螺旋忍法帖防衛戦~怜悧なる魔手

作者:長谷部兼光

●解読・忍法帖
 先の戦いでケルベロス――シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)と嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)が手に入れた二巻きの螺旋忍法帖。
 早速これを紐解いて得られた情報は、螺旋忍軍の組織構造、その一端だとザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は語る。
「螺旋忍法帖は、螺旋帝の血族のみが創り出す事ができるもの。これに記された内容は、謂わば王命や勅令の類と考えて相違無い」
 螺旋忍法帖が記す『御下命』を果たした組織は主星『スパイラス』に招聘され、一族郎党全てに『勅忍』の栄誉が与えられる。
 これは螺旋忍軍にとって最高のステータスであり、最終目標でもあるらしい。
「ただし、忍法帖が複数あれど、『勅忍』になれるのは『御下命』を果たした一勢力のみ。だからこそ彼らは睨み合っていたのだろうな。自分たちが勅忍になる為に。或いは、他の勢力を勅忍にしないために」
 そして勅忍になる為の条件もまた一つきり。
 即ち『螺旋忍法帖を所持したものがその御下命を果たす』事。
 そして忍法帖を持たないものが御下命を果たしても、勅忍にはなれない。
 ……つまり。
「今回の一軒で、重要なのは忍法帖を拝領した事実ではなく、忍法帖を所持し、御下命を達成した実績である……と他の里、他の忍組織、そして忍軍に身を置く個人も勘づいた。勅忍の称号は彼らにとって垂涎の代物だ。攻めてくるぞ。一斉に」
 彼らは『螺旋忍法帖の探知』が可能で、どんな厳重に保管したとしても、通常の手段で螺旋忍法帖を守り切ることは不可能だろう。
 だが、これはケルベロスにとって好機でもある。
 守ることが出来ないのならばいっそ、忍法帖を求める彼らを誘き出し、一網打尽にしてしまえばいい。攻撃は最大の防御、と言う訳だ。
 ここで多くの螺旋忍軍を撃破すれば、彼らもケルベロスから忍法帖を奪おうとはしなくなるだろう。
 忍法帖防衛戦は、石川県の金沢城と北海道の五稜郭を拠点として行う。
「忍法帖は此方が得た二巻だけでは無い。此方から奪取するのが難しいと感じたら、より奪い易い勢力を狙うようになるだろうが、それは我々の知るところでは無いな。彼らが常日頃から繰り返している謀略と内部抗争に過ぎん」
 忍法帖に記された御下命は『螺旋帝の血族を捕縛せよ』と言ったもので、ともすれば『螺旋帝の血族』が他の『螺旋帝の血族』を拘束するために発行したものと言う事になる。
 ……この真相を探る為にも、忍法帖を奪い返されるわけには行かない。

●獣の仇敵
「お前達には金沢城――シヴィルが持つ忍法帖の防衛と忍軍の迎撃に当ってもらいたい。相対する敵は……ディアナディア・ディアブロスと名乗る女研究者になるだろう」
 言いながら、ザイフリート王子は彼女の資料をケルベロスに渡した。
 写真の中で微笑む彼女は見目麗しく、闘争からは縁遠い柔和な雰囲気を纏っている。
 が、本質は人為的にウェアライダーを作成しようと企む狂科学者で、その目的のためのサンプルとして犠牲になったウェアライダーは数知れないと言う。
 今回の彼女の行動も、忍法帖の奪取のみならず、ケルベロスに属するウェアライダーのサンプルを欲して、と言う可能性は高い。
「ただし、ケルベロスに対して生け捕る真似はしないだろう。彼女も権謀術策渦巻く螺旋忍軍で生きる者。対象に意識が残っていれば、逆転を許す状況に繋がりかねないのは熟知している」
 ディアナディアの戦闘傾向としては単体への攻撃よりも全体攻撃を好み、尚且つ繰り出す一手は狙い澄まされたものだ。回避には困難を極めるかもしれない。
 配下は三名。いずれもウェアライダーの遺体(パーツ)の一部を移植された下忍で、守勢に長けている。
 基本的には、ディアナディアの防衛と回復を主軸に立ち回る。
「万一、お前たちが敗北すれば、残った敵は本陣――シヴィルの元に向かってしまい、忍法帖を所持するチームに負担がかかってしまう」
 一チームの敗北だけならば、それでもなんとか支えきれるだろうが……複数チームが敗北すれば忍法帖を守り切れない事態に発展するかもしれない。
 また、彼女に勝利したとしても、配下の防衛網突破を許してしまった場合、その配下はすぐさま本陣に攻撃を仕掛けるだろう。
 可能な限り敵を漏らさず全撃破することが望ましい。
「楽にわかる謎など謎では無いと言う事か。息つく暇もないが、あともうひと踏んばりだ。正念場、と言うやつだな」


