螺旋忍法帖防衛戦~観測者の繰り糸

作者:秋月諒

●螺旋忍法帖の秘密
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は一つ息を吸うと、集まったケルベロスたちを見た。
「まずは先の一戦、螺旋忍軍の拠点に攻め込むという大任を無事に果たしてくださりありがとうございました。多くの情報を得ることができました」
 解析も一通り済んだ所です、とレイリは言った。
「情報の他にも、シヴィル・カジャス様と、嶋田・麻代様が、『螺旋忍法帖』の所持者となりました」
 『螺旋忍法帖』は螺旋忍者にとって重要な意味を持つものだ。
 螺旋忍法帖には『螺旋帝の血族を捕縛せよ』という御下命が記されていたようだ。
「この『螺旋忍法帖』があれば、螺旋忍軍の核心に迫る事ができるでしょう。勿論、良いことばかりとは言えませんが。やっぱり、とっても重要なものなので日本中の忍軍の刺客が動き出しています」
 目的は、ケルベロスが奪った螺旋忍法帖を手に入れること。
 不思議はない。
 その上、螺旋忍法帖を創れるのは螺旋帝の血族だけとされている。
「あとひとつ、螺旋忍軍は、螺旋忍法帖の場所を探し当てる事ができるようです。正直、永遠に守り続けるのは困難を極めると言えるでしょう」
 ですから、とレイリはケルベロスたちを見た。
「この機、利用してみようかと思いまして」
 敵が狙うものは分かっている。簡単に諦められないものだ。それはつまり、螺旋忍法帖を囮に敵を引き寄せ、撃破することもできるということだ。
「守り続けることが困難である。それを理解していればーー上手く使うこともできますので」
 攻撃に出るのだ。
 危機を、チャンスに変えるため。
 螺旋忍法帖を囮とし、多くの螺旋忍軍を撃破すれば、二度とケルベロスから螺旋忍法帖を奪おうとはしないだろう。
「防衛戦は、石川県の金沢城と北海道の五稜郭を拠点として行う事となります。
 皆様は、この防衛拠点に向かい、敵を迎撃、螺旋忍法帖を守り抜いていただきます」

●微笑む観察者
「皆様には五稜郭の防衛に回り、担当螺旋忍軍の迎撃を行っていただきます」
 現れるのは樒・シジマ率いる暗殺部隊だ。
 配下は4体ほど。
「数はいますが、能力で言えば樒・シジマより皆格下となります。ただし、樒・シジマは狡猾で、知略に長けています」
 暗躍を得意とし、普段は小物を唆し嗾け自分は高みの見物とする暗殺者だ。
 自ら手を下すなら殲滅させる主義だが、めんどくさがりで一方的に出来ないなら姿も見せることはない。
「こと今回に至っては仕事、ということでしょう。それでも配下を前に、自分は後方に控えています」
 武器は小太刀。立ち回りは素早く、部下は樒・シジマの命令に従い動く。武器は同じく縛霊手や螺旋手裏剣を扱うが詳しい配分は不明だ。
「敗北した場合、残った敵は本陣へと向かうことでしょう」
 それは螺旋忍法帖を守るチームが狙われることを意味する。
「敗北が1チームだけならば、なんとか支えきれるでしょうがーー複数のチームが敗北した場合、螺旋忍法帖を守り切れないかもしれません」
 勝利したとしても、配下の一部に突破されてしまった場合、突破した配下は本陣に攻撃を仕掛けてしまう。
「できるだけ突破させずに全て撃破できるようにお願い致します」
 無茶は承知の上だ。
 だが、とレイリは真っ直ぐにケルベロス達を見た。
「皆様ならばできると、そう信じています」
 それでいて、どうか無事に戻ってきてください。
 そう言って、レイリは顔をあげた。
「螺旋忍法帖、必ず守りきりましょう」
 これは、謎に包まれていた螺旋忍軍の謎に迫る事ができるチャンスでもある。
「では参りましょう。皆様、幸運を」


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)
フィーニス・ニヒル(無に抗う終止線・e27118)

