朝のラベンダー

作者:文相重邑

●ラベンダー
 風に吹かれているラベンダー畑を、朝の光が照らしている。光と風に揺れている紫の花々を見つめて、若い女性は溜息をついた。
「きれいだなぁ……」
 しばらく目を細めてその光景に見惚れた後、女性はラベンダー畑に併設されている土産物店へと向かった。風が後を追い、髪を揺らす。届いてきた花の香りに、女性は微笑みを浮かべた。
「よし! 今日も一日、頑張ろう!」
 思っていたよりも響いて聞こえた自分の大声に赤面しながら、バッグの中から鍵を探そうと、立ち止まった時だった。足元に、亀裂が走った。
 土を柔らかに砕きながら、ラベンダーの花が顔を出す。妖しく濡れた花が次々と、その亀裂から這い出すようにして咲き乱れ、言葉を失ったままの女性を捕らえて、飲み込んでいった。

●ヘリオン内部
 ケルベロス達に資料を配り終えると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は全員に向かって一礼してから、説明を始めた。
「ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)さんが予測されていた通り、攻性植物がラベンダー畑に出現しました」
 セリカが資料に視線を落とす。
「攻性植物はラベンダー畑にて若い女性を取り込み、そのまま、都市部へと通じる直線道路を現在、移動中です。予測邂逅地点はこの道路上、周辺には建物もなく、道路も警察に封鎖して頂いているので、一般の方々を戦闘に巻き込む心配はありません」
 現場に降下してすぐに、戦闘になると考えてください、とセリカが言葉を付け加えた。
「討伐対象となる攻性植物は一体のみで、配下はいません。取り込まれた女性は攻性植物と一体化しており、攻性植物を倒すと同時に死亡してしまいます。ですが、攻性植物にヒールをかけながら攻撃を仕掛け、倒すことで、女性を助け出すことができます」
 グラビティによる攻撃で相手に与えるダメージは、ヒールで回復可能なダメージと、回復不可能なダメージに分かれる。この回復不可能なダメージを蓄積させることで倒す、という方法だ。
「攻性植物は防御に特化した能力を持ち、身体の一部をハエトリグサのように変化させる捕食形態、戦場を侵食し敵勢を飲み込む埋葬形態、破壊光線を放つ光花形態の三つの形態を使い分け、攻撃を仕掛けてきます」
 セリカがケルベロス達を見渡した。
「被害女性は、ラベンダー畑に併設されている土産物店の、従業員の方だそうです。毎朝、一番にやって来て、開店の準備をされていると関係者の方々より伺っています」
 セリカが言葉を継ぐ。
「攻性植物の討伐が最優先ではありますが、できればどうか、女性を救って差し上げてください。お願いします」
 そう言うと、ケルベロス達一人ひとりの目を見て頭を下げ、セリカは説明を終えた。


参加者
バンシー・ファーニバル(心毀宵葬曲・e01609)
日向・向日葵(向日葵のオラトリオ・e01744)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)
プロデュー・マス(禊萩・e13730)
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)
ヴァトー・ラシェーブル(蒼山羊のおんじ・e37669)

