螺旋忍法帖防衛戦～最上の鬼刀

■リプレイ

●夢の跡
「五稜郭……確か、最後の侍達が散った場所だったかな」
　梟のグリムを天へ放ち、ネフィリム・メーアヒェン（機械人間は伝奇梟の夢を見るか・e14343）が林檎色の瞳を輝かせた。
　一体どの様な物語が紡がれるのだろうねぇ、誰にでも無く呟く彼の声音は喜色が滲む。
「忍法帖を巡り、屍を積み上げ相争う忍者達……うん、私の好きな小説のようだよ」
　物語的なシチュエーションであることは間違いない――小柳・瑠奈（暴龍・e31095）は泰然と立ちながら、脳裡に浮かんだそれにくすりと笑う。蠱惑的な印象を他者に与えるその笑みの奥には、連想した物語の結末ではなく、討ってみせるという決意が潜んでいる。
　陣取った位置から四方を見渡しながら最上・白寿（素直になれない・e01779）は武装を整え、そうねえと曖昧に頷く。
「螺旋忍軍の忍法帖ねぇ。特に興味はないんだけど面倒臭い相手を叩くにはいい機会よね」
「怪盗からお宝を守るみたいで、探偵ロビィとしては燃えるシチュエーションだね」
　髪に咲く姫百合を揺らし、姫百合・ロビネッタ（自給自足型トラブルメーカー・e01974）は無邪気に笑う。
「警察の厳重な警備を掻い潜って盗んだお宝を探偵が追うのがお約束だけど、今日は最初から探偵がいるんだからっ」
　ぐっと拳を握ったロビネッタを見、火のついていない煙草を咥えたハンナ・カレン（トランスポーター・e16754）が面白そうに目を細めた。
　予め聴いている螺旋忍軍の情報から、これを防衛するというのは容易い仕事ではない――運び屋としての視点から、彼女は口の端を上げた。
「なかなか骨が折れそうだが……その方が面白いじゃあないか」
　物怖じせぬ彼女の言葉に、鏡月・空（藻塩の如く・e04902）が静かに視線を上げた。
「もうそろそろかなぁ？　遠くからでも目立ちそうだよねぇ」
　ウイングキャットを伴い、日咲・由（ベネノモルタル・e00156）がふらりふらりと千鳥足で歩きつつ、敵影を探す。
　最上・幻斎の姿形は聴いている限りでは確かにかなり目立つ――何より周囲は拓けており、如何なる姿であっても見逃す事はないだろう。
「剣技比べに心惹かれますが……いえ」
　確実に任務を達成すべき、佩いた剣の柄を見下ろしつつ、刑部・鶴来（狐月・e04656）は名残を捨てる。
　されどもし対峙する機会あれば、相手の秘剣破ってくれよう――金の瞳の奥を輝かせ、静かに佇み、その時を待っていた。
　――不意に、ケルベロス達は跳ねるように応戦の形に展開する。
　草木を踏み分ける音も立てず、それらは真っ直ぐに突っ込んできた。既に抜刀しており、白刃が三つ光っている。
　中心を駆ける金色の螺旋忍軍のみ鞘に納めた大太刀を手に、あちらも何かしらの指示を配下に飛ばしたようだ。
　開戦まで後数十歩――蜂蜜色の髪を揺らし、ネフィリムは期待に満ちた瞳で仲間と敵、両者を見つめ、
「さあ、それでは始めようか！」
　両手を広げ、開幕を謳い――続き朗々と魔導書を詠み、布石を打つ。
　堂に入った手付きでくるくると如意棒を回し、ハンナは不敵に笑った。
「さぁ……行ってみようか」