■リプレイ

●五稜郭防衛
 空を揺らす風が吹いた。ひゅう、と晴れ渡った空に雲が散る。
「さて」
 どれほど晴れ渡った空の下にあっても鳥の声は無くーーだが静寂とも違う。凡そ奇襲には不向きな場所だろう、とフィーニス・ニヒル(無に抗う終止線・e27118)は思った。
「戦いやすいって場所じゃぁあるが、か」
 ひとつ作った言葉に、イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)は頷いた。
「見つけやすく見つけられやすい、だね」
 こちらにとっても、勿論敵にとっても。
 葡萄酒の瞳を一度伏せ、すぅ、と息を吸ったイブは戦場となる空間を見据えた。
「さて、相手も狡智に長けた螺旋忍軍。どう出て来ますかね?」
 ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)が視線を巡らす。イブとスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)、アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)に照明弾を手渡すと、田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)は小さく息をついた。確認したが、携帯は通じないようだ。
(「今も残る私の袈裟懸けの正面からの刀傷。これを受けた日ーー郷が血と火の海に沈んだ夜を忘れたことはない」)
 吹く風の中、赤い涙型の耳飾りが小さく揺れていた。
 靡く髪をそのままに、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)はゆっくりと口を開いた。
「小さな頃故郷が滅んだって話はしたわよね。その元凶がシジマなの」
 叔父が抱えて逃げてくれなければ私はあそこで死んでたわ。
 少し息を吸って霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)を見る。彼には全て話すつもりだった。
「病床の母が血溜りの中にいた事、庇った父が貫かれる瞬間」
 雷雨の夜、悲鳴、愉しそうなシジマの顔。
「全部覚えてる」
「大丈夫だ。もう何も、奪わせやしないさ」
 奏多はそう言って、金の強気な瞳を見る。告げた言葉は決意と同じだった。
「風が」
 変わった、と呟いたアラタの耳に足音が届く。数は複数。その相対に、先に口を開いたのは相手の男であった。
「まぁ、こんな場所じゃぁ見つかるよね」
 それは狐面をつけた和装の忍者だった。ぴん、とたった狐の耳にゆるり、尾を揺らす姿は優男のそれでだというのに浮かべられた笑みはひどく軽薄だった。男が視線を向ければその周りに影が増えた。
(「配下ですか。4体。……ならば、あの狐の男は」)
 敵の人数を確認したザフィリアが視線を上げれば、静かに告げる声がした。
「姿を見せたわねシジマ」
 アリシスフェイルだ。
 その言葉に、和装の忍者ーー樒・シジマはぱち、と瞬き、笑う。
「へぇ、知り合いかな?」
 小さく首を傾げて見せれば、肩口までの髪が揺れる。嗤うような声と共に、キラ、とシジマの耳元で何かが光った。
「ーー」
 それは、涙型の赤いイヤリング。
 アリシスフェイルがつけていると同じもの。
 目が合えば、シジマは薄く嗤いーーケルベロス達を眺め見て、言った。
「なら、全部片付けようか」
 口の端をあげ、薄く笑って。