■リプレイ

●朝の空
 真っ青な空が、何処までも続いている。その空を満たす光は朝の色を残したまま、攻性植物を待ち受けるケルベロス達を優しく照らしていた。
「ラベンダー……花言葉は、繊細、清潔、などですね」
 真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)が、風に乗って届いたラベンダーの香りにふと、言葉を口にする。
「ラベンダーの花言葉か。そんな意味があるんだな」
 隣りに立っていた八崎・伶(放浪酒人・e06365)が、感心した様子でその言葉に応じ、ボクスドラゴンの焔と共に、ゆっくりと近づいてくる攻性植物に視線を向けた。
「ラベンダーの香りって、なんだか、落ち着く香りですよね」
 同じように、攻性植物への警戒を怠らないまま、ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)が会話に参加する。短い言葉のやり取りの間に、攻性植物の姿がいよいよ、大きくなってきていた。主人を見上げていたウイングキャットのリルが、翼を使いゆっくりと浮かぶ。
「そろそろ、交戦距離ってやつかな?」
 自身に同じ名前を持つ攻性植物に触れながら、ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)が、ゆっくりと前衛に向かい、歩き出した。それをきっかけにして、残るケルベロス達も陣形を整え、戦闘態勢を取っていく。
「……ダッチェス」
 深い藍色のドレスのそばに、隠れるように控えていた黒猫が、バンシー・ファーニバル(心毀宵葬曲・e01609)の呼びかけに応じて、ファミリアロッドへと姿を変え、主人の手の中に収まった。
「杖をつき、自然を愛でるだけのただのジジイでしたが……人助けのため、ケルベロスとして……頑張りましょう、ブラン」
 ひとり言のように、ヴァトー・ラシェーブル(蒼山羊のおんじ・e37669)がシャーマンズゴーストのブランに話しかけた時、良く通る明るい声がその後に続いた。
「取り込まれちゃった人はまだ助かるみたいだから、急いで刈っちゃいましょうか」
 日向・向日葵(向日葵のオラトリオ・e01744)が、左右の手にリボルバー銃を構え、頷く。攻性植物は、ケルベロス達の目前にまで迫っていた。砕かれたアスファルトの匂いが華やかだったラベンダーの香りを隠す。
「彼女を、解放してもらおうか!」
 黒味を帯びた赤――蘇芳色の攻性植物が鮮やかな色を見せて、プロデュー・マス(禊萩・e13730)の腕を飾った。戦場と化した直線道路にケルベロス達が散り、仲間同士、互いに距離を測り、視線を交わしながら、攻性植物を取り囲んだ。

●連携
 攻性植物の真正面に入り込んだ伶が、携える二振りの槍のうちの一方を使い、鋭い突きを放った。被害者が封じられているであろう、身体の中心より位置をずらし、根元近くへと深く突き立った槍から稲妻が伝わる。
「さすがに、女性を殴るの気が引けるからな……焔! ヴァトーだ!」
 焔が後衛のヴァトーに向かい、破魔の力を送る。
「頼りにしてるぜ!」
「ご配慮を……治癒は我らにお任せを!」
 笑みを浮かべたヴァトーが、会釈を返す。
「前に立つ者には、前に立つ者の役割を!」
 伶が退いた場所に真横から飛び込んできたプロデューが、その勢いを殺すことなく、蹴りによる重い一撃を放った。
「助けるからな、必ず。まだ、貴女の未来には先がある!」
 捕らわれている女性に声をかけ、背後から迫っていたミスルに、プロデューが道を開けた。ぎりぎりの交差にも、二人は駆ける速さを緩めたりはしない。
「戦う以上は、倒すよ」
 蔓が伸び、攻性植物を絡め取っていく。ミスルの緑色の瞳が、自身の攻性植物の動きを冷静に見つめ、そしてふと、視線を外した。
「ミスルさん!」
 黒い光がミスルの後ろから伸びてくる。蔓を回収し身体を流れるように反らすと、その光が、ミスルの目の前で攻性植物を焼いた。オウガメタルから力を引き出した梔子と攻性植物を、黒光が束の間、つなぐ。
 光が途絶えた時、攻性植物の身体が震えた。浅く砕けた道路の中に自らの体躯を沈めたその瞬間、前衛に立つ者達を狙い、地面が砕け、青い花が群れながら咲き誇った。花がケルベロス達にまとわりつき、取り込もうと蠢く。
「させません!」
 小柄な身体で手にした剣を大きく振り上げ、ルペッタが攻性植物を斬りつけた。刃で切り払われた花々が散り、花びらは見る間に色を失う。
「本物のラベンダーは、こんな、こんなことはしません! 絶対、私達が助けてみせますから、それまで、どうか……リルちゃん!」
 後衛から、リルが送った清めの力を持つ風が吹く。ルペッタを始めとした前衛のケルベロス達を癒すも、癒し切れていない。
「ラベンダーは、好きよ。でも、あなたは、とても醜くて……嫌いだわ。お願い、ダッチェス」
 ファミリアロッドの黒猫の意匠が、ペッパー・ミルに形を変えた。藍色のドレスが衣擦れの音を立て、杖を振るうバンシーの動きに合わせて裾の形を崩す。振り撒かれた胡椒が攻性植物を取り巻き、麻痺の霊力を幾重にも重ねていく。
「うぉーーーい! お土産屋さん大丈夫ですかー?!」
 向日葵が、後方から戦場を見渡し、声を上げた。味方の動きも考慮した、見晴らしの良い位置に、向日葵は立っていた。
「前の方々!」
 ヴァトーの声が前衛に届くと同時に、雨が降り始めた。薬液の雨が、身体に残っていた傷を癒し、催眠の呪力を解いていく。主人の意を汲み、ブランはただ瞑目した。
「お?」
 一番、深い傷を受けていたミスルをブランの祈りが癒す。
「うん」
 ミスルが後衛を振り返り、そして再び、前を見つめた。

