螺旋忍法帖防衛戦～火華散らせ、金沢城！

■リプレイ

●金沢血戦
　日本屈指の名城・金沢城。ケルベロスたちが螺旋忍法帖の防衛拠点としてここを選んだのには様々な理由があるが、ひとつにはこの開けた地形であると言えるだろう。敵側の奇襲はまず成功すまい。
「本陣めがけて、か。一体どれくらいの数が来てるんでしょうね……」
　周囲全体を包む戦いの空気にも、努めて冷静を保つ鳴神・命（気弱な特服娘・e07144）が低く呟いた。本陣も守りは固めているが、極力敵をそちらに向かわせない為に気は抜けない、と。
「それにしてもまさか、ここまで忍軍大戦に食い込めるとはな」
　富士野・白亜（白猫遊戯・e18883）が戦場の緊張感に耳をぴんと立てつつそう言い、ひょいと御影・有理（書院管理人・e14635）の方へ顔を向けた。
「つまりここでは、忍猫を名乗っていいわけだろう？」
「忍犬には負けない、ということか。白猫はどうやら爪が疼く様子だな」
　有理がからかう調子で笑うと、傍らの鉄・冬真（薄氷・e23499）も口元を緩めた。白亜は真顔で頷いている。それにしても、と有理が続けた。
「元々、螺旋忍軍は謎の多い勢力だが今はイグニスも関係してるようだし、いっそう不穏だな」
「うふふ、ちょっとだけワクワクいたします。けれども……誰も行かせはしませんの」
　決戦・合戦の気配の高揚感に輝島・華（夢見花・e11960）が、おっとりした口調のまま、そう言った。このところ続いた激戦で培った気力が少女を不敵にさせるのか、華に怯む気配は微塵もない。それは恐らく、此度の敵がグレッグ・ロックハート（泡沫夢幻・e23784）の因縁の敵だという事も、少なからず関係しているのだろう。華だけではなく、皆、グレッグ自身の手で決着をつけさせてやりたい、という気持ちがある。
　そのグレッグは、遠くの空を見ていた。表情からは、何を思うのかまでは伺い知れない。ただ、張り詰めた糸のような緊張感を漂わせている。
「悪くない空気だ。血のにおいがする」
　御神・白陽（死ヲ語ル無垢ノ月・e00327）が遠くを見たままそう言うのを耳にし、グレッグは一瞬だけ空色の瞳をそちらに向け、またすぐ視線を空へ戻した。情報によれば、突破をかけてくる敵は、華南と配下を含めて４人。白陽がその華南に付き、その道を阻む手筈になっているのだが。
「……」
　出来うることなら、己だけで決着をつけたい。それが、許されない我侭であることくらいはグレッグは十分に承知していた。ひとりだけで勝てるはずもない。敗北すれば本陣にまで攻め込まれて、皆に迷惑をかけることになってしまう。ぎゅっと拳を握るグレッグの背を、芹沢・鷹斗（刹那主義・e28190）の掌がぼんと叩いた。
「グーレちゃん、固い固い」
　思いつめた表情がはたと我に返る。
「いつもと雰囲気違いすぎだろ、力抜けって、ホラ」
「別に、そんなことは」
「あるだろ、ほらいつものイケメン仏頂面に戻れよ」
　普段なら、鷹斗の軽口には救われる、が、今日はどうしても鷹斗の顔が真っ直ぐに見られない。と言うより、見せたくない、と思ったのかも知れない。
　そこへ。
『みぃーつけた、ケルベロスちゃんたちぃ』
　白亜がその声に、不快げに猫耳を寝かせる。
　全く忍ぶ様子を見せずに赤紫の髪を靡かせ、敵はケルベロスたちの目の前に真っ向から現れた。己の姿を見せ付けるが如くゆったりと歩く様は、まるで忍びらしくない。遠目には一見、女性的な優雅さすら漂わせるが、金色の目には爛々と、その本性たる狂気が映し出されていた。『華南』である。
「冬真」
　名を呼ぶ有理の声の奥に、ほんの少しの不安を冬真が見て取った。