●樒・シジマ
「来ます……!」
 警戒を告げる常の視界で、配下の一体が腕を振り上げる。瞬間、空を染めたのは紙兵だった。縛霊手による守護が、先に前に出た忍たちへと紡がれる。
「突破も殲滅も、させない!」
 前へ、飛ぶように来た忍達に、スバルもまた踏み込む。重なってゆくのは同じ盾役の二人、奏多とアリシスフェイルだ。
「その耳飾りはお父さまのものよ。返して貰うわ」
「そう言われると、返したくなくなるなぁ」
 戦利品なのだから、と嗤うシジマの一撃がアリシスフェイルを襲った。
「ーーっ」
 一撃に、だが、く、と顔を上げた彼女を視界に、スバルは前を、敵を見る。シジマは後衛、守るように軸線に踏み込んで来たのはあちらの壁役ということか。
(「なら、回復手は中衛だよな?」)
 使った術を見ても、その 可能性が高い。
「なら……!」
 振り上げる腕と共に、じゃらりと猟犬の鎖が唸る。は、と顔を上げた配下の忍が身を捩る。ーーだが、スバルの一撃の方が早い。
「逃げるな!」
「!」
 一撃に、配下の忍が踏鞴を踏む。キュイン、とスバル達の周囲に聖なる光が満ちた。アラタの掲げた黄金の果実の癒しの光だ。
「打ち崩す」
 短な声と同時に、敵の螺旋手裏剣が雨のように降り注いだ。狙いは前衛か。二体の忍が放った鋼の雨にーーだが、イブは動く。命中力を高めれば、重ねてアリシスフェイルの守護が前衛へと届いた。
 これは戦い抜く為の準備。
 血だけが地面に落ちれば、奏多の紡ぐ火が回復手の忍を焼いた。
「ーー!」
「へぇ、そう来るか」
 息をついたシジマが落とすなよ、と短く告げる。応じる声はない。だが螺旋手裏剣を構える数名が動きを変えて来る。
(「庇いますか」)
 ならば、とザフィリアは疾走する。踏み込みで前へ、伸ばす腕は槍を構えーー回す。舞うように、切っ先で空を切り裂き忍の間合いへとーー行く。
「は」
 ザン、と手の中、返る感触と共に笑いが耳に届いた。浅い、と続けて聞こえる。言葉は返さなかった。甘い一撃。だが、狙いは威力ではない。敵の行動の阻害。
「あなた方を本陣へ行かせるわけにはいきません」
「でもまぁ、そっちの都合は関係ないんだよねぇ」
 実際、とシジマが後方で嗤う。
「そうかよ」
 息を吐く、フィーニスのスマホがキィン、と音を上げた。一直線に向かうその音にーーだが、壁役の忍が割って入る。ここで来るか、と思いながらーーだが、確信する。確実に『あの一人』が回復手だ。
(「で、残りが壁役、か」)
 分厚い、というよりはシジマに辿り着くまでの壁のようだ。最も振り回され続ける気はない。それに、シジマはアリシスの仇だという。
(「仇か……殺してやりてぇ奴が居る気持ちは、分かるぜ。気のすむまで好きなだけやりゃいいさ、誰のためでもなく自分の為に、な」)
 軽薄な態度を隠さぬ暗殺者を正面に捉える。
 相手も常と同じ狐面だ。少し興味はある。だがそれだけだ。
「仲間意識などご免被るのです」
 あっかんべー。
 お面かぶっているから見えないけれど、でもあっちと自分は違う。息を吸うと、常は光球をジャグリングしながらアリシスフェイルにぶつけた。

●剣戟に彩
 剣戟と炎と共に戦いは加速する。
 跳ねる敵の螺旋に刃をぶつけ、飛ぶ火花の中を一気に踏み込む。落ちた血さえ飛び越えて、ケルベロス達は加速する戦場にその身を投じていく。回復手かと、常を狙った一撃に奏多が踏み込めばよく動くとシジマの声が響いた。
「楽しく、愉しく、熟れた柘榴みたいに弾けよう――ほら、空が鳴っている!」
 アラタの紡いだ鮮血色の薬液が、雨となって戦場に降り注ぐ。
 届けるは癒し、齎すは戦いへの力。
 イブの一撃に配下の壁役が倒れれば、は、と荒く息を吐く敵の回復手がフィーニスの目に見えた。あれはそう、長くは無い。
 戦いの流れは、まだシジマ達にあった。配下の攻撃は未だしもシジマの攻撃力が高い。壁役が揃っていたのが幸いだろう。その分、彼らの傷は大きかった。
(「で、一番の狙いはアリシス達か」)
 アリシスフェイルと、奏多だ。
 最も奏多からすれば狙われるのは想定内だった。
 あの時、アリスの話を聞いて決めたのだ。
 その身も、心も必ず守ろうと。
 柄にもなく、自分が彼女の大切な人だと見せつけるのは、その為。
 分かりやすく見せつける。引っかかった相手に、来るだろうと思っていたと奏多をも庇うようにスバルが飛び込んだ。
「氷よ、踊れ!」
「!」
 中空に呼ぶは氷の刃。多数の刃は、空を凍てつかせ踏み込む敵をも凍気に沈める。一帯を切り裂き沈めるその刃に瀕死の回復手を庇う為の足はーー届かない。
「ぐ、ぁ……ッ」
「ーーッチ」
 配下の回復役が崩れ落ちれば、牽制のように螺旋手裏剣が降り注いだ。向かうは前衛とーー中衛だ。配下は残り二体。うち一体の怪我は大きい。
 ーーその、時だった。
 アリシスフェイルが一人前にーーシジマへと向かって、踏み込んだのだ。