●交戦
「はあい、ちょいとお姉さんと遊んでかなーい？」
　艶を含む声音で、由が縛霊手で手招く。酔ったようにこくりと小首を傾げながら、その双眸は妖しく細め。
「ちょーっとだけだから、ね？」
　縛霊手を前に突き出せば、向かってくる螺旋忍軍への挨拶代わり、巨大光弾が視界を白く染めた。
「最上幻斎！　同じ最上の姓を持つものとしてこの最上白寿が相手をするわ！　いざ！」
　ヒールドローンを展開しつつ二刀を抜き払い、構えた白寿は、由と幻斎の前に立ち塞がる。
　対する幻斎は僅かに目を細めると、ほう、と呟き、鯉口を切る。だが、まだ抜刀はせず間合いを計って脚を止めた。
　彼の背後と一定の距離をもって追随していた螺旋忍軍の三者も、それぞれにケルベロス達の前に陣する。
「一人だって通さないよ」
　陽気な声音でロビネッタは宣言し、銃を向ける。放たれたのは時空凍結弾――さっと前に出た忍軍の姿が凍り付き砕けるが、それは幻。
　だが、このまま逃すまいと、大地を炎が舐める。
　如意棒をくるりと軽やかにひとつ回し、空が突き出した龍節棍の顎から放たれた炎だ。
「最上……日本好き……つまりなんちゃって侍なのかな」
　ぽつりと零した彼の挑発に、幻斎は眉宇を顰めた――だが、それだけだ。
　炎の中へと踏み込み、鶴来が薙いだハンマーはドラゴニック・パワーを噴出して、更に加速する。狙いは前に立つ螺旋忍軍――咄嗟に刃で受け止め、衝撃を殺す。その動きは確かにそれなりの腕であることを窺わせる。
「ガラ空きだ、ぜ！」
　ハンナが嗤い、如意棒を繰る。勢いよく伸び上がったそれは、忍軍の脇を強か撃ち、バランスを崩したところへ、両のバスターライフルを束ねた瑠奈が放った高出力の魔力が、戦場を横断する。
　またしても砕かれたのは、分身――応じるように、氷結の螺旋が礫と返ってくる。
　それを由が縛霊手で受け止める。指先を凍えさせた呪いは、ウイングキャットの羽ばたきが吹き飛ばし、彼女は目配せで相棒を労う。
　ヒュン、と。
　風切り音に続いて、黄金の剣閃が煌めく――咄嗟に返したのは、鶴来。
　片手で振るったとは思えぬ凄まじい剣風が鶴来の裾をあっさり断つ。ハンマーの柄をつっかえに軸をずらし――したりとばかり、彼は白い貌で微笑む。
「こんな場ではあるが、刀の使い方では負けませんよ？」
　戦場に引き留めるための挑発を投げた。
「それはそれは――楽しむ暇がないのが惜しいですね」
　赤い瞳を細めた幻斎の言葉はどこまでが本音か、片手を軽く振るえば、二人の間合いはふたつほど空く。
　そこへ、高い落雷の音が戦場に鳴り響く。
「荒れ狂え、乱れ咲け雷の華！　幻想と共に死を届けろ！　雷華夢想・狂い咲き！」
　白寿が剣を振るえば、幻想的な雷の華が咲き乱れる。
　螺旋忍軍全てを穿つ眩く弾ける雷光の中、一筋の稲光が重なり、幻斎の脚元を強く焦がした。
「日本大好きなのはお姉さんも一緒～こっちの方が愛は上。んふふっ！」
　雷纏う杖を振るい、由は艶然と笑む。
　黒い外套を引っ張り身を守ったらしい幻斎は、ゆっくりと彼女達を見た。
「あんたの相手は私達……そう言ったでしょう？」
「そうでしたね。『お二人』……そうでした」
　含みのある声音で確認するように呟き、幻斎は構え直したのだった。