参加者
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)
ルルド・コルホル(揺曳・e20511)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
ローゼリア・ブラッド(狂った様に舞う蝶・e33931)
隠岐・陽一(無銘の医師・e35863)

■リプレイ

●瞳は語る
 配下三人を従えて、揺らめく陽炎の奥から悠然と現れた女――ディアナディアの相貌に、ルルド・コルホル(揺曳・e20511)は覚えが無い。
 見知らぬ女。見知らぬ敵。その筈だ。
 だが。そうであるならば、女を一瞥しただけで心が波立つこの感覚をどう説明すれば良いのだろう。
 ルルドの胸中を知ってか知らずか、女は微笑し、
「単なる通りすがりの科学者ですよ。貴方がたと交戦する意思は元よりありません。用があるのはこの道の先。ですから……」
 どうかここは穏便に、道を譲ってくれませんかと、そう嘯いた。
「白々しい。此方がお主の言葉に応じる道理など、元から無いと知っていよう」
 十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)は縛霊手から大量の紙兵を前衛へ散布しつつ言葉を続ける。
「平静を装えど、喜色に染まったお主の赤眼が雄弁に語っておる。良質なウェアライダー(サンプル)を手に入れる好機を逃すものか、とのぅ」
「おや。見透かされていましたか」
 自身の意図を看過されても、ディアナディアは柔和な態度を崩さない。
 配下の三人が構え、初夏の風が厳冬の如き冷気を孕む。
「オレらに勝てたら、知り合いのウェアライダーを紹介してやるよ」
 氷風の中、彼女を睨めつけルルドがそう言った。
「うふふ。素敵な提案です。貴方がたがその約束を素直に守る気があるのなら、ですが」
「……お前を見てっと、ざわざわすんだ」
 吹き荒ぶ嵐が前衛を襲い、凍気がその身を蝕むが、意に介さずとルルドは彼女へブラックスライムを解き放つ。
 嵐の中を疾走し、そして敵を捉えたブラックスライムは、円を描くように彼女を囲むと、無数の影狼に変じ、同時にルルドの相棒グラックは、地獄の瘴気を滲ませる。
「恨みはねぇが死んでくれや」
 影狼達は、あらゆる方角から一切の容赦なく……ディアナディアへ牙を突き立てた。