「わかってるよ、気をつける」
　一言だけ、優しく恋人に呼びかける声で答えてから、冬真は敵へ向き直る。
「ここは突破させるわけにはいかない」
　命が少しだけ引いた位置から命が敵の様子を観察し、短く伝えた。
「全員、華南を守る陣立てみたいですね」
「想定内だな。さあリム、踏ん張ってくれよ」
　と、冬真が有理のボクスドラゴン・リムに声をかけた。
　どうやら手下の三人は、完全に華南を守る盾役として連れて来られたようだった。そして華南自身は守りのことなど何も考えず、愛用のナイフで殺しを楽しもうという気配が一見して伝わってきた。ここに白陽、リム、冬真、鷹斗がマンツーマンでついて足止めし、回復役は華。命が足止めと回復の双方を援護し、グレッグと白亜が高火力で押し込み有理が狙い撃つという布陣で挑む。
『あら素敵……ゆっくり、遊んであげるわね』
　ペロリと舌を動かして己の唇を湿らせる華南は、本来の目的であるはずの忍法帖奪取などまるで興味がないとばかりケルベロスたちをねめつけた。
「いけ好かねえ奴だなあ。妙に胸ン中がざわつくぜ」
「……鷹斗」
「そんな心配そうな面ァすんなって。ザコはしっかり抑えといてやるからお前は」
　あっち、と指で示され、グレッグが構える。
『あらぁ……どうかして？　そんなに見つめて。見とれてるのかしら、アタシに』
　己の左腕を、もう片方の手でゆっくりと抱くようにして、華南が嗤う。抑えきれない憎悪の感情に、グレッグの心臓が波打つ。
「楽しいか？　……俺はなかなか楽しい」
　愛刀に手をかけ、影と月にのみ聞こえる声でそう呟き白陽が跳んだ。構えなしからの一瞬の接敵、身を捩り、華南の肩口へと白陽の踵が落ちる直前、グレッグの砲撃が敵の足元を襲った。
「お前、だけは……！」

●美醜激突
『華南様！』
　配下が華南を守るべく動こうとしたが、ケルベロスの防御陣に睨まれているのでままならない。
『いいのよぉ。ウレシタノシカナシ。アンタたちも、楽しみなさいな』
　白陽の一撃をまともに食らっても、華南は笑っていた。身に受けた痛みすら快楽だと言わんばかりに左腕を擦り、ニヤニヤと酷薄な笑みを絶やさない。
「何か……嫌な感じのするやつ」
　白亜が感じたままにそう言えば、華もまた表情を険しくして頷いた。
「そうですね……嫌な人……とても」
　グレッグの様子を窺い見つつ有理は愛刀『天狼』を抜く。怒りと悲しみの入り混じった、やり場のないその感情は、きっと有理の知っているものだ。傷を癒すのに必要なのは、少しの勇気と、大切な人を守ろうという気持ちのみ。一瞬だけ有理と視線を絡め、冬真はタノシと呼ばれた配下のひとりに螺旋力を凝縮した棘を撃ち込んだ。
　絶対に皆を守る。この禍々しさから皆を守れるのは光の力だと信じて華は守護の光で仲間たちを包む。
「行け！」
　命の合図でロケットポッドを換装したドローンが敵めがけて飛んだ。冷凍弾が命中するのを見届けつつ、命は極力戦場全体を見ようと努める。幸い、配下たちの抑えは利いている。あとは、華南がどう出るかである。
『綺麗なオトコだこと……綺麗過ぎて、グチャグチャにしてあげたいわぁ』
　追い詰められた様子も見せず、２本のナイフを弄びながらグレッグの方を見ている。
「嫉妬とは見苦しいものですのね……。その姿、全然美しくありませんの！」
　華の挑発に、嗜虐的な歪んだ笑みを華南が返した。
『……女子供も面白いけどねぇ、泣き叫ぶから。先に子供から殺すとねぇ、母親っていーい声で泣くのよ』
「外道め！」
　白亜が聞き苦しいとばかりに砲撃で華南を狙い撃つ。被弾しつつもその爆炎の中で赤紫の髪が揺れた。