●最上の鬼刀
　解き放たれた白寿の二刀が、空間を断つ――それをかいくぐり、幻斎は駆けた。
　由が振るった杖より迸った雷撃は、彼の外套を焦がしたが、止まらぬ。
　二人と一匹の間を仰々しい金の剣風が吹き荒れる。されど、放った剣戟は、みっつ。一撃目で白寿を袈裟斬りに、由を逆胴、ウイングキャットを唐竹割りに斬り伏せた。
　彼女達が血を流し、崩れ落ちたのは、小さな鍔鳴りの後――大太刀を水平に納刀した幻斎が僅かに振り返る。
「胴が繋がっているのは流石ですが……まだやりますか？」
「く……当然！」
　肩の傷を押さえようともせず白寿は食い下がる。殆ど立ち上がることも出来ぬ由は、力を振り絞って桃色の霧を放ち、せめてもの援護を彼女に送る――ウイングキャットは由を案じるように羽ばたきひとつ残し、既に消えていた。
　二人の状況へは瑠奈やネフィリムも注意を割いていたが、彼らにもそれぞれ牽制対象がおり、完璧な支援は及ばない。
　攻撃対象が幻斎に集中していない状態での牽制がただ二人となれば――更にその二人さえ幻斎に集中して仕掛けぬのならば尚更、その壁は脆かった。
　このままでは逃げられる――咄嗟に白寿は、声を張り上げた。
「……文化財を重んじる貴方が五稜郭という北海道の文化財を荒らしてまで手に入れるべき物なのかしら？　その螺旋忍法帖とやらは」
「笑止――既に戦場としておきながら、今更でしょう」
　仮にその愚問に真摯に答えるとして、被害が広がらぬよう早々に決着をつけるが正解でしょう――幻斎のいらえは冷淡であった。
　二の句がない事を確かめつつ、彼女が剣を引く様子が無いとみるや、彼は軽く頭を振って、再び抜刀した。
　鋒を天に、高々と掲げる。
　添えるように柄の下方を押さえた、日輪を背負うような威圧ある大上段の構え。
　その圧に、これが秘剣か――思った瞬間に、白寿は吹き飛ばされていた。
　見えぬ一刀。気付けば幻斎の姿勢は剣を振り下ろしており、彼女は地にねじ伏せられている。自身から流れる血が燃えるように熱い――それが、彼女にとってこの戦場における最後の記憶となった。
「まぁだ、お姉さんは戦えるよう？」
　意識を失った彼女に代わり、更に力を振るおうと立ち上がったのは、由。
　立ち上がる事も儘ならぬ傷を抱え、震える腕で杖に雷を溜めようとする彼女を、ネフィリムが制する。
「退きたまえ――お嬢さん方の物語はここで終わりではないだろう？」
　どこか演技掛かった物言いであったが、二人を案じているのは真実だった。
　勝負は喫したと言わんばかり、幻斎は塵を払うように手首を返し、流れるように納刀すると、本陣へと地を蹴った。
「逃がすか！」
　その背後から押さえ込もうと仕掛けたハンナの如意棒を跳ね上げるは、配下の螺旋忍軍。邪魔だと罵倒し、力任せに武器を投げ捨てることでバランスを崩した相手へ、振り下ろした彼女の拳は、螺旋の仮面ごと頭部を叩き潰した。
「待て――」
　沈みゆくそれを足蹴に、ハンマーを捨て斬霊刀を抜き仕掛けた鶴来の間に割って入る、氷結の螺旋。
「幻斎様は忍法帖の元へお急ぎください！」
「ここは我らの命に替えて」
　もう一人の螺旋忍軍も術をかけ直しながら、先に進むよう促す。
「それでこそ最上の忍び……見事、死に候え！」
　背を向けたまま、覚悟を決めた部下を讃え――幻斎は疾風の如く駆け抜けていったのだった。