●独白
「要するに今回の件って、『チキチキ契約書争奪デスマッチ』ってことでしょ? 取ったもん勝ち内ゲバ上等の組織とか、ブラックどころか血で染まってるんですがそれは」
 二藤・樹(不動の仕事人・e03613)が二つの爆破スイッチを同時に押し込むと、敷設していた不可視の小型爆弾は次々と連鎖爆裂し、敵前衛は炎に包まれた。
「あら。より強く、より賢いものが生き残る。そんな弱肉強食の競争原理はお嫌いですか?」
「えぇぇ……そういう話じゃないよね。何にせよ限度ってものがあるよね?」
「いや。良いじゃないか。此処は敢えてそちらの理屈に乗ってやろう」
 樹が起こし、未だ収まらぬ爆炎へ、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)はさらにミサイルの雨を注ぎ込む。
「弱者は何も得られず食まれるだけの存在だというのなら、彼女たちにそうなってもらおう。絶対に、ここは抜かせない」
 爆炎と弾雨を凌いだ配下の一人が、ルーク・アルカード(白麗・e04248)に迫る。
 下忍がルークへ振り下ろした腕は、恐らく獅子型ウェアライダーの遺体(パーツ)。
 とても綺麗に丁寧に、慈しむ様に他者の肉体へとつなぎ合わされたそれは、紛うことなく狂気の産物だ。
 獅子の腕がルークに接触すると同時、『それ』は霞のように消え失せて、彼は獅子腕下忍の背後に現れる。
 獅子腕が接触したのは、彼の分身(ダミー)だった。
「悪いけど、俺たちウェアライダーはお前のサンプルになるつもりなんか欠片もない。くれてやれるのは、今までお前が犯してきた罪への報いだけだ!」
 背後から強撃を受けた獅子腕は大きく仰け反るが、すぐに体制を立て直し、返礼とばかりに『本体』を思い切り殴りぬこうとするも、寸前、伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)がカバーに入り、攻撃を引き受ける。
 一瞬の硬直。停滞。それを引き裂いたのは、ローゼリア・ブラッド(狂った様に舞う蝶・e33931)が創りだした光の戦輪だった。
「綺麗な顔してやってることはサイテーとは……はっ、とんだマッドサイエンティストだことでェ?」
 不敵に笑うローゼリアと穏和に佇むディアナディア。
 動と静。赤と白。
「研究ばっかの引きこもりサンはどのくらい動けんのかねェ!? アハハッ!!」
 対照的なその光景を、ローゼリアは自ら破る。
 戦輪が下忍達を刻み、血が沫く。
 その一部始終を見終えた科学者は、これでもフィールドワークは重視する方ですよ、と語り始める。
「例えばそうですね。かつて、何の力もないのに自分の家族をデウスエクスの魔手から守ろうとした獅子型のウェアライダーさんが居ました。結局何一つ守れずに死んでしまうのですが、あの奮戦には心を打たれましたね」
 ……獅子腕。
「息抜きに、お馬さんと持久走をした事もあります。いえ、隠れん坊でしたか。あの時はたっぷり四十八時間ほど楽しみました」
 直後、晶を蹴りあげた下忍の脚は、馬のものに相違なく。
「ある所に、美しい声で歌う狐が居ました。とても魅力的だったので、つい……」
 後衛に向けて咆哮を発した下忍の首を覆うのは、毛並み美しい狐の皮。
「人は見かけによらねーっていうけど、ホントだな……」
 狂科学者の独白を聞き終えた晶が呟く。
 彼女の非道を声にして糾弾したい気持ちも無くはないが、それで聞き分ける性分でもないだろう。
 事前の情報から、敵の性質が『こういうもの』であるのは想定内だ。
 晶にとって重要なのは此処を守備し、忍法帖を奪われないこと。即ち任務の遂行。
 此処を抜かれなければ外道の最期も見えてくる。問答は無用だ。
「コイツを……食らえーっ!」
 晶が精製したスカイブルーの結晶が科学者目掛け放物線を描き空を進む。その名をノーティー玉。
 それに込められたものは男の魂の残滓、内訳的にはおもちゃの蛙とカタツムリ、仔犬のシッポであり、接触した者を漏れなく怒らせる逸品だった。
「はは……綺麗な花には棘があるどころか、毒花って所かな? ……笑えないな……」
 ビハインド・アヤノが狐首の下忍に攻撃している最中、隠岐・陽一(無銘の医師・e35863)が零したのは、忌憚のない彼女への評価だ。
 彼女に生命倫理など無いのだろう。今の言葉も、ローゼリアの『研究ばっかの引きこもり』へ反論したに過ぎず、此方を揺さぶる意図は毛頭ないのだ。
 だからこそ、自己の欲求の為に、ウェアライダー達の命を消耗品のように扱う彼女に対して陽一は、内心で強い嫌悪感と怒りを覚える。はらわたが煮えくり返る、と言い換えても良い。
 が、表には出さない。努めて冷静でいる事を心掛ける。
「頼りにしてるゼ、センセー?」
 後衛に雷壁を構築している際に聞こえたローゼリアの何気ない一言も、陽一の心を落ち着かせてくれた。