『でもやっぱり、獲物はいいオトコに限るわ……見たいのよ、そのツラが醜く歪んで苦痛に耐えかねて、自分から殺してくれって言うとこが！　見せてあげましょうねぇ……！』
　血に酔った声を上げて華南がナイフを手に舞う。
「あれが主？　螺旋忍軍の好みは分からないな」
　冬真が挑発半分、本音半分にそう言うが、タノシはその名にそぐわず、楽しそうな素振りはおろか言葉すら発しない。
　華南が動く度に、顔を覆う髪が揺れてその闇を垣間見せた。
『ホラ、見えるでしょう？　アタシが綺麗だった頃……！』
　閃くナイフに映るものは、今の華南の姿でしかなかった。だが狂気はその像を歪め、グレッグの心を蝕もうとする。
「お前は……」
　グレッグはまだ己の感情を受け入れ切れず、呆然としたまま戦い続ける。ナイフを避けるが肩に斬撃を食らい、広げた白い羽根が散る。同時に、配下たちがほぼ三人同時に垂直に跳びあがった。三本の黒い柱と化した敵が、ケルベロスたちに降りかかる！
『重鎮蹴り！』
　重さを乗せた蹴りをリムは体を上手く使って威力を殺し、冬真と鷹斗も受け切る。
「レムちゃん……手伝ってくれよな！」
　鷹斗が防御から一転素早く足を舞わせ、戦場には花びらが降った。その光景は美しくどこか物悲しく見えたが、花を蹴立ててケルベロスたちは戦う。
　数合を切り結んでも。敵に突破の気配は見えなかった。華南はひとりをつけ狙うことはせず、目移りしては殺したがった。白陽は巧みに体を入れ、その攻撃の的に己を向けさせる。
「死を撒くモノか、冥府で閻魔が待っている」
『あらぁ、そんなデートの約束覚えがないわ？』
「潔く逝って裁かれろ」
　敵の狂気すら楽しむ余裕を見せ、白陽は華南と斬り結び続ける。仲間の気持ちを踏みにじるつもりは毛頭ないが、ただ、コイツを斬るのは面白かろうとも思ってしまう。
　華がそんな不穏な戦場で誰一人闇に取り込ませまいと光を降らせ続け、命も淡々と、だが確実に敵の足をとめていく。味方の壁が機能せず、徐々にダメージを溜めていつつもなお、華南の暴力性は失われなかった。
『アタシの舞いを見なさいなァッ！』
「ぐ……ッう！」
　人の血をたっぷり吸って肥え太った刃が、ついに鷹斗を捕えた。
「鷹斗！」
　グレッグが思わず叫ぶ。
『それよぉ！　その声が欲しかったのぉ！』
「……どこまで……腐った奴！」
　けたたましい笑い声が有理の神経を逆撫でするが、怒りを乗せるほどに彼女の剣は冴え輝く。
「冥き処に在して、三相統べる月神の灯よ。深遠に射し、魂を抱き、生命の恵みを与え給え……」
　有理の月神への祈りが白き光を呼び、仲間を癒す。後の治療を委ねられ、腹立たしさを敵にぶつけてやりたい気持ちを抑えて、華は一心不乱に鷹斗の治療に当たる。そう深い傷ではないが、次に同じものを食らえば保証はない。
「鷹斗兄様、動かないで下さいね」
「ありがとな、華ちゃん。レムちゃんもそんな心配すんなって」
　俺は大丈夫だからさ。その声が、グレッグを揺さぶった。
「……」
　明らかに雰囲気が変わった、と白亜が金色の目の瞳孔を大きく見開いた。
　星を象ったオーラを蹴り込んだ冬真が、促す。
「―さあ、そろそろ幕引きだ。因縁に終焉を」
　グレッグの胸の奥に巣食うものの重さを感じ取るからこそ、グレッグ自身の手で決着をつけた方がいいと冬真は思う。
　ゆらり、と、グレッグの空色の目が揺れる。
「終わらせる……この手で！」
『いいわよぉ、抱きしめてあげるわ！』

●憤怒
　声を荒げると、堰を切ったようにこれまで抑えてきた感情が奔流となってグレッグの中を駆け巡った。蒼い炎が渦を巻いて燃え上がる！