●終焉舞台の相対者
「待て、まだ早い! このままじゃジリ貧だぞ!」
「逃がせないわ、漸く見つけた一族のカタキなんだもの!」
 無力なあの頃の私とは違うもの。
 たん、と踏み込み行けば、不機嫌に戦況を眺めていた暗殺者の表情がーー変わる。
「カタキか!」
 飛び込んだアリシスフェイルの二刀を、小太刀ひとつで受け止めながらシジマは己の間合いへと踏み込んで来た獲物を見る。
「さっきまで心底詰まらなかったけど、今はーー面白い」
「っ」
 返す、刃から毒の螺旋を眼前の娘へと放つ。にぃ、とシジマはアリシスフェイルの目を覗き込むようにして嗤った。
「俺の間合いにようこそ。獲物ちゃん。もう少し、遊んであげるよ」
 その声を合図とするように、残った配下2体の攻撃がケルベロス達を襲った。降り注ぐ鋼の雨が、前衛から中衛へと突き刺されば踏み込む筈の足が傾いだ。
「アリス!」
「不味い、乱れてるぞ! 立て直せ」
 奏多とアラタの声が響く。幾ら配下の方が御し易いとはいえ、狙いのぶれた状態では連携も乱される。
「あーもう、何やってるんだよー!」
 飛び込んで来た配下の忍を相手取りながらスバルが息を吐く。
「くっ! このままではジリ貧ですね……他の戦線も旗色は悪い感じがします」
 火花が散り、一撃にーー押し負ける。一撃がザフィリアの腕を赤く染めた。
「――強い……僕たち、負けちゃうの……?」
 は、とイブが息を吐く。指先が赤く血に濡れていた。戸惑いを隠しきれずに、だがそれでもなんとか戦線を維持しようと常が回復を紡ぐ。
「馬鹿野郎、お前ら少しは落ち着けってんだ……!」
 舌を打ちながらも、フィーニスは真っ直ぐに戦況を見据えていた。
 そう真っ直ぐに。
 これは、策だ。
 シジマをこの戦場から逃がさぬ為の策。その性格を利用した、覚悟の策。
 流す血も痛みも。理解した上でケルベロス達は選んだ。
「シジマ!」
 アリシスフェイルの声が響く。
 その身に一撃を受けながら、だが彼女は追い縋る。刃を向ける。
 傷は、まだ大丈夫な筈だ、とアラタは思う。
 アラタも、アラタだけ残った。
(「演技は嘘だけでは見破られるだろう。でもアリシスの感情は本物だ。アリシスを大切に想う霧島。仲間として信じ、アリシスを慮るこの心は本物だ」)
 だから狡猾な狐の前でも、アラタは恐れないで嘘をつく。
 嘘と本当が混じってしまえば、嘘を本当の気持ちが焼き尽くしてしまえば。お前の暗い眼なんて恐ろしくないんだから。
「折角だし死んだ人と同じようにしてあげようか?」
「……ッ」
 アリシスフェイルは知っている。シジマという男を。その性質を。
 演技だが、あの言葉は本音でもあった。
(「無力なあの頃の私とは違うの。復讐を願われも望まれもしていなくても、許せないもの」)
「私は貴方を倒すわ」
「は、いいね。面白い。けどこんな間合いじゃぁ倒されるのは……」
 君だよ、と続く筈だった言葉に、鋼の割れる音が重なった。
「ーーな」
「シジマ、様……ッ」
 割れたのは配下の武器。崩れ落ちた男を視界に、暗殺者はひゅ、と息を飲んだ。
「まさか!」
 乱れていた筈の連携。
 突出した筈の一人。
 容易いと思った獲物はだが未だ自分の前に立っていて倒れたのはーー己の配下。乱れていた連携は、あの崩れ方はーー。
「嵌められたか……!」
「三味線を弾く、という言葉をご存知ですか? まぁ、そういう事ですよ。悪く思わないで下さい」
 ザフィリアが静かに告げる。真っ直ぐに両足で立ったままーー告げるは召喚の言の葉。
「志半ばで斃れし想念よ、残影となりて今一度その力を此処に示せ」
