながら、ある者は順調に。
 ケルベロスたちの手元で、ぬいぐるみらは少しずつ、その傷を癒していった。


 ――三日間が過ぎ、いよいよ螺旋忍軍が現場へと姿を見せる日が訪れた。
「広場で今日、子供達向けの出張診察があるそうだ」
 現れた螺旋忍軍を出迎えたヤンは言い、外へ出るよう促す。
 もちろん、広場で出張診察というのは誘き出すための嘘。本当は広場では、ケルベロスたちが戦いの準備を整えて待ち構えている。
 しかし、それを螺旋忍軍らが知るすべはない。すっかり油断した螺旋忍軍を出迎えたのは、苛烈なる殴打だった。
「……良い夢見るかい? ……あぁ、今までに無いくらいいい夢さ」
 シュリアによる閃光の銀が螺旋忍軍の脳を揺らし、視界をホワイトアウトさせる――その隙に、コスモスは高速演算を完了していた。
 得物は30mmチェーンガン。斉射に螺旋忍軍の纏うロリータ衣装が黒く焦げ、しかし完全な塵にはならず惨めにぶら下がる。
 ミケは斬霊刀『Vivere perla』でもってその服の滓を切り捨て、その下から現れた白い肌にも刃を喰い込ませた。
 力強く打った三対の翼が煌めいたのは、淡雪のオウガ粒子が包んだから。
 粒子の煌めきの中をテレビウムのアップルは駆け抜け、手にした武器でもって螺旋忍軍を力いっぱい殴りつけた。
 凍てつく波動はエフイーによるものだったが、彼女の藍の瞳には職人を狙ったことへの怒りが秘められていた。
 どれだけ感情を揺らそうと、エフイーの狙いがぶれることはない……ヤンも怒りこそ持っていたが、それは言葉にして吐き出した。
「お前をパッチワークにしてやろうか。どんな職人にも直せねェくらいにな」
 吐き捨て、叩きこんだのは竜の一撃。カネットも纏う布をふわっと広げ、神霊の爪を喰い込ませた。
 ヨルは殺気によって一般人が入り込まないよう対処してからファミリアロッドを掲げ。
「痛くスルわよ、覚悟しなサい!」
 腹話術で喋ったのは、金色の髪が愛らしい人形『Morgan』。
 放たれた一撃の後にケリドウェンは梟の翼を打ち、柔らかな風で主の黒髪を撫でた。
 由佳がステップを踏めば紅蓮の薔薇が咲き誇る。燃え上がる炎に包まれてたたらを踏む螺旋忍軍へと、炎の向こうから由佳の声が届いた。
「技術を奪うなんて、ゆかが許さないのよ」


 エフイーが黒いタイツに包まれた脚を上げれば、同色のスカートが丸く広がる。
「行くわ。見てなさい」
 叩きつけられる蹴りと流星――まとわりつく星々を鬱陶しく思うかのように螺旋忍軍は頭を振り、螺旋手裏剣を投擲する。
 上空で分裂した手裏剣はばらばらと降り注ぐが、ヤンはエフイーの背後に回ると、ライトニングロッドでそれらを打ち払う。
「そっちは頼む」
「ええ、任せて」
 短い言葉のやり取り――ケルベロスたちを狙う螺旋手裏剣のほとんどを引き受けたために二人は傷を受けたが、カネットの祈りがヤンの傷を消し、コスモスはパンドラ・ボックス【試作】を構える。
「特殊弾頭装填。強化薬を散布します、意識が飛ばないよう注意してください」
 ダメージを受けた傷を持つ前列へと、発射。
 炸裂と共に広がる鎮痛効果を受けて、ヤンはオウガメタルを起こす。
 黒き輝きが影を落とし、先ほど手裏剣を投げた方の螺旋忍軍はくたりとその場に崩れ落ちる――その隙にと由佳は翼を広げ、オラトリオの力によって弾丸を放つ。
 キン、という透き通った音が、空中でその弾丸を断った。
 見れば弾丸を斬ったのははもう一人の螺旋忍軍が放った手裏剣。螺旋忍軍は幾層かになっているスカートのフリルの隙間に手を入れると、その中から新たな手裏剣を構えた。
「面白い、作り……! どこで、買ったの?」
 ロリータ服を着ている、という共通点から気になっていたことを問う由佳だったが、螺旋忍軍は小さく笑みを浮かべただけ。
「Oppure……自分で、作ってるのかな……」
 ミケはそんなことをつぶやいて、縛霊手を振り下ろす。
 縛霊手に秘められた薔薇は咲き誇り、叩きつけられてなお崩れることはない。硬質な音と共に地面がえぐれ、土埃が舞った。
 重厚なるミケの攻撃に続くシュリアは軽やか。螺旋忍軍は避けようとしたが間に合わず、赤の双眸に捕らえられ。
「さぁ、……骨の髄まで楽しもうぜ?」
 不敵な笑みと共にお見舞いしたのは蹴撃。ケリドウェンの風に追われるように地面を転がる螺旋忍軍へと、ヨルは告げる。
「幕、開きまして御座います」
 ――重層なる魔術が始まる。
 冥府を思わせる黒は螺旋忍軍に纏わりつき、離れることはない。
 暗闇から逃れようともがく螺旋忍軍……その動きが緩やかなものになったのは、淡雪によるダブルバスタービームがあったから。
 迸る光の後にも灯る輝きは、アップルの応援動画。
 瞬きと共に手足を揺らすアップルの姿に、淡雪は微笑をこぼすのだった。