●矜持
　されど、ケルベロス達に失意に沈む暇はない。これ以上、この陣を突破させるわけにはいかぬからだ。
　幸い、眼前の螺旋忍軍は命を賭して足止めとなると決めているが――その心がいつ変わるか、わからぬ。
「五稜郭の防衛を任されたんだから！　絶対守るんだもんっ」
　決意を再び、ロビネッタが声をあげた。
　意図をもった形を描く連射で、弾幕を張る――弾痕で彼女のイニシャルを記そうとしていることに誰が気付くだろうか――散らばる弾丸は、充分に螺旋忍軍を翻弄した。
　逃れる場所のないそれを白刃で弾くしかない。足が止まった相手へ、集中を高めた空が力を解放したことで突如爆発した地点を狙い、瑠奈がバスターライフルより光線を発射する。
「これ以上は逃さない」
　彼女の視線は冷え冷えと戦場を見据える。
　手足を狐のように獣化した鶴来が一気に距離を詰め、拳を振るう。獣の爪が斬り裂いた相手が分身であれど、如意棒を手放したハンナが入れ替わりに待ち構える。
「悪いな……あたしは素手の方が強い」
　顔面狙いのフックの破壊力は、先の一人で証明済みだ――咄嗟に差し出した腕がぐにゃりと歪む。
　手応えから骨は砕いたと確信するが、相手の動きは痛みで鈍らないらしい。
　一歩退いたのは助走と、下方から繰り出された反撃の螺旋掌が、彼女の腹を撃つ。入りが甘くなったのは、後方より伸びるケルベロスチェインが原因であろう――ネフィリムがにこりと、笑顔を送る。
「やらいでかーっ」
　反動を巧く殺しながら、ロビネッタが銃弾をいくつも撃ち込む。一見、無軌道に放たれたそれは地面で跳ね返り、あらぬ方向から螺旋忍軍を襲う。
　無数の弾丸に貫かれ、それは血を吐き臥した。
　残るは一人、まっすぐ構えた剣先がゆっくり上がっていくのを見、鶴来はおもしろい、と雷の霊力を纏う刃で応じた。
　月孤を描く刃に敢えて脚を差し出すように踏み込み、鋭い突きを放つ。鶴来の衣に僅かな血が滲む――されど、彼の斬霊刀は螺旋忍軍の肩を貫いた――狙いが首から逸れたのは、相手の技倆か。
　朗々とした古代語の詠唱が響く。呪いの光線は相手の脚を捕らえる。
「さあ、終幕と行こうか！」
　ケルベロス達の背を押すように、魔導書を手にネフィリムが腕を広げた。
「Hasta la vista!!」
　鋭く発した一声と共に、瑠奈のバスターライフルが強烈な魔力を発射する。不自由な足を引き摺って、螺旋忍軍は逃れようとするが、巨大なそれにあっさりと呑み込まれる。
　相手を焼き尽くすような奔流の中、飛び込むは空。
　凶月刃・白銀――上から凶の字を刻み込むように仕掛け、通りすがりの一閃は銀の月のように。
　刀身に揺らめく蒼い紋様を返し、血霞を払い、淡々と告げた。
「……お終い、です」

　三つ残された骸を見下ろし、髪を掻き上げつつ、ハンナが苦々しい表情で煙草を咥える――火をつけないのは、そんな気分ではないからだろう。
　信号弾で突破されたことは伝えている――だが、此処から本陣の状況を窺うことはできぬ。
「無事だと良いのですが……」
「駆けつけたいところだけれど――祈るしか無い、か」
　金眼を細め本陣を見やる鶴来へ、瑠奈は小さく頭を振ってみせた。
　戦闘が始まって、既にかなりの時間が経過している。本陣も既にいくらかの勝敗が決している頃だろう。
　倒れた二人を心配そうにロビネッタが見つめる――何より、これほどの傷を負った者を残して行くことはできない。
　敗北でこそないが諸手をあげて喜ぶことのできぬ、苦い空気がそこにはあった。
　そんな仲間達の姿を少し離れた場所で見つつ、ああ、それでも――ネフィリムはふと思ってしまう。
　この失意から、彼らは次にどんな物語を紡ぐのであろうか、と。
　此処は新しい時代が始まった場所なのだから――彼は声にせず諳んじ、瞳を閉じた。

作者：黒塚婁	重傷：日咲・由（ベネノモルタル・e00156） 最上・白寿（素直になれない・e01779）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月21日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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