●終焉
 後衛に下がり、先ほどまで味方の回復役に入っていたミスルが、肩で息をしている。視線の先には、攻撃の手が一瞬止まった、攻性植物がいた。
「もう少し、もう少しの辛抱ですからっ!」
 ルペッタの言葉は、被害者の女性だけでなく、仲間達にも向けられていた。戦いの長期化が、ケルベロス達を、互いに声を掛け合い、自身の役割を切り替えるという、集中力が必要な状況に追い込んでいた。
 マインドリングから生み出した光の刃を操り、ルペッタが攻性植物に一撃を加える。リルは早い段階から回復役に徹し、味方を癒し続けていた。翼を打ち、風を吹かせて主人公を含めた前衛のケルベロス達を癒していく。味方を守るために立ち回った防御役のケルベロスとサーヴァント達は、満身創痍だった。
「どうか……無事に――」
 魔力を伸ばし、攻性植物に刻まれた裂傷をバンシーが縫合する。敵の回復を留めて良い状況でも、まだなかった。向日葵とバンシーが視線を交わし、互いに頷く。
「ぎりっぎり、だね……これ使うと、眠くなるしお腹空くし貧血で頭ふらふらする、ん、だ、け、ど!」
 全身の武装を展開し、攻性植物に向かって立て続けの攻撃を放つ。アームドフォートの砲身が火を噴き、両手のリボルバー銃が同時に銃弾を撃ち出し、さらには向日葵の翼から光が放たれた。しかし、その攻撃は攻性植物を傷つけることなく、逆に癒していく。
「一番、深い傷を受けた方には、これを」
 バンシーが使ったものと同じグラビティをヴァトーが使い、伶を癒す。ブランが静かな祈りをさらに伶へと重ねた。
「ありがとよ。……そろそろ、仕上げだ。全員、気を拭くなよ」
 伶が、長い間合いを一息に踏み込んだ。右と左の手それぞれに握られた槍を攻性植物に向かい真っ直ぐに構える。
「いい加減、その人を解放してやれ!」
 左の槍が蔓の根元を突き崩し、右の槍は手の中から滑るように伸びて攻性植物の頭部を貫く。さらに踏み込んで突き立ったままの双方の槍を押し込み、飛びのきざまに左右からの一撃を加え、伶はその場から離れ、ほぼ同時に焔が、名に恥じぬ猛火を攻性植物に浴びせた。
「花蘇芳――行くぞ!」
 プロデューの攻性植物が、黄金の果実を実らせ、その霊力を滴らせた。炎が吹き上がり、拳を覆う。
「イグニションエヴォルト!!」
 瞬きほどの間で攻性植物に接敵したプロデューが、握りしめた火焔の拳を攻性植物に突き立てるようにして、撃ち込んだ。
「そろそろ、いい加減にしろ」
 ミスルの口調が変わる。ミスルの攻性植物から種が次々と放たれ、相対する攻性植物の身体に潜り込む。
「奥の手」
 その種が、爆ぜた。
「不幸は、ここで止めましょう……」
 梔子の背から、鋭い鉤爪を持つ蜘蛛の足に似た何かが、不意に広がった。一つひとつの鉤爪が攻性植物に向かって振り下ろされ、薙ぎ払われ、蔓を払い、花びらを散らせていく。
 梔子の攻撃が、最後の一手となった。元の姿を取り戻した梔子の前で、攻性植物が形を崩していく。
「……お帰りなさい」
 安堵の笑みを浮かべ、バンシーが息をつくようにそう言った。
 攻性植物の身体が砂となって風に払われ、そのあとには、捕らわれていた女性の姿が残されていた。