「ーーッチ」
 残る配下の一体が、たん、と後方に飛ぶ。シジマと合流するつもりか。だがそこにいたのはスバルだ。
「捕まえたぜ!」
 軸線に踏み込めば、届くのはザフィリアの力。
「今、我と共に!」
 死した戦乙女と共に青き乙女は舞う。突き刺さる槍に、舌を打ったのはシジマだった。
「このまま、やられるなど……!」
 身を後ろへと飛ばしたシジマが小太刀を構える。逃げはできまい。せめて立て直すつもりか。
「いやいや、そいつはーーダメだろう」
 フィーニスの炎がシジマの足に絡む。
「殺られる覚悟も持たねえで人殺してたなんて流石に言わねぇよなぁ? ……引導渡してやれ、アリシス」
「勝手に引導など……!」
 シジマの声に、最後の配下が顔をあげる。合流させないよう、張り付いていた奏多を振り払うように地をーー蹴る。
「張り付くだけでことが足りると……!」
 高い跳躍。飛ぶように、前にーーシジマの方へと影は行く。
「——ぁ?」
 筈だった。
 踏み込んだ足が、一撃に飛びゆく筈の体が転がるように地に落ちる。息を飲んだのは落ちた忍びかそれともシジマか。
「――行け」
 止めを、と奏多はアリスに言った。血濡れの腕で、銀の弾丸を放ち、敵を撃ち抜いた青年はアリシスフェイルの背を、押す。
(「そしてどうか、過去からの解放を」)
 願うように、その背を見る。
「ッチ、どいつもこいつも役立たずが……!」
「逃がさない!」
 アラタのミサイルが、シジマを撃ち抜く。庇うように前に出した腕を、するりと避けてイブはシジマの唇に触れた。
「僕の毒でその軽薄な笑顔、歪めて見せて」
 それは毒の口付け。
 体内に持つ毒を写すーー白薔薇の毒。
「——ッが、ぁ」
 一撃に、体に回っていく毒にシジマが踏鞴を踏む。嘲笑う男の顔は焦りに代わりに、やがて、静かに響く詠唱に気がつく。
「銀から銅に至り、絶望の淵にて膝を折れ。煙鎖すは零れる涙、焔鎖すは毀れた未来、永劫無窮の業火に灼かれよ――」
 手を、高く掲げる。瞳はまっすぐにシジマを見ていた。あの日、アリシスフェイルの故郷を滅ぼしたものを。
「堕天の星」
 指先へと向かい淡い紫と緑の光の茨が絡まっていく。腕を裂き、溢れた血飛沫は赤い霧となりーーやがて、燃え盛る火球となった。
 目が、あった。キラリ、赤いイヤリングがアリスの耳で光る。瞬間、シジマが目を瞠った。
「くそ、こんな……ッ」
 小さく息を飲む音。悪態はーーだが光に、炎に包み込まれる。
「くっぁああアアッッ」
 かの炎には魂を蝕むような苛烈な感情が伝わることもあるという。
 衝撃に、狐面が割れる。握る刃さえ滑り落ちたのを最後に暗殺者は膝を折りーー炎の中に、消えた。
 静寂が、戦いの終わりを告げる。風だけがまだ、少しだけ熱を帯びていた。
「終わりましたか。流石に、ギリギリの戦いでしたね」
 ザフィリアは視線をあげた。傷は皆多いがーーだが重傷者はなく、倒れたものもいない。
 完全勝利、だ。
 一体を突破させることもなく、シジマをも撃退したのだ。
「……」
 終わった、と声は出なかった。ただほっとした。アリシスフェイルの頬を涙が伝う。一筋、頬を伝い、熱を僅かに残す地面に落ちる。
 思い出したかのように、風が吹いた。
 勝ち取った勝利を、駆け抜けたケルベロス達を労わるように。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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