「クララちゃん、ゆかたちと一緒に遊ぶの……!」
 由佳の声に喚ばれたクラーケンが、螺旋忍軍へと肉薄する。
 締め上げる動きはどこか飛び跳ねるようで楽しそう、しかし螺旋忍軍は手裏剣で半透明の身を引き裂き、猛然と由佳へと手裏剣を投げつける。
 もう一体の螺旋忍軍もまた、手裏剣の雨で対抗する――繰り出される攻撃にコスモスは弓を引き、癒しの祝福を与えた。
「長引いていますね……」
 分断作戦を取っていたケルベロスたちだったが、作戦は具体的には決まっておらず、内容が不完全だった。
 誰がどちらと交戦するかも決めておらず、戦力の分け方についても意見の混乱があったため、戦いを終始こちらのペースで進めることは出来なかった。
「ヨル、未ダいけるワよね?」
 腹話術で自問自答。ヨルは自身の余力を確かめて、小さくうなずく。
 ファミリアロッドが地を突けば、魔力を秘めたファミリアがくるくる回って螺旋忍軍に飛びかかる。
 ダメージに呻いた螺旋忍軍はファミリアを叩き落す直前に、ケリドウェンの風に乗って逃れた――戦いの最中であってもその動きは愛らしく、笑みと共に淡雪は両腕を広げた。
「気持ち良いマッサージをしてあげる! 大丈夫気持ちいいだけよ。今はね?」
 笑みは柔らかく婀娜っぽく。
 聖女の抱擁の名の通り優しく身体を包む霧のようなものを受け、傷を癒したミケは螺旋忍軍に飛びかかる。
「汝、月の戒律に背いた罪により此処に罰する事とする」
 言葉と共に視界を埋めたのは、黄金の鎖。
「其の罪を粛々と受け入れ、給え。この鎖は戒めである」
 美しく、温度すら感じられる鎖は螺旋忍軍へ――抱擁と呼ぶには苛烈な締め付けが、螺旋忍軍一体から全ての力を奪った。
 力なく崩れ落ちる螺旋忍軍の骸を飛び越え、もう一体の螺旋忍軍は手裏剣を手に迫る。
 だが。
「お前もボロ布にしてやるよ」
 出迎えたヤンは、その首筋に刃を添え。
 ――ひと息に断つはずだったが、微かに逸れた。それでも迸る鮮血は振り払い、地面を汚したそれらはカネットの炎が蒸発させた。
 エフイーは凍結の光を与え、螺旋忍軍の全身から体温を奪い去る。
 急速に体温を奪われた螺旋忍軍は倒れ伏し、力が入らないらしい四肢を踏ん張って最後の一撃を加えようと手裏剣を構える。
「遅ぇよ」
 だが、シュリアのピンヒールが手裏剣ごと生命を打ち砕く方が早かった。
 ――ぱん、と音を立てて割れる手裏剣。
 それが、戦いの終わりだった。

 戦いの後の一服の美味さを噛みしめつつ、シュリアは煙と共に言葉を吐く。
「悪くねぇ戦いだったな」
 無事に戦いは終わった……その安心感を抱くのは、エフイーも同じ。
 そんなエフイーの元に、淡雪はぬいぐるみを差し出す。
「依頼主は言えないけど……貴女宛てに合いの篭ったぬいぐるみよ。良ければ愛してあげてね」
 にっこりと、満面の笑みと共に贈られたモフモフのぬいぐるみ。
「え? 私に? ……そ、そう。ありがとう……大事にするわね? ……ふふっ」
 少々の困惑を微笑に変え、エフイーはそのぬいぐるみを抱き締めた。
 その様子にミケもチョコラータを抱き締め、そっとつぶやく。
「かわいいものの敵はミケさんの敵……」
「ゆかもそう思うの……!」
 由佳も力いっぱいうなずいて、今回の敵を無事に撃破できたことを喜ぶ。
「御勉強モ出来て、敵も倒セテ、良かッタわ!」
 ヨルもお人形に自身を代弁させ、瞼を閉じたままこくりと頷いた。
「ぬいぐるみってのは尊いものだからな」
「そういうものなのですね……」
 ヤンの言葉にコスモスは感心したように言ってから、仕上げのヒールを完了させる。
 広場はすっかり元通り、戦いの痕跡はちっとも残ってはいない。
 ――それはまるで、職人たちに直してもらったぬいぐるみのようでもあった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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