「貴様が、奪ったものの重さを……思い知れ！」
『グ……ポ、ォ……』
　血反吐を吐き、動かなくなった華南にグレッグの拳は尚も吸い寄せられる。
　何度も、何度も。
　この瞬間を、ずっと待っていた。
　なのにどうしたことか、胸の奥は晴れない。憎んでも憎んでも、どんなに苦痛を与えても、何度殺しても足りない。
　まだ、まだ。
　まだだ。
「……っ、グレッグ！」
　遂に鷹斗が、渾身の力で拳を振るっているグレッグに組み付くようにして、その動きを制止した。
「もういいグレッグ、もう死んでる！」
　鷹斗に一喝され、漸く殴る手が止まる。
「終わったんだよ」
「……あ……」
「大丈夫だ、終わりだよ」
　まるで自分のものではなくなったような己の手を、グレッグがじっと見る。それから、鷹斗の顔を。
　そんなに、心配そうに俺を見ないでくれ。本当に辛いのは、俺じゃないはずだ。
　その言葉が喉に引っかかって出てこないグレッグを、鷹斗がぎゅっと抱き締める。
「……いつものお前に戻ってくれたら、それでいいんだ」
　頭目を失い、残った手下の三体は明らかに動揺していた。撤退か、このまま突破か。その判断すらつきかねている様子の螺旋忍軍を、勿論ケルベロスたちが見逃すはずもない。
「鷹斗、グレッグを頼んだぞ。目を離すな」
「……ああ、任せてくれ」
　鷹斗の答えを聞き届け、白亜がウレシに飛び掛かっていく。降魔の力を篭めた渾身の一撃が、敵の顎を砕いた！
「こちらは私達で片付ける」
　有理が天狼を構え、終わりを宣言するかの如く敵に切っ先を向けた。肩を並べるように冬真も走りこみ、敵の防御ごと吹き飛ばす一撃を見舞う。
「あとはお前だけ」
　冷静に、何の感情も動かさずにそう告げた命が鎌を振り下ろし、掃討は終わった。極力感情を、心を抑えて冷静にあろうと努め続けた命だったが、気付けば怒りが、義憤が自分を満たしていた事が戦いを終えた今わかる。感情の名を与えられた配下たちは何一つ感情を表に出さぬままこの世から消え、己の快楽の為に憎悪と悲哀を撒き散らし続けた華南の身体もまた、塵となって去ったのだった。
　グレッグは、まだ動かずにいる。傍らには鷹斗が、影のように静かに寄り添っている。仲間たちはその様子を遠巻きにただ、見守るのみだった。
　ぽろり、と一粒、華の大きな瞳から涙が零れた。感じやすい心は、物言わぬ男たちの代わりに感情をの粒を溢れさせたのか。
「……、……華、その、大丈夫か」
　なんとか華を慰めようと言葉を探す白亜の耳はきょときょとと左右に動く。
「ごめんなさい。わたしが、つらいわけじゃないのに」
　ぐいとすぐに涙を拭き、堪える華の肩にそっと命が手を置いた。
「見てる方が、って気持ちは……わかるよ」
　実際、彼らの為に出来ることなど、その強さを信じる事くらいなのだ。
「きっと大丈夫。大切な人が傍にいてくれれば、人は強くなれるから」
　華にともグレッグにとも自分にともつかぬ口調でそう呟いた有理の肩を、冬真の手が優しく包んだ。
　忘れられない過去、傷。その重さは燃やし尽くそうとしても、そう簡単にはなくならない。
「……いつかは、終わる。それが救いだ」
　命に限りのある以上、悲しみも苦しみもいつかは終わる。白陽の呟きは、風に紛れて消えた。

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月21日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 7
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