●道の先
 プロデューが地面に描いた守護星座が光った。幾度か差しかけられた癒しの力を受け、バンシーと梔子に支えられていた女性が、ようやく目を覚ました。
「あの……」
 言葉が途切れた女性に伶が状況を説明すると、「そうですか……」と言葉少なに頷いた後、女性は俯いたまま、黙り込んだ。ルペッタが、身体を起こそうとした女性をそっと支える。何も言わず、女性は真っ直ぐに続く道の先を見つめた。
「もし、」
 バンシーが言葉を選びながら、静かに語り掛けるその声に、女性が微かに顔を上げた。
「お嫌いに、なってしまっていなければ。ラベンダー畑、いつか、行かせてくださいましね」
 黒猫を抱きかかえたバンシーの、柔らかな微笑みにつられたのか、女性が少しだけ、笑った。
「お腹減ったなぁ……そうだ! お土産屋さんに、食べ物ってないの? ソフトクリームとかあると、嬉しいなぁ……」
 明るい声で向日葵が話しかけると、また少し、女性が笑った。
「ありますよ。ラベンダーの……ソフトクリーム」
「ほんと! やったー! あ、ポプリとか?」
「大丈夫。置いてます」
 女性が、笑みを浮かべて頷く。
「ラベンダー畑……素敵なんでしょうね。今度ゆっくり、私も行ってみたいです」
 ルペッタが女性を見上げながら、話に加わる。あのさ、と伶が言った。
「これから、大変だろ? ここで迎えが来るの待っててもしょうがないし、俺たちが行けるところまで送ろう。必要なら、いろいろ手伝うぞ?」
 伶の隣りに、梔子が並ぶ。
「私も、ご一緒させて頂いても、よろしいですか?」
 砕けたアスファルトを修復していたプロデューが、そうだな、と続けた。
「私も行こう。人数は多い方がいいだろう……どうした?」
 笑っていた女性が再び、俯いた。程なくして、溜息のような泣き声が聞こえてきた。
「どうしたら、いいんでしょう……せっかく、皆さんみたいに、楽しみに、してくださっている方が、他にもたくさん……きっと……」
 道の先には、破壊され尽くしたアスファルトが見える。ラベンダー畑が無事なのかどうかは、全員が立つ場所からは見えない。
「少し、よろしいですかな?」
 俯いたまま、女性が頷く。
「ラベンダーの種が欲しいのですが……お店には?」
「……はい」
「ジジイのひとり言だと思って、お聞きください。山奥の小屋で、こいつと、」
 ヴァトーはそう言うと、ブランに視線を向けた。
「一緒に住んでおります。私は、花が好きでしてね。ラベンダーの種が手に入ったら、家で育てよう、と、今日、思っておりました」
 女性は、黙ってヴァトーの言葉を聞いている。
「種を蒔き、大切に育てれば、花は、また、咲きましょう……そんなことを、私は思っております」
「行こう」
 ミスルが、女性の背中を押した。ルペッタが、女性の手を引く。リルが、女性の背中から清い風を吹かせ、歩き出した伶とプロデューに、焔が続いた。
「ご一緒させて頂いても?」
「……はい」
 梔子の言葉に、頷きではなく、言葉を女性が返す。ヴァトーとブランが歩き始め、バンシーが女性の傍らに付き添う。
「ほら」
 ミスルがまた、背中を押した。踏み出した一歩に勢いがつき、女性はケルベロス達に囲まれながら、ラベンダー畑へと向かった。その顔は、笑っている。

作者:文相重邑 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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