●亡骸
 雨が降る。真白く硬い骨の雨だ。
 驟雨に全身を貫かれ、赤く染まる視界の端でルークは見る。
 武器として加工されているが、これらは間違いなく……。
「……まさか……『全部』……!?」
 これら全てがウェアライダーの亡骸ならば、この女一人の為に今までどれくらいの同胞が犠牲になったと言うのだろう。
「いいえ。そんな……これらはほんの『一部』ですよ。例え貴方がたが全員倒れ伏したとしても在庫は尽きません。その点はご心配なく」
 教主の如き神聖な雰囲気を纏いながら、吐き出す言葉は悪魔のそれだ。
「運動性、耐久力、攻撃力……うふふ。非常にいいですね。ケルベロスのウェアライダー達。とても優秀な人材です。ぜひとも……欲しい」
 悪魔の声音に、ルークは総毛立つ。
 サンプルとして見られた事もそうだが、この女、もしや自分の行動に一欠片の悪意も抱いていないのか?
 そう考えれば、矛盾なく対極的な性質を持ち合わせている事にも合点がいく。
「何とも、おぞましき雨じゃ……いや、これを雨と形容するのはいずれ罰が当たろう」
 うつほがそう断じると、悪魔は何故でしょう、と問うてきた。
「どのような形であれ後世に残り、そして彼等の事を想う存在が居るならば、それは良き事ではないでしょうか」
 私は、彼らの事を『すべて覚えていますよ』と悪魔は言う。
「違うな、お主のそれは、永劫の束縛じゃ」
 悪魔の論理を切って捨てたうつほは、骨雨に打たれた前衛へ、歌を奏で癒しを届ける。
 その曲は、『紅瞳覚醒』。立ち止まらず戦い続ける者達の歌だ。
「なんか勅忍云々は建前で、自分の研究のために来たって感じだけど、そこんとこどうなの?」
 うつほの奮起の歌を聞いたとて、樹のフラットなテンションは変わらない。
 概ねローのまま生半可なことでは上向かない彼の性質は、長所ともいえた。
「忍法帖を手に入れる事が最大の目的です。ただ……そのためには貴方達を倒さなければ先に進めないでしょう?」
「あぁ、そういう……」
 業務用爆破スイッチを腰溜めに構えた樹は、ちらりと晶の頭頂部……兎耳を見た。
「まて樹。お前今なんで俺を見た?」
「いや。二兎を追うもの、なんて諺があったなって」
 そして抜き打ちの動作と共に一瞬でスイッチを押し込むと、馬脚の下忍が爆ぜた。
 爆発の数は一六。樹は抜き打ち動作の一瞬で、爆破スイッチの一六連打をやってのけたのだ。
「研究のための仕事なのか、仕事ついでに研究なのか、世知辛いんだか節操無いんだか……」
 狙いはディアナディアだったが、回避されなければそれで構わない。庇った馬脚の体力も、最早それほどない筈だ。にもかかわらず、馬脚はディアナディアへの回復を優先する。
「おらぁ!」
 間髪入れず、晶が馬脚の下忍を神速の蹴撃で貫くと、『下忍』部分が消滅し、馬の遺体だけが残された。
「ほら、本物のウェアライダーの強さはこんなもんじゃねーぞ!」
 晶の雄叫びに釣られたか、残り二人の下忍もケルベロスへと疾駆する。
 しかし、狐首の下忍が突如として動きを止める。
 ジゼルが付与し続けた麻痺が、この場面で効果を発揮したのだろう。
 世の果ての霧笛が城郭に響く。
 それは警告の音。何よりも深い孤独の調べ。だが、今、遺体たちに必要なのはきっとそれなのだ。
「もうこれ以上、無理に動かされる必要もない。今は孤独に微睡んで、ゆっくりとお休み……」
 霧笛が下忍の体を浚い、狐首は音も無く地に落ちた。
 そんな霧笛を受けながら、獅子腕の下忍はまだ動く。
 それはこちらも同じこと、と、ルークがよろめき立ち上がり、獅子腕に相対する。
 白く麗しい毛並みは全て朱に染まり、或いは一部の攻撃は骨や神経に達していたのかもしれぬ。
 それでもなお立っていられたのは、ディフェンダーの厚い護りと、メディックの的確なヒールがあったからこそだ。
 そして、体が動くなら、やるべきことはたったの一つ。
 侵略者の楔から解放され、ただ穏やかに生きていたにも関わらず犠牲になったウェアライダーたちの、無念を晴らす。
 獅子腕がディアナディアへ回復を施すのとほぼ同時、ルークは悲鳴を上げる体に鞭打って、二本のナイフを縦横無尽に振るえば、下忍は微塵に解体され、跡も形も消え失せた。残された左右の獅子腕は何も語らない。
 語ることがあるとすれば、それは、本来の持ち主に関わる事のみだろう。

●消失
 配下の三人を失い、ケルべロスに包囲され、逃げ場を無くしても、ディアナディアは冷静沈着そのもので、もしかすると彼女は自身の命と今の状況すら、貴重なサンプルとしてしか捉えていないのかもしれない。
「どうしたんだマッドサイエンティスト。この程度なら君の研究も狂信も、大したモノでは無いな」
 ジゼルが狂科学者を挑発すると、
「そういう事だ。ご自慢の研究成果があんなザマなら、研究の進捗もお察しだな!」
 晶も首肯し言葉を続けた。
 それを聞いた狂科学者は、いいえ。これは素晴らしい事ですよ、と言ってのける。
「全ての解は膨大な試行錯誤の果てにあります。彼等が撃破されたという事実もまた、貴重な資料の一つでしょう。さて、遺体(パーツ)に不備があったのか、下忍(ベース)に不備があったのか……あれでもケルベロス数人分の性能はありましたが」
「アハハッ!! 答えなんか一つきりだろォ?」
 バスターライフルの銃口を彼女に向け、ローゼリアは彼女の悪を盛大に笑った。
「どうしようもない悪党のアンタは、ここで死ぬしかないんだよォ!」
 大砲口に光が満ち満ち、そして撃ち放たれた光弾がディアナディアに直撃すると、光球は彼女の力を抑え込もうと作用した。
 刹那。陽一は光弾の余波に照らされたルルドの顔を診る。
 陽一は、彼が感情的になったり、一人で命を危険に晒す無茶をしようとした場合は咎めるつもりでいたが……落ち着いたものだ、と思う。
 だがその冷静さはきっと、彼女に関する記憶が欠落しているが故だろう。
 幽かに因縁を感じれど、何があったのかまでは思い出せぬ。
 彼女はルルドから正当な怒りまで奪い去ってしまったのか。
 それでも……たとえかつての記憶が忘我の彼方にあるとしても、因縁を断ち切るのはルルド本人の役目だ。
 故に、陽一は腐れ縁のルルドに助力する。
 陽一が投射した殺神ウイルスがディアナディアに命中し、しかし彼女は怯まず心を穿つ螺旋の弾丸をローゼリアに差し向け――。

「お仲間に、助けられましたね」
 ディアナディアの言葉は、庇われたローゼリアに投げかけた言葉では無い。
 堪えきれず、螺旋弾を受けたルルドは吐血する。
 武器封じが彼女の力を弱め、ブレイクが偽りの月の光を――彼女のエンチャントを引き剝がした。
 それが無ければ此処で倒れていたかもしれない。
 不意に、彼女が満身創痍のルルドに近付き、何事かを耳打つ。
 ルルドがそれに対し、
「……そうかよ」
 と一言だけ呟いた、その刹那。
 ルルドの背後から飛び出してきた相棒・グラックと視線が一瞬交差する。
 二人の間に言葉はいらない。
 グラックは、ルルドの半身は、その瞳に万感の想いを湛え、剣一閃、一息にルルドの手が届かぬ位置まで駆け抜ける。
「ルルド! 上手くやれよォ?」
 そうして残ったルルドはローゼリアのエールを受けて、グラックの描いた軌跡を辿り……。
 指天の一突きは、彼女の命を終わらせた。

「とても、とても素敵ですよ。ルルド・コルホル。貴方はその力と絆で、これからどれだけのデウスエクスを葬るのでしょう。興味は尽きませんが……ふふ。時間切れです」
 終に態度を一切崩さず、ディアナディア・ディアブロスは消滅する。
 ……失った記憶は戻らず、失われた命もまた戻らない。
 だが、これ以上の犠牲は食い止めることが出来たのだ。
 後に残されたのは彼女が羽織っていた紫色の外套と、ウェアライダーの骸のみ。
 うつほは赤色の信号弾を上げる。自班も含め、おそらく防衛網を突破した敵はそう多くない筈だ。
 他班の援護に回る余力はないが、ディアナディアの犠牲になった彼らを悼む時間はあるだろう。

 六月の風が、一つの宿縁を拭い去るように……柔らかく吹き抜